気が付くと惣流・アスカ・ラングレーは横になっていた。
「ここは……」
そう呟きながら起き上がる。邪魔なタオルケットを払いのけ、起き上がるとボーっとする頭を左右に振って無理やり覚醒させる。
「あたしは……」
ベッドから抜け出して周りを見ると、そこは知らないはずなのに見覚えの有るような気がする不思議な部屋だった。自分の置かれている現状が分からず、アスカは混乱した。
「何か、やたらと目線が低い様な……」
カーテンのかかった窓から、日の光が確認出来た。更に見回すと置時計があり、早朝である事が分かった。そこでアスカは言い様の無い違和感を感じた。知らないはずの部屋なのに、何処に何があるかハッキリと分かるのだ。
「何か……変だ」
とにかく全てに違和感があるのだ。やたらと低い目線。知らない部屋のはずなのに、知っている。
(もし本当にあたしが知っている通りなら、クローゼットの戸の裏が鏡があるはず)
アスカはクローゼットの前へ行き、そのままクローゼットを開いた。
(……あった。やっぱり気のせいじゃない)
“あたしはこの部屋を知っている”と確信したが、次の瞬間に全ての疑問が吹き飛ばされた。
鏡に2~3歳位の金髪の女の子が移っていたのだ。
それが自分である事に気付くと、全ての疑問が氷解した。
(時間がまき戻ってる!?)
この部屋は10年以上前に、アスカが母と一緒に住んでいた家なのだ。見覚えが無いはずが無い。
(如何言う事なの!? いや、そうか夢……)
なんて都合が良い夢なのだろう。2~3歳の頃と言えば、アスカの人生で一番幸せだった頃だ。(惣流・アスカ・ラングレーが最後に縋るのは、幸せだった頃の夢か……)自身の情けなさに、アスカは自嘲した。
(どうせなら最後まで騙してよ)
そう思いながらクローゼットを閉じると、閉じた手に痛みが走った。クローゼットを閉じた手を挟んでしまったのだ。
(痛っ……。えっ? 痛い? えっ!? ちょっ 待って、これ夢じゃないの?)
あまりの事態に混乱した頭を必死に落ち着かせようとするが、自分の記憶と現実のどちらを信じれば良いか分からずへたり込んでしまった。
その時ドアが開き、一人の女性が入って来た。
「ママ!!」
女性の名前は、惣流・キョウコ・ツェッペリン。アスカを産んだ母親である。
「どうしたの? アスカちゃん」
娘の様子が変な事に気付いたのだろう。キョウコはアスカの側に寄り心配そうにアスカの顔を覗き込んだ。
「何でもないの。ちょっと怖い夢を見ただけ」
娘が嘘を吐いているのが分かったのだろう。キョウコは目を細めるが、怖い夢を見ただけと言い張るアスカに今は聞かない事にしたようだ。
「そう。朝ご飯出来ているから食べましょう」
そう言うとキョウコは、寝室から出て行った。
「ありがとう。ママ」
小さな声で呟くと、アスカは朝食を食べる為にキョウコの後を追った。
それから一週間、アスカは何事もなく過ごす事が出来た。キョウコはアスカの微妙な態度に違和感を感じていたようだが、深くは追求してこなかった。アスカにとって、それは何よりありがたい事だった。
落ち着いたアスカは、現実を現実として認める事が出来た。そして悩んだのは、自分の中に在る記憶の事だった。このままただの夢として忘れ、普通に生きていく事は出来なくはない。
しかし、サード・インパクトを経験した記憶は、このまま何もしないでにいる事を許さなかった。そこでアスカは、現状で集められる情報を全て集めて、今の自分に何が出来るか検証する事にした。
