――刻は数日だけ前に戻る。 平賀才人は、太公望から貰ったアドバイスについて、延々と考え込んでいた。「メイジにとってはそう見えない、武器、かあ……」 ちなみに現在、ルイズに買ってもらった皮の手袋をして過ごしている。そう、ふたりは太公望のアドバイスをちゃんと守って<ガンダールヴ>のルーンを隠すようになっていたのだ。 そこで、例の武器の件なのだが。最初はお約束とも言うべきか『隠しナイフ』あるいは『手裏剣』を持つことを思いついた才人であったのだが、しかし。「それ……武器に見えちゃうんじゃないの?」 と、いうルイズのコメントにより却下。手裏剣については武器には見えづらいが、投げられたら危なそうだという想像くらいはつく、という返答で才人はこのふたつを候補から外した。 次に、刃物から離れることにした。そこで出てきたのが『メリケンサック』。確かに武器には見えない。名案に思えたこれにも問題があった。「指輪っぽいわね。でも、手袋の上からそれをつけたら手が痛くなりそうだわ」 絵図面を見せたところ、ご主人さまは可愛らしく首をかしげながらそう言った。「うーん、悪くないアイディアだと思ったんだけどなあ。そうか、手袋をしたまま持つってことも考えないといけないんだよなァ……いや、ちょっと待て。手袋?」 ぼんやりと、才人の中にイメージが浮かんでくる。「そうだよ……『武器』って限定して考えすぎたからいけないんじゃないか? いや、あれこそは漢(おとこ)の武器だよなあ!!」 そこで登場したのが『ボクシンググローブ』。拳は男の武器である……という才人らしい考え方から出た発想。確かにこれは、ハルケギニアのメイジからすれば、到底武器だとは思えないだろう。しかし、スケッチを見たルイズの反応はというと。「普段からそんなのつけて歩いてたら、馬鹿だと思われるわよ」 ……ごもっともである。リングの上以外でつけて歩くようなシロモノではない。「結構難しいもんだなあ、こういうこと考えるのって」 はぁっとため息をつき、自分の手を見る。皮の手袋を――と、その時だった。彼にまさしく『天啓』と呼ぶべき閃きが舞い降りたのは。「オッケエェェェエ! これだあああああああッ!!」 さっそくルイズに意見を求めたところ。「確かに、それなら『武器』には見えないし、手袋としても言い訳できるわ」「だろ? フッフッフ……まさか、ファンタジー世界でコレを使って戦うことになるなんてな……」 ある意味アクションゲーム、格ゲー好きな俺にとってはたまらないぜ。そう言いながら彼が書いた絵図面――それは『指ぬきグローブ』。日本流に言うなれば、アキバファッションのひとつであり、テレビゲームやマンガなどによく登場する、ストリートで戦う格闘家たちが愛用していたアレである。 ――そして現在。虚無の曜日の翌日、昼。太公望に早速図面を見せたところ。「なるほどのう、拳闘用の『武器』か。わしにもこの発想はなかったわ」「やった! タイコーボー閣下がそう言うなら問題ないな!!」「その呼び方やめんかい。今まで通りに接してくれと言ったであろう?」「わざとだハハハ」「こやつめハハハ」 ――拳骨で才人が悶絶しておりますので、しばらくお待ち下さい――「でさ、これ作ろうと思ったんだけど。<錬金>頼むにも、ギーシュには言えないだろ? かといって、他に俺から頼めそうなひとがいなくてさ」「ああ、そういうことならわしから学院長に聞いてみよう」 ――で。その結果<ガンダールヴ>のことを知っていて、かつ隠したほうがいいであろうという事情を理解し、またそういった技術開発に熱心なコルベールが改めて紹介され……そしてこの出会いが。後に、世界に様々な『発明品』をもたらすきっかけとなる。○●○●○●○●「なるほど、それで私のところへ来たと」 魔法学院の一画・火の塔の側に建てられた『研究室』の室内で、コルベールは雑多な資料やら実験器具で埋め尽くされたテーブルの上を片付けつつ、才人と太公望のふたりへ椅子を勧めながら言った。