――ガリア王国東薔薇花壇騎士団長バッソ・カステルモールは静かに憤っていた。 練兵場での訓練中に、伝令兵より託された国王ジョゼフ一世の命令書。彼は、その内容に憤慨していたのである。 国王の側近くに仕える花壇騎士の団長として、主君に対しそのような感情を覚えるというのは、たとえ表へ出していないとはいえ、不敬ではないのか。通常ならば、そう受け取られてしかるべきなのだが――カステルモールが現在仕えている国王ジョゼフ一世が『普通』ではないのである。 彼にとって、現国王ジョゼフ一世は『薄汚い簒奪者』であった。既に皇太子として定められていたとはいえ『無能』として国内にその名が知られていたジョゼフ王子などではなく、始祖の再来ともいうべき魔法の才を持ち、周囲からの人望に篤かったシャルル王子殿下こそが王座に在るべき人物だったのだ。カステルモールは、心からそう信じていた。そして、「お前は、まだ若いのに見どころがある」 そう言って、当時まだ20歳をいくらも出ていなかった自分のことを引き立ててくれたシャルル王子への恩を、彼は決して忘れてはいなかった。 ……とはいえ、そんなことを公言すれば、間違いなく自分は粛正の対象となる。それだけならまだしも、恩人の忘れ形見である大公姫シャルロット姫殿下の身に危険が及ぶ。 そう考えた彼は、影から彼女を支援すべく、賛同する者たちを、少しずつ自分の元へと集め――そして現在。この『東薔薇花壇警護騎士団』の団員全てが、シャルロット姫殿下に対し、表に出せぬ忠誠を誓う騎士団へと変貌を遂げていた。 にも関わらず、そんな彼の努力をあざ笑うかのような命令書が届いたのだ。「よりにもよって、あの『異邦人』を、この騎士団の末席に加えろ、とは……!」 『異邦人』。問題の人物のことを、カステルモールみならず――東薔薇花壇騎士の団員たち全員が、そう呼んでいた。 彼らが本来仕えるべき主人が、留学先であるトリステイン王国の魔法学院で執り行なった<使い魔召喚の儀>。そこで『事故』を起こした結果であり、異物的な存在。直接その姿を見た者によれば、貴族に対する礼儀もろくに知らないような、学の無い流浪の民だという。ハルケギニアでは珍しい黒い髪をした、その碧眼の少年は、彼ら『シャルル』派にとって、目の上のたんこぶ以上の邪魔者だ。「東方ロバ・アル・カリイエから<召喚>されたという、例の得体の知れない子供を――よりにもよって、この伝統ある花壇騎士団に所属させた上に、わたしの配下として扱えとは」 彼ら東薔薇花壇警護騎士団員は、身をもって知っていた。その『召喚事故』により、それまでシャルロット姫に忠誠を誓っていた者たちが、掌を返すように多数離反してしまったことを。そして、それを憎きジョゼフの娘――シャルロット姫の従姉妹にして上司である北花壇警護騎士団長のイザベラが、派手に周囲へと喧伝した上で、嘲笑っていることを。 カステルモール自身、かの少年を恨むのは筋違いだと理解している。彼とて、わざと呼ばれて来たわけではないのだから。しかし、それでも悔しいと思ってしまうのは事実。もっと姫君に相応しい――たとえば、風竜などが召喚に応えてくれてさえいれば、今の苦境は無かったに違いない。どうしても、彼はそう考えてしまうのだ。「とはいえ、基本は『北花壇警護騎士団』に配属されるのか。あくまで、この騎士団への所属は偽装に過ぎないようだ。しかし、それでも一度は面通しの為に『異邦人』と顔を合わせねばならない。そのとき、わたしは……己の胸に秘められたこの怒りを、抑えることができるのだろうか――?」 カステルモールは、思わず天を仰いだ。憎たらしいくらいに雲ひとつ無く澄んだ青空が、そんな彼を悠然と見下ろしていた。○●○●○●○● ――いっぽう、そんな理不尽な怒りを向けられつつあった当の太公望はというと。