Side:セドリック・ディゴリー
月明かりに照らされた大理石造りの豪邸。
30人ほどが会議したとしても、まだスペースが有り余る一室で、僕は『あの人』と向かい合っていた。髪はなく、蛇のような顔に鼻孔が切り込まれ、赤い両眼の瞳は、細い縦線のようだ。…蝋づくりのような顔は、月の光を浴びてますます青白い光を発しているようにも見える。
それだけでも恐ろしいのに、僕の『報告』を聞いた『あの人』は殺気をチラつかせ始めた。こうなることは予想できていたけれども、実際に殺気を向けられると足がすくみそうになる。僕は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「ディゴリー……貴様、何と言った?」
『あの人』は、静かな声で僕に問う。静かなはずのその声に、僕は背筋がゾクリと逆立つのを感じた。この場から、一目散に逃げ出したい。『姿くらまし』で、どこか遠いところへ逃げてしまいたい。だけど、その衝動をなんとか堪え、『あの人』を見据え続けた。
「貴方が欲していた『ニワトコの杖』は、もうすでにこの世界に存在しません」
「…根拠は?」
『あの人』の大蛇(ペット)が、するすると近づいてくる。このまま『あの人』の機嫌を削ぐようなことを僕が言ったら……。蛇に頭から丸呑みされるような映像が、脳内に浮かび上がってきた。あまりにもリアルに想像してしまったせいで、震えそうになる身体を必死で制す。僕は、『あの人』の地雷を踏まないように、慎重に言葉を選んだ。
「オリバンダーの発言を頼りに、グレゴロビッチの所へ向かいました。しかし、当の昔に、杖を奪われたらしいのです。杖は、とある青年魔法使いに奪われた…と」
「誰だ?その魔法使いとやらは」
ナギニとの距離が、さらに縮まる。僕たちの周りには、他にも幹部クラスの『死喰い人』が勢ぞろいしていた。その全員が僕を見ているのだろうけれども、僕は蛇の黄色い瞳と、『あの人』の赤い瞳が放つ、あの射抜くような視線だけを感じていた。
「『ゲラート・グリンデルバルド』」
「『ゲラート・グリンデルバルド』?…監獄『ヌルメンガード』に幽閉されている老いぼれか」
どうやら、『あの人』も『ゲラート・グリンデルバルド』を知っていたらしい。もちろん、他の死喰い人達も知っているはずだ。
グリンデルバルドといえば、『あの人』が現れなければ、『史上最悪の闇の魔法使い』であったと評されるほどの有名人だ。現在は、自らが作った孤島の監獄『ヌルメンガード』に収監されている。確か、収監されてから50年は経過していたような気がする。
「ですが、グリンデルバルドは『1度だけ』…とある魔法使いに決闘で負けています。その時に、杖を奪われたみたいなのです」
ぞわぞわと周りがざわめき始める。そう、ゲラート・グリンデルバルドを破った魔法使いといえば唯1人しかいない。誰もが知っている魔法使いで、『あの人』が唯一恐れる魔法使い……。『あの人』も少し考えただけで、その人物を思い至ったのだろう。
「……ダンブルドアか!!」
ぴきぴきっと『あの人』の額に、青筋が浮かび上がる。そう、ダンブルドアの杖はすでに破壊されてしまっているのだ。しかも、『あの人』自身の手によって……
断片が残っていれば、復元の手立てが出来るかもしれない。だけど、それも不可能な話だ。なぜなら、『あの人』は『ニワトコの杖』を燃やして灰になり、風に浚われ霧散してしまったのだから……。
「あの老いぼれめ!!!」
『あの人』が叫ぶ。『あの人』は激高し、感情の赴くままに杖を振り上げた、その時―――
「ただいま帰国したッス!!」
ガタンっと大きな音を挙げながら、会議室のドアが開かれた。
『あの人』は杖を振り上げたまま、コートに身を包んだシルバーをギロリと睨みつける。なのに、シルバーは何も感じていないらしい。いつものようにヘラついた笑みを浮かべながら、土産を机の上に並べていた。
「いや~本当に楽しかったッスよ、日本!