残念ながらキョウコには、アスカを預けられる知り合いはドイツに存在しなかった。そこでキョウコは、アスカを仕事の間ゲヒルンドイツ研究所が管轄する託児所に預けるのだ。これは、シングルマザーな上に周りのサポートを期待できないキョウコにとって、仕方が無い選択なのだろう。逆にキョウコが休みの日は、アスカにベッタリくっ付いて居るので全く身動きが取れない。
正直言ってこの状況では、情報収集をするチャンス等あった物ではない。それ以前に3歳に満たない子供が聞き込みをしても、機密情報等手に入る訳が無い。ゲヒルンの研究所に侵入すると言うのもナンセンスだ。
こうなると情報を収集するには、ネットを使用するしかない。しかしアスカが今欲しい情報がネット上に転がっているはずもなく、自然とその手段はハッキング等の非合法な手段に限定されてしまった。
しかし、それを行うにも端末は必要である。キョウコの端末を無断で……と言う手もあるが、キョウコ相手に隠し通せるとは思えない。
(小型でもノートパソコンを持てば、ママにばれるのは時間の問題ね。せめてPDAでも手に入れば……)
まさしく無い物ねだりである。
だが逆に端末さえ手に入れば、アスカはかなりの情報を取得できる。あの赤い世界でアスカは、LCLからPC関連知識を大量に取得していたのだ。おそらく今のアスカは、知識だけなら世界トップクラスのハッカーと言って良いだろう。そして端末がどんなにボロでも、マギが完成すれば開発者コードや裏コードを使って秘密裏にバックアップを得られるから関係ないのだ。まさに電子の海では敵なし(予定)である。
(仕方が無い。廃品を拾って来て自分で組むか)
そうは思ってみたものの、今のアスカに廃品を手に入れる伝手等あるはずもなく、時間ばかりが無為に過ぎる事となる。何度もキョウコに事情を話して協力を仰ごうと思ったが、結局勇気が出せずに言い出せなかった。
無力感に苛まれるアスカは、日に日に元気が無くなって行った。そんなアスカを心配するのは、母であるキョウコだけだった。キョウコはアスカに元気がない原因は、人間関係(日本人の血が混じるアスカへの差別)であると推察していた。そしてそんなアスカを心配したキョウコの一言が、アスカの現状を打開する事となった。
「アスカちゃん。ママと一緒に日本へ行かない?」
それは夕食の際に出た何気ない一言だった。
「えっ? 日本?(如何言う事だろう? 前はこんな事言わなかったのに)」
キョウコにとって日本は、生まれ故郷となる土地である。アスカからすれば、娘に故郷を見せておきたいと思うのも理解できる。しかしアスカがいくら考えても、このような変化を起こす要因は見当たらなかった。それと同時に……。
(このまま日本へ行けば、エヴァとの接触実験を回避できるかも)
そんな打算がアスカの中に働き始めた。
「実は日本にあるゲヒルン箱根研究所で、ママの友達が事故にあって手伝いが欲しいと言って来たの」
(シンジのママかな?)
アスカは直感的にそう思った。アスカの記憶た正しければ碇ユイの死亡届けが出されたのは、初号機からのサルベージが失敗した2004年末……つまり今年だ。サルベージの準備期間を考えれば、時期的には一致する。
しかし、キョウコはドイツ支部のマギ設置とエヴァ弐号機開発の事実上のリーダーである。ドイツ支部司令が許可を出すとは思えない。
「ママのお仕事は良いの?」
心配になったアスカがそう聞くと、キョウコは笑いながら答えた。
「ママね。上の人とちょっとあってね。その時に丁度日本から応援要請があったの。私が行くって言ったら、良いよって言ってくれたのよ」
キョウコの顔は笑顔だったが、端々から怒りが染み出していた。
(上の人と喧嘩でもしたのかな?)
