今回は、ネビル視点です。
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僕は…分からない。
セレネと初めて出会った場所は、ホグワーツ特急だったと思う。誰も手伝ってくれなかったヒキガエル探しを、ハーマイオニーと一緒に手伝ってくれたんだ。優しい人だなって思ったけど、それと同時に…ちょっと怖かった。だって、怖そうな蛇を飼ってたし、寮は…あの『スリザリン』になったから。
でも、怖い人じゃないって、すぐ分かったんだ。
初めて魔法薬学の授業に向かう途中、ばったりセレネに出会った。あのときの僕は、まだ友達がいなかった。他の子とあまり仲良くできず、唯一、話すことが出来たハーマイオニーは、さっさと先に行ってしまう。こっちで教室へ向かう道は正しいのだろうか?でも、周りに聞ける人は誰もいない。そんな心細い時に、セレネに出会った。
知り合いにあってホッとした反面、セレネはスリザリン。グリフィンドールの僕と一緒にいたら色々と嫌味を言われるのではないかって思ったんだ。そのことを口にしたら、セレネは
『あぁ、そんなことか。大丈夫だ。色々と言われたら3倍にしてやり返せばいいだけの話だから』
と言った。やり返すなんて、怖い人だ……と思う反面、どこかセレネを凄いと思う自分がいた。寮同士の確執を『そんなこと』って言いきれるセレネが、凄いなって思ったんだ。
セレネは、優しいし強いし凄い人だと思う。
魔法薬学の授業で、何回も助けてくれたし、寮なんて関係なしに話しかけてくれた。僕が一番好きな人は、ハーマイオニーだけど…その次に好きな人を挙げろって言われたら、セレネを挙げると思う。もちろん恋愛感情ではなく、あくまで女友達としてだけど。
だからこそ、分からない。
セレネはヴォルデモートの協力者で、ダンブルドアの右腕を切り落とした悪人だ。僕の両親を拷問して廃人にしたり、せっかく仲良くなれたルーナ・ラグブットを殺したベラトリックス・レストレンジの仲間なのだ。そう思うだけで、ドロドロとした憎悪の感情が、沸々と浮かび上がってくる。それだけじゃない。セレネは、あの誰にでも優しかったルーピン先生を、未遂とはいえ殺そうとしたし、僕たちにも躊躇うことなく攻撃してきた。
今だって、マグルの武器の先端を向けられている。この間と形は違うけど、きっと威力はこの間のモノと同様か、それ以上なのだろう。
でも、僕は分からない。セレネを信じたい、セレネと分かりあいたい。話せば分かりあえるかもしれないって思う僕がいるのだ。そんなこと、もう不可能だって、頭では分かっているのに!
「…セレネ…」
気がつくと僕は、セレネに話しかけていた。セレネは相変わらず鉄の仮面でも被ったみたいに、無表情だった。だけど、一瞬、ほんの一瞬だけセレネの顔が歪んだように見えたのは…気のせいだろうか。
「私は、アンタたちを傷つけたくない」
「今さら何を言ってるんだ」
ハリーが口を開いた。最後にセレネと会った時よりは落ち着いているけど、やっぱり憎悪の色が消えていない。僕の友達の中で、一番セレネを憎んでいたのはロンだけど、その次に憎んでいたのはハリーだ。どうやら『セレネに裏切られた』って思っているらしい。
無理もない。だってもし……あの場で指揮を執っていたハリーが、セレネに『球』を渡さなかったら、セレネを仲間に加えなかったら……セレネの計画は破たんし、ルーナが死なずに済んだかもしれないのだから。僕が指揮を執っている立場だったら、きっと後悔する。でも、ハリーは悪くない。セレネが何を考えていたのかを見抜けなかった僕達にも、責任があるのだ。
「傷つけたくないなら、手に持っているソレを捨てればいいだろ」
「これは防衛手段だ。攻撃されてから武器を手にするなんて、リスクが高すぎる」
ハリーの問いかけに、セレネが淡々と答える。僕は、どこか納得したような表情を浮かべた。防衛手段を持つことは、非常に大切だ。彼女が武器を手放した途端、僕とハリーが襲い掛かってセレネを殺さないという保証は、どこにもないのだから。僕は杖を持つ手を、少しだけ下げた。
「僕たちは、攻撃しないよ。僕は、セレネがどうしてあんなことをしたのか…」
「ネビル!」
おどおどとセレネに話しかける僕を、ハリーがけん制する。
「そんなこと、捕まえてから聞けばいい。それよりも、『眼』には気を付けるんだ」
どうやら、ハリーはセレネの『眼』を警戒しているみたいだ。今は『黒の瞳』だが、それが三校対抗試合で見せた『青』や、あの時の禍々しい『紫』に変化するのを恐れているらしい。ハリーに言われなくても僕だって、あの『眼』が怖い。詳しい理屈は知らない。でも、ハリーがダンブルドアから聞いた話だと、《直死の魔眼》という魔眼らしく、《『死の線』が視える》効果を持つらしい。たぶん、いつも持ち歩いていたナイフで、その『線』を切るのだろう。つまり、『線』さえ視えれば、何でも殺せる。たとえ、神であっても……
