今度の木曜日に飛行訓練が始まる。
文字通り箒に乗って空を飛ぶ訓練、まさに魔法使いのイメージそのものだ。
少し私はそれを楽しみにしていた。だから、少しでも飛行に関する知識を得ようと思い、パンジー達に聞いたのだが……
「絶対に『ホリヘッド・ハーピーズ』が1番だわ!!」
「どこがいいのよ、パンジー!?女ばかりじゃない!
やっぱりここは『ファルマス・ファルコンズ』でしょ?」
「ミリセントには悪いけど、そのチームってなんか怖いと思う。
『ケンメアー・ケストレルズ』がいいんじゃないかなぁ?」
気が付くとパンジー、ミリセント、ダフネが箒で行う競技、『クィディッチ』の贔屓チームについての大論争になってしまっていた。こういう時に、うっかり何か口を挟むと火に油を注ぎかねない。
それにこのまま論争がエスカレートすると、ミリセントが2人につい手が出てしまうかもしれないとも思ったが、ミリセントの手が動く前に私に飛び火してきたら嫌なので、気が付かれない間に黙ってその場を立ち去ることにする。
この学校では体育の授業がない。
代わりに『飛行訓練』があるのだというが、それも1年生までだ。
体育嫌いの子にはいいのかもしれないが、2年以後は身体を動かす授業がないのだ。 だが、3食甘いモノだけという食事にしなければマージョリーさんみたいに太ることはないだろう。
なぜなら、城が広すぎるからだ。
長くて急な階段をひたすら上り下りをしたり、こっちの塔の上の方で魔法史の授業があったと思えば、次は向こうの塔の下に位置する温室で薬草学の授業というように、とにかく動かなければならない。
この間の双子が教えてくれた際に、いたるところに移動を短縮するための隠し通路があるということが判明したが、どこがどこに繋がるのか分からない。それ以前にまず隠し通路の位置が分からない。
なので、ひたすら短縮せずに歩き回ることになる。
それに、授業一つ一つでも結構疲れるのだ。
例えば変身術。
モノを変身させるということは、物凄く疲れるのだ。
初回の授業の時に、マッチを針に変身させる練習をした。なんとか針に変えることが出来たがとても疲れてその場に倒れ込みたかった。それに針に変身させる事が出来たのは、学年で私とあと1人らしい。
マッチを針に変身できたということで、厳しいで有名なマクゴナガル先生が点数をくれた珍しい機会だった。
他にも変身術で例を上げると、複雑な術式をノートに写すことがまず大変だ。
慣れぬ羽ペンと羊皮紙を使わないといけないということが難点の1つ。
なぜ使いやすいシャーペンを使わせてくれないのだろうか?
初回の授業の時にシャーペンにルーズリーフで書き写していたところ、マクゴナガル先生に…彼女の鋭い目がいつにも増して鋭くしてにらまれたのを覚えている。
『ミス・ゴーント?羽ペンはどうしたのですか?』
と聞いてきたので他の生徒たちにも注目されてしまった。 私は、あの時眉をしかめてこういったのだ。
『使いにくいからです。こっちの方が使いやすいし、インク瓶を割って周囲に被害を及ぼす心配はありませんし』
すると一瞬マクゴナガル先生は黙った。 だが、一段と目をきつくしてこういったのだ。
『しかし、ここでは羽ペンを使用してください。
羽ペンは試験の時に使わざる負えません。慣れていなければ試験の時に最高な状態で臨めません』
それ以後は私も慣れぬ羽ペンを使ってカリカリ書いている。
先生が言うには、カンニング防止の羽ペンがその場で配られるみたいだ。 それなら慣れておかないと後が大変なので、私も羽ペンを使うようになった。
このように、授業一つとってもかなりの疲労感がたまるのだ。
その分、自由時間もあるのだが、今はいいが期末テスト前になるとこの時間が全て勉強に費やすことになってしまう。となるとほとんど休む機会がない。
魔法学校というと『夢と希望が満ち溢れている楽園』という感じだったが、私は前言を完全に撤回した。
名門のマグルの学校と同じくらい…下手したらそれよりもかなり大変な学校だと断言できる。
「それにしても『クィディッチ』か」
見たことはないが、あの引っ込み思案なダフネが盛り上がるほどのスポーツとなると興味が出てきた。
そういえば、以前ドラコが『1年生は寮の代表選手に選ばれないから悔しい』といっていた気がする。寮ごとにクィディッチのチームがあるほど人気スポーツということか。
マグル界で言うサッカーやバスケ、それから野球のような感覚なのだろうか? いずれにしろ、当日がますます楽しみになった。
だが、その日はあまりいい思い出にはならなかった。
その日の午後3時30分。
空はどこまでも青々と澄み渡っていて、飛んだら自分も空気と一体化しそうなくらい気持ちのいい日だった。少し風があったが、無風の日より少し風のある日の方が好きだ。芝生の上には20本の箒が並べられている。