アスカはそう思ったが、詳しくは聞かない事にした。……怖いし。
「アスカちゃんは読み書きは無理だけど、ドイツ語より日本語の方が上手く喋れるから言葉は平気よ。一応予定では、一月とちょっと向こうに居る事になるわ」
キョウコは嬉しそうに語って居たが、最後にボソッと「そのまま移動になれば良いのに」と漏らしたのをアスカは聞き逃さなかった。
アスカ自身もキョウコの漏らした言葉に心から同意していた。日本人の血が混じるキョウコやアスカは、普段から白い目で見られていたからだ。加えて大学卒業まで日本に居たキョウコは、お世辞にもドイツ語が上手いとは言えない。(そんなキョウコに育てられた為、アスカも基本が日本語だ。更に、ドイツ語の発音がイマイチな上にそれが癖になっている)更にキョウコは研究者として、ドイツ支部の誰よりも優秀だった為に嫉妬されていた。
そんな状況だから、嫌がらせを受けたのも一度や二度ではない。子供なら喧嘩の強さである程度黙らせる事が出来るが、大人の世界はそうはいかない。アスカは母親の苦労を察しながらも、労いの声をかける事が出来なかった。
「それでいつ日本へ行くの?」
「来週よ♪」
ずいぶんと急な話だが、アスカは(シンジと会えるかもしれない)と考え幸せな気分に浸っていた。娘の嬉しそうな顔を見て、キョウコは一度頷くと口を開いた。
「翻訳機能とGPS機能の付いた高機能携帯端末を買ってあげるわね。……そこまで行くと、携帯より通信機能付きのPDAの方が良いかしら?」
「えっ?」
「大丈夫よ。使い方は教えてあげるから」
キョウコの言葉は、今のアスカにとって福音だった。普通は3歳にもなっていない子供にPDAなど持たせる訳が無い。東方の三賢者の異名を持つキョウコは、ある意味ぶっ飛んでいた。
飛行機に揺られて11時間。交通費はゲヒルンもち(どんな手を使ったのか、アスカの分も出させた)だったので、ファーストクラスで日本へやって来た。
「流石にファーストクラスでも11時間は辛いわね。アスカちゃんは大丈夫かな?」
久々に日本の土を踏めたからか、キョウコのテンションは非常に高い。
「うん。大丈夫だよ」(シンジと会える♪ シンジと会える♪ シンジと会える♪)
何気に親子そろってテンションが高くなっていた。
「さぁ!! 箱根研究所へ行くわよ」
「Ja!!」(注 Jaは、はいと言う意味です)
煽るキョウコに、アスカは両手を上げて応える。
「先ずは足を確保するわ。……突撃!!」
キョウコが空港の前に止まっていたタクシーを指さしアスカに突撃を指示する。
「Ja!!アスカ!!吶喊します!!」
普段(精神年齢14歳)のアスカなら、先ず間違いなく「そんな恥ずかしいこと出来るわけないでしょ!!」と言いそうなものだが、今のアスカ(見た目3歳)はテンションが振り切っているので些細な事は気にしない。後部座席のドアが開いていたタクシーに、ジャンピングヘッドスライディングで乗り込む。
「アスカ。吶喊なんて難しい言葉良く知ってたわね」
「私だってちゃんと勉強しているのよ」
そう言って笑い合う親子に、タクシーの運転手が苦笑いを浮かべていたが、ここは御愛嬌と言う事で勘弁してあげて欲しい。
ゲヒルン箱根研究所に到着すると、真っ先に所長室に通された。
「惣流君。忙しい中良く来てくれた。ありがとう」
「冬月先生。お久しぶりです。この子が娘のアスカです」
所長室で二人に声をかけて来たのは冬月だった。懐かしそうに挨拶するキョウコを見ながら、アスカは紹介されたので、とりあえず「惣流・アスカ・ラングレーです。はじめまして」と挨拶しておいた。アスカの挨拶に「はい。はじめまして。私は冬月コウゾウだよ」と冬月が挨拶を返している時に(冬月副司令若いな~。流石に10年の月日は長いか)等と頭の中では考えていたが。
「所長の碇は、実験室の方へ行っている。もうすぐ帰ってくると思うよ」
そう言った冬月の言葉に、キョウコが気にしないように言ったところで所長室の扉が開いた。
「すまない。遅くなった」
謝罪しながら入室して来たのは、眼鏡をかけた人相の悪いおじさんだった。
「六分儀所長……いえ、今はユイと結婚して碇所長でしたね。お久しぶりです。この子が娘のアスカです」
アスカは冬月の時と同じように、愛想良く自己紹介したが内心では(うわっ……ヒゲが無い。しかも人相悪さは変わらないじゃない)とか考えていた。
ゲンドウの挨拶は「碇ゲンドウだ」と、ぶっきらぼうに言っただけだった。冬月が「子供に位もう少し愛想良くしろ」等と言って、大人達だけで盛り上がっていたが、不意にゲンドウがアスカに視線を向け「確かうちのシンジと同い年だったな……」と呟いた。
アスカはゲンドウの呟きに(ちゃ~んす)と心の中で笑っていた。
「私と同い年の子が居るの!? 会ってみたい!!」
笑顔でそう言ってのけるアスカに、冬月が気まずそうに答える。
「いや、実はシンジ君は今病院に……」
(病院? 追体験したシンジの記憶ではそんな事あったかな?)