京都に金閣寺って寺があったんッスけど、凄かったッス!3階建ての寺一面に金箔が貼られて光り輝いているんッスから!
それから、大阪っていう都市!もう、食べ物が安くて美味しいのなんのって!!串揚げに、お好み焼きに、タコ焼き……もう、俺が今まで食べてきた料理は、なんだったんだ―――!!って感じッス!どの料理も口に入れた途端、ふわっと味が広がるんッスよ?あのタコでさえ、日本人の料理人の手にかかれば、何匹でも食えるッス!いや~イギリスの料理が、いかに雑か分かったッスよ。 もう日本サイコー!!あ、今度の『死喰い人慰安旅行』で行かないッスか?『姿くらまし』すれば、パスポートなしでも入国出来るし」
「シルバー!!」
いつまでも続きそうな『シルバー土産話』を止めるべく、ルシウスが立ち上がる。
「お前はいつもいつも、緊張感がない奴だな!空気を読むということを少しは考えたら…」
「この『吉本●業特製クッキー』は、ルシウスさんへの土産ッス!」
「うむ、ありがとう……で、なくてだな!!」
「おっ、そこにいるのはドロホフさんッスね!エイブリーさんも!えっと…ドロホフさんには『チョコレート味の八つ橋』、エイブリーさんには『特製鎌(草取り用)』ッスよ!」
次から次へと、トランクの中から土産物を取り出すシルバー。ルシウスは口をはさむタイミングを完全になくしてしまっていた。日本人の芸人らしい似顔絵が描かれた箱を手にしたまま、ルシウスは呆れたように座り込んでしまった。シルバーを注意する気力を、無くしてしまったらしい。
「貴様!!」
代わりにベラトリックスが、耐えかねたように立ち上がった。立ち上がった反動で、バンッと椅子が後ろに倒れたが、そんなことなんか気にせずにシルバーに詰め寄る。ベラトリックスは、『あの人』に対してタメ口で接するシルバーが嫌で嫌で仕方ないのは、周知の事実。現に、ベラトリックスの瞳からは、『あの人』に負け劣らない殺気が迸っていた。誰もがゴクリ、と唾をのむ。ベラトリックスは、悪魔も縮むような殺気をシルバーに向け、そして叫んだ。
「貴様!何故、わが君への土産を最初に渡さないのだ!?」
いや、そっちですか?と心の中で突っ込んでしまった。何人かの『死喰い人』は、僕と同じことを考えたみたいで、がくっと転びそうになっている。
「いや~、タイミングって奴ッスよ。あ、これはベラトリックスさんへの土産ッス」
「わ、私よりも先に渡す人がいると言ったばかりではないか!!」
顔を真っ赤に染めたベラトリックスは、怒り狂っているようだ。……が、土産物を受け取ったからだろうか。どこか、まんざらでもなさそうな表情を浮かべているような気もする。
これでいいのか、死喰い人?
