某小説投稿サイトにて二次創作が停止してしまい、こちらに投稿いたしました。
需要があるかは知りませんが、メッセージなどをもらいましたのでやってみようかなと。
バルドの新作も出ることなので、期待しながらちまちま書いていきます。
それではまた。
瑠璃色の空が深みを増していき、徐々に夜も深くなる手前。
月の光を装飾するように空に浮かぶ星々は静かに光り続けるころ
しんとした中に、昼間、活気に溢れるグラウンドはりりりと鈴虫が夜想曲を奏でてはほかの鈴虫たちも応じるように合奏していく。
そんな静寂に似つかわしくない騒ぎ声が聞こえる。若い男女が人生をひたすら謳歌し、、今こそが至上であるかのような歓びを精一杯あらわしている。
レトロな雰囲気を醸し出す木造建ての寮がひとつ、ざわめいているのがわかる。
あぁ懐かしい、みんなの少しだけ幼さの残った声が聞こえるよ、空。
えぇ本当に懐かしいわ、無垢だったあの頃の私たち。
覗いてみるかい?
そうね、この世界線はまだみたことがない世界だから
じゃあ俺たちの可能【ありえた】かもしれない世界の行く末を見よう
うん……
少しだけいつもより騒がしい居間。時刻は短針と長針が頂点へ重なる一歩前。
カチコチと進む秒針と、俺達の合わさる秒読みが一刻と未来へと進んでいく、
そんな特別な夜。
8、7、6、5、4、3、2、1…
「…0!!!」
夜に響く鐘楼の音。
新しい年を知らせる始まりの証。
この日はきっと一年で老若男女問わず最も人が起きていて、家族や友人や恋人や、はたまた他人と集まって、一年の始まりを祝い迎える。
ここ、如月寮だって例外はなく。
「「「あけましておめでとう!」」」
かけ声と同時、一斉にそれぞれが掲げたグラスが軽快な音をたてていく。みんなが身を乗り出して我よ我よと進み出ている。
俺、門倉甲も如月寮のみんなと自分のグラスを交わし合い、それぞれに軽くおめでとうと掛けると、一気にその中身を飲み干した。
「くぅ、新年初の一杯……うまい!」
これがアルコールといった類なら更に、といったところなんだが
「何よ、甲。私に何か言いたいことがありそうね」
「……別に」
無意識のうちに視線が向いていたのだろう、やけに勘のいい空が不機嫌な顔でこっちを見返していた。
そう、空。
水無月 空。前回同様、委員長気質な彼女が飲酒など許すはずもなく、俺と雅が買ってきたアルコールを見るや否や即座に没収、返しに行ってしまった。今度こそは反発してやろうと息巻いていたら、なんと新しい敵が現れてしまったものだから握った拳を戻すしかなく、不満を残したまま現在に至っている。
「新年くらい大目に見てくれてもいいだろうに……」
「落ち込むなよ、相棒」
隣にいる須藤 雅が苦笑しながら肩を叩いてくる。手に持ったジュースは健全の象徴ともいえるオレンジジュースだ。
こいつも最初は納得がいかず渋っていたはずなのに、切り替えが早いもんだよな。それが雅の良いところだけど。だとしたら俺一人が不貞腐れているのかもしれないと考えると、無性に馬鹿馬鹿しくなってきた。
すると雅とは反対側、つまり俺のもう一つの隣に座った女の子がいきなり自らの細い腕を俺の手に絡ませてきた。
「そうそう、過ぎたことはしょうがないって!ほら甲っ、あたしがお酌してあげるから、元気出しなよ!」
「あぁ…って、千夏、くっつきすぎだ!」
いつの間にか千夏が俺の後ろから抱きつき、その綺麗な顔がほんの数センチ先にあって気まずい。そして俺の頬が上気するのと同時に周囲の視線が非常に冷めたものになっている。
「いいじゃん、減るもんじゃないんだし」
「そういう問題じゃない!ほら、みんな見て………って菜ノ葉、なんでそんなに睨むんだよ?」
「別に。甲、止めてほしいくせに嬉しそうだね」
「どこをどう見たらそう見えるんだ!」
確かにうれし…じゃなくて、恥ずかしいし、なによりさっきからやわらかくて弾力性のある何かがずっと強調したように当たっている。千夏はどうやらわざとやっているみたいで
「甲ったら照れちゃって、かわいいなぁ」
「頼む、千夏。これ以上話をややこしくさせないでくれ」
「甲っ!」
「……雅ぁ、助けてくれよ」
「相棒、むしろ変わってほしいがそこはお前のものだ」
薄情者が、っていうか、如月寮のみんなの視線が痛い。もはや突き刺さっているんじゃないかってレベルだ。菜ノ葉はもちろん、空も亜季姉ぇも、真ちゃんまで侮蔑の目だ。
…ん?
