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No.34303の一覧
[0] 夢集め[そらりす](2012/07/27 13:11)
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[34303] 夢集め
Name: そらりす◆7eba6721 ID:f63d69df
Date: 2012/07/27 13:11
 私はこの街、新宿が好きだ。とりわけ夜の新宿が。
 「明日会社に行けば、明日学校に行けさえすれば」そんな声が聞こえてきそうな木曜の夜。疲れきって萎れたようなサラリーマンから、夜はこれからと息を荒くする若者、これと言った目的も無さそうに彷徨う浮浪者らしき老人。見上げれば街は巨大なビルのせいで箱庭の中にいるような感覚。
 「我々は神の箱庭の住人に過ぎない」。いつもどこかで読んだ本の一節が頭をよぎる。私たちは、皆それぞれが、自らの意思に従って生きているように見えるが、それすらも神の意志に操られていると言うことらしい。即ち、箱庭の住人は操り人形と言うわけだ。では、あの本の作者に壮大なネタばれをさせた神の真意は一体何なのだろうか。
 昼間はこの新宿の一角にあるまずまず名の知れた商社に勤めている。つまりは、しがないオフィスレディーということになる。大学を現役で卒業すると同時に就職。今年で社会人3年生。人間関係も良好で、上司からの受けもよい。とはいえども、まだまだ新人扱いを受ける。
 「片桐くん」と呼ばれればすぐに飛んでいく。日々、上司の資料のコピーにひた走り、来客時のお茶出しも私の仕事。いつも面倒な仕事は私の所に集まってくる。ペーペーの新人よりは、少し仕事ができるやつに雑用を任せた方が早い事を皆が知っているのだ。
 ただ、私はそんなことをいちいち口に出したり、表情やしぐさで示したりする事はしない。これが、人間関係を穏便に、そして良好に保つための最善策である事は誰だって分かるはずだ。しかし、それができるかどうかは、別の話。
 大学では心理学を専攻していた。はじめは、「心理テストが好きだから」、そのくらいの気持ちで選んだ道だった。それに高校を卒業してそのまま働くというのもなんだか気が進まなかった。
 そして、結果田的にのめり込んだ。心の世界の奥深さ、未知の部分の多さ、そして常に表れる「例外」の存在。そのどれもが私を心理学という世界に引きずり込むには十分過ぎた。
 教授達からは、わざわざ一般企業に就職しなくても。と散々大学院への進学を勧められた。学費も持つとまで言われたが断って今の会社に就職した。私は、どうしても現場でヒトの心に触れたかった。確かに、院に進めば研究を深くする事は出来る。でも研究室で、常に動き、変わる心の事を考えると言うことは私の性には合わなかった。だから、今の環境に満足している。
 そして、毎週木曜日の夜。私は「片桐つくし」から「卯月天水(うづきてんすい)」と名を変える。私のささやかな副業。新宿には誰かに話を聞いてもらいたい人が溢れている。
 ポスト新宿の母は私。
 入社して3か月も経ったことから、不意に試してみたくなった。会社の人間の表情を読んで、言葉の端々から心情を探ることにさっそく物足りなさを感じていた。そして、夜な夜な駅前に現れる占い師たちに目を奪われた。特に資格を必要とする事も無く、占いと称して人々の話を聞く。しかも、お金まで手に入る。まさに理想を体現したかのような仕事だった。小さめの机といすを買って開業するまでにした投資はそのくらい。名前も4月生まれで「卯月」で「天水」はそれらしい雰囲気を出すために付けた。付け焼刃占い師とは私の事だ。
 木曜の夜に限って細々と占い業を続けた。手相占いに、人相占い、水晶占い、姓名判断ともはや売らないかどうかも怪しいものまで乱立する中、私は「夢占い」を始めた。大学時代最も力を注いだ研究領域がこの「夢」だった。
 かの有名なフロイトの「夢判断」に始まり、無意識を相手にするこの世界の虜となった。日々、制限が多くなる現代社会で生き抜くために、睡眠中無意識の統合の下で作り上げられる欲望の実現。
そして、夢に登場する物の象徴としての役割。直喩として現れる事もあればと気に隠喩として登場する事もある。「夢」という学問領域でもとりわけそれらを読み説く事が、楽しくてしょうがなかった。学生時代も、たくさんの臨床データが欲しくて様々な人々の夢を聞いて回った。
