それはおぞましく、虚しく、絶望しか残らない光景だった。
12月24日、クリスマスイブ。
終末の日。
聖なる夜に恋人は現をぬかして、いつもより甘い一時を過ごす日。
去年は縁などないと思っていた俺も機体に胸を膨らませているのはなんだかこそばゆい。
つまりは俺にも大切な人ができたというわけで…
いまだに信じられない話で、それはなんと水無月と恋仲関係を築いていた。
でも確かにこれだけは言える。
俺は空を選んだんだ。他の誰でもない唯一無二の存在。
デートと言うほどたいそれたものじゃないが、如月寮のみんなとパーティを開いてどんちゃん騒ぎをして、それから二人で秘かに抜け出して少しだけ恋人らしく過ごそうと思っている。
だけど、約束の時間になって空から通信が入るとドレクスラー研究所に立ち往生してるとのこと。
北海道行きのチケットとは、本当に空らしい理由だ。
予定変更、千夏と一緒に修理したバイクで俺は迎えに行くと告げ、そのまま2人っきりで夜のツーリングに。たまには我儘させてもらおう。
楽しくなるはず、そう確信していたのに。
きっと俺たちの関係はより深まっていって、そして
突然、終わりはやってきた。
響くサイレン。
ウインドウに映った空。
画像が揺らぐ。
溶けゆく空。
はびこるアセンブラ。
分解される空。
放たれたグングニール。
消えていった空。
失われたソラ。
最愛の……………ソラ
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁああぁああぁああっ!!」
気付いたら俺は叫んでいた。
目の前で行きながら溶けていった空を目の当たりにして、正気でいられるはずもなかったから。胃液がせりあがってくる強烈な吐き気が襲ってきた。
無理矢理にでも押し込み、全身から冷たい汗が流れ出す。
身体中がきしみ、ひどく気怠い
「はぁ、はぁ……はっ、ぁぁ」
くそっ、夢だというのはわかっていたさ。クリスマスはとっくに過ぎていたし、何より空は生きている、はずだ。そもそも恋人同士ってのが悪い冗談だ。
「……リアル、過ぎる」
既視感というのか。まるで体感したかのような生々しさが俺の体にまとわりついている。脳裏に焼き付いて離れない空の姿。
正直、気でも触れてしまいそうだった。
見れば体中からの嫌な汗で、Tシャツはぐっしょりと濡れている。
きっと顔は蒼白で酷いんだろう、なんとなくそんな気がした。
「こ、甲?」
遠慮がちな声。
しかし聞き覚えのある声だ。
いつも俺をまどろみから起こしてくれる女の子。
そいつはさっきの夢で悲惨な最期を遂げていた。
「………空」
遠慮がちに開いたドアから、水無月空が心配そうな眼差しで俺を見ていた。
懐かしさと愛おしさが急に心の淵から湧き出てきて、俺の頬には伝うものがあった。
俺の叫び声は相当大きかったらしく、ものすごい剣幕で如月寮のみんながこぞって俺の部屋にかけつけてきた。
みんなは俺の顔を見ると、余程酷かったのだろう、心配してくれたが、俺はとりあえず大丈夫とだけ返しといた。説得力は皆無だったが。
レインや真ちゃんは涙ぐんでいたが、菜ノ葉にいたっては大泣きして倒れる始末。
そんな中、空だけは何も喋らずただ俯いていたのが印象に残っていた。
「雅、菜ノ葉はどうだ?」
「甲。今は人のことより自分のことを気遣えよ。それと菜ノ葉ちゃんならもう大丈夫だ。今はお前のために真ちゃんとお粥を作っているよ」
「そっか」
若草菜ノ葉。あいつとは幼なじみになるが、昔っから泣き虫でそれは今も変わらない。
南八坂で別れて以来、この星修で再会することになったが、随分女らしくなったもんだ。
「それより俺に感謝しろよ、甲」
「ん、何がだ?」
「千夏とレインさん。お前の世話するって聞かないのを俺が止めたんだからな」
うっ、何となく想像できてしまう。千夏とレイン、方法は違えどきっと結果はたいして変わらないんだろうな。
「雅」
「どうした相棒」
