――――天に昇る太陽が“偽り”であるならば、きっと地に落ちる“影”もまた“偽り”であろう。
…………床に膝をつき、焼け爛れた左顔面を右手で抑えながら、考える。
拙者はいったい何のために、ここに在るのか。
『どうして、母さんが……僕を…………』
一頻り錯乱したように叫び、喚き散らした後、絶望の淵に立たされたかのように呟く偽りの救世主。
眼の前にいる“それ”を“主”として仕える事に、何の意味があるというのか。
拙者はいったい何のために在るのか。
ふと横目で見つめた窓の外。広がる蒼天の向こう側。世界を眩しく照らすもの。
そして窓の内側。閉鎖された空間に浮かび上がるもの。
いつしか答えは胸に浮かび、拙者はただ思うまま言葉にしていた――――……‥‥
34th STAGE
月と影、そして太陽
―――― 1 ――――
「どうした……? この傷を気にして、また本気が出せぬか?」
不敵な嘲笑を向けながら、まるで挑発するようにファントムは言う。
それに対し、ゼロもまた、吹っ切ったように笑う。
「馬鹿言え……その死角を突く算段を立てていただけさ」
「やってみろ……できるものならば!」
地を蹴り、急速接近するファントム。それを迎撃せんと構えるゼロ。
光の速度で視界から消えた黒い影が、次の瞬間には背後に回っている。やはり速度で言えば、ファントムの方が些か以上に優れている。
「チィッ!」
既の所で刃を防ぎ、次の手もまた防ぐ。光速の連撃を巧みに防ぎ、僅かに生まれた隙をついて攻撃の手を入れるが、ファントムの回避能力も甘くはない。
再び剣戟の応酬が始まる。先ほどの言葉通り、ファントムの攻撃パターンがわずかに変化していることに気付く。受けるのでは流す――――ゼロのパワーを諸には受けず、力を流して殺すことで、その差を塗りつぶす。
だが、次第に押されてゆくのはやはりファントム。ゼロの方がまだ一枚上手である。
――――このまま押し切るッ!
更に力を加え、連撃の速度を上げ、完全に主導権を握る。
「ぬぅッ!」とファントムの顔が苦悶に歪む。捌ききれなくなり、躱す数が増える。そして、攻撃のタイミングを失っていく。
やがて、ゼットセイバーの切っ先がファントムの首筋を、腹部を掠め始める。
辛うじて返す、闇十文字の一撃。――――ここぞとばかりに、それを掻い潜り、ゼットセイバーを力いっぱい振り切った。
瞬間、突如として足元で何かが破裂する。
「何ッ!」
その破裂とともに金属製の刃が地面から弾け飛び、咄嗟にゼロは身を躱す。だが、ファントムはその刃に頬を斬られようと微塵も臆すこと無く、闇十文字を振る。
先ほど優勢を取った筈のゼロが逆に傷を負う。鼻先を掠める光刃に、僅かな血飛沫が宙に舞う。
ゼロは何一つ驚きを見せないファントムの表情から、察する。
――――これは……!
再び何かが足元で破裂し、同様に刃が弾け飛ぶ。今度はゼロの左右、そして後方から。
飛び散る刃を掻い潜りながら、ゼロは無理な体勢でファントムの一撃を何とか受け、一気に飛び退く。それに対し、投げつけられる闇十文字。ゼロはゼットセイバーで自身の後方へと受け流すが、すかさずファントムが追撃をかける。
「いつの間にこんなものを!?」
おそらくは地雷。しかも、まだ多数のそれが地面に埋まっていると思われる。
白の団がファントムを察知するより前に――――もしかしたら前日に、この場所を戦場に決め、既に設置していたのかもしれない。
そしてゼロが本気を出し、ファントムへ意識を全て向けた瞬間を狙って、作動させたのだ。
再び刃が弾ける間に、ファントムが吠える。
「言ったであろう! 拙者は貴様を“殺し”に来たのだ!」
これは“決闘”などではない。
自分の力を誇り、望む“戦い”を求め、ゼロと刃を交えてきた者達――――フラクロスやファーブニル、そしてアンカトゥス兄弟――――とはまるで違う。
まして、遣りどころのない憤りから己の死に場所を求め、一騎討ちせんと現れたハヌマシーンとも違う。
如何なる手段を用いようと、必ずゼロを殺さんと、策を練り、その上で実行したのだ。
「地面に埋まっているのなら!」
ゼロはアースクラッシュのエネルギーを蓄積し、放つ動作をとる。確かに、物が地面に埋まっているのならば、地上を一掃するアースクラッシュさえ放てば解決する。
しかし、当然の如く、ここまで用意周到なファントムがそれを考慮していない訳がない。
「させん!」と吠えながら、飛びかかる。ゼロはそれを防がざるを得ず、アースクラッシュの発動をキャンセルする。
そう、ファントムの剣がそれを許さない。アースクラッシュを放とうものなら、その隙を突いて、致命傷を負わされるだろう。そもそも、こうして放つ直前で防がれてしまうに違いない。
またも足元で弾ける刃が、遂にゼロの脇腹を捉える。咄嗟に跳ね除けようとしたことが幸いし、大事には至っていないが、それでも鋭い痛みが走り、鮮血が飛ぶ。
その隙を、ファントムの闇十文字が襲う。ゼロは落鳳破での牽制を思いつくが、予備動作での更なる隙と、ファントムの覚悟を考慮し、仕方なくゼットセイバーで防いだ。
しかし闇十文字に取り付けられたスラスターを稼働させ、ファントムは自身の剣撃にパワーを上乗せする。すると一気に押し切られ、ゼロは背中から倒れこむ。
「く……っそぉ!!」
ゼロは叫び声とともに、刃の傾斜を変えると力いっぱい押し上げ、同時にファントムの体を両足で蹴り上げる。
ファントムは宙で一回転して見事に着地すると、立ち上がるゼロに向けて再び闇十文字を投げつける。
向かってくる得物に対し、地を蹴り飛び上がる。そして瞬時に刀身を氷結させて氷烈斬を放つが、ファントムはそれを躱しながら左腕に握ったビームサーベルを振るう。
氷の刃は砕けるが、ゼロはそのままゼットセイバーで防ぎ、同時に背後から襲いかかる闇十文字を躱す。
ファントムは右手で闇十文字を受け取ると、そのまま斬りつける。ゼロはそれをすかさず防ぐ。――――その刹那、背後から再び襲い掛かる光刃が、左の二の腕を斬りつける。
「馬鹿なッ!?」
ゼロが驚きとともに口走るのを他所に、ファントムはビームサーベルを手早く仕舞い、左腕でそれを掴むと、そのまま横一閃に振り回す。
体勢を崩したゼロはファントムの一撃を防ぎきれず、後方へと弾き飛ばされた。
「……誰が一つだと言った?」
ファントムの両手に握られるは、専用兵装「闇十文字」――――それが計二つ。
おそらく地雷とともに地面に仕込んでおいたのだろう。それを、タイミングを見計らって遠隔操作し、奇襲に利用したのだ。