木曜日の夜だけ学生に戻った錯覚すらする。この「夢占い」は当時の「夢集め」の続きでしかなかった。
 ほら、さっそくお客さんだ。
 「こんばんは」
 学ランを着ていることから、学生である事は間違いなさそうだ。この時間から推測するに高校生。塾通いと、十一月というこの時期を考えたら三年生だろう。第一ボタンを開けているものの、それ以外に着崩したところも無く、髪も染めていない。真面目な性格、か。
 左手首には、メーカーが分からないが、少し高そうな時計。この間発売されたばかりのスマートフォンを持っているところから見ても、この時間に塾に通うということはアルバイトもできないだろうし、家庭が裕福なのは明らかだった。
 私は、ゆっくり、そして少し首をかしげながらミステリアスに「こんばんは」と返す。彼は、まだ立ったままだった。そして、か細い声で第一声。
 「本当に、五〇〇円でいいんですか」
 昼間の仕事だけで、一人暮らしをするには十分過ぎるほど稼げている事もあったし、これは趣味の一環だったし、初めから利益は求めていなかった。
 「もちろんです。どうされますか」
 「じ、じゃあ、お願いします」
 「では、どうぞおかけください」
 彼は椅子に腰かける。「よろしくおねがします」と私が握手を求めると、彼はそれに素直に応じる。近くでよく見てみると、色白の童顔。ただ、その顔立ちに反してくっきりと隈が浮かびあがっていた。しきりに辺りを気にしていることからも、不安は未だ残っているようだ。
 「では、最初にお名前を伺ってもよろしいですか」
 「はい。逢坂裕樹(おうさかゆうき)です」
 「逢坂さんですね。一つ確認したいのですが、高校三年生で間違いありませんね」
 「あっ、はい。そうです。でも、なんで――」
 「一応、占い師ですから」
 「ですよね」と萎む彼に、首もとの校章で最終確認をした事は口が裂けても言えまい。
 「あの……夢の話を聞いてもらえるんですよね」
 「ええ。お話ししていただける範囲で構わないので、気になっている夢を教えていただければ」
 彼の視線が右上にシフトしていく。ゆっくりと記憶を探っているようだ。私は、それを決して急かしてはいけない。急かされると、どうしても記憶は正しく呼び出されないから。特に夢なんて、そもそも現実と区別のつかない部分なのだから、慎重に扱う必要がある。
 「わかりました。この夢を見始めたのは一週間ぐらい前からです。真っ白い部屋の中で風船に囲まれている状態からいつも始まります」
 白は無邪気、無垢、若さ、潔癖または、そうありあたりと思う事の象徴。そして、風船は当の本人ですら実現できないであろうと思っている望や夢の象徴。この時点では、彼の何が抑圧されているかはまだ見えてこない。
 「なるほど。部屋の広さはどの程度ですか、それら風船の色は何色ですか。思い出せる範囲で結構です」
 「えっと……部屋はかなり狭いです。それから風船は、とにかく色とりどりで。それよりも――」
少年の顔が一瞬のうちに苦悶の表情へシフトする。
 「それよりも?」
 「顔なんです。柄の様に顔が印刷されているんです。家族とか、学校や塾の先生の顔とか、友達の顔とか、とにかく俺の知っている人たちの顔が風船になっているんです。それがところ狭しとひしめきあっている感じで」
 「なるほど」
 相槌を打ってみたもの、なかなか重い夢だ。真っ白な部屋に、カラフルな生首風船の群れといったところだろうか。今まで、色々なタイプの夢を聞いてきたがこれは大分ショッキングな部類。
 余談だが、最も凄まじかった物は、疲れ果てた様子のサラリーマンが語った最近うまくいってない妻の体のパーツが自分の体から所かまわず生えてくるといった夢だった。気でも狂ってしまうんではないかと心配していたものの、あの一回以来、そのサラリーマンの姿は見ていない。
 「逢坂さんは、その風船に囲まれた時どんな気持ちでしたか。また、風船はそこにある(いる?)だけでしょうか」
 「毎回、初めからすごく怯えています。夢の中でも、『あぁ、またこの風船だ』って思っているんです。それに風船たちはどんどん膨らみます。膨らめば膨らむほど、印刷されている顔は苦しそうになって、ある物は割れるし、ある物はパンパンに張った状態になるし、そのままの大きさで変わらない物もあったりまちまちです」
 膨らむにつれて苦悶の表情が濃くなる風船とは。受験を控えているであろう彼としては、心底穏やかではないだろう。ただ、彼の夢の概要と共に彼が今置かれている状況、打開したい事が見えてきた。私は、パフォーマンス的にすうっと目を閉じる。
