――太公望が『惚れ薬』を飲んでしまってから、2日が過ぎた。 解除薬を作るべく、モンモランシーとその手伝いとして連れ出されたギーシュは、秘薬の材料を求めてトリスタニアの街を駆けめぐっていた。それ以外のメンバーはというと、今の太公望から目を離すのは危険だということで、魔法学院に残っていた。 ……そして、その太公望はというと。 タバサのことを『妹』だと思い込んでいるような行動をとる以外は、とりたてて問題を起こしたりするようなことはなかったのだが……2日目の放課後。ほぼいつものメンバー――太公望、タバサ、キュルケ、ルイズ、才人が集まって、中庭に置かれたテーブルにつき、午後のお茶を楽しんでいた時に、それは起きた。途中までは、単なる世間話をしていただけだったのたが……その際に、「タイコーボーの国の話を聞いてみたい」 と、いう流れになり。そこで、キュルケがタバサに頼み事をしてみたのだ。「ねえ、タバサ。もちろん彼が話せる範囲でいいから、何か聞いてみてよ」 ……と。 タバサは困った。今彼女が何かを頼めば、きっと太公望は嘘をつくことなく何でも教えてくれるだろう。しかし『惚れ薬』の効果を利用して何かを聞き出すような真似は、絶対にしたくないというのが彼女の本音だった。 とはいえ、親友の頼みを邪険にするわけにもいかないし、正直なところ、太公望の国に対して全く興味がないと言ったら嘘になる。それならば……話しても全く問題がないような、当たり障りのない内容を聞いてみればいいだろう。そう判断したタバサは、その『願い』を口にした。「タ……兄さま。お願いがある」「なんだ? タバサの頼みなら、わしはなんでも聞いてやるぞ」 この言葉、実は初日の時点で太公望の口から出続けているものなのである。『惚れ薬』が、国の法律で作成及び所持を禁止されるわけだ。ある意味、飲ませた者を完全に『操り人形』にしてしまうのだから。よって、その怖ろしさに早々に気付いていた彼らは、絶対に太公望が明かしたくないであろう内容に踏み込むような真似はしていなかった。「兄さまは、ここへ来る前に旅をしていたと聞いた。その時の話をして」 タバサの願いに、周囲も賛同した。「あら、それはいいわね! あたしも是非お願いしたいわ」「俺も! それならタイコーボーも話せるだろ?」「わたしも、東方の話を聞いてみたいわ!」 彼らの声に、笑顔を見せた太公望は、それならもちろん構わないぞ――と、前置きをした上で、当時の話をし始めた。「そうだのう、あちこち見てまわったのう。知り合いの両親に挨拶回りをしたり、果樹園に潜り込んでみたり、暇を持て余した最強の<雷>の使い手から、いきなり一騎打ちを申し込まれそうになったり……」 思い出すように語る彼の話に、身を乗り出す一同。「ああ、そうそう。王宮も見に行ったな、そういえば」「へえ、いいわね」「いやあ、愉快であったぞ。久しぶりに国王や補佐官たちの顔を見にいったのだがな、滅茶苦茶忙しそうだったので、連中の執務室の隣に敷物をしいて自分専用コーナーを作ってな、その中で思いっきりごろごろだらだらしてやったのだ。見せつけるようにのう。ついでに、食い物まで要求してやったわ」 そう言って、ワハハハハハ……と、大笑いする太公望の台詞に、全員が固まった。「いや、ちょっと待て」「なんだ才人」「王さまの側でだらだらって……怒られるとかそういうレベルじゃねーだろ?」 なあ? と、全員に賛同を求めるように視線を動かす才人。激しく何度も首を縦に振る一同。だがしかし……太公望の口から飛び出したものは、まさしくそんな彼らをあざ笑うような内容であった。「馬鹿を言うでない! あやつがこのわしを怒ったりなどできるものか!!」 ニヤニヤと笑いながら、太公望は続ける。「そもそも、あやつが即位する以前から、わしはさんざん面倒を見てやっていたのだ。あの男は、昔っからとんでもない女好きでな! 