「卑劣と蔑むか? 悪辣と罵るか? ――――好きに呼べ……敗北の後に」
殺気の色が変わるのを、ゼロはすぐに感じた。ふわりとした感覚が漂ったかと思うと、センサー系にノイズが走るのを感じる。
次の瞬間、眼の前のファントムに異変が起きる。――――四人に分身して見え始めたのだ。
「……朧舞“空蝉”」
「そんなバカな」と自分の目を疑うゼロ。しかし、どれだけ瞬きしようとも、四人のファントムは確かにそこに在り、且つその反応をセンサーがしっかりと捉えていた。
「行くぞッ!」
掛け声とともに飛びかかるファントム。四人分に見える攻撃の手は、ゼロを追い込む。
おそらくは、ジャミング等を駆使した幻覚。しかしだからと言って、どれが本物か見極めるすべはない。全ての攻撃に対して、ゼロはゼットセイバーで応戦する。
ファントムの攻撃は、どれもゼロがギリギリ防ぎきれるタイミングを見事に狙って繰り出された。無論、ゼロを生かすためではない。その意図は直ぐに理解できる。
持久戦へ持ち込めば、本人の言葉通り、ファントムはゼロの動きを完全に捉えて戦うことができるのだろう。しかし、それでも戦いはおそらく“イーブン”となる。何故なら、単純な持久力ではゼロの方に分があるからだ。
故に、ここでゼロに必要以上の手数を使わせることで、疲弊させ、持久力を削ぐ。勝利を確実なものとするため。
「しかし、それなら――――」
敵の術中に嵌ってやる必要はない。
数十回の攻防に耐えた後、そのタイミングを見つける。ほぼ同時に四体の攻撃を弾き返した瞬間――――それは言葉通りの一瞬。
「――――全てたたっ斬ってやるッ!」
ゼロは殊更強く踏み込むと、雄叫びとともに、横一文字にゼットセイバーを振りぬいた。
確かな手応えとともに、ファントム“達”の胴が宙に舞う。そう、“確かな”手応えとともに。
そのどれもが幻覚ではなく、紛うことなき実体だった。
自身の目を疑うゼロの目の前には、更に驚くべき光景が映る。
宙に舞う全ての胴体が地面に落ちるのとほぼ同時に、その体全てにノイズが走って見える。
そしてそのどれもが、元の姿――――パンテオンへと戻ったのだ。
「そんな――――本体はッ!?」
問うまでもない。
妨害され、感度の鈍ったセンサーを無視して、ゼロはその方向――――自身の上空へと目を向ける。
その瞳が捉えたのは、自身の真上から一直線に闇十文字を振り下ろすファントム。
――――これは決闘でも、まして信念を懸けた一騎討ちなどでもない
咄嗟に身を躱す一瞬の内に、ゼロはまるで走馬灯のようにファントムの言葉を振り返る。
『拙者は貴様を“殺し”に来たのだ!』
そう、どのような手を使おうと、どれだけ蔑まれようと、ゼロの命を確実に奪うと決めて赴いたのだ。
その心情を再度主張するように、ファントムは叫ぶ。
「卑怯と詰れ! 姑息と謗れ! 名誉も賞賛もいらぬ!」
まるで騙し討ちのような手を使ったこの戦いは、四天王の一人として考えれば“恥”と言っていい。
卑劣であろう。悪辣であろう。卑怯であろう。姑息であろう。――――とても他人に誇れたものではない。
しかし、誇り、名誉、プライド――――己の全てをかなぐり捨ててでも掴まなければならない物がある。守らねばならないものがある。
その為ならば、どれだけの醜態を晒そうと構わない。どれだけ、この身が恥に塗れたとしても。
その“覚悟”こそが、ファントムの真の“刃”だった。
「 拙 者 は た だ ――――」
間一髪で躱される一撃。しかし、体勢を崩したゼロを、二つ目の刃が襲う。
「 勝 利 の み を 欲 す ! 」
それは必中の間合い。防ぐ手段も全て見当たらない。
闇十文字は、ゼロの腹部目掛けて、躊躇いなく一直線に振り抜かれた。
―――― * * * ――――
『……お暇を、頂きとうございます』
出撃の直前、ヴィルヘルムの屋敷に出向くよりも前に、ファントムは“エックス”の元を訪れていた。
突然切りだされた腹心の辞職願い。しかし、“エックス”は少しも驚きはしなかった。
無言のまま窓に近づき、少しだけ空を眺めた後、いつもの軽い調子で答える。
『分かった。今までありがとう、ファントム』
『かたじけのう御座います。……では』
そう言って、腰を上げて立ち上がる。そして背を向けると、ゆっくりとした足取りで扉へと向かう。
――――この上司に、あの部下在り……だな
しばらく前に、己の元を去った忠臣を思い出す。
――――ハヌマシーンよ……御主もまた、このような心地であったのだろうな
遣り切れぬ想いが、心の奥で渦巻いている。
それが、唯一の主と信じ、忠誠を捧げた者に対する“裏切り”であると理解している。そしてそれが、何よりも譲れぬ想いであることも確かだった。
だからこそ、去るのだ。“裏切り”を抱いたまま傍にいることはできないから。これ以上はもう、従うことはできないから。
それでも、忠誠という名で繋いだ絆だけは、今も、そしてこれからもずっと胸の内に残り続けるはずだ。
『“影”在り続ける限り“太陽”沈むこと無し』
不意に“エックス”が口ずさむと、ファントムは足を止める。
それから訪れる沈黙の後、“エックス”は、再び口を開け、『じゃあ』と問いかける。
『もしも……“影”が無くなったのなら、“太陽”はどうなるのだろうね』
影がこの世から消えてしまったら、太陽の存在はどうやって人に知られるのだろうか。
自身がかつて投げかけた言葉を、胸の奥で反芻し、ファントムは瞼を閉じる。
あの日から、もうずいぶん遠くまで来てしまった。“真の主”と言う名の、己の存在意義を手に入れたあの日から。
―――― 2 ――――
『ファントム、貴様に命じる。救世主を監視せよ』
元老院議長ヴィルヘルムより告げられた一言に対し、拙者はただ『承知致しました』と丁寧に答え、頭を垂れる。
眼の前にいる男が、自ら主であると名乗ったというのもあるが、そもそもレプリロイドは人間に逆らうことができないものだと思っていたからだ。
拙者を作った男は殺された。
このヴィルヘルムという男に裏から声をかけられ、ほぼその注文通りに拙者を調整したわけだが、陰謀がバレることを恐れたこの男に殺されたのだ。
しかし、何も拙者を作った男は、ただ殺されるだけの間抜けではなかった。そう、拙者のことは“ほぼ”ヴィルヘルムの注文通りに作ったのだが――――一つ、大きく反しているところがあった。
ヴィルヘルムを主として完全には認識させなかったことだ。
故に、内心では、この男そのものに対して尊敬も、そして従属もしていなかった。
さて、困った事がある。
拙者はそれでも何かに仕える為に生まれてきた。
