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No.33886の一覧
[0] 【ゼロ魔×封神演義】雪風と風の旅人[サイ・ナミカタ](2018/06/17 01:43)
[1] 【召喚事故、発生】~プロローグ~ 風の旅人、雪風と出会う事[サイ・ナミカタ](2013/06/13 02:00)
[2] 【歴史の分岐点】第1話 雪風、使い魔を得るの事[サイ・ナミカタ](2012/09/30 14:52)
[3]    第2話 軍師、新たなる伝説と邂逅す[サイ・ナミカタ](2014/06/30 22:50)
[4]    第3話 軍師、異界の修行を見るの事[サイ・ナミカタ](2014/07/01 00:53)
[5]    第4話 動き出す歴史[サイ・ナミカタ](2014/07/01 00:54)
[6]    第5話 軍師、零と伝説に策を授けるの事[サイ・ナミカタ](2012/09/30 14:55)
[7] 【つかの間の平和】第6話 軍師の平和な学院生活[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:00)
[8]    第7話 伝説、嵐を巻き起こすの事[サイ・ナミカタ](2012/09/30 14:57)
[9] 【始まりの終わり】第8話 土くれ、学舎にて強襲す[サイ・ナミカタ](2012/09/30 14:58)
[10]    第9話 軍師、座して機を待つの事[サイ・ナミカタ](2012/07/15 21:07)
[11]    第10話 伝説と零、己の一端を知るの事[サイ・ナミカタ](2012/09/30 14:59)
[12]    第11話 黒幕達、地下と地上にて暗躍す[サイ・ナミカタ](2012/07/15 21:09)
[13] 【風の分岐】第12話 雪風は霧中を征き、軍師は炎を視る[サイ・ナミカタ](2012/07/15 21:09)
[14]    第13話 軍師、北花壇の主と相対す[サイ・ナミカタ](2012/09/30 15:03)
[15]    第14話 老戦士に幕は降り[サイ・ナミカタ](2013/03/24 19:47)
[16] 【導なき道より来たる者】第15話 閉じられた輪、その中で[サイ・ナミカタ](2012/09/30 15:05)
[17]    第16話 軍師、異界の始祖に誓う事[サイ・ナミカタ](2012/07/15 21:13)
[18]    第17話 巡る糸と、廻る光[サイ・ナミカタ](2012/07/15 21:13)
[19]    第18話 偶然と事故、その先で生まれし風[サイ・ナミカタ](2012/08/07 22:08)
[20] 【交わりし道が生んだ奇跡】第19話 伝説、新たな名を授かるの事[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:13)
[21]    第20話 最高 対 最強[サイ・ナミカタ](2012/09/30 15:06)
[22]    第21話 雪風、軍師へと挑むの事[サイ・ナミカタ](2012/09/30 15:07)
[23] 【宮中孤軍】第22話 鏡の国の姫君と掛け違いし者たち[サイ・ナミカタ](2012/08/02 23:25)
[24]    第23話 女王たるべき者への目覚め[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:16)
[25]    第24話 六芒星の風の顕現、そして伝説へ[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:17)
[26]    第25話 放置による代償、その果てに[サイ・ナミカタ](2012/10/06 15:34)
[27] 【過去視による弁済法】第26話 雪風、始まりの夢を見るの事[サイ・ナミカタ](2012/08/04 00:44)
[28]    第27話 雪風、幻夢の中に探すの事[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:18)
[29] 【継がれし血脈の絆】第28話 風と炎の前夜祭[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:19)
[30]    第29話 勇者と魔王の誕生祭[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:20)
[31]    第30話 研究者たちの晩餐会[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:20)
[32]    第31話 参加者たちの後夜祭[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:00)
[33] 【水精霊への誓い】第32話 仲間達、水精霊として集うの事[サイ・ナミカタ](2012/08/14 21:33)
[34]    第33話 伝説、剣を掲げ誓うの事[サイ・ナミカタ](2012/08/18 00:02)
[35]    第34話 水精霊団、暗号名を検討するの事[サイ・ナミカタ](2012/08/18 00:03)
[36] 【狂王、世界盤を造る】第35話 交差する歴史の大いなる胎動[サイ・ナミカタ](2012/08/18 00:05)
[37]    第36話 軍師と雪風、鎖にて囚われるの事[サイ・ナミカタ](2012/11/04 22:01)
[38] 【最初の冒険】第37話 団長は葛藤し、軍師は教導す[サイ・ナミカタ](2012/08/19 11:29)
[39]    第38話 水精霊団、廃村にて奮闘するの事[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:31)
[40]    第39話 雪風と軍師と時をかける妖精[サイ・ナミカタ](2013/04/20 22:17)
[41] 【現在重なる過去】第40話 伝説、大空のサムライに誓う事[サイ・ナミカタ](2013/04/20 22:18)
[42]    第41話 軍師、はじまりを語るの事[サイ・ナミカタ](2012/08/25 22:04)
[43]    第42話 最初の五人、夢に集いて語るの事[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:38)
[44]    第43話 微熱は取り纏め、炎蛇は分析す[サイ・ナミカタ](2014/06/29 14:41)
[45]    第44話 伝説、大空を飛ぶの事[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:43)
[46] 【限界大戦】第45話 輪の内に集いし者たち[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:47)
[47]    第46話 祝賀と再会と狂乱の宴[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:47)
[48]    第47話 炎の勇者と閃光が巻き起こす風[サイ・ナミカタ](2012/09/12 01:23)
[49]    第48話 ふたつの風と越えるべき壁[サイ・ナミカタ](2012/09/16 22:04)
[50]    第49話 烈風と軍師の邂逅、その序曲[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:00)
[51] 【伝説と神話の戦い】第50話 軍師 対 烈風 -INTO THE TORNADO-[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:01)
[52]    第51話 軍師 対 烈風 -INTERMISSION-[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:54)
[53]    第52話 軍師 対 烈風 -BATTLE OVER-[サイ・ナミカタ](2012/09/22 22:20)
[54]    第53話 歴史の重圧 -REVOLUTION START-[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:01)