王位を継ぐ前は、しょっちゅう城を抜け出しては、そこらじゅうの娘を見境なくナンパしまくりおって……いやはや、わしをはじめとした王宮にいた者たちは、さんざんに手を焼かされたのだ」 遠い目をして、空を見上げる太公望。他の者たちは、声を出すこともできない。「そのうち怒るのもアホらしくなったのでな、一緒に街へ出かけるようになったのだ。で、屋台をひやかしてみたり、賭けレースに興じたり、民たちと一緒に居酒屋巡りをしたり……そこへ武成王殿が、息子たちを引き連れてやってくるのがお約束になっていたほどなのだ。もちろん、混ぜろと言ってな。そうしてみんな一緒に、飲めや唄えの大騒ぎをしていたのだよ」「ず、ずいぶんフランクなかたでしたのね、お国の王は」 ようやく声を絞り出すことに成功したキュルケに、太公望は「ああ、うちは堅苦しいのが嫌いな連中が集まっていたのだ」と、答えた後、再び語り始めた。「で、宴もたけなわというあたりになると、ようやくわしらが城からいなくなったことに気付いた宰相殿がすっ飛んできてな。特大のハリセンで酔ったわしら全員をはり倒して、城まで引きずり戻す……と。これが、ある意味王都の名物行事になっておったのだ」 もしやすると、あの宰相殿こそが国内最強であったのかもしれぬのう。いやはや実に懐かしい……そんな風にあきらかにヤバイ昔話を語る太公望に、待ったをかけたのはタバサであった。「に、兄さま、もういい。ありがとう、楽しかった」「そうか、それならばよかった」 にっこりと笑った太公望は、それきり話をやめると、ふいにタバサのティーカップが空であることに気がついた。「む、茶がないではないか。どれ、このわし自ら厨房へ取りに行ってこよう」 そう言って席を立った太公望の後ろ姿を見送った残りのメンバーは、あまりのことに呆然とした。「いい、いまの話……ほ、本当なのかしら」「タバサが聞いたことだから、たぶん本当なんだろうナ」 カタカタと震えるルイズと、その横で固まっている才人。確か、元は将官だったという話は聞いていたが――よりにもよって、自国の王とそこまで親しい仲だとは、想像だにしていなかったのだ。と、いうかそれが普通だ。「ねえ、タバサ。今更なのかもしれないけれど」 口を開いたキュルケの顔は、真っ青だった。「彼、実はものすごく身分の高い方なんじゃないかしら? まさかとは思うけど、ロバ・アル・カリイエの国王の身内で、それも王弟殿下なんてことは……それなら、あの若さで中将ってことも、大きな宝玉つきの杖を持っていることも、さっきの話にも納得できるんだけど……」 ……ありえる。タバサは思った。彼が王族ならば、あの驚くべき教養の高さも、聴衆をコントロールする話術の巧みさについても、これまでの行動も……全て理解できる。そんな人物が、若くして中将という高い位に就いていたというのは、ある意味当然のことなのだ。何故なら王族は、戦時下において自軍を統率する立場に置かれるからだ。 タバサは、なんだか目眩がしてきた。「な、なあ、みんな。治るまで、閣下に話聞くのやめようぜ」「心から賛同する」「そうしたほうがいいと思うわ。話を振ったあたしがいうのもなんだけど」「わたしも賛成……なんだか怖くなってきたわ」 ――そこらじゅうに散らばった、しかも目に見える『地雷』をわざわざ踏み抜きたくない。今聞いた話は、他の人間には絶対内緒にしておこう……そう呟いた彼らは、以後静かになった。太公望がティーセットを持って戻ってきた後も、それは変わらなかった。 しかし。そんな彼らの気持ちをあざ笑うかのように、事件は起きた。 それは――空からやって来た、一羽の伝書フクロウ。タバサのもとへ舞い降りたその足には、以前と同様、書簡がくくりつけられていた。タバサの顔が、瞬時にこわばる。そして、書簡の中身を見た途端……凍り付いた。「しばらく留守にする。