隠密行動に秀で、裏の仕事に従事するというのは、表で何者かが作る世界のために在るべき能力だろう。
そして、その対象は他でもない。他の四天王計画の兄弟機と同様、この国の救世主ロックマンエックスとすることが正しい選択だろう。
だが、拙者は活動を開始して直ぐに、気づいてしまった。
そのロックマンエックスが偽りの救世主であることに。
形式上仕方なくヴィルヘルムの命を聞いて動いていた拙者は、救世主の動きの一部始終を観察し、そしてその違和感に気づき、真実に行き当たってしまった。
しかし、他の誰も――――バイルやマザーを除き――――気づいている様子はなかった。他の四天王達に関しても、なんら気にすること無く救世主の前に膝をつき、頭を垂れている。
――――なんとも呆れた世界だと、拙者は失望してしまった。
よもや生まれ出た世界が、偽りの王を据えた紛い物の世界だったなどというのは、誰も思いつくまい。
しかし、自分のいる場所が偽りの平穏に支えられ、自分の使えるべき主が偽りの救世主で、他の誰もがそれに気づかぬまま、日々を過ごしている。
そんな間の抜けた連中ばかりが蔓延る世界のどこに希望などあるものか。そもそも、どこに拙者の存在意義があるものか。
途方に暮れるまま、それでも拙者はただ生きることを選択した。
意義も何も見つからぬままではあるが、当然ながら死ぬ理由も見つから無かったからだ。
生き続けることにしたのは、たったそれだけの事だった。
それでも、事あるごとに、拙者の脳裏に浮かぶのは唯一つの問。
拙者はいったい何のために在るのか。
問い質しては、答えを得られず、諦めた振りをして生き続けた。
『君は気づいているね』
生まれ出てから五年程度経ったある日――――何人目かのロックマンエックスが、そう、拙者に問いただした。
その時の感覚は今も忘れられない。
彼こそが“本物”であると、拙者はそう判断した。せざるを得なかった。それほどまでに、その“エックス”は完璧だったのだ。
だがしかし、既に世界の全てに呆れ果て、失望していた拙者は、その男に従属する気など到底持てなかった。
――――それでも所詮、“偽物”だ
そう自分に、まるで言い聞かせるように考えたのを覚えている。
そんな拙者にその“エックス”は言葉を続ける。
『どうする? 他の誰かに言いふらすかい?』
拙者はただ、『いいえ』と答えた。
別に明かしたところで拙者のメリットは見当たらなかった。本当にただそれだけだった。
例えヴィルヘルムに伝えたところで、何が変わるというのか。
この不安定で、偽りに満ちた世界が、私怨に塗れた老害によって牛耳られたところで、拙者にとって良い方向へ向かうものとも思えなかった。
『ただ……忠誠を誓うことだけは適いませぬ』
ふと、その言葉を口にしていた。
どのような心持ちからその言葉が出たのか、その時の自分にも分からなかった。だが、何故か言わなければならないような気がしたのだ。
それを聞いて“エックス”は『へえ、正直だね』と笑顔を見せた。そして、言うのだ。
『構わないよ。――――それでも僕は救世主として生きるけれどね』
“エックス”の言葉はその通りであった。
これまでの“偽物”たちとはその立ち居振る舞いが違っていた。毅然として、堂々として。
そして何より、彼は理想を自ら語った。
“本物”と言って良かった。彼こそが真の救世主であると。拙者もそれに関しては素直に認めざるを得なかった。
それほどまでに彼は――――我々がデータに知る限りの範囲ではあるが――――確かにロックマンエックスだったのだ。
しかしそんな救世主も、唯一つ弱いものがあった。
弱冠十歳の母親だ。
弱い――――というより、あれは甘えていたのだろうか。
レプリロイドである彼は、この世の全てを知っていた。ロックマンエックスである彼は、誰よりも力強く、逞しかった。
それでも、どんなに成人同様の姿形をしていようと、彼は人目を忍びながら彼女のことを“母さん”と呼び、慕っていた。その膝で眠ることを何よりも気に入っていた。
まるで“ままごと”同然の遣り取りを見て、拙者は呆れるばかりであった。
やはりこの男も所詮は“偽物”なのだと。
結局は、拙者が仕えるべき主などではなかったのだと。
『君にこの場所を守ってほしい』
ある時、救世主が拙者をデュシスの森へ極秘裏に連れて行った。
森の奥深くに作られ、更に地下に敷かれた秘密研究所。
案内された部屋には、いくつかのテーブルが並べられていた。それらの上にはレプリロイドたちの頭部だけが並び、数本のケーブルがそのどれもに繋がっている。
そして、皆、違わず涙を流していた。
『これは、いったい?』
拙者の問いに対し、“エックス”は少しバツが悪そうに笑って答えた。
『君にしか頼めないんだ』
拙者は理由も聞かぬままそれを承諾した。いや、少し考えれば分かることだ。そこが“涙”の研究所であることくらいは。
だが、それに確信を持ったところで、暴いたところで、何の意味もない。その時の拙者は、全ての気力を失くしていた。
ただ生きる。ただ命じられたまま動く。ただその場にいる。それだけだった。まるで人形も同然に。
拙者はいつもどおり、己の部下――――ヒューレッグ・ウロボックルにその場所を守るようただ命じた。
無駄に詮索をするような部下でなかったことが本当に幸いだった。
そう言えば、その頃から――――いや、それより少し前からだったろうか。“エックス”に異変が起き始めたのは。
ロックマンエックスの記憶を引き継いだ頃から彼は少しずつ変わっていった。
その雰囲気は、やけに鋭くなっていき、威圧的になっていった。時にはヒステリーを起こす姿も見えた。無論、人目を忍んではいたが。
以前にも増して救世主然として構え、イレギュラーの処分を強化し始めた。
何より、理想を語らなくなった。
“母さん”との遣り取りも、次第に減っていった。
『君の力を貸してほしい』
ある時、救世主はそう言った。
この世界の何もかもに疲れていた拙者は、二つ返事でそれに応じた。何一つ問いかけることも、詮索することもないままに。どれもこれも無意味だと切り捨てていた為に。
もしかしたら、“エックス”には拙者の胸の内が分かっていたのだろう。だからこそ、きっと拙者だったのだ。ただ一人の母親でもなく、そして何一つ疑いなく生きる他の忠臣たちでもなく。
思えば、本当の戦いはそこから始まったのだ。
無気力なまま答えたその言葉から。
救世主と隠将ファントムの――――たった二人だけの戦争が始まったのだ。
―――― 3 ――――
――――獲った…!
