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No.33886の一覧
[0] 【ゼロ魔×封神演義】雪風と風の旅人[サイ・ナミカタ](2018/06/17 01:43)
[1] 【召喚事故、発生】~プロローグ~ 風の旅人、雪風と出会う事[サイ・ナミカタ](2013/06/13 02:00)
[2] 【歴史の分岐点】第1話 雪風、使い魔を得るの事[サイ・ナミカタ](2012/09/30 14:52)
[3]    第2話 軍師、新たなる伝説と邂逅す[サイ・ナミカタ](2014/06/30 22:50)
[4]    第3話 軍師、異界の修行を見るの事[サイ・ナミカタ](2014/07/01 00:53)
[5]    第4話 動き出す歴史[サイ・ナミカタ](2014/07/01 00:54)
[6]    第5話 軍師、零と伝説に策を授けるの事[サイ・ナミカタ](2012/09/30 14:55)
[7] 【つかの間の平和】第6話 軍師の平和な学院生活[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:00)
[8]    第7話 伝説、嵐を巻き起こすの事[サイ・ナミカタ](2012/09/30 14:57)
[9] 【始まりの終わり】第8話 土くれ、学舎にて強襲す[サイ・ナミカタ](2012/09/30 14:58)
[10]    第9話 軍師、座して機を待つの事[サイ・ナミカタ](2012/07/15 21:07)
[11]    第10話 伝説と零、己の一端を知るの事[サイ・ナミカタ](2012/09/30 14:59)
[12]    第11話 黒幕達、地下と地上にて暗躍す[サイ・ナミカタ](2012/07/15 21:09)
[13] 【風の分岐】第12話 雪風は霧中を征き、軍師は炎を視る[サイ・ナミカタ](2012/07/15 21:09)
[14]    第13話 軍師、北花壇の主と相対す[サイ・ナミカタ](2012/09/30 15:03)
[15]    第14話 老戦士に幕は降り[サイ・ナミカタ](2013/03/24 19:47)
[16] 【導なき道より来たる者】第15話 閉じられた輪、その中で[サイ・ナミカタ](2012/09/30 15:05)
[17]    第16話 軍師、異界の始祖に誓う事[サイ・ナミカタ](2012/07/15 21:13)
[18]    第17話 巡る糸と、廻る光[サイ・ナミカタ](2012/07/15 21:13)
[19]    第18話 偶然と事故、その先で生まれし風[サイ・ナミカタ](2012/08/07 22:08)
[20] 【交わりし道が生んだ奇跡】第19話 伝説、新たな名を授かるの事[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:13)
[21]    第20話 最高 対 最強[サイ・ナミカタ](2012/09/30 15:06)
[22]    第21話 雪風、軍師へと挑むの事[サイ・ナミカタ](2012/09/30 15:07)
[23] 【宮中孤軍】第22話 鏡の国の姫君と掛け違いし者たち[サイ・ナミカタ](2012/08/02 23:25)
[24]    第23話 女王たるべき者への目覚め[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:16)
[25]    第24話 六芒星の風の顕現、そして伝説へ[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:17)
[26]    第25話 放置による代償、その果てに[サイ・ナミカタ](2012/10/06 15:34)
[27] 【過去視による弁済法】第26話 雪風、始まりの夢を見るの事[サイ・ナミカタ](2012/08/04 00:44)
[28]    第27話 雪風、幻夢の中に探すの事[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:18)
[29] 【継がれし血脈の絆】第28話 風と炎の前夜祭[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:19)
[30]    第29話 勇者と魔王の誕生祭[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:20)
[31]    第30話 研究者たちの晩餐会[サイ・ナミカタ](2012/08/12 20:20)
[32]    第31話 参加者たちの後夜祭[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:00)
[33] 【水精霊への誓い】第32話 仲間達、水精霊として集うの事[サイ・ナミカタ](2012/08/14 21:33)
[34]    第33話 伝説、剣を掲げ誓うの事[サイ・ナミカタ](2012/08/18 00:02)
[35]    第34話 水精霊団、暗号名を検討するの事[サイ・ナミカタ](2012/08/18 00:03)
[36] 【狂王、世界盤を造る】第35話 交差する歴史の大いなる胎動[サイ・ナミカタ](2012/08/18 00:05)
[37]    第36話 軍師と雪風、鎖にて囚われるの事[サイ・ナミカタ](2012/11/04 22:01)
[38] 【最初の冒険】第37話 団長は葛藤し、軍師は教導す[サイ・ナミカタ](2012/08/19 11:29)
[39]    第38話 水精霊団、廃村にて奮闘するの事[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:31)
[40]    第39話 雪風と軍師と時をかける妖精[サイ・ナミカタ](2013/04/20 22:17)
[41] 【現在重なる過去】第40話 伝説、大空のサムライに誓う事[サイ・ナミカタ](2013/04/20 22:18)
[42]    第41話 軍師、はじまりを語るの事[サイ・ナミカタ](2012/08/25 22:04)
[43]    第42話 最初の五人、夢に集いて語るの事[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:38)
[44]    第43話 微熱は取り纏め、炎蛇は分析す[サイ・ナミカタ](2014/06/29 14:41)
[45]    第44話 伝説、大空を飛ぶの事[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:43)
[46] 【限界大戦】第45話 輪の内に集いし者たち[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:47)
[47]    第46話 祝賀と再会と狂乱の宴[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:47)
[48]    第47話 炎の勇者と閃光が巻き起こす風[サイ・ナミカタ](2012/09/12 01:23)
[49]    第48話 ふたつの風と越えるべき壁[サイ・ナミカタ](2012/09/16 22:04)
[50]    第49話 烈風と軍師の邂逅、その序曲[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:00)
[51] 【伝説と神話の戦い】第50話 軍師 対 烈風 -INTO THE TORNADO-[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:01)
[52]    第51話 軍師 対 烈風 -INTERMISSION-[サイ・ナミカタ](2012/10/08 19:54)
[53]    第52話 軍師 対 烈風 -BATTLE OVER-[サイ・ナミカタ](2012/09/22 22:20)
[54]    第53話 歴史の重圧 -REVOLUTION START-[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:01)
