「信じられない!」
ダフネが、バンッと思いっきり『日刊預言者新聞』を机にたたきつけた。私だけじゃなく、パンジーもミリセントも…他のスリザリン生も驚いて彼女の方を向く。
ダフネとは4年の付き合いだが、顔を真っ赤にさせて怒っているのを見たのは初めてだったかもしれない。
なんで彼女はそんなに怒っているのだろうか?
「ちょっと、ダフネ?なんで機嫌が悪いのよ?預言者新聞に何か書いてあったの『妖女シスターズ』の解散発表か何か?」
パンジーが口を開くと、鬼も怯むような視線をパンジーにぶつけた。そして預言者新聞の一面を見えやすいように乱暴に広げる。
≪悲劇の12歳、対抗試合へ!?≫
「12歳?いつからポッターは若返ったの?」
横から記事を覗き込んだミリセントが、見出しにツッコミを入れる。パンジーが良く読もうと記事に思いっきり顔を近づけた。
「≪ハリー・ポッター、12歳。怪しくも『三校対抗試合』の代表に選ばれた彼の眼には、過去の亡霊(トラウマ)で溢れかえっていた≫……なにこれ?」
パンジーが眉間にしわを寄せながら音読をし続ける。
「≪「僕の力は両親から受け継いだものだと思っています。いま、僕を見たら両親はきっと誇りに思ってくれるに違いありません。…試合は危険だとは全く思いません。だって、両親が僕を見守ってくれると思うからです」ハリー・ポッターは緑色の眼を潤ませながら、記者に語った。≫」
嘘八百の文章だ。ハリーは試合を危険なものと判断していたし、これから先の課題を、怖がっているように見えた。
そういえば、この間、『日刊預言者新聞』のリータという女性記者がハリーにインタビューをしていたのを思い出す。代表選手4人で写真を撮るためと、杖が万全な状態か調べるため集まった際に、彼女が『記事にしたいから一人ひとりインタビューさせてくれ』と言ってきたのだ。嫌がるハリーを無理矢理どこかへ連れ去ろうとしていたので、よく覚えている。
パンジーの新聞を持つ手には、段々と力が入り始めていた。新聞にしわがより始めている。
「≪そんなハリーにも心を慰めてくれる愛を見つけた。
親友のコリン・クリービーによると、ハーマイオニー・グレンジャーなる人物と離れていることは滅多に見ないという。この人物は、マグル出身の飛びっきりかわいい女子生徒で、ハリーと同じく学校の優等生の1人である≫
なによこれ!嘘八百じゃない!!!」
パンジーは吐き気がする顔をすると新聞を投げ捨てた。それを上手く取ったドラコが、サッと記事を流し読みする。
「…なぁ、これはなんの記事だ?ハリー・ポッター大特集か?」
かぼちゃジュースを飲み干したドラコが、不快そうに言った。フルフルっと首を横に振るダフネ。
「三校対抗試合についての記事よ」
「どこが!?ポッター特集じゃない!!
なによ、これ!!