「助かった」
「おうよ」
コンコン。
ドアを控えめに叩く音。
「甲っ、起きてる?お粥作ってきたよー」
「菜ノ葉か。入ってくれ」
「……あ、うん。入るね」
「待って菜ノ葉ちゃん」
雅が菜ノ葉よりも早くドアを開けると、そこには鍋で両手を塞がれた菜ノ葉の姿。
「あ……ありがとうございます。雅先輩」
恐らく雅はすぐに気付いたのだろう。
相変わらず気が利く男だ。
「いーってことよ。それじゃ菜ノ葉ちゃん、甲のこと頼んだよ」
「えぇ、出てっちゃうんですか?」
「あぁ、これからやることもあるしね」
「わかりました。じゃあ今から私が代わりに甲のお世話するね」
にこにこと笑う菜ノ葉をよそに雅は俺から見えるよう、親指を突き出して去っていった。
あの野郎、たいした用もないのに出て行ったな。
「まぁ、千夏やレインよりはマシだよな」
「?甲、何か言った?」
「いや何でも。それよりお粥貰えるか?腹も減ってるんだ」
鍋からはお粥ながらに優しい匂いがする。真ちゃんが手伝ってくれたんだ。ニラは入ってないはず。入ってない、よな
「その前に菜ノ葉。ニラは入ってないだろうな?」
「……うん。本当は入れたかったんだけど、真ちゃんから止められちゃった」
よし、ナイスだ真ちゃん。
後で頭を撫でてあげよう。
「むぅ、甲、嬉しそうだね?」
「いや、そんなことはないぞ」
「まぁいいけど」
それから菜ノ葉と真ちゃんの合作お粥を喰うと、菜ノ葉は甲斐甲斐しくも俺の身の回りの世話をしてくれた。
途中、業を煮やしたレインと千夏が何故かメイド服姿で現れたのには困った。千夏はともかくレインまでそんなことするとは、人は変わるものだとつくづく感心させられる。
二人は菜ノ葉の制止もむなしく服を脱がそうとしたり、密着したり、ベッドに潜り込もうとしたりと心臓に悪いことばかりをしていた。
が、駆けつけた雅と空、それに亜季姉ぇによって退場させられた。
「ちょ、雅!邪魔すんじゃないよっ、甲はあたしが奉仕するんだ…って亜季先輩まで?あぁ、甲っ、こーぉ!」
「空さん、放してくださいまし。私は甲さんにご奉仕しなければならないんです!お願いします、あぁ、甲さん、甲さぁぁん!」
後で聞いた話だが、雅が去った理由はあの二人を止めるためで、男だからといろいろと苦労したらしい。
まったく、親友には感謝してもし足りないくらいだ。
夕方にもなると体調は快復し、ベッドにいるだけってのも暇になってくる。
かといってネットに潜ったら空などにどやされるに決まっているし、かといって課題のファイルに手を付けるほど気力はない。
「さて、どうしたものか」
もうすぐ夕食の時間だが、誰も呼びには来ない。
夕食くらいは食卓を囲ってみんなで食べたいのだが。
「居間に行ってみるか」
「やめときなさい、千夏とレインが待機しているわよ」
「………」
「………」
「………」
「な、なによ?黙ってないで何か言ったらどう?」
じゃあ言わせてもらうさ。
あぁ言わせてもらおう。
「ノックくらいしろよな」
「したわよ!……こんな感じに」
「全っ然、聞こえねぇよ!」
「なんですって!人がせっかく控えめにと配慮してやったのに」
「お前、言ってることがむちゃくちゃだからな!」
「あんたねぇ…………っ!やめましょう、仮にもあんたは病人だし」
「………あぁ、そうだな」
珍しく空が引いた。
いや、さすがのこいつでも病人をいたわる気持ちはあるんだろう。俺だってあんな夢を見た手前、空と口論するのは気が滅入る。
「………」
「………」
しばしの沈黙。
空は明らかにしゅんとしていて、俯いている。だから表情が読めない。
「………ねぇ、甲」
「何だ?」
いつもよりトーンの落ちた、空らしくない声だった。
だから俺も反射的に口調が重くなる。
しかし、空はそれっきり何も言うことはなかった。ただただ俯き、唇だけは少しだけ動いていたのを俺は気付くことなく。
「なんでもない!あはは、私らしくなかったね。ごめん」
