「黒髪娘? ああっ、ヨシュアさんのことですか? とても素敵な女性ですね。美人で気配りと友愛に溢れていて、僕みたいな何の取り柄もない平凡な学生にも親切にしてくれます。きっと、ああいうのを本当の高嶺の花と云うのでしょうね」
◇
「黒髪? ああ、あのむかつく尻軽女のことね? ブレイサーだか何だか知らないけど、学園中の男に媚び売って、ちょーむかつくって感じ? 親切? はんっ、利用価値のある相手にだけ優しいだけよ。女子からは総スカン喰らっているし。えっ、クローゼ君と良い仲かって? 絶対に騙されてるよ、それ。あの腹黒女の笑顔に惑わされたら、次の日にはマグロ漁船に売り飛ばされているって」
◇
「琥珀色の瞳の少女? ああっ、ヨシュア君のことか。利発で礼儀正しい良い娘ですよ。学園にも様々な影響を与えていますし、短期留学生なのがつくづく悔やまれますな。しかし、近頃の娘は随分と発育が良くなったものだ。特にムチムチっとしたブルマの食い込みが………………はっ? いかん、いかん、俺は教師だ。生徒に欲情するなど有り得ん。喝っ! 心頭滅却、ナンマンダム、ナンマンダム」
◇
「ヨシュア? 確かに一時、目の敵にしていた時期もあったわね。あの頃の私はまだ幼かったから。けど冷静に考えればスペックが違いすぎるから、嫉妬するのも馬鹿馬鹿しいし。何よりもジルが主張していたように、敵にまわすよりも味方につけた方か色々とお得だしね。お陰でクローゼ君の×××な写真を頂けて、うひひっ」
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「ふっ、ヨシュア君なら、近い将来僕の花嫁になる娘だよ。既に結納金も百万ミラ程収めたし、僕と彼女のどちらに似ても、知性と美貌と音楽の才能を兼ね揃えた天才的な娘が誕生するだろうね。えっ、産まれてくる子は男の子かもしれないって? そんなオカルト、僕は絶対に許しません。ヨシュア君に瓜二つの可愛い娘に、『将来、大きくなったら、パパと結婚する』と言わせるのが、僕の夢なんだから……って、そんな呆れた目で見つめないでくれたまえ、シェラ君。照れてしまうではないか」
◇
「ヨシュアのことなら良く知っているわよ。ロレントの男共は、ある意味あの娘のファンクラブみたいなもので、純然たる打算に基づく献身を愛だと錯覚して、良い様に振り回されているからね。そこの妄想が暴走している馬鹿を含めてさ。彼方此方に思わせぶりなモーションを振りまいて、その癖、本命はガッチリキープしているから性質が悪い。そんな堅気から外れた恰好して、あんた達、興信所の身元調査員か何かかしら? もし、あの娘に入れ込んでいる純朴な少年がいるなら、力づくでも引き離すのが、その子の為よ」
◇
「ふーむ、どう思う。ルクス?」
「へへっ、俺様が睨んだ所じゃ、どうやら中隊長殿の勘は当たっていたみたいだな」
「やはり、お前もそう思うか? うーん、参ったな」
リオンとルクスの二人は模擬店を巡りながら、二十人を越す生徒に聞き取り調査を行い、幅広く意見を取り入れる為、教師や彼女を熟知していると思われた一部の来客にも声を掛けてみた。
結果、男子は概ね好評で女子から蛇蝎の如く忌み嫌われる男女で意見が180°食い違う典型的なビッチ現象が発生。ましてや、結婚を前提に百万ミラの持参金を搾取された男性まで出没しており、王太子のお相手としては色んな意味で問題があると云わざるを得ない。
「へへっ、この調査報告を馬鹿正直に中隊長殿に伝えたら、嬉々として黒髪少女の討伐に乗り出しそうだな。どうする、リオン?」
「私に訊かないでくれ。親衛隊が一般庶民に手をあげたら謹慎どころの処分じゃ済まないし、本当にどうするべきか」
二人は難問に頭を抱えたが、直ぐには答えは出てこない。何か良いアイデアが思い浮かぶまで、もうしばらく聞き込みを継続してみようという方向で問題を先送りした。
◇
「お疲れさま、ジョーカーさん」
「いやいや、こういう楽しい催し物なら何時でも大歓迎だよ。クイーンオブハート」
クラブハウスの路地裏で男女が密会し、オリビエは見せ金に使った上でちゃっかり回収してきた五十万ミラを、先の演技とは打って変わって何の未練もなくヨシュアに返却する。
これだけの大金に何らの執着を持たないあたり、エレボニア皇太子というエステルの妄言は、案外、的を得ているかもしれず。少なくとも彼の正体が単なる一般人でないことだけは確か。