そう思わずにはいられない。
……僕がこの陣営に入ったのは、真実を知りたいから。一見、正論を唱えている『不死鳥の騎士団』側に立つよりも、異論ともいえるこちら側に就くことで、見えなかった真実が見えてくるのではないか、って思ったからだ。もちろん、『あの人』に従うようになってから、汚い仕事もした。もう、この手は血で染まり始めている。
でも、『悪』と呼ばれ続けている人達にも、こういった一面があるのだ。それは、ホグワーツに通っていた頃の僕が気付かなかった『真実』。それが視れただけでも、僕は良かったって思う。
……でも、本当にこれでイギリス征服できると考えているのだろうか?少し疑問だ。
「これ、セドリックへの土産!『鬼畜米英Tシャツ!』」
「ど、どうも」
そう言いながら、僕も土産を受け取る。何やら軽い箱を開けてみると…何やら東洋の文字が書かれたTシャツだった。……シャツの真ん中に力強く書かれている文字は、カッコいい。だが、なんて書いてあるのか不安なので、文字の意味が判明するまで着ないでおこう。
「あれ?スネイプはいないんッスか?」
シャンプーらしきボトルを手に、きょろきょろと周囲を見渡すシルバー。どうやら、あの出来事について、まだ耳に入っていないようだ。誰も話そうとしないので、僕が教えることにする。
「スネイプ先生は意識不明の重体で、病院に入院中です」
数日前、ダンブルドアが死んだ日……スネイプは1人の少女と一緒に、北塔から身を投げた。心中とも言われているし、その場にいあわせた『誰か』を護るためとも言われている。幸いにも、魔法省の弔問使節の中に、闇払いの手練れ、キングズリーが北塔から落ちていく2人を発見。即座、速度を落とす魔法を使ったおかげで、命が奪われることはなかったらしい。……その少女とどうして飛び降りたのか、詳しい理由はスネイプか少女が目覚めるまで闇の中。最近、僕の興味を引いている事なので、出来るだけ早く目覚めてほしいと思っている。
「ふ~ん、そうなんッスか。……あっ、これはオリバンダーさんへッスよ」
縄で拘束されているオリバンダーにも、律儀に土産を渡すシルバー。……今の話を聴いて『ふ~ん』で済ませられる神経といい、誘拐したオリバンダーに土産を買ってくる神経といい、この人はどういった感覚の持ち主なのだろう?と思わずにはいられない。
「そして、これが『帝王様』への土産ッスよ。……主に日本酒ッス」
シルバーは『欲しかった玩具を見つけた子供』のような笑みを浮かべると、『あの人』に箱を差し出す。Tシャツに書かれた文字とは異なる東洋の文字が書かれた箱を、『あの人』は乱雑にあける。中に入っていたのは、白い酒が入った瓶と……1枚の写真だった。雪のように白い髪の少女が、楽しそうに誰かと話している写真だ。それを見た『あの人』の表情が、雷にでも打たれたかのような表情へと変化する。
「例の一族の子。近々、ロンドンへ来るように根回ししておいたッスよ」
『あの人』が口を開く前に、シルバーが囁くように告げた。どうやら、観光だけではなくしっかりと『仕事』もこなしてきたみたいだ。いや、そうでないと困るのだけど。
「…そうか、よくやったシルバー」
『あの人』は、満足そうな笑みを浮かべると、ようやく杖をしまった。ナギニは僕の足元から去り、ゆっくりと『あの人』の元へと戻って行く。
「……そういえば、オリバンダー。お前は最初、俺に別の杖を売ろうとしていたな?」
思い出したかのように、『あの人』がポツリと告げる。手錠をはめられ、捕えられた時よりも幾分か老いたオリバンダーは、わずかに眉間にしわを寄せた。なぜ、そんなことを今聞くのだろうと考えているのだろう。
「沙羅の木にセストラルの毛、29㎝の杖が、貴方様を選んでおいででした。ですが、貴方様はイチイの杖を選んだのでしたよね?」
『あの人』が杖を買ったということは、今から50年以上も前の出来事。なのに、オリバンダーは覚えていたみたいだ。すらすらと話し始める。1年間にホグワーツ新入生の大半…つまり140人程の杖を売っているのだ。まさか目の前の老人は、それらを全て記憶しているのだというのだろうか?
僕は感心してしまう。杖に使用する木は非常に様々だし、長さもしかり。芯に使用されるモノは『ドラゴンの琴線』『不死鳥の尾羽』『ユニコーンの毛』の3つだけなのだから、あてずっぽうでもあてられる気がするが……
……3つ?