「はい、コルベール先生なら、そういったことに詳しいって聞きましたので」 才人は、部屋の中を見回した。いかにも『研究者』『技術屋』の部屋といったような雰囲気だ。あちこちに散らばる羊皮紙は、何かの設計図なのだろう。いろいろな記号やイメージ図のようなものが書き込まれている。天井からは、船と思しき模型が吊り下げられていた。 着座し、早速例の絵図面を見せたところ、コルベールは興味を示した。「これが『武器』かね……しかし、このままだと拳を痛めますぞ」「それなんですけど、本当は、拳の周りに衝撃をやわらげるようなものがついているのが普通で……たしか、こんな感じで」 サラサラと絵を描き加えた才人。それを見てふんふん……と頷くコルベール。「しかしあれだのう、この『武器』はどういう場面で使われるのだ?」 殺傷力は剣や槍などに比べて低いであろう? そう質問した太公望に対しては。「ああ、これは元々スポーツ用なんだ」「そうか、なるほどのう」「すぽぉつ?」 納得した太公望と、よくわかっていないコルベール。後者に対して説明するべく、指ぬきグローブを使うわけではないが、拳で戦う格闘技の中でも特にわかりやすいと思われるそれについて語りはじめた才人。「はい。えっと、俺の国……というか、世界に『ボクシング』っていう競技があって、そこで使われるものなんですけど……ここでいう『決闘』みたいにあくまで試合形式で、あとで遺恨が残らないようにちゃんとルールを決めて、拳だけで戦うんです」 才人は、自分の知識を総動員して彼らに説明した。ボクシングについて。 それは『リング』という、倒れても大怪我を負わないように設計された、闘技場のような舞台で行われること。公平さを保つために、体重別でランクを分け、身体の大きなものが有利になるような状況にはしないこと。複数名の審判を置き、どちらかが激しいダメージを負った場合、即座に試合を終了すること。 また、どちらがより上手に戦ったかを点数にして評価し、勝敗を決めること。さらに、身体への影響を考え、時間制限を設けた上で、さらにすぐそばに医師が待機していること……などなど。「と、まあこんな感じです。俺たちの国では60年以上戦争が起きていないから、こういう『試合』を見て鬱憤を晴らしたり、娯楽の一種として楽しまれているんですよ」「ふむう、平和な国だのう。わしとしては羨ましい限りだ」「まったくです。ですが、だからこそこういう発想が出てくるんでしょうな」 才人のスケッチを見たコルベールが、ため息をつく。「それで、できそうですか?」「大丈夫、半日もあればできると思いますぞ。ただ、実際に使ってみてもらって、使い心地や強度を確認したほうがいいでしょう。ですから、まずは試作品を1つだけ作成することにします」 にっこり笑って答えたコルベールへ、ありがとうございます! と、これまた笑顔で礼をした才人。「ああ、その試作品ができたら、わしも呼んではくれぬか? 実物を見てみたい」「もちろんですぞ。全員でいろいろ意見を出し合ったほうがいいですからな」 そんな感じでワイワイと盛り上がる3人。と、そんな中で才人が思い出したように話題を切り替えた。「ところでさ、例のルイズの<念力>について、いくつか思いついたんだけど」「む、それはどういったものだ?」 早速興味を示す太公望と、コルベール。「それなんだけど、箒(ほうき)に乗って空を飛ぶことってできないか?」「……は?」「いや、だからさ。『自分に念力』をかけるんじゃなくて『モノに念力』をかけて、その上に乗るんだよ。そうすれば、失敗して爆発させちまった時の危険性も下がるんじゃないか?」 この才人の発言に、ふたりは文字通り固まった。