第2話「よびだして(前編)」
「お母様! 私にも式神ちょうだい!!」
トレードマークの黒髪のツインテールを怒らせて、ゆったりと台所で昼食の用意をする母親のちずるに向かって悲痛な声を上げる。
「どうしたんです」
あやねの剣幕に対し、のんびりと返事をするちずるは長年の母の経験から何があったのか理解する。
「また、まちさんに泣かされたの?」
「泣かされてなんかないです。なんか惨めったらしいじゃない!」
図星を指され、一瞬ドキッとするがすぐに気持ちを切り替えて改めて叫んだ。
「とにかく、同じ巫女でお姉さまだけ式神を持っているなんて不公平だわ!」
あやねは姉のまちが従える5体の式神たちを思い浮かべ、姉を超える巫女になりたいのだ。だが、なによりも。
「私も便利で役に立つ式神がほしい! そんでお姉さまより強力なヤツ手に入れて今日の仕返しをしてやるんだからぁ!」
この昔年の怨みを晴らしてやると言わんばかりに、両の拳を握りしめる。
「やっぱり泣かされたんじゃない」
ちずるは料理の手を止め、しばし考え込み……頷く。
「まあ、いいでしょう」
そろそろこの子にも式神を持たせていい時期かなと考えながら、下準備を終えるのであった。
場所を移動したあやねとちずるは最も適した場所、修練所で式神召喚の準備を整える。
「それではこの陣の中に入ってくださいね」
十二支を基点に作られた召喚用の呪術陣の中心にちょこんと座るあやね。精神を集中し、無表情を装いつつもあやねは期待にナイ胸を含まらせ、普段以上に身体に力が篭る。
自分に相応しい最高の式神。
想像するだけでわくわくする。釣り目がちな瞳が期待にの色にきらきら輝く。
「これから、式神を召喚いたします」
「わあ……!」
あやねは感嘆の声を漏らした。
ちずるは印を結び、霊力を高める。
陣は呼応するように淡い光を帯びて、徐々に力を帯びていく。見えない力と力の奔流がお互いにぶつかり合い、その余波で修練場全体が軋む。
吹き荒れる猛風に目を細める、逆巻く風があやねの頬を撫で光は更なる輝きを放つ。
現実とこの世在らざる世界を結ぶ。
そして異界の門が……開かれた。
「そして、式神と交渉して説得するか、戦って勝つかして契約を結びます」
「……わかったわ」
母の説明に力強く頷くあやね。足元から発光する虹色の光を眺めながら、感慨深げに息を吐く。
今まで姉のまちに散々な目に合わされてきた自分にも、ようやく式神が……!
「ちなみに式神は相手が分不相応と見なすと問答無用で襲って来ますので死なないように頑張って♡」
「えっ!?」
「後、結界があるから逃げられません」
「聞いていないわよ!」
驚愕の表情に染まったあやねが慌てて陣を抜け出そうとするが、光の壁に阻まれて出られない。あわあわと慌てるあやねを気にすることなくちずるは元気よく式神の召還を開始する。
「では式神おーでしょんをはじめまーすっ」
「ちょ、ちょっと待ってぇぇぇぇっ!」
「えんとりーなんばー1番!」
「ぎゃーーーーーーーっ!」
「でんでんだいこーーーーん!」
刹那。
足元の陣が爆発し、現れたのは……巨大な大根、ではなく大根妖怪だった。
「……ビビらすんじゃないわよ」
あやねはぎゅむっ大根妖怪の顔を踏みつけて怒りを露わにする。
「ホラ、早く契約して……あら?」
ちずるの持っていた呪符が光り輝き、
「契約成立。あやねさんのことが気に入ったみたいね」
「いらんわ―――!!」
大根妖怪は、「もっと踏んでぇ~」と身体を摺り寄せながら迫ってくる。あやねは足元でじゃつくドM大根を無視するようにちずるを睨みつける。
「もっと強そうなのを呼んでよ。こんな役立たずじゃなくて」
「でもコレ、陣が任意で呼ぶものですからねぇ」
ちずるは軽いため息をつき、『陣』にさらに霊力を込める。
「下手な鉄砲数撃ちゃ当たるでしょ。どんどんいきますよ」
「いいの~、でろでろ~」
あやねは手を合わせて竜神に、最高の式神と巡り合えるよう祈る。
「えんとりーなんばー2番」
再び陣が爆発し、現れたのは。
「豪腕入道―――!」
「ぎゃああああっ!?」
あやねは目の前の光景に絶叫する。
自分の胴の十倍以上の太さを誇る巨大な腕を持った大男があやねの胴体を鷲摑みにしていた。大男、豪腕入道は掴んでいた半泣き状態のあやねを繁々と見下ろし、「小娘が……」と呟くとあやねを放して姿を消して去っていった。
「えんとりーなんばー3番」
現れて。
「山がらす―――!」
「ぎえええええぇっぇぇぇっ!!」
山のようにでかい大ガラスに押しつぶされ、死に掛けるあやね。
「えんとりーなんばー4番」
