怒った蜂の群れのように、ワンワンという口々に話し始める声が大広間に広がり始めた。周囲を見わたすと、スリザリン生が、『先輩こそ代表選手にふさわしいです!』と真顔で話していたアステリアまでもが、口をあんぐりと大きく開き私を見つめていた。ハッフルパフ寮やレイブンクロー寮の方では隣の人とヒソヒソと私、またはハリーの方を見ながら話し始めている。どうやら、聞き間違いではなかったらしい。空耳だったら、どれほどよかっただろう。ちらりとグリフィンドールのテーブルに座るハリーの方を見る。彼は何が起こったのか理解できないようだ。呆然とした顔で凍りついたように座っていた。
私は周囲に聞こえるくらい大きなため息をつくと、音を立てて立ち上がった。ゴブレットから、何故だかわからないが名前が出たのだ。なら規則に従い、ひとまずここは、立ち上がって前に出なければならない。…そして、冤罪を証明してこなければ。
自分の足音だけが不自然に大広間に響き渡る。遠くの方で慌てて椅子を引いて立ち上がる音が聞こえた。
全校生徒の視線が背中に痛いくらい突き刺さっていた。悪態をつきたくなるのを堪えながらダンブルドアの前に立つ。少し遅れてハリも私の半歩後ろくらいにたどり着いた。
「さぁ…あの扉から。ハリー、セレネ」
ダンブルドアは微笑んでいなかった。教職員テーブルの横を黙って進みながら、他の先生方の反応を確認する。どの先生方も、客人であるマダム・マクシームやカルカロフ、それからクラウチやバグマンも驚ききった顔を浮かべている。ハリーを贔屓しがちなハグリットでさえ呆然とし、口を大きく開けていた。普段、生徒の前で動揺しているそぶりを見せないマクゴナガル先生とスネイプ先生でさえ、狼狽している。
代表選手達が消えて行った扉を開いて大広間から出てると、代表選手の控室に繋がっているのであろう短い廊下を歩き始める。
「せ、セレネ?どういうことだろう?」
困惑したようなハリーの声が後ろから聞こえる。
「私が聞きたいくらいだ」
色々と理由は考えられるが、一言で言い表せない。小部屋の扉を軽くノックしてから開けると、そこには暖炉の火が轟々と燃え盛っていた。心地よさそうな暖炉の前に、すでに選ばれていた代表選手のクラム、フラーそしてセドリックが座っていた。3人とも—―当然の反応だと思うが――何で私達が入って来たのか分からないらしく、当惑の色を浮かべていた。
最初に不愉快な沈黙を破ったのは、ボーバトンの代表選手、確かフラーという女だった。
「どうしまーしたか?わたーしたちに、広間に戻りなさーいということでーすか?」
訛りのある英語でたずねてくるフラー。どうやら、私達が伝言を伝えに来たのだと思ったらしい。少し振り返ってハリーの方を見ると、どうやって答えていいのか分からないらしい。助けを求めるような目を、私に向けてきた。
「そうだったら、どれだけよかったことか」
「なら、どーして…」
フラーの問いに答える前に、背後でセカセカした足音がし、最初にバグマンが部屋に入ってきた。もちろんバグマンの表情には、驚きの色が強い。だがそれ以上に『これほど面白い出来事はない!!』という顔をしている。私とハリーの腕をつかむと、私達を一歩前に押し出した。
「すごい!いや、まったく凄い!紳士淑女諸君。ご紹介しよう。信じがたいことかもしれないが、三校対抗試合代表選手だ―――4人目と5人目の」
クラムのムッツリとした顔が、私とハリーを眺め回しながら、暗い表情になった。セドリックは、聞き間違えたのだと思ったのだろう。途方に暮れた顔をしている。フラーは、これ以上ないというくらいニッコリと微笑んだ。でも、目が笑っていない。
「とてーも、面白いジョークです」
「いやいや、とんでもない!たったいま、ハリーと、えっと…この生徒の名前が『炎のゴブレット』から出てきたのだ!」
バグマンが名前を覚えていない、という程度のことに腹を立てる私ではない。ハリーは世界的に有名人だが、私は無名のホグワーツ生。彼が知らなくて当然のことだろう。
フラーは軽蔑したかのようにバグマンを見た。
「この人は、競技できませーん!若すぎまーす!!」
