SIDE:ヴォルデモート
「ふ~ん、他にはないの?」
つまらなそうにシルバーが聞く。大臣専用の椅子に深々と腰を下ろしたまま、俺様は床に這いつくばる哀れな男を見下ろした。男の名前は『コーネリウス・ファッジ』。つい数日前まで『魔法省大臣』としてイギリスのトップに君臨していた男だ。そんな男が、今ではだらしなく床に這いつくばり、恍惚とした顔をしている。半開きになった口からは、涎が垂れていた。
『ご意見番』としていまだに君臨しているファッジに近づき、セドリックが『服従の呪文』をかけたのだ。大臣ではないとはいえ、魔法省の高官。様々な情報を握ってはいるが、『とんでもない失態』を演じたため警護をほとんどされていない。情報を握るにはうってつけの人物だ。
「明日の予定は…マグル首相との警備確認をします。あとは…そうです、午後から『ミリョネカリオン』様のもとへ行かなくては」
「ミリョネカリオン?」
全く聞き覚えのない人物だ。元大臣が『様』づけで呼ぶ人物なのだから、恐らく上級貴族か他国の偉い人物なのだろう。
「どんな奴だ?」
「時計塔の男で、封印指定執行人を統べる者です」
「時計塔?」
時計塔と言えば、真っ先に思いつくのはロンドンのビックベンだ。だが、あれはマグルの建造物だから、魔法界には関係ない。それに、『ミリョネカリオン』という人物は誰だ?
「それって、封印指定総与の『ミリョネカリオン』?」
シルバーが呟く。俺様は目を大きく見開いてしまった。若造のシルバーが知っているのに、俺様が知らない人物がいるなど考えもしなかった。俺様が弱体化してから出てきた新参者かとも思ったが、どうもそういう雰囲気ではない。セドリックも首をかしげているからだ。
「知り合いか?」
「いや、だって俺の母さんさ、封印指定の魔術師だったし。魔術方面についての知識くらいはあるって。まぁ、俺が刻印を受け継ぐ前に、母さんは執行者に殺されちゃったからさ、無用の知識になっちゃったけど………あっ」
シルバーは『しまった!』という表情を浮かべる。常に飄々としている奴にしては、非常に珍しい表情だ。俺様は思わず、ニヤリと口元をゆがめた。その笑みに不穏なものを感じ取ったのだろう。シルバーは、いつものヘラヘラとした表情を浮かべてはいるが、体をこわばらせている。セドリックは気の毒そうな表情を浮かべ、ベラトリックスは『いい気味だ』とでも言わんばかりに笑い声をあげた。
「はぁ…はぁ…」
シルバーは、辛そうに荒い息を繰り返している。『魔術』とやらについての詳細な説明を、さりげなく誤魔化そうとしていたので、少し『仕置き』をしたのだ。『磔の呪い』を3発ほど放ったところで、ようやくシルバーは語り始めた。普通は1発で気を失いかける『磔の呪い』を、3発も打たせてまで隠し通そうとするなんて、いい度胸だ。
普段は軽口こそ叩いているが、俺様に絶対なる忠誠を誓っているシルバー。そんな奴が、俺様から隠そうとした『魔術』の知識は、なかなか興味をそそるものだった。いままでホグワーツで習った『杖を使う魔法』とは違うし、独学で学んだ『闇の魔術』とも違う系統。まさか、そんな集団がいたとは考えもしなかった。
「…って感じで良いッスか?」
辛そうに口を開くシルバー。献身的…とは言い難いが、俺様の手駒の中でも非常に優秀な分類に入る男だ。ベラトリックスが右腕だとしたら、こいつは左腕と言っても過言ではないだろう。ここらで辞めておくか、と俺様は考えた。だが、まだ肝心なところを聞いていない。俺様は、両膝を床に着けるシルバーを見下ろした。
「その魔術とやらを使えば『永遠の命』を手に入れることは出来るか?」
「出来なくは無いけど…難しいッス」
シルバーは首を横に振る。
「失われた『第三の魔法』が、不老不死に関するものらしいッス。
詳しいことは、知らないんっすけど……物質界において唯一永劫不滅でありながら、肉体という枷に引きずられる魂を、それ単体で存続できるよう固定化。精神体のまま魂単体で自然界に干渉できるという、高次元の存在を作る業があるらしいッス。魂そのものを生き物にして、次の段階に向かう生命体として確立するとか……要するに、真の意味での不老不死ってとこッスかね」
『不老不死』という単語が聞こえた途端、俺様は身を乗り出してしまった。しかも、『真』の不老不死ときた。
