太公望に連れられて中庭へやってきた少年は、レイナールと名乗った。彼は、タバサたちの隣のクラスに所属している2年生だという。「ずっと前から、君たちのことが気になっていたんだ」 そう言ってにっこりと笑った少年は、ここに至った経緯を語り始めた。 ――レイナールは、ここ1ヶ月ほど前から中庭で行われていた『あること』が気になっていた。最初のうちは、他のクラスメートたちも同じように思っていたようだが、彼らはたったの数日で、あっさりと興味をなくした。何故なら、そこに平民が混ざっていたからだ。「平民と貴族がなれ合うだなんて、どうせロクなことじゃない」 そう言って、笑いながら去って行った彼らについてはどうでもいいと思っていた。「けど、あれは一体どういうことなんだ?」 日を追うごとに動きが良くなっていくゴーレムの集団と。それらをなんと剣1本でなぎ倒し、あるいは蹴りによって地面に叩き伏せていく平民の少年の、なんと力強いことか。 レイナールは『ライン』クラスのメイジで、学院内での成績は、そこそこ上位に入っている。特に<刃(ブレイド)>の魔法を用いての接近戦は、クラスで一番の腕前だ。しかし、正直あの平民には勝てる気がしなかった。 それだけではない。この1年間『ゼロ』と笑われていた少女が、箒に乗るという、常識では考えられない方法を採ってはいるものの、通常の<フライ>よりもずっと速く、軽快に空を舞う姿も、レイナールの興味を引いた。 他にも、同じ<フレイム・ボール>を唱えているはずなのに、何故か毎回違う大きさで発動するそれや、異国風のマントを纏った――これもたぶん自分と同世代のメイジと共に、何かに祈るような姿勢で芝生に座り込む眼鏡の少女たちにも好奇心がそそられた。 そして、ついに昨日――彼は見てしまったのだ、決定的なモノを。 『見えない壁』。そこに次々と投げかけられる魔法。だが、それはまるで『盾』のように全てをはじき飛ばした。とはいえ、書物で学んだエルフの<反射>とは異なっている。「あんな魔法、ハルケギニアには存在していないはずだ! と、そういえば……」 そこでようやくレイナールは気がついた。あの、異国風の装いをしているメイジ――名前はタイ……なんとかというらしい彼は、隣のクラスの『雪風』が『召喚事故』によって呼び出してしまったという、東方ロバ・アル・カリイエのメイジではなかったか!?「もしかすると……彼らはみんな、東方の魔法を教えてもらっているのか!?」 レイナールは、胸の高鳴りを抑えることができなかった。それも当然だろう、そもそも東方諸国とのやりとりをしている商人自体がごくごくわずか。かの地に関する情報は、はっきり言って無いといっても過言ではない。「杖をふるって使えているということは……使い方については、ハルケギニアとだいたい同じなのかな。それが東方流にアレンジされているのか、それとも東方独自の魔法が存在するんだろうか? くうッ、彼らと直接話ができればなあ!」 レイナールは悔しかった。あの場にいる貴族たちのほとんどが、トリステインでも有数の大貴族ばかり。かたやレイナールの実家はというと、お世辞にも良い家柄とは言えない。あきらかに家格が上の者たちに声をかけるのは、大変な勇気がいることだった。 トリステイン魔法学院には『学院内において、生徒を地位や家柄、爵位にとらわれることなく平等に扱う』という教育方針がある。そうでなければ、共に机を並べて学ぶことができないからだ。とはいうものの、それはあくまで建前であり、いざ生徒同士が交流を――となれば、それなりのきっかけが必要だ。レイナールが彼らと同じクラスであれば、「ぼくも仲間に入れて欲しい」 そう声をかけるだけで良かったのだ。実際に入れるかどうかはともかくとして。