第15話「化けて化かして(前編)」
『封印されて、百年……この怨み、晴らす時がきた!』
「……えっ? なんのこと……??」
二尾の狸の突然の宣告に、東の森で薬草を取りに行っていたまちは訳がわからないと困惑の表情を浮かべる。
これが、これから始まる竜神の巫女・まちとイタズラ妖怪・幻十丸との宿命の戦い、その幕開けであった。
「……あなたはうちのご先祖様に封じられた妖怪、つまりお礼参りってことかしら……?」
『その通り。まあまず、挨拶代わりだよ』
「そう……私のおやつの盗み食いしただけではなく変化させて煎餅を石に変えたのはあなたの仕業だったの……!」
食べ物の怒りに燃えるまちはじりじりと幻十丸ににじり寄っていく。
「おかげで、歯が折れるかと思ったわよ……!」
ポンポコポーンと嘲笑うかのように甲高い声で鳴くとその場を走り去る幻十丸。
「逃がさないわ!」
追いすがるまち。小柄で機敏な動きを見せる幻十丸を相手に一晩中追いかけ続け、ついに。
「うふふ……追い詰めたわよ」
今日も青空が広がる平和な藍蘭島。もうすぐ正午に差し掛かる陽気な天気この島で崖に一匹のたぬきを追い詰めながらまちは、完全な勝利を確信して嗤う。
「変化の術を使い、南の森の住人を化かした妖怪、幻十丸……少々おいたが過ぎたようね……」
茶釜とたぬきが合体したような謎の生き物、幻十郎はポンポコと独白するように呟く。
「観念して大人しく……封じられなさい!」
懐から取り出した数枚のお札を投げつける。霊力を帯びた札は寸分違わず幻十丸に直撃して動きを封じ込める。やったと思った瞬間、ぼわんっと煙を上がったと思えば、気絶したリスの姿が……幻術による身代わりだ。
「替え玉っ!? やってくれたわね……!!」
舌打ちしてあたりを見回す。いつから変化の術を使っていたのか、完全に見失ってしまったようだ。
これからどうするか、疲れと眠気が襲いつつ思考を巡らしながらまちは眼下に広がる村を見下ろす。
とりあえず、今は。怒りの感情を滲ませながらもその場に倒れたリスを介抱する。しばらくすると騒ぎを聞きつけてやってきた他の動物たちにリスの世話を頼む。逃亡した幻十丸。封印されたヤツがこの先どんなことを考えているかを思い巡らせる。イタズラ好きなヤツのことだから……。
「あいつ……村に逃げ込んだわね……」
「どう? 釣れた?」
「うーん、あんまりだね……」
籠の中にいる数匹の釣果を覗きながら残念そう呟くすず。
「行人様のためにおいしいお魚を釣ろうと思ったのに……これじゃあ間に合わないかもしれないわね」
時は正午前。すずとあやねは岩に腰掛けて川辺に釣り糸を垂らしながら、のんびりと会話する。
「行人……大丈夫かなぁ?」
「心配ないわよ。士郎は上手よ……どれぐらい、追い込めばいいのか……ほんっと、よく分かってるから……!」
「あ、あやね! 目が、目が虚ろだよっ!?」
「フ、フフっ……ダイジョウブヨ。スズ……チョット、イヤナコトヲ、オモイダシタダケダカラ……」
「しゃべり方がおかしいよ!?」
と他愛もない会話をしていると、ふと気づいたようにあやねがすずに質問をする。
「あれ? そういえばとんかつは?」
「そういえば……ついさっきまで近くにいたのに……」
すずがあたりを見回すとがそがそと近くの茂みで物音がする。そこからのそのそとぷっと言いながらとんかつが姿を現す。
「もー、どこ行ってたの?」
「ぷー」
「あら? 何かしら」
「うにゃ? あやね、どうしたの?」
何かに気づいて辺りを見回すあやねの様子にすずが声をかける。
「今、近くで……すず、とんかつ、避けなさい!」
はっと身を翻し、飛んできた呪符をかわす二人と一匹。その中でも異様だったのがとんかつだ。普段とは比べ物にならないくらいの速さでその場を離れていく。
「とんかつ!?」
「すず、待ちなさい!」
あわてて追い縋ろうとするすずを制止するあやね。その瞬間、さらに数枚の呪符が逃走するとんかつに直撃する。
「この札……お姉さま?」
直撃した瞬間、とんかつはぼうんっと煙に包まれたと思ったら、一匹の狸が現れる。
「うふふっ。ようやく、見つけたわよ……幻十丸!」
静かだが、怒気に満ちた声。
草むらをかき分けて現れたのはあやねの姉、まち。
「まち姉!?」
「お姉さま!?」
まちは手にした筒で吹き矢を吹いて幻十丸を追撃する。次々と飛んでくる矢をかわしながら岩場をと渡り川を越えていく幻十丸。
「待ちなさい!」
追いかけようと、岩場を渡ろうとしたその時。はっと何か気付いた様子で吹き矢を構えるまち。
「そこっ!」
手前の岩に次々と吹き矢を吹くと幾つかの足場の岩が突然、葉っぱに変化する。
「まち姉!」
「お姉さま!」
すずとあやねはまちを助けようと駆けつけてくるとくやしそうに幻十丸が逃げた方向を睨み付けるまち。
「ううっ……またしても逃げれたわ……」
「ど、どういうことなの、お姉さま……?」
「今の狸さんは……?」
「あれはただの狸じゃないわ……変化妖怪、狸又の幻十丸……!」
「妖怪!」
すずは怯えたように肩を震わす。彼女はお化けや幽霊の類が苦手なのだ。
「昔、うちのご先祖様が懲らしめのために封じた……イタズラ妖怪よ」