「で、でも、私、そんなこと……」「もう! シエスタったら……いつまでもウジウジしてたら、欲しいものは手に入らないのよ! ここは押して押して押しまくるべきよ!! ミスタもそう思いませんか?」「いや。あやつの性格から察するに、押し過ぎると逆に引かれてしまうと思うのだが」 ……厨房の片隅にある休憩所で、メイドたちと暢気に雑談を楽しんでいた。 温めのお茶をぐいとひと飲みしたシエスタは、困ったような顔をして同僚に言った。「ほら、ローラ! タイコーボーさまもそうおっしゃってるじゃないの」「えーっ、でも……落としたい相手に迫るのは当たり前じゃない!」 ローラと呼ばれた眩い金髪を持つメイドの娘は、頬をぷうっと膨らませ、不満げに口をすぼめている。ふたりの意見が気に入らないのであろう。そんな彼女の様子を見て、思わず苦笑いする太公望。「押すのが悪いと言っておるわけではない、程度というものを考えねばならぬのだ。やりすぎて、万が一『ストーカー』なんぞと勘違いされたら、目も当てられぬぞ?」「すとおかあ……って、なんですか?」 首をかしげたシエスタとローラに、太公望は暗い顔をして語り始める。「実はな、昔……こんなことがあったのだよ」 かつて、知り合いの娘に一目惚れをした男が、彼女のことを一方的に『運命の相手』だと思い込んで暴走し、異常なまでの行動(ストーキング)を繰り返した結果――その娘に決定的なまでに嫌われたばかりか、ついには命を落とす結果になった事件の顛末を。「ずっと後ろをつけてこられるとか、めちゃくちゃ怖いんですが……」「何をしていても見られてるとか、想像しただけで鳥肌が立ってくるわ……!」 両手で自分の身体を抱え込み、ガタガタと震えるメイドたち。「で、あろう? もしもそんな輩と勘違いされてしまったら……!」「た、確かに押し過ぎは問題ですわね……わたしも考えて行動しなきゃ」 ……などという実に緊張感のない会話をしている太公望。昨日の今日でもうこれである。まあ、今の時点でじたばたしても焦るだけで意味がないということと、彼なりにちゃんとした理由があって、この場へと訪れていたわけだが。 と、そんなところへ、その理由たる厨房の長マルトーが顔を出した。恰幅の良い、四十過ぎの親父である。特別にあつらえたシェフコートを身に纏い、コック帽からはみ出た金色の髪は、厨房と外の熱気により吹き出した汗で濡れている。「待たせたな! 頼まれた件についてはもちろんオーケーだ。しかし、本当にいいのか? 男連中を連れていったほうが、役に立つんじゃねえか?」「いや、申し出はありがたいのだが、そもそも危険なことや荷物持ちをさせるつもりはないので、男手は必要ないのだ。それに、シエスタは土地勘があるからのう」「そういや、タルブへ立ち寄るって言ってたっけな」 ――タルブ村。トリステイン最大のワイン産地にして、シエスタの故郷である。 太公望は魔法学院が夏休みになった翌日から、水精霊団に所属するメンバーたちと共に『宝探し』に出る予定であった。最初の目的地は、深い森の奥にある、とある事情で廃村となった場所だ。そこへ同行してくれる、山歩きができて、なおかつ野外での調理が上手い料理人をひとり、手配してもらいに来ていたのである。 偶然、廃村の次の目的地としていたタルブの村が、シエスタの故郷だったこともあり――太公望はシエスタを1週間ほど借り受ける旨、オスマン氏にまず確認した上で、現場の責任者であるマルトーへ依頼しに来たのである。ついでに、当日昼の弁当の注文を兼ねて。「ちょうど、シエスタも再来週から休みに入るところだったんだ。少し早い里帰りだな」「は、はいっ! ありがとうございます!」 笑顔で許可を出してくれたマルトーに、シエスタは感謝した。もちろん、早めの帰郷は嬉しい。でも、それ以上に彼女にとってはありがたいことがあった。