しかし、不幸にも彼は別のクラスに所属していた。「ここは勇気を出して、前進すべきだろうか。いやしかし……」 そんなふうに迷っていたレイナールだったが、意外や意外。なんとその翌日に、思わぬ機会がやってきたのだ。 普段と変わらず、アルヴィーズの食堂で昼食を摂っていると――いつの間にか、テーブルの中央付近にひとだかりができていた。いったい何事だろう? そう思って席を立ち、奥を除いたレイナールは驚いた。正確には、そこで繰り広げられていたやりとりに。 一見すると、よくある男女の駆け引きのように思えた会話が、実は相手の興味を引きつけるための『技』なのだという。「なるほど。相手の興味を引く、か」 レイナールが思考の淵へ沈み込もうとした矢先、ふいにその発言が聞こえてきた。「あのな……おぬしらは貴族であろう? ひとから何か聞きたいのなら、せめて気を利かせるべきではないかのう?」 気を利かせる。つまり、ここで彼の興味を引くような何かができれば――もしかすると、声をかけるための良い機会になるのではないだろうか。そう考えたレイナールは、周囲を観察し始めた。 催促されドタバタと走り出した、自分以外の者たち。そして問題の彼の前に積み上がってゆくデザート。彼らと同じことをしても、歓心を得られないだろう。と――レイナールは、あることに気が付いた。「もしかすると、これなら――!」 ――それから約20分後。レイナールの前に『彼』が立っていた。「わしの名は太公望。さきほどの心遣い、感謝する」 レイナールは、内心でぐっと拳を握り締めていた。「やった! 予想通り、ぼくに興味を持ってもらえた」その思いを一切表へは出さずに、彼は生真面目な表情で答えた。「こちらこそ。ぼくはレイナールだ。あの話、すごく興味深かったよ」「ふむ、レイナールというのか。おぬし……時折、こちらを見てはいなかったか?」 言われて、レイナールはどきりとした。どうやら気付かれていたようだ――しかし相手の口調は、見ていたことに対して責めるようなものではない。なら、正直に答えたほうがいいだろう。そう判断した彼は、返すべき言葉を選び、そして繰り出した。「さっきの件では、ないよね?」 この返しに、どうやら相手は満足したようだ。笑みを浮かべ、レイナールにこう言った。「のう、おぬし『こちら側』へ来る気はないか?」「これから授業が始まるから、放課後からでいいかな? その……いつもの場所で」 目の前の男――太公望はニヤリと笑い、そして頷いた。 ――そして今。念願の『仲間入り』を果たしたレイナールは、彼らが集うテーブルの一角に並んだ椅子に座り、太公望の話を聞いていた。「実はな、さっきの話をしている途中、ひとだかりができたであろう?」「ええ。それがどうかしたのかしら?」 太公望の言葉に、首をひねって疑問を呈すモンモランシー。「そのとき、わしは『ひとの話が聞きたいなら、気を利かせろ』と言った」「覚えている」「あ、俺も」「デザートたっくさん集まってたものね」 口々に、そのときの様子を語る少年少女。彼らが静まるのを待って、太公望は続けた。「そこでな……たったひとりだけ、他人と違う行動をした者がいたのだよ」 そう言って、レイナールへ顔を向ける。当然のことながら、全員の視線が彼へと集まる。レイナールはなんだか照れくさくなって、頭を掻いた。「他の者たちが、周りと同じようにデザートや果物を持ってくる中で……彼だけが、食堂のメイドたちが集っていたところへわざわざ歩いて行ってな、そこにいたシエスタに声をかけて、新しい茶をわしを含む『仲間』全員に出すよう命じていたのだ」「えっと、言いたいことがよくわからないのだが」 ギーシュの疑問に、太公望はそれならば――と、詳しく解説を始めた。