幻想郷で唯一人間が安心して暮らせる場所、人里。
その一角には、不思議な家がある。
見た目は大きな四角い屋敷。
その屋敷の中には、ひと回り小さな家が建っている。
家の中に入ると、やはりまたひと回り小さな家が。
それを7回ほど繰り返して、ようやく最後に小さな部屋へと繋がっている。
そんな、まるで入れ子のようなその部屋には。
十人十色な神妖霊人がひしめく幻想郷でも、1番のひきこもりが住んでいるのだった。
「なあ、新月。いい加減外に出たらどうなんだ」
部屋で昼寝をしていたら、お節介の慧音が性懲りもなく訪ねてきた。
そしてあろうことか、この俺に外に出ろなどとほざいて来やがったじゃないか。
無論俺の答えは。
「断る」
「少しは考えてくれ」
やなこった。
俺は誰がなんと言おうと、ここから出る気なんざ更々無い。
「体にも良くないぞ。こんな閉じた空間に居たらダメになる、たまには日光を浴びないと」
「全家屋ぶち抜いた天窓から燦々と降り注ぐ光があるから問題なし」
「外の空気を吸え外の空気を!」
……ええい、しつこい女め。
そんなだから婚期を逃すんだ。俺に構う余裕があるのなら、適齢期を軽く三桁過ぎている自分の身を案じやがれ。
「…………今何か、貶された気がするんだが」
「え~、気のせいっすよ~」
あっぶね、危うくサトラレるとこだった。
妖怪はこぞって勘が鋭いから気を付けなければ。
「とにかく、新月。里の者達も心配している、妹紅だって昨日「そう言えばアイツってもうのたれ死んだのか?」と言っていたぞ」
「それ心配されてねーから。100歩譲って生存確認されただけだから」
「だから外に出ろ! 妹紅を安心させてやれ!」
「無理やりいい話に纏めようとしてんじゃねえよ!!」
「……チッ」
「舌打ちしやがった!?」
慧音の奴、段々手段を選ばなくなってきたなオイ。
言葉を捻じ曲げ、都合よく仕立て上げるとは卑劣な……!
つか、そもそもどうして俺を外に出したがる。
「里の子供達の悪影響になるだろうが! お前みたいにひきこもり化する子供が出てきたらどうする!」
「第2第3の俺か。魔王みたいでカッコいいな」
「単なる堕落だろうが! ひきこもりの代名詞に使われてるんだぞお前は!」
「え、マジで? 紅魔館のなんちゃってカリスマ吸血鬼の妹とか、永遠亭の不老不死蓬莱ニートとか差し置いて?」
「そうだ」
なんてこったい。
100年単位でひきこもってる大先輩方より、俺の方が有名とか……
「やっべ、マジテンション上がるんだけど」
「はぁ!?」
こいつ何言ってんだ、みたいな顔で見るなよ慧音。
「だってそうじゃん? 俺人間だし、ひきこもり始めてまだ3年位なのに、あんな大御所差し置けるなんて。すっげー得した気分」
「…………」
お、今度は俺がサトラレしたぞ。
きっと慧音は、「ダメだこいつ、早く何とかしないと……」とか思ってるに違いない。
俺の洞察力すげー。
「誰だってそう思うわ!」
「かと思いきや俺もサトラレてた。慧音ってばホントは覚妖怪のハーフなんじゃね」
「誰でもお前の考えくらい理解できるわ!」
まじか。そんなに俺、分かり易い人類か。
いっそバカルテット2番手のルーミアみたく、「お前は分かり易い人類なのかー?」とか言って回って……外に出たくないから却下だ。
夢の中でもひきこもる勢いのひきこもり舐めんな。
「そうと聞いたら益々外には出られませんなぁ。みんな俺のことを究極の引きこもりだと期待していらっしゃるんだから、それに報いなければ」
「どうしてそう自分に都合よく律儀になれるんだお前は……」
「それが俺のクオリティ。例え四肢を鎖で括られ、その1本1本の先端を別々の妖怪に括りつけて引っ張られようと絶対にここから微動だにしない自信がある」
「いやもうそれ死ぬからな?」
うん、知ってる。某漫画の処刑方法だし。
「オール・ハイル・ひきこもり! さあ、ご一緒に!」
「誰がするか!!」
「ちなみにここでのオール・ハイルとは、全部入る……即ち『オール・入る』という意味であり、俺の不屈のひきこもり精神を指し示しているのだ」
「マイナス方面に屈強すぎるぞお前は……」
「お褒めに預かり恐悦至極」
とまあ、今日もこんな感じで慧音をうまく追い返した。
明日もきっと誰か来るだろうけど、絶対に追い返して見せる。
ひきこもり舐めんな。マイナス方面の努力だけは欠かさないぞ。
なぜなら俺は、名を『満月新月(みちづき しんげつ)』。
人呼んで、幻想郷ナンバーワンの引きこもりなのだから。