アスカ達の今後の方針が決まったので、三人の話し合いは如何すればアスカの安全を確保出来るかに焦点が絞られた。やはり難しいのは、キョウコがエヴァに取り込まれた後の話だ。
「やっぱり最初は、ゲヒルンと関係を持たないのが一番だと思うの……」
「それって、エヴァのパイロットになるのを拒否すると言う事ですか?」
「少なくともドイツには、アスカちゃんを置いておけないわ。ゲヒルンが特務機関ネルフになれば、適格者として強制的に徴集されるだろうし。ゲヒルンやネルフに籍を置けば、強制的にドイツに連行されマインドコントロールされるのがオチよ」
「でもそれだと、そのままパイロットとしれ除外されるか、適格者を欲する人達に攫われる可能性もあるんじゃないの? 身の安全を考えれば、ゲヒルンに所属した方が安全だと思うけど……」
「体が無事でも、心を壊されたら意味がないだろ」
「……でも」
と、こんな感じで話は全然進んでいない。この状況で唯一の救いは、アスカが行った事故の内部告発(偽)で、日本とドイツの間にキョウコの所属の取り合いが発生している事だ。おかげでドイツに帰る日程は、今の所は未定となっている。
「お腹が空いては良い案も出ないでしょう。夕食の準備をして来ます」
シンジがそう言うと、アスカとキョウコは「お願いね~」と笑顔で送り出す。この二人は完全にシンジに餌付けされています。と言うか、家事の殆どがシンジ頼みになっています。それで良いのですか?キョウコさん。
夕食後に話し合いが再開されるが……
「私がエヴァに取り込まれた時に、アスカちゃんがドイツに居るのは危険ね」
「あたしはママの接触実験の時、日本に居れば良いの?」
「そうね。ママの実家に居れば暫くは安全だわ。アスカのお婆ちゃんも健在だし」
「えっ? あたしママ以外に肉親居たの?」
本気で驚くアスカに、額に手を当ててため息をつくキョウコ。本来ならキョウコの心が壊れた(中途半端にエヴァに取り込まれた)時点で、アスカは(接触実験失敗サンプルでなければキョウコも)祖母に連絡が行き引き取られるはずである。キョウコやアスカが疎まれているなら尚更だが、現実はそうはならなかった。祖母への連絡を意図的に止め、アスカをエヴァのパイロットにしたと言う事は、初めからキョウコが取り込まれる事を知っていた事になる。
つまり“キョウコを人柱にする為にエヴァの接触実験を強行した”と言う事だ。キョウコの魂が引き裂かれ心が壊れた状態で戻って来たのは、ゼーレにとって僥倖と言えるだろう。特大のトラウマを植え付けれた事もあるが、アスカに心が壊れたキョウコを見せつけ心理的に追い詰め、マインド・コントロールを容易にしたからだ。
こうなると、アスカをドイツに居させるのは絶対に駄目だ。そして、一般人としてガードも付けずに居させるのはもっと不味い事になる。この結論に達した3人は、更に状況が悪くなった事に頭を抱える羽目になる。
「ガードを付ける為に、アスカちゃんをネルフ本部所属にするとして……」
「何かアスカがドイツに行けない理由でもあれば……」
キョウコとシンジの視線がアスカに集中するが、良い案が出ないアスカは頭を抱えるばかりである。そして暫く考え込んだキョウコが、新しい意見を出した。
「いっその事、ゲンドウさんをこちら側に引き込むと言うのはどう?」
「それは駄目です」
その意見をシンジは即座に否定した。
「何故?」
キョウコは思わず聞き返す。相応の理由が無ければ納得出来ない。
「僕も初めはそう思ってました。しかし母さんと話し合った時に言われたんです」
シンジはいったんそこで話を切り、心を落ち着かせるように深呼吸すると話し始めた。
「父さんは仲間に引き込むには、野心家すぎると母さんは言ってました。今回行われた母さんの接触実験も、原因は父さんに有ると母さんは言ってました。母さん自らが被検体になる事で、父さんが安易に実験を強行しないようにしたそうです。もちろん母さんが被検体になったのは、それだけが理由ではありません。しかし、ストッパーとなる人間が居ない場合は、父さんを仲間に入れるのは避けなさいと言われています」