そう言った瞬間、背後の扉が再び開き、大勢の人が入ってきた。ダンブルドアを先頭に、すぐ後ろからスネイプ先生、魔法省の役人…確か名前はクラウチ氏。その背中を追うようにカルカロフ、マダム・マクシーム。そして、マクゴナガル先生最後にが部屋に入ってきた。マクゴナガル先生が扉を閉める前に、大広間にいる生徒たちがワーワーと騒ぐ声が聞こえた。
フラーがマダム・マクシームに、つかつかと歩む寄っていく。
「この小さーい子供たちも、競技に出ると、ミスター・バグマンが言ってまーす!」
思わず喉元まで出てきた反論を、なんとか押しとどめる。17歳の彼女からしたら、14,5歳なんて子供に見えるのだろう。3つ年下のアステリアが子供に見えるのと同じ原理だ。そう思うことで、無理矢理自分を納得させる。
ハリーの当惑した表情の中に、微かに怒りの色が見え隠れしていた。どうやらハリーも、フラーが『小さい子供たち』と言ったことが気に入らなかったらしい。
マダム・マクシームは、背筋を伸ばし、全身の大きさを12分に見せつけた。きりっとした頭の頂点が、蝋燭の灯っているシャンデリアに触れそうだ。彼女は、ダンブルドアを威圧的に見下ろすと口を開いた。
「これは、どういうこーとですか?」
「私もぜひ、知りたいですな、ダンブルドア」
カルカロフも言う。冷徹な笑みを浮かべていた。まるで彼の青い眼は氷のかけらのようだ。
「ホグワーツの代表選手が、3人とは?開催校は代表選手を3人出してもよいとは――伺っていないのですが――それとも、私の規則の読み方が浅かったのですかな?」
明らかに、意地の悪い笑い声を挙げるカルカロフ。思わず、ため息をついてしまった。幸か不幸か、その音は狭い一室の中では非常によく響いてしまった。一斉に、その場にいる人の眼が私に向けられる。
「私の言う事に何か不満でも?」
「大ありです」
冷ややかな笑みを浮かべているカルカロフに、向き合うことにした。ここで引き下がったら、冤罪をはらすことが出来ない。最悪、本当に競技に参加することになってしまう。命を懸けた、危険極まりないところに身を落とすなんて御免だ。
「カルカロフ校長先生の言い方だと、ダンブルドア…先生が私とハリー・ポッター代表選手として出場させたかった、と言っているみたいに聞こえます」
ダンブルドア先生が、ハリーを出場させたいと思ったことはあるかもしれない。だが、過去の経験から考えるに、私を出場させようとは思っていないはずだ。私が出場することによって、ダンブルドア先生のハリー育成に好影響を及ぼすとは考えにくい。私は、なるべくハッキリとした口調で話しつづけた。
「私はもちろん、彼も『炎のゴブレット』に名前を入れていません」
「この子は嘘をついてまーす!」
マダム・マクシームが威圧感のある声で叫んだ。私は、マダム・マクシームの方に顔を向けた。
「嘘でないと証明する方法は、いくつかあります。例えば、教科書に書いてありましたが『真実薬』という薬を私たちに飲ませてみるとか」
『真実薬』という薬を飲まされた相手は、問われたことに対して、すべて真実を答えてしまうという恐ろしい薬だ。『中級魔法薬』という教科書に書いてあった。あまりにも調合が複雑な薬のため、作り方は載っていなかったが。魔法薬学の先生のスネイプ先生なら、所持しているに違いない。
「『炎のゴブレット』の周囲に張られていた『年齢線』。それに、14歳である私たちは、その線がある限り『ゴブレット』に近づくことが出来ません。
そんな私達が『ゴブレット』に、名前を入れる方法があるとするなら、考えられることは2つ。
1つ目は『17歳以上の人に頼み、私達の名前が書かれた紙を入れてもらう』
そしてもう1つは……『“年齢線”を破り、再び“年齢線”を書き直す』」
2本の指をマダム・マクシームに見せつけるような感じで出した。私が話を区切ると、バチバチと暖炉が燃え盛る音だけが響いている。
「『年齢線』を破ること自体が難しいと思います。なにしろ、ダンブルドア先生が作られたのですから。万が一、破ったとしても、本来の『線』を作り出した先生も分からないくらい、そっくりな『年齢線』を作り出す必要があるのです。
『年齢線』を破り、全く同じに構築し直す。それが私や先生方ご自身にできるとお思いですか?