[55] 【それぞれの選択】第54話 学者達、新たな道を見出すの事[サイ・ナミカタ](2012/10/08 20:01)
[56]    第55話 時の流れの中を歩む者たち[サイ・ナミカタ](2012/10/08 20:04)
[57]    第56話 雪風と人形、夢幻の中で邂逅するの事[サイ・ナミカタ](2012/10/28 13:29)
[58]    第57話 雪風、物語の外に見出すの事[サイ・ナミカタ](2017/10/08 07:40)
[59]    第58話 雪風、古き道を知り立ちすくむ事[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:02)
[60] 【指輪易姓革命START】第59話 理解不理解、盤上の世界[サイ・ナミカタ](2012/10/20 02:37)
[61]    第60話 成り終えし者と始まる者[サイ・ナミカタ](2012/10/20 00:08)
[62]    第61話 新たな伝説枢軸の始まり[サイ・ナミカタ](2012/10/20 13:54)
[63]    第62話 空の王権の滑落と水の王権の継承[サイ・ナミカタ](2012/10/25 23:26)
[64] 【新たなる風の予兆】第63話 軍師、未来を見据え動くの事[サイ・ナミカタ](2012/10/28 21:05)
[65]    第64話 若人の悩みと先達の思惑[サイ・ナミカタ](2012/10/28 20:01)
[66]    第65話 雪風と軍師と騎士団長[サイ・ナミカタ](2012/10/28 20:58)
[67]    第66話 古兵と鏡姫と暗殺者[サイ・ナミカタ](2013/03/24 20:00)
[68]    第67話 策謀家、過去を顧みて鎮めるの事[サイ・ナミカタ](2012/11/18 12:08)
[69] 【火炎と大地の狂想曲】第68話 微熱、燃え上がる炎を纏うの事[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:02)
[70]    第69話 雪風、その資質を示すの事[サイ・ナミカタ](2013/01/26 21:14)
[71]    第70話 軍師は外へと誘い、雪風は内へ誓う事[サイ・ナミカタ](2013/01/26 21:10)
[72]    第71話 女史、輪の内に思いを馳せるの事[サイ・ナミカタ](2013/01/26 21:11)
[73] 【異界に立てられし道標】第72話 灰を被るは激流、泥埋もれしは鳥の骨[サイ・ナミカタ](2013/01/27 23:01)
[74]    第73話 険しき旅路と、その先に在る光[サイ・ナミカタ](2013/01/27 23:01)
[75]    第74話 水精霊団、竜に乗り南征するの事[サイ・ナミカタ](2013/02/17 23:48)
[76]    第75話 教師たち、空の星を見て思う事[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:03)
[77] 【今此所に在る理由】第76話 伝説と零、月明かりの下で惑う事[サイ・ナミカタ](2013/04/13 23:29)
[78]    第77話 水精霊団、黒船と邂逅するの事[サイ・ナミカタ](2013/03/17 20:06)
[79]    第78話 軍師と王子と大陸に吹く風[サイ・ナミカタ](2013/03/13 00:53)
[80]    第79話 王子と伝説と仕掛けられた罠[サイ・ナミカタ](2013/03/23 20:15)
[81]    第80話 其処に顕在せし罪と罰[サイ・ナミカタ](2013/03/24 19:49)
[82] 【それぞれの現在・過去・未来】第81話 帰還、ひとつの終わりと新たなる始まり[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:03)
[83]    第82話 眠りし炎、新たな道を切り開くの事[サイ・ナミカタ](2013/04/20 22:19)
[84]    第83話 偉大なる魔道士、異界の技に触れるの事[サイ・ナミカタ](2013/06/13 01:55)
[85]    第84話 伝説、交差せし扉を開くの事[サイ・ナミカタ](2013/06/13 01:54)
[86]    第85話 そして伝説は始まった(改)[サイ・ナミカタ](2018/06/17 01:42)
[87] 【風吹く夜に、水の誓いを】第86話 伝説、星の海で叫ぶの事[サイ・ナミカタ](2013/06/13 02:12)
[88]    第87話 避けえぬ戦争の烽火[サイ・ナミカタ](2013/06/13 01:58)
[89]    第88話 白百合の開花と背負うべき者の覚悟[サイ・ナミカタ](2013/07/07 20:59)
[90]    第89話 ユグドラシル戦役 ―イントロダクション―[サイ・ナミカタ](2013/09/22 01:01)
[91]    第90話 ユグドラシル戦役 ―閃光・爆音・そして―[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:04)
[92]    第91話 ユグドラシル戦役 ―終結―[サイ・ナミカタ](2014/05/11 23:56)
[93] 【ガリア王家の家庭の事情】第92話 雪風、潮風により導かれるの事[サイ・ナミカタ](2014/03/08 20:19)
[94]    第93話 鏡の国の姫君、踊る人形を欲するの事[サイ・ナミカタ](2014/06/13 23:44)
[95]    第94話 賭博場の攻防 ―神経衰弱―[サイ・ナミカタ](2014/07/01 09:39)
[96]    第95話 鏡姫、闇の中へ続く道を見出すの事[サイ・ナミカタ](2015/07/12 23:00)
[97]    第96話 嵐と共に……[サイ・ナミカタ](2015/07/20 23:54)
[98]    第97話 交差する杖に垂れし毒 - BRAIN CONTROL -[サイ・ナミカタ](2016/09/25 21:09)
[99]    第98話 虚無の証明 - BLACK BOX -[サイ・ナミカタ](2017/10/08 07:42)
[100] 【王女の選択】第99話 伝説、不死鳥と共に起つの事[サイ・ナミカタ](2017/01/08 02:09)
[101]    第100話 鏡と氷のゼルプスト[サイ・ナミカタ](2017/01/08 02:14)
[102]    第101話 最初の人[サイ・ナミカタ](2017/01/08 17:42)
[103]    第102話 始祖と雪風と鏡姫[サイ・ナミカタ](2017/01/22 23:14)
[104]    第103話 六千年の妄執-悪魔の因子-[サイ・ナミカタ](2017/02/16 23:00)
[105] 【王政府攻略】第104話 王族たちの憂鬱[サイ・ナミカタ](2017/03/06 22:52)
[106]    第105話 王女たちの懊悩[サイ・ナミカタ](2017/03/28 23:10)
[107]    第106話 聖職者たちの明暗[サイ・ナミカタ](2017/05/20 17:54)
[108] 【追憶の夢迷宮】第107話 伝説と零、異郷の地に惑うの事[サイ・ナミカタ](2017/10/08 07:46)
[109]    第108話 風の妖精と始まりの魔法使い[サイ・ナミカタ](2017/10/08 07:47)
[110]    第109話 始祖と零と約束の大地[サイ・ナミカタ](2017/06/09 00:54)
[111]    第110話 崩れ去る虚飾、進み始めた時代[サイ・ナミカタ](2017/10/28 06:35)
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[33886] 【指輪易姓革命START】第59話 理解不理解、盤上の世界
Name: サイ・ナミカタ◆e661ea84 ID:d8504b8d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/20 02:37
 ――雪風の姫君が、ゲルマニアで新たな『道』を歩み出したのと、ほぼ同じ頃。