自らの野心で妻を失ったゲンドウは罪悪感から行動を開始し、その罪悪感はやがて狂気へと変わって行く。大切な者を無くす悲しみは分かるが、それで狂気に囚われるのは無くした者への冒涜だとシンジは考える。
「冬月先生は?」
「駄目です。冬月副司令は正義感は強いですが、それ以上に誘惑に弱いのです。父さんのストッパーとしては、残念ながら全くの役立たずです」
バッサリと切って捨てるシンジに、キョウコは何も言う事が出来なかった。冬月はネルフ副司令として、ゲンドウの計画に加担していた。残念ながら弁護の余地は無い。
「でも、アスカちゃんの安全を確保するなら、ネルフに所属した上で派閥を利用するしかないわ」
キョウコの発言に、少し考えてからシンジも頷いた。
「と言っても、アスカを依り代にする旨みが無い派閥は存在しないです。そう言った意味では父さんの派閥が一番マシです。依り代としてのアスカは邪魔でしかありませから。それでもゼーレの信用を得る為の生贄にされますね」
「……イケニエ」
アスカが暗い顔で呟いたが、キョウコとシンジには何も言えなかった。代わりに如何すれば暗い未来を回避できるか、必死に頭の回転率を上げる。そこでシンジはもう一つの可能性を思いついた。
「むしろ利用するのは、エヴァのシンクロシステムかな?」
「如何言う事?」「何か良い案でも思いついた?」
アスカとキョウコが、シンジの言葉に期待を膨らませる。
「ドイツに関わるとシンクロ出来ないとか?」
アスカとキョウコの目が、「なに言ってんだコイツ」と言っている。
「まあ、要するにアスカにドイツアレルギーになってもらって、ドイツと聞くだけでシンクロ率がゼロになるとか……」
シンジが言いたい事がなんとなく分かったのか、キョウコは考え込んでしまった。アスカも難しい顔をしている。
「そうするには、あたしがドイツを徹底的に嫌いになる事件が必要ね」
「……それなら何とかなるかもしれない」
アスカの呟きに、キョウコが答える。
「私が接触実験を強要される映像を、全支部に公開するの。私が必死に説得すれば、あちらは今回もアスカを害すると脅迫して来るはずよ。そしてその映像をアスカが見た形にするの。アスカがドイツは……いえ、“ドイツ支部はママの敵”って考えていると思わせるの」
キョウコの言に、シンジは頷き……
「チルドレンになる条件に、“ドイツの研究者との接触が無い事”と“ドイツへの出向が無い事”を盛り込む訳ですね。日本からの出国も拒む方向で、話を持って行った方が良さそうですね」
「更に言えば、シンクロテストでドイツに関わらせる気配がしただけで、シンクロ率をガタ落ちにするのよ。……アスカ。出来る?」
「出来るわ。それに精神的に弱い所を見せておけば、依り代候補として改めてマインド・コントロールが必要と思われないかもしれないし」
アスカの答えに、キョウコは満足そうに頷き「ドイツ研究所の信用を失墜させて、面子も徹底的に潰して……」と、とっても良い笑顔で計画を立て始めました。……怖い。とりあえずキョウコさんの事は置いておいて。
「ドイツ研究所を叩き潰して、弐号機を使徒戦争開戦前に本部へ運びこめれば……」
「いえ、多分それは無理よ。ゼーレはゲンドウさんを警戒しているのでしょう。ならば、ドイツ研究所を潰しても日本以外の研究所。……おそらくアメリカに運び込まれるわ」
キョウコの言葉に、シンジとアスカは納得したように頷く。
「ゲンドウさんも仲間ではなく、協力者として利用するなら問題無いでしょう。アスカやシンジ君から聞いた未来の知識から、研究論文を書いて私が弐号機に入ったと同時に日本から発表してもらうわ。ドイツ研究所で全て却下された様に偽装してね」