この試合において重要な役を果たす『炎のゴブレット』の管理を、全てダンブルドア先生に任せるくらいですから、先生方は…それだけ、ダンブルドア先生を『最適な人物』として『信用』していたのではありませんか?」
マダム・マクシームと、視界の端に映っているカルカロフは、少し言葉に詰まったような顔していた。この時、扉が再び開かれ、コツ…コツと杖で床を叩く音が耳に入ってきた。十中八九、ムーディ先生だろう。私は先生に構わず、言葉を紡ぎ続けた。
「一流の魔法使いである先生方が不可能な呪文を、14歳で半人前の私達にそれをこなすことは不可能。なので、考えられる方法としては、前者の『17歳以上の誰かが私達の名前を入れた』ということになります。
ですが、私もハリーも誰かに頼むようなことを、していません。そもそも、私の周りには、17歳以上でそのような事を頼める人はいません。恐らく、ハリーもそうだと思います。先生に頼んだということを考える人がいると思いますが、先生が半人前の魔法使いを出場させることにどういったメリットがあるのでしょうか?」
ハリーの方をチラリと見る。彼は、私の話に合わせて『その通りです』という顔をしていた。下手に口を出すより、私に任せた方がいいと判断したのだろう。
「私が気になることは、ゴブレットから出てき用紙に書かれている学校名です。それには、本当に『ホグワーツ』と書かれていたのですか?」
「いい着眼点だな、ゴーント」
振り返るとムーディ先生がニヤリっと笑っていた。『魔法の眼』が、ダンブルドアの手に握りしめたままの用紙に向けられていた。
「カルカロフもマクシームも確認してかまわん。そこに書いてある学校名は、『ホグワーツ』『ボーバトン』『ダームストラング』の3校の学校ではない、『ウィンチェスター・カレッジ』と『レイエン女学院』という全く別の2校だ。しかも、両方ともマグルの学校だ。それなのに用紙を『ゴブレット』が受け入れたということは、参加校は『3校』ではなく『この2校を含めた5校』だと、『ゴブレット』は思い込んでいた、というワケだ。
ポッターとゴーントの名前を、4校目と5校目の候補者として入れ、4校目と5校目にはポッターとゴーントしかいないということにしたのだろう。
簡単に言えば、何者かが『ゴブレット』を錯乱させた。ポッターとゴーントを代表選手にしたいという何者かがな」
「ありえませーん!ゴブレット自体が強力な魔力を持っていまーす。それを錯乱させーるともなーると、相当強力な呪文が必要でーす!そこまーでして、まだ14歳の彼らを参加させたーいと思う人がいるとーは、思えませーん」
マダム・マクシームがムーディ先生に詰め寄った。ムーディ先生は彼女を見上げていたが、片方の眼は私とハリーに向けられていた。
「それは決まっている。
ポッターとゴーント。2人を殺そうと企んだ輩がいるからだ。
死亡率が高い三校対抗試合に参加させることで、事故に見せかけて殺すことも可能だからな」
しんっと静まり返った。バチバチっと暖炉が燃える音のみが、狭い部屋の中で異常なくらい、大きく響いている。
「殺す?何を馬鹿な事を…。どうせ、生徒の悪戯の類だろ」
バグマンが、やれやれという感じで話し始めた。そんなバグマンをジロリとムーディは睨めつける。
「死者も出る大会に無理やり参加させることを、『悪戯』ですませるのか?」