[55] 【それぞれの選択】第54話 学者達、新たな道を見出すの事[サイ・ナミカタ](2012/10/08 20:01)
[56]    第55話 時の流れの中を歩む者たち[サイ・ナミカタ](2012/10/08 20:04)
[57]    第56話 雪風と人形、夢幻の中で邂逅するの事[サイ・ナミカタ](2012/10/28 13:29)
[58]    第57話 雪風、物語の外に見出すの事[サイ・ナミカタ](2017/10/08 07:40)
[59]    第58話 雪風、古き道を知り立ちすくむ事[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:02)
[60] 【指輪易姓革命START】第59話 理解不理解、盤上の世界[サイ・ナミカタ](2012/10/20 02:37)
[61]    第60話 成り終えし者と始まる者[サイ・ナミカタ](2012/10/20 00:08)
[62]    第61話 新たな伝説枢軸の始まり[サイ・ナミカタ](2012/10/20 13:54)
[63]    第62話 空の王権の滑落と水の王権の継承[サイ・ナミカタ](2012/10/25 23:26)
[64] 【新たなる風の予兆】第63話 軍師、未来を見据え動くの事[サイ・ナミカタ](2012/10/28 21:05)
[65]    第64話 若人の悩みと先達の思惑[サイ・ナミカタ](2012/10/28 20:01)
[66]    第65話 雪風と軍師と騎士団長[サイ・ナミカタ](2012/10/28 20:58)
[67]    第66話 古兵と鏡姫と暗殺者[サイ・ナミカタ](2013/03/24 20:00)
[68]    第67話 策謀家、過去を顧みて鎮めるの事[サイ・ナミカタ](2012/11/18 12:08)
[69] 【火炎と大地の狂想曲】第68話 微熱、燃え上がる炎を纏うの事[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:02)
[70]    第69話 雪風、その資質を示すの事[サイ・ナミカタ](2013/01/26 21:14)
[71]    第70話 軍師は外へと誘い、雪風は内へ誓う事[サイ・ナミカタ](2013/01/26 21:10)
[72]    第71話 女史、輪の内に思いを馳せるの事[サイ・ナミカタ](2013/01/26 21:11)
[73] 【異界に立てられし道標】第72話 灰を被るは激流、泥埋もれしは鳥の骨[サイ・ナミカタ](2013/01/27 23:01)
[74]    第73話 険しき旅路と、その先に在る光[サイ・ナミカタ](2013/01/27 23:01)
[75]    第74話 水精霊団、竜に乗り南征するの事[サイ・ナミカタ](2013/02/17 23:48)
[76]    第75話 教師たち、空の星を見て思う事[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:03)
[77] 【今此所に在る理由】第76話 伝説と零、月明かりの下で惑う事[サイ・ナミカタ](2013/04/13 23:29)
[78]    第77話 水精霊団、黒船と邂逅するの事[サイ・ナミカタ](2013/03/17 20:06)
[79]    第78話 軍師と王子と大陸に吹く風[サイ・ナミカタ](2013/03/13 00:53)
[80]    第79話 王子と伝説と仕掛けられた罠[サイ・ナミカタ](2013/03/23 20:15)
[81]    第80話 其処に顕在せし罪と罰[サイ・ナミカタ](2013/03/24 19:49)
[82] 【それぞれの現在・過去・未来】第81話 帰還、ひとつの終わりと新たなる始まり[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:03)
[83]    第82話 眠りし炎、新たな道を切り開くの事[サイ・ナミカタ](2013/04/20 22:19)
[84]    第83話 偉大なる魔道士、異界の技に触れるの事[サイ・ナミカタ](2013/06/13 01:55)
[85]    第84話 伝説、交差せし扉を開くの事[サイ・ナミカタ](2013/06/13 01:54)
[86]    第85話 そして伝説は始まった(改)[サイ・ナミカタ](2018/06/17 01:42)
[87] 【風吹く夜に、水の誓いを】第86話 伝説、星の海で叫ぶの事[サイ・ナミカタ](2013/06/13 02:12)
[88]    第87話 避けえぬ戦争の烽火[サイ・ナミカタ](2013/06/13 01:58)
[89]    第88話 白百合の開花と背負うべき者の覚悟[サイ・ナミカタ](2013/07/07 20:59)
[90]    第89話 ユグドラシル戦役 ―イントロダクション―[サイ・ナミカタ](2013/09/22 01:01)
[91]    第90話 ユグドラシル戦役 ―閃光・爆音・そして―[サイ・ナミカタ](2014/03/08 00:04)
[92]    第91話 ユグドラシル戦役 ―終結―[サイ・ナミカタ](2014/05/11 23:56)
[93] 【ガリア王家の家庭の事情】第92話 雪風、潮風により導かれるの事[サイ・ナミカタ](2014/03/08 20:19)
[94]    第93話 鏡の国の姫君、踊る人形を欲するの事[サイ・ナミカタ](2014/06/13 23:44)
[95]    第94話 賭博場の攻防 ―神経衰弱―[サイ・ナミカタ](2014/07/01 09:39)
[96]    第95話 鏡姫、闇の中へ続く道を見出すの事[サイ・ナミカタ](2015/07/12 23:00)
[97]    第96話 嵐と共に……[サイ・ナミカタ](2015/07/20 23:54)
[98]    第97話 交差する杖に垂れし毒 - BRAIN CONTROL -[サイ・ナミカタ](2016/09/25 21:09)
[99]    第98話 虚無の証明 - BLACK BOX -[サイ・ナミカタ](2017/10/08 07:42)
[100] 【王女の選択】第99話 伝説、不死鳥と共に起つの事[サイ・ナミカタ](2017/01/08 02:09)
[101]    第100話 鏡と氷のゼルプスト[サイ・ナミカタ](2017/01/08 02:14)
[102]    第101話 最初の人[サイ・ナミカタ](2017/01/08 17:42)
[103]    第102話 始祖と雪風と鏡姫[サイ・ナミカタ](2017/01/22 23:14)
[104]    第103話 六千年の妄執-悪魔の因子-[サイ・ナミカタ](2017/02/16 23:00)
[105] 【王政府攻略】第104話 王族たちの憂鬱[サイ・ナミカタ](2017/03/06 22:52)
[106]    第105話 王女たちの懊悩[サイ・ナミカタ](2017/03/28 23:10)
[107]    第106話 聖職者たちの明暗[サイ・ナミカタ](2017/05/20 17:54)
[108] 【追憶の夢迷宮】第107話 伝説と零、異郷の地に惑うの事[サイ・ナミカタ](2017/10/08 07:46)
[109]    第108話 風の妖精と始まりの魔法使い[サイ・ナミカタ](2017/10/08 07:47)
[110]    第109話 始祖と零と約束の大地[サイ・ナミカタ](2017/06/09 00:54)
[111]    第110話 崩れ去る虚飾、進み始めた時代[サイ・ナミカタ](2017/10/28 06:35)
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[33886]    第55話 時の流れの中を歩む者たち
Name: サイ・ナミカタ◆e661ea84 ID:d8504b8d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/08 20:04
 咎を背負うふたりの男が、星の海を征く船を見送っていた――ちょうどその頃。