何故なら今回の冒険には、彼女が以前から気にしている男の子――才人が同行することを知っていたからだ。「それじゃ、例の件は頼んだぜボウズ」「かかかか、任せておけ! タルブのいいやつを数本、見繕ってきてやるわ。まあ、どうせまたわしがこっそりいただいて飲んでしまうわけだが!」「へッ。ウチの厨房特別守備隊を、そう何度も突破できるもんかい! なあみんな!!」「我々は、防衛ラインを突破させない!」「させない!!」 手の動きは一切止めず、ぐるりと首だけ休憩所方面へ向け、唱和するコックたち。 ――料理長のマルトーと、厨房で働くコックたち一同。彼らは、この魔法学院における全ての『食』を担う存在だ。 そんな彼らは、腕の良い職人たちの例に漏れず、魔法と、それを用いるメイジたちを毛嫌いしていた。マルトーなど、魔法学院の料理長という立場にありながら、堂々と「給料がいいからここで働いてやっているだけだ」などと嘯いているほどだ。 そんな厨房の料理人たちだったが、彼らは同じ平民の才人と、彼と仲の良い太公望、そしてその主人であるタバサのことは結構気に入っていた。 才人については、同じ平民でありながらかつてシエスタを庇い、貴族に立ち向かったその勇気と『平民は貴族に勝てない』という常識を打ち壊した英雄であること。時折「いつも美味しい料理を食べさせてくれるお礼」などと称して、薪割り他の手伝いをしていく義理堅さが大いに受け。 タバサに関しては、彼らコックたちが精魂込めて作った料理を絶対に残さず、全部綺麗に食べてくれることを評価しており。 そして太公望はというと、全く貴族らしくないその態度と――マルトー率いる『厨房最終防衛ライン』を巧みに突破しては、ワインや果物をちょろまかしたり、つまみぐいをしていく『いたずらっ子』として認識していた。 料理人たちは最初のうちこそ腹を立ててはいたものの、最近ではいかに太公望に見つからないよう、秘蔵の品々を隠し通すか。それを考えることを一種の娯楽として昇華している。彼を引っかけるための罠について、わざわざ定期的に作戦会議を開いているほどだ。ちなみにその会議には、こっそり才人も顔を出していたりする。もちろん、太公望には内緒で。 ――なお、これまでの最高傑作は、才人が作成した『ぴたごらすいっち』なる罠である。 目標『太公望』が、人気のない時間帯に、こっそりと厨房へ忍び込み――ワインのある戸棚を開けた瞬間。棚の裏側に取り付けられていた『糸』が引っ張られ、フライパンの大演奏会だの、そこらじゅうの扉の連続開閉だのが発生した挙げ句、何が起きたのかわからず混乱していた『目標』の頭上へ、棚の上に仕掛けられていた金属製のタライが落ちてきて、実にいい音を立てたあの時は、隠れて見ていた厨房の者たち全員が、大いに湧いた――と、まあそんなことはさておき。 週明けの早朝――つまり、夏期休暇初日の朝、所定の場所へ集合とシエスタへ告げた太公望は、厨房を後にした。果物籠の中から、さりげなく桃を2つほど懐に忍び込ませながら。○●○●○●○● ――そして夕方、最近ではすっかり水精霊団の溜まり場となっている中庭にて。「と、いうわけで食事の手配その他諸々は済んだ」 太公望の言葉に、わっと歓声を上げた水精霊団メンバーたち。そう……もうすぐ夏休み。彼らが楽しみにしていた胸躍る冒険の日々が、目前に迫っていた。「なお、最初にこれだけは言っておく。今回行われる『冒険』について、わしは一切手を出さない。たとえ戦闘になっても、あくまで見ているだけとする。おぬしらだけでなんとかするのだ」 それを聞いたギーシュが、抗議の叫びを上げた。「そんな! どうしてだい? ミスタは我が水精霊団の最高戦力なのだよ!?」「だからなんじゃないの?」「は?」 ぽかんとしている同級生たちに、ルイズは自分なりの考えを述べた。「これは、わたしたちの冒険なのよ。