テーブルに積まれた資料の山。
休暇が終わる少し前、魔法界の職業を紹介する小冊子やチラシ、ビラなどが談話室に運ばれていた。掲示板には、今学期になって張り出された、まだ紙の色が白い教育令の数々に混ざって、簡素なプリントが掲示されていた。
《―進路指導―イースター明けの最初の週に、5年生は寮監と短時間面接し、将来の職業について相談すること。個人面接の時間は左記リストのとおり》
リストは、ほぼアルファベット順に並んでいるようだ。『ほぼ』というのは、時間の都合により、交代している場合があるからだった。私の名前は『G』だから上から2番目、ミリセントの後に記されていた。ちょうど『古代ルーン文字学』の時間とかぶっているので、その授業は休むことになる。まぁ、あの科目は何とかなるので、1日くらい休んでも問題ない。
私はイースター休暇最後の週末の大部分を、パンジー達と一緒に、職業紹介のパンフレットを読んで過ごしていた。
「……進路ねぇ…」
ため息をつきながらパンジーがパンフレットを閉じた。表紙には『聖マンゴ魔法疾患傷害病院』と記されてある。
「私、将来について何も考えていないわ」
「私も同じ」
ミリセントがテーブルの上に突っ伏した。彼女の手には『グリンゴッツ魔法銀行』のパンフレットが握られていた。
「『銀行』だから給料いいだろうな~って読んでみたけど、何よ…『数占い』で『O-最優』を取らないといけないって……私、いつも『P-よくない』なんだけど。やっぱり、さっさと良い相手見つけて結婚しないと……」
「…セレネとダフネはどうするの?」
パンジーが私とダフネの方を向いた。ダフネは読んでいたパンフレットから顔をあげる。
「『魔法省に勤めなさい』ってお父様に言われているから、魔法省に就職するつもりなの」
「へぇ~どの部署にするの?」
テーブルから顔をあげたミリセントが尋ねる。ダフネは少し考えてから、口を開いた。
「そのぅ、出来たら『神秘部』かな」
「『神秘部』?」
聞き覚えのない単語だ。私は、思わず眉をしかめる。
「神秘的なこと。えっと、つまり『時』とか『死後の世界』の研究をしたり、それから『逆転時計』と『本当の予言』を管理する仕事なの。一応、必修とされている『占い学』の授業は受講しているから、就職資格はあるし」
楽しそうに話すダフネ。かなり本気でその部署に就職したいのだろう。
「つまり研究者ってこと?まぁ、ダフネらしいかもね。セレネは?」
パンジーが矛先を私に向ける。私は苦笑した。
「何も考えてない、な」
今まで、進路について何も考えてこなかった。テーブルの上に置いてある一通りのパンフレットは流し読みしたが、これといって興味を持った職業は見つからない。
「セレネなら、どこに就職を希望しても大抵叶えられそうよね。成績良いし、銀行でも魔法省でも癒者(いしゃ)でも。本当により取り見取りで羨ましいわ。そういえば、そこの男子たちは、読まなくていいわけ?」
ミリセントが高収入そうな職業のパンフレットを私の方に投げながら、チェスをしているドラコたちを見た。
「僕達は父上の跡を継ぐって決まっているから、見る必要がないだけさ」
白のルークを動かしながら、口元に笑みを浮かべながらドラコが答える。それを覗き込んでいるクラッブとゴイルもニンマリと笑っていた。パンジーとミリセント、それからダフネの顔に納得の色が広がる。
「そういえば、あんた達は土地の管理だけで儲かるから、パンフレットを見る必要がなかったのよね。…ん、待って。ザビニとノットは仕事をしないと不味いんじゃないの?」
パンジーが眉間にしわを寄せる。ザビニは、黒のナイトを動かしながらニンマリと笑った。
「僕は銀行(グリンゴッツ)にツテがあるから、読まなくていいのさ。どちらかというと、セオドールの方が読まないと不味いんじゃないか?」
チェスを黙って観戦していたノットは、腕を組んでザビニを見下ろした。
「俺は昔から癒術に興味がある。だから聖マンゴ魔法疾患傷害病院への就職を希望している。成績も足りているから、他の選択肢を考える必要はない」
その答えを聞いたミリセントが、本日何度目かになるため息をついた。