現れて。
「ゆきおかめ―――!」
「ふん、お前のようなブちゃいくにわらわが仕えると思うかえ?」
「てめえ……!」
罵倒され、心を抉られるあやね。
「えんとりーなんばー5番」
現れて。
「人面みみず―――!」
「ぎゃ―――! きもい、きもい―――っ!!」
うにょうにょと動き回る人面みみずを前に戦慄し、悲鳴をあげて陣の端まで逃げ出す。トラウマ確定の妖怪と遭遇し、今日は一人で眠れないと涙するあやね。
「えんとりーなんばー……」
「もう、いい加減にしろ―――っ!」
ついにあやねの限界は頂点に達した。
「さっきから……碌なのが呼び出されてないじゃないっ!」
「もう、文句ばっかし。でもこればっかりは……」
「任意なんでしょ。もういいわよ、今度は自分で召喚するから……!」
あやねは巫女服の裾から取り出したのは、一冊の呪術書。
「そ、それは……うちの秘伝の書……!?」
「ふふっ……お姉さまだって勝手調べて式神を召喚したんだもの。私だっていいわよね?」
「やめなさいっ! それはあやねさんの手に余るものです!」
ちづるがあわてて召喚を解こうとするが時すでに遅く、あやねの霊力と印に呼応して呪術書から閃光と雷光と放つ。
神呪が紡がれる度に頭の中がクリアになり、全身の感覚が研ぎ澄まされる。
門が開かれ、在らざる世界から一体の妖怪を現世へと召喚される。
「……綺麗……」
「まさか……くりおねら……!?」
寒流にすむ『流氷の天使』にも似た儚いほど美しい妖怪に、心を奪われたのように見惚れるあやね。
それに対し、驚愕の表情で懸命に陣を解除するちずる。
あやねは胸いっぱいに広がる感動に笑顔がこぼれた。
未熟な自分でも分かる程の霊格。まちの式神たちよりも高位の式神を召喚できたことに興奮を抑えきれない。
だが、水を差すように必死に叫ぶ母の声が届く。
「あやねさん、早くここから逃げなさい!」
「どうしたの、お母様? 私はこの子と契約するわ」
「そいつは契約をした振りをして術者を襲う妖怪よ!」
異変に気付いたのは、その時だった。
「……えっ?」
くりおねらの頭部が割れ、7本もの触手があやねに襲い掛かった。
凄まじい速さで迫る触手を驚愕の眼差しの見つめるあやね。
「なんでよ……」
どうして、うまくいかないんだろう。
巫女として才能は生まれつき備わっていなかった。才能ある姉が修行をさぼっているのを尻目に毎日、努力を重ねてきた。今日まで必死に修練を積んでここまで来たのだ。
いつも苛める姉を見返したい。積怨の恨みを晴らしてやる。そんな気持ちも確かにあった。
だが自分なら最高の式神を召喚できると自信があったからこそ母に召喚の儀を頼んだのだ。けど、結果は散々だった。
呼び出した妖怪たちには鼻で笑われ、そっぽをむかれる。
最後に自分の力で呼び出したパチもん妖怪は牙を向いて襲い掛かってくる。
どうして。
どうして!
どうして!!
「……け、てよ……」
いるはずなのだ。
竜神の巫女・あやねに仕える最高の式神が。
なら、今まさに主が危機に瀕しているこの状況を、助けてくれなきゃ嘘じゃない…………!
「助けてよ……っ!」
死に瀕した命を求める救助の声。その声に反応した存在が、時の狭間にいた。
時の最果てより遠く。
時間の流れより外れた。
英霊の座へと。
此処に。嘆願は届く。
「やれやれ……もう二度と召喚されることなどないよう願っていたのだがね」
彼方より此処へ。
旋風と閃光を纏って具現する伝説の幻影。かつて人の身にありながら人の域を超えた者。
人在らざるその力を精霊の域に格上げされた者たち。
受肉した生きた伝説。
そんな遍く人々の夢で編まれた英霊が、地上へ光臨する。
幻影は長身の青年へと姿を変えて、あやねを守るようにくりおねらの前に対峙する。
刀身が、輝く。
あやねに迫った触手を黒の短剣でなぎ払う。
一瞬でくりおねらの間合いを詰めた青年は、白の短剣で一刀の下に斬り伏せて消滅させた。
それは、文字通りの刹那の攻防。
持っていた双剣がいつの間にか消え、危機が去ったことを確認した青年はあやねに向かって歩き出した。
吹き荒れた風はいつの間にか鳴りを潜め。再び静寂に包まれた修練場に巫女を見下ろす騎士の声が響き渡る。
「選定の声に応じ、参上した。俺のような役立たずを呼んだ大馬鹿者はだれだ?」
その頃の藍蘭島。
「これは……!」
西の森をパトロールしていた西の主・からあげは驚愕する。海竜神社の方で感じたこともない強大な力。異変を察したからあげは普段の飄々とした雰囲気は一転させ、神社にむかって走りだす。
(何が、起こっている……!?)