「まずはだ……彼は、わしが飲んでいた茶が、無くなりかけていることに気がついた。しかも時間の経過で、冷めていることにも目が行った。まだわしの話は続く、しかも長くなりそうで、さらには食べ物はたくさんあるのに飲み物がない。そのことに気付けたのは、彼だけだったのだよ」 そして、太公望はレイナールに言を向けた。「どうだ、わしの推測は当たっておるかのう?」「うん、その通りだ」「だからあたしが頼む前に、新しいティーセットが届いたのね。気が利くわね、あなた」 キュルケの称賛に、うっすらと頬を赤く染めたレイナール。彼女ほどの美人に褒められたら、男ならば誰だって悪い気はしないであろう。「では、次だ。レイナールよ、おぬしに聞きたい。あそこでわざわざ立ち上がって、しかもシエスタに茶の用意を依頼したのは何故だ?」「それは……側に使用人の子がいなかったということもあるけど、あの黒髪のメイドは、そこにいる彼……ええと、あとで名前を教えてもらえるかな?」 そう言って、レイナールは才人に視線を合わせ、軽く右手を挙げる。才人は、そんな彼と同じように手を挙げた後、笑顔で頷く。「彼と、食堂でよく話をしていたよね? だから彼女に頼めば、ぼくが自分でお茶の種類を選んで頼むよりも、ずっと君たちが好むものを出してもらえる、そう考えたんだよ。でも、それが確実とは限らないから、念のため本人のところへ確認をしに行ったんだ」 おおーっ! と、声を上げる一同。ニヤッと笑い、レイナールの肩の上にぽんっと手を置いた太公望は、どうだ! と、言わんばかりに周囲を見渡した。「素晴らしいであろう? 他の者たちがただ周りを真似するだけであった中、彼……レイナールだけがここまで考えて行動していたのだよ。しかも、よりよい結果が得られるように。こんな人材に声をかけないで、どうするというのだ!」 確かに彼が好みそうな人材ではある。タバサは納得顔でレイナールを見た。しかし太公望が次に放った言葉で、思わずその場に崩れ落ちそうになった。「こういう有能な人材が多く集まれば、わしも堂々と怠けられるというものだ!」 才人が盛大にツッコんだ。「お前がサボるために勧誘したんかよ!」「というかだね、ミスタは『畑』に関わっていないだろう?」「他に何かしてたっけ?」「覚えがないわ……」「失礼な連中だのう! 畑の前準備も、この後に控えた冒険に関する交渉や手続きも、全部わしがやっておるではないか!!」「ああ、そういえばそうだったわね」「忘れていた」「タバサよ、おぬしまでそんなことを言うのか……」 このやりとりで、才人はふいにあることを思い出した。そこで彼は、挙手の上で発言を行った。「あのさ。俺たちの国じゃなくて、昔同盟を組んでた国の、偉い軍人さんの話があるんだけど……ここで話してもいいか?」「ほう? それはどんなものだ?」「えっと『軍人は、4つのタイプに分けられる。有能な怠け者と、有能な働き者。そして無能な怠け者に、無能な働き者だ』っていう格言」「面白そうだな」「確かに」「それは聞いてみたい」「ぼくも是非」「わしもだ」 一同の催促に気をよくした才人は「それじゃあ……」と、言葉の意味を解説する。「えっと、ひとつめの『有能な怠け者』は指揮官向き。怠け者だから、どうすれば自分が楽に勝利できるかを考えて、しかも有能だからそれを確実に行える。部下が持つ能力を見抜いた上で、いちばん良い位置に配置し、存分に力を発揮させることができる……と」 その場にいたほとんどの者の視線が、太公望に向けられる。「なるほど」「理解できる」「すっごくわかりやすいわ」「本当ね」「ああ、納得できる話だね」「ギーシュ、おぬしがそれを言うか! おぬし、どう見ても指揮官タイプであろうが!!」「確かに」 ……と、納得したのはタバサ。