とは思っても、アスカはここで引き下がる訳には行かない。
「病院? 入院してるの? 私御見舞い行く」
見た目が何も知らない幼児なのを利用した攻撃に、冬月とキョウコが目をそらした。キョウコの様子に(ママは事情を知っている)とアスカは判断したが、問い詰める前にゲンドウが口を開いた。
「シンジが良くなれば会える。その時は仲良くしてやって欲しい」
ぶっきらぼうだが優しいその言葉に、目の前の男があの碇司令と同一人物とはとても信じられなかった。
その時、唖然としているアスカが、ゲンドウに怯えていると思ったのだろう。冬月が割って入って来た。
「まあ、惣流君もアスカちゃんも今日は移動で疲れただろう。詳しい話は明日にでもしよう。住居の方はこちらで用意してある」
そう言って冬月は、数枚の紙をキョウコに渡した。
「君達が滞在する部屋は、一枚目の資料に載っている。不明な点があれば……」
冬月はそのまま一通りの説明を済ませてしまう。質問が無いのを確認すると、キョウコとアスカはそのまま所長室から出されてしまった。
相変わらず唖然として居るアスカに対し、キョウコはくすくすと笑いを漏らしていた。それは所長室の扉から、冬月とゲンドウのやり取りが聞こえるのが原因からだろう。
冬月が「あんな小さな子を脅してどうするんだ!!」と怒鳴れば、ゲンドウが「そんな心算はない」と言い返し、冬月に「自分の顔を自覚しろ!!」と怒られる。それからは延々と冬月の説教が続いているようだ。
キョウコはひとしきり笑うと、アスカの手を引いて今日から寝泊まりする部屋へ向かった。
「さすがに疲れたし、今日は早めにお休みしましょう」
「……うん」
落ち着きを取り戻した二人に、長旅の疲れは流石に辛かったようだ。もっとも、キョウコはベッドが恋しくて仕方がなかったようだが、アスカの方はシンジをどうやって探すか考えていた。
キョウコは次の日から研究所に出勤するようになった。当然キョウコの仕事中は、アスカは託児所に預けられる事になる。アスカは隙を見つけてPDAを使いハッキングを敢行。シンジの居場所を病室まで特定した。
幸い託児所と病院の距離が近く、3歳に満たないアスカの足でも問題なく行き来可能だった。
こうなると問題は、見つからずに託児所を抜け出し戻って来れるかだ。むしろこちらの方がアスカは苦労した。
「まったく。シンジの居場所は初日に把握できたのに……。ばれずに抜け出せるルートと時間帯を見つけるまで、5日もかかるとは思わなかったわ」
一人で愚痴を言うアスカだが、これほどの短時間でそこまで調べ上げたのは驚嘆に値する事だ。それはドイツ人クォーターのアスカを珍しがる子供達に囲まれ、なかなか身動きが取れなかったのが理由だった。
「ったく。珍獣じゃあるまいし」
再び愚痴を口にするアスカだったが、その口元には笑みを隠せずに居た。既に託児所から抜け出し、シンジが入院している病院が目の前にあるからだ。
アスカは病院の正面から堂々と入って行く。出会った医者や看護婦には、笑顔で挨拶をしてやる。こういう時コソコソすると、かえって怪しまれて捕まってしまうからだ。それでもこの見た目(3歳位の子供)の所為で、捕まる可能性は十分にあったが……。
一度看護婦に声をかけられて焦ったが、何とか病室の前に到着する事が出来た。
「ようやく会えるね……シンジ」
思わずそう呟き、シンジの病室に入る。
扉を閉じて病室を見回した瞬間に、心が壊れた自分の姿がフラッシュバックした。
(これって、あの時見たシンジの記憶!? 何で今更!?)
自身への問い掛けの答えは、すぐ目の前にあった。ベッドの上で横になるシンジの目は、ただ虚空を見つめるばかり。当然そこに生者特有の光は無く、時々思い出したように瞬きをする以外の動きは無かった。
「な なんで……」
アスカは思わずそう呟いていた。アスカが見たシンジの記憶には、ここまで酷い状態になる事は無かったのだ。
(ま まさか……)
アスカは一瞬浮かんだ考えを、必死に否定した。それは今まで、あえて考えない様にしていた事だからだ。
(シンジも……なの?)