 ラ・ヴァリエール公爵家の一画に用意された客室のひとつで、タバサは寝間着姿のまま、じっとベッドの上に腰掛けていた。その手には、どこへ行くにも――魔法学院での授業中はもちろんのこと、入浴の際や眠る時すら手放さない、節くれ立った長い杖を握っている。

 既に、就寝時間は過ぎている。だが、彼女はどうしてもベッドに潜る気になれなかった。とある考えが、ずっとタバサの頭の中をぐるぐると巡っていたせいだ。と、そんな彼女の部屋に向けて、誰かがカツカツと足音を立てて近付いてきた。風メイジ特有の鋭い聴覚が捉えたのは、間違いなく親友のキュルケが愛用しているロングブーツの音だった。

 それからすぐに、部屋の扉がノックされる。タバサが入室の許可を出す間もなく、ドアはバタンと音を立てて開かれ、見事な赤毛と褐色の肌が眩しい少女が顔を覗かせた。

「やっぱり、まだ起きていてくれたわね」

 そう言って、キュルケはゆっくりとタバサの元に近寄り、両手を広げると――友人の華奢な身体をぎゅっと抱き締めた。それはいつもと何も変わらない、親愛の態度。しかし、微かに震えるキュルケの両手を見たタバサは、彼女の頭を両腕で優しく包み込んだ。泣いている子供に、母親がしてやるかのように。

 タバサの思わぬ優しさに、キュルケは一瞬だけ驚いたような表情を見せたかと思うと……その目にうっすらと涙を浮かべた。

「ありがとう、タバサ……」

 普段のキュルケの姿を良く知る者が今の彼女を見たら、これは夢か幻なのではないかと驚くだろう。それほどに現在のキュルケの姿は小さく、そして、か弱く見えた。

「おかしいわよね。このあたしが、怖いと思うだなんて」

 そう呟いたキュルケの頬を、一筋の涙が伝い落ちた。それからキュルケは、まるで幼子が母親にするかのように、己の顔をタバサの膝に埋めた。

「でもね、本当に怖かったの。コルベール先生のことじゃないわ。ううん、先生が怖くなかったっていうのは嘘ね。すごく怖かったわ、先生が纏う空気も、あの話も――でも、そうじゃない。あたしが一番怖かったのは、自分がなんにも知らなかったことなの」

 タバサはこくりと小さく頷くと、涙を零し続ける親友の頭を優しく撫でた。

「火は情熱と破壊の象徴。偉そうに、あんなことを言っていた自分が恥ずかしい。あたしは火がどんなものなのか、自分がどういう系統を背負っているのか、ちっともわかっていなかったのよ。あの話を聞いた今でも、本当に理解できたのかどうか、怪しいものだわ」

 ――全てを燃やし尽くす。それがいったい何を指すのか。どういう意味を持つのか。

「それに引き替え、コルベール先生はすごいわ。火の怖さをちゃんと知っていて、それでもタバサの……ううん、あたしたち生徒のために、自分の持っている知識を生かそうとしてくれているんだもの」

 赤毛の少女から、嗚咽が漏れる。

「もしも、あの話を聞かせてもらえなかったら……あたしも若い頃の先生と、同じような『道』を歩んでいたかもしれないわ」

 そう言って震えるキュルケの頭を、タバサは、ただ優しく撫で続けていた。

「わたしも、全然知らなかった。知らないということの怖さを。わかっているつもりになって、得意になっていた」

 静かに涙を流し続けながら、キュルケはタバサの言葉を聞いていた。

 知らないことの怖さ。タバサは、太公望との模擬戦や、今日まで続けてきた彼とのやりとりの中で、それらを完璧に学んだつもりでいた。だが、まだまだ自分の持つ考えが甘いものであったということを、今回の一件で思い知らされた。

 コルベールの過去について、ではない。彼の背負う咎について……でもない。コルベールがこれまで見せてきた姿――お人好しで、好奇心旺盛な、どこか間の抜けた教師。それは、コルベールという男を形作る一面でしかなかった。にも関わらず、それを完全に真実の姿だと決めつけていた自分の見通しの甘さが、ただひたすらに怖かった。

 それだけではない。自分のパートナーに対する評価が甘過ぎたことも、彼女が抱く恐怖に拍車をかけていた。以前、太公望と行った模擬戦の前に、タバサは彼の実力について、こう評していた。

『彼に対抗しうるのは、伝説の<風>烈風カリンそのひとくらいではなかろうか』

 ……と。

 だが、実はその判断すらも生温かったのだ。何故なら――他の誰も知らない、タバサだけが知っている秘密。それは、彼が自身最大の『切り札』だと語った<フィールド>の存在。以前、これを使うときが正真正銘、自分の本気なのだと彼は言っていた。

 にも関わらず、あの<術>を一切見せぬままに、ハルケギニア最強と称された『烈風』との戦いは、両者引き分けという形で終わってしまった。しかも、あの強力な<治癒>すら用いずに。これが意味することは、ひとつだけしか考えられない。

