いつものように、こんがりと焼けたベーグルにクリームチーズを塗り始める。それを食べようと口を開けた時だった。私の上に影が落ちる。見上げるとそこにいたのはマクゴナガル先生だった。どことなく、焦ったような色を瞳に浮かべていた。
「ゴーント、代表選手は、すぐに競技場に行かないといけません。第一の課題の準備をするのです」
「わかりました」
先生の後ろにはハリーが立っていた。私より先に呼ばれていたのだろう。私はナプキンに、一口も食べていないベーグルを包み、未開封のミネラルウォーターを手に取ると立ち上がった。
「頑張ってね、セレネ」
「きっと平気だわ!」
「本当に気を付けろよ」
周りに座っていたスリザリン生が口々に応援してくれる。どの顔も心配そうに歪んでいた。私は少し表情を緩めて笑みを浮かべる。
「大丈夫、死なない程度にやるさ」
「先輩!頑張ってくださいね!!」
アステリアが今にも泣きだしそうな顔で、飛びついてきた。タックルされそうな勢いだったので、右にかわすと、彼女はそのまま床に落ちてしまった。アステリアは、痛そうに顔をゆがめる。そんな彼女を見て、思いついたことがあった。
私は、そっと眼鏡をとり、アステリアに渡した。アステリアはキョトン、とした表情で眼鏡を眺める。
「それは大切なものだ。試合が終わるまで預かっててくれないか?」
「は、はい!でも……視力は平気なんですか?」
「問題ない」
私は、マクゴナガル先生について、ハリーと一緒に大広間を出る。どうやら、他の代表選手は、すでに控室に行っているみたいだ。控室で日本のロケ弁のように、なにか弁当でも出るのだろうか?少なくとも、何か口に入れないとドラゴン相手に戦えそうにない。
「さぁ、落ち着いて」
マクゴナガル先生が言う。いつもの厳格そうに顔を引き締めている、マクゴナガル先生らしくない。先程、私を送り出してくれたスリザリン生達と同じくらい心配そうな顔をしている。
石階段を下りて、11月の午後の寒空の下に出た。思わず身体が、ぶるっと震える。
「冷静さを保ちなさい…手に負えなくなれば、事態を収める魔法使いたちが待機しています。大切なのは、ベストを尽くすことです。そうすれば、誰も貴方たちのことを悪く思ったりはしません…大丈夫ですか?」
「「はい」」
私とハリーの声が重なる。ハリーは『大丈夫』という顔をしていなかった。よほど緊張しているのか、前しか見ていない。今も足元の石につまずきかけていたが、それに気が付いていないみたいだ。
禁じられた森の縁を回り、ドラゴンがいると思われる場所に向かって歩みを進める。
だが、ドラゴンは見えず、代わりに見えたのは巨大なスタジアム。おそらく、あの中にドラゴンがいるのだろう。
「ここに入って、他の代表選手たちと一緒に待っていなさい」
そのそばにある小さな控室であろうテントの入り口で立ち止まった。マクゴナガル先生の声が少し震えていた。
「そして、ポッター、ゴーント…あなたたちの番を待つのです。中で説明があります。…2人とも、頑張りなさい」
「ありがとうございます」
「分かりました」
ハリーが抑揚のない言い方をする。私はできるだけ笑顔を作ろうとしたが、顔がこわばって動かなかった。……どうやら緊張してしまっているらしい。心の中で苦笑する。