「まさか、本当に百万ミラも貢いでくれるとはね。よっぽど上手くいって、同額の五十万が限界だと思っていたけど。エステルとはまた違った意味で、デュナン公爵は大物かもしれないわね」
身分を偽った王子様というシチュエーションはクローゼ一人でお腹一杯なので、その可能性を頭の隅から追いやると、公爵の金離れの良さを素直に賞賛する。
「自ら汗水流して、苦労してミラを稼いだ体験がないから、いともたやすく大金を手離せる」との意地悪な見解も当然成り立つが、ヨシュアとすれば吝嗇よりは気前が良い貢ぐ君の方が遥かに有り難い。
「オリビエさんも期待以上の道化役を演じてくれたのでしょうね。一晩で百万稼いだというのも、満更、法螺話じゃない気がしてきたわ」
鮨ネタの追い込みに忙しく、ミリオンステージを生鑑賞できなかったのを残念がる。オリビエは脚本や周りの生徒の仕込みと何よりもきちんと見せ金の現金を用意してきた下準備の良さが勝利に繋がったと、この男にしては珍しく謙遜する。
「うーん、そう言ってもらえると嬉しいけど、今回の企画は結構行き当たりばったりなのよね」
ポリポリと頬を掻きながら苦笑する。前日、サボり常習犯のミック他数名が性懲りもなくクラス展示の準備からエスケープし旧校舎に避難したのが発端で、鍵を開けっ放しにしていた彼らは内部に魔獣(ラップスパイダー)を招き入れてしまう。
エステル、クローゼなどの男手の戦闘要員は海釣りに出掛けており、当然のように討伐には現役の準遊撃士が駆りだされる。不精者のヨシュアは不承不承ながらも、旧校舎に屯していた魔獣の群を五分で壊滅させる。
用務員のパークスと一緒に死骸の後始末の清掃作業をしていた時、ミック達が暇潰しに大貧民をしていたトランプを発見。ジョーカーとスペードのキングのカードの重なりに天啓を受け、急遽このシナリオを閃いた。
それからは大忙し。龍牙鞭を餌にロレントから導かれし者たちを緊急招集し、ジルから生徒会面子の何人かを借り受ける。更には日当五百ミラ、成功報酬千ミラを投資して桜役の生徒を掻き集め、急拵えの舞台を旧校舎に設置した。
その上で、寿司の仕込みまで徹夜で行ったので、向う一年分の勤労意欲をヨシュアはこの二日間で遣い果たしてしまいそうだが、それだけに公演は大盛況。採算は余裕でお釣りがくるグランドフィナーレになりそうだ。
「なるほど、それで昨日不在のマイブラザーは劇に参加していなかったわけか?」
「ダイヤエースとついでにジャックザスペードのこと? あの二人は性格的にこういう振り込め詐欺には向いていないから、もしギャラリーに混じっていたらポロッと本音を零して、全てが御破算になっていた可能性が高いわね」
二人の将来の職種を鑑みれば、何時までも初な正直者でいるのも考えものだが。そもそもクローゼの場合は、デュナン公爵と鉢合わせること自体に無理があるので致し方ない。
「けど、お陰様で拍子抜けするぐらいあっさりと、目標額を達成できちゃったわね」
打った手が悉く失敗した時に備えて、御布施用に準備した五十万ミラを手離す必要もなさそう。まさにオリビエと公爵様さまだが、真の手柄はこの二人をコントロールしたヨシュアだ。
そもそも、彼らは基本的にはトラブルメーカーで、従来の嗜好と習性に基づいて行動させれば周囲に騒動を撒き散らすだけなのだが、ある条件を満たせば有益に転じる法則を発見した。
公爵は云う迄もなく、煽ててひたすら持ち上げてやること。常に側に引っついている常識人の執事の目さえ欺ければ、効能は先の如し。
あれだけ扱い易ければ、リシャール大佐だかが御輿として担ぎ上げようとするのも無理ないが、彼が率いる情報部に不穏の影が見え隠れしており、公爵を傀儡にしてリベールをどう変革するつもりなのかが引っ掛かる。
軍人だから当然かもしれないが、ナイアルから聞き出した情報ではリシャールは軍需拡大路線の信奉者で、各方面に色々と根回しをしている最中。
まさか、大佐がエレボニアに十年前の無謀な復讐戦を企図するような愚者だと信じたくはないが、もしそうなら、デュナン公爵にこの国の未来を託すのは危険すぎる。
その憂慮が単なる取り越し苦労なら、もう一人の国王候補に跡目を継ぐ気はなさそうだし、デュナン本人にも壮大な野心はなく相応の敬意と贅沢で満足される御仁なので、平穏無事な小国なら意外と上手くやれそうな気がしないでもないが。