一応、俺様は『死』への対策の一環として『7つの分霊箱』を作った。だが『分霊箱』だけでは、少し不安だ。いくら誰も想像つかない場所に隠したとしても、いくら防御魔法をかけたとしても、辿り着いてしまうものがいる、かもしれない。理論上、『分霊箱』は『外側』を壊されたら終わりなのだ。それと比べ、シルバーが語った『第三魔法』とやらはどうだろう。『魂のエーテル化』。これが実現すれば、俺は『本当の意味で』永遠に生き続けることが出来る。だが…
「失われたとは、どういうことだ?」
「アインツベルンとかいう一族の誰かが、たどり着いたとは聞いているッス。だけど今は、それの使い手が『いない』とか」
「…そのアインツベルンという一族は、どこにいる?」
使い手が『いない』というだけで、不老不死にいたる『設計図』のようなものが現存する可能性はある。もしかしたら『使い手がいない』というのは表向きだけで、本当は使い手が存在するかもしれない。
「…ドイツに本家があるってことは知っているッスけど…」
シルバーは何かを躊躇うように、俺様から視線を逸らした。拷問が足りなかったのだろうか?俺様が杖を向けると、シルバーは覚悟を決めた表情を浮かべ、まっすぐ俺様を見返してきた。
「本家は潰れたみたいッス、数年前に」
「なん…だと!?」
額にピキピキッと血管が浮き出た気がした。
「ふ、不老不死って興味あったし、アインツベルンについて調べたことがあるんッスよ。それで6年位前、日本で、デカい儀式をしようとしていたことまでは分かったッス。まぁ…儀式っていうか、『聖杯』っていう万能の願望器を取り合う戦いッスね。その戦いでアインツベルンは勝ち残ったみたいなんですけど……その後、ぱったり活動しなくなったんッス。不思議なくらい、ぱったりと」
それで調べてみたら、潰れてたんッスと、シルバーは続けた。
「その『アインツベルン』は、戦いに勝ったんだろ?なら、生き残っているんじゃないか?」
俺様たちの話を聞いていたセドリックが、不思議そうにつぶやく。
「生き残ったらしいッス。でも、何故か本家を潰して、逃亡したとか…」
何故、逃亡したのだろう。『聖杯』という願望器を手に入れたから、本家なんてどうでもいいということなのだろうか。俺様は杖をローブの内側にしまうと、椅子に座り込んだ。
「シルバー、命令だ。アインツベルンの生き残りを探し出せ」
わざわざ『聖杯』を手に入れたモノが、愚かにも『死』に屈しるとは思えない。きっと、どこかで生きているはずだ。いや、生きていなければ困る。出来る限り『第三の魔法』についての知識を兼ねそろえた状態で。せっかく、本当の意味での『不死』に辿り着くチャンスなのだから。
SIDE:瀬尾静音
「疲れた~」
バタンと布団にダイブする。今年の夏も、いつも通り。朝から晩まで酒蔵の魔人達に、こき使われ続ける毎日。お酒の臭いが満ちた蔵の中、下駄をはいて蒸米をくみ出し続けるのだ。せっかくの夏休みだというのに、ぜんぜん休みではない。むしろ、普段の学校生活よりも疲れてしまう。これだと趣味の同――ごほん、いや机に向かうゆとりがないではないか。
「はぁ…でも、書かないとなぁ」
まだ時間は、8時前。窓の向こうは、ようやく安心させるような藍色に染まり、星々が遊んでいる。とりあえず、9時…いや10時まで机に向かうことにしよう。机に向かえば、意外と気力がわきあがってくるのだ。よっこらせ、と起き上がると椅子を引く。
普段は寄宿舎で生活しているから、自分の机の上の物は少ない。夏休みの宿題は、帰省前に全部処理したから、学校の勉強道具は無いに等しい。ちょっとした文具とデジタル時計。統一性のない小物や漫画の類がちらほら置いてあるだけ。イギリス人の文通相手、セレネが誕生日の日に郵送してくれた絵本『Peter Rabbit』が少し邪魔だったので、そっとどかす。すると、絵本の合間から写真のようなモノはみ出しているのに気がついた。抜き出してみると、それはセレネの写真。たしかこれは一昨年の9月の写真だ。相変わらず、魔法使いのコスプレっぽい制服を格好よく着こなして、凛とした笑みを浮かべている。…それから……
じゃりっという重々しい鎖の音。両手首には太い鎖が絡みつき、壁に括り付けられている。両足は自由で、いかにも冷たそうな石の床に座っている。でも、手首に絡みついた鎖の長さから考えると、満足に立つことも難しいかもしれない。そして、まるで両目を封印するかのように黒い布が、少女の視界を覆っていた。