いつからグレンジャーが可愛い女子になったの!?何と比べて判断したのかしら。シマリス?」
「突っ込みどころはそこか、パンジー?他にもあるだろ。コリンはハリーの親友というよりストーカーだとか、ハリーは優等生と言える人物じゃないとか。
…で、どうしてダフネはこれが『三校対抗試合』の記事だって思ったんだ?」
「だって……ほら、ここ」
私が問いかけると、彼女は記事の本当に隅の方に2、3行で片づけられている部分を指差した。
≪ちなみに、ハリーと競い合うのは『ダームストラング校:ビクトール・クラム』と『ボーバトン校:フラー・デラクラール』だ≫
私は思いっきり眉間にしわを寄せた。まず、フラーの綴りが間違えているし、その上、セドリックと私の名前が何処にも載っていない。代表選手は『基本』みんな平等な立場として扱われるはずなのに……少し…いや、かなり不平等すぎるんじゃないか?百歩譲って週刊誌のゴシップ記事なら、まだ分かる気がする。でも、これはイギリス中の魔法使いが読む新聞だ。社説でもなければ、新聞購読者からの投稿文でもない。1人の新聞記者が書いた『三校対抗試合』に関する記事だ。
マグル界の新聞でも、記者の考えや新聞社の意向が含まれた記事は存在した。でも、さすがにここまでではなかったと思う。いくらなんでも、これは酷い。もう少し『公平』な態度で書いた方がいいのではないのだろうか。せめて、名前くらいは間違いないで書いた方がいいと思う。
「どうする、セレネ?父上の権力を使えば簡単に訴えられるが」
「ほっといていいだろ」
立ち上がると足早に大広間を出た。
不本意な事だが『代表選手』になってしまってから、早いモノでもう数日経っている。私は、足早に人気の少ない廊下を歩きながら、ここ数日の各寮の反応を振り返っていた。
ハッフルパフの生徒から冷たい蔑むような視線を浴びせられるのは、分かってはいた事だったが軽くイラッときた。
ハッフルパフ生が、自分たちの代表選手の栄光を私とハリーが横取りしたと思っているのは明らかだ。ハッフルパフは滅多に脚光を浴びることがない寮なので、ますます感情を悪化させたのだろう。いくら心の広い人が集まる寮だといっても、受け入れられない事だったに違いない。
ちなみに、ハッフルパフの寮監のスプラウト先生まで、若干よそよそしい感じだった。
レイブンクロー生は、すれ違う時に冷たい視線を投げかけてくることがしばしばあったが、思っていたよりかは少なかった。
レイブンクローに属しているルーナの話によると、私よりハリーの方が酷く言われているらしい。なんでも、ハリーがさらに有名になろうと躍起になって、ゴブレットを騙して自分の名前をいれた、と思われているそうだ。
酷いのはグリフィンドール生の態度だ。
寮監であるマクゴナガル先生の態度は、以前と何も変わらない。スプラウト先生みたいに、よそよそしくもないし、授業で正解したら点数もくれる。
だが、グリフィンドール寮生の方は違った。スリザリンと対立しているグリフィンドール生からは『姑息な手を使って名前を入れたのだろう』という態度だった。『ついに“スリザリン生”としての本性を現したか!』とかすれ違い際に言われたこともある。
…グリフィンドールはスリザリンに対して敵愾心を持っているから、仕方ないかもしれない。別に反論しても煽るだけの結果になってしまうので、気にしないことにしている。
スリザリン生とスネイプ先生は、以前と変わらない態度で過ごしてくれた。ホグワーツの代表選手としてではなく、スリザリン生として私を見てくれるし、いつも通りハリーやグリフィンドール生に、ちょっかいを出していた。…スリザリン生は、私と同じように、ハリーも『ゴブレット』に自ら名前を入れていないことを知っているし、ヴォルデモートに狙われているかもしれないということを知っている。
だが、どうやらハリー……というかグリフィンドール全般が生理的に無理なのだそうだ。
感覚的に無理だと感じている意識を変えるには、相手側の協力が必要なので、一方的にスリザリン生を注意しにくい。
『嫌いあっているグリフィンドール生とスリザリン生に仲良く平穏に』というのは、人それぞれ好みや趣向が違うから無理だと思う。だが、少し譲歩するということは出来ないのだろうか?
