第12話「負けられなくって」
あやねと行人が対決する二日前。
「ええっ! 行人とあやねが決闘!?」
「ちょっと待ってください!」
「いや、決闘ではなく組み手をしてもらいたい」
すずの家に訪問した士郎はすずと行人に開口一番に『あやねとの決闘』についての話題を振ると二人は驚いたように様子であった。
曰く、決闘というカタチをとったあやねの修行に行人が参加して欲しいという。
話を聞く行人が『修行』や『稽古』という言葉にぴくりと反応する。
「でも……ボクがやっているのは剣術で、あやねは確か合気道か何かでしょ? 素手の相手じゃ危ぶないですよ…」
「そこは心配いらない。彼女なら木刀程度など、すぐに復活する」
「あー、あやねだしねぇ……」
「ちょっと、酷くないですか!? 士郎さん。すずも!」
「えへへへへ」
「ぷっ」
「ふっ、今のは冗談だ。そら、これを使うといい」
とんかつが呆れたように溜息をつき。促されるように士郎が手渡したのは、ゴムチューブとで作られた1メートルほどの長剣。
「これ……家の道場でも見たことがある。確か、スポーツチャンバラで使っている……」
「つぽーつちゃんばら?」
「柔らかい素材でできている。これなら怪我の心配はあるまい」
「ああ、これならいいですね」
納得したように頷く行人に士郎は畳み掛けるように語りかける。
「あやねと稽古をつけてくれた暁には、私とも稽古をするというのはどうだろうか?」
その言葉に、さらに顕著に反応する行人。
「本当ですか!」
「無論だ。ああそれと……手土産を忘れていたな」
士郎は外套から大きな笹の葉でくるんだ包みを行人に差し出す。
「これは……?」
「大福だっ!!」
「君の彼女は大福が好きと聞いたのでね。お口に合うといいのだが」
「べ、別に彼女ってわけじゃ……ってすず。落ちついて!?」
大福の匂いを嗅ぎつけて飛び掛ろうとするすずをあわてて肩を掴んで止める行人。
士郎は包みを開いて行人とすずにひとつずつ差し出す。
「食べるかね?」
「食べる!!」
うにゃあっと行人を押しのけ、差し出されたふたつの大福に飛びつくすず。
もきゅっと士郎特製大福を一口頬張り、驚愕の表情を浮かべ。
「なに……これ……!」
なわなわと震えだす。
その隣でとんかつに冷や奴を渡していた。
「こんなに美味しい大福、初めて……!!」
「ぷーっ! ぷーっ!!」
「そこまで喜んでくれたのなら、幸いだ。どうだろう行人君? あやねの稽古に付き合ってくれたら、私との稽古とこの大福、そして冷や奴を山盛り用意するというのは?」
「勿論……!」
「やります!!」
「ぷっ!!」
行人とすずととんかつは即断したのだった。
立会人の士郎が確認の意味を込めて、ルールを説明する。
「一本勝負……相手に武器を当てた方が勝ちとする。両者、依存ないか?」
「ええ、構いません。あやね! 尋常に……勝負っ!!」
「ちょ、待って……! きゃああああっ!?」
縦横無尽に襲い掛かる攻撃を手足で捌き、かわし続けるあやね。
「行人ぉぉっ! 大福のためにがんばってぇー!!」
行人を懸命に応援するすず。
「ぷーっ! ぷーっ!」
すずと共に行人に声援を送るとんかつ。
「この勝負……絶対に負けられないっ!!」
決死の覚悟でエアーソフト剣を振るい攻め続ける行人。
彼には、負けられない理由があった。
「ああ、そうだ。君が稽古であやねに敗れた場合、彼女と遊びに行ってくれるか?」
「へっ? それって……」
「まあ、デートだな」
「…………!」
「ぷっ!?」
士郎の『デート』という言葉に一瞬、怒れる猫のような表情をみせるすず。
その気配を敏感に察知して震え上がる行人ととんかつ。
「無論、勝てば約束の大福と冷や奴は1週間毎日、用意する」
士郎がふっと笑いかける。その笑顔が獲物を狙う鷹のようであったと行人は思った。
「引き受けて……くれるな?」
「大丈夫だよ。行人は強いから負けないもんっ!」
前門の士郎、後門のすず。そして足元にとんかつ。
二人と1匹のプレッシャーを前に行人は……ただ、頷くしかなかった。
だが彼の受難は終わらない。
この稽古から数日後、どこをどうまちがったのか。『行人と戦って勝てばデートに行ける』という噂が広がり、行人は村中の少女たちから昼夜問わずに狙われることになり、眠れない日々を過ごすことになる。