「マグルの世界にはクィディッチみたいなスポーツはあるの?」
クィディッチの説明を簡単にしてくれたパンジーが問う。 私は少し考えてから笑った。
「バスケットボールってのがあるな。でも、箒を使うこっちの方が面白そうかも」
バスケはバスケで楽しいと思うが、ここはパンジーの望む答えを言った方がいい。 パンジーは自分の気に入った人に対してかなり優しくなるのだ。
例えば、セオドール・ノットとブレーズ・ザビニらに対して厳しい態度で接するのに対し、同じことをパンジーの恋焦がれている異性、ドラコがすると何も言わない。パンジーは愛情を持って彼に接している。
ミリセントに対しても口喧嘩ばかりしているみたいに見えるが、実は結構楽しんで手加減をしながら喧嘩をしている。
本当に怒っている時はもっとズバズバと相手の痛いところをつくのが彼女だ。
だが、確かに痛いところをついてはいるが、手の早いミリセントの手が出ない一線をわきまえて口喧嘩をしているのが最近になって分かったことだった。
案の定、パンジーは気をよくしたらしくニコニコしていた。
「そうよね。箒に乗らないスポーツなんて考えられないわ。
セレネもきっと箒に乗るのが好きになると思うわよ?」
「そうだといいな」
そうしてしばらくしゃべっていると、グリフィンドール生がやって来た。
そういえば、最近あまりハーマイオニーやネビルと話してない。
寮が違うということが1番の原因だろう。もっとそれぞれの寮の交流的な事があったらいいのにと思う。
そんなことを考えているとすぐにマダム・フーチが来た。
彼女は白髪を短く切り、鷹のような黄色い目をしている。どこまでも箒ですばやく遠くまで飛んで行けそうな人だと思った。
「何をぼやぼやしてるんですか」
開口一番で怒鳴るフーチ先生。
「皆箒の側に立って。さぁ、早く!」
完全に体育系の人だ。
テキパキやらないとゲンコツが降ってくるかもしれない。 いや、ここは魔法使いの世界だから失神呪文あたりがとんできてもおかしくないかもしれないな。
「右手を箒の上に突き出して。
そして、『上がれ!』という」
皆が一斉に『上がれ!』と叫んだ。
すると、古くて小枝が何本かとんでもない方向に飛び出している箒がスゥッと私の手の中におさまった。 だが、飛び上がった箒は少なかった。
私の見える範囲だと、ハーマイオニーやダフネの箒は地面をコロリと転がっただけだったし、ネビルの箒は動かなかった。1度で飛び上がったのは、私を含めほんの数人だった。
もし、魔法使いの使う箒に意志というモノがあるのだとすれば、馬の様に乗り手の気持ちが分かるのかもしれない。中々飛び上がらないハーマイオニー達の顔は強張っていて緊張しているのが分かる。
次に箒のまたがり方をやった。 フーチ先生は1人1人箒の握り方を直していく。
ドラコが何回も注意されていた。が、それを笑うハリーと(いまだに名前が分からない)赤毛の子が笑っているのが見えた。
他の子も注意されているのにドラコの時だけ笑うのはおかしいと思う。
確かに彼は箒に関してかなり自慢をしていた。でも、笑うのは間違っていると思う。
昔、私はピアノを習っていたのだが、前の先生の時に指の使い方について変な癖をつけてしまっていた。だからそれを新しい先生に指摘されて直すのが大変だった。
ピアノは得意だし昏睡状態に陥る前は『ショパンの夜想曲』を弾いていた。直される前も『モーツアルトのトルコ行進曲』や『エリーゼのために』だって弾けていた。
ようは、正しい指使いでなくて変な癖があったとしてもできてしまうのだ。
ただ、変な癖があると見栄えが良くないのと、やはりどこか大変な箇所が出てくるので、正しい指使いの方がいいことは間違いないだろう。
だから、癖があったとして、それに気が付いたのであれば直せばいい。
ドラコは今、その癖に気が付いたのだ。直すのは大変だと思うが直した時、また一段と上手になれる。だから間違いを指摘されたのを笑うのは間違っていると思う。
「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強くけってください。3つ数えたら吹きますよ。
1,2…」
ところが3つ数え終える前に、おそらく緊張してしまったのだろう。
ネビルが『遅れたくない』というような顔をして地面を蹴ってしまったのだ。 しかも、思いっきり強く。
「こら、戻ってきなさい!!」
ネビルは先生の声が聞こえているのだと思うが、制御できないのだろう。
シャンパンのコルクの栓が抜けたように勢いよく飛んでいくネビル。真っ青な顔をしたネビルはどんどんと空へと上がっていく。 怖くて悲鳴も上げられないようだ。ネビルは、真っ逆さまに落ちた……そして……