そう、確信した。勝利を得た――――筈だった。
しかし、ファントムは己を疑う。手には何の実感もない。いや、そもそも切り裂いたはずの胴と下半身がその場に見えない。
闇十文字は、何一つ捉えること無く、ただ虚空を切り裂いただけだった。
そして、背筋に悪寒が走る。
決して比喩表現などではない。確かにそこには激しい“冷気”が漂い始めていた。
「いいだろう、ファントム。……お前の覚悟に応えてやる」
同時に、背後から声が聞こえる。
そして立ち込める闘気と殺意の渦。――――その瞬間を、ファントムは知っている。
「今度は……俺の“覚悟”を見せる番だ」
白銀の長髪に、漆黒のコート。莫大なエネルギー量に、急速冷却装置の稼働。
正真正銘、紅いイレギュラーの真骨頂。
[―――― S Y S T E M :“ A B S O L U T E ” S T A N D B Y ――――]
「来たかッ」とファントムが身構えた瞬間、ゼロの姿が視界から消える。
刹那、一瞬にして数十回の剣撃がファントムの体を襲った。
そこから始まる四方八方からのオールレンジ攻撃。数秒の内に数千という刃がファントムを襲う。
黒化したゼロの速度は、ファントムの戦闘速度を軽く超えている。繰り出される攻撃は全て、知覚の外。辛うじて防いではいるが、最早勘に頼っているに過ぎない。
無論、いつまでも防ぎきれるはずもなく、直ぐにファントムの体を刃が掠り始める。僅かに鮮血が飛び散る。
「小癪なぁッ!!」
足元で幾つかの地雷が一斉に弾けると、僅かに隙が生まれる。ファントムはそれを狙って闇十文字を振るう。――――だが、捉えたはずのゼロの影は見事に消える。双幻夢により作られた正真正銘の分身体だった。
背後から振り下ろされる刃を、予測して躱す。そしてすかさず“空蝉”を再び発動させる。
地中に待機していたパンテオンたちがファントムの信号を受け、飛び出すと、カモフラージュ機能を展開する。“分身体”の“ファントム”が一斉に襲いかかる。
だが、一人、二人、三人と、瞬時に斬り裂かれる。それは文字通りの瞬殺。数秒の時間稼ぎにもならない。
後ろに控え、ダメージの回復を謀っていたファントムだったが、これには舌打ちをする。
続けて、また一人、二人と、新たな“空蝉”を放つ。ここに配置した全てのパンテオンを出し尽くし、応戦する。が、そのどれもが数秒と持たずに破壊された。
全ての“空蝉”を斬り伏せた後、距離がある状態でゼロは大きくゼットセイバーを振る。すると複数の衝撃波――――光幻刃がファントムに向かって放たれる。
それを必死に躱す。が、気づいた時には既にゼロが懐へと入り込んでいるではないか。
「ぬぅッ!」
闇十文字を咄嗟に構え、防ぐ――――が、それもまたゼロの作り出した分身体、“疾風”だった。
「本体はッ」と、今度はファントムがゼロを探す。そして、瞬時に反転し、背後から斬りつけてくるゼロの刃を防ぐ。
一度に三度――――闇十文字の刃に対し、ゼットセイバーが斬りつける。当然、重なる連撃に、パワー負けしたファントムの体は弾き飛ばされる。
ファントムは宙に飛ばされながら、力尽くで闇十文字を投げ込む。また同時に数本のビームダガーを撒き散らすようにして投げ、ゼロに躱す隙を与えない。
しかし、紫色の光刃が一閃すると、全ての攻撃が弾かれ、無に帰される。それはまるで互いの力量差を物語るかのような無情さだった。
そして、着地したタイミングを狙って再度放たれる無数の光幻刃。それをファントムは死に物狂いで防ぎ、弾いていく。
――――ここまでで一分三十秒……!
ファントムは己の体内時計を確認する。
もう数十分以上の戦闘を重ねたような疲労感が全身を包む。だが、それに戸惑っている場合ではない。攻撃の手は休むこと無く放たれ、それを防ぎきれなければ、自分は何一つできぬまま死んだも同然なのだ。
決してこの展開を予想していなかったわけではない。賢将との戦いから、覚醒したゼロとの戦いを見ていたのだ。SYSTEM:ABSOLUTEの対策も全て練ってきていた。
だが、予測以上に体感でのゼロの動きは速く、そして強かった。
――――あと一分……いや、三十秒でいい!
それだけの時間、持つことができれば、勝てる。そう確信していた。その準備は全て整っているのだ。
ファントムを中心としてゼロが駆けまわると、同時に車輪型のエネルギー結晶体――――斬光輪が大地を駆け、ファントムを包囲する。
それらへの対応を取ろうとした瞬間、すかさずゼロもまた衝撃波を伴う回転斬り――――三日月斬を繰り出しながら中央へと飛び込んでくる。
ゼロに向け、左手に残った闇十文字を投げつけながら、横っ飛びで回避する。すべての攻撃を躱すことができたが、体勢を崩したファントムの元には、既にゼロが刃を手に襲いかかっていた。
転がるようにしながら、ビームダガーと、隠し持っていた数本のビームサーベルを投げつけ、十数回に及ぶ斬撃を防ぐ。死と隣合わせの数秒間。
そこから抜け出し、辛うじて闇十文字を一つ回収するが、直後に襲いかかる光刃を防ぐのに、一瞬足りとも息をつけない。
SYSTEM:ABSOLUTEを発動したゼロは、反応も、速度も、力も、その全てがファントムを凌駕していた。
姑息な手段を惜しまず使ったのは、それだけの実力差を認めていたからに過ぎない。
おそらく真正面からこれに対抗できるレプリロイドは、救世主“エックス”だけに違いない。
――――だが、それでもッ!
いや、だからこそ、勝たねばならない。
この男をここで始末しなければならない。
で な け れ ば 、 自 分 は 一 体 何 の た め に 在 る と い う の か ! ?
そう心で叫んだ瞬間、待ち望んだタイミングが遂に訪れる。
光速の剣戟を数千――――いや、数万回交わした後、周囲に変化が訪れたことに、ゼロが気付く。
必勝に向けた、ファントムの策が容赦なく発動した。
――――センサーの感度が……ッ!?
ファントムが“空蝉”を発動した頃より更に鈍る。
いや、それだけではない、周囲の光は屈折し始め、風景は見え方を変えていく。――――遂には、ゼロの周囲は暗黒に包まれる。
「 朧 舞 ―――― “ 月 無 ” ! ! 」
気づけば、先ほどまで斬りつけていた標的――――ファントムの姿も、何処にも見えなくなってしまった。
ファントムの操っていたパンテオン部隊。その全員がカモフラージュ機能展開用に纏っていた特殊粒子と少数のナノマシン――――それらをコントロールするための指令コードが“朧舞”である。そして同時に、それらは“空蝉”、“月無”と言った追加コードによって、本領を発揮する。
現在発動した“月無”は、言葉通り、月の無い暗黒を模した空間を作るための技。周囲にまき散らした特殊粒子に、ナノマシンが作用することで、光を遮断。自身は先ほど脱ぎ捨てたコートを被り、背景に溶け込む。無論特別製のセンサーが相手の位置を逃さず捉えている。
しかし、発動するまでには、それなりの準備が必要となる。周囲に特殊粒子とナノマシンを十分に、そして的確に配置することが必要となり、それを少しでも誤れば、技は不完全に終わる。
死線を彷徨いながら、命の綱渡りを続けながら、ファントムは全てを操り、それを発動するタイミングを待った。それこそが、ここまでの二分間の全てだった。
どこからとも無く、ゼロに向けて刃が放たれる。視覚異常と、ジャミングによる各種センサー系の異常から、自身に突き刺さる瞬間にしかそれを感知することができず、僅かに刺さった瞬間に素早く弾くがゼロの体は傷を負い始める。
右から、左から、前から、後ろから――――暗黒に閉ざされたゼロを嘲笑うかのように、ファントムの攻撃が連続して続く。
「これで、形勢逆転だ! ゼロ!」
残り一分三十秒。
戦闘に疲弊した体が、SYSTEM:ABSOLUTE発動中に重なった負担に耐えられるとは思えない。
SYSTEM:ABSOLUTEが解かれるまで、こうしてゼロの体力を消耗させることができれば、ファントムの勝ちは確実だ。
しかし、それに対し、ゼロは不敵な笑みを浮かべてみせる。
「言った筈だ、ファントム。――――『今度は俺の“覚悟”を見せる番だ』…と」
幾数個のビームダガーを弾いた後、ゼロは何を思ったのか、ゼットセイバーを左腕に仕舞う。
急速冷却の作用から、ファントムは感知しきれなかった。――――アースクラッシュのエネルギーを蓄積していることに。
――――だがッ!