ギーシュ本人はというと、目を白黒させている。「……続けていいか?」「ああ、もちろん」「それじゃあ……」 こほんとひとつ咳払いをして、才人は続けた。「ふたつめが『有能な働き者』。これは参謀や後方支援に向いている。働き者だから、全部自分でやろうと無理をして、そのままでは潰れてしまう。だから部下を率いるよりも、参謀として司令官を補佐させたほうが、本人を極端に疲れさせずに有効活用することができる。あと、裏方仕事の大切さがわかってるから、補給とかを絶対に軽視しないので、後方支援に回すと頼りになるタイプ。だったかな」 これを聞いて全員が盛り上がる。「ああ、タバサとかヴァリエールがそうかしら?」 このキュルケの発言に、名指しされたふたりが反応を見せた。「え、え、わたし!? わたしが、有能で、参謀に向いてる!?」「わたしが有能な働き者……」「うむ。わしから言わせてもらうと、ルイズは参謀。タバサは指揮官・参謀共にこなせるだろうが、ふたりとも後方支援にはあまり向いていないと思われる。もちろん、やること自体は可能だとは思うが、特にルイズは真面目にやり過ぎて、潰れてしまいそうだから正直任せられんわ」 と……そこに、ギーシュが自分なりの意見を述べる。「後者は、どちらかというとレイナールやモンモランシーに該当するんじゃないかね?」「うむ、ギーシュの言う通りだ。ただ、補足するとレイナールとキュルケは両方こなせると思う。モンモランシーは、例の畑への取り組み方などを見ていると、やはり後方支援型であろう。ついでに言うと、才人もこのタイプに該当するかもしれぬな。ただし参謀限定だが。一度剣を置いて、そっちを試してみても面白そうだ」「それ、ほんとうかい!? ぼくが両方こなせるタイプ……」「マジ!? 俺参謀タイプだったのかよ! 兵士とかそっち系だと思ってたのに」「もちろん、兵士としての適正についてはピカイチだ。わしが言っておるのは、あくまでおぬしが出した例に当てはめた場合のことだぞ? とはいえ才人は、カッとすると周りが見えなくなるのがどうにもな……それさえなければ、指揮官としてもやっていけそうなのだが。よって、才人は剣を置いているなら参謀という判断をしたのだ。指揮権がないからのう」「あたしも!? ミスタはそんなふうに見てくれていたのね!」「おぬしはもともと気が利くし、頭も悪くない。参謀は問題なくこなせるであろうし、それ以上に後方支援を任せるにはうってつけだ。ただ、おぬしの場合はその火力が貴重であるため、実際にはまた違った配置になりそうではあるが」 わいわいと、テーブルを囲んで会話をする面々。そして早くもレイナールが溶け込み始めた。だが、彼にはまだわからないことがあった。それは、どうして彼らがここまで会話に軍関係の内容をからめてくるのかだ。よって、彼は素直に聞いてみることにした。「きみたちは、どうしてそこまで軍関係の話に詳しいんだい?」 その質問に、才人が答えた。「俺は、もともとそういうのが好きなだけだよ。閣下は元本職だけど」「閣下?」 訳が分からないといった顔をするレイナールと、目を剥く太公望。「この集まりが内緒だって話、もうしてあるんだろ?」「もちろんだ」「なら、先に言っといたほうがいいんじゃないか? モンモンにもまだ説明してないし」「だから、モンモンはやめてちょうだいって言ってるでしょう!」 ――只今才人による説明中です。しばらくお待ち下さい――「か、彼が東方軍の、た、退役中将!?」 口をあんぐりと開けているレイナールに、才人が追い打ちをかける。「冗談みたいな話だろ。おまけに、この顔で27歳だぜ?」「やっぱりそれ、嘘じゃない、の……よね?」 顔を引き攣らせてるモンモランシーを見て、太公望はため息をついた。