兄さま、わたしと一緒に来て」「うむ、わかった」 立ち上がり、部屋へと戻ろうとした彼らふたりだったが、ふいにタバサは後ろを振り向くと、キュルケたちにこう頼んだ。「モンモランシーたちが戻ってきたら、急いで『解除薬』を作るよう、見張っていてほしい。わたしたちは、どうしても行かなければいけない用事ができた」「そ、それはかまわないけど……」 太公望を連れて行っても大丈夫なのか? そう言いたげな彼らへタバサは答える。「彼が指名されている。どうしても連れて行かなければならない」 そして、タバサと太公望は急いで部屋へ向かい、準備を始めた。学院から少し離れた場所に、迎えの風竜が到着するという時間まで……あと少ししかない。改めて『指令書』を見たタバサは、それを手でグシャッと強く握りつぶした。 そこに書かれていた命令、それは。 『出頭せよ。その際、件の<使い魔>を同行させること』○●○●○●○● ――ガリア王国の王都郊外にある、壮麗なヴェルサルテイル宮殿。その一画に建つ小宮殿プチ・トロワの謁見室で、イザベラは従姉妹がやって来るのを待ちわびていた。より正確に言うならば、従姉妹が<使い魔>とした男の到着を。 ……時は、少しだけ遡る。「ひょっとすると……そいつが、オレが探し求めていた相手かもしれねぇ」 『王天君の部屋』の中で、部屋の主がそう言ったとき……最初は、彼が何を言っているのか、イザベラにはわからなかった。だが。「オメー、そいつの顔……見てるんだろ?」「え、ええ、もちろん。それが――――ッ!?」 イザベラが全てを言い終える前に、王天君はそれまで被っていた帽子を脱いで見せた。それがゆえに……イザベラは、先を続けることができなかったのだ。 長い耳に、青白い肌。だが……彼の顔をよくよく見てみると。それ以外の部分は、従姉妹が連れていたあの使い魔と、瓜二つ――まさしく合わせ鏡のようであったから。イザベラはそもそも王族だ。よって、他人と接することが多く、また、大勢の人間の顔を覚える必要がある。だからこそ、しっかりとその特徴を記憶していたのだ。「ま、ま、まさか、あ、あの子って……」「やっぱりそうか。そうだよ、そいつこそがオレの『弟』なのさ」 イザベラは、驚愕した。あの……まるで害のなさそうな、それでいて礼儀しらずな田舎者と馬鹿にしていた子供が、自分の『パートナー』が話していた『弟』だとは。だとすると、彼は……。「気がついたみてぇだな。そう、あいつはオレと同じだ。『人間』じゃねぇんだよ。ま、見た目はあの通りだから、だぁれも気付いてねぇようだがな」「まさか、先住魔法で姿を変えているというの?」「いや、素の状態があれなんだよ。だから、いつもあいつが『表』にして『光』。外に出て、前面に立って仕事をする。そして、オレが『裏』にして『闇』。あいつの影に徹して、背後から手伝う。長ぇことそうやってきたんだ」 そう言って、深いため息をついた王天君を見たイザベラは思った。どうして彼と、こんな短期間で打ち解けることができたのか……ようやく理解できた。彼はわたしと同じく、いつも『表舞台』を支える『裏の世界』にいたからなのだ。 ――まばゆく輝く『光』を羨む『闇』として。「一時は、なんであいつばかりがイイ思いをするんだ、そう思って恨んだこともあったよ。だがなぁ、今じゃあもう和解して、それなりにうまくやってたんだ。にも関わらずよぉ、どっかの人形姫とやらが、いきなりあいつを……オレから引き剥がしやがったんだ」 ギリッと爪を噛み、怒りを顕わにする王天君。「もっとも、あいつのことだから『ご主人さま』にも正体隠してすっとぼけていやがるんだろうがな。ともかく、犯人はわかった……だが、念のため確認だけはしておきてぇな。これからその女を呼ぶんだろ? その時、一緒にあいつを連れてくるように命令してくんねぇか?」「ええ、わかったわ。わたしとしても警戒しないといけないし」 そのイザベラの言葉を聞いて、王天君は高笑いした。