ダンブルドアは、『神を殺す力』って、言っていたらしい。そんな途方もない力と戦って、僕程度の魔法使いに勝ち目があるのだろうか。いや、ない。僕には、勝てない。
「『眼』なんか使わなくても、コレとコレで十分だ」
セレネは杖を握った左手を、そっと内ポケットに入れる。そして『ナイフ』を床に落とした。見慣れていたセレネのナイフとは違う。あれは、食事に使われる銀のナイフだ。あまり使いこまれているようには見えない。もしかしたら、予備のナイフなのかも…
セレネは、ハリー達からも手が届かない場所へ向けて、落としたナイフを軽く蹴り飛ばす。カランカランという寂しく転がる音が、『秘密の部屋』に木霊する。それを確認したセレネは、杖を軽く一振りした。
「『クラック‐割れろ』」
途端にナイフは、パキンと呆気なく割れた。ハリーは目を見開き、僕は眉間にしわを寄せる。
あんな簡単に、ナイフを壊してしまっていいのだろうか。やっぱり、あれは予備で…僕たちを油断させるため?馬鹿にしているのだろうか。…隣に立っているハリーも、同じこと考えたのかもしれない。割れたナイフに視線を向けていたハリーは、セレネの方に振り返った。
「バカにしているのか?」
「そうだといったら、どうする?」
まずい、これは挑発だ。セレネは、僕たちが攻撃を仕掛けるのを待っている。頭に血が上った僕らが、攻撃を仕掛けるのを待っている。セレネは『自分から攻撃したくない』といっていた。でも…僕たちが先に攻撃したら、『正当防衛』ということで、戦う名目が成立してしまう。それは、不味い。僕は、セレネと話し合いで分かりあいたいのに!僕は、慌てて口を開こうとした。でも、遅かった。
ハリーは、杖を振り上げてしまった。
「『エクスペリアームス‐武器よ去れ』!!」
セレネは身をかがめることで、ハリーが放った呪文を避ける。セレネの頭上すれすれのところを、『武装解除の呪文』が通り過ぎて行った。通り過ぎたことを確認したセレネは、なにも躊躇うことなく、冷たくて重い引き金を引く。口径9ミリ程もあるマグルの武器から打ち続けられる無慈悲な銃弾の嵐が僕達を襲かかる。でも、もちろん…この程度のことは予想の範疇だ。僕とハリーは、セレネが引き金を引く前に無言で『盾呪文』を使っていた。杖を軽く振るだけで、限りなく透明に近い盾が、僕たちを守護する。
でも、所詮は『無言呪文』。通常の詠唱有の呪文よりも、がくんと精度が落ちる。まだ、5秒くらいしか経過していないのに、もう盾は限界だ。このまま打ち続けていれば、盾は耐え切れなくなり、僕達の体に無数の穴が開くことになる。そういう風になるのは、嫌だ。僕はまだ死にたくないし、ハリーだってそうだろう。雷鳴を思わす大音量の銃弾の豪雨に負けないくらい大きな声で、僕は叫んだ。
「ハリー!大丈夫!?」
「僕は平気。それにしても、セレネが短機関銃を持ってるなんて…!」
盾を維持し続けるハリーも叫ぶ。たぶん、『短機関銃』というのは武器の名前なのだろう。
「その…短機関銃って…あと、どれくらいの弾があるの?」
「分からない。とにかく弾丸がなくなるまで耐えるんだ!」
ハリーの顔が、いつになく苦しげに歪んでいる。僕の額からも、汗がにじみ出て来ていた。流れ落ちた汗が、目に入って痛い。でも、目をこすることは出来ない。一瞬でも意識を他に向けたら、盾を維持できなくなってしまうからだ。
「ぷ、『プロテゴ‐守れ』!!」
僕は、出来る限り素早く呪文を唱える。すると、僕たちの作った壊れそうな盾の上に、見るからに頑丈そうな盾が現れた。短機関銃の放つ銃弾の雨に、ビクともしていない。よかった…成功したみたいだ。僕は少しホッと胸を下ろした。
「ハリー、守るのは僕がやるから、君はセレネを…!」
「ありがとう、ネビル。『インペディメンタ‐妨害せよ』『ステューピファイ‐麻痺せよ』!!」
乾いた発砲音や、閃光が杖先から奔る音だけが、部屋いっぱいに響き渡っていた。セレネはハリーの放つ閃光を避けながら、ハリーは僕の作りだした盾の陰から戦う。
「…っち」
セレネは、大きく舌打ちをつくと、短機関銃とやらを投げ捨てて代わりに杖を握る。どうやら、弾丸が切れたみたいだ。ハリーは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。これで、セレネの武器は、僕達と同じ『杖』だけになったから。
でも、本当に『杖』だけになったのだろうか?