「そうやって将来を決めることが出来るって凄いわよね。はぁ……」
辺りに散らばっていたパンフレットの何冊かをつかみ取り、部屋にミリセントは戻っていった。彼女の言っていることが、私には分かる気がした。私は将来、どういった道に進もうか。私が1番したいことといえば、ダンブルドアに復讐すること。だが、肝心なダンブルドアは、この学校にいない。先日……ちょうどDAが密告された次の日に、ダンブルドアは消え、代わりにアンブリッジが校長に就任した。
突然おこったアンブリッジの新校長就任。校内では『ダンブルドアを追い出しに来た魔法省大臣・アンブリッジ・闇払い2名を全員倒して逃亡した』という噂がささやかれている。それが嘘か真か私には知る由もない。ただ今回の突然の逃亡の背景に、DAに深く絡んでいたことは間違いないだろう。…まぁ、あのダンブルドアのことだ。絶対に奴は生きている。というか、復讐するまで生きていてもらわないと困る。
とにかく、そんなことを『進路相談』の時に言えるわけがないし、復讐に私の人生のすべてを当ててしまうのは勿体ない。だから、生きるため、どこかに就職したいのだが、やりたい仕事が全く思いつかない。そもそも、私は『日本』に逃亡することを前提に、この戦いに臨んでいる。『イギリス』で付きたい仕事など、思いつくわけがない。それでは『日本』で何かする仕事を考えようとするが、全く持って思いつかない。働いている自分が想像できないのだ。ダンブルドアやヴォルデモートを追い詰める方法は、思いつくのに……。私は苦笑を浮かべる。
とりあえず、何かでっち上げる職種を探そう。私はパンパンっと頬を叩いた。そして、手近にあった鮮やかな紫色のパンフレットに手を伸ばしたのだった。
時が経つのは早い。
何をするのか、明確に思い浮かべることが出来ないまま、進路相談の日が来てしまった。下手な嘘だと、スネイプ先生に見抜かれてしまう。なので、必死に考えたが全く思いつかなかった。私は、少し重い足取りでスネイプ先生の研究室へと足を運ぶ。
「辛気臭いな、セレネ」
「御悩み事かい?」
後ろから陽気な声をかけられる。振り返るとそこにいたのは、赤毛の双子……フレッドとジョージ・ウィーズリーだった。
「進路について少し。今から面談」
そういうと、双子は顔を見合わせた。
「ふーん。じゃあアンブリッジは、スネイプの研究室にいるのか」
「アンブリッジ?」
何故このタイミングでカエル女の名前が出てくるのだろうか?私が眉間に皺を寄せると、双子は笑みを深めた。そして2人は、大げさな身振りを交えながら交互に話しはじめる。
「ダンブルドアもいなくなったし」
「ちょっとした大混乱(イベント)こそ」
「まさに親愛なる新校長にふさわしい」
「いや、待て。退学になったらどうするんだ?」
私は足を止めて、自分より背の高い双子を見上げる。自身の履歴書に『中退』の文字が刻まれていたら、目に見えて就職に不利だ。だが、双子は笑みを崩さない。
「退学か~上等だね」
「というか、そろそろ時期だと思っていたんだ」
「『ずる休みスナックボックス』も完成したし」
「君のお蔭だぜ、セレネ」
「私のお蔭?」
話が見えてこない。私は最近、あまり双子に関わったことがなかった。間接的にかかわっていた、ということだろうか。だが、寮も学年も違う私達がかかわる機会なんて…
「三校対抗試合の賞金さ!」
「総額1000ガリオン!」
「ハリーから貰ったその資金で、『ダイアゴン横丁』に『悪戯専門店』を開いたんだ」
「あ……」
今の今まで、すっかり三校対抗試合の賞金のことが頭から抜け落ちていた。そういえば、1000ガリオンをハリーとセドリックの両親と山分けする話になったことがあった気がする。…だが、私としては賞金に興味がなかったし、それ以前にクイールのことで頭がいっぱいで、他のことは考える気になれなかった。セドリックの両親も同じような感じだったらしく、結局ハリーが全額貰うことになった、ということが頭の片隅に残っていた。
「君がハリーに全額渡していなかったら」