容赦無しだ。そんな事をすればドイツ研究所の所長は、研究データの隠匿でゼーレからも裏切り者として見られる。ドイツ研究所に打撃を与えた上に自分達の立場も良くなるので、ゲンドウも断る理由は無いだろう。ドイツ研究所の評価低下は、被害者のアスカの立場を相対的に良くする。今回アスカは、扱いが難しいピーキーなパイロットとして評価が低くなるので、それは歓迎するべき事だ。
「後はアスカの実力を見せつければ良い」
シンジがそう言うと、アスカとキョウコが頷いた。アスカはゲンドウにとって、優秀な戦いのコマとなれば良いのだ。……手放すのが惜しいと思えるほどに。そうすればアスカの安全は、向こうから転がりこんで来る。
「よし。それで行きましょう」
アスカの安全を確保する目処が立ったので、アスカとキョウコも嬉しそうだ。後は問題点の洗い出しと、その解決法を話し合い煮詰めるだけだ。三人は時間が許す限り話し合った。
それから数日が経ち、シンジとアスカはキョウコが借りた部屋で、これから生き残る為に自己の強化をする訓練をしていた。時間が惜しいので、託児所へは行っていない。
訓練と言っても、運動するわけでも勉強をする訳でもない。知識はLCLの海から取得した物で当面は十分なので、効率良く肉体を鍛える為の物だ。しかしシンジとアスカは、お互いに目を閉じて手を突き出し掌を合わせているだけで何もしていない。
「アスカ。ATフィールドは感じ取れた?」
「……うん。なんとなくだけど」
アスカは肯定したが、煮え切らない返答だった。
「じゃあ、ATフィールドの波長を変えて行くから読み取ってみて」
シンジはそう言うと、精神を集中させた。
「えっと……悲しんでる? 喜んでる。お 怒ってる。楽しい? ひっ!!」
突然怯えた様にアスカがシンジから離れた。
「うん。完璧みたいだね。悲しい。喜び。怒り。楽しい。の喜怒哀楽。そして最後が殺意……殺気だよ」
答えたシンジに対して、アスカは恨みがましい目でシンジを見る。
「ごめん。殺気は戦闘において重要なファクターだから、試さない訳には行かなかったんだ」
シンジの説明にアスカは口をへの字にするが、理解はしているようだ。納得しているかどうかは別だが……。
「詳しく説明すると、人間を形作っているのはLCLとATフィールドなのはアスカも分かっていると思う」
アスカが「LCLの海に一度解けたからね」と頷く。
「ATフィールドの出力は一定ではないんだ。そして、どんなに悪い状態になっても人間がいきなりLCLになってしまう事は無い。これは人間がATフィールドの出力に余裕を持たせているからなんだ。ATフィールドは心の力なのに、心が壊れて完璧な廃人になっても……死んでさえLCLにならない事から、その余力は相当な物だと分かると思う。適当な数値を例にすると、人間のATフィールド出力を10とし変動限界値を5とすれば5~15に変動する。仮に肉体の維持に必要な出力を2~3とすれば、普通に考えて7~8の余裕がある。その余剰ATフィールドは体外に放射されるんだ。それがさっきアスカが感じた物の正体だよ」
アスカはシンジの説明を噛み砕き、理解すると頷いた。
「さっき僕が体外に放射されるATフィールドを調整して、アスカに感情を感じさせたのは分かる?」
「うん。でもそれって、私達も生身でATフィールドを張れるってこと?」
アスカの質問にシンジは首を横に振った。
「10cm四方のATフィールドを張るのに、さっきの出力例で言うと、20は必要になると考えた方が良い。体がLCL化して死ぬのを覚悟すれば、銃弾一発位ならはじき返せるかもね」
「それじゃあ、ATフィールドを操作しても意味無いじゃない」
今度もシンジは首を横に振った。
「放射されるATフィールドに敏感になれば、気配の察知や相手の感情を読み取るのに使えるよ。視線なんかも感じ取れる。俗に言う第六感って言う奴だけど。逆に意識的にATフィールドの放射を防げば、気配を消す事が出来るし相手に感情を読まれないように出来る」