慎重なセレネが、短機関銃の弾丸の予備を持っていないとは思えないし、ナイフだってまだ持っているに決まっている。それに、この数か月…僕たちは確かに強くなったけど、それはセレネだって同じこと。僕たちが成長したのと同じように、セレネだって成長しているはずなのだ。こんな、『隙』を見せるような真似をするだろうか?
「『ステューピファイ‐麻痺せよ』!」
ハリーが叫ぶのと同時に、赤い閃光が奔る。セレネは一気に地面を蹴り、横に跳ねとぶことで閃光を避けた。僕もハリーを援護する。
「『インペディメンタ‐妨害せよ』!」
だが、閃光はセレネの耳元を通り過ぎただけに終わった。僕達から十分に距離を取り、杖で狙いを定めにくい位置に逃げたセレネは、口を開いた。
『●●●●●、●●!!』
何かを思いっきり叫んでいる。シューシューという音が、とてつもなく気持ちが悪い。でも、ハリーは違うみたいだ。その意味を理解したのだろう。ハリーは、警戒するように辺りを見渡し始めたのだ。
「ネビル、バジリスクだ」
僕は、ぞっとした。バジリスクと言えば毒蛇の王者だ。直接バジリスクの目を見たら即死だし、鏡越しに見ても石になってしまう。しかも、恐ろしいのは目だけではない。獰猛な牙で刺されたら最期、『不死鳥の涙』じゃないと、毒を癒すことが出来ないのだ。まさに『スリザリンの怪物』の異名にふさわしい蛇だと思う。
「僕達…どうしたら…」
「…ん?ちょっと待って、ネビル」
警戒態勢を取っていたハリーが、少し警戒を解いたように見えた。何かあったのだろうか?僕も耳をすます。
すると、『秘密の部屋』の最深部の方から、いかにも眠たげなシューっという音が聞こえてきた。セレネは、それにイラついたように、荒々しい舌打ちをした。
シューシューという応答がしばらく続く。僕は蛇語を理解することが出来ないので、よくわからない。だけど、蛇語がわかるハリーは、ホッとしたような笑みを強めた。ハリーの様子から考えると、僕たちに都合のいい状態になりつつあるのかも……。
「チャンスだ、ネビル。バジリスクは、眠くて起きて来られない。いくぞ…『インカーセラス‐縛れ』!!」
「しまっ!」
ハリーの杖から噴射された縄が、セレネの腕を縛る。予想以上にきつく縛られたのか、セレネの顔に苦悶の色が広がる。セレネの右手には杖が握られたままだった。でも、腕がしっかりと縄で封じられているから、うまく狙いを定めることが出来ないだろう。……これは、計算外かもしれない。もし、セレネの袖に、使い勝手の良いナイフが収納されていた場合…簡単に縄を切って抜け出せる。でも、それをしないで焦りと苦悶の表情を浮かべているということは……本当に予備のナイフがないのだろうか?