 ――自分のパートナーの実力は、あの『烈風』すらも上回っている可能性がある。

 そして。それほどの実力を持つ彼が、ハルケギニアの基準では『ドット』に分類されてしまうという驚愕の事実が、タバサを打ちのめしていた。

 同時に24個もの魔法――公爵夫人とのやりとりから察するに、<ウインド>を唱えるだけで、20本の鞭と1枚の盾に、移動の補佐と、攻撃用の風刃2枚を創り出し、かつ同時に展開する程の知識と実力があるにも関わらず、現在の基準では『おちこぼれ』扱いをされてしまう、この不条理は一体どうしたことか。

 だが、それ以上に彼女へ衝撃を与えたものがあった。タバサは、思わず声を上げてしまった。認めざるを得なかったが為に。溢れる感情を止められなかったがゆえに。

「悔しかった。どうしてわたしには、彼らのような<力>が無いんだろう。ふたりの戦いを見て、そう思ってしまった」

 ひとりは、絵物語や観劇の題材とされ、貴族・平民を問わず大勢の民たちの間で、未だ絶大な人気と羨望を集める伝説の騎士。その二つ名に相応しい強烈な<風>を纏い、最強の名を欲しいままにした、ハルケギニア世界が誇る英雄。

 もうひとりは、いくつもの魔法を同時に展開し、学院の教師たちはおろか、アカデミーの首席研究員すら凌駕する知識を数多く有し、国軍を率いて王の隣に立てるほどの頭脳を持ち――さらには、3000年という時を越えて、なお語り継がれる程の戦果を挙げていたとされる、異世界の英雄。

「彼らと同じくらいの<力>がわたしにあれば。いいえ、せめてタイコーボーが、わたしに手を貸してくれさえすれば、今すぐにでも父さまの仇が討てる。そんな風に考えつつあった自分の心に気が付いて……ぞっとした」

 ガリア王宮の醜い権力争いに無関係な彼を、わたしの都合で巻き込みたくなどない。そう考えていたにも関わらず、タバサは無意識にパートナーの<力>を欲してしまっていた。そんな、自身の心の無自覚な変転も怖ろしかった。

「もしもルイズのお姉さまと、お母さまが気付いて教えてくれなかったら……わたしは、彼こそが本物の天才だと信じ込んで、真実を知らないまま、ただ嫉妬して……最後には僻んでしまっていたかもしれない」

 ――厳しい制約の下に置かれる、あるいは触媒を用いなければ<念力>と<ウインド>しか使うことのできない、おちこぼれのメイジ。それが『烈風』が見破った彼の正体だった。自分には魔法の才能が無いという彼の言葉は、嘘ではなかったのだ。

「それなのに、彼は自分が『スクウェア』メイジであるかのように振舞い続けていた。本当の<力>を誤魔化すために」

 タバサの呟きに、キュルケは小さな声で返した。

「あれには、完璧に騙されちゃったわね」

 その言葉に、こくりと頷くタバサ。

「もしも、知らないままだったら……わたしは彼の『偽りの背中』を追い掛けようとして、途中で挫けてしまっていたかもしれない」

「無理もないわよ。王軍の参謀総長どころか、国王陛下の相談役までこなすとか。おまけに魔法の使い方も滅茶苦茶巧かったし。あれで27歳とか、傍から見たら、とんでもない天才としか思えないもの。まあ、実際は70歳を越えたお爺さんだったわけだけど。に、してもよ。それを見破ったルイズのお姉さまは、只者じゃないわよね。あのひとがいなかったら、わたしたち、今も騙され続けていたはずよ」

 ため息をつきながら語るキュルケに、タバサは心から同意した。

 例の試合後に、タバサたちはルイズから教えられたのだ。ラ・ヴァリエール公爵家の次女カトレアは「他人の心の奥底までも覗き見ることができるのでは?」と、信じてしまう程に凄まじい『勘』の持ち主であるということを。

 タバサは、疑うことなくそれを受け入れた。ルイズはそういった類の嘘を言うような人間ではないし、事実カトレアは、太公望や才人が異世界から来ていることはおろか、太公望の年齢や経歴を、ほぼ完璧に見抜いていたからだ。

 そんな<超能力者>によって暴かれたパートナーの真の姿とは。27歳どころか、70を越える老齢のメイジにして、歴戦の勇士。自然のあらゆる法則を学び、人間よりも遥かに強大な<力>を持つ妖魔と戦い続けるという、文字通り命がけの試練を潜り抜けることで才能の無さを跳ね返した、まさに『努力』のひとだった。

 妖精の<力>で若返り、15~6歳の身体を取り戻しているとはいえ、その修練の量だけではなく、経験すらも――騎士となり、ガリアの『裏』に所属してからまだ数年程度の自分など、到底及ぶところではない。彼があそこまで用心深い性格をしている理由についても、タバサはようやく理解できた気がした。

「あれはきっと、彼がまだ若かった頃……現在ほどの技術が無かった時代に、自分の圧倒的不利を隠すために造り出した、仮面(ペルソナ)の一種」

 彼が、わずか15歳にしてメイジとして最高位の『スクウェア』へと至ってしまったタバサには到底思い及ばぬ程に、苦難に溢れた『道』を歩んできたのは間違いないだろう。

 そして、タバサの思考は遂にその場所へと辿り着いた。従姉妹姫であるイザベラが、いつも自分へ向けてくる視線の意味を知った。あれは、わたしの魔法の才能に対する嫉妬であったのだと。同じ王族でありながら、日に数回『ドット』スペルを唱えるのが精一杯のイザベラからすれば、タバサの存在自体が憎しみの対象になるのも道理だ。同様に、ジョゼフ王が自分たち家族に向けてくる、強烈なまでの悪意についても理解できた。

 『スクウェア』の自分ですらこれなのだ。周囲から徹底的に無能扱いされてきたジョゼフが、才気溢れる弟やその娘である自分に向けていた嫉妬の念は、いかほどのものであったのだろうかと。もっとも、それを理解することはできても、父を殺され、母を狂わされた事実まで許す気にはなれなかったが。

 そんなタバサの独白を聞いたキュルケが、ぐいと自分の顔を拭うと、口を開いた。

「あたしね……もしかすると、見つけたかもしれないわ。自分の『道』を。あたしの中で燻り続けていた、情熱の行き先を」

 そう言って、今度はキュルケがタバサの頭を掻き抱いた。

「まだ、この気持ちが本物かどうかはわからない。だからね、もう少し見続けてみようと思うの。知ろうとすることの大切さが、あたしにもちょっとだけわかったから。まあ、そうは言っても、無理矢理奥まで踏み込んじゃいけないから、慎重に……ね」

 キュルケの顔には、先程まで浮かんでいた苦悩の色は、もう見られない。

「先生のこともびっくりしたけど。ミスタ・タイコーボーの年齢にも驚いたわよね。けど、あたしね。ひとつだけ、彼の言動について気が付いたことがあるのよ。タバサはどう?」

「タイコーボーについて、気付いたこと……?」

 彼の実年齢が、最低でも70を越えていて、かつ100歳以下であるというのは、オスマンやカトレアたちとのやりとりを聞いたことで、タバサにも把握できている。それ以外に、何かあるというのだろうか?