 「逢坂さん。破裂する風船はいつもご家族だったり、学校や塾の先生ではないですか」
 「えっ」
(ビンゴ)
 正直、今のは正直、賭けだった。ただ、彼が風船の顔の種類、そして風船がどうなるかを説明した順番はきっと彼がショッキングと感じた順番に語るはずだった。故に、その二つは対応するはずという持論から導き出した答えだった。
 「そうです。毎回お母さんの顔から勝手にはじまります、家族が一通り割れると、次は先生達。風船からどろどろした黒い物が流れ出して、俺の足元に広がります。でも、どうしてわかるんですか」
 勝手に割れる、か。自分で割ってないところを考えると、破壊願望ではなさそうだ。でも、どうにか外部の力によって打破してもらいたい願望の表れの可能性も捨てきれないと記憶にメモをする。
 「先ほど言った様に、私は占い師ですよ」
 「ですよね」
 セオリー通りのように彼はまた萎み、ただでさえ狭い肩幅がより一層小さくなってしまった様に見える。
 そして、私は畳みかける。
 「ずばり、単刀直入にお尋ねしますね。逢坂さんは、今、勉強に追われているというよりも、それを勧めるご家族や先生に追われていると感じていませんか。そして、ご友人の様にもっと自由でありたい、厳密にいえば、『彼らの様になりたい。羨ましい』とお考えではないですか。そして、それが、そう上手くいかない事も同時に感じている、違いますか」
 彼の顔が赤く染まる。伏し目がちになってしまったところから、恥を感じているのは明らかだった。どうやら、全てかどうかは別としても、大部分は当たったようだった。
 「おっしゃる通りです。こんなこと誰にも言ったこと無かったのに……あんな夢だけで、ここまで分かっちゃうなって。凄いですね。俺、これこらどうしたらいいんですかね」
 裸一貫の如く全てをさらけ出した彼は、幾分楽になったように見えた。そして、ここからは言ってしまえばただの人生相談になる。
 「そうですね、これはあくまでも提案ですので聞き流していただいても構いません。ただ、現状から見ても、受験は迫ってきます。ただ、追われるという思考から、志望校を追うと言う様に思考の転換をするのはいかがでしょうか。人は誰かから押し付けられることを、極端に嫌います。それは、逢坂さんの夢の狭い部屋が物語ってくれていました。そして、また夢に迷われたなら、私はここで逢坂さんをお待ちしています」
心の待避所は大切。いざという時の支えにもなるし、余裕にもなる。
彼は何も言わず私の言葉を吟味しているようだった。そして、唐突に話し出す。
 「正直、最初はこういうの胡散臭いと思っていたんです。でも、占いも捨てたもんじゃないですね。また、何かあったらお世話になります」



 その次の木曜も、さらにその次の週の木曜も逢坂少年が現れることはなかった。問題はどうやら彼の中で無事解決したのかもしれない。
 ただ、私の夢には変化が現れた。
 風船が現れた。
 こういうことは昔からあったが、今回はいささかひどい。
 大学時代から、他人の夢を聞く事が多かった私は、夜な夜なその日聞いた夢を自分の夢として見てしまうことがあった。印象がとりわけ強かった夢ならなおさらだ。例によって、あのサラリーマンから聞いた体から妻の体が生えてくる夢にはずいぶん悩まされた。
 そして、あの風船も例外ではなかった。早速あの晩から、私の夢には風船が出現しはじめた。
 苦悶の表情を浮かべては割れていく色とりどりで大小様々な風船たち。
 ただ、どうにも、風船の夢が止まらない。いつもなら、数日で終わるはずなのだが、今回に至ってはもう2週間目に入ろうとしている。夢を見る時は、もういつも風船だ。
 そして、その風船の中に私の顔があることを発見したのはつい最近の事。夢を見るたびに、私の顔はいびつに肥大し、苦悶に表情を歪めていく。
 たった今に至っては、もう触れれば破裂せんばかりになっていた所で、目が覚めた。時計は夜中の1時半を指していた。きっと、朝になればこんな事もすっかりなくなり、また平凡な会社勤めが始まる。大丈夫、夢は夢。それは、私が一番知っている事じゃないか。
 そうしてふとんに戻り毛布を掛け直す。
 目を閉じる瞬間、自分の顔が映った深紅の風船が見えたような気がして、世界は暗転した。


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