アスカは納得して頷くが、シンジの話はこれでは終わらない。
「体を維持しているのもATフィールドだ。これを調整すれば、ある程度体の形を変える事が出来る。それには集中力が必要で、体を変化させながらの戦闘は不可能だと思うし、腕を増やしたりと言った体の型を大きく変える事も出来ないと思う」
「意味無いじゃない!!」
「そんなこと無いよ。小さな傷なら瞬時に治せるし、大きな怪我もかなり早く回復できる。(マナの内臓も回復出来る)それに、体内のATフィールドを調整すれば、体の成長を誘導できる。……アスカなら知ってると思うけど、人間の筋肉には白い速筋・赤い遅筋・ピンクの中間筋があるんだ。体内のATフィールドに干渉すれば、この筋肉の比率を調整して成長する事が可能なんだ。中間筋の比率を高くして行けば、持久力と瞬発力を同時に手に入れられる。……それにこんな事も出来る」
そう言うとシンジは、アスカの手を取って自分の胸に押し付けた。アスカが「な なにするのよ」と真っ赤になって騒いでいるが、シンジは綺麗に無視した。
「僕の心臓の鼓動が分かる?」
アスカは「うぅ~~~~」と、真っ赤になって唸りながらも頷いた。
トクン トクン トクン ・・・ トクン トクン
「あれ?」
「心臓を鼓動一回分だけ止めたんだ」
「そんな危険なことしないでよ!!」
「ごめん。これが一番分かりやすいと思って」
怒ったアスカがシンジを威嚇するが、シンジは一度謝っただけですぐに説明に戻ろうとする。
「許さない。今晩のおかずハンバーグにして」
「……分かったよ」
「良し。なら許す」
アスカが満面の笑みを浮かべるが、シンジは内心でため息を吐きながら説明を続ける。
「まあ、訓練を積めば生理現象も調整出来るって事だよ。そしてそれは任意に、人間のリミッターを解除する事が出来ると言う事だ」
シンジが説明している事は、何気に凄い事なのだがアスカにはもっと重要な事実があった。
(それって生理が来ない様に調整が出来るってことじゃない。毎月来る悪夢を回避できるなんて最高♪ シンジとする時の避妊具も必要無いから、その分のお金浮くし。逆に赤ちゃんが欲しければ、高確率で作れるはずだし。それに成長を調整できるなら、腰回りに付くはずの肉を胸に付けたり……)
何気に凄い事を考えているのだが、本人が自覚していないので良しとしておこう。と言うか、自覚したら絶対に暴れる。
「アスカ。聞いてるの?」
「聞いてる♪聞いてる♪」
シンジは疑いの目を向けるが、これ以上問い詰める気は無い様だ。と言うか、物凄く良くなったアスカの機嫌をわざわざ損ねる必要は無い。
「さっきの説明でも分かると思うけど、僕達にはかなりのアドバンテージがある。だけどこれは、超一流と言われている人間が無意識にやって居る事なんだ。決して過信出来る事じゃないと覚えておいて欲しい。それに訓練をしなくて良い訳じゃないし、成長を調整するなら食事にも気を使わないと効果が出ないからね。好き嫌いは駄目だよ」
アスカが「うへぇ~」と、嫌そうな顔をする。
「先ずは、放射されるATフィールドの調整からやってみよう」
「分かったわ」
二人はもう一度掌を合わせ、目を閉じ集中する。最低でも基本さえ覚えておけば、ドイツに帰る事になっても訓練を続けられるし応用の研究も出来る。キョウコの処遇が如何なるか分からない現状では、急いで基本を覚えた方が良いだろう。
この訓練は当初、エヴァ搭乗時のATフィールドを操る感覚を忘れないようにするのが目的だった。しかし、直ぐにユイが幅広い可能性に気付き、シンジとユイが研究を重ねた結果これほどの応用性を持つに至ったのだ。
「母さんの魂は、何処へ行ってしまったんだろう?」
ユイを思い出したシンジは、ついそんな事を呟く。
「ほら。シンジ。訓練を続けるわよ」
そんなシンジに、アスカは訓練の続きを促す事しか出来なかった。