それもまた想定の範囲内。
ゼロが窮地に陥った時、アースクラッシュを応用して活路を見出してきたことは、これまで監視してきた経験から把握している。
この事態においておそらく放たれるのはアースクラッシュそのもの、もしくは自身の周囲を漏らさず攻撃する落鳳破。どちらにしてもSYSTEM:ABSOLUTEの影響を考慮したとしても、ファントムには掻い潜り、一撃を加える用意がある。
アースクラッシュならば、背後から。落鳳破なら間合いを取り、光弾を躱して飛び込み、懐から両断するまで。
――――決着は……今!
ファントムは放たれるエネルギーの進路に、センサーの感度を最大限に高めて注目する。
ビームダガーを身に受けながらも構わず、ゼロは右手を一直線に地上へと打ち付ける。
刹那――――ファントムは気付く。ゼロのその手が“握り拳”であることに。
これまで、如何なる技を放とうと、手の平をそのまま打ち付けていたゼロの手がこの一瞬だけ“握り拳”だった。
それは、とても些細で、何よりも大きな誤算。発動したのはアースクラッシュでも、まして落鳳破でもなかった。
爆 炎 陣
放たれたエネルギーはゼロを中心に周囲へ波紋のように広がる。
直後、本人をも巻き込みながら閃光を周囲に迸らせながら大爆発が起きる。
“月無”を展開していた範囲を大きく包むその爆発からは、無論、ファントムでさえも逃げ切ることはできなかった。
―――― 4 ――――
“エックス”の願いを聞き入れ、拙者がその策略に協力するようになって二年程が過ぎた。
無論、ヴィルヘルムにそのことを伝えてはいなかった。それをしたところで、他の事柄同様、何かが変わるとはとても思えなかったからだ。
しかし、転機は突然に訪れる。
“エックス”にとって予期せぬことが起こったのだ。
『エルピス、イレギュラーの大軍を連れ、ネオ・アルカディアより離脱致しました』
“エックス”は『よし』と微笑む。そこまでは全てが計画通りであった。
だが、“その先”がある。そして、それがどれだけ彼にとって重いものであるか、拙者には分かっていた。
『どうしたの? 固まって』
不思議そうな表情で“エックス”は問いかける。
ああ、そうだ。何故固まる必要がある。口を閉ざす必要がある。
言ってしまえばいいのだ。目の前の男が一体何を考え、どう生きようと、どう藻掻こうと、拙者には関係のないことだ。
なにせ、主を持たぬ拙者はこの世界に存在していないも同然なのだから。
『Dr. シエルも……共にネオ・アルカディアより離脱致しました』
重い沈黙が部屋を包む。
“エックス”は『え?』とまるで理解できないというような表情を浮かべながら、呆然と立ち尽くしていた。
拙者は、その空気を感じ取りながらも、もう一度だけ、はっきりと言葉にする。
『Dr. シエルは、エルピス達白の団とともにネオ・アルカディアを出て行ったのです』
どうなろうと構わないと思った。目の前の救世主がどれだけ取り乱そうと。仕方のない事だ。もう済んでしまったことなのだから。
だが、その反応は予想以上のものだった。
『……嘘………だ……』
“エックス”は頭を抱え、不意に呟く。まるで何かに取り憑かれたかのように。
そして、目眩でも起こしたかのようによろける。繰り返し『嘘だ』と口にしながら。
拙者は言う。『真実だ』と。
『……嘘だ…』
『……誠にございます、“エックス”様』
『嘘だ』
それ以上の問答は不要と判断し、拙者は口を閉ざした。
それを感じた“エックス”は、ようやく全てを理解した。
そして、殊更大きな声で錯乱したように叫び出した。
『嘘だ! 嘘だ 嘘だ 嘘だ ! ! 嘘 だ ァ ッ!』
“エックス”の意識に反応し、霧散していたアーマーが形状を乱しながら形成され始める。
『まずい』と判断した拙者は、“エックス”を取り押さえようと駆け寄る。
『落ち着いてくだされ、“エックス”様!』
『 嘘 だ ! ど う し て 母 さ ん が ! 母 さ ん が 僕 を ッ ! !』
拙者を突き飛ばし、周囲の壁に喚き散らしながら不完全な形状のバスターを乱射する。
玉座は砕け、壁は僅かに崩れ、部屋中に亀裂が走り始める。
これ以上癇癪を起こされては、この聖殿自体が壊れてしまうかもしれない。
『 落 ち 着 い て く だ さ れ ッ ! 』
最高戦速で背後に回り込み、その体を羽交い絞めにしようとする。
だが、不完全ながらもアルティメットアーマーを装備した“エックス”の力は、とても拙者に抑えきれるものではなく、突き飛ばされ、そして――――
『母さんが! 母 さ ん が 僕 を 捨 て る わ け が な い だ ろ う ッ ! ! 』
拙者の左顔面に、“エックス”のバスターショットが直撃する。
幸い威力はそれ程ではなかったため、破壊は免れたが、皮膚と肉は焼け爛れ、瞼は潰れ、拙者はその後に襲う激痛に膝をつき歯を食いしばりながら左顔面を己の手で抑える。
その様子を見て、“エックス”は動きを止める。
『嘘……だ……』
尚も繰り返し口にする“エックス”。だが、拙者は答えなかった。堂々巡りにしかならないと分かっていたから。
“エックス”は壊れたように言葉を続ける。まるで、この世の絶望全てを背負ったかのような表情で口にする。
『どうして、母さんが……僕を…………』
その徴候が何もなかったわけではない。“エックス”もまた、Dr. シエルと触れ合う機会が減っていた事に気づいていたはずだ。
それでも、何故だろうか。彼はこんなにも取り乱すのだ。――――しかし、それでも、彼の頬には“涙”の一つも流れていなかった。
『僕が……ないから……』
右腕で頭を抱え、まるで子供のように叫ぶ。
『僕が“涙”を流せないからッ! 僕が“本物”じゃないからッ! だからッ!!』
それこそが、彼が独り抱えてきた“核心”だった。
『でも! それでも僕は! 一生懸命だったんだ! 正義を遂げようとしていたんだ!』
彼なりの“正義”を。彼にできる全てを懸けて、戦っていた。それは傍にいた拙者が一番良く分かっていた。
しかし、それでもそれがこの世界にとって、そしてたった十二歳の少女にとって、“正義”に見えたかなどわからない。
『それでも僕は! “本物”になろうとしたんだ! だって、あなたが! あ な た が 僕 を 産 ん で く れ た か ら ッ ! 』