「わし、この1ヶ月でもう何度同じ答えを返したんだろうか。<フェイス・チェンジ>なんぞは一切使ってないからな? もちろん<マジック・アイテム>もだ。ついでだから言ってしまうが、軍では参謀を務めていた。師団指揮の経験もある」「ええええええええ!!」 この言葉を聞いても、まだ信じられないといった風情のレイナール。そして、同じくここで初めて太公望が元軍人であることを知ったモンモランシーは、揃って半信半疑といった表情を浮かべていた。それに、苦笑でもって答える太公望。「まあ、それが普通の反応であろうな。いきなり納得されるほうがある意味怖いわ」 眼鏡の位置を直しながら、レイナールは言った。「あなたが『本物』なのかどうかは、これから見極めさせてもらうとして……ヒリガル」「平賀(ヒラガ)だ。あと、できれば名字じゃなくて名前――才人って呼んでくれ」「わかった。サイト、話の腰を折ってしまって済まない。続きをお願いできるかな?」「オッケー! じゃあ次な」 腕を組み、胸を反らして得意げな表情で語り始めた才人。「みっつめは『無能な怠け者』。これは単なるお飾りの総司令官とか、連絡将校、下級兵士タイプ。自分で何も考えない上に怠け者だから、上官の言うことを素直に聞くし、トップにいた場合も余計な指示を出さないから、下の人間が自力でなんとかするしかない。これにより、意外と軍はうまく廻る」 この発言に、鼻で笑ったのは太公望である。「ハッ! そんな者を、このわしが『仲間』としてスカウトするわけなかろう!? もちろん、軍の編成時に部下として雇うということなら話は別だ。そもそも、連絡将校を含む兵士たちがいてくれなければ、軍隊というものは成り立たないからのう」 そう語る太公望に、ギーシュが賛同した。「そりゃそうだね」「そういう意味では、あたしたちって『選ばれた者』ってことかしら」「あまり調子に乗るでないぞキュルケ。一歩間違えたら、おぬしはこのタイプに分類される危険性があるのだからな」「え~」「確かに」「それはあるかもね」「ちょっとひどいわよあなたたち!」 ぎゃんぎゃんと騒ぐ女性陣をとりあえず無視し、才人は残るタイプを説明する。「で……最後は『無能な働き者』。無能なのに無駄に働くから、間違いに気がつかないで、事態をどんどん悪い方向に持って行く可能性が高いタイプ。だから、こういう軍人は処刑するしかない……っていう」 これを聞いた全員の顔が、どんよりと曇ったのはいうまでもない。「極論だが、間違ってはおらぬな。軍では特にいてほしくないタイプだのう……」「確かに、それは嫌だ……」「うん。だけど、どこにでもいるんだよね、そういうひと……」 まるでお通夜のような雰囲気を回復したのは、ネタ元の才人であった。「と、まあこんなところかな」「なかなか面白い理論であった。聞かせてくれて感謝する」 太公望の言葉と共に、聴衆がいっせいに拍手した。思わぬ反応に照れまくる才人。「ところで、ここにいる全員に提案があるのだが。実は、そろそろこの『仲間』について、チーム名を決めたいと思うのだが、どうであろう?」「賛成!」「いいわね」「たしかに『仲間』は言いづらかった」 異議なし! とばかりに拍手する面々に、満面の笑みでもって太公望は話しかけた。「ちょうど全体の編成も、ほどよく揃ってきたしのう。何か良い案はないか、みんなで話し合ってみるのだ」 そう太公望が促すと、全員が一斉に案を出し始めた。「トリステイン守備隊!」「留学生もいるんだけど?」「マンティコア隊とか」「いや、それ実在するから」「赤い彗星騎士団」「ルイズの親衛隊作るわけじゃないのよ」「アンリエッタ姫ファンクラブ」「これ、そういう集まりじゃないから」 喧々囂々の論争を続けるメンバー。いつまでたってもまとまりそうになかったため、ついつい口を出してしまう太公望。