それから2週間が過ぎ、とうとうキョウコが如何なるかが決定した。足の引っ張り合いに業を煮やしたゼーレが介入して来たのだ。こうなるとゲンドウもゼーレの意向には逆らえず、キョウコはドイツに帰還する事になった。
「出発は3日後に決定したわ」
キョウコが説明を始めてから、アスカはずっと脹れっ面だ。分かっていた事とは言え、面白くない物は面白くないのだ。
「アスカちゃんの訓練は如何なの?」
内心でキョウコは、アスカの訓練が羨ましいと考えていた。キョウコが訓練の概要を聞いた時に真っ先に思いついたのが、テロメアへの干渉だった。LCLの補給か代替物が有れば、不老が実現出来るかもしれない。全てが終わり弐号機から出たら、真っ先にこの研究をしようと心に決めていた。
アスカがそっぽを向いたままなので、シンジが代わりに口を開いた。
「流石にアスカは僕と違って覚えが良いですよ。基本はもう覚えました。後は自主訓練だけで何とかなります」
シンジが言いきると、キョウコは頷く。
「ありがとう。それとこれは、私からシンジ君へのプレゼントよ」
そう言ってキョウコがシンジに渡したのは、アスカと同じ型のPDAだった。
「良いのですか?」
シンジが思わずそう聞くと、キョウコは笑顔で頷いた。ここで遠慮するのも失礼だろう。
「ありがとうございます」
これで何年かはアスカと連絡が取れる。しかしどんなに大事に使っても、PDAには寿命がある。運が良ければ再会するまで持つだろうが、シンジのこれからの環境を考えれば、買い換える事は出来ない可能性が高い。当然キョウコもそれは理解している。せめてPDAが使える間だけでも、二人の接点を作っておきたいと言うキョウコの気遣いだ。
「明後日のディナーは、特別豪勢に行きましょう。父さんから預かったお金もだいぶ残ってますし」
俗に言うお別れパーティーと言う奴だ。しかしシンジは、意図的に“お別れ”と言う言葉を使わなかった。これからの事を考えると、その言葉を安易に使いたくなかったからだ。ちなみにそっぽを向いていたアスカは、チラチラとこちらを覗き込んでいる。おそらくメニューにリクエストがあるが、この状況では言い出し辛いのだろう。
「お料理期待しているわよ」
「はい。本物のコンソメスープをごちそうしますよ」
笑顔で答えるシンジだが、アスカをこれ以上放置するとへそを曲げられそうだ。
「アスカもメニューのリクエストがあれば早めに言ってよ」
「分かったわ」
アスカはそう返事して、またそっぽを向いてしまった。
次の日、シンジはパーティーの準備を始めたので、アスカの訓練にずっと付いている事が出来なかった。
アスカ自身も仕込に手間と時間が掛かる料理をリクエストしてしまったので、その事で文句は言えないのだが、あと少ししか時間が無いのだからそばに居て欲しいと言う思いがあった。
「ねぇ。シンジ。ここなんだけど……」
「うん。そこは……」
「シンジ。ATフィールドに対する考察なんだけど……」
「ここの考察は……」
「ATフィールドのイメージは……」
「イメージは自分に合う物が一番だと思う。ちなみに、僕の場合は……」
「ATフィールドなんだけど、壁を作り出す物・体外に放射される物・体を維持用する物と種類が……」
「そうだね。紛らわしいから別個で名前を付けようか。具体的には……」
…………
……
と言った具合に、事あるごとにシンジに聞きに来るのだ。構って欲しいのがまる分かりである。
シンジも流石に今回はアスカの気持ちに気付き優しく対応していたが、アスカの方は聞きに行くネタが無くなり困り果ててしまった。
「うぅ~。何か無いかな」
ATフィールドの力は、体の内から発生する力である。アスカは自分の体内に探索の手を伸ばし、何か不明な点が無いか探し始める。
「あれ?」
その時アスカは、自分の中に違和感の様な物があるのに気付いた。気になったアスカが深く深く探ってみると、そこには自分では無い誰かが居るのだ。