ミスタに手伝ってもらったら、暗号名を決めた意味が無いじゃないの!」「あ、ああ、そういうことか」 彼らのやりとりに、太公望は満足げに頷いた。「今のおぬしたちが<力>を合わせれば、それほど危険はないはずだ。まあ、万が一の場合は一応手助けはするが……」「するが?」 タバサの問いに、太公望はあっさりと答えた。「その場合、全員が減点対象となるので、危険な状況に陥らないよう注意するのだ」「減点対象ってなんだよ!?」 才人のツッコミに、太公望は懐から一冊のメモ帳を取り出して見せた。それは皮ごしらえの表紙で、単なるメモ帳にしてはなかなかに立派なシロモノだった。「これは学院長から預かった、全員分の『考課表』だ。道中のおぬしたちの行動について、わしが評価の上、点数をつける。そしてこの点数は『実技』の成績表に加味される」「つまり……テストの成績が悪かった場合、ここで頑張れば取り返せるってこと?」 これまで魔法の『実技』がボロボロだったルイズが、顔を輝かせた。最近はともかく、以前のマイナス分がここで取り返せるというのは、彼女にとってありがたいことなのだ。「そういうことだ。なお、冒険中は『授業に出ている』とみなされ、そのぶんの日数を別途休日として申請できるようにすると、狸が言うておった」 わっと沸く生徒たちと、やや不満げな態度の太公望。「なにか問題があるの?」「代わりに、わしがしっかりと考課表をつけねばならぬのだ! まったく面倒な……」「何と引き替え?」「桃のタルトだ」「安ッ!」「何を言うのだ。なんと、まるまる1ホールだぞ!?」「デザート1ホールに左右される、わたしたちの成績表って一体……」 漫才化しつつあったやりとりを中断し、無理矢理確認を入れたのはレイナールだった。「つまり、教導官つきの実戦訓練みたいな扱いになるということかな?」「そういうことだ。ただし才人については学生ではないので、冒険後にもらえる報酬が増減すると考えてくれ。ちなみに手を貸さないというのは、あくまで今回のみの措置だ。以後、冒険の難易度が上がっていくに従って、わしも参加するようになる……かもしれぬ。まあ、完全に状況次第だのう」「本格的にゲーム始める前の、チュートリアルみたいなもんだな!」 才人の言葉に、全員が首をかしげた。ハルケギニアにゲーム用語があるわけがない。失敗したかな……などと思いつつ、才人は頭を掻いた。「あー。えっとだな、前準備を整えてもらった上に、説明つきの冒険ができるって意味だ。何も無い状態から始めるよりもずっと安全だし、勉強になるわけだ。うん」「なるほど」「ところで、教導官って何かしら?」 そう尋ねてきたモンモランシーには、ギーシュが答えた。「軍隊における教官……つまり、先生のようなものだよ。当然のことだけれど、実戦経験が豊富で、かつ指揮能力の高い人物が、特別に選ばれて任官することがほとんどなのさ。なにせ『実技』や『指揮』を教えるんだ。そんな大切な役目を、実力のない者が果たせるはずがないからね」「そういうことなら、ミスタは適任よね」 そのモンモランシーの言葉に、タバサを除く全員が、太公望の左胸――濃紺色の外套部分に着けられた『シュヴァリエ』と『東薔薇花壇警護騎士団』の略章を見る。 ――太公望はタバサと色々話し合った結果、まずは水精霊団のメンバーにのみ、略章のお披露目をすることにしたのだ。もちろんこれは、ヴァリエール公爵家の歓待前に行うべき下準備と、ガリア王政府の『目』がどこまで届いているのかを確認するための措置である。 当然ながら、才人を除く全員が驚いた。才人も、説明を受けてびっくりした。もっとも、彼の場合は「外人が日本国籍もらえたようなもんか」程度の認識だったのだが。 最下級の爵位とはいえ、出自もわからぬ異国の民が貴族としての身分を手に入れただけに留まらず、他国にもその名を知られた『花壇騎士』に叙せられたとあっては、驚くなというほうが無理だ。