マクゴナガル先生は、心配そうに何回か振り返りながら去って行った。先生の姿が見えなくなってから、私とハリーはテントの中に足を踏み入れる。フラーが片隅にある、低い木の椅子に座っている。いつもは落ち着きを払っている彼女だが、青ざめて冷や汗をかいていた。クラムはいつもよりさらに機嫌悪そうにむっつりしていた。…一見すると緊張していないように見えるが、あれが彼なりの不安の表し方なのかもしれない。いや、そもそも世界的に有名なクィディッチ選手だ。この程度の緊張は何度か経験しているので落ち着いているのかもしれない。
セドリックは、行ったり来たりを繰り返していたが、私たちを見ると立ち止まり、少し微笑んだ。
「よーし、全員そろったな!」
バグマンが極限まで張りつめた空気を壊すかのように、楽しそうに言う。
「楽にしたまえ。
さてと……では、話して聞かせる時が来た!」
陽気に私たち代表選手に向けて話すバグマン。右手に紫色の絹で作られた袋を振ってみせた。
「観衆が集まったら、私から諸君1人1人にこの袋を渡す。そして中から、諸君がこれから直面するものの小さな模型を選び取る!さまざまな――――――エー――違いがある。
それからもうひとつ、いうことがあったな。えっと……ああ、そうだ!諸君の課題は『金の卵』をとることだ!」
以上、というようにバグマンは私たちを見渡した。
セドリックが無言で頷き、再び行ったり来たりを始めた。フラーは椅子に座ってかすかに震えていた。クラムは同じく座り込んではいたが、微動だにしていなかった。ハリーはどうしたらいいのか分からないみたいで、隅のほうに突っ立っている。
私は近くにあった小さな椅子に座ると、先程のベーグルを取り出した。味を感じなかったが、何かを口にいれて腹を満たさないと動けない気がした。一口一口食べながら、これから自分がするであろうことを反芻する。
高得点をとれる可能性は決して高くないが、死ぬことはない。
私がしないといけないことは、優勝して名誉や金を得るためではない。生き残って次の試合に進むことだ。
何百、何千もの足音がテントの傍を通り過ぎるのが聞こえた。足音の主たちは興奮して笑いさざめき、冗談を言い合っている。……本来ならあの群衆の中に、私もいたはずなのだ。なのに、誰かが私の名前をゴブレットに入れたせいでこんな羽目に…
「さてと…レディー・ファーストだ」
バグマンは紫の絹の袋の口を開けると、フラーの方に持っていく。フラーは震える手で袋に手を入れ、精巧なドラゴンのミニチュア模型を取り出した。首の周りに『2』という札をつけている。
バグマンは次に私に袋を渡した。中に手を入れて手ごろな模型を取り出す。やはりフラーと同じ、ドラゴンの模型だ。首に『3』という札をつけている。ただ、種類は違うみたいだ。私の掌の上で翼を広げ始めたドラゴンは、背中に漆黒の隆起部がある。
私の記憶が正しいなら……これは『ノルウェー・リッジバック』。牙に毒があると本に書いてあった。
牙に毒があるドラゴンか…。容易に近づきにくくなった。
ハリーが小さい声で「あっ!」と叫んでいた。彼には、このドラゴンに見覚えがあるのだろうか?
次にクラムが首に『4』とついているドラゴンを取り出し、セドリックが『1』という札をつけた青みがかったドラゴンを取り出した。最後がハリーで『人生が終わった』という顔をしながら『5』という札をつけたドラゴンを取り出す。
「さぁ、これでよし!