「俺達はダイアゴン横丁に店なんて出せなかったし」
「悪戯グッズの開発も、ここまで進まなかった」
「君には感謝しているんだ、セレネ」
双子は本当にうれしそうにニィっと笑った。なんだか、久々に感謝された気がする。心の中に暖かい何かが広がった気がした。賞金に未練はない。ハリーが私利私欲のために使ったというのなら、どこか嫌な気分になることがあったかもしれない。だが、こういう形で第三者が使ってくれて良かった。それに…使い道が悪戯グッズの開発というところが、面白い。
「ほら、そろそろ行かないと時間じゃないのか?」
双子のうちのどちらか……たぶんジョージの方だと思う……が腕時計をコンコンと叩く。時計をチラッと見てみると、面談の時間まで5分を切っている。急がないと間に合わなくなる。
「本当だ。ありがとう」
私はスネイプ先生の研究室に向かって走る……が、角を曲がる前に立ち止まって双子を振り返った。
「いつか店に行くよ」
それだけ言うと再び私は走り出す。双子が、嬉しそうに笑みを浮かべているのが視界の端に小さく映っていた気がした。
飛ぶように階段を駆け下り、息せきって研究室の前に辿り着いた。時間は、予定時間の2分前。私は息を調えると扉をノックする。中から入室を許可するスネイプ先生の声が聞こえてくる。…いつになく先生の不機嫌そうな声が。
私が扉を開けると、スネイプ先生が座っていた。だが、部屋にいたのはスネイプ先生だけではない。隅の方に新校長(アンブリッジ)が座っていた。膝にはクリップボードを載せ、首の周りにはごちゃごちゃとフリルで囲み、悦に入った薄ら笑いを浮かべている。
てっきりスネイプ先生と2人だけで進路指導を執り行うのだと思っていたのに。絶対に、あのカエル女は私の将来について、口出ししてくる……そんな気がした。
「座れ」
短く告げるスネイプ先生。私はアンブリッジに背を向けるようにして座る。
「この面接は、進路について話し合い、今後6年目と7年目でどの科目を継続するかを決める指導をするためのものだ。ホグワーツ卒業後、何をしたいか考えてあるかな、ミス・ゴーント?」
淡々と聞いてくるスネイプ先生。…後ろでカリカリと羽ペンで何か書いている音がするので、気が散った。というか、今のやり取りで何か書き込むことがあったのだろうか?
「特に何も」
そういうと、スネイプ先生は『やはりな…』という顔をした。
「趣味や得意なことを生かしたいとは思わないのかね?」
「……仕事に生かせる特技なんてないです」
『線』を切ってモノを解体することは得意だし、蛇と話すこともできる。だが、就職に役立つとは思えない。
「憧れる人とかいないのか?」
私は考え込んだ。真っ先に思い浮かんだのはクイールの顔。だが、私に教師という仕事は向いていない気がするし、出来ない子の立場になって考えることが難しい。ミリセントやパンジーが簡単な問題につまずき、唸っているのを見て、心のどこかで『馬鹿だ』と感じでしまう私には……人を教えることなんてできない。
となると、次に思い浮かんできたのは、水色の髪をした……
「ちょっといいかしら、セブルス?」
アンブリッジが話に割り込んできた。私はアンブリッジに背を向けているので表情が見えないが……どうせ、いつものニンマリとした笑みを浮かべているのだろう。スネイプ先生は、難しい顔をアンブリッジに向けた。だが、スネイプ先生は口を開かない。
…無言の時間が続く…
その沈黙を肯定と受け取ったのだろう。アンブリッジが甘ったるい声で私に話しかけてきた。
「将来が決まっていないのなら、魔法省に就職を希望したらどうかしら?」
あまりにも予想通り過ぎる答えで、思わず笑いそうになった。だが、笑ったら不審に思われるので、出来るだけ無表情を保つ。そして、その表情のままアンブリッジを振り返った。
「前にも言ったと思うけど、貴方には魔法省があっていると思うわよ。私が最大限のバックアップを約束するわ。きっと同期の誰よりも出世するわよ」
「出世…ですか」
「そう!特にあなたの場合はお父様を病で亡くされたばかりでしょ?魔法省大臣補佐官になれば、生活に関するお金の心配もないし、天国のお父様だって…きっと喜んでくれるわ!」