そんな彼女に近づいていくのは、一匹の大きな……
「はっ!」
今までにない強烈な目みに、現実の時間さえふっとばされてしまった。額から、冷や汗がたらたらと流れ落ちる。
今…私が視たのは、どう考えてもセレネだ。背筋がぞわぞわっと逆立つ。私は何か得体のしれない力に急かされるように、部屋を飛び出た。いつもの『未来視』だったら、近いうちに以内にセレネは…セレネは……大変なことになる。急いで、その事実を伝えなければならない。電話の棚に立てかけてあった埃のたまった電話帳を、急いでめくる。
「あった」
重たい電話帳を抱えたまま、急いでダイヤルを回す。国際電話だから、普通の電話より料金がかかってしまうけど、人命には代えられない。あとで両親に怒られたら、お小遣いを崩して謝ろう。
でも、なかなか繋がらない。呼び出し音が、いつまでたっても流れている。もしかしたら、番号を間違えてしまったのだろうかと思い、いったん受話器を置いて、かけなおすことにした。それでも、繋がらない。数分してから、もう一回かけなおそうかと諦めかけたとき、ようやく呼び出し音が止まった。
「あ、もしもし!ホワイトさんの家ですか?」
『もし、もし?聞こえますか!?このくらいの大きさの声で、聞こえていますか!?』
とてつもない叫び声(しかも英語)が、受話器から聞こえてきた。あまりに声が大きかったので思わず私は飛び上がり、受話器から30センチも離してしまった。
「はい、聞こえています。だから、あの…少し声の大きさを抑えて…」
『素晴らしい!凄い!本当に声が伝わっているとは!?こんな細い紐…ケーブルだったかな?を通って声が伝わるなんて、魔法じゃないか!!さすがマグル!私達にはない発想だ!』
受話器の向こうの人は、なんだかよくわからないけど異様なくらい興奮している。まるで、初めて電話を見た子供みたいだ。でも、声は明らかに大人の男性の声。一体誰なのだろう?もしかして、間違えてかけてしまったのだろうか。必死に頭の中で英文を組み立てる。
「私、瀬尾静音といいます。えっと、セレネちゃん…セレネ・ゴーントという子はいますか?私、セレネの友達です」
すると、受話器の向こうの人がピタリと動きを止めた……ような空気が伝わってきた。なんというか、受話器の向こうで緊張感が走ったとでも言えばいいのだろうか。
『セレネは今、いないんだ。要件があれば、伝えておくよ?』
先程よりも、音量を若干押さえた声が受話器の向こうから聞こえる。私は悩みこんでしまった。伝えておくと言われても、あんな難しい光景を英語で表すなんて出来ない。身振り手振りだったら、何とか伝えられると思うけど、生憎『テレビ電話』なんていう高尚な電話ではない。私が今使っているのは、一昔前の黒電話だ。仕方ない。後で、かけなおそう。私は小さくため息をつくと、頭の中で英文を組み立てた。
「あのぅ…セレネはいつ、帰ってきますか?」
『えっ…あ~……実は……ん?どうしたんだ、トンクス?』
『ねぇアーサー?その向こうの子って日本人の女の子なんでしょ?それの使い方は、なんとなく分かったから、変わってくれない?』
受話器の向こうから、今度は女性の声が聞こえてきた。何を言っているのか上手く聞き取れないけど、明るくて溌剌とした声の女性だ。
『ごめん、電話変ったわ。私、トンクスっていうの。…日本語、通じてる?』
『あ…分かります。…って、日本語出来るんですか!?』
先程まで英語一色だった受話器の向こうから、流暢ではないとはいえ日本語が聞こえてきたから、少し驚いてしまった。
『ちょっとだけ。えっと……静音ちゃん。実はセレネは当分の間帰ってこないの。…あ、でもね!セレネに用件を伝えることは出来るから、話してくれたら…嬉しいんだけど?』
「セレネ、当分帰ってこないんですか……?」
思わず床に、ぺたんと座り込んでしまった。出来れば伝言という形ではなく、セレネに直接『未来』を伝えたい。でも、それが叶わないのなら……
「あのぅ…『危ないところに行かないで』ってセレネちゃんに伝えてください。えっと、セレネちゃん、このままだと目隠しされて、鎖で繋がれて、蛇に襲われちゃうんです。だから―-」
「静音ちゃん、貴女……どうしてそう思ったの?」
トンクスと名乗った女性の声が、1オクターブほど低くなる。まるで、私を警戒しているみたいに。
「どうしてって…それは……」
