これは、あくまで『IF』最終回です。
本編はまだまだ続きます!
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私は、大きな棚に激突した。
銀砂が目の前で四方に散る。それと同時に薄れゆく意識。
くやしい。
それは薄れゆく意識の中、鮮明に浮かんだ言葉。一瞬の隙が命取りになるってことなんて、百も承知だったはず。なのに、私は隙を与えてしまった。負けて当然だ。
『失神呪文』と『強打』による強すぎる痛みが、全身の感覚を麻痺させていた。もう、手足の感覚がない。だから、目の前で戦っているヴォルデモートとダンブルドア、そしてハリー・ポッターの手から逃れることは出来ない。誰が勝ったとしても、その勝者は私をお終いにさせる。ヴォルデモートは用済みの私を殺し、ダンブルドア達はアズカバンへ送るに決まっている。『姿現し』の理論が分からない私に、逃げ道はない。だから、最後の抵抗として必死に手を動かそうとする。まだ『眼』が生きている。『眼』の能力は生きている。
指で彼らに奔る『線』を、つぅっとなぞれば、彼らの命を散らすことが出来る。でも、指が一本も動かない。くそ、動け、動け、動け、動け、動け、動け!!
『採血――完了』
耳元で不穏な声がする。聞こえたのは可愛らしくはしゃいだ女の子の声だったが、その声から不穏な空気を、私は感じ取った。耳元に何かがいるのは分かったが、息遣いを感じないところから察するに、私に声をかけたのは『無機物』。未だ戦い続けているダンブルドア達から視線を外すことは出来ないので、私は口を動かさずに、小さな声で呟いた。
「だ…れだ?」
『はじめまして!私は愛と正義のマジカルステッキ『マジカルルビー』ちゃんです!
貴女は次なる魔法少女候補に選ばれました。さぁ私を手にとって下さい!力を合わせて(わたしにとっての)悪と戦うのです!!』
耳元にいるソレが告げたのは、あまりに突然な誘いだったが…私の直感が告げていた。
こいつ、うさんくさい。
『あぁ!今、貴女わたしのことを、うさんくさいって思いましたね!?ショックです!ルビーちゃんはショックを受けました~!!
嘆かわしいことですね…現代ではもう魔法少女に憧れる(都合の良い)少女は絶滅してしまったのでしょーか!!』
心の中で舌打ちをする。耳元にいるソレは、私の心を読んだらしい。だいだい、私はもう『魔法少女』みたいなものだ。私は、魔法が使える少女だから『魔法少女』。いや、もうすぐ魔法使いとしての成人年齢『17歳』になろうとしているから、『少女』とは言えないかもしれないけど。
『そんな、些細なことどーでもいいですよ☆それよりも、このままだと貴女、けっこー危ないですよ?アズカバンに送られてしまいますよ?最悪、死にますよ?どっちにしろ、もう恋も何もできないんですよ!?』
だから、契約をしろと?こんな怪しげなモノと契約したら、後に何が起こるかわかったもんじゃない。でも、コイツの言う通り…こうなる前に『普通の恋』をして、幸せになりたかった。色恋沙汰になんか目もくれていなかったけど、眼も向けなかった自分を叱責したくなった。
「ふふふ、甘いですね。ルビーちゃんの手にかかったら、こんなの朝飯前です!」
耳元で怪しげな声がする。しまった、なんだかよく分からないが嵌められた。このままでは、何か非常にまずいことが起こる。
そう直感した私は、ルビーと名乗ったソレを遠くに投げ飛ばそうと、辛うじて動いた右手でつかんだ。だが……
身体が、動かない。先程までは、痛みと疲労で動かなかった。でも、今は違う。まるで、何かに押さえつけられているかのように動かないのだ。
「ふふふ、見た目以上にちょろかったですね。
血液によるマスター承認、接触による使用の契約、そして起動のキーとなる乙女のラヴパワー!すべて滞りなく頂戴いたしました!!