その考えに行きつくと同時に、アスカは靴を脱ぎベッドに上がるとシンジに馬乗りになり上体を前に傾ける。それは上下が逆になっているが、あの赤い世界でシンジがアスカの首を絞めた時と同じ体勢だった。だがアスカの手は、シンジの首に行かず頭を固定すると強引に目線を合わせた。
「……シンジ」
アスカは僅かな反応も見逃さない様に瞳の奥を覗き込む。
「ア ……アス カ」
アスカはシンジの口から自分の名前が出る事により、自分の疑念が正しかった事を知った。この事実に大きな絶望感と、それを遥かに上回る歓喜がアスカの心を満たしていた。
(あぁ……そっか。あたしはシンジに、あたしの綺麗な所だけ見て……知って欲しかったんだ。でも、あたしがシンジを好きなのは、あたしの醜く弱い部分も受け入れてくれるからなんだ。今更ね。それにあたしは、シンジをシンジの代わりにしようとしていた。……最低)
アスカがそんな事を考えていると、シンジの瞳に感情が浮かび上がって来た。その感情が、怯え・恐怖・拒絶の類であると見抜いたアスカは、悲鳴を上げられる前にシンジの口を自分の口でふさいだ。
「んっんん~~~~!!」
アスカを跳ね退けようとするシンジの体を、全身の力を使って無理やり押さえつける。悲鳴の一つも上げられれば、すぐにでも看護婦が来る。下手をすれば、それで二度とシンジに会えなくなってしまうからだ。
時間にすれば数分ほどだったろう。アスカにとっては、服や髪を引っ張られるかなり辛い時間だった。
(バッチリ決めて来た髪と服が……)
泣きたい気分になったアスカだが、今はシンジが大人しくなった事の方が重要だ。ここは誤解を解く所だが、下手に言い繕うと逆にシンジの態度が硬化しかねないとアスカは考えていた。
「キモチワルイ……」
シンジの体がビクッと震え、体が硬くなったのが分かった。
「……から背中をさすって」
「えっ!?」
アスカが選択したのは、ストレートに言葉の続きを言う事だった。シンジにもその気持ちは伝わったようだ。
「そ それって……本当?」
「嘘言ってどうするのよ」
そう言いながらも、アスカはつい目をそらしてしまった。アスカは自分の顔が赤くなっているのが、なんとなく分かったのだろう。と言うか、自分を見つめるシンジの目に負けたとも言う。
「アスカ」
シンジはアスカの頬に両手を添えて自分の方を向かせ……。
「アスカ。……好きだよ。愛してる」
瞬間湯沸かし器。今のアスカを例えるにこれ以上相応しい言葉は無いだろう。顔や耳どころか、手まで真っ赤になって湯気を吹いて、混乱で目がグルグルしているように見える。
「なっなななななな なに なに言ってんのよ!?」
そんなアスカの様子に、シンジは軽く微笑むと……。
「あいかわらず可愛いなアスカは……」
シンジがそう言った瞬間に、アスカはまるで冷水を浴びせられたかのように静かになった。
「……加持 さ ん」
アスカが確認するように呟くと、シンジは悪戯が成功した子供の様な顔で頷いた。
するとアスカが、突然能面のような無表情になった。
「シンジ。……加持さんの人生を追体験したの?」
シンジが「良く分かったね」と、今度は驚いたような表情で頷く。
「ミサトの体は気持ち良かった? 他にも、たくさん女を抱いたんでしょうね……」
アスカは変わらず無表情だが、たちのぼる怒気は洒落になって無かった。
ここでシンジの弁明をするなら、女性と関係を持つような場面は脳への受け入れを拒否していた。(理由は追体験時に、隣に母親が居たから)だからアスカが怒る様な部分は追体験して居ないのだ。当然その事は必死に説明するのだが、アスカの怒りは(からかわれた分は)収まらず殴られ気絶した。
シンジが気絶している間に、アスカのPDAからアラームが鳴った。
「時間か……。シンジ!! 明日も来るから、その時は覚悟してなさいよ!!」
そう言い残し、アスカは託児所に帰って行った。
しかし、アスカはこの時知らなかった。何故シンジが、あれほど心に深いダメージを負っていたのかを……。