「おやおや、また悪巧みを思案中かい、ヨシュア君? その際には是非ともこのオリビエにもお声掛けを」
エステルには縁がない政治的問題に悩ませて、思考の淵に嵌まり込んだヨシュアに、瞳を好奇心で幼児のようにキラキラと輝かせる。この件から丸分かりのように、オリビエの場合は、何か面白そうなネタを見繕ってイベントを提供してやること。
実際、道化を演じるという目標を与えて後は彼のアドリブに任せたら、普段のフリーダム振りが嘘のように鳴りを潜めて、驚くほど忠実に自分の役柄を全うしてきた。
まあ、オリビエやデュナンのような癖の強いキャラクターをそう毎度毎度上手く手懐けられる筈もないが、このあたりは殿方の機敏を知り尽くした魔性の少女だけあり、アフターサービスも万全に施すつもりだ。
「そうそう、オリビエさん。もう一時間ほどしたら、またクラブハウスを尋ねてきて頂戴」
外国からの来場者専用のお寿司を営む情報をリーク。やはりというか食通の彼は脂がトロリと乗った極上の大トロを食せると聞いて、ジュルリと涎を指先で拭き取る。
「きっとオリビエさんなら、安く腹一杯食べられると思うから、ミラの手持ちを気にしなくてもいいわよ」
「ふっ、心得た。それでは他の模擬店を冷かしながら、館内放送が流されるのを楽しみにしているよ」
Sクラフトを測定できるゲームセンターがあると聞いたオリビエは、「僕の華麗なハウリングバレットを衆目に披露してやろう」と意気込みながら校舎の方向へ向かっていく。
ヨシュアはまた含みのある言い方で、オリビエの食べ放題を確約する。帝国の高級寿司屋では時価で大トロ一貫で数千ミラもする場合もあるそうだが、どういう料金体系で他のセレブ客との折り合いをつけるつもりなのだろうか。
ニコニコ微笑みながら、オリビエの後ろ姿に手を振っていたが、彼の姿が校舎に消えると途端に琥珀色の瞳に憂いを浮かべて溜息を吐き出した。身から出た錆というか少女をある程度良く知る者たちは、彼女が考え事に従事していると何か善からぬ企みを巡らせていると決めつける。
「それにしても、なんか上手くいきすぎて反動が怖いわね」
実際に腹黒なので、そんな些細な無理解に一々傷ついたりしない。
それよりも、半ば負けを覚悟して切り出した中途半端な強さの絵札がゲームそのものを制してしまった幸運に不安を覚える。
かつて、シャラザードを相手に世の陰陽というか、幸福の定量について講談したことがある。運というのは振り子のように大きく揺れるもので、一人の人間が永続的に幸せを享受する不条理は有り得ない。
ましてや、合理性を信条とするヨシュアは奇跡頼りのエステルと異なり、基本的には零と100%以外の数値は過信しない主義。
だからこそ、合理的な思考フレームの高速演算で、放置しておいても96%の高確率で尋ねてくると診断されたオリビエを確実に学園祭に誘き寄せる為、高値で売り捌こうと算段していた虎の子の龍牙鞭をシェラザードにロハで贈呈した。
現在までの所、これらの計算は正しく報われてきたようだが、この先はどうだろうか?
幸運の女神の寵愛を一身に受けているなどという自惚れは、ヨシュアには絶無。
「わたくしがその娘の心を治してさしあげるわ。ただし、代償は支払っていただくわよ」
あの日、あの女が告げたように、彼女の今日までの人生は何かを得れば必ずそれに相応しい対価を強奪されてきたのだから。
人の心を失い、漆黒の牙という心を得た。
本当の家族を失い、血の繋がらない別の家族を得た。
その理屈でいけば、この学園祭で失うものは手持ちのミラということになるのか?
銭金の損失だけで済ませられるのなら、どれほど有り難いことか。
今の少女が失いたくないものは、たった一つ。
少年の太陽のような笑顔だけなのだから。
「ここで、ぐだぐだ悩んでいても始まらないわね。既にノルマは達成したことだし、この際、ぱーっと百万ミラぐらい上乗せして、ジルをギャフンと言わせてやろうかしら」
どうせ成るようにしかならないので、ヨシュアは鬱思考を停止する。思いっきり伸びをして左肩をグルグルまわすと、最後の追い込み作業の為にクラブハウスに戻っていく。
何度か中断が入ったせいか、ヨシュアの当初の予定よりも三十分ばかり遅れて、寿司の模擬店が催される旨のアナウンスが校内放送で流された。