それに気付いたアスカが感じたのは、強い恐怖だった。考えてみて欲しい。セキュリティが万全だと思っていた自分の部屋に、気付いたら正体不明の人間が居た様な物だ。いや、それよりももっと酷い。相手は自分の内に居る為、逃げる事が絶対に出来ない状況なのだ。これで怖がるなと言う方が無理だろう。
「し シンジ!! シンジ!! 助けてシンジ!!」
「如何したの!? アスカ!!」
パニックを起こしたアスカは、シンジに泣きついた。シンジもアスカの尋常じゃない様子に驚く。
「シンジ。あたし……あたし、怖い。怖いよシンジ」
シンジはアスカを落ち着かせようと、強く抱きしめ頭を撫でてやる。
「大丈夫。大丈夫だから落ち着いて」
どれ位そうしていただろう。ようやくアスカが落ち着きを取り戻した。
「アスカ。何があったの?」
何時までもそうして居られないので、シンジから切り出した。
「あたしの あたしの中に、知らない人が居るの……」
アスカが喋った言葉に、シンジは戦慄した。真っ先に思い浮かんだ可能性が使徒だったからだ。微生物状の使徒や粘菌状の使徒も居たのだ。そう言った使徒が、人間を乗っ取ろうとしたら如何なるだろう。もしかしたら、渚カヲルはそれに最も近い使徒だったのかもしれない。そう思い至った瞬間、親友を握りつぶした感覚が蘇った。
「くっ……。とにかく、アスカの中に居る奴の正体を確かめよう。(もし使徒なら、アスカの中から僕の中に移す。……絶対にだ)」
恐怖に怯えたアスカは、シンジの悲壮な覚悟に気付く事無く頷いた。そして二人は、抱き合った姿勢のままでアスカの中に居るモノを探り始める。
(イロウルか? バルディエルか? それともダブリスか? 別の何かか? ……中に居るのは何だ)
アスカの中を探り始めたシンジは、直ぐにそれを見つける事が出来た。もう一度心を落ち着かせ、その正体を慎重に探る。
(嫌な感じはしないな。むしろ温かい感じがする。それに、どこか懐かしい……)
そしてシンジはその正体に至った。それと同時にアスカの中に居た者を、シンジは自身の中に取り込んだ。
「っ!! な 何してるのよ!!」
あわてたのはアスカだ。アスカも自身の中に居た者の正体に、使徒と言う候補を上げていた。もしアスカの中に居た者が使徒なら、シンジが如何なるかなど想像もしたくない。
「大丈夫だよ。アスカ」
シンジが微笑むが……
「大丈夫な訳無いでしょう!!」
アスカはシンジの襟を掴み、思いっきりにシェイクする。事実確認だけに止めたとは言え、追体験で知った渚カヲルの事が頭をよぎりアスカの目から涙が零れていた。もしそうなら、アスカは自身の手でシンジを……。そんな思いが、アスカから冷静さを奪っていた。
「なんで……なんで、そんなことするのよ!!」
「あ ア あす アスカ おち おちつ いて……」
この日、キョウコの部屋にシンジの悲鳴とアスカの盛大な泣き声がずっと響いていた。
アスカが大泣きしてから、2回夜が明けた。
今日はキョウコとアスカがドイツへ帰る日だ。
見送りはゲンドウ達の都合で、キョウコが借りた部屋の前となった。見送りメンバーは、ゲンドウ、冬月、赤木ナオコ他2人の同僚含めた5人に、シンジを加えた6人だ。
「キョウコくん。本当に世話になったね」
「ユイの為にありがとう」
「あなたが帰ってしまうのは残念だわ」
「お世話になりました。今度は出向ではなく、日本に異動になりたいですね」
大人達は和やかに別れの挨拶をしている。これから2人は、タクシーで空港へ行きドイツ行きの飛行機に乗る事になる。
「アスカ。またね」
「うん。またね」
シンジとアスカの別れの挨拶は、この“またね”と言う言葉に全ての思いが凝縮されていた。
アスカ達がタクシーに乗り込み、動き出したタクシーをじっと見つめるシンジ。やがて角を曲がり見えなくなっても、タクシーが消えた角を見詰めたままだった。
「そろそろ行くぞ。シンジ」
「うん」
ゲンドウに促されて、シンジは歩き始めた。
……また会おうね。アスカ。