 トリステインの王都、トリスタニアの中央部を走るブルドンネ通り突き当たりにある王宮の一室で。ひとりの可憐な少女が、その顔と若さに似合わぬ深き愁いを帯びた表情で、眼下に映る都市を眺めていた。

 彼女の名は、アンリエッタ・ド・トリステイン。『水の王国の白百合姫』とも称されるその姫君は、御年17歳。気品のある顔立ちに、艶やかな栗色の髪。白く輝く肌と、まるで水底のような淡い碧眼に高い鼻が目を引く、見目麗しい美少女であった。

 水の王国の姫君は、ほっそりとした手に水晶の飾りがついた杖を持っていた。彼女は、数時間ほど前から、その杖と都市を行き交う人々の姿を交互に眺めながら、何度も何度も、繰り返しため息をついていた。現在、彼女は――人知れぬ、深刻な悩みを抱えているのだ。

 と……そんなところへ、侍女のひとりが来客を告げに現れた。それを聞いた姫君の顔が、ぱああああっと輝く。何故なら、その客人はアンリエッタ姫が、来訪を今か今かと待ちわびていた人物であったからだ。

「すぐにお通しして」

 その言葉を受けた侍女が退出すると、アンリエッタは、ふうと息を吐き出した。

「大丈夫。あの方ならば、きっとうまくやってくださったはず……!」

 麗しき姫君の悩みの種は、日を追うごとに大きくなるばかりであった――ところが。ごく最近になって、思いも寄らぬ場所から、彼女の心に安らぎを与えてくれる、強力な支援者が現れたのだ。

 そして、件の人物が居室内へ通されてきたとき。彼女は思わず声を上げ、心の底から信頼できるその客人の元へ、たたっと駆け寄っていった。

「ラ・ヴァリエール公爵!」

 ――姫が待ちわびていた来客とは、ラ・ヴァリエール公爵そのひとであった。

「これはこれは、アンリエッタ姫殿下御自らお出迎えくださるとは、感激の至りでございます。老骨に鞭打って参内した甲斐がございました」

「まあ、公爵ったら! わたくしをからかっていらっしゃるのね」

 それを聞いたラ・ヴァリエール公爵は、大げさに両腕を広げ、首を左右に振った。

「そんな、畏れ多い! このわたくしめが、姫殿下をからかうですと!?」

 そう言って、公爵はにっこりと姫君へ笑いかけた。アンリエッタは、その笑顔に思わず釣られて微笑んだ。それから、すっと左手を公爵の前へ差し出す。ラ・ヴァリエール公爵は、姫君の前へ静かに歩み寄ると――片膝をついて、恭しくその手をとり、軽く口づけた。

「それで、首尾のほうはいかがでしたか?」

 姫君の言葉に、公爵の顔が少し陰った。

「正直なところ、芳しくありませぬ。相変わらず王政府議会の意見は3つに割れており、今日も過半数を取れませんでした。アルビオンへ援軍供出の問い合わせをするというだけで、この始末。国内の一部有力貴族から、支援に関する協力を取り付けることはできましたが、まずはこれを通さぬことには、内政干渉と受け取られてしまいます」

 アンリエッタ姫は、眉をひそめて言い放った。

「何故です! どうして、同盟国であるアルビオン王国へ、我が国からの協力が必要か否かの問い合わせをしようとするだけで、こんなにも意見が割れるのですか!? 馬鹿なひとたち! もしもアルビオンが陥ちたなら、次に狙われるのは、ほぼ間違いなく我がトリステインなのですよ!?」