 不思議そうな顔をして自分を見つめてくるタバサに、キュルケはまるで面白い玩具を見つけた子猫のような顔をして、こう答えた。

「彼が、何かについて断言しないときって……ほぼ間違いなく、その近辺にとんでもなく大きな隠し事が紛れ込んでいるのよね。年齢のこともそうだったし、それに……」

「それに?」

「うふふ。それは、タバサが自分で気付かなきゃダ・メ。いいこと? 彼の言葉をよ~っく思い出してごらんなさいな」

 キュルケはそう言うと、再びタバサを抱き締め、そして立ち上がり……自分の部屋へと戻った。その道程で、彼女がポツリと呟いた言葉は――誰にも届くことはなかった。

「彼……結婚してるとか、奥さんがいるとは断言していないのよね」

 死別した訳でもなさそうだし、自分自身に娘と曾孫がいるとも言わなかったし。あれは、婚約の申し出を遮ろうとする言い訳としては、正直なところ、ちょっとばかり迂闊な言動だったんじゃないかしら。絶対に、あたし以外にも気付いているひとがいると思うんだけど。キュルケは、あのときの太公望と周囲の言動を思い出し、くすりと微笑んだ。

「ミスタ・タイコーボーって、実年齢は高いのかもしれないけれど、男女関係の機微については、ほとんど子供と同じだわ。たぶん、だけれど……修行や仕事で毎日が忙しくて、そっち方面については、手をつける暇が全然なかったんじゃないかしら。そんな彼が、妖精の『祝福』でタバサと同年代の子供にまで戻された。これって、ある意味面白い状況よね」

 ……この手の会話に強いキュルケならではの、実に鋭く正確な分析であった。


○●○●○●○●

 ――キュルケが、用意された自室へ戻ろうとしていたのと、ほぼ同時刻。

 3人のうら若い女性が『白の国』アルビオンの山中を、黒い衣装を身に纏い、分け入るように進んでいた。

「こんな真夜中に山歩きなんかさせちゃって、本当にごめんなさいね」

 そう呟いたのは、銀縁の眼鏡をかけた女性。深く被ったフードの隙間から、理知的な素顔が覗いている。『土くれ』のフーケことマチルダであった。彼女は、現在ミス・ロングビルを名乗り、一行の先導をしている。

「わたしは、雇われの傭兵だ。来いと言われれば、どこへでもついてゆく」

 そう呟いたのは、マチルダとほぼ同年代と思われる、若い女性だった。短く切った金色の髪と、ややつり目がちな青い瞳が印象的な彼女の腰には、一本の剣が差してあった。

「わたくしもです。これは正式に請け負った『仕事』なのですから」

 そう言って微笑んだ女性は、黒衣の奥に聖職者の装束を身につけている。彼女は『始祖』ブリミルに仕えるシスターであった――あくまでも、表向きは。

 そんな彼女たちの返答に、満足げな笑みを浮かべたマチルダは、再び目的地へ向けて歩き出した。シティ・オブ・サウスゴータと港町ロサイスを結ぶ街道から少し外れ、西の山を分け入った先にある――ウエストウッドと呼ばれる、ごく小さな村。そこは、彼女にとって第二の故郷であり、大切な者たちを残してきた場所であった。

 ――今から、半月ほど前。

 マチルダが、主人から託された『荷物』たちを無事送り届け、根城へと戻ったその翌日。茶色い羽根のフクロウが、なんと全部で10羽も、時間をおいて彼女の元へと飛び込んできた。その全てが、以前藁にも縋る思いで託した主人への願いに対する回答であった。

 ひとつは『パターン別・要人救助マニュアル』と記された、詳細な救助用の手配についてびっしりと記された文書だった。それは、8羽のフクロウの両足に、それぞれ括り付けられていた。

 そう。マチルダの妹たちを、安全にアルビオンからゲルマニアへ移送するために必要な手配に関して、あらゆる状況を想定したマニュアルが送られてきたのである。しかも、そこにはミッション開始準備から救助後の移送方法に至るまで、パターン別・しかもフローチャート付きで細かく記載されていた。

 さらに残る2羽に託されていたものを見て、マチルダは息を飲んだ。それは、なんと総額2千エキュー相当の宝石に加え、

『金額が不足している場合、3千エキューならば即座に送付可能だ。それに加え、最大2万5千エキュー。つまり、合計3万までならば何とか用意できる。これは宝石ではなく、手形での発行も可能だ。金が必要になった場合は遠慮せず、早急に連絡されたし』

 という但し書きが記されたメモであった。

 2千エキューもあれば、トリスタニアの郊外に、ちょっとした庭付きの家が購入できる。3万エキューともなれば――小さな城が手に入るほどの大金だ。

「まったく、ふざけんじゃないよ! なんだって、こんな……貴族の資格を剥奪されたこそ泥なんかに、ここまでしてくれるっていうのさ!? そんなに、あの荷物が大切だったってのかい? アハハハハッ、まったく……傑作だよ!」

 マチルダは大声で笑いながら、送られてきた『マニュアル』に目を通そうとした。だが、何故か両目が霞んでしまい、何度眼鏡を外して拭いても、まともに読み進めることができなかった――。