諸君は、それぞれが出会うドラゴンを引き出した。番号はドラゴンと対決する順番だ。
いいかな?さて、私は間もなく行かねばならん。解説者なんでね。
ディゴリー君、君が1番だ。ホイッスルが聞こえたら、まっすぐに向こうのスタジアムまで来てくれ。さてと……ハリー、ちょっと話があるんだが……いいかな?」
「えーと……はい」
ハリーは何も考えていないような顔をして、バグマンと一緒に外に出て行った。なんかバグマンがヒントでも言おうとしているように、私には見えた。…だが、今までのバグマンの言動から考える知的能力だと…世辞にもいい案を提案するとは思えない。
私は再び椅子に腰を掛けると、ミネラルウォーターのビンを開けた。ひんやりと冷たいミネラルウォーターが、カラカラに乾いていた喉を潤していく。まるで体の芯から生き返るような感じだ。
どこか遠くでホイッスルが鳴った。
セドリックが青ざめた顔をしてテントから出ていく。代わりにハリーが『この世の絶望』という顔をして中に入ってきた。…どうやら、バグマンとの会話は、ハリーの恐怖心を駆り立てるだけで終わったようだ。
「とりあえず、座ったらどうだ?」
ずっと立ったままのハリーに向かって言う。ハリーは、私の隣に恐る恐るといった感じで腰を掛けた。
フラーがセドリックの足跡をたどるように、テントの中をグルグル歩き回っていた。クラムはまだ、地面をじっと見つめている。
バグマンの解説が、このテントの中にまで聞こえてきた。
自宅にあるウォークマンが、これほど恋しくなったことは今までになかったと思う。あの恐怖心を逆なでするかのような解説は不愉快だ。イヤホンをして、お気に入りの曲を最大限にかけながら時を待ちたい。
椅子ごとハリーが震えているので、目障りだった。思わずポンポンッと軽く彼の背を叩く。ハリーが驚きのあまり飛び上がり、そして眼をこれ以上ないというくらい丸くさせて、私を見てきた。
「震えすぎ」
「あ…ごめん」
ハリーはボソボソと謝るが、ほとんど聞こえなかった。ハリーが、何か言いたそうな眼をしていたが、無視することにする。15分ほどたった頃だろう。…耳をつんざく大歓声が聞こえた。どうやら、セドリックが無事に『金の卵』を取れたみたいだ。
フラーは頭のてっぺんから爪先まで震えていたが、名前を呼ばれると勇気を振り絞るような表情を浮かべている。頭を上げて、杖をしっかりつかんで、テントから出て行った。
…次は私の番だ。
ほとんど空になったミネラルウォーターのビンを握りしめて、最終確認をする。
1年生の時…クィレルと対峙した時や、2年生の時…バジリスクとトム・リドルと対峙した時のことが脳裏に浮かぶ。あの時の方が、ずっと気が楽だった。だが……よく考えれば、あの時の方が危機的状況だったのだ。
あの時は密室で、私が死ぬか、相手が死ぬかの一騎打ちに近い状態だったが、今回は違う。同じ一騎打ちでも、万が一死にそうな事態になった時には、助けが来てくれる。生き残る確率は、こちらの方がはるかに高い。
10分ほどたった頃
また歓声と拍手が爆発するのが聞こえた。フラーも成功したに違いない。私はビンに残っているミネラルウォーターを全て飲み干すと、立ち上がった。
ホイッスルの音が聞こえ、外に出る。ハリーが何か言った気がしたので、片手をあげて答えた。
木立を通り過ぎ、巨大なスタジアムの中に入る。できるだけ普段通りの足取りでスタジアムに入ると、大歓声が耳を貫いた。何百何千という人の顔が、私を見下ろしている。
すり鉢状になっているスタジアムは岩だらけで、その奥にドラゴンがいた。ドラゴンは黄金の卵をしっかりと抱え込み、両翼を半分だけ開き、黄色に光る眼で私を睨みつけている。
私はローブの左側に手を入れると、使い慣れた杖を取り出した。
そして私はドラゴンと距離をできるだけ取りながら、なるべく全体が見渡せそうな岩場を登る。ドラゴンは私を警戒しているらしく、チリチリっと牙を鳴らした。
「…物騒な奴」
ドラゴンが後生大事に守っている卵を奪わないといけないなんて、骨が折れる。スタジアム全体の構造を把握すると、私は深呼吸をした。