さぁ…最後の仕上げといきましょうか。貴女の名前を教えてくださいまし」
ルビーと名乗ったステッキは、心底楽しそうに命令してくる。ヘッド部分は五芒星を羽の生えたリングが飾っているステッキは、一見すると『子供の玩具』みたいだ。でも、違う。私にとっては『悪魔のステッキ』。だから、答えては駄目だ。答えた瞬間、なにか私の大切なモノが失われる気がする。このステッキを壊してしまおうと思ったが、本来ならあるべき『線』が視えない。私はなすすべもなく、半ば操られるかのように叫んだ。
「セレネ……セレネ・ゴーントだ!!」
「マスター登録完了!!…まぁ、ぶっちゃけ本当はロリがいいんですけど…この際(私が楽しめれば)どうでもいいですー!」
瞬間、私の身体が赤い光に包まれた。今まで纏っていたホグワーツの制服が、解けるように赤い光の中へと消えて行く。その代り、新たな衣装が弾ける様に現れた。
「コンパクト フルオープン!境界回廊 最大展開!」
ステッキをクルクル手の中で華麗に回し、そのまま決めポーズをビシッととる。
「正義と平和の使者、『魔法少女プリズマ☆セレネ』参上!!」
ここで、ようやく身体を自由に動かせるようになった。自分の意志とは全く関係ない、されど自分がした一連の動作、そして自分の服装を視た私は凄い勢いで赤面した。いままで、こんなに赤面して事は無いだろう。私はステッキを思いっきり、固い床にぶつけた。
「早く戻せ!」
「え~どうしてですか?イイ感じに決まってますよ!和風テイストの魔法少女って感じで!」
膝丈よりも短い、藍色の和服。ご丁寧なことに、ほんのりとしたピンク色のレースで和服の端が縁どられている。帯は、蛇を思わす柄が銀糸で施された深緑。ルビーのような赤色をした魔女のマント。そして、耳には緑色のイヤリング。確かに和風テイストと言えば和風テイストだ。和風なら全般的に私は好きだし、いくつか着物だって持っている。だが、これは違う。この衣装は、私の趣味ではない。私にしては派手すぎるし、子供っぽい。
「私は了承なんてしていない。というか、『正義と平和の使者』ってなんだ。気持ち悪い事言わせるな」
「えぇ~、じゃあ『愛と正義の使者』がイイですか?」
「それも嫌だ。だから、早く契約解除して元に戻せ」
「うん、いいですね、そっちの方が!『愛と正義』…なんて独善的な響きでしょう」
「人の話を聞けって……!」
この時、私は忘れていた事実に気が付いてしまった。
そう、ここは『魔法省』。しかも、目の前ではダンブルドアとヴォルデモートが戦っている途中だったということを、すっかり忘れていた。ゆえに、一連のやり取りも全て…彼らは見ていた。場が不自然なくらいシーンと静まり返る。ダンブルドアもヴォルデモートも黒人魔法使いも、そしてハリーも、呆然としている。
「セレネ……そういう趣味があったんだね。大丈夫、誰にも言わないよ」
生暖かい視線を投げかけてきたハリーが、ポツリとつぶやいた。プチン、と脳内で何かがキレる音がする。
「忘れろ、ハリー・ポッター」
「ほほほ、そのステッキに選ばれたようじゃの、セレネ」
面白そうに笑うダンブルドア。なんだか、無性に腹が立ってきた。というか、このステッキをダンブルドアは知っている?
「あら、あなたはダンブルドアじゃないですか?大師父が私を貴方に預けたんでしたよね?」
「もっと魔法少女にふさわしい魔女に渡そうと思っていたんじゃが……その少女は黒すぎるし、年を取り過ぎている。だから、契約を解除したらどうかの?」
ダンブルドアは左手を差し伸べてきた。どうやら、このステッキを回収したいらしい。黒すぎるとか年を取り過ぎているとか聞き捨てならない言葉があるが、そんなことどうでもいい。今は、このステッキを手放せれば十分だ。だが、……不思議なことに手が離れない。ステッキに手が吸い付けられたように、手が離れないのだ。
「仕方ないですね。セレネさん、『このやろー』って思いながら、ステッキをダンブルドアに振り降ろしてください」
ルビーが陽気な声で叫ぶ。よく分からないが、私は早くルビーとの関係を終わらせたい。だから、早くコイツの欲求に応じて、さっさと要求解消。望みさえ叶えられれば、こいつは私に興味を無くすはず。
「このやろー!」
ダンブルドアに杖を振り降ろす。すると、杖の先からは光り輝く閃光弾が放たれた。先程放たれた黒人魔法使いの『失神呪文』よりも遥かに強い魔力だ。下手したら、『磔の呪い』よりも強力かもしれない。ダンブルドアの『盾呪文』をもろともせず、閃光弾は盾を突き抜け、ダンブルドアに直撃した。
「先生!?」
「ダンブルドア!?」
ハリーと黒人魔法使いが叫ぶ。ダンブルドアは壁に叩きつけられた。大理石で作られた壁は崩れ、ダンブルドアは大きな破片の下敷きになる。
「セレネさんの返答はこうです。『ステッキは誰にも渡さねぇ。変態爺は引っ込んでいな!』…って言っても、貴方はもう死んじゃっていますけど」
「私は、さっさとアンタを手放したいんだけど」
「「ダンブルドアをよくも!」」
黒人魔法使いとハリーが、私に失神呪文を放ってくる。慌てて杖を取り出そうとしたが、変身してしまったせいだろう。杖がどこにもない。だから、私は失神呪文の直撃を受けてしまった。……しかし……