「あ、あぁ」
「ご飯出来てるわよ。まぁ、居間には千夏とレインが今か今かとあんたが来るのを待ってるけどね」
うっ、聞き間違いじゃなかったのか。
「はぁ」
「ほら溜め息なんかつかない!渚千夏はともかく、レインみたいな子に好意を持たれるなんてあんたは幸せ者よ。自覚しなさい」
「レインは俺には釣り合わないし、というかレインが、俺に好意?」
「ぁ、しまった」
慌てて自分の口を押さえるあたり、やはりこいつは天然なんだろう。
しかし、レインが俺に好意を、か。
「はは、空にしてはなかなか面白い冗談だな」
「えっ?」
「レインみたいなお嬢様が俺に好意を持つわけないだろう?そういった冗談は俺だけにしとけよ」
「………」
空は唖然とした顔で俺をまじまじと見ている。
こいつも性格がアレじゃなかったら十分かわいいのにな。
「っ……あんた、今なんて言ったの!」
「え、俺何か言ってたか?」
いや、何も口に出してないつもりだが。
待てよ、もしかして
「あ、あた、私のこと………かゎ、ぃぃって」
マジか、俺。
思ったことを口にしていたらしい。空がかわいいって聞かれてしまったのか。
「い、いや、それはだな!」
「う、うん。わかっているわよ」
「やっぱり空はわかってくれるか!そ、そう、冗談には冗談で返さないとな。ははは」
「そうそう目には歯を、歯には目を、よね?あはは」
「はは、ははは」
「あはは………って、え?じょう、だん」
またもや空は目を見開いて俺の顔をじっと見つめている。
かわいいと言ったから、余計に空を意識してしまう。
なんとかこの雰囲気から、いや、この場から逃げないと。
ただでさえ、俺は空そっくりなクゥに一目惚れしかけているんだ。空にその感情を抱くのは、その、いろいろと不味いだろう。
「そうだ!」
「っ!」
「飯だったよな?いやぁ、すっかり忘れてたよ」
「…………えっ、え?」
「じゃ、覚悟を決めて行くか。空、お前も行くんだろう?」
「…………」
「ん、空?」
空の肩が震えている。
いったいどうしたと言うのか。
「……ぅ…の、ば……」
「そ、空?」
ふっと、空の大きな瞳が俺の視線と交わった瞬間。
俺の身体は再びベッドへと舞い戻された。右頬への張り手によって。
「甲のバカぁぁぁぁ!!」
「いってぇぇぇぇ!」
「知らない、バカ、アホ、死んじゃえ、変態!」
空は思いっきり部屋のドアを閉めた。
去り際、空の後ろ姿から見えた耳は真っ赤っかに染まっていて、本当に怒らせてしまったのだと俺は反省することにした。
ちなみにこの後、如月寮の女の子達から尋問という名のお仕置きと、飯抜きになったのは言うまでもないだろう。
雅と真は呆れたようにその様子を傍観しながら、茶などすすっていたのが何とも憎らしかった。
電脳世界。
ある国のスラムに俺は立っていた。
違法地帯(タブー)と呼ばれる決して一般人が辿り着くことがない場所に、単身潜入した俺はどうやらヘマをしてしまったようだ。
辺り一面、無数のウイルスやドローンが無残に破壊され、スクラップの海と化している。
もしかしたら、この塵屑の中にパイロットがいて脳死(フラットライン)したかもしれない。
たが、今の俺に罪悪感などなかった。
鉄を破砕する音が響き、その手に感触が伝わってくる。
放たれた銃弾、立ち込める硝煙、次々と襲いかかるウィルスを迎え撃っては新たな鉄屑を作り上げた。
破壊者は影狼。
門倉甲の愛機。
学園時代、亜季姉ぇよりプレゼントされた独自の進化ロジックを組み込んだシュミクラム。
そのスペックはもはや学園時代とは比肩すらできない。
ブースターを噴かし、縦横無尽に駆け回る影狼がウィルスたちを翻弄し、触れることすら許さない。
さっと手を上げると、遠距離にいるウィルスにはサテライトレーザーの標準が定まる。続けざまにぶっ放すバズーカ砲。
強化された武装のせいか、小型ならばこれだけで全壊することができた。