「オリバンダーさん、それはオカシイです」
小さな疑問が芽生え、思わず僕が口を挟んだ。オリバンダーは、ゆっくりと僕を見上げる。
「どこがオカシイのでしょうか、ディゴリーさん?」
「ホグワーツの授業で習いました。ユニコーンの毛や、ドラゴンの琴線、そして不死鳥の尾羽が杖づくりに使われるのは、杖に馴染みやすいからです。それ以外の魔法を帯びた物質は、馴染みにくいので使われないと聞いたことがあります」
教科書で習った事柄を思い返しながら僕が尋ねる。オリバンダーは、ゆっくりと頷いた。
「よく勉強しておいでです。ですが、貴方はひとつ間違っていますよ。
『馴染みにくい』というだけで、『使われない』というわけではないのです。実際に三校対抗試合に出場していたボーバトンのフラー嬢の杖は『ヴィーラ―の髪の毛』が使用されていたでしょう?まぁ、杖に馴染みにくいのには変わりませんが。………特に、セストラルの毛は、非常に馴染みにくいのです。作った途端に、セストラルの魔力に耐えられず、ポキンと折れてしまう」
「なら、どうして……そんな材料で杖を作ったのですか?」
オリバンダーの目に、光が灯る。それは、希望の光……ではなく、好奇の光。だけど、どこか諦めた光のようにも感じ取れた。
「『ニワトコの杖』の芯に使われているのが、『セストラルの毛』なのですよ」
僕は息をのんだ。急に来て、まだ事情を把握していないはずのシルバーでさえ、驚いたような表情を浮かべている。…『あの人』は目を輝かせながら、ゆっくり口を開いた。
「馴染まないはずなのに、お前の作り出した『その杖』は、例外だった。つまり、ニワトコの杖と同等か、それに匹敵する力を秘めていてもおかしくはない」
「まぁ……理論上は……」
その答えを待っていたかのように、『あの人』の表情はニタリと歪んだ。
「その杖は、どこにある?」
ハッとしたように、オリバンダーは顔をあげる。そして、非常に言いにくそうな表情を浮かべた。恐らく、もう誰かに売ってしまったのだろう。……だけど、僕は何となく、その杖の持ち主が分かったような気がした。……フラーの杖を例えで挙げられたことがキッカケで、思い出したのだ。
『三校対抗試合』に出場する5人の選手は、オリバンダーの手による『杖しらべ』を受けていた。杖が使用者の力を十分に発揮出来るかを調べるためで、5人の杖を順に確かめている光景が、今でも瞼の裏によみがえる。そう……あの時、『沙羅の木にセストラルの毛』という言葉を耳にしたのだ。時折、青や赤、そして紫色へ瞳の色が変化する不思議な力を持った少女の杖を調べている時に……
オリバンダーは、ゆっくりと言葉を選ぶように、こう告げた。
「……姪御様の杖になっています」
「姪御、だと?」
『あの人』の目は、今までにないくらい見開かれた。赤い瞳の奥には、憎悪の炎がメラメラと燃え盛っているようにも見える。
「…そうか、あの小娘の杖か…」
一言、一言を噛みしめるように、『あの人』は呟いた。少し何かを考え込むように、テーブルの一点を睨みつける。
「ヤックスリー」
「は、はい!」
突然話を振られた死喰い人は、慌てて立ち上がる。よほど慌てたのだろう。椅子がガタンと大きな音を立てて床に転がったのに、気がついていないみたいだ。
「魔法省の乗っ取りは、どれくらい進んだ?」
「わが君、非常に努力しております。物凄く努力しております。先日は『闇払い』のドーリッシュに『服従の呪文』をかけることに成功しました」
ヤックスリーは『純血の名家』という名前を利用し、魔法省の掌握を任されている。本来であれば、ルシウスや僕、シルバーの役割だった。だけど、僕は『ニワトコの杖』の調査をしなければいけなかったし、シルバーも『天の杯』の調査。ルシウスに至っては、脱獄囚になってしまったので、そう簡単に魔法省へ出入りできる身分ではなくなってしまったのだ。
魔法の実力は……置いておいて、魔法省へ自由に出入りできる貴重な人材ヤックスリーは、死喰い人の中でも幹部クラスと言っても過言ではない。
「…そうか」
もて遊ぶかのように、『あの人』は杖を回し始めた。ヤックスリーは座っていいのか悪いのか分からないらしく、直立不動の体制のまま不安そうにしている。