「ああ、オメーに危害を加えるとか、そういう警戒をする必要はねぇぜ。あいつはマジでイイコちゃんでな、戦争ごっこが大嫌いときてる。特に、人間同士の戦いになんか絶対干渉しやしねぇよ。それだけは保障しといてやるぜ」 ――ただし、裏ではいったい何考えてるのかわからねぇけどな。そう、王天君は心の中で付け加える。「それにしても……まさか『失敗』じゃなかっただなんて」「通常は人間が呼び出されるなんて、ありえねぇ……ってぇ意味か?」「ええ。だからこそ『失敗』とか『事故』だって思い込んでいたのよ。念のため、トリステインに潜り込んでいる間諜に、気取られない程度に噂を集めさせていたんだけど……その情報によると、魔法学院側も『事故』扱いしていたのは間違いないわ」「……ってことはだ。やっぱりあいつ、正体隠してやがんな」「じゃあ、彼もあなたと同じエルフで……見た目通りの年齢じゃないのね」「オレたちはエルフとやらじゃねぇよ。ただ、見た目通りの年齢じゃないってぇのは正解だ。少なくとも、あいつは100年近く生きてるぜ」「う、嘘おッ!!」 あたしと同じかそれ以下にしか見えなかったのに! そう言って慌てるイザベラの姿を見ながら、王天君は笑って告げた。「オメーのことだからわかってるたぁ思うが、念のため言っとくぜ。こっちが気づいてるってことを、向こうに悟らせんなよ?」「ありがと。忠告、しっかりと受け止めておくわ」「ククッ……それでいい。やっぱオメー見所あるぜ」「あら。あなたこそ、とっても素敵よ? オーテンクン」 そう言って笑い合ったふたりは、従姉妹姫に送る指令書の文面を検討し始めた。○●○●○●○● ――そして現在。謁見の間にて、イザベラは従姉妹姫到着の報を受け取った。 そして見た。問題の男を。やはり似ている……イザベラは、驚きの表情を表へ出さぬよう気を引き締めた上で、そっと例の羽根扇子を広げた。「どう? 間違いない?」「ああ。だが、なんだか様子がおかしい。探ってみてくれ」 イザベラは、改めて王天君の『弟』を見た。確かに、前回見たときのそれとは違っている。あんなに落ち着きのない態度を見せていた彼が、今はただ……静かに従姉妹姫の後ろへ、まるで付き従うように控えている。「あら、どうしたんだい使い魔さん。今日はずいぶんと静かだね」 だが。彼は全く反応を見せない。じっと静かに、そこへ立っている。「どうしたの? もしかして、ご主人さまに遠慮しているのかい?」 そう言っても、彼は全く答えようとしない。「なぁ、前もああだったのか?」「まさか。めちゃくちゃ五月蠅かったわよ」 小声で確かめてきた王天君へ、これまた小さな呟きで返すイザベラ。その返事を受け、王天君は改めて己の『半身』――太公望を確認した。たしかに奴だ、それは間違いない……だが。その顔を、いや、正確には目を見て王天君は心の底から驚いた。何故なら、太公望の瞳に宿っていた『光』が――完全に消えていたからだ。「おい。もしかして、ここには人間の心を操るような魔法があるのか?」「あるわ。禁呪扱いになってるけど」「ありえねぇ……あいつ、精神系の攻撃にはめっぽう強ぇんだぞ!? それなのに、あきらかに操られて、完全に正気を失ってやがる。そこをちぃとつっついてみな。『人形姫』さまに」 王天君の言葉を聞いたイザベラは驚いた。だが、それを外へ出さぬよう必死に抑えると、他人に見えないよう王天君に頷き、今度はタバサへと言を向ける。「あら? 彼……ずいぶん大人しくなったじゃないのさ。どうやって『しつけ』をしたんだい? 是非今後の参考のために聞かせておくれよ、シャルロット。まさかとは思うけど……<制約(ギアス)>でも使ったのかい?」 その言葉に、ビクリと震えるタバサ。彼女は、ここにきてようやく悟った。この城に立ち入る前に、太公望へ頼んだ『お願い』が完全に裏目に出てしまった――と。「兄さま、お願いがある」「なんだ? 