先進的な意識を持つ帝政ゲルマニアならばともかく、他国ではまずありえないような厚遇である。つまりこの略章は、太公望の実力を大国ガリアが認めた証なのだ。 ……本人がちっとも喜んでいないのは、この際脇へ退けておく。 余談だが。太公望が使用人のひとりを借り受ける旨、許可を得にオスマン氏の元を訪れた際に、件の略章を見た氏は、内心で悶絶していた。 彼はタバサと太公望の主従ふたりを、揃ってトリステインに取り込みたいと考えていた。タバサ――シャルロット姫はガリアの元王族だが、厄介払いも同然に海外へ留学させられている以上、宮廷政治にからむような真似をしなければ、むしろ歓迎されるであろうと睨んでいた。 太公望に「教師にならないか」と持ちかけたり、秘書としての採用を匂わせていたのは、その前振りだったのだ。タバサの卒業後にふたりを娶せ、自分の養子にしてしまえば、トリステインが受ける恩恵は計り知れない。そこまで考えていた。タバサの『才能』と太公望の『知識』は、オスマン氏にとって、喉から手が出るほど欲しいものだったのだ。 ところが、ガリア王政府の素早い行動で、それをあっさりと覆されてしまったのだから、たまらない。ただの『騎士』なら、多少の横槍を入れても問題にならなかっただろうが――よりにもよって、ガリア王国騎士団の花形である『花壇騎士』に叙せられたとあっては、もう手が出せない。用を片付け、部屋を出て行った太公望の後ろ姿を見送ったオスマン氏は、ぐったりとセコイアの机に突っ伏してしまった。 ところで。ヴァリエール公爵家の招待について、ルイズは後から加入した『おともだち』2名を追加して欲しいとの旨を実家に問い合わせた上、了承をもらっている。もちろん、ふたりに予定の確認を取った上でだ。思わぬ役得に、モンモランシーもレイナールも、二つ返事で頷いていた。 ……閑話休題。「そういうわけで、わしの立ち位置については理解してもらえたと思う。さてと……それでは、いよいよ今回の『冒険』について、その内容を説明したいと思う」 この言葉に、顔つきを変えた生徒たち。そして太公望は、冒険内容を説明し始めた。「現場は、トリステインとガリアの国境付近にある廃村『ジャコブ村』。そこに巣くうオーク鬼30体の殲滅、並びに村の開放だ。達成時に支払われる懸賞金は、合計で5125エキュー。現地で手に入れた各種アイテムについての取り扱いは、こちらに一任されている」 おおっ! と歓声を上げたメンバー。だが、タバサだけが何かしっくりこないような顔をしている。その理由は単純だった。何故なら――。「オーク鬼30体……たしかに、それなりの賞金がかかる相手。でも、5000エキューを越える懸賞金が出るような討伐任務ではない。せいぜい、6~700エキューが相場」 その問いに「よくぞ聞いてくれました!」とばかりに太公望が答える。「ああ、それなら簡単だ。懸賞金をかけていた団体が、複数あったからだよ」 これを聞いた才人がピンときた。「ああ、そっか。なるほどな! クエストの重複受諾か!!」「クエスト……という言葉の意味を、わしが正しく理解しているかどうかはともかく、才人の言うとおり重複して依頼を受けたのだよ。村を捨てなければならなかった者たち、その地を治めていたものの、手持ちの駒が足りずに困っていた領主と……」 指折り数えながら『依頼主』を挙げ続ける太公望。「近辺の街道を、かつて他国との近道として利用していた商人たち。村の近くにある石切場から、良質な石を切り出していた石工の組合。そして……オーク鬼そのものにかけられた、トリステイン王国の賞金。これらを合計した額が、5125エキューになった、と。