僕が杖を向けると、セレネは焦りの表情を浮かべ、パイプで作られた横道に飛び込んだ。僕はハリーと顔を見合わせると、セレネの後を追う。
パシャリ、パシャリと水が溜まった床を蹴る音と荒い息の音が、狭いパイプに響いている。
「ハリー…おかしいよ。セレネのことだから、きっと何か考えているはずだよ」
これは、おかしい。あんなに慎重なセレネが、こんなドジを踏むはずがないのだ。だいたい、バジリスクが起きて来られないというところからしておかしい。セレネが脱獄できた理由は、バジリスクが助けに来たからだと新聞に書いてあった。ここからホグワーツまで、ものすごく距離が離れている。それなのに、あれほど迅速に脱獄の手伝いが出来たなんて、それだけ忠誠心が強いってことじゃないかって思う。そんなバジリスクが、『眠い』なんて理由で、主人の危機を助けないなんて……おかしい。
「そうだとしても、それを打ち破るだけだ」
ハリーは、キッパリ言い切った。僕は、ハリーの意見に納得する。セレネが何を考えていようとも、僕たちは乗り越えて先に進むしかないんだ。そう思った僕だったけど、まだ不安そうな顔をしていたのかもしれない。ハリーは僕を励ますように、口を開いた。
「僕は…僕たちは、ここでセレネを倒さないといけないんだ。セレネが無策とは、確かに思えないけど……でも、本当に油断していたのかもしれないじゃないか。
それに、ロンやジニーが、そろそろマクゴナガル達を連れて来てくれる」
…そういえば、ロンたちと別れてから時間がかなり経過している。ということは、そろそろマクゴナガル先生たちが援軍に来てくれるはずだ。戦闘経験も魔法の熟練度もマクゴナガル先生の方が、遥かに上だ。どう考えても、セレネ1人では不利。たとえ、バジリスクがいたとしても、マクゴナガル先生なら……なんとかなりそうな気がする。それに、マクゴナガル先生1人で来るとは考えられない。安全面を考えて、もう1人先生が来ると思う。そうなると、ますますセレネの勝つ確率が低くなる。でも、その程度のことはセレネも考えているはずだし……
「ここまでだ、セレネ!」
ハリーは、立ち止まると低い声で言い放つ。セレネの後ろに広がるのは、大きな壁。どうやら、セレネは道を間違えてしまったようだ。セレネは悔しそうな表情を浮かべ、壁に背を預ける。瞳の色は……見慣れた『黒』のままだ。
「セレネ…罪を償うんだ」
「ハリー。ホラー映画って知ってる?」
会話が噛み合っていない。僕は首をかしげたし、ハリーも眉をあげた。この追い詰められた状況で、気が狂ってしまったのだろうか。それとも、僕たちの気を逸らすため?……というか、ホラー映画ってなんだろう?
「マグルの恐怖映画だっけ。『オ●ラ座の怪人』とか『オーメ●』とか……。でも、そんな話…今関係ない。おとなしく…」
「面白いよ、ホラー映画って。画面の中の世界なのに、現実でも起こりそうな錯覚に陥る時があるんだ」
ハリーの言葉を無視して、セレネは言葉を紡ぎ続ける。時間稼ぎか、何かかもしれない。僕は、慌てて杖をセレネに向ける。だが、セレネは僕の行動なんか、まるで気にしていないみたいだ。まるで気が狂ったかのようにセレネは、淡々と言葉を紡ぎ続けた。
「その理由は簡単だ。ホラー映画の恐怖って、現実の恐怖と重なるから怖いんだよ。……そら、これがその証明だ!」
セレネがそう言い放った時だった。殺気の気配もなかった壁から、一気に殺気が沸き起こる……と思った途端、僕は冷たい床に倒れていた。叫びたくなるような激痛が、足に奔る。つい数か月前…神秘部での光景が脳内でフラッシュバックする。まさか、と思い視線を足に向けると、案の定…足に銃弾なるものが命中したらしい。ハリーは、今回も何とか避けるのに成功したらしい。盾越しに見るハリーの表情には、恐怖の色と驚きの色が浮かんでいた。
「ありがとうございます。舞弥さん」
「…露骨ですよ、合図が。次はもう少し、分からないような合図を考えた方がいいですよ」
セレネの後ろに広がっていた壁がなくなり、奥まで続いている。それだけじゃない。セレネの横に、東洋系の顔立ちをした女性が立っているのだ。セレネが先程持っていた銃とは違う、別種のマグルの武器を手にしている。女性が持つ武器の口からは、白い煙がゆっくりと立ちあがっていた。この女性が、僕を撃ったのは明白だ。でも、どうして……誰もいなかったのに。そもそも、あそこは壁だったのに。
「今のは…一体…」
ハリーも動揺している。無理もない、僕だって何が何だか…訳が分からない。セレネは袖に隠しておいたと思われるナイフで、簡単に縄を切る。今度のナイフは、見るからに高級感漂うナイフだった。