 姫君の言葉に、公爵は重々しく頷いた。

「まさに姫殿下の仰る通りです。彼らには、何故その程度のことがわからぬのでしょうか。はっきり申し上げて、このわたくしにも理解できませぬ」

 深くため息をついた公爵に、アンリエッタは問いただした。

「ヴァリエール公爵、そしてグラモン伯爵とその一派が賛成側に回っているのは既に承知しています。現時点で、未だに反対を唱えているのは……いったいどの派閥なのです?」

「おもに、高等法院に属する者たちです。彼らは、みな一様に『まずは国内の乱れを正すことが先決』そう触れ回っております。マザリーニ枢機卿とその周囲は中立を保っています。せめて、どちらか片方をこちら側へ取り込むことができれば、話は早いのですが……」

「かの『鳥の骨』を動かすことは、公爵の手腕をもってしても難しいと?」

 それを聞いたラ・ヴァリエール公爵の片眉がピクリと動いた。

「姫殿下! そんな、街女が口にするような二つ名で枢機卿猊下を呼ぶなど!」

 アンリエッタ姫の口先が、つんと尖った。

「これぐらい、別にいいじゃない。なにせこのトリステインの王さまは、マザリーニ枢機卿なのですから。ラ・ヴァリエール公爵は、街で流行っている小唄をご存じ? トリステインには美貌はあっても杖がない。杖を握るは枢機卿。灰色帽子の鳥の骨……」

「姫殿下。わたくしを、これ以上困らせないでください」

 苦笑いをする公爵を見たアンリエッタ姫は、それで少し気が晴れたのだろう。クスリと笑って先を促した。ラ・ヴァリエール公爵は、こほんと軽く咳払いをすると、現状報告を再開する。

「マザリーニ枢機卿は、現在隣国ゲルマニアとの軍事防衛同盟の成立を目指して動いております。ですから、彼は中立を保っているのです。わたくしの見立てですと、アルビオンが陥落した場合に備えて、先の先を読んで手を打つつもりなのでしょう。トリステインを生き残らせるための、まさに苦肉の策ですな」

「アルビオンが陥ちぬよう、先に手を打てばよいではありませんか!」

 アンリエッタ姫が思わず発した抗議の叫び声を、ラ・ヴァリエール公爵はなだめるような口調で取りなした。

「常に複数の『道』を用意しておくのは、政治における基本です。わたくしと鳥の――ゴホン。枢機卿猊下は意見こそ異なっておりますが、方策としては間違ってはいないので、責めるわけにも参りませぬ。ですから、攻め落とすのならば高等法院側なのですが……これがなかなかうまくいかずに困っております。まったくもって、力不足で申し訳ございません」

 そう言ってうなだれたラ・ヴァリエール公爵に、アンリエッタは労いの言葉をかけた。

「いいえ、公爵は本当に良くやってくださっているわ。わたくしなど、何もできず……こうして公爵にばかり頼りきっている状態なのですから。いまわたくしの手元にあるのは、これこの通り。王国の姫という名の、単なるお飾りの身分だけ」

 両の手を合わせ、アンリエッタは小さく首を振り、自分の不甲斐なさを嘆いた。

「アルビオン――テューダー王家のひとびとは、わたくしの親戚だというのに……彼らに手を差し伸べるどころか、声を聞くことすらできない。今のわたくしは、鳥籠……灰色の骨によって作られた檻に閉じこめられた、自由に鳴くことすら叶わぬ無力な小鳥なのです」

 俯き、深いため息をついた姫に、ラ・ヴァリエール公爵は悔しげな呟きを漏らした。

「ああ……このわたくしめに、もっと<力>があれば。姫殿下に、そのような御顔をさせずとも済みますものを! 我が身の何たる不甲斐なさよ! 姫殿下におかれましては、誠に、誠に申し訳なく……!」

 床に崩れ落ちるようにして膝をつき、両手で顔を覆って無念を噛みしめるラ・ヴァリエール公爵の姿を見たアンリエッタ姫は――感極まったといった表情を顔全体に浮かべ、ラ・ヴァリエール公爵の手を取った。

「ああ、公爵! ラ・ヴァリエール公爵! そんなことを言わないでちょうだい! 母があのような状態である今……わたくしには、もうあなたしか頼れるひとがいないのです。同じトリステイン王家の血を引く、公爵だけが頼りなのです」

「姫殿下……ッ!」

 公爵も、姫と同じく感極まったといった体であった。そんな彼の両目からは、大量の水が滂沱と流れ落ちている。

「もったいのうございます。そのお言葉だけで、充分でございます。トリステイン王家にお仕えして幾星霜、これほど感激したことはございませぬ。姫殿下より頂戴したお言葉と信頼を無駄にせぬためにも、我が公爵家の総力を挙げて、かの議題を通してご覧に入れます」

「おお、ラ・ヴァリエール公爵……!」

 アンリエッタ姫は、この頼もしき味方――幼い頃から、父のように慕ってきた公爵の言葉に、心を打たれた。そう、遠縁でこそあるものの、彼は自分と同じ血族なのだ。このひとをもっと大切にしなければならない。そうだ、亡き父がよく言っていたではないか。

『忠誠には報いるものがなくてはならぬ』

 ……と。

 アンリエッタ姫は、ラ・ヴァリエール公爵の忠義に対し、自分ができることを考えた。そして彼女は決断した――それが、いったいどんな意味を持つのかを知らずに。

 姫君は、右手の薬指に填っていたものをすっと引き抜くと、未だ床に蹲っているラ・ヴァリエール公爵の手に、それを乗せた。

「ラ・ヴァリエール公爵。これを受け取ってください」

 己の手に乗せられたものを見たラ・ヴァリエール公爵は、目を剥いた。

「こ、これは……!?」

 もちろん、彼は知っていた。今、自分の手にあるものが何であるのか。

「先日、母后から戴いた『水のルビー』という指輪です」

 静かに微笑むアンリエッタ姫と、手の中にある『水のルビー』を、ラ・ヴァリエール公爵は……まるで、信じられないものを見るような目つきで交互に眺めた。

「ひ、姫殿下! わたくしが、これを受け取るわけには参りませぬ!」

 慌てて『指輪』を返そうとした公爵を、だがアンリエッタ姫は遮った。

「忠誠には、報いるところがなければなりません。嫌な話ですが、宮廷政治にはお金がかかるものと聞き及んでいます。いざというときは、それを売り払って資金に変えてくだすっても一向に構いません」