いつものことならここで空が千夏に食ってかかっていくのに、やけに静かに俺を軽蔑しているだけだ。即行動の空が何故だろう、それが俺には不気味に感じた。
「失礼します」
不意に涼しげな声とともに千夏と俺の間に半ば強引に割って入ったきた人物がいた。
予想外の人物の登場で俺も千夏も呆然としたままでいた。
美しいブロンドの長髪はさらさらと砂金のごとく流され、透き通る白い肌と絵画からうっかり出てきてしまったのではないかと疑うくらい令嬢という言葉が似合う女の子が隣に座っていた。
何食わぬ顔と慣れた手つきでグラスに飲み物を注ぐ姿は、実に様になっており、つい緊張してしまう。
「レイン」
憎らしそうに千夏が呼ぶと、一瞬だけ一瞥しただけですぐに俺へと視線を戻していた。
「甲さん、お酌してもよろしかったでしょうか?」
「あ、あぁ、ありがとう」
「なんでもおっしゃってくださいね、甲さんのためでしたら、私……」
などとレインが紅潮させると妙に艶っぽくて千夏以上に恥ずかしくなる。ただでさえ年齢に不適応なスタイルと容姿なんだ、一つ下の菜ノ葉が何度枕を濡らしたことか。
思い返せば、レインとは少し前までは俺とまともに話すどころか、顔すら合わせてくれなかったけど、引っ越してきてからは何故か俺に対して色々と積極的に話しかけてくれるようになった。
それはそれで歓迎すべきことだが
「ちょっと、レイン!」
「あら、居たのですか?千夏さん」
「くっ、人を突き飛ばしておきながら……」
「申し訳ありません。見えませんでした。ささ、甲さん。もう一杯いかがですか?」
「こら、あたしを置いて甲と話すなっ!」
「………はぁ」
千夏とレインはどうしてか相性が悪いらしく、引っ越して以来口喧嘩が日常茶飯事となっている。互いに譲れないものがあるらしく、あの普段は慎ましやかなレインが好戦的になるのは千夏に限ってのみだ。
それまでは専ら千夏の相手は空が相手だったのだが、空は空で
『あぁ、もうやっと解放されたわ』
と言いながらも二人を羨ましそうに眺めていたのを俺は知っている。
まぁ話は戻って、この状況はかえって悪化しているのが目に見えてわかっている。
「幸せな溜息だな、甲」
「雅。お前には俺が幸せに見えるか?もしそうなら眼科に行くんだな」
「それなら甲、お前はその鈍さを磨くことだな」
「何が鈍さだ、アホらしい…」
すると雅は観念したように盛大にため息と一緒に苦笑いをして見せた。菜ノ葉はジト目で俺を非難し、亜季姉ぇは首を振って、空は呆れた様子で真ちゃんと話していた。
「何だよみんな。俺に言いたいことがありそうだな」
「あぅ……先輩、にぶ……です」
「甲、重症」
「うっ、真ちゃんや亜季姉ぇにそんなこと言われると傷つくな」
二人は擁護してくれると思っていたけど、まさかの味方から手榴弾を投げ込まれた感じだ。
「ま、そこが甲の良いところだよ。気にするな」
雅の含みのある言い方は癪だが、あえて何も言わないでおく。
むしゃくしゃしてグラスにあるジュースを空にすると、今度は言い争っていたレインと千夏が同時にジュースを注いできたせいで、グラスの中は悲惨な味になり
怒った菜ノ葉を宥めるためにニラ料理を一杯に食べ
雅とシュミクラムについて熱く話していたり
だけど、その間にずっと俺の意識には一人の女の子が片隅にいた。
千夏のことがあったものの、いつも会話の中心にいる空が今日はずっと黙り込んだままなのが、俺には気になっていた。たまに会話の機会があっても、意図的に避けられているようで、ついぞ空とはちゃんと話すことなく新年の日の出を拝むことになった。