「そ、それは…」
「規則は絶対だ」
バグマンの言葉を遮ったのは、今まで黙っていたクラウチだった。少し具合の悪そうな顔をしたクラウチに、視線が一気に集中する。眼の下に黒いクマが出来ていて、薄っぺらい紙のよう皮膚が骨の上に覆いかぶさっているみたいに見えた。
「ゴブレットから名前が出た。なら、殺そうと企んでいる者がいようがいまいが関係ない。試合で競うようにこの2人は選ばれた。なら、参加せねばならん」
異議があるモノはいないか?という感じで辺りを見わたすクラウチ。マダムとカルカロフは何か言いたそうな顔をしていたが、反論の余地がないみたいだ。バグマンが少年のような丸顔をハンカチで拭くと、ニッコリと5人に笑いかけた。
「なら、最初の課題を説明するぞ。それは君たちの勇気を試す課題だ。
どんな内容かは教えられないが。未知のものに遭遇した時の勇気は、魔法使いとして非常に重要な資質だ。最初の競技は」
ここでバグマンが言葉を詰まらせる。冷や汗を出しながら、助けを求めるようにクラウチの方を見たことから察するに、どうやら日付を忘れてしまったのだろう。それに気が付いたクラウチは、事務的な口調で話し始める。
「11月24日。全生徒、並びに審査員の前にて行われる。
選手は、競技の課題を完遂するに当たり、どのような形であれ、先生方を含む一切の他人(ひと)からの援助を頼むことも、受けることも許されない。自力で解決しないとならない。それから、選手が会場に持ち込める武器は杖だけだ。
第一の課題が終了後に、第二の課題についての情報が与えられる。試合は過酷で、また時間のかかるものであるため、選手たちは期末テストを免除される。
……アルバス、これで全部だと思うか?」
「ワシもそう思う」
ダンブルドア先生は、少しクラウチを気遣わしげに見ながら言った。
「バーディ、さっきも言うたが、今夜はホグワーツに泊まっていった方がよいのではないか?」
「いや、ダンブルドア。私は役所に戻らねばならない」
「私は泊まるぞ、クラウチ!」
同じ魔法省の役人であるバグマンが、陽気に言う。
「役所よりこっちの方がずっとおもしろいじゃないか!」
そう言う問題か?とツッコミたくなったが、クラウチは黙って首を横に振ると、小部屋から出て行った。
マダム・マクシームはフラーの肩を抱き、早口のフランス語で何か話しながら素早く部屋から出て行き、それに続くようにカルカロフもクラムと一緒に黙って部屋を出て行った。
「ハリー、セドリック、セレネ。3人とも寮に戻って寝るがよい」
ダンブルドアが微笑みながら言った。
「グリフィンドールも、ハッフルパフも、スリザリンも君たちと一緒にお祝いしたくて待っておるじゃろう」
私とハリーとセドリックは3人一緒に部屋を出た。大広間にはすでに誰もいなく、蝋燭が燃えて短くなり、くり抜きカボチャがニッと笑っているギザギザの歯を、不気味に光らせていた。
「いったい、どうやって名前を入れたんだ?」
セドリックが、興味深そうに私達を見てきた。やはり聞かれると思った。
「僕は入れてない。本当のことだよ」
「私も同じだ」
「ふーん…そうか」
セドリックは私達を信じていないみたいだ。セドリックは右側のドアから消えて行った。黙ったままハリーと別れ、地下牢に続く道に降りようと足を進める。
「セレネ!セレネは、