それ以外の道は用意されていなかった。その男には。
救世主として、“本物”であろうとすること。“本物”としてこの世界を背負って生きること。
その道以外に、“エックス”には辿れなかったのだ。
『それを……どうして! 母 さ ん ! ね え ! 』
どこにもいない彼女に向けて、まるで赤子が泣き叫ぶように、“エックス”は大声を上げて叫んだ。
『 僕 を 一 人 に し な い で よ ぉ ! ! 』
彼がこの世に生きる全ての依代だったのかもしれない、Dr. シエルという存在は。
“本物”として生きる苦悩の中で、唯一つ見つけた安らぎだったのかもしれない。
ただ一人、自分を無償で愛して、赦してくれると信じていた、相手だったのだから。
――――なんと……惨めな……
錯乱した救世主の姿を右目で見つめながら拙者は思う。
救世主と呼ばれ、生まれた男が――――人々の太陽として生まれた男が、よもやここまで稚拙だったとは。
しかし、同時に思う。
――――この男が……“拙者”か
己の存在意義を失い、頼れるものを失い、取り乱し錯乱し、当たり散らし、喚き散らすその姿は、己の心の内に重なって見えた。
自分も似たようなものだ。
そうして自暴自棄になり、まるで死んだように生きてきた。
しかし、無理もないだろう。
ただ……忠誠を誓うことだけは適いませぬ
何故、あの時そう言ったのか。既に分かっていた。
希望を抱いていたかったのだ。もしかしたら“本物”に出会えることがあるだろうと。
この忠誠を捧げられるロックマンエックスに、いつかきっと出会えるだろうと。
そして確かに、思い始めていた。今眼の前にいる男が“本物”であると。この男に仕えていけばよいのではないかと。
しかし、やはり救世主は“偽り”だったのだ。“本物”などこの世界には既に亡く。
それに仕える己もまた、所詮は“偽り”の存在としか言い様がないのだろう。
結局、拙者はいったい何のために在るのか。
その答えは、とうとう得られることがなかった。
不意に、窓の外を見やる。
瞳に映るのは、広がる蒼天の向こう側。世界を眩しく照らすもの。
そして窓の内側。閉鎖された空間に浮かび上がるもの。
“エックス”と隠将ファントム――――互いに存在の依代を求め生きる二人。
そうして、いつしか答えは胸に浮かんでいた。
『“太陽”照らし続ける限り、“影”消えること無し』
気づけば膝をつき、頭を垂れ、拙者はその言葉を口走っていた。
何事かと“エックス”は言葉を失ったまま、呆然とする。拙者はそのまま言葉を続ける。
『“影”在り続ける限り、“太陽”沈むこと無し』
答えはとうに、そこにあったのだ。失望したふりをして、それに気付かぬつもりになっていただけだ。
訳が分からないという顔をしながらこちらを黙って見つめ続ける“エックス”に、拙者は言う。
『……“偽り”の“太陽”であるならば、そこにできるは“偽り”の“影”! しかし、拙者は正真正銘、“本物”にございます!』
そう断じてしまえばいい。
生きる理由が見つからないのであれば、存在意義を欲しているのならば、そこに作ればいい。
『そして“本物”の“影”がそこにあるならば、天に浮かぶ“太陽”もまた、“本物”にございましょう!』
詭弁であろうか。しかし、それでも構わない。
この男を救い、己を救う。この言葉は、誓いは、ただそのためにだけ。
『恐れながら、これより拙者が貴方様の“影”となりましょう』
太陽と影は、言わば一心同体。
太陽がなければ、影は闇に飲まれ消えてしまう。光がそこにあって初めて影は存在できるのだ。
そして影がそこにあるということは、在り続けるということは、太陽がそこに浮かび続けているという揺るがぬ証明。
『拙者がここに在る限り、貴方様は決して“偽り”でも、まして“孤独”でもございませぬ!!』
共に歩めばいい。太陽と影のように。
互いに互いを必要とし、互いに互いを頼り、互いに互いを存在の証明として、生き続ければいい。
そう宣言すると、“エックス”は少し戸惑いを見せた後、『何を馬鹿な』と嘲笑を浮かべる。
そして、何を思ったのか、バスターの銃口を己のこめかみに当ててみせる。
『……その言葉の通りなら、僕が死ねば、君も死ぬんだね?』
“太陽”が沈んでしまえば、“影”もまた闇に飲まれて消えるしかない。拙者の言葉の裏を返せばそのような意味にも取れる。
これまで、真の忠誠を見せることのなかった男が、その場しのぎの文言で自身の命を懸けられるものかと、“エックス”は語る。
だが――――言葉より先に、何一つ臆すことなく、躊躇いなく、ビームダガーを素早く取り出し己の首筋に当ててみせた。
『元より、その覚悟。この隠将ファントム、例え冥府まででもお供いたしましょう』
例えば、ここで“エックス”が死んだとして、これから先、再び自分の“太陽”が現れてくれる保証はあるだろうか。
生まれ出てからの八年間。ようやく見つけられた、ようやくたぐり寄せることができた存在意義。捨てた気でいながら、求め続けていたそれをようやく手に入れたのだ。
彼はきっと、自分の存在を求めてくれる。例え相手が何者であろうと、命がけの忠誠を誓う臣下を。
それに応える以上に、今の自分が欲する存在意義があるだろうか。
ならば、もし彼が死を選ぶのであれば、この身が死んだも同然だろう。
――――そうだ、拙者はきっとこの為に生まれてきたのだ
交錯する視線、その末に、拙者の覚悟を読み取ったのか、“エックス”は無言で腕を降ろした。
そしてその日から、拙者は“影”となった。
救世主エックスにとっての、唯一人の――――天に浮かぶ“太陽”を“本物”たらしめる為の“影”となった。
そうして、たった一人の主のため、この命の一片までも捧げることを誓ったのだ。
―――― 5 ――――
死に物狂いで引きずり上げたパンテオンの残骸と闇十文字を盾にして、ファントムは爆炎陣による攻撃をなんとか凌ぎ切ることができた。
とは言え、その身が受けたダメージは、決して無視出来るものではない。関節の全てが軋み、視覚にノイズが交じるのが分かる。
爆発の中央を見ると、そこにはSYSTEM:ABSOLUTEを解除し、紅い姿に戻ったゼロが立っていた。