 それを聞いた公爵は、思わず息を飲んだ。そして、彼はすぐさま気が付き――戦慄した。アンリエッタ姫は、この『指輪』にどういう謂われがあるのか、全く知らない。いや、教えられてすらいないのだと。

「し、しかし……この『指輪』をいただくということは……」

 本当に自分がこれを受け取ってよいものかどうか、公爵は迷った。彼の手の上では『水のルビー』が小さく踊っていた。何故ならば、ラ・ヴァリエール公爵の両腕が、両掌が……ふるふると震えていたから。

「これは命令です。返還はまかり成りませぬ」

 その言葉を最後にぷいと横を向いてしまった姫君へ、ラ・ヴァリエール公爵は心底参ったといった声で呟いた。

「ならば……しばし、この『水のルビー』は当家でお預かり致します」

 公爵が提示したその代案にも、アンリエッタ姫は頷かなかった。

「わたくしは、あなたに下賜すると申しているのです」

 姫君の決意は固いようだ。ならば、ここは素直に受け取っておこう。ただし――後々のことを考えると、ここで下手に流してしまうわけにはいかない。そう考えたラ・ヴァリエール公爵は、すぐさまこの突発事態に対応すべく、全く別の方向からアンリエッタ姫に反撃を加えることにした。

「左様ですか……それでは姫殿下のご意志として、ありがたく頂戴致します」

 そう告げた後、懐から取り出した絹布に、うやうやしい手つきでもって『指輪』を包もうとしたラ・ヴァリエール公爵は、その前に改めて『水のルビー』とアンリエッタ姫の顔を交互に見遣りながら、こう言った。

「それにしても、姫殿下は思い切ったことをなさいますな! わたくしは、この『指輪』は姫殿下が想い人と交わす婚約指輪として相応しい品なのではと、つねづね思っていたのですが。たとえば……そう、アルビオンのウェールズ皇太子殿下と」

 それを聞いたアンリエッタ姫は、目を丸くした。次いで、その白く透き通った頬をすっと朱に染める。

「ど、どうして公爵がそれを……?」

 絹布で包み込んだ『指輪』をそっと懐中へと仕舞いつつ、まるでとびっきりの悪戯を成功させた子供のように瞳を煌めかせた公爵は、その表情とはまるで正反対の……実に重々しい口調で告げた。

「3年前……わたくしと共に、ラグドリアン湖畔で行われた園遊会に出席していた我が末娘ルイズの髪の色が、いつのまにか艶やかな栗色に染められておりましてな。いくら本人に問いただしても、あの子は頑ななまでにその理由を話そうとしなかったのですよ」

 ――ラグドリアン湖畔の園遊会。それは、今からちょうど3年前。マリアンヌ王妃の誕生日を祝う……と、いうのは名目上のことで、実際には最愛の夫である国王を失い、塞ぎ込みがちであった彼女を慰めるために、世界各国から多くの賓客を招いて執り行われた、社交と贅を尽くした席のことである。

 そこで、アンリエッタ姫はひとりの青年に恋をした。

 彼の名は、ウェールズ・テューダー。『白の国』アルビオンの皇太子にして、今は亡き父王ヘンリーの実兄である、現アルビオン王国国王ジェームズ一世の一人息子。つまり、彼らは従兄妹同士ということになる。

 きらきらと水面輝く湖畔で、彼らは偶然と呼ぶには出来すぎた出逢いを果たした。いつしかふたりは惹かれあい、2週間もの長きに渡って――しかし恋するふたりにとっては短すぎる園遊会の間、逢瀬を重ねた。

 だが、よりにもよって一国の王女が、夜半過ぎに天幕を抜け出して外へ出ることなど、普通に考えたならば不可能だ。それを可能にしたのが、アンリエッタ姫の幼なじみであり、遊び相手を務めていた少女・ルイズの存在であった。

 アンリエッタ姫は、ルイズに自分の『身代わり』になってくれるよう頼み込んだ。「他でもない姫様のご命令であれば……」と、ルイズは素直にそれを引き受け、姫君が用意した魔法の染料によって、自分の髪をアンリエッタ姫と同じ綺麗な栗色に染めると――そのまま王女の天幕に詰め切っていた。

 しかし。アンリエッタは、ルイズにウェールズ王子と会うなどと打ち明けてなどいない。息の詰まる催しの数々にうんざりした、少しひとりだけで気分転換がしたいと話していたのだ。それなのに、どうしてラ・ヴァリエール公爵がそのことを知っているのか。姫君は、やきもきしながら公爵の言葉を待った。

「ルイズは、ああ見えて頑固ですからな。それで、仕方なく殿下の天幕近くに我が手の者を複数名伏せておきましたところ……なんと! フードを目深に被った姫殿下が、湖畔の方角へ走ってゆかれるのを目撃してしまったと。まあ、こういうわけでございまして」

 アンリエッタの顔は、まるで熟れた苺のように真っ赤になった。見られていた! よりにもよって、ラ・ヴァリエール公爵の手の者に、自分たちふたりが密会していた場面を!