そういうわけだ」 トリステインの王政府を除く全てと交渉し、重複受諾をすることを前もってきちんと明かした上で、通常よりも遙かに安い金額で討伐依頼を請け負ったという彼に対し、才人を除く一同は声も出ない。「まあ、よくあることだよな。お互い得だし、全然アリだろ。おまけに、あちこちの団体に俺たち『水精霊団』の名前を売るチャンス。うまくやれれば、依頼が入ってきやすくなる。そういうことだよな?」 ネットゲームなどでよくある状況だ。同じ場所を指定されている『クエスト』――つまり、依頼を複数同時に請け負うことによって、効率よくお金やアイテムを稼ぐのが、この『クエスト重複受諾』だ。地球にいた頃は「特技はアクションゲーム」などと公言して憚らなかった程のゲーマーである才人は、すぐさまその利点に気がつけた。「その通りだ。これら交渉や現地偵察を行った報酬として、例の<マジック・アイテム>ひとつをわしがもらい受け、その他の懸賞金については、経費を差し引いた上で全員に分配する……と。どうだ、誰も損をしてはおらぬであろう?」 確かに、誰も損をしてはいない。むしろ、通常よりも安く依頼を請け負ってもらえた者たちや、自分たちにとっては得しかない。「ところで、きみが欲しがっている<マジック・アイテム>って、どういうものなんだい? わざわざ交渉までしたのに、賞金いらないからそれだけもらえればいい、だなんて」 レイナールの疑問に、全員が「そういえば……」という顔をして太公望を見る。「うむ、実はそれなのだが……この冒険を終えた後に立ち寄る予定である『タルブ村』に伝わる伝説のアイテムと、似たような名前を持つものなのだ。ただし!」 そう言って、彼は左手の人差し指をぴんと立てて注釈を入れる。「触れた者を、砂に変えてしまうという……呪いのアイテムでもある」「うげ、なんだそれ」「なんでそんな危険なものを欲しがるのよ……」 思わず引いてしまった才人とルイズ、そしてその他のメンバー。ただし、タバサだけが違った見解を持ち合わせていた。何故なら、彼女のパートナーたる太公望が、自分が持つ『杖』に似たような処置を施していたことを覚えていたからだ。「それは……もしかして、あなたの杖と同じ呪いがかけられているの?」 その問いかけに、満足げに頷いた太公望。「その通りだ。例の『破壊の杖』の持ち主が、才人の住む国の近くから<召喚>されたと聞いてな。もしかすると、わしの国から来ているものがあるのではと思い、色々と調査していたのだ」 所持者以外が手に入れようとすると呪われ、生命力を吸い尽くされるという盗難防止用の措置が施された『杖』。そう……太公望の持つ『打神鞭』と同様のそれがかけられているというアイテム。もちろん、それが初耳だというメンバーたちは驚き、そして当然ともいうべき質問を太公望へ投げかける。「所有者以外が手にすると、呪われるってことは……危険なのではないのかね?」 その問いに、うんうんと頷く一同。だが、太公望はこともなげに切り返す。「それについては問題ない。わしの推測通りならば、既にそれに触れていて、しかも手に入れたことがある道具だからのう。ならば、わしが呪われることなど絶対にありえぬ」 そう断言した彼に、タバサは疑問を呈した。「それは、いったいどういうもの?」 タバサの質問に「それでは……」と、もったいぶったような口調で答える太公望。「先に、依頼のあった村とタルブ村において、その道具がなんと呼ばれていたか教えよう。ひとつは『竜の羽衣』、もうひとつは『天使の羽衣』だ。共に、空から舞い降りてきたという、曰く付きの<マジック・アイテム>だ」「空から舞い降りてきた……」「曰くつきの、アイテム……かあ」 その姿を想像し、空想の彼方へと飛び立っていった子供たち。 ――空に関係する、2つの<マジック・アイテム>。こうして、本来交わるはずのなかったふたつの歴史は、改めて交差することとなった――。