何でも聞いてやるぞ」「お城の中にいる間は、何があっても絶対に静かにしていて欲しい。たとえ、わたしが何をされても。お願い」「……わかった。タバサがそういうのなら、そうする。ただし、命に関わるような危険があった場合は、その限りではないからな」「その時はお願い」「わかった、全てこの兄にまかせておくのだ」 ……そして。太公望はタバサの言うとおりに静かにしている。イザベラから質問を受けても、何一つ答えない。今から『お願い』を変えたところで、もう遅いだろう。「おやおや……まさか、本当にやっちまったのかい?」 騒然とする室内。側に控えていた召使いたちが、驚いているのだ。それも当然だろう、なにしろ<制約>は禁呪である。国の法律で、使用を固く禁じられているほどなのだ。そんな従姉妹の様子を見て、イザベラは再び小声で王天君に語りかける。「どうやら当たりっぽいわ」「マジかよ……あいつを操ってるだとぉ!? クソッ……許さねぇぞあのガキ」 怒りを含んだ声で呟いた王天君は、すぐさまイザベラに何やら耳打ちをする。それを聞いて思わずニヤついたイザベラは、彼が告げた言葉を、そのままタバサへと投げつけた。もちろん……憎らしいまでに満面の笑みを浮かべて。「ふうん……『人形姫』らしい振る舞いだねぇ。『おともだち』が欲しくなったから、いうことを聞くように『感情』を奪ったってことかい」「違う。<制約>なんかじゃない。これは事故で……」「へえ、また『事故』。よく続くもんだねえ」 ――そのイザベラの発言に、タバサは思わず反応してしまった。「わたしが飲ませたんじゃない。今、元に戻すよう手配している」「飲ませた!? まさか……よりにもよって『魔法薬』を!?」 再び謁見の間がざわめいた。これも当然である。<制約>と同様に、心を操る類の薬品類は、その使用を法律で制限されている。しかも、シャルロット姫――タバサには深い事情があり、万が一にも『魔法薬』など使うはずがない。それは、宮廷貴族の多くが知っている。であるからして、実際にこれは事故なのだろう。だが……。 騒然とした室内の中で、タバサはひとり小さな身体を震わせていた。いつもは全く感情を見せなかった少女の瞳から……ぽろぽろと涙が流れ落ちる。 そんな従姉妹の姿を見たイザベラの脳裏に、ふと閃くものがあった。先程提示された、王天君の言葉に繋がるものを。そして、実に嫌味ったらしい声で、それを解き放った。「なるほどねえ。感情のない『ガーゴイル姫』は、呼び出した使い魔から『心』を奪い取って、自分のものにした……そういうわけかい。『パートナー』として、実に素晴らしい対応じゃないか、ねえ? お前たちもそう思うだろ!?」 そう言って謁見の間を見渡すと、高笑いするイザベラ。「ククッ……いい追撃じゃねぇか。オメーやっぱセンスあるぜ」「お褒めにあずかり恐縮ですわ、ジェントルマン」 小声でやりとりする王天君とイザベラ。このふたりが組むのは実に危険である。ある意味、それを象徴した場面であった。 そして、涙を流す従姉妹姫の姿を思う存分堪能したイザベラは……タバサたちに『任務』を言い渡した。 『ラグドリアン湖の水位が上がったと、平民たちから訴えが届いている。この件について湖周辺を調査の上、水位が元に戻るよう働きかけよ。戻らない場合は<水の精霊>との戦闘を行い、これを鎮めること』 ――その後。「いい仕事した!」と、実に満足げな笑みを浮かべて自分の部屋へ戻ったイザベラに、王天君が『自分の部屋』から呼びかけた。「おい、オレぁこれからあいつらを追い掛ける。オメーもついてくるか?」「えっ、そんなこともできるの!?」「ああ、あいつが側にいるからな。どうする?」「もちろん! こっちからお願いするわ」 ――こうして。『部屋』から新たな『道』を展開した王天君は、イザベラを伴い、太公望たちの後を追うこととなる。事態は突然、まるで傾斜の厳しい坂道を転げ落ちるように、急展開を遂げていった。