無論、彼もまた無事に済んではいない。中心部の被害は最小限に留めたが、それでもダメージは確かに残っていた。足取りがわずかにふらついている。
「……拙者の種も全て尽きた」
先ほど使い尽くした“空蝉”用のパンテオンも、朧舞の中核を成していたナノマシンも、そして勿論周辺に仕掛けていた地雷も全て消滅した。
もう、残っているのは懐にあるビームサーベル一本のみ。
それを取り出し、満身創痍ながらも構える。
「しかし、これでおそらく勝負は五分」
ゼロもまた、再び左腕からゼットセイバーを取り出し、構える。
ゼロの全力を確認したことで、ファントムはその動きをほぼ完璧に覚え、対応できる準備ができた。
しかし、その身が負った傷は決して浅くなく、ゼロの全てを捌ききれる保証はどこにもない。
後の勝敗を決めるものがあるとしたら、それはきっと“気力”としか言い様がない。
「敗けはせぬ」
「勝つのは俺だ」
互いに宣言した後、ゆったりとした足取りで近づいていく。そして、互いの間合いを警戒し、立ち止まる。
無言のまま交わされる数分間の遣り取り。どちらも互いの動きを探りあう。
そして、ほぼ同時に動く。
「「――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」」
言葉にならぬ雄叫びを互いに上げながら、剣戟のやりとりが始まる。
無論、そこまで交わされたそれと比べれば互いに速度も、そしてパワーも落ちていた。
だがその場を包む気迫は、そこまでとは比べ物にならない勢いを持っていた。
右に、左に、上に、下に――――縦横無尽に振り回される二振りの剣。
飛び散る火花はその激しさを物語り、互いに強く踏み込んだ足は地面にめり込み、一歩も譲らぬことを主張する。
――――拙者は“影”だ
“太陽”がそこになくば、存在が適わない者。
ロックマンエックスと言う名の“太陽”が世界を照らさぬ限り、存在できない“影”。
――――俺は、“月”だ
いつだったろうか、“あいつ”に言った覚えがある。
“あいつ”がみんなを照らす“太陽”ならば、自分はおそらく“月”だと。
“太陽”に照らされることでしか輝けない、“月”だと。
ここまで交わされてきた幾万という遣り取りの内に、互いに譲れぬ“太陽”への想いを、言葉を交わさずとも語り合った気がした。
きっと、二人は似ていたのだ。ロックマンエックスという“太陽”の存在を求めていたという点で。
そしてファントムは見つけた。“エックス”を。
例え“偽り”であろうと、互いに支えあうことで、求め合うことで“本物”になろうと誓った相手を。
そしてゼロは見つけた。シエルを。
きっと“あいつ”と自分が共に目指した“懐かしい未来”と、寸分違わぬ理想を見つめ、仲間たちの道を照らす存在を。
互いに、互いの存在を赦してくれる者のため。互いに、互いが懸けた太陽のため。
この命を最期まで燃やし尽くすのだ。
熾烈な剣戟の中、既に隠将ファントムは、必勝の方程式を掴んでいた。
疲弊し、判断力の鈍ったゼロは、おそらく己も気づかぬ内に、攻撃をパターン化させていた。
光速で繰り出される斬撃――――しかし、それは全て三撃一組に分けることができる。
無論、その組み合わせもまた縦横無尽であり、ファントムほどの達人であろうとその剣筋を完全に見極めるのは困難だ。
大切なのはその合間。その組と組の間に、ほんの一瞬、タイムラグが生まれること。それに、ファントムは気づいていた。
――――言うなれば、“光速の三拍”
常人では追えぬスピードとリズム、それによって見事に隠されてはいるが、そのリズムで数えて丁度“三拍”――――隙が生まれるのだ。
――――それこそが、狙い目ッ!
幾百という剣戟の遣り取りの中、ファントムはこれまでの戦いから導き出したゼロの隙を狙うべく、集中力を高める。
そう、“光速の三拍”だ。瞬きも赦されぬ瞬間のことだ。とても狙えたものではない――――普通の者ならば。
しかし、それを捉えてこそ隠将ファントム。――――救世主エックスの忠臣にして、最速の将。速度と反応の王者。
ゼロの攻撃を防ぎ、流し、攻撃を加え――――そうした遣り取りの中で気力を満たしていく。
決して悟られないよう息を整え始める。無論、気を抜けばおそらくこちらが隙を突かれる。だからこそ、慎重にして冷静に事を運ばねばならない。どれだけ時間がかかろうと。
そして互いに疲労がピークに差し掛かった。それでも速度は落ちない。当然だ、全神経を集中させ、全センサーをそれに集中させ、全意識をそこに傾け、全エネルギーをそれだけに注ぎ込んでいるのだ。
これ以上、ゼロの速度が鈍ることは期待できない。それを待っていては、おそらくこちらが限界を迎えるだろう。
――――いざ、勝負ッ!
激しい攻防の中、ようやく呼吸が整い、全ての支度ができた。そして、覚悟を決めると、己の直感を最大限に信じる。――――ここぞというタイミングを掴むだけだ。
そしてゼロの剣戟の一組が終わり、次の一組に差し掛かった瞬間、縦に振り下ろされる光刃を視界に入れた刹那、ファントムは方程式を実行する。
―――― 一つッ!
心の内で数えながら、敵の剣を防ぐ。
ゼロの一太刀目を、刃を横に向け、防ぐ。
―――― 二つッ!
すかさず横に振られたゼットセイバーを、縦に叩き落す。
しかし、ゼロはそれを予測し、直ぐに次の手へと移る。肘を回転させるようにして、上がる右腕。
緊張の一瞬――――冷静に努めようとも心拍が最大限に高まり、擬似血液が沸騰するかのような感覚が体中を駆け巡る。
―――― 三 つ ッ !!
殊更大きく振り下ろされる鮮緑の刃、それに対し、ファントムは数瞬速く身を躱して避ける。
――――そう、これも一つの賭けであった。ゼロが再び横に剣を振っていたならば、自分の胴が宙に舞っていた。
無論、ここまでの剣戟を観察し、確信を持った上での賭け。――――そして、それに見事勝利した瞬間、何かがファントムの内で弾ける。
「 覚 悟 ぉ ッ ! 」
ゼロが返す刀で斬りつける前に――――そこに生まれた“光速の三拍”を狙って――――ファントムは己のサーベルを一閃する。
だが、ゼロの身は思わぬ方向へと動く。
頭を屈め、体をくの字に曲げ、それを躱す。――――いや、躱したのではない!
――――これはッ!?