これ以上ないってくらいの笑みを浮かべるアンブリッジ。…突然、身体の奥から怒りが湧き上ってきた。クイールのことを知ったような口で話さないで欲しい。無遠慮で、人を下僕にすることしか考えていないガマガエル女め。
…だが、そんなことを正面切って発言できるわけがないので、私は喉元まで出かけた反論の言葉を必死で飲み込む。膝の上に置いておいた手を思いっきり握りしめ、少しだけ俯いてアンブリッジが視界に入らないようにした。
「…確かにアンブリッジ校長(・・)先生(・・)の言い分にはかなりの利があるように思えます」
少し心が落ち着いたので顔を上げる。そしてアンブリッジをまっすぐ見つめて、こう告げた。
「ですが、魔法省に就職するつもりはないです」
アンブリッジの表情が固まった。嬉しそうに笑っていた顔から表情が拭い取られ、憤怒の色が見え始めていた。…アンブリッジは何回か咳払いをすると、私の方に作り笑いを浮かべた。
「どうしてそう思うの?」
「私に政治が向いているかどうか、分かりません。それに……私の生い立ちが、ふさわしいものではないですから」
「何を言っているの?」
少しキビキビとした口調になるアンブリッジ。
「あなた程の能力は、滅多にいないわ。由緒正しい魔法使いの家系であることに間違いないわよ?魔法省に就職すれば、あなたは間違いなく出世する。大臣も私も最大のバックアップをするわ!」
その見返りとして、私はアンブリッジ達に体の良い馬車馬として働かされる。口では言っていないが、大方そんなところだろう。見返りもなしに、アンブリッジが私に好待遇を用意するとは考えられない。
「ありがとうございます。ですが、お断りさせてもらいます。まだ進路については考えていないので、試験の結果、受講許可された科目は全て続けたいと思います。自分の将来のことなので焦らず、来年以降…慎重に考えていきたいです」
それでいいか?と尋ねるようにスネイプ先生の方を向く。スネイプ先生は黙ってうなずいた。
「では、私は次の授業があるので…」
そろそろ帰ると言おうとした時だった。
なんだか、部屋の外が騒がしい。何故か、時折爆発音のようなものが聞こえてくる。正確に言えば、天井の方……玄関ホールがある辺りからだ。
脳裏に先程交わした双子の会話が蘇ってきた。十中八九、あの双子が何かしでかしたに違いない。
……そんなことを考えている間にも、頭上で…研究室が揺れるくらいの音が響く。壁一面に整理されている薬品が入った瓶がカタカタと音を立てて揺れた。ひぃっと小さな悲鳴を上げてアンブリッジは机にしがみついた。
スネイプ先生と自然と目があい、同じタイミングで席を立つ。スネイプ先生は杖を構えながら、研究室のドアを開け素早く出て行く。私もスネイプ先生の背を追うように研究室から出た。…それから少し遅れた様子で、ドタドタとアンブリッジが駆けてくる音が聞こえた。
爆発音は大きくなっていく。というか、それに混じって双子の声が聞こえてくるのは、気のせいではないだろう。
角を曲がったところで、すぐ前を走っていたスネイプ先生の姿を見失ってしまった。…こんなところで見失うなんて……ありえない……と思った途端のことだ。どこからどう見ても石壁にしか見えない廊下の一部がスライド式の扉のように横に開き、中から伸びてきた手が私の腕をつかみ、中に引きずり込まれた。
……引きずり込んだ主は、スネイプ先生だ。扉の向こうでアンブリッジが、はぁ…はぁ…言いながら走り去っていく音が聞こえてきた。完全に音が遠ざかった時、ようやくスネイプ先生は再び扉を開いた。
「どうしたんですか?というか、あの人を1人行かせてよろしかったのでしょうか?」
「我輩が出る幕ではない」
そういうと、スネイプ先生はマントを翻し、来た道を戻り始めた。
「どの道に進むとしても、命を無駄にする道を選ばないことだ」
角を曲がるとき、一瞬立ち止まったスネイプ先生がそう言う。私は笑って頷いた。
「大丈夫です。死にたくないですから」
それだけ言うと、先生の方を振り返らずに騒ぎの下…と思われる玄関ホールに向かって走り出した。