遠くで観衆が大騒ぎするのが聞こえる。それが好意的なものなのか、そうではないのか知ったことではない。
私は、ドラゴンの前足の間に挟まっている金の卵をとればいいだけだ。なるべく…無傷で。
本当なら『呼び寄せ呪文』を使って、『金の卵』を私の手元まで呼び寄せたいが、それが出来るのであれば課題にならないだろう。呼び寄せ呪文を防止する呪文が、かかっていると考えるのが妥当だ。
なら、当初の計画でやるしかない。
私は岩を思いっきり蹴ると、ドラゴンめがけて疾走し始めた。そんな私を視たドラゴンは、思いっきり息を吸い込む。
おそらく火を吐くのだろう。
案の定、全てを焼き払うような炎を噴射する。そのままの速度をなるべく維持しながら、私は真横に跳んだ。弾けるような真横への跳躍。そのまま巨大な岩の後ろに姿を隠した。
私が隠れた岩の真横を通り過ぎたオレンジ色の炎。
炎の威力は強力で、炎が当たった頑丈そうな岩は、音を立てて溶けてしまった。…思ったよりも、はるかに厄介な相手だ。
私はドラゴンの視界に入らない岩の後ろを選んで、徐々にドラゴンへ近づいて行った。2撃目を放とうと、ドラゴンが再び息を吸い込んでいる音が聞こえる。
いや、先程の一撃目より吸い込む量が多い。
どうやら、ドラゴンは私のいる位置がわからないので、手当たり次第に岩を壊そうと考えたらしい。オレンジ色の炎がいくつもの岩を溶かしていく。
私は炎から逃れるように岩の後ろを移動する。移動しながら思わず口元が歪みそうになる。……炎の威力は予想外だったが、何度も乱発してくれたおかげで、炎の『死の線』が視えた。もともと物質でないモノの線は視にくいのだが、何度も何度も炎を視たおかげで『死の線』を視ることができたのだ。
…オレンジ色の炎の中で渦巻いている、美しくも何処か禍々しい深紅の線を…
身を守る最終手段を手に入れたところで、いよいよ私は本腰をあげることにした。
ドラゴンがすべての炎を吐き終え、次の炎を発射するために再び息を吸い込もうとした時、私はドラゴンの目の前の岩の上に立った。まるで、ドラゴンに私の姿を見せつけるかのように。
ドラゴンは『やっと見つけた』という感じで、鼓膜が破れそうな音量で吠える。その時に私は杖を高く空に向けた。
「『エクスペクト・パトローナム‐守護霊よ、来たれ』!!」
杖の先から銀色の巨大な大蛇が噴射された。大蛇は、東洋のドラゴンのようにユラリユラリと身体を揺らしながら空へめがけて進んでいく。
観衆の目もドラゴンの目も、私から外れ大蛇に向けられた。その隙に私は、トム・リドルが『秘密の部屋』に残していった『上級魔法呪文集』に載っていた『目くらましの呪文』を自分にかける。
本当は、より正確に魔法をかけるために詠唱したかった。だが、声に出した途端に気が付かれてしまいそうなので、練習した無言呪文を使う。
頭の中で呪文を思い浮かべながら、コンコンっと脳天を叩く。すると、身体の表面全体に冷たいものが、トロトロと流れる感じがした。…そして、なるべく音をたてないように走りながら、自分の体を確認する。
成功だ。
呪文の効力で、私の身体は見えなくなっていた。透明になったというわけではなく、カメレオンの保護色のように、私の身体が背後の岩と同化した意をしているというのが正しいだろう。
上空に浮かんだ私の守護霊が何もしないまま霞になって消えたので、観衆の目もドラゴンの目も地上に戻された。すると、私の姿が見えないことが分かったのだろう。
観衆のどよめく声と、ドラゴンの怒りの咆哮が鼓膜を破きそうだ。
ドラゴンは、私がどこに消えたのか探すために、少し首を高く持ち上げた。そのおかげで、『金の卵』から少しだけドラゴンの身体が離れる。
私はできる限り気配を消しながら、卵に近づいていく。そして、あと……ほんの数歩でドラゴンの前足と前足の間に挟まっている卵に手が届く、という時に、さぁーっと熱い液体のようなものが身体の表面を流れた感じがした。何が起こったのだろうか、と思い自分の身体を見て愕然とした。
付け焼刃ともいえる無言呪文で、不完全にかかっていたのであろう『目くらましの呪文』が解けてしまっていたのだ。今にも見当違いの岩めがけて、炎を噴射しようと構えていたドラゴンの眼に、私の姿が大きく映る。真下で護っている大事な卵に、そっと手を伸ばしている私の姿が…