言えない。『未来が視えた』なんて、言えない。言ったとしても、信じてもらえない。本当のことを話しても、馬鹿なことをと怒られるか、笑われるかの二択。私の話を信じてくれたのは、いまのところセレネだけ。この人に同じことを言ったとしても、信じてくれるわけがない。
「勘…です。私の勘って、よく当たるんです」
私はつまらない言い訳をする。他になんて言えばいいのか、分からない。受話器の向こうのトンクスは、何か考え込んでいるのか、ただ黙っていた。
「あ、あの…絶対にセレネちゃんに伝えてくださいね!それじゃあ…」
がちゃんと私は電話を切る。一気に静かになった気がする。波のさぁっと満ち引きする音や、バラエティのわざとらしい司会者の声と、それを笑う家族の声が遠くから聞こえてきた。
部屋に戻っても、再び机と向き合う気になれなかった。ただボンヤリとエアコンが効いた室内から、窓の外を見上げる。藍色だった空は、雲がかかっているせいで満天の星空ではない。でも、雲の隙間から顔を出した星が、精いっぱいに自分の存在をアピールしていた。
「大丈夫…かな、セレネちゃん」
イギリスにも繋がっている夜空を見上げ、私は小さな声で呟くのだった。
SIDE:セレネ
じゃりっと聞きなれてしまった鎖の音が聞こえた。
右手も左手も、太い鎖で壁に括り付けられている。足は自由で冷たい石の床に座ることが出来るが、自由に歩き回れるわけではない。眼も包帯のようなもので覆われているらしく、辺り一面に広がる暗闇の世界。
私は独り、苦笑を浮かべた。
なんで冷静さを失ってしまったのだろう?
あの時……ハリーの言葉に耳を傾けず、ダンブルドアに襲い掛かっていたら……失敗せずに済んだのに。あの時……ダンブルドアを殺して、とんずらしていたら、アズカバンに投獄されることなくすんだのに。そもそも何故、ダンブルドアの心臓を狙ったのだろうか。防弾チョッキも役に立たない眉間の辺りを、スパンと打ち抜いていれば、ダンブルドアは死んでいたのに。
……悔いていても始まらない。反省も大事だが、それは程ほどにしないと前に進むことが出来ない。さてと……これからどうしようか。
幸いなことに、吸魂鬼(ディメンター)がアズカバンを放棄したので、思考力も判断力も、私が、しっかりしていれば見失うことはない。
脱獄したら、何をすればいいのか。それは、その時の情勢に触れなければわからない。だから今は、どうやって脱獄するかを考えなけらばならない。
その時だった。
遠くの方で何かが争う音が聞こえる。アズカバンの職員と思われる人と、何かが争う音。しかし、すぐに職員と思われる方の声は消え、何かが進む音しか聞こえなくなった。
ずるずるっと這うような音……そして……
私の前で、何かが砕かれる音が聞こえた。視えないので分からないが、恐らく牢が破られたのだろう。だが、いったい誰がこんなことを?
『まったく…何で捕まってるんですか、主』
バジリスクのアルファルドが、少し呆れながらも、どこか暖かい声が聞こえた。凍えるような寒さで、冷え切っていた身体の奥から、アツいものがこみあげてくるのを感じる。
だが、それを何とか押し込めた。
私の敗因は、感情的になってしまったこと。感情的になっては、いけない。感情的になったら、そこに隙が生まれてしまう。
『迎えに来ましたよ、主』
優しく言いながら、私の腕を縛る鎖を噛み千切るアルファルド。自由を取り戻した両手を使い、きつく巻かれた包帯を外していく。
一面に広がる『死』。目の前に広がる世界のなにもかもが死に易そうで、ひどい頭痛がし、それと同時にムゥッと吐き気がした。久々に視たからだろう、早く慣れないと。荒い息をする私を気遣うように覗き込んでくるアルファルドの頭をそっと撫でる。
『アルファルド、今日が何日だか分かるか?』
『さぁ……ただ、昨日ホグワーツから生徒達が大勢去っていきましたよ。“また来学期”と言っていたので、閉校となったわけではありません』
つまり、7月の最初の週ということだ。あまり時間が立っていないみたいで、少し安心した。これなら、そこまで外の世界に変化はないだろう。…それなら、策も立てやすい。さっさと行動しよう。だが、その前に……他の囚人たちも脱獄させる手引きをしないと。
私の考えている策を、今度こそ成功に導くために。
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11月28日:大幅改定