コルベールはあんぐりと口を開け、太公望は頭を抱えてしまっている。「いや、その発想はなかったわ。わしもまだまだ頭が固いのう」「まったく……サイト君はまさしく『宝物』ですぞ」「ところで、何故箒なのだ?」「おとぎ話の中のことなんだけどさ。魔女っていったら箒がお約束なんだ!」 でも、それだと乗っていて尻が痛くならぬか? ですなあ……だったら、いっそ椅子を浮かせてそこに座るとか。 ああ、そのほうが確かに楽だな! そんな感じでどんどんと話が膨らんでいき、そして。「でさ、それに慣れたら、大勢を乗せて運べるようになると思うんだけど」「確かに、それはいけそうだのう」「んで、考えたんだけど……『空飛ぶ絨毯』とかどうだろう?」「ふむ……着眼点は悪くないと思いますぞ。ただ、柔らかいものですから<念力>で全体を支えるのが難しい上に、乗っている人間の姿勢も安定しないと私は考えます」「あ、そっか。でも、板とかじゃ座り心地悪そうだなあ。ソファーとか」「……椅子から離れて考えませんか」「わしはどうせなら、ごろりと横になれるようなモノのほうがいいのう」「それだあああああああああ!!」 ……で。そのままだと持ち運びが不便だ。いや、それなら折りたたみ式にすれば……折りたたむとは? ああ、それはこんな感じにすれば……と、いったような流れで、設計図が書き上がっていき……ついにそのアイディアは固まった。 ――名付けて『空飛ぶベッド』(折りたたみ式、バラして持ち運び可能)。 これが実際に使用されるようになるまで、まだしばらくの時がかかるのだが――このとき出た『折りたたむ』という発想が、後にコルベールの発明に大きな影響を与えることとなる。 なお、結局ルイズの自力初飛行は椅子ではなく箒に乗って行われることとなったのだが、これについては、「箒だ! これはロマンなんだ、絶対に譲れねェ!!」 と、いう才人の強固な願いにより実現されたものである。○●○●○●○● ――さて、場所は変わって学院長室。 そこに居合わせたのは、オスマン学院長、コルベール、ルイズ、才人、そしてタバサと太公望の6名である。デルフリンガーも持ち込まれているので、正確には7名だが。 椅子に座り、周囲を見渡した太公望は、こう切り出した。「実は、才人の待遇についてあれから色々と考えたのだが……彼を『武成王』殿の血縁者ということにしたいと思う」「ブセイオー、とは?」 オスマン氏の質問に、太公望が答える。「武によって成る王と書いて、武成王(ぶせいおう)という。名は黄飛虎(こうひこ)。彼は、わしにとって大恩ある人物でのう……わしらのような<力>は行使できなかったが、その代わり、とんでもない武芸の達人でな。王家の武術指南役を務め、全軍の訓練総指揮者でもある。あらゆる『武器』を使いこなし、その武勇において右に出る者はなかった」 ほう……と、関心を持つ者たちに、太公望は説明を続ける。「ふふふ……魔法が使えないからといって、侮ってはいかんぞ。かの人物はな、正真正銘、戦いの『天才』だったのだ。その太刀筋で大岩を両断し、鉄棍棒で城壁を叩き割り、単騎で敵軍のど真ん中に突進して、さんざんかき回した挙げ句に無傷で帰ってくるとかザラでな。術者が<力>を使う前に側まで駆け寄り、拳でもってぶっ飛ばしたり……とにかく、とんでもない御仁なのだ」「それは……まさに伝説の<ガンダールヴ>そのものですな……」 あんぐりと口を開けて呟いたコルベール。そして、唖然とする一同。才人などは、内心で「三国志の呂布(りょふ)みたいだ」などという感想を持っていたのだが、まさかその武成王が、呂布と同じ大陸で活躍した武将だなどとは思いも寄らなかった。「そういえば、彼の愛刀も、デルフリンガーと同じくしゃべる剣であったな」「なにっ! 俺っち以外にもそんな奴がいたのか!!」 興奮するデルフリンガーに、うむ、と頷く太公望。