接近してくる中型を溜まった熱でのグラビティフィールドで一斉に収束させると、奴らが眼前に隙だらけで浮いている。
空中への上昇とともに瞬速のI・A・Iを放つと、敵機はズタズタに切り刻まれ、影狼の手には既に違う武装が。
重力による落下と武装の重みを生かしたギャラクティックストライクを叩きつけると、装甲は全て潰されている。
バウンドする機体は当初の面影をまるで保っていない。
アラーム音が聞こえ、画面にオーバーヒートのアラートが表示されている。
通常なら後退して過熱を排出するのに時間を要するが、そんなもん凄腕(ホットドガー)たちは易々と凌駕してしまう。
イニシャライザ。
搭載された機体は発動時、熱量の限界を超えてさらなる行動を起こす、まさに起死回生のシロモノ。
一瞬のプロセスのうちにイニシャライザを発動。
本来ならば冷却しないと同じ技は二度使用できないはずだが、この時だけは例外だ。
囲まれたのなら好都合、今一度グラビティフィールドからウィルスがまるで雪だるまのように俺の前に集結してくれる。
エクステンドアーム、火炎放射機、パルスレーザーでウィルスにまとめてダメージを与えると、3分の1ほどはスクラップになるが、まだまだ残機がいる。
シュミクラムが最早爆発しそうな程の熱を持ち、身体が溶けるような感覚。それが今の俺には最高に気持ちいい。
イニシャライザの期限が刻一刻と迫る中、俺はこの機会を待っていた。ウィルスたちが体勢を整えようとしている。
さらにバズーカ砲で距離を取ると、ウイルスたちが懸命に近付こうとその壊れかけの足を稼働させている。
俺はここにいるぜ。逃げようなんて思ってもいない。
高熱を帯びた今、一撃でも食らえばそれが致命傷となる。この駆け引きもまたたまらない。
奴らが迫る。
その瞬間、巨大な銃器を具現させる。
シミュクラムに備わる必殺の兵器。FC(フォースクラッシュ)。恐ろしい威力を誇り、パイロット達の切り札。
これが俺の
FC【シウコアトル】
超広範囲の協力なレーザー砲から放出されたレーザーは、波状になって前方にいるウイルスすべてを飲み込んだ。
逃れられない、動くことさえかなわない。
ただ、お前らは自らの破壊のカウントダウンを待つだけなんだよ。
眩しいレーザーの光におよそ敵機の姿を視認するのが難しく、もしこれを耐えていたらその反動は計り知れない。
が、どうやら杞憂に過ぎなかったらしい。
気付けば無数にいたウィルスは一掃され、残ったのは破片と戦闘の残滓のみ。
戦場にただ一機立ち尽くす。
狼は孤独ながらも異常なまでに強く、すべてを破壊し尽くすまで勝利を確信しない。
ただ一機、影を落とす狼は俺、門倉甲の愛用機。
傭兵となり、復讐するためだけに生きてきた俺は何が何でも死ぬことは出来ない。
辺りを一瞥し、残存勢力がいないかを調べていた矢先、ウィンドウに女性の顔が映り、やがてよく知った青いシュミクラムがすぐに駆けつけてきた。
「中尉、ご無事でしたか?」
「レイン。俺の腕はお前が一番知っているだろ?この程度の雑魚なら何機来ようが結果は変わらんさ」
レインは周囲を注意深く見渡すと、一瞬だけ唖然として表情を浮かべるも、すぐさま凛々しい顔へと戻る。
何度もかいくぐってきた死線の数々が経験となり、俺は既に一個中隊程のウィルスでは傷一つつくことはなかった。
「失礼しました。要らぬ心配でしたね。中尉は私の知る限り最高の腕利き(ホットドガー)ですから」
「腕利き(ホットドガー)か」
昔から憧れていた言葉だが、今聞くとどうしても皮肉にしか聞こえない。
純粋だったあの頃の俺が今の俺を見たら果たして何と言うのやら。
「どうやら、ここは外れでしたね」
「みたいだな。クソっ、ドレクスラーめ……逃走と隠蔽だけは人一倍張り切りやがって」
「落ち着いてください中尉……とりあえず一旦ログアウトしましょう、ここはまだ危険かもしれません。詳しい話は宿で」
「………了解(ヤー)」
離脱(ログアウト)
「……また、夢か」