ガーン!!ドサッ!ボキィっと嫌な音を立てて、ネビルは草の上にうつぶせで墜落した。
フーチ先生が真っ先に駆け寄った。
ネビルに意識があるみたいだ。
しかし、無傷というわけではさすがにいかなかったみたいだ。 手首が折れているらしい。
……あの高さ…軽く6メートル以上あったのに、手首骨折ですんでしまうとは……
ネビルは知らない間に魔法を使ったのかもしれない。いや、フーチ先生の魔法かもしれないが…
フーチ先生は『誰も箒に触らない事』というと、ネビルを連れて医務室へといった。
後で見舞いに行こう。
それにしても、彼は災難続きだ。この間の魔法薬学の時も痛そうだったし、汽車では蛙をなくしていた。
「アイツの顔を見たか?あの大まぬけの」
ドラコが大声で笑い出した。
まったく、笑う所じゃないだろ。私は、止めようかどうしようか考えていると、ドラコが手に何か丸いキラキラとした球体を持っているのが見えた。
「ごらんよ!ロングボトムの婆さんが送ってきたバカ玉だ」
よく分からないが、ネビルの持ち物が箒から落ちた衝撃で落としてしまったっという所だろう。
ガラス製みたいなのによく割れなかったな。
「マルフォイ、こっちへ渡してもらおう」
ハリーが聞いたことがないくらい静かで冷たく言う。
意外だ。ハリーって豚一族ダーズリーに弾圧されて生きてきたのでもっと引っ込み思案かと思っていた。それに、私と話すときは他人の話を聞かない自分勝手な感じのイメージがあった。
まさかあんな冷たい声が出せるなんて。
そんなことを考えているうちに、ドラコVSハリーはますますアツくなってしまい、ついにドラコはひらりっと箒に乗り飛び上がってしまった。あっという間に樫の木の梢と同じ高さまで舞い上がる。
「おい、ドラコ!先生の言いつけを忘れたのか?」
思わずそう言うと、ドラコは私を見下ろした。
「先生が戻ってくるまでに済ませればいいだけの話だ。
それに、最初に喧嘩を仕掛けてきたのはポッターだ。僕は悪くない」
いや、そうかもしれないけど。
私はハリーの方を見ると、ハリーも箒をつかんでいた。
「ダメ!フーチ先生がおっしゃったでしょう?動いちゃいけないって。
私達皆が迷惑するのよ」
ハーマイオニーが叫んだ。
彼女の言うとおり。まぁ見つからなければ怒られないが、見つかった時が大変だ。 あの先生は怒りだしたら止まらないと思う。
だが、ハリーはハーマイオニーを無視すると、箒にまたがり急上昇した。
初めてのはずなのに、ハリーは箒に何度も乗ったことがあるドラコより少しギコチナイだけだった。
しかし、規則を破っているのには変わりない。
キャーキャーと言う女子たちや、感心する赤毛の子はもう少し自粛するべきだと思う。
私はため息をついた。
「少し静かにしたらどうだ?騒いでいたら他の先生が気が付く。
言いつけを破るのを止めなかった私達も同罪で叱られるぞ?」
そう言うと、水を打ったかのようにピタリ…っと声が止まった。
「いや、でもハリーは凄いって。
だって初めてなのにあんなに飛べるんだ。マルフォイの奴なんて顔がこわばってるじゃないか」
赤毛の子が言う。いや、アレは怖くて強張ってるんじゃなくて、ハリーが初心者なのに頭角を現したからだろ。
「取れるものなら取るがいい、ほら!」
ドラコがそう言う声が聞こえたので一斉にみんなの眼が空に向く。
見るとドラコがガラス球を空中高く放り投げ、稲妻の様に地面に戻っていった。
ハリーは箒の使い方を熟知しているかのように、まっすぐガラス球に向かって飛んでいく。
地面すれすれのところで球をつかみ、間一髪でハリーは箒を引き揚げ水平に建て直し、草の上に転がるように軟着陸した。
ガラス球を握りしめて。
「ハリー・ポッター!」
マクゴナガル先生が駆け寄ってきた。ハリーの表情が誇らしげに輝いていたが、彼女の登場で一気に青ざめる。
マクゴナガル先生は授業が入っていなかったのだろう。
それで、私達の声を聴いて駆け付けたところ、さっきの様子を目撃したという感じだと思う。
ハリーはぶるぶる震えている。
「まさか……こんなことはホグワーツで一度も」
眼鏡が激しく光っている。
その時、私は小さな疑問が芽生えた。あの光は確かに激しいモノだが、怒りの色ではない気がした。
上手くは言い表せないが、例えるなら勝利への情熱というのだろうか?
それに、注意をするのであれば、ハリーだけではなくドラコにもしないとおかしい。
うなだれるままのハリーを連れてどこかへ去るマクゴナガル先生。 なんとなく嫌な予感が胸をよぎった。
ちなみに、この後戻ってきたフーチ先生が私の予想通り激怒した。
『止めなかった連帯責任』ということで私たちまで怒られる。授業は結局なくなり、日が暮れてフーチ先生の腹が減るまで説教は続く。
ハリーが戻ってくることはなく、私は空を1㎜も飛べないままその日は終わった。