「飛刀といってな、名前の通り飛ぶ能力を持つ剣でのう。敵に投げつけても自力で飛んで帰ってきてくれる便利な剣なのだ。ただ……うっかり固いモノを切ったりすると『刃こぼれするからやめてくれ!』などと大騒ぎして五月蠅い上に、剣のくせして臆病で戦うのを嫌がるので、評判はいまいちであったが」 ああ、たしかにそれはちょっとイヤだ。俺の相棒がデルフで良かった……と、おかしなところで才人の評価が上がったデルフリンガーであった。「でだ。彼の息子たちは、皆そろって武芸に秀でておっての。その血縁者――妾腹の子で、母親と共にわしのあずかり知らぬ遠国へ行っていた、ということにすれば、彼がわしと同じ東方の出身者ということにしてもおかしくない。最近になって偶然才人の太刀筋を見て、ふと思い立ったわしが詳しく話を聞いてみた結果、彼の境遇を知ったと。これでどうだ?」「でも、そのひとの身分はどうなの?」 ルイズの問いに、太公望は答えた。「それについては問題ない。そもそも『武成王』とは、我が国において全軍を統括する役職のことで、黄家自体が国で有数の大貴族なのだ。ちなみにだが、武芸者だけでなく、術者も大勢輩出しておる。実際、武成王殿の息子のひとりは優秀な<ブレイド>使いだ」 黄飛虎の息子は、魔法剣(ブレイド)ではなく『莫邪の宝剣(ばくやのほうけん)』という、<生命力>を刃に変える宝貝を使う道士なのだが、そこまでは言わない太公望。 だが、それを聞いたルイズの目がまん丸になった。他のメイジたちの反応も、彼女とほぼ同じようなものだった。「ええッ! コウ家って、メイジの家柄なのに魔法じゃなくて武器を使うの!?」 興奮して叫んだルイズをなだめながら、コルベールが言った。「向き不向きを、幼いうちに見極める目があるということだろう。戦場に限って言えば、腕の良い<メイジ殺し>のほうが『ドット』や『ライン』程度のメイジと比べて、数段有利に戦えますからな。もちろん、両方できるのならば、それに越したことはありませんが」「なるほど、理解できる」 そう言って、才人のほうをちらりと見るタバサ。実際、才人の剣技は『ドット』メイジであるギーシュの攻撃をものともしない。状況や使い手次第で、武器が魔法を上回ることがある。過去の任務で幾度となくそれを目にしてきたタバサは、即座に納得した。「正直わたしには理解できないけど、それなら問題なさそうね。ハルケギニア風にそのひとの名前を直すと『ヒコ・ド・ブセイオー・ド・ラ・コウ』になるのかしら? そうなると、サイトの場合……」 ルイズの提案を、太公望が慌てて押し止めた。「いやいや、長い上にややこしいので、名前の後ろに『武成王』または『黄』だけつけるほうがわかりやすかろう。なにより才人本人だけでなく、全員が混乱してしまう」「俺は『ブセイオー』のほうがいいかな。覚えやすいし、そっちのほうが名前の響きがカッコイイしな!」「ならば、それで決まりだのう。ちなみにだが、武成王殿は個人の武勇だけではなく、軍を率いることにかけても超一流、さらに気さくな性格で、兵や民たちに慕われた人格者でな。わしも、かの人物には本当にお世話になったのだ。妾腹とはいえ、その息子に無体な真似をするなど許し難い。わしがそう主張したとなれば、反発も少ないであろう」 オスマン氏は頷いた。ただの平民を貴族同様に扱えなどと言われて納得する者は、まずいない。だが、相応の理由があれば説得のしようがあるのだ。たとえ、それが作り話を元にしたものであっても。「才人よ。そういうわけで、今の話をしっかりと覚えておいてくれ。おぬしは武成王・黄飛虎の血を引く者だ、という設定だとな。幸いわしと同じくこの国では珍しい黒髪で、肌の色も同じだから説得力は充分だ。国の名は……おぬしの出身国を、そのまま言えば問題なかろう。