「あれ?」
不思議なことに、傷一つついていない。衣装も破れていないし、痛みも何も感じなかった。
「カレイドルビーにはAランクの魔術障壁・物理保護・治癒促進・身体能力強化などなどが常にかかっています。今や英霊にも等しい力を持ったセレネさんに、人間ごときがかなうわけありません!!」
ルビーが楽しそうに断言した。予想以上に強い力を秘めたステッキだったらしい。余りにも恥ずかしすぎる容姿を無視すれば、もしかしたら…今の私って最強か?このステッキを駆使して、さっさと唖然としているヴォルデモートを倒せば……
そうして、ヴォルデモートの方にチラリと視線を向けた時、思わず後ずさりしてしそうになった。…気のせいだろうか。ヴォルデモートの鼻息が荒い気がする。なんだか、気持ち悪い。前々から気味悪い外見だと思っていたが、さらに拍車をかけて気持ち悪い。
「よくやったセレネ。俺様とともに来い」
「…断る、アンタと一緒に活動することにメリットはない」
それは、ヴォルデモートも同じこと。だから、すぐに私を殺しにかかってくると読んでいたのに、なんだか様子が変だ。
「お前は、俺様率いる『死喰い人』のマスコットにふさわしい。魔法省を掌握しただけでは、魔法界を制することは出来ない。お前のようなマスコットがいれば、それにつられる魔法使いがいるはず。『魔法少女プリズマ☆セレネ』の漫画化、アニメ化、そして映画化。ガリオン金貨も大量にがっぽがっぽ懐に入ってくる。それを元手に計画よりも遥かに早く、世界征服に乗り出すことが出来る。……だから、俺様とともに来い!」
「アンタ、本当にヴォルデモート?」
もしかしたら、目の前のヴォルデモートも、ルビーに洗脳されてしまったのかもしれない。そんなヴォルデモートをハリーや黒人魔法使いは生暖かい視線を向けている。ハリーは
「これが…あのヴォルデモート?」
と呟いていた。
「面白くなっているな」
ハリのある男性の声が、魔法省に木霊する。振り返るとそこに声の主がいた。それは、ひげを蓄えた老人。ダンブルドアと同じ、いやダンブルドアよりも高貴で力強いオーラを放っている。
「あっ、大師父?」
「君が噂に聞くセレネか…」
ルビーに大師父と呼ばれた老人は、私を頭の上から爪先まで眺める。私は無意識のうちに背筋をピンと伸ばしていた。それにしても…よく分からないが、大師父という老人は私の名前を知っている。そのことを問おうとした時だった。老人の後ろから、ぴょこんと何かが飛び出してきた。ルビーと同じようなステッキだ。ルビーと違うところは全体的に青いということと、五芒星が六芒星だという所だろう。
「あっ、サファイアちゃんじゃないですか!お姉ちゃん、久しぶりに会えて嬉しいです!!」
「姉さん、仕事ですよ」
サファイアと呼ばれたステッキは、淡々と告げる。ルビーの反応から察するに、姉妹機というところだろう。
「えー?仕事ですか。私、今この人と契約したばかりなんですけどー!」
「実は、冬木という町で問題が起きているみたいなんですよ。その問題を解決するために、私たちが必要みたいです。そのために私も、あるお方と契約を交わしたばかりです。姉さんとも契約する相手がいたんですけど……姉さんは、すでにその人と契約したみたいだから再契約の必要はなさそうですね」
サファイアというステッキは、冷静に淡々と説明する。大師父という老人は、うんと頷いた。
「そういうことだ。可哀そうだが、一緒に来てもらおう、セレネ・ゴーント」
「待て!そいつは俺様のものだ!!」
ヴォルデモートが杖を振り上げ緑色の閃光を、大師父に飛ばした。だが、大師父は『やれやれ』というように頭を振るう。ゆっくりした動作で、大師父は閃光を避ける。そして、面倒くさそうに小さな剣を振るった。すると、剣の先から目もくらむくらい眩いばかりの光が放たれた。
「安心しろ、気絶しただけだ。……この後、そこの男はワシの弟子が処理しよう。さぁ、行こうセレネ」
「いや、私はこんなステッキ、いらないから。さっさとステッキだけ持って行ってください」
そう言いながら、大師父なる人物にルビーを渡そうとする。だが、相変わらずルビーは手にこびり付いたまま離れない。相変わらず『線』は視えないし、魔法を使いたくても杖がない。
「何言っているんですか、セレネさん…いえ、魔法少女プリズマ☆セレネ!!さぁ、行きますよ!冬木の平和を護るのために!!」
こうして、大師父なる人物とおかしなステッキに連行され、私は……不本意ながら日本に渡ったのだった。
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冒頭でも書きましたが、あくまで『IF』最終回です。この後、ルヴィアと一緒に『クラスカード』の回収を始める感じですね。でも、ささいなことでルヴィアと喧嘩してしまい……ソレ以降は『プリズマ☆イリヤ』みたいな感じになる予定です。
次回からは本編に戻り、『謎のプリンス編』が始まります。
物語もそろそろ終盤。これからも、寺町朱穂をよろしくお願いします!