 ……それから。マチルダは必要な準備をすべく、まずは最大の問題点の解決に動いた。それは、彼女が妹同然に可愛がっている少女が持つ特異性を隠すための行動である。

 その少女には、他人には決して知られてはならない秘密があった。それは、彼女がハルケギニアの民の天敵エルフの血を半分引く者、つまり『ハーフエルフ』であることだ。

 見た目は、ほぼ人間と変わらない。しかしマチルダの妹には、唯一他者と違っている箇所があった。それが『耳』だ。本物のエルフのそれに比べればずっと短いものの、長く尖ったそれを見られたら、即座に『人類の敵』と見なされ、抹殺の対象とされてしまう。

 事実、彼女の母親は『エルフだから』というただその1点だけで殺された。無害どころか清らかで心優しく、最後の時を迎えるその時までも、一切の抵抗を行わなかった。さらに、そんな親子を庇った者たち全てが『敵』として粛正され、断頭台の露と消え――あるいは貴族の地位を剥奪され、住処を追われた。処刑された者たちの中には、マチルダの両親や親族も含まれていた。

 にも関わらず、マチルダはエルフの母娘を恨むどころか、屋敷の隅に隠れていた幼い娘を救い出し、これまでずっと、自分の妹として可愛がってきた。ハーフエルフの娘も、そんなマチルダを本物の姉として、心から慕っている。

 妹を外の世界へ連れ出してやりたい。マチルダが<マジック・アイテム>の調査を始めたのは、元はといえば、そんなささやかな願いが切っ掛けだった。装着者の『顔形』を変える<フェイス・チェンジ>の効果を持つ道具さえ手に入れば――自分の可愛い妹は、お日様の下で、誰憚ることなく過ごすことができる。当初、彼女はそう考えていたのだ。

 だが<フェイス・チェンジ>の魔法は、そう簡単に<アイテム>に込められるようなシロモノではない。トリステイン魔法学院には、全身を映すことで、一時的に別の者に変身できるという効果を持つ姿鏡があったのだが、大き過ぎて、持ち歩くことなどできなかった。

 そのうち、目的が手段と化し、いつしか『土くれ』のフーケが誕生した。そう――変身のためのアイテム捜索が、家族を養うための方策になってしまったのだ。それは、やがて貴族社会への鬱憤を晴らすものへと変化していった。その結果――現在に至る。

 つまり、現時点では『土くれ』の情報網をもってしても<フェイス・チェンジ>の効果を持つ<マジック・アイテム>は見つかっていないことになる。たとえどこかにあったとしても、それは相当高位の貴族が極秘裏に使用しているだけに過ぎない、超貴重品だろう。

 そこで、マチルダは別の手段を使うべく『土くれ』であった頃の伝手を頼ることにした。それによって、即座に動けて口が堅く、かつ<フェイス・チェンジ>の魔法が使える『裏』の人間を確保できた。マチルダは、ここにいちばん金をかけた。そのおかげか『裏』を取り仕切る者も、非常に良い人材を紹介してくれた。

 次に大切なのが、護衛の選択だ。これについては、裏ではなく表側で人材を捜し、最も信頼の置けそうな者1名を雇い入れた。メイジではなかったが、逆にメイジだけで周囲を固めてしまうと怪しまれることと、何より女性であることが、マチルダの目に適った。

 何故ならば、マチルダの妹が美しすぎるからだ。そんな『女性』の身柄を、荒事を商売にして生きる男の傭兵に託すというのは、できるだけ避けたい。マチルダ自身も相当な美人なのだが、彼女の妹はそれを数段上回る、神々しいまでの美麗さを兼ね添えていたから。

 移送用の足や、逃避行の際に利用する宿泊所についての目星もつけた。その後の住処についても用意を済ませた。これらの作業を終え、詳細を連絡するために、妹と家族へ向けてフクロウを飛ばしたマチルダは――早速行動に取りかかった。

 現在膠着中であるアルビオンの戦争が、いつ激化するか全くわからない。家族たちを脱出させるのは、出来うる限り急ぐに越したことはないのだ。

 ――そして、現在。

 彼女たち『救助チーム』は、遂に目的地へと辿り着いた。村はずれにある、小さな家の扉を、マチルダは小さくノックする。前もって、伝書フクロウに持たせた手紙に書いてあった通りの回数を。

 すると、中から同じように扉を叩く音が聞こえてきた。それに被せるように、マチルダが再度ノックをすると、キィ……と、ごく小さな音を立て、静かに扉が開いた。

 中から現れたのは、天を流れる星の河のような金髪を持つ、美しい少女だった。

「お帰りなさい。待っていたわ、姉さん」

 3人の女性は周囲を見回し、誰にも見られていないことを確認すると、即座に家の中へと滑り込んだ。そこには、10名を越える子供たちが待ち受けていた。全員が背負い袋をかつぎ、目をらんらんと輝かせている。それは、これから行われる『大冒険』について、既に知らされている証であった。

「全員、揃っているわね?」

 そう確認するマチルダに、金の髪の少女が頷いた。その少女は、真夜中……しかも部屋の中にいるにも関わらず、頭が半分以上隠れてしまうような帽子を被っていた。

「紹介するわ。この子はティファニア」

「あ、あの、はじめまして。ど、どうか、よろしくお願いします」

 ティファニアと呼ばれた少女は、もじもじと恥ずかしげな仕草で、お辞儀をした。どうやら彼女は人見知りをするタイプらしい。マチルダの影に隠れるような位置へ立ち、そっと、見知らぬ女性ふたりに視線を投げかけている。彼女こそが、マチルダの『妹』でありエルフの血を引く少女であった。