 恥ずかしさのあまり、アンリエッタは何とかこの空気を変えようと、必死に頭を回転させた。そこで、彼女ははたと思いついた。今の話からそれほど外れてはおらず、かつお互いにとって共通の話題があるではないか。

「こ、ここ公爵。ところで……その。ル、ルイズは、最近どうしていますの? 昔は、よく伝書フクロウを飛ばしてくれていたのですが、魔法学院へ入学してからというもの、すっかり交流が途絶えてしまって」

 かなり無理矢理な話題転換であったが、ラ・ヴァリエール公爵は顔色ひとつ変えず、真面目くさった表情で答えた。

「今は、夏期休暇で屋敷へ戻っております。連日、我が妻カリーヌの指導を受け<フライ>の練習を繰り返しておりますが、これがなかなかの上達ぶりでしてな! あまりの速さに、もうこのわたくしでは、ふたりに追いつくこと叶いませぬ」

 表情は全く動いていないが、しかしどこか嬉しげな声で紡ぎ出されたその言葉に、アンリエッタの気持ちが一挙に華やいだ。わたくしのおともだちが! あの、どんな魔法も失敗させてしまっていた幼なじみが、ついに系統に目覚めたのだと、心優しい姫君は、まるで我が事のように喜んだ。

「まあ! ラ・ヴァリエール公爵が<フライ>で追いつけないですって!? と、いうことは……つまり、わたくしの大切な『おともだち』は<風系統>に目覚めたのね」

「大切な『おともだち』などと……もったいないお言葉です。姫殿下がそのように仰ってくださったとルイズが知れば、さぞ喜ぶことでしょう」

 先程までとは一転。笑み崩れた公爵の顔を見たアンリエッタ姫は、小さく微笑んだ。ラ・ヴァリエール公爵が、3人の娘たちを目に入れても痛くないほどに可愛がっているというのは、宮廷内部でも有名な話であったから。こうなれば、もう会話は姫君のペースである。

「わたくしは、ルイズが系統に目覚めたことのほうが嬉しいですわ。あの子は、ずっとひとりで苦しんでいましたからね。ああ、ルイズ! ルイズ・フランソワーズ! 久しぶりに顔を見たいものだわ!」

 と、姫君の言葉を聞いたラ・ヴァリエール公爵は「それでしたら……」と、申し出た。

「夏期休暇は長いですからな。姫殿下のご都合がよろしい時に、わたくしが王宮へ連れて参りましょう」

 アンリエッタ姫は、公爵の申し出に飛びついた。鬱々としていた日々を過ごしていた彼女にとって、今、何よりも必要であったのは、気を許せる友人と、ただゆっくりと語らうことのできる時間だった。

「わたくしの都合などと! たとえ予定が入っていても、そのようなものは全て後回しにしてしまえばよいのです!」

「姫殿下! 王族たるもの、間違ってもそのようなことを申してはなりませぬ」

「まあ! 公爵。あなたまで枢機卿のようなことをおっしゃるのね!?」

 心外だとばかりに口を尖らせた姫に、公爵は至極真面目な顔で切り返した。

「こうして苦言を呈しますのも、臣下として当然の務めでございますれば」

 だがしかし。その言葉を発し終えた直後。ラ・ヴァリエール公爵は、その顔に大きな笑みを浮かべていた。

「で、ご都合はいかがですか? アンリエッタ姫殿下」

 それを見たアンリエッタ姫は、実に満足げに……見た者全てが傅くような優雅な微笑みでもって、こう答えた。

「ラ・ヴァリエール公爵は、明日も王宮へいらっしゃいますの?」

「もちろんでございます。アルビオンの件は、まさしく急務ですからな」

「それでしたら、明日一緒に連れてきてくださいな。久しぶりに、ルイズとお茶を楽しみたいわ」

「姫殿下の仰せとあらば、わたくしめに否などございませぬ」

 その後、ふたりは揃って笑い声を上げた。

 ――それからしばらくして。

 ラ・ヴァリエール公爵が退室した後。アンリエッタは、再び深いため息をついた。

「トリステインでいちばんの権勢を誇る、あのラ・ヴァリエール公爵ですら議会を完全に掌握できないだなんて。いったい、この国はどうなってしまうのかしら……」

 ついつい憎まれ口のようなものを叩いてしまったが、マザリーニ枢機卿がよくやってくれていることは、アンリエッタ姫にもわかっている。もしも今すぐ即位して、彼と同じ事をしろと言われても、まず無理だと思っていた。それこそ、国の崩壊を招きかねない。

 それに。アンリエッタ姫の王位継承権は、現在第2位。第1位の継承権を持つ彼女の母親は、数年前に亡くなった父王の喪に服し続け、数多くの貴族たちから意見をされているにも関わらず、未だに即位しようとしない。そのため、ずっとトリステインの王座は空位のままとなっている。

「母さまがご病気だという話は、やはり本当のことなのかしら……」

 嫌でも耳に入ってくる、宮廷雀たちの噂話。そこでまことしやかに語られるのは、アンリエッタの母・マリアンヌ王妃が心の病を患っているという内容である。曰く、父王崩御の折に、あまりの悲しみに耐えきれず、心が壊れてしまった。それがゆえに、一切国政に携わることなく、自室にただひとり閉じ籠もり続けているのだと。

 確かに、ここ数年間の母の様子はおかしいと、アンリエッタ姫はつねづね思っていた。

 快活で、笑顔に満ち溢れていたかつての姿が、まるで幻であるかのように、今のマリアンヌ王妃は暗い影を帯びていた。娘であるアンリエッタが部屋を訪れても、ほとんど笑うことなどない。母はただ、寂しげに頷き……小声で挨拶の言葉を呟くだけだ。

 ここ最近で、母に関して何か変わったことがあったかといえば――これは、もうあなたのものです。ただそれだけを告げ、あの『水のルビー』を自分の右手薬指に填めてくれたことだけだ。

