第11話「修行して」
「はっはっはっ……あっ、ふくぅっ!」
息を切らし、少女の身体が上下に動く。
「はぁ、はぁ……」
額に汗が伝い、頬に髪が張り付く。苦悶の表情を滲みながらも懸命に身体を動かす。
「ふふっ、もう限界かね?」
あやねは隣でにやにやを笑っている男を睨みつけ、
「ふ、ふんっ! まだまだ余裕よ!」
「ほお、ならば速度を上げるぞ。付いて来れるか?」
士郎は足に力を込めると勢いを増していく。急な変化に戸惑いを見せるあやね。
「ちょ、ちょっと! 急にそんな……!」
「先にいくぞ」
並列して走っていた士郎はあっさりとあやねを抜いて走り去ってしまう。
「待ちなさいってばああぁぁぁぁっ!」
ぜーぜーと息を切らし、必死の形相でスピード上げて士郎を追うあやねであった。
「……こんなので、本当に上達するの?」
走り込みのそれなりに。切り株に座って士郎特性の栄養ドリンクを飲みながら、疑わしげな眼差しで士郎を見上げるあやね。
士郎を召喚して数日。
最初の出会いから悲喜交々の色々な騒動があったが、士郎に稽古をつけられることになったあやね。
日も昇らぬ早朝からの走りこみ。山々を1時間近く駆け回り、小休止していた。
「基礎を固めてから呪術や神術学んでいく。そのために、まずは身体を鍛えること。特に走りこみによる体力作りは全ての基礎だ」
「なんか……当たり前すぎて拍子抜けよね」
ハンカチで汗を拭いながらぼやくように呟く。
「ちづるとこれまでの修練の内容を確認してね。彼女はまだ甘い。あやねはまだ基礎が疎かなようだし、これを機にみっちりとこなすとしよう」
「げっ……」
顔をしかめるあやね。そんな様子に士郎が一言。
「なに、心配するな。数日とはいえ、君も成長している。この調子で行けば、君の姉君にも勝てるやもしれん。精々励むといい」
その言葉であやねの疲労困憊といった表情が一変。
「士郎! なにぐずぐずしているの! さあ、次の課題は何!?」
「元気が出てなによりだ。では、型稽古を始めるとしよう。龍神流合気術一の型・二の型・三の型を20回ほどこなそうか」
「望むところよ!」
士郎から課される練習に挑戦するあやねであった。
衛宮士郎の朝は早い。
夜明けと同時に境内の清掃、炊事、洗濯、家の掃除、道具の手入れと管理、食材の採取、水汲みなどetc.etc.……英霊の仕事ではないとまちとしずるは懸命にとめていたが、本人が嬉々としてどれも素晴らしい成果を上げているのでやめさせれない。
そんな中で……最も評判が良いのが。
「おいしい……」
思わず、まちは目を見開く。
一口噛むたびに優しい味がする。
鼻から抜けるような香ばしい香り。
卵の絶妙な半熟具合がなんとも味わい深い。
まちはうっとりと極上の味に身をゆだね、甘く儚い夢から覚めるように、ほぅっと艶めかしい息をもらす。
「……あやね……?」
「なに、お姉さま?」
「こ、これは……どういう、こと?」
まちはトロンとした眼差しで目の前に広がる朝食に対して妹に訪ねた。
日も昇り、今日も快晴の藍蘭島。
居間の卓袱台に出来たての朝ご飯が並んでいた。
香ばしい匂いを醸し出す味噌汁と取れたて野菜の新鮮なサラダ。
白銀のようにつや光る白米と、双璧をなすように黄金の如く輝くオムレツ。
眺めいていたら思わず喉を鳴ってしまった。
一人の少女を虜にする光景を作り出したのが、ピンクエプロン姿がよく似合う英霊・衛宮士郎。
「そこまで喜んでいただけたのなら、私としても光栄の至りだな」
「私も料理には自身があったつもりだけど士郎には完敗だわ。このところ毎日食べているけど本当、最高だわ……さすが私が呼び出した英霊ね!」
「ちょ、ちょっと待って! 私、英霊さまの料理を食べた覚えがないんだけど……!」
「何を言っているの? ちゃんと一緒に食べたじゃない……って、ああそうか。お姉さま、士郎のご飯を食べた度に『とりっぷ』しちゃって毎回、覚えてないわね……」
「そんな……!?」
「まあ、そこまで喜んでくれるなら料理人冥利に尽きるがな」
「くっ……なら、今度は忘れられないぐらいたくさん食べてやるわ!」
まちは箸を握り締めて、その小柄な身体のどこに入るのかという勢いでご飯を胃に収めていく。
まちの食事風景を眺めていた士郎はふと隣で美味しそうにご飯を食べていたあやねに告げる。
「午後からの修練は、君の成果を見せてもらおうと思う」
「……へっ?」
「つまり、実戦だ」
士郎の言葉にきょとんとするあやね。その後、その言葉の意味を思い知るのであった。
「うそ……」
「うそではない」
驚愕のあまり、目の前の光景が信じられないようにあやねが首を振る。彼女の後ろで退路を断つかのように士郎が静かに否定する。
「そんな……こんなことってないわ……」
あやねの眼前には竹刀を振るい、準備万端といった様子の少年の姿が。
「あやね。さあ、勝負だっ!」
「行人様……!」
東方院行人。
この島唯一の少年がエアーソフト剣を構え、やる気満々といった様子であやねと対峙していた。