「テファ。彼女たちが、手紙に書いておいた『護衛』よ。ふたりとも、相当な腕利きだから安心してちょうだい。時間がないから、手短に自己紹介を頼むわ」

 マチルダの言葉に、ふたりの女性は頷いた。

「わたしの名はアニエス。ミス・ロングビルに雇われた傭兵だ。魔法は一切使えないが、剣の腕と……これには、少々自信がある」

 アニエスと名乗った女性は、笑顔でそっと黒装の中に隠されていたものをティファニアに見せた。それは彼女の切り札にして、最高の相棒であるマスケット銃だった。

 次いで、もうひとりの女性が名乗りを上げた。

「わたくしは、リュシー。シスター・リュシーと呼んでください。『スクウェア』スペルを扱えるため、この『仕事』に同行させていただくことになりました」

 だが、その名乗りを聞いた途端。ティファニアは「ひうっ……」と、何かに酷く怯えたような声を上げ、マチルダの後ろへ完全に隠れてしまった。

「大丈夫だよ、テファ。彼女は、テファを『異端審問』へかけにきたわけじゃない」

 怯えるティファニアを、マチルダは抱き締めて慰めた。そんな彼女に応えるように、シスター・リュシーは静かに頷いた。だが、その顔には、聖職者と呼ぶにはあまりにも不釣り合いな笑みが浮かんでいた。それは、例えていうならば――燃えるために必要な空気を求め、ひたすらに彷徨う炎。

「ええ。あなたの事情は聞いていますよ。怖がることなどありません。なにしろ、わたくしは『ブリミル教』など、欠片も信じてはいないのですから」

 そう言うと、リュシーは懐から杖を取り出した。

「さあ、もう時間がありません。まずは、あなたの『顔』を変えさせていただきます。そのためにこそ、わたくしはここまでやって来たのですから」

 シスター・リュシーはティファニアへ向け、ゆっくりとルーンを紡ぎ始めた。それは、もちろん<フェイス・チェンジ>と呼ばれる水と風のスクウェア・スペルであった。呪文が完成すると同時に、ティファニアの顔と髪の色、そして耳の形は――完全にこれまでとは別人のものへと変化した。

 ……こうして。ウエストウッドと呼ばれた小さな村は、この日を最後に、誰一人住む者のない廃村と化した。そして、そこにいた最後の住民たちの行方を知る者は、ごく限られた人物――彼女たちの救出作戦を練った太公望と、その資金を全額捻出した、オールド・オスマンのふたりだけとなった。

 これは、太公望の仲間を厚遇する姿勢と。オスマン氏による、彼女たちの事情を知るがゆえの深い同情。それらが合致した結果、実現した――総額2万5千エキューもの大金が、表と裏で動いた大救出劇である。

 だが、そんな救出劇を影から支えた彼らにも、まだ知らされていないことがあった。それは――まるで、金色の尾を引く流れ星のように、白の国から降りていった少女が持っていたもの――現時点では、まだ明かすことのできない重大な秘密にして、本人すら知らない運命について。

 既に『箒星』の名を冠した桃色の髪の娘のそれと、全く同じものを背負ったハーフエルフの少女ティファニアは、ここで一旦舞台裏へと消えてゆくのだが――後に、本来の歴史とは全く違う形で、再び表舞台へと、その姿を現すこととなる。

○●○●○●○●

 ――黄金の流れ星が、無力な幼子たちを抱えて動きだそうとしていた、ちょうどその時。同国内にある『レコン・キスタ』総本部にて。

「おおおおお! ミス! ミス・シェフィールド! そ、それはまことかね!?」

 司教の衣に身を包んだ痩せぎすの男が、まさしく感に堪えないといった風情で、自分の目の前に立つ女性に向け、喜びの声を――割れんばかりの音量でもって届けていた。

「はい、クロムウェル閣下。これが、その証文にございます」

 シェフィールドと呼ばれた女が、ついと男に一通の便箋を手渡した。彼女は黒い装束を身に纏い、フードを深く被っているため、その顔はおろか表情も伺い知れない。

 クロムウェルと呼ばれた司教姿の男は、受け取った便箋に目を通し、歓声を上げた。

「トリステインの近衛衛士長が、我が『レコン・キスタ』へ加盟してきたと! かの国へはそれなりの伝手があったとはいえ、あくまでもあれは裏方。しかし、ワルド子爵は違う! これは、女王の喉元に杖を突き付けたに等しいことだ。素晴らしい、実に素晴らしいぞ。さすがはミス・シェフィールドだ!」

 クロムウェルは、椅子から転げ落ちるようにしてシェフィールドの元へ近寄ると、その手を取った。まるで、貴人のそれに触れるが如く。だが、そんな彼の態度を窘めるように、シェフィールドは首を振った。

「閣下。あなたは、もう……うらぶれた街の小さな酒場で、独りくだを巻いているような、ちっぽけな存在などではないのです。聖地を回復するために立ち上がった神の戦士。『レコン・キスタ』の総帥にして、全てを統べる者なのです。その自覚を持って頂かなければ困りますわ」

 彼女の言葉に、クロムウェルは身体をビクリと反応させ、背筋を伸ばした。

「そう……その通りだ、ミス・シェフィールド。忠告感謝する」

 クロムウェルの言葉に満足したのか、シェフィールドは満足げな笑みを浮かべた。それは、双月に照らされて、怪しげに輝いていた。

 ――造られし歴史の舞台は、着々と整いつつあった。


○●○●○●○●

 ――白の国の舞台裏で、黒装束の女参謀が微笑みを浮かべてから、わずか数分後。ガリア王国の首都・リュティスにある小宮殿プチ・トロワの一画では。

「知らないっていうのは、本当に怖いことだわぁ~。そうは思わなくって?」

「ククッ……あァ、オメーの言うとおりだぜ。ッたく、本当に馬鹿な奴らだ」

 自室であり、そうでない場所。亜空間と呼ばれる場所に創られた、特別な『部屋』の中。目の前にあるたくさんの『窓』の前で、その『部屋』の創造者である、黒装束に身を包んだ少年と、彼のパートナーたる蒼い髪の姫君が、揃って笑い声を上げていた。

 現在『窓』の中に映っているのは、とある貴族たちの集まりであった。

「こぉ~んな夜中に、わざわざ詰め所の中で集会とか。自分たちが、今ここで密談してますって、喧伝しているようなものじゃないのさ!」

 そう言って、蒼い髪の姫イザベラが嘲笑すれば。

「おまけに、見張りすら立ててやがらねぇ。どこまで笑わせてくれるんだかなぁ」

 青い肌の少年、王天君がそれに追随する。

「どこか別の場所から聞かれてる、見られているだなんて、欠片も疑ってないんでしょうから。なにしろ、自分たちをとぉっても優秀だと信じ込んでいる連中ですものね。みぃんな、魔法がすっごくお上手な、お貴族サマですから~。おほ! おほ! おっほっほ!」