「このわたくしに、もっとできることがあればいいのに……」

 そう呟き、再びため息をついたアンリエッタは、窓を開け――天に祈った。

「おお、始祖ブリミルよ。どうかこのトリステイン王国を、そして今は遠きアルビオンを、あまねく平和へとお導きください……!」


○●○●○●○●

 ――王宮からの帰り道。

 ラ・ヴァリエール公爵は、竜籠の中で小さく震えていた。彼の手の中では『水のルビー』が、その名に相応しい深き水の如き色を湛え、静かに輝いている。

「まさか……このわしが『指輪』を継承することになろうとは……」

 愛娘ルイズの<系統>を確定させるため、少しのあいだだけマリアンヌ王妃から借り受けることができればよい。ラ・ヴァリエール公爵は、そう考えていただけなのだ。

 ――水のルビー。それは、トリステイン王家設立の際に『始祖』ブリミルより賜ったとされる、伝説の秘宝である。それから6000年の間、王家の手によって護られ……連綿と受け継がれてきた。そして、その伝統ある役目を負うべき者は『王権の継承者』。

 そう。本来であれば、この『系統の指輪』を持てる者は、国王。あるいは、次期王位継承者として、既に定められている者に限られる。これは、なにもトリステイン王家だけが守り続けてきた伝統ではない。『始祖』ブリミルの血を引くハルケギニアの三王家、全てに共通する習わしなのだ。

 ただし、その価値がゆえに――この情報を持つ者は王族、あるいはそれにごく近しい者。及びロマリアの<教皇>と、ブリミル教会から各国家へと派遣されてきた司教枢機卿のみとなっている。

 本来であれば、ロマリア教皇も、代々『炎のルビー』と呼ばれる始祖の指輪を継承するはずであったのだが……なんと、かの秘宝は20年ほど前に盗難の憂き目に遭い、その行方は杳として知れない。

 その『王権の指輪』が。つい先日まで、マリアンヌ王妃がその指に填めていた、王家の秘宝が。いつのまにかアンリエッタ姫の右手で静かに輝いていたばかりか、なんと自分の手元へ転がり込んできてしまった。

 ――ラ・ヴァリエール公爵は、突如のし掛かってきた重圧に打ち震えていた。

 確かに、公爵はトリステインを護るために立たんとしていた。しかし彼は、現王家を打倒して王座を奪おうなどとは、露ほども考えていなかった。アンリエッタ姫殿下の覚えを良くし、危機を乗り越えるまでは摂政として、マザリーニ枢機卿と共に政治の杖を振るう。あるいは王政府議会を通じて――宮廷内で、国に対する危機感を大いに煽り、元王家から自然に王位を禅譲される方向で動く心づもりでいた。そのために、グラモン伯爵をはじめとした信用のおける極々一部の有力貴族と内通し、いずれに転んでも問題がないよう、既に協力を取り付けることに成功している。

「既にわかっていたことだが……やはり、マリアンヌ様はご病気であらせられるのだ……」

 『王権』の象徴とも呼べる『水のルビー』を娘に手渡す。つまり、彼女は王位継承権を完全に放棄し――娘に譲り渡したのだ。にも関わらず『指輪』に関する口伝を次世代の継承者に一切申し渡していないとは、正気の沙汰とは思えない。それに、姫にその情報が伝わっていないということは……マザリーニ枢機卿にも『継承』が行われた事実が知られていないに違いない。公爵は、そう判断した。

 だが、これは受け取り方によっては――アンリエッタ姫は、自ら王位継承権を放棄し、第3位の継承権を持つラ・ヴァリエール公爵へ、トリステインの王権を平和裏に禅譲したとも言えるのだ。

 少なくとも、マザリーニ枢機卿がこの『指輪』の在処を知れば――今後、ラ・ヴァリエール公爵と敵対することはなくなるだろう。いや、むしろ協力して事に当たれるに違いない。何故なら彼は、この『指輪』の意味を良く理解しているはずだから。

「やはり、これは……わしに与えられた天命なのだろうな……」

 正統な王権は、王位継承権を持っていた姫殿下が、自らの意志でもって公爵に下賜したのだ。彼がこれから行おうとしていることは、断じて王位簒奪などではない。しかも、ラ・ヴァリエール公爵は、アンリエッタ姫に何度も意思確認を取っているのだ。当初は受け取れないと。次に、当家でしばしお預かりすると。そして最後に――ならば意志を継ぎますと。

「この事実を、姫殿下……それとマザリーニ枢機卿を交えて再度確認するのがよかろうな。信頼のおける証人たちの前で」

 だがしかし、その前にすべきことが山ほどある。公爵は、指輪を再び絹布に包んで懐中に仕舞うと、手元に置いてあった資料に目を通す。

「ふふッ、ジャンは……ワルド子爵は、早速期待に応えてくれた。なるほど、高等法院の参事官どもが、揃って援軍供出反対を唱えるわけだ。あのリッシュモン高等法院長が『レコン・キスタ』と通じていたとなれば、それも道理だ」

 ――リッシュモン高等法院長。数十年の長きに渡ってトリステイン王家に仕える政治家にして、王国の司法権を担う機関『高等法院』の長である。

 国の法律を司る重職にありながら、その裏では、金に汚い政治家として名を知られた男。ラ・ヴァリエール公爵のような、誇り高く潔癖な貴族にとって、唾棄すべき行為をこれまで散々行ってきているのだが、しかし。いつもその証拠が挙がる寸前で、見事逃げ切ってしまうという、実に狡猾な面を持つ人物でもあった。

