第16話「化けて化かして(中編)」
「100年程前から南の森の地蔵に封印されていたんだけれど……ひょんなことから開放されてしまってね」
幻十丸が逃げたと思われる方角、即ち村に向かって歩きながらまちはこれまでの経緯を説明する。ふと、疑問に感じたあやねが質問する。
「ひょんなことって?」
「……ひょ、ひょんなことよ……ともかく!」
まちは拳をぐぐいっと握り締めて、話を逸らす。
「長いこと封じられてたにもかかわらず、全然懲りてないみたいでさっきみたいにイタズタをしまっくているのよ」
そこでふうっとため息をつくまち。
「昨夜から一晩中追っているのだけど……これがどーにもズル賢くてすんでのところで逃げられててね……このままじゃ、村にも被害が及ぶわ。早いトコ捕まえないと……!」
「うん!」
「まかせて!」
事情を聞きまかせろと言わんばかりに力強く頷くすずとあやね。
「ところでそいつって変化の術を使うんでしょ?」
「まち姉、どうやって見つけるの?」
「まぁ、あやしいヒトを見つけたらかたっぱしから変化を解除させるしかないわね。変化を解くには方法が二つ。一つは解呪のお札を貼る。でもお札は追いかけている時に打ち止めになってね……」
「もう一つの方法は?」
「それは……」
きらんっと目を輝かせ、突然まちの手にハリセンが現れるや、あやねの顔面をハリセンで全力で叩き付ける。
「まち姉!?」
叩かれてぶっ倒れているあやねに駆け寄るすずを静止するまち。
「すず、誤解しないで。これがもう一つの方法なのよ」
気絶したあやねを近寄り、指でつつきながらまちは説明を続ける。
「幻十丸の変化は気絶すると解けるのよ。あと、物も衝撃で戻るの。例えば、噛んだり踏んだりね」
「……つまり、今叩いたあやねは……ホンモンってことだよね……」
「……ってな感じで、次言ってみましょ」
「ちょっと待て! いくらなんでも出会った人を片っ端からはっ倒すワケにはいかなよぉ!」
「……まあ、それもそうね。まあ、幻十丸は他人や物も妖気を込めた葉をのせることで変化をさせ操ることができるわ」
ふむふむと理解しているように頷いているが実は頭がこんがらがっているすず。
「ただし、物は物。生き物は生き物にしか化けられない。だから生き物のみに注意すればいいの。ちなみに自分以外に術を掛けた場合、術の有効範囲はせいぜい半径6めーとるくらいね」
「え、えーと。その、つまり……」
「……幻十丸の変化でなくても本物はすぐそこにいるってことよ」
「そういうことかぁ!」
「それと変化したい者に触れることによって記憶を読み、口調やしぐさを真似られるのよ」
「えっ!? それじゃ見分けるなんてできなよぉっ!」
「そうよ。だからかたっぱしから殴る倒すしかないのよ」
「だから、だめだって!」
「大丈夫よ。記憶と言っても表面的な一部だけ。知り合いが話をすればすぐボロが出るわ。まあ、ようするに一人一人話して調べていくしかないってことね……めんどいけど……」
「そっか……村の皆ならすぐ見破れるもんね。んっ? でも、じゃあなんで、あやねを気絶させたの?」
「…………ノリ、よ…………」
「そっかぁ……ノリかあ……まあ、あやねだもんね……」
『ポンポコポーン!』
「幻十丸!?」
「追いかけるわよ!」
「うん!」
被害書である気絶したあやねを置いて幻十丸を追いかけるふたり。
「どこへいったの……!」
「おーい、すず~。まち~」
「あ、行人!」
「すず、待ちなさい。幻十丸かもしれないわ! 本物の行人様かどうか確かめないといけないわ」
「そ、そうだね……」
一瞬考え込むように顎に手をおくすず。
「士郎さんに頼まれたんだけど……」
「行人!」
「な、なに?」
声を掛けてきたすずが突然大声を上げたのでびっくりする行人。
「どうしようかしら……」
「大丈夫。私、行人の弱点を知ってる。本物かどうかすぐわかるよ」
「……どうやって調べる気……?」
「ねえ、さっきからなんの話?」
「行人っ! 私を見ていて……!!」
「えっ? う、うん……」
「えいっ!」
「きゃああああぁぁぁっ!!」
突然胸元を開いてその豊満な胸部を晒すすず。もちろん、サラシに巻かれたままだが。いきなりのことに顔を真っ赤にして後ずさる行人。
「な、何、どうしたの!?」
「鼻血を出さない……普段の行人ならぶーって鼻血を吹くのに!」
「すず、失礼すぎやしないか!?」
「つまり、あなたが幻十丸だね! 覚悟!!」
「本当にちょっと待って! どういうことなの、これ!?」
ハリセンを片手に襲い掛かってくるすずと訳が分からないと混乱の極みで身構えることさえできない行人。
ばちーんとハリセンが唸り、行人を一撃で沈める。
崩れ落ちる行人の様子を見つめるすずとまち。
「……術が解けない、わね……」
「も、もしかして……本物なの……?」
すずは手にしていたハリセンを投げ捨ててあわてて行人に駆け寄る。
「い、行人~! しっかりして~!」
肩を揺さぶるが白目を剥いて気絶した行人からは返事がない。どうしようと振り返ってまちを見る。まちは顔をしかめつつ、話す。
「とりあえず……木陰に移動して安静にしましょう」
「う、うん」
二人で気絶した行人を運び、日陰のある大きな木の下に移動する。
「まず頭を冷やして……」
近くの川で手拭いを濡らして行人の額に置いて頭を冷やす。
「このまま安静にしていればそのうち目覚めるでしょ」
「……私、行人のこと……思い切りぶっちゃった……」
どんよりと後悔と罪悪感に満ちた呟くすず。
「仕方がないわ……誰が幻十丸かわからない以上、こういう事態が起こるのは仕方がないことよ」
「でも……」
「きちんと謝れば行人様も許してくれるわよ」
「そ、そうかなぁ」
「そのための謝り方を私は知っているわ」
「本当! まち姉っ!!
「それはね……」
行人を背にしてぼそぼそと小さな囁き合う。と、同時にうーんと唸り声をあげて目覚める行人。
「うっ……ここは?」
「起きたわね」
「まち……? あ、そうだ。確かすずにいきなり殴られて……」
「行人、ごめん!」
「すず?」
行人の目の前で頭を下げるすず。
「一体、何があったの?」
すずは行人にこれまでの経緯を説明し、行人はけらけらと笑いだす。
「急に深刻な顔をしたと思えば……そんなことかぁ」
「そんなことって……!」
「いいかい、すず。この世にはね、科学で証明されなことなんてないんだよ?」
「…………………」
忘れていた。行人は幽霊とか魔法とか一切信じない人だった。
「でも、話を聞いて僕にはその幻十丸が誰かわかったよ」
「本当な!?」
「それはね……」
「そこからは……私が、説明するわ」
行人の言葉を遮り、現れたのはまちに張り倒されて気絶していたあやねであった。
倒されてツインテールの黒髪はぼさぼさ。土まみれになりながらも。あやねは確信に満ちた声で『幻十丸』を指差す。
「ハリセンで殴られて気が付いたわ。幻術を使って皆を惑わす妖怪・『幻十丸』は……貴女よ。お姉さま」