玄関ホールに近づくにつれて、騒ぎや爆発音が大きくなる。辿り着いてみたとき、そこは祭り騒ぎだった。
巨大な魔法の仕掛け花火が、そこら中で破裂している。ロケット花火が光り輝く銀色の星を長々と噴射しながら、壁に当たって跳ね返っている。ショッキングピンクのねずみ花火が、空飛ぶ円盤のようにビュンビュンと破壊的に飛び回っている。
それを遠巻きにして……安全なところから見守る生徒たち……花火の中心で杖を構えているのは、案の定アンブリッジ。その隣にいるのは管理人のフィルチだ。彼らが忌々しく睨みつけている対象は、やっぱりフレッドとジョージ。2人とも箒に乗って空高く飛んでいる。
「私の学校で、こんなことをして許されると思っているのですか?」
爆発音に負けないよう声を張り上げるアンブリッジ。顔を真っ赤にさせて激怒しているアンブリッジを見た双子は心底楽しそうに大笑いした。
「別に気にしてないし」
「もう学生家業を卒業しようと思っていたしな」
「まったくだ」
さらに高度を上げる双子。彼らはアンブリッジを見下ろしていたが、視線を安全そうなところから眺めている生徒たちに移した。
「たった今、実演中の『ウィーズリー・暴れバンバン花火』をお買い求めになりたい方は、ダイアゴン横丁93番地までお越しください。『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ店』でございます」
「我々の新店舗です!」
「我々の商品を、この老いぼれババァを追い出すために使うと誓っていただいたホグワーツ生には」
ジョージがアンブリッジを指さしている。その傍らで新しい花火に火をつけるフレッド。
「「特別割引をいたします」」
双子の声が重なった途端…フレッドが手にしていた新しい花火を、空高くに投げた。花火からは全身が緑色と金色の火花でできたドラゴンが、何匹も現れアンブリッジに襲い掛かる。アンブリッジは悲鳴を上げて杖を振り上げた。
「『ステュービファイ―麻痺せよ』!!」
アンブリッジの杖先から、赤い光が飛び出しドラゴンの一体に命中した。だが、火花は空中で固まるどころか、大爆発を起こし、野原の真ん中にいる憂鬱な表情を浮かべた魔女の絵に穴をあけた。絵の魔女は間一髪で逃げし、隣の絵に避難している。
「し…失神させてはダメ、フィルチ!」
アンブリッジがフィルチに怒鳴りつける。まるで、呪文を唱えたのは、何が何でも…魔法が仕えないはずのフィルチだったかのような言い草だ。
「承知しました。校長先生!」
フィルチがぜいぜい声で言った。手にしていた箒で、空中の火花を叩き落とし始めた……が、数秒後には箒の先で火花が燃えだした。
次々に2人に襲い掛かる花火の数々。火花で作られた巨大ドラゴンが、アンブリッジを飲み込もうと口を大きく開ける。アンブリッジは悲鳴を上げながら『消失呪文』を唱える。すると、たしかに巨大ドラゴンは消えた。だが、代わりに小さく動きが速いドラゴンが10体に増える。
「…助けなくていいのか?」
いつの間にか隣に立っていたノットが、私に話しかけてきた。ノットは、面白いような…不快のような…不思議な顔をしている。
「私が助けに行ったところで何になる?『失神呪文』も『消失呪文』も逆効果。…気の毒かもしれないが、あれは自然消滅を待つしかない」
「気の毒とか言いながらも、セレネは楽しそうだな」
ノットに指摘されて初めて……私は今、口元が笑っていることに気が付いた。
「楽しい……か」
確かにそうかもしれない。いつになく、私の心が晴れ晴れとしている。……アンブリッジ(とフィルチ)にとってみれば最悪な日かもしれないが、私にとっては……かなり良い日だ。
フレッドとジョージは眼下で慌てふためくアンブリッジとフィルチを見て大笑いすると、くるりと向きを変えた。そして開け放たれた正面の扉を素早く通り抜け、輝かしい夕焼けの空へと吸い込まれていった。
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11月18日:一部訂正