第19話「成長したくって(後編)」
「ナ、何度モ申し訳ナイデス……」
頬を赤らめ、恐縮したように小柄な身体を縮こませる梅梅。
「いや。そういえば、君は極度の恥ずかしがりだったな……こちらこそ配慮が欠けていたようだ。申し訳ない」
「ソ、ソンナコトナイデス!」
「そう言ってもらえるとありがたいが……」
「ねえ、ところで二人とも……ちょっと遠くない?」
すずは500m以上も離れた状態で会話する士郎と梅梅に声をかける。
「仕方あるまい。これ以上近づくと、梅梅君は動揺するようだしな」
「ス、スイマセンデス……」
「気にすることはない。では、本題に入ろう。あやねが言っていた君の雑技を見せてくれるか? 何、特別なことはしなくていい。普段通りにできるよう集中しなさい」
「ハイデス!」
落ち着かせるように優しげに語りかける士郎の言葉に元気よく返事をする梅梅。その近くではらはらした様子で心配している遠野とすず。いつの間にか大きな鼻ちょうちんを作って眠っているとんかつ。
そして……なぜかいらいらした様子のあやね。隣でイラついているあやねにすずが声をかける。
「あやね、どうしたの?」
「何よあいつ! 私の時はあんなに優しく教えてくれなかったわよ!?」
「そーお? この前、料理を士郎さんに教わった時もあんな感じだったよ?」
「これは贔屓だわ! 後で断固、講義してやる……!!」
「くあっ! くわわっ!(しっ! 始まるから静かに!)」
梅梅の雑技が始まる。士郎は念には念を入れ、さらに300m下がって見学する。
梅梅は緊張しながらも椅子を積み上げてその上で片手で逆立ちを行ってさらにそのままバランスを維持したままジャグリングを披露する。
「……ドウデスカ……?」
「ふむ、正直驚いたな。正直、子供の戯れ程度かと思っていたが……予想以上だな」
「ホント……デスカ!」
「素晴らしいバランス感覚と運動神経だが……いくつか問題もあるな」
士郎は褒めながらゆっくりと梅梅に近寄っていく。
「ひゃややぁっ!」
梅梅はあわてて後ろに下がって距離をとる。
「やはり、一番の問題はその恥ずかしがりな所だな」
「ス、スイマセンデス……」
「何度も言うが気にすることはない。そうだな……遠野、彼女が旅をしている時はどうやって雑技をしていたのだ?」
「くあ?(どういうこと?)」
「未成年の少女が金銭を稼ぐ方法なぞ、限られている。そして彼女の旅は大道芸の技を磨き、資金を稼ぎながらうずかしがりや人見知りを克服するための旅だ。つまり、彼女は失敗しながらも雑技をこなして金銭を稼いできたのだろう?」
「そっか! 成功した状況を再現できれば、緊張せずに雑技ができるかもしれないわね」
「なるほど~。士郎さん、頭いい!」
「それでどうなのだ?」
「くわわ(旅をしていた時はあちきが手伝ってたなぁ)」
「ねぇねぇ、今度は二人でやって見せてくれないかなー」
「ハ、ハイデス!」
梅梅はすぐさま家に戻って愛用の中華少女風の特大マスクを取ってくる。
5分後。
「では、はじめマスデスネ」
「わーい」
「今度は成功させなさいよ」
「期待しているぞ」
梅梅と遠野のコンビの連携は非常に卓越していた。阿吽の呼吸で繰り出されるジャグリング。
梅梅がフォローしながらバランスを取りつつ椅子の上で皿回しをする遠野。
見るものに感動と興奮を呼び、まさに万人が思い浮かべる『雑技』であった。
「でも、これじゃ主役は遠野サンでお手伝いは梅梅みたいに見えるんだけど……」
「ああっ!」
梅梅が驚愕の悲鳴を上げた。
「……どおりで二人なら緊張しないと思ったら……みんな、遠野サンに注目してたからだったんデスネ……」
「くあぁ……(すまん。つい、調子にのっちゃって……)」
「これじゃあ、恥ずかしがりも克服できないハズだよ……」
「士郎、どうするの?」
士郎は少し考えるようなしぐさをした後に告げる。
「やはり、地道に人前で練習することで慣れていくしかないだろう」
「やっぱりそうなるわよね」
「梅梅君」
「ハイデス!」
「そのお面をつけて今度は一人で芸を披露してくれないか?」
「エッ? お面を被ってデスカ?」
不思議に思いながら梅梅は言われた通り、着慣れた白い少女の面を被る。
「デハ……イキマス!」
空に皿を投げると棒でバランスを取りつつ、姿勢を維持する。さっきよりも緊張なく、危なげなく成功させる。
「ヤッタデス!」
「すごい!」
「やるじゃない!」
「くあっ?(でも、なんでできたんだ?)」
「これまで成功してきたものをやってみただけだ。今後はその面をつけて人前で稽古に励み、慣れた頃にひと回り薄いマスクを用意するといい。少しずつ慣らしていきなさい。小さな成功を重ねることが君の自信につながるはずだ」
「ア、アリガトウデス……!」
「でも、そんな奇怪な面をつけて芸を見る既得なヤツっているのかしら? 失敗したら道具が飛んでくるのよ?」
「ああ、その点なら問題ない。あやね、君がいる」
士郎の発言に目が点になるあやね。
「……はい……?」
「稽古の合間の休憩時なら問題ないだろう? 良い気分転換になるし、梅梅君が失敗すれば凶器が飛んでくるので避ける訓練にもなる……まさに一石二鳥だ」
「そ、そんな馬鹿な……!」
愕然とするあやねを更に追い討ちをかけるように梅梅が詰め寄る。
「あやねお姉さま、お願いデス……!」
うるうると悲しげな眼差しに見つめられ、人の好いあやねはしばらく葛藤していたが……観念したのだった。
「わかったわよ! 私が面倒見てやろうじゃないっ!!」
「ホントデスカ!!」
「その代わり、士郎! 今日の晩御飯はとびきり豪勢にしなさいよっ!」
「無論だ。最高の料理を提供してみせよう」
「私も手が空いている時は見に行くよ!」
「くわわっ!(あちきもできることがあったら何でもいってくれっ!)」
「ふむ……では、そうだな。ジャグリングの道具で鋭く尖ったものをいくつか用意でできないか?」
「あんた、私に何させようとしているの……!」
わいわいと騒ぎながら、いつの間にか夕日が辺りを照らしている。今日も、藍蘭島の一日が穏やかに過ぎていくのであった。