身体の自由を取り戻したセレネは、呆れたような表情を浮かべた。
「まさか、ここが外敵の侵入に対処していないとでも?」
迂闊だった。
セレネが何の対策もせずに、ココを使っているとは考えられない。もう少し、僕たちは対策を練ってから、飛び込んだ方が良かったのだ。いや、むしろセレネが外に出てきたときに、戦えば……もう少し、勝機があったかもしれない。
「あの壁は、幻覚…だったんだ」
ハリーは微かに震えながら、悔しそうに呟く。セレネは口元に笑みを浮かべた。そして、ハリーの方へ一歩…足を動かそうとする。
「『エクスペリアームス‐武器よ去れ』!!」
セレネが動く前に、ハリーは素早く呪文を唱えた。それこそ、眼にもとまらぬ速さで。だけど、ハリーの呪文はセレネに届かない。軽くナイフを一振りしただけで、セレネめがけて宙を奔っていた閃光が消える。青い瞳をしたセレネは地面を蹴り、ハリーに急接近すると、躊躇うことなく杖を振るった。
「『インカーセラス‐縛れ』」
「ぅわぁ!」
セレネの杖から飛び出した縄は、がっちりハリーの体を縛り付ける。ハリーは身動きできない。物凄い力で巻き付けられているらしく、ハリーは腕の力を失い、杖を落としてしまった。セレネはむなしく転がったハリーの杖を、拾い上げる。
もともとひんやりとしていた周囲の空気が、いちだんと冷え込んだ気がした。どくどくっと足から血が流れ、意識がもうろうとしてくる。
「僕たちを、どうする気だ」
ハリーが忌々しげにセレネを睨みつける。セレネは、そんなハリーを無視し、僕に近づいてきた。セレネの近づいてくるカツン、カツンという足音が、死へのカウントダウンに聞こえてくる。
「やめろ!!ネビルに手を出すな!!」
セレネは僕に杖を向ける。凍てつくようなセレネの視線。僕は思わず目をつぶった。こんなセレネ、もう見たくない。
「やめろぉぉぉ!!」
ハリーの悲痛の叫び声が、狭いパイプの中に木霊する。それと同時に、セレネが杖を振り上げた気配がした。ここまで、僕の人生は……ここまでなんだ。セレネに殺されて、変わってしまったセレネに殺されて……
「『エピスキー‐癒えろ』」
途端に、足に感じていた痛みが消えていく。僕は呆気にとられてしまった。ハリーも、呆気にとられたような視線をセレネに向けている。
なんで、セレネに足を治療されているのだろう?そんな湧き上がる疑問をよそに、セレネは無表情のまま治療を続ける。瞳の色は、いつの間にか『青』から『黒』に戻っていた。
「ど、どうして…」
僕の問いに、セレネは答えない。ただ、黙々と治療をしている。その背後に立つ女性も、何も答えなかった。その沈黙は足の痛みが、ずきん…ずきんという、まだ我慢できる範囲になるまで続いた。そして、僕が口を再び開こうとしたとき、セレネが僕の言葉を遮るように口を開いた。
「『ペトリフィカス・トタルス‐石になれ』『インカーセラス‐縛れ』」
ピタリと両手両足が磁石のようにくっついた。動かそうとしても、動かない。無理に動かそうとすると、足が悲鳴を上げた。痛みで顔をゆがめそうだったけど、顔の筋肉すら動かない。唯一動かせる場所と言ったら、目玉だけだった。しかも、『凍結呪文』が解けた時の対策だろう。きつく縄で身体が巻かれているから、呪文が解けたとしても四肢を動かすことが出来ない。
「しばらく動くな。完璧に治したわけじゃないから。それにしても、ここは狭いな。『ロコモーター‐動け』」
セレネがひょいっと杖を一振りする。すると、縛られたままの僕とハリーの体が宙に浮いた。体の自由を奪われた僕らは、抵抗することが出来ない。ハリーは言葉を話すことが出来たけど、僕は言葉すら話せないのだから…本当に、抵抗が出来なかった。
「なにを…考えているんだ?」
ハリーがセレネに尋ねる。ハリーの声色に憎悪の感情は、ほとんど残っていなかった。戸惑いの色が、かなり強い。セレネはハリーの方を見向きもしないで、口を開いた。
「…アンタは殺したくても、殺せないから」
「どういう意味?」
ハリーが眉間にしわを寄せ、セレネに尋ねる。セレネはひょいっと…ナイフの先端をハリーの心臓のあたりに向けた。ハリーの顔が、一気に強張るのが視界に入る。セレネは、まるで『今日の天気』を聞かれたかのように、退屈そうな声で……理由を答えてくれた。
「アンタの中に、ヴォルデモートの魂がいるからだ」
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12月16日…一部訂正
12月27日…〃