またしても体感したような感覚があった。今度はより詳細に。
先日といい、今見た夢も本当に起こったような現実味を帯びていたが、やや先のことのようだった感じだ。
けどあれは間違いなく俺で、間違いなく影狼だった。
進化し過ぎた俺のシュミクラム。一度にあんな数多のウィルスを蹴散らしていた。
見たこともない武装を使い、フィールドを颯爽と駆け回る姿はまさに狼そのもの。
思い返すだけで鳥肌が立つ。
「いったい、何だっていうんだよ」
俺の目が錯覚じゃなければ、夢の俺は傭兵になっていた。
よりにもよって一番なりたくない傭兵にだ。
そして、もう一機の青いシュミクラムは見覚えがないが、フェイスウィンドウから映ったのは桐島レイン。
彼女も軍服を着ていたことから、傭兵になったんだろうか。
レイン。
俺の知りうる限り、彼女以上に拳銃が似合わない女の子はいない。レインは日の当たる場所で微笑んでいる姿がよく似合うのに。
いったい何がそうさせたのか。いや、俺のせいなんだろう。
夢の中の俺の態度は冷たく、業務的で、まるでレインを部下のように扱っていたことから、俺が彼女をそうさせてしまった証拠じゃないか。
だとしたら最悪だ。
「それに復讐ってのは……」
ふと先日の夢を思い出す。
クリスマス、空がアセンブラに溶解され生きたまま死んでいく姿が。
「うっ、おぇぇぇ……」
フラッシュバックした光景に思わず嘔吐しかける。
アレは思い出す度に吐きそうになる。忘れようともインパクトが強すぎるのと、毎日顔を合わすから余計に意識してしまう。先日はまだよかったものの、日々が経つごとに不安んともどかしさが増加している。
喉に残る胃液と吐しゃ物が気持ち悪くて、テーブルに置いてあるペットボトルを手繰り寄せては無理矢理に中の水を飲み下した。
泣きたいくらいむせるが、それで吐き気は収まる。
「はっ、はぁ、はぁ」
空。
死んでしまった空。
夢の中では恋人同士だった俺たち。何年後かに傭兵になり、レインを引き連れて世界を転々と知る日々。
ならば話が繋がる。
「つまり俺は空を失って、復讐をしようとした」
俺らしい実に単純明快な答えだ。笑えるくらいシンプル。
だけど、俺はそれくらい空を愛していたのだろうか。いや、普通恋人が故意に誰かに殺されれば、復讐は考えるものだ。
そう考えると、急に胸が苦しくなった。
果たして俺は空が好きなのだろうか。
クゥや共振のことがあってから確かに気になる存在で、好意がないと言えば嘘になるけど。
だからといって好きと断言できるわけでもない。
我ながらどっちつかずの優柔不断なのは情けないが、こういったことはきちんとしたいのが俺の本音だ。
千夏や菜ノ花のことだってある。みんなに曖昧な態度をとり続けるのも本当は酷いことなんだろう。
……よく考える必要があるのかもしれないな。
ふと、テンポよい足音が廊下から伝わってくる。
軽い足取りが徐々に接近して、その主は俺の部屋で止まると、軽くノックをして許可もなくそのまま入ってきた。
「甲っ!朝よ、起き……なさい」
「おはよう、空」
「お、はよう……珍しいじゃない。いつも寝坊助の甲が起きているなんて」
「たまには早起きもいいもんだと思ってな」
あえて本当のことを話す必要もないし、適当に誤魔化すことにするのが一番だろう。
何より空と関係がありそうな夢だしな。
「ふーん、そう」
「朝食が出来てるんだろ?着替えたら行くよ」
正直、今は空と顔を合わせるのがきついから、意図的に早口になっている。
空は空でどこかばつの悪い様子で、俺をちらちらと窺っている。
「着替えを覗く趣味でもあるのか?」
「な、なわけないじゃない変態!もう私は雅も起こさないといけないから、早く来なさいよ」
「あぁ、居間でな」
「うん、またね」
くるりと踵を返す空。
ドアに手を掛けるのを確認すると、早速俺はTシャツの裾に手をかけた。
「ねぇ、甲」
だから、空の次の言葉が俺の手を止めるには十分だった。
「また夢見たんでしょ」