私が金の卵を抱えこんだのと、ドラゴンが私の方を向いて炎を吐くのは、ほぼ同時だった。オレンジ色の炎が私に襲い掛かる。
とっさに私は、杖で宙を切るように振るい、オレンジ色の炎の中で渦巻いている深紅の線を切った。途端に炎が、もともとなかったかのように消え失せる。
ドラゴンは何が起こったのか分からずに、闇雲に辺りかまわず炎を噴射させる。私は『金の卵』を左腕でしっかりと抱えたまま、再び杖の先で『線』を切る。混乱したドラゴンは、三度息を吸い込んだ。そして――
「「「『プロテゴ‐守れ』!」」」
もう一撃、私の方に炎が噴射された時、目の前に巨大な壁が現れ、炎を弾き飛ばす。振り返ると、ドラゴン使いだと思われるマントを着た人たちが、慌てて私の方にかけてくるところだった。その向こうには、スネイプ先生とマクゴナガル先生が蒼白な顔をして駆けてくる。さらに奥にはムーディ先生が少しニヤついた顔で立っていた。
そうだ。『金の卵』を無事にとったから、課題は終わったのだ。ぼんやりと頭の片隅で考える。課題が終わったという現実感がない。
私は、マクゴナガル先生とスネイプ先生がいる出口へと小走りで歩みを進める。
「大丈夫か?」
スネイプ先生が授業で一度も見たことがないくらい焦っている。マクゴナガル先生も、これ以上ないというくらい心配そうな表情を浮かべていた。
「どこも火傷していませんか、ゴーント?なんと危ない真似を……」
「お前が大怪我したら、クイールに殺されるからな。なんともないか?怖かったか?」
「問題ないです」
そう言って、立ち去ろうと思ったが、マクゴナガル先生が私の背中に話しかけた。
「素晴らしい呪文でしたよ。不完全とはいえ『目くらましの呪文』を無言呪文で行ったことは、驚きです。きっと好評価がもらえると思いますよ」
「まさか、守護霊を囮にして、自分から注意をそらさせるとは。いい思い付きだな」
振り返らなくてもわかる。マクゴナガル先生もスネイプ先生も、物凄く喜んでいるということが…。普段ほとんど生徒を誉めない2人が、ここまで誉めてくれた。それだけで、なんだか心が温かくなった。
そう、2人とも心配だったのだ。まだ14歳の私が、無事にドラゴンを出し抜けるか、心配だったに違いない。
「ありがとうございます」
ほほを赤らめたまま、振り返るのが恥ずかしかったので、背を向けたまま礼を言う。
「点数がもうすぐ出るが、見なくていいのか?」
ムーディ先生がコツ、コツ…と杖を突きながら近づいてくる。先生の声は、一見するとどこか嬉しそうな声だった。だが、地面を突く音が普段より大きく感じるのは気のせいだろうか?まるでイラつきを地面にぶつけているような…
「いいです。点数に興味がないので」
「そうか、なら最初のテントの隣のテントに行け。そこで次の課題の説明がある
……あの炎の『消失呪文』は、よかったぞ。あれは、訓練を積んだ魔法使いでも難しい『消失』だ」
ムーディ先生は私の肩を強くポンポンッと叩いてから去っていく。
普段、『めったに生徒を褒めてくれない先生3号』のムーディ先生までも誉めてくれた。しかも『眼』を使ったことはバレていないみたいだ。…いや、バレているのかもしれないが、私の『眼』の仕組みを知らない人が見たら、超高度な『消失呪文』に見えたということを、こっそりムーディ先生は教えてくれたのだろう。
11月の肌寒く突き刺さるような寒気が、私に襲いかかる。だが、不思議と私の心は…いつになくホカホカと温かかった。
テントの中には、まだ誰もいない。
とりあえず、手ごろな椅子に腰を掛けた途端、どっと身体全体が重くなった気がした。まるで鉛か何かをつけたみたいだ。…溜まっていた疲れが、一気に吹き出てきたのかもしれない。
瞼が徐々に重くなってくる。眠さに耐えられなくなり私は思わず目をつぶると、深い深い闇の中へ堕ちて行ってしまった。
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10月24日:一部改訂