自分たちの住む土地を『ロバ・アル・カリイエ』とは呼ばないから、今までわからなかったのだ、とな」「ああ、わかった」「他の者たちもよいか?」 全員が了承の意を示すのを見た太公望は、満足げに頷くと言った。「では、これより以後才人を『武成王』の妾腹の息子として扱う。この件について、もう少し話を詰めておくことにしよう」 ――こうして、太公望はトンデモな……それでいて説得力のある捏造話を練り始めた。 父の記憶はおぼろげにしか残っておらず、幼少の頃ほんの少しだけ教わった剣技だけを頼りに、あとは自己流で腕を磨いてきたという設定にすることで、それを素早さだけはとんでもないものの、剣技自体はさほど成熟していない理由付けとし。 父の話は母から聞いていたが、ずっと海を隔てた遠国で過ごしていたため、太公望から話を聞くまで、そこまでの大人物だとは全く知らなかった――と、いったような、お涙頂戴要素まで交えつつ、徹底的に才人へ叩き込んだ。「と、まあこんな感じで話を合わせていくとするかのう。よって、ルイズも今後は才人を使い魔ではなく護衛として扱って欲しい。都合の悪いときは、わしに話を振ってくれてもよいからな」 それを聞いて、頷くルイズ。「そうね。昨日の件もあるし、サイトがすごい剣士だっていうのは真実だし。貴族として、嘘をつくのは嫌だけど……でも、わたしが助けられたのは本当のことだし。だから、今度はわたしが礼を尽くす番よね。貴族の子女として」 その言葉に、ぱあああっと顔を綻ばせた才人。もともとルイズはとんでもない美少女だ。しかも、彼にとっては好み超ド級ストライクな――まあ、一部箇所を除き――女の子だ。その彼女に、そんなことを言われて嬉しくないわけがない。「とはいえ、才人もあまり調子に乗るでないぞ。ここの魔法信仰と平民蔑視は、かなり根深いものだからのう。それと、いきなり態度を変えるのはおかしなことであるから、基本は今までのままでよいからな」「ああ、そうだな。何か聞かれたときだけ答えるくらいにしておくよ」「以上だ。ほかの皆も、これでよいか?」「ひとつ大切なことが抜けてるわ」「む、なんだルイズ」 問われたルイズは太公望ではなく、ぐっと才人の目を見て言った。「サイト。あんた、仮にも大貴族の名前を借り受けることになるんだから、これからはそれ相応の努力をしなきゃいけないってこと、わかってる?」「え、どゆこと?」「あんたがおかしな真似をしたら、コウ将軍の名誉に関わるのよ。もちろん、ミスタ・タイコーボーにも迷惑がかかるわ。だから、妾腹とはいえ貴族の血を引く者として恥ずかしくないように、これからは言動にも気をつけなさい」 露骨に顔をしかめて、才人はぼやいた。「なんつーか、めんどくさそうだな。貴族って」「文句言わないの! そのぶん待遇が良くなるんだから」「んー、まあ、そうだな。ところで、ひとつだけ納得いかないことがあるんだけど」「なによ? 貴族についてわからないことがあるなら……」「いや、貴族云々じゃなくてさ。その……ブセイオー将軍の話を聞けば聞くほど、どうしてそのひとが<ガンダールヴ>に選ばれなかったのかと思ってさ。俺よりも、そのひとのほうがずっと『らしい』じゃん」 やや自虐的とも取れる才人の疑問に答えたのは、ルイズでも太公望でもなく、オスマン氏であった。「そんなふうに自分を卑下するものではないぞい。そもそも<サモン・サーヴァント>は、召喚者と相性の良い使い魔を選び出す魔法じゃ。どんなに立派で強い<力>を持っていたとしても、互いに波長が合わなければ良き『パートナー』たりえんからのう」「そういうものなんですか?」「うむ。じゃから、そのことで悩んだり、くよくよしたりするだけ損だということだ。きみは、間違いなくミス・ヴァリエールに『選ばれた』のじゃ。わかってくれたかの?」「はい! ありがとうございます」 笑顔で礼を言う才人に、頷き返すオスマン氏。