「なかなかまとまらんのう。どうしても決まらないなら、わしが昔臨時で組んだ、敵本拠地潜入用・特殊チームの名前をつけてしまうぞ?」「え、それどういう名前?」 『敵地潜入用』『特殊チーム』という響きに興味を持った一同であったが――。「ドドメ・チーム!」 ――この太公望の言葉で、参加者全員が一斉に脱力した。「却下」「てかなんでドドメ」「意味わかんないんだけど」 彼らの疑問はもっともである。沈痛な表情で、太公望はチーム名の由来を告げた。「いや、くじ引きでチーム分けしたら、わしのところでドドメ色の玉が出てきてな」「特殊潜入チームをくじ引きなんかで決めるなよ!」「組み分けの段階で、明らかにモメそうな状況だったから、仕方がなかったのだ!」「ずいぶんとフリーダムだな、お前の国の軍隊」 このぐだぐだな雰囲気を、なんとか元の流れに戻してくれたのはモンモランシーだった。「ねえ……ちょっと思ったんだけど、トリステインは<水>の国よね。だから……『水精霊団(オンディーヌ)』とか、どうかしら?」「あら、それいいじゃない」「素敵」「うん、悪くないね」「覚えやすい」 ……こうして。後に『水精霊騎士団』と呼ばれ……トリステインの歴史上において、王国近衛部隊の伝説となる、その原型となったチームがここに誕生した――。○●○●○●○● ――その夜。 太公望とタバサ、そしてキュルケは寮塔5階にあるタバサの部屋に集まり、小声で話し合っていた――もちろん、厳重な<ロック>と<サイレント>をかけて。「タバサ、そしてキュルケよ。すでにわかっていると思うが」 ふたりは、太公望の目を見て頷いた。「母さまとペルスランの救出を決行する日程について」「うむ。キュルケのお父上から連絡が届き次第、行動を開始する。こちらは、既に逃亡用の風竜の手配準備及び、航路地図を入手済みだ」「早ければ明日の朝、遅くとも明後日昼にはあたし宛てに届くと思うわ。来たら、こっそりミスタへ渡すわね」「ありがたい。しかし、ヴァリエール家からの招待は思わぬ僥倖だ。ついでにゲルマニア見学へ行くとでもすれば、言い訳が立ちやすい。そのあたりは、まずはこのメンバーで詳細を詰めていこう」「了解。ところでタイコーボー」「む、他に何かあるのか?」「友人に招かれてヴァリエール家とツェルプストー家に出かけるという報告と、実際に出かけている日時をガリア王家に手紙で報せるつもりだけど、問題はない?」「そうだのう、下手に誤魔化すよりはそのほうがよかろう。念のため、推敲だけはさせてくれ」「わかった」「ところでミスタ、まずはこのメンバーで、って言ってたけど、誰か増やすの?」「その通りだ。3名追加を検討している。もちろん、全員顔見知りだ。今はまだ明かさないでおく」「了解」「そのほうがいいわね」 ――静かに、だが確実に歴史は動いていた。 いっぽうそのころ。ガリア王国の首都リュティス、プチ・トロワを拠点とする王女イザベラと、彼女の『パートナー』たる王天君は何をしていたのかというと。「イザベラよぉ……もうわかってるたぁ思うが」「ええ、大丈夫。しっかりと掴んだわ」「自信持っていいぜ。オメーならやれる」 王天君の声に強く頷いたイザベラは、目の前に用意された『窓』と、そこに映し出された光景ををしっかりと見据え――そして、いっきに『仕事』にかかる。「ああ――ッ! ここに置いておいた、クッキーの皿がないッ!!」 直後『窓』の外から響き渡った大声に、ふたりはゲラゲラと大声を上げた。「やったわ! 見事にクッキー皿入手成功よ!!」「ククク……やっぱりオメーはセンスあるぜぇ」 ――王天君が開いた『窓』を利用し、厨房から直接食料をつまみ食いするという、とんでもなくしょうもない技能を習得していた。