「パイアス・シックネスの件は、どうなったか?」
『あの人』は、甲高いハッキリとした声で問う。ヤックスリーは、死刑宣告された囚人のような表情を浮かべ、俯いた。
恐らく、計画が順調に進んでいないのだろう。パイアス・シックネスといえば、魔法省の中でも重鎮。現魔法省大臣のスクリムジョールに万が一のことがあった場合、最も魔法省大臣に近い男とも言われているのだ。……味方に引き入れれば戦力になるが、その分、シックネス自身も警戒しているので、手駒にするのは相当難しい。実際に、彼は常に手練れの『闇払い』に警備を依頼しているのだ。
ヤックスリーは目を床に落としたまま、震える口を開いた。
「…あと数日もあれば、パイアス・シックネスに『服従の呪文』をかけることが可能だと」
「嘘はいかんぞ。……俺様の前では、嘘は通じない」
『あの人』の赤い両眼が、じろり…とヤックスリーを睨みつける。ヤックスリーは恐怖のあまり、倒れてしまいそうだ。
「…まぁよい。どのみち、『穢れた血』の母親にかけられた魔法の効果が切れるまで、ポッターに手を出すことは出来ないからな。……夏までで構わん」
「つまり、夏になってから動くってことッスか?」
シルバーが『わさびチップス』を頬張りながら、あの人に尋ねる。
「いや、それまでにするべきことがある」
赤い目に、暖炉の朱色の灯りが不気味に反射している。『あの人』寄り添っていた大蛇が、ゆらりと鎌首をもたげた。
「それは何でしょうか、わが君?」
ベラトリックスが身を乗り出す。お側に侍りたいという渇望を言葉で表しきれない、とでも言わんように『あの人』の方へ身を乗り出す。
「夏までに、あの小娘が持つ力を、手に入れなければならない」
『あの小娘』……『あの人』が『小娘』と称するのは、ただ1人だ。場に集まっていた何人かの死喰い人…の息子たちの顔が青ざめる。確か、右からセオドール・ノット、ドラコ・マルフォイ、ビンセント・クラッブ、グレゴリー・ゴイル。4人ともスリザリン生で、たった今『小娘』と称された少女と同学年だったはずだ。
「…何か言いたそうだな、ドラコ」
死喰い人の息子たちの中で、最も権力を持つ少年…ドラコ・マルフォイに『あの人』は声をかける。『あの人』の声は静かだったが、突き抜けてハッキリと響いた。
「その…」
ドラコ・マルフォイは、恐怖で目を見開いている。直接目を合わすことを恐れたのだろう。ドラコは、すぐに俯いてしまった。
「…何か言おうとしていたな、ドラコ」
「……小娘の力を手に入れる、ということは……」
「セレネ・ゴーントを、殺せ…ということでしょうか?」
ドラコの言葉を引き継ぎ、代わりにセオドールが尋ねた。セオドールも『あの人』と目を合わすことが出来ないのだろう。セオドールは、床の一点を睨みつけている。
「『ニワトコの杖』は、主に『殺害』によって継承される。木は違えど『セストラルの毛』を使っているのだ。『沙羅の杖』でも同じだろう」
後は、言わないでもわかるだろ…という視線を『あの人』はセオドールに投げかけた。ドラコ達3人の表情が、さぁーっと青ざめる。ただ、俯いているせいで、セオドールの表情だけは見えない。ただ、開いた手をギュッと握りしめている。まるで、感情を握りつぶそうとしているかのように。
そんなセオドール達の反応を一瞥した『あの人』は、視線を宙に移した。
「死を克服する『最強の杖』……そして、永久の命に繋がる『天の杯』…」
そこには存在しないソレらをつかみ取るように、『あの人』は宙へ手を伸ばす。その姿に、ある者は畏怖の視線を向け、ある者は敬愛の視線を向け、またある者は敬愛を通り超えた崇拝の視線を向ける。…その様子を、僕は一歩離れて『記憶』する。
「……その2つを手に入れたとき……俺様は、『死』を超える!」
『あの人』は、宙を握りしめる。その赤い両眼には、目的のものを絶対に手に入れるという意欲のみが、メラメラと燃え盛っていた。
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最終章『死の秘宝編』に入りました。
最後まで、寺町朱穂をよろしくお願いします!