ゼロの戦闘を観察し続けてきたファントムにとって、それはよく見知った動きであった。
そう、それはゼロが繰り出す剣技の一つ――――その動作。
「 読 ま れ た の は 拙 者 か ッ ! ? 」
振り下ろす刃の勢いそのままに、ゼロの体がその場で回転する――――
円 水 斬
咄嗟に身を躱したファントム。
しかし既にそれは遅かった。気づけば光刃はファントムの右半身を見事に斬り裂いていた。
「御美事であった……旧き英雄よ……」
弾かれ、地に転がる。
それとほぼ同時に、ファントムは思わず心の底から賞賛を口にしていた。
仰向けに転がった彼の視界に飛び込んできたのは、それでも眩しく照らし続ける太陽だった。
―――― * * * ――――
『その傷、とうとう治さなかったね』
言葉に詰まったファントムに、“エックス”は語りかける。
もう二年も前に付けた傷を、ファントムは治そうとしなかった。
『……これは……これこそが、拙者の忠誠の証』
“エックス”の心を正面から受け取った、初めての一瞬。――――それを忘れないための戒めだった。
――――ああ、そうだ
あの時から、ようやく自分はこの世界に“生まれた”のだ。
全ての真実を知り得て尚、生き続けようと思えたのだ。何もかも、全て彼に捧げることで。
そして、その心に触れて、“エックス”は本当の覚悟を決めた。自分の信じる“正義”を貫き通す覚悟を。
『もしも、影が無くなったのであれば……』
ファントムは振り返ることなく、先ほどの“エックス”の問いに答える。
『……例え、影を失おうとも、太陽は確かに、そこに在り続けるでしょう』
例え輝きを失おうとも。その光が何かを照らせなくなったとしても。誰に知られなくなったとしても。
きっと太陽は天に在り続けるだろう。ひっそりと。静かに。宙に浮かび続けるだろう。
『――――そう、拙者は強く望みます』
ようやく振り返り、見せた微笑み。
悲哀を堪えながら互いに見せたそれは、互いに交わした最後の言葉だった。
―――― 6 ――――
ゼロの最後の技もまた、賭けだった。
ファントムがこちらの隙を狙ってくるであろうことは分かっていた。それほどまでに、ファントムの洞察力の高さを敵として信頼していた。
雰囲気が変わり、僅かにファントムが動きを変えた瞬間、ゼロは円水斬を繰り出すことに決めた。だが、確信などは何処にもなかった。もしかしたら、そのまま躱され、横から回転の中心部にある自分の胴を突かれていたかもしれないのだから。
そうなれば、きっとその場に膝を付いているのは自分だっただろう。
しかし、結果として生まれた勝者と敗者の図式。それは変えようのない事実であり、その現実はゼロに、そしてファントムに伸し掛かる。
「……トドメを……刺すのだ……」
上体を起こし、立膝を突いて座り込むファントムの前に、ゼットセイバーの鋒を向け、ゼロが近づく。
そうだ。ファントムの意志は分かっている。ここで殺さぬ限り、きっと彼は納得しない。諦めない。
だが、なかなかその刃は振られない。ゼロは押し黙ったまま、考えこむ。
そして、とうとうゼロは刃を下に向けて降ろした。
同時に吠える。
憤りからか、何かを吹っ切るためか。悲痛な声が響き渡る。
一頻り叫び終えると、ゼロは自身を落ち着かせた後、ファントムに手を差し出した。
「生き恥を晒せ。……お前は……負けたんだ」
呆気にとられるファントム。
それを他所に、ゼロは言葉を続ける。
「頼む、ファントム。俺は、なんとしても“エックス”を救いたいんだ。力を貸してくれ」
シエルの願いを叶えるためだけではない。ここまで犠牲にしてきた者達のため、自分が誰かを救える程の強さを手に入れたと証明するために。
自分が何一つ救えぬ男のままであるならば――――何一つ成長しないままこの世界に生きているのならば、これまで命を投げて背中を押してくれた者達に、申し訳が立たない。
自分の誇りのために。全ての者達の願いのために。“エックス”を救うのだ。
そしてそのために、どうかファントムの力を貸してほしいと、心の底から願っていた。
尚も呆然と見つめていたファントムだったが、緊張の糸が解けた瞬間、これまで一度も聞かせたことのなかった笑い声を上げた。
それは決して皮肉めいたものでもなく、馬鹿にしたようなものでもなく、ただこの状況を面白く思っていただけの、快活な声だった。
もしかしたら、こんなにも明るい声を上げて笑ったのは生まれて初めてかもしれない。
「フッ………御主がそこまで甘いとは…な」
伝え聞いていたゼロという男は、容赦なく敵を斬り倒し、前に進む男だった。
だが、今目の前にいるのは少女の理想と、そして己の願いを叶えるため、敵を斬らないことを選択できる男だった。
そんなファントムに、ゼロはどこか恥ずかしそうに、むっとした表情を浮かべながら、言葉をかける。
「人も……レプリロイドも、変わっていくものだろう」
「……違いない」
それも百年もの間眠っていたのならば、当然といえよう。
その遣り取りの後、ファントムはスッと左手を上げ、ゼロの手を取る。
「ゼロ、“月”と“影”の違いが分かるか?」
不意の問いに、言葉が詰まる。
“月”と“影”――――互いに“太陽”なくして存在を確かめられないものの比喩。今ここに対峙していたゼロと、ファントムのように。
しかし、そうだ。異なる呼び名で呼ぶ限り、それらは結局似て非なるものなのだ。必ず違いがあるのだ。
答えられずにいるゼロに、ファントムは微笑みながら、告げる。
「“太陽”無くば、“影”は闇に飲まれる。――――しかし、“月”は確かに、そこに在り続けるのだ」
例え輝かずとも。誰に知られることがなかろうとも。
彼が“本物”の“月”で在る限り、如何なる闇が訪れようとも、その存在は決して揺るぎ得ないのだ。
くっ……と、力の抜けていたゼロの手が、体ごと引き寄せられる。ファントムが振り絞った最期の力で。
――――“影”在り続ける限り、“太陽”沈むこと無し
――――拙者がここに在る限り、貴方様は決して“偽り”でも、まして“孤独”でもございませぬ
『……その言葉の通りなら、僕が死ねば、君も死ぬんだね?』
――――元より、その覚悟
――――この隠将ファントム、例え冥府まででもお供いたしましょう
「約束違えること、お赦しください……エックス様」
耳元で囁くように言ったのとほぼ同時に、ファントムの体温が急激に上昇する。エネルギー炉が臨界点を突破する。
そして、直後――――閃光を迸らせ、数瞬遅れて地響きを轟かせながら、爆炎が二人を包み込んだ。
―――― * * * ――――
窓をそっと撫でながら、空を見つめる。蒼く広がる空を。
きっとその向こう側で、命を輝かせ、散っていったであろう忠臣を――――最愛の友を想いながら。
「……そんなことも……あったね」
脳裏に駆け巡る彼との遣り取り。彼の最期を、感じながら、“エックス”はそう独りつぶやいた。
それでも――――どれだけの感情が胸に込み上げようとも、彼の頬を“涙”が伝ってくれることは一度たりともなかった。
―――― * * * ――――
咄嗟に、残ったエネルギーを絞り出し、緊急加速装置を作動させたおかげで、命だけは助かったらしい。
関節が軋むのを感じながら、ゼロは呻き声とともに上体を起こす。
そして、爆発の中心地を眺める。
そこには跡形も無かった。
まるでそこにあった筈の命が――――“影”が、元からなかったかのように、全てが木っ端微塵に消し飛んでいた。
ふと、腕に残る感触に気づき、横目で見る。
「……ッ!?」
ゼロの右の二の腕には、左腕がぶら下がっていた。
引き寄せた後、そのまま逃がさんと直ぐに掴んできた左腕――――その肘から先が、ゼロの二の腕を掴んだままぶら下がっているのだ。
引き剥がそうと、自分の左腕を伸ばし、そして躊躇う。
それから悲哀を滲ませた声色で、彼の名を呼ぶ。
「……ファントム」
最期の最後まで、ゼロを殺すために戦い続けた。己の守りたいものを守るために。言葉通り、命の一片までも使い尽くして。
そんな彼を、どうして卑怯者と罵ることができようか。
死して尚揺るがぬ忠義に、信念に、ゼロは敗北を感じずにはいられなかった。
そして同時に、己の非力さを殊更強く噛みしめるのだった。
「 ゼ ロ ! 大 変 な の ! 」
突然呼び出された通信に応えると、ゼロの耳にシエルの叫ぶような声が突き刺さる。
その声色は尋常ではない事態が起きたことを知らせている。
「どうした!?」
「これを!」
割って入るジョーヌの声に、次いで送られてきた映像データ。ゼロは直ぐ様それを自分の視界に展開する。
一瞬、内容を理解できずに呆気にとられる。だが次の瞬間、そこに映された老人の言葉に、ゼロは現実へと引き戻され、言葉を失う。
「諸君ッ! 繰り返す! これまでこのネオ・アルカディアを牛耳ってきた救世主は偽物にすぎん!」
映像の中の老人――――ヴィルヘルムは拳を強く握り、殊更強く宣言する。
「繰り返す! 諸君が愛し、敬ってきたあのロックマンエックスは 偽 り で あ る ッ ! ! 」
To be continued ......