『アルファルド、首尾はどうだ?』
静まり返った『秘密の部屋』に私の声が反響する。奥でとぐろを巻いていた大蛇―アルファルド―が、ユックリと重そうに頭を持ち上げえるのが見えた。
『特に不審なことは城で起こっていません』
アルファルドが淡々と報告する。
ゴブレットから名前が出た次の日、私は朝一番で『秘密の部屋』に向かった。ゴブレットが安置されていた期間、怪しい行動をしている人がいたかどうかを尋ねるためだ。
だが、アルファルド曰く、不自然な行動をしている人も動物もいなかったという。そもそも、アルファルドはどうもゴブレットが苦手だったらしく、近づかないようにしていたらしいのだ。
アルファルドが目撃していたなら、もっと早くにヴォルデモートの手先を見つけることが出来たと思う。だが、目撃していないなら作戦を練るしかない。作戦はまだ思いつかない。とりあえず今は、目前に迫りつつある試合について対策を練らなければならない。
試合の規則では『人の助けを借りてはいけない』。でも、『蛇』の助けも借りてはいけないとはどこにも記されていない。だから、アルファルドを使い、城を探らせることで、試合についての情報を得ることと同時に、不審な行動をしている人物を探し出そうと思っていた。
『…そうか…』
『ですが、1つ。珍しい会話を耳にしました』
『珍しい会話?』
冷たい石の壁に寄りかかると、再びアルファルドの方を向いた。アルファルドの全てを殺す力を持った眼は、固く閉ざされていた。チロチロと深紅の長い舌を出し入れしている。
『なんでも、ドラゴンがやって来るみたいです』
『いつ?』
『数日以内に』
ドラゴンがやって来る。しかも、この時期に。確実に第一の課題に関係しているに違いない。
そういえば、確かバグマンが『私たちの勇気を示す課題』と言っていた気がする。『ドラゴンと戦う勇気』だと考えて間違いないだろう。
『おそらく、主が考えている通りだと思います』
『心が読めるのか?』
『私が主の考えを読み取れない訳がありません。
それで、どうなされますか?私が、ドラゴンを殺しますか?』
低い声で、どこか楽しそうに言うアルファルド。私は軽くアルファルドを睨んだ。
『…アルファルド。ドラゴンと戦いたいのか?』
『もちろんです!最近、身体がなまって仕方ないんです。それに、主を危険な目に合わせることは出来ませんから。
安心してください、ドラゴンなんて一睨みで終了です。サラザール様に仕えていた時、一度に5体のドラゴンを殺したことがあります』
その時のことを思い出しているのか、少し上を向いて懐かしそうに話すアルファルド。私は苦笑を浮かべた。
『アンタの気持ちは嬉しい。でも、アンタがドラゴンと戦うのを許可できない。
訓練や飼い慣らしをすることが不可能と言われているドラゴンを、たかが代表選手が倒せるとは思ってもいないはずだ。
つまり、出し抜くことが出来た時点で試合終了、と考えることが妥当だろう』
アルファルドが小さく舌打ちをする。余程、ドラゴンと戦いたかったのだろう。そのまま私から顔をそむけて、そっぽを向いてしまった。私はドラゴン対策を練るために、とりあえずホコリが溜まった書物を本棚から何冊か取り出した。パンパンっと叩いて表紙に積もったホコリを落としていく。
…ドラゴンを出し抜くだけだとはいえ、至難の業だ。
ドラゴンは皮・血液・心臓・角などに強力な魔法特性を持っている。が、そのぶん凶暴だと聞く。『失神呪文』を弾き返す皮を持っている上に、鋭い爪は空をも切り裂き、灼熱の炎を吐くのだとか……
『眼』を使うという手もある。別にナイフを使わなくても、この杖の先端でスッと『線』をなぞれば、その個所を切れる。だが、あまり人前で『眼』を使いたくない。なので、どうしても思いつかなかった時の最終手段にするとしよう。
「…待てよ…」
『ドラゴンと共に生きる』という本を読んでいるとき、ふと頭を横切ったことがあった。この課題のことをハリーやセドリックは知っているのだろうか?
『炎のゴブレット』から名前が出てきた日のことを思い返す。マダム・マクシームとカルカロフは、こっそり規則を破って各々の代表選手に知恵を授けそうな気がするが、ハリーやセドリックにこのことを教える人は1人もいない気がする。ハリーはもしかしたら、こういった凶暴な生き物が好きなハグリット経由で知るかもしれないが…
「…めんどくさい…」
軽く舌打ちをして、本を何冊か鞄に押し込んだ。
『送りましょうか、主』
アルファルドが背後で動く気配がする。
『ああ、頼むアルファルド。ハッフルパフ寮の近くまで送って行ってくれ』
このままいくと、課題を知らないで当日を迎えるのは、セドリックだけになりそうだ。
私は名誉も金も要らない。参加するからには死なない程度に努力するつもりだ。だが、出来れば優勝する人は代表選手として自ら名乗りを上げた人になって欲しい。だから、ここでセドリックを見殺しにするような真似をしたくなかった。
まだ試合日まで数日ある。
しっかりと6年間もホグワーツで学び、運動神経もあり、代表選手に選ばれたセドリックなら、数日あれば対策を練れるだろう。私は少し硬くてヒンヤリとしているアルファルドの頭によじ登ると、どうやってセドリックに話しかけようか考えることに頭を働かせたのだった。
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10月24日…一部訂正