 その男が、今度は王家を他国へ売り渡すに等しい行為をしているのだ。これが明るみになれば、罷免程度では済まない。良くて投獄。普通に考えれば――火あぶりの刑は免れない。国家の安全機密を漏らすということ、これ即ち大逆罪であるからだ。

「とはいえ、現段階で奴を抑えるのは色々な意味で危険だ。むしろ、泳がせておいたほうがよかろう。各種情報、周囲の人間、そして金――あらゆる流れを見て、それからだな。あの男を処断するのは」

 立派な口髭をしごきながら、公爵は独りごちた。

「いや、事と次第によっては、こちら側に取り込むことも考えておいたほうがよかろう。あれほど狡猾な男だ、使い方次第では間違いなく今後の役に立つ。毒も、少量ならば薬に変わる。政治というものは、残念ながら綺麗事だけでは済まないものだからな。その程度のことができずして、荒れ狂う国の舵取りなどできるものか」

 公爵は、完全に腹をくくった。最早、好き嫌いを言っている場合ではないのだ。清濁併せ飲むことができなければ、これから先が思いやられる……と。

 そして、ラ・ヴァリエール公爵は……袖口裏の隠しポケットから、既に空となった目薬瓶を取り出すと――それを片手でいじりながら、善後策を検討し始めた。


○●○●○●○●

 ――公爵が、灰色に染まる覚悟を決めたのと、ほぼ同刻。

 ガリア王国の王都に建つ巨大な宮殿群・ヴェルサルテイル。その一画に在る国王の居室にて。ハルケギニア全土を模した壮大な模型を前にした蒼き髪の狂王・ガリア国王ジョゼフ一世は、大声で嗤いながら――その両手でもって、何かを動かしていた。

「よしよし。これで準備はほぼ整ったな。あとは、こいつをどう取るかだ! 本格的に面白くなってくるのは、ここからなのだ。よくよく考えて作戦を立てねばならぬな!」

 現在彼が手にしているのは、黒曜石で作られた『フネ』の精巧な模型であった。

「アルビオン王国艦隊旗艦『ロイヤル・ソヴリン』号。備砲は、両舷合わせてなんと108門! おまけに、竜騎兵まで積み込める巨大戦艦だ。いいぞ、実に素晴らしい! まさしく『新たな皇帝』が乗るに相応しいフネではないか!」

 ジョゼフ王は、その『フネ』をそっと『浮遊大陸』の模型に載せると、かつかつと靴音を響き渡らせながら部屋を歩き回り、色々な角度からそれを眺め回した。

「ふ~む。いくつか候補はあるのだが……やはりここか!」

 どうやら、お気に召す場所が見つかったらしい。模型の上に置いた『フネ』の位置を微妙に変えると――ジョゼフ王は、すぐ側のテーブルから1体の人形を掴み取った。黒髪の、細い形をした女性の人形である。それを愛おしそうに撫で回したあと、王はその耳元に口を近づけた。

「聞いているか? 余の可愛い女神(ミューズ)。おお! そうかそうか、ちゃんと聞いていてくれたな! 例の件だがな、置き場所が決まった。そうだ、それだよ! さすがは余のミューズだ、実に話が分かる」

 ジョゼフ王は嬉しげな笑みを浮かべると、人形の耳に向かって囁いた。

「その場所だがな。『レキシントン』にしようと思うのだ。なに? お前も賛成してくれるのか! そうかそうか! 実に喜ばしいことだ。では、早速その通りに」

 と……そこで、ふいにジョゼフ王は口を噤んだ。人形から、声が聞こえてきたからだ。それを聞いたジョゼフは、うんうんと頷くような仕草をしながら、口を開いた。

「ほう? 『水の王国』で妙な動き!? ふぅむ……なるほど、なるほど。かの御仁は徹底的な保守派。それが何故か支援側に回っていると。さすがは余のミューズだ、よくぞ知らせてくれた。素晴らしい働きだ! うむうむ、確かにおかしいぞ? あの国で、何かが動こうとしているのか!? ようやく白百合の蕾が花開くのか、あるいは……」

 そこまで呟いたジョゼフは、目を見開いた。

「そうだ! 確か、例の『東大陸の伝説』が動き出していたな! 確か次の移動先は、かの御仁が住まう場所であった! まさかとは思うが、早くもこの遊技(ゲーム)に参戦してきたかッ!?」

 そこまで言うと、ジョゼフは再びテーブルの上に手を伸ばした。そこには、小さな木箱――洒落た意匠を全面にあしらった、宝石箱のようなそれを取り上げると、上蓋を開けて中身を取り出した。

 そこに入っていたのは、氷水晶(アイス・クリスタル)から造られた、親指大の人形2体であった。

 1体は、節くれ立った杖を持つ少女を模ったもの。もう1体は、先がふたつに割れた異国風のマントを身に纏った少年の人形であった。数ある水晶の中でも、特に透明度の高い氷水晶で造られたそれらは、まるで酒杯に浮かべられた氷のように、冷たく、つややかな煌めきを放っていた。

 ジョゼフ王はふたつの人形を取り出すと、もう用はないとばかりに宝石箱を放り投げた。床に落ちたそれは、カシャンという鈍い音と共にばらばらになった。

「さあ! 先頃出来たばかりの『駒』を、ここに配置するぞ!」

 そう言って、ジョゼフが嬉しげに人形を置いたのは、トリステインの国境沿いにあるラ・ヴァリエール公爵領が在る場所。

「おっと、余としたことが、ついうっかり忘れていた! 急いでかの御仁の『駒』も造らせねばならぬな! 仮に参戦してこなかったとしてもだ! 遊技の駒は、たくさんあって困るものではないからな! ははははははッ!!」

 ――ハルケギニアの大いなる歴史は、静かに。だが、確実に胎動を始めていた――。


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