 現在、ふたりの前で繰り広げられている舞台劇。それは『北』と『東薔薇花壇騎士団』のふたつを除く、王国騎士団内部に潜む『シャルル派』と称する騎士たちの、今後の指針を決める上での密談であった。

 こんな真夜中に、あえてグラン・トロワの内部にある衛士隊の詰め所でそれを行えば、事が表沙汰になることなどないだろう。そんな思惑でもって秘密会議を開いたシャルル派貴族たちであったのだが……結果はご覧の通り。このふたりにはそんな計画など、完全に筒抜けであった。

 現在、彼らが話題にしているのが『異邦人』。つまり……タバサの使い魔・太公望のことである。

 現在、シャルロット姫はラ・ヴァリエール公爵家で歓待を受けており、来週からゲルマニアのツェルプストー家へ移動する。これらの内容は、ガリア王家へ、タバサの元から詳細な日程も含め報告されている。問題の人物は、正式にガリアの『騎士(シュヴァリエ)』となる際に、配属先となる『東薔薇花壇騎士団』の団長及び『北花壇騎士団』の長たるイザベラとの面通しを行うことになっている。

 この面通しは、ふたりがゲルマニアから戻った後――来月早々に予定されている。その時に見た『異邦人』の態度や能力次第で、彼らは今後の方針を決定しようという相談をしているのだ。わざわざ、夜半を過ぎた――こんな時間帯に。

「ハハッ、せいぜい頑張んな。コイツらのことだ、どぉせ太公望の上っ面だけ見て『人形姫』から『イザベラさま』に乗り換えようってぇ腹づもりなんだろうからよ」

 手元の菓子入れをがさがさと漁りながら、王天君は呟いた。

「魔法的に『無能』なジョゼフ王に仕えるってなぁ癪に障る。だから、ちょびっと魔法が使えて、若ぇから自分たちの言うことをよぉく聞いてくれそうな王女様(プリンセス)にお仕えする。そんな忠誠に溢れかえりまくった貴族のミナミナサマを、オメーならどう扱う?」

 そう言を向けてきた王天君に、イザベラはフンと鼻を鳴らして答えた。

「ええ~ッ! わたし、いらないわぁ! あ~んな目が利かないどころか、密談場所の選定すらまともにできない連中なんて。あ、いや、ちょっと待って! ああいうお馬鹿さんたちにしか任せられないようなお仕事を、いかにも重要な任務みたいに見せかけて、放り投げてあげればいいのかしらッ? たとえば、最近発生してる新教徒による爆破予告関連の一斉捜査とか?」

 そう呟いたイザベラの声を聞いた王天君は、ゲラゲラと大きな笑い声を上げた。

「おいおい、爆破予告が重要じゃねェとかよぉ! 仮にも一国のお姫サマが言うことじゃねぇだろぉよ?」

「だってぇ、犯人のことなんて、とっくの昔にわかってるんですもの。だからって、捜査をさせなかったら王家の看板に傷が付くわ。仕方がないから、彼らに任せてあげようっていうのよ? わたしって本ッ当に優しい王女だわ。そうは思わなくって?」

 新教徒による爆破予告。これは、なんと父王に申し出て許可を得た上で、イザベラ自身が仕掛けたガス抜きなのだ。現在の王室に不満を持つ者や、抑圧されている新教徒の鬱憤を晴らすために、自前の工作員を使って、わざとそれらしい動きをさせているに過ぎない。

 実際に、いくつかの家屋や軍施設を爆破してみたりもしているのだが、これらは全て、近日中に廃棄予定の国営施設に限定されており、かつ、そこから出た怪我人とおぼしき者たちも、全てイザベラ配下の工作員。そう、つまり……これは完全な自作自演。この『作られた混乱』を見せることによって、本物の内乱を抑えるという一種の荒技だ。

 さらに。もしも工作員に接触してくる者がいた場合、それはそれで別組織の動きを掴む機会を得ることが可能になるという、一粒で二度美味しい『策』なのである。

「昔のわたしは、ここにいるのが嫌で堪らなかった。日が差さない裏側。眩しい表舞台になど絶対に出られない、影たる自分が。でも、最近『裏』も悪くないんじゃないか、そう思えてきたのよ」

「まぁ、住めば都って言うからなぁ。本気でやってみると、案外面白ぇモンだろ?」

「ええ。あなたが教えてくれなかったら、気が付かなかったかもしれないわ」

 この『窓』の中にいる、わたしの<魔法>しか見ていない愚かな連中と、あなたは根本から違う。そう独りごちたイザベラへ、王天君は、満足げな笑みを返した。

「それにしても……あの連中! あなたの弟を『いらない』とか、よく言えるわよね。知らないって、本当に怖いことだわぁ。巧くやれば、とんでもない逸材が手に入るかもしれない機会だっていうのにねェ!」

 ――とんでもない逸材が、手に入るかもしれない。

 イザベラは、ラグドリアン湖で太公望が発生させた、巨大などという言葉では、到底表しきれないほどの竜巻を目にしていた。にも関わらず、彼女はその<力>について、父王には一切報告をしていなかった。それは、王天君に対する遠慮もあったのだが、それ以上に――とある考えを持っていたからである。

 そんなイザベラの考えを、まるで読んでいたかのように、王天君が口を開いた。

「なあイザベラよぉ。間違っても、太公望を言いくるめようだなんて思うなよ? いくらオメーにそっち方面のセンスがあるっつっても、ヤツに対抗するのはまぁだ早すぎるぜぇ? まぁ、んなこたぁオレが言うまでもなくわかってると思うけどよぉ」

「忠告ありがと。わたしも、そこまで思い上がってなんかいないわ。なにせ初対面の時、完ッ璧に騙されちゃったんだから! オーテンクンがここへ来てくれなかったら、今も騙され続けていたはずよ。でもね、だからこそ……やりようがあると思うの」

 そう言ってニッと笑ったイザベラに、王天君は実に小憎らしい笑顔でもって応えた。

 ――時は、ひとりの無知な少女を、知る大人へと変貌させつつあった。


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