だが、太公望は武成王・黄飛虎が選ばれなかった最大の理由を知っていた。もちろん、才人では不満だとか悪いという話ではない。 ――武成王・黄飛虎が<サモン・サーヴァント>に選ばれなかった最大の理由、それは。彼が戦場に斃れ、既にこの世の者ではなくなっているからだ――。○●○●○●○● ――寮塔のルイズの部屋へ帰る道すがら、才人は頭を掻きながら言った。「タイコーボー、か。う~ん……」「どうかしたの?」 訝しげに問うてきたルイズに、才人は正直に答える。「あ、いや。さっきの話聞いてて、思い出したことがあってさ」「思い出したこと?」「ああ、昔の話なんだけど。俺んとこの隣の国……中国っていうんだけどさ。そこに、あいつと名前の響きが似てるっつーか、ここで言う二つ名かな? 『太公望(タイコウボウ)』って呼ばれてた、偉いひとがいたんだよ」「ふうん、確かに似てるわね。で、どんなひとなの?」「斉(せい)ってとこの大公で、王さまの相談役だよ。政治だけじゃなくて軍事にも通じてて、今でも『軍学の始祖』とか『軍神』なんて呼ばれてる。二つ名の由来からして『太公に望まれし賢者』って言葉だしな」 才人は、こう見えて結構軍事方面に詳しい。所謂『ミリオタ』というやつである。例の『破壊の杖』にしても<ガンダールヴ>のルーンの恩恵を受けずに、正式名称をぽんと出せたくらいであるからして、その知識は意外と幅広いのであった。 才人の説明を受けたルイズの額に、じんわりと汗がにじんだ。「ね、ねえ。昔って、どど、どのくらい?」「どのくらいって……確か、3000年以上前の話だよ」 ルイズは、ほっと胸をなで下ろした。「……びっくりしたわ。万が一、そのひと本人だったりしたらどうなることかと」「いや、そんなん絶対ありえねーから。だいたい、タイコーボーはロバ・アル・カリイエとかいうとこから来た魔法使いなんだぜ。いま俺が話したのは、あくまで俺がいた世界でのことだからな?」「そ、それもそうね。どう考えても別人よね。驚いて損したわ」 ……事実は小説より奇なり、である。 ――才人が、偶然とはいえ自分の正体に迫りかけていたことなどつゆ知らず。部屋へ戻り、書をめくっていた太公望は、ふと思い出したように声を出した。「タバサよ。前におぬしと約束しとった模擬戦の件なのだが」 同じく本を読んでいたタバサは、視線を文字から太公望へと向けた。「わたしとの約束も、覚えていてくれた」「ふむ、忘れていたほうが良かったか?」 ぷるぷると小さく首を横に振るタバサ。それを見て、太公望は苦笑しながら告げた。「それならばよい。お互い、あと数日もあれば完全に疲れが取れるであろう? とはいえ、ちと準備もあるので……それが終わり次第、そうさのう。来週末、あるいはそれ以降になってしまうが、約束通り一戦やってみてもよいと考えておるのだが、どうする?」 平穏を望む彼のほうから試合の申し込みをしてくれる機会など、そうそうあるものではない。しかも、太公望はあきらかに自分以上の実力者にして、戦場を駆け抜けた本物の軍人だ。当然のことながら、タバサは奮い立った。「是非お願いしたい」「よし、決まりだな。ただし……これは絶対に1対1で、かつ誰にも見られない場所で行いたいと思うのだが、構わぬか?」「それは、何故?」「この国に来てから、まだわしがおぬしに見せていないものがある。だがこれは、おそらく『異端』とされてもおかしくないほどに特殊な、国元でもわしだけが扱える、わしだけの魔法なのだ」 『異端』。あの<フィールド>以外にも何かあるとは思っていたが、さらに隠し技があるというのか。それなら、誰にも見せたくないというのは理解できる。タバサは、承諾の印に頷いた。「これを使うということは、ある意味わしの『全力』にして『本気』だ。タバサよ……覚悟はよいか?」 ――そう告げた太公望の目に宿る光は、とても真剣なものであった。