第13話「対決して」
「はあぁっ!!」
苛烈な剣撃があやねを攻めたてる。
「くうぅっ!」
想像以上に、強い。
それがあやねの感想だった。
舐めていたわけではない。行人の剣捌きを。
幼少のころから剣術を学んでいたことは知っていたが、これほどの腕前とは思ってもみなかった。常に先手を打たれ、後退を続けるあやね。
ここで何か手を打たねば……負けかもしれない。
不安が脳裏を過ぎり、振り払うかのようにあやねは勝つために思考する。
この状況を打破する最善の一手を。
「つっ!」
頬に剣が掠め、なんとか紙一重でよける。
(考えろ、ぱーふぇくと美少女・あやね……! 私は、逆転の似合う女っ! ここで勝てば、行人さまとらぶらぶでーとが……!! ぐふふふふっ。あっ、痛っ!!)
思考に邪な考えが過って、行人の攻撃を避け損ねて顔面に直撃する。
「あっ、ごめんっ……!」
「はっ、ちゃんすっ!」
「うわっ!?」
初めての一撃が女の子の顔に当ててしまったことに驚いた行人は、一瞬手がとまる。その瞬間を見逃さずあやね、ここで初めての踏み込んでの拳打を放つ。
間合いを詰められた行人はあわてて距離を取りながら右胴をあてつつ、すぐに構えなおす。
(やりづらい……武器を持たない相手と戦うのがこんなにも気を使うものだなんて……! もっと簡単に勝負が決められると思ったのになぁっ!!)
ひゅんっと強烈な風切り音とともに右の高速の廻し蹴りが行人の眼前を掠める。無意識に後ろに下がらなければ確実に頭を直撃していた。
これまで剣術での稽古や組み手ばかりしてきた。自分の学んできた剣術自体、実践的なものだと自負していた。これまでの人生で喧嘩は何度も経験し、無論その中には剣道、空手、柔道などの武道経験者とも戦ったこともある。だが……防具も着けていない『女の子』に剣を向けることは、初めてだった。
初めての経験が焦りを生む。
困惑するのがこのスポーツチャンバラ用のウレタン製長剣。事前に振って感触を確かめてこれなら安全面では大丈夫だろうと思っていたが、この剣では当ててもまるで怯まない。まして相手は藍蘭島一の体力と打たれ強さを売りにする女・あやね。
生半可な攻撃では、通じない。
なにより行人の勝利は阻むのが、この組み手のルール。
剣と無手による野試合。
防具は不要の実践式。
負ければ、行人はあやねとデート。勝てれば、士郎との稽古をつけてもらい、すずととんかつに大福と冷奴を一週間提供。
そして、勝負を決めるのは絶対のルール。それは……
「……そういえば、言い忘れていたな。この組む手は相手が戦意喪失・または降参した場合にのみ勝敗が決する。せいぜい頑張りたまえ」
試合が始まる直前に告げられた士郎の言葉。
なにその情け無用のサドンデスルール。
実践的にもほどがあるだろう。それにこの柔らかい剣でどうやって相手を降参に追い込めというのだ。今は長年の剣術の成果で相手を圧倒しているが攻撃を無視して突っ込んできたら自分では対処の仕様がない。
どこかで相手の意思を挫かねば……負ける。
あらゆる問題が交じり合い、困惑しながら戦っている行人を幾重にも縛って勝利への道を遠ざける。剣を十全に使って優勢に状況を進める行人であったが、かなり不利な状態に追い込まれているのであった。
「ぐげっ! ぎはっ! ぎゃばっ!!」
剣のスピードはさらに速く鋭いものへと変わり、更に熾烈さを増していく行人の攻撃。
身体を捻っては叩かれ、手で裁いては突き刺さり、避けるように見せかけて踏み込めばカウンターで反撃される。
無論、痛いものは痛い。
柔らかい素材の武器とはいえ、衝撃はそれなりにある。
急所への手加減のない容赦無用の剣撃…………その身にもらいながらも、あやねは心の中で……嗤った。
(痛い! 痛いけど……お姉さまのいじめやすずの投げ技に比べたらたいしたことないわ!)
最初の顔面への一撃で理解した。
この程度の攻撃なら自分なら耐えられる、と。
さらに突撃を繰り返して気が付いたが、行人には接近戦の戦う手段を持ち合わせてはいないようだ。
あやねが近づく度に距離ととりながら攻撃する行人。自分には接近戦の手段がないといっているようなものだ。このまま距離を詰め、行人の体力を削り続けた後に投げるなり極めるなりすれば自分は勝てる。
また接近戦が通じなくても、この戦いに勝つための『奥の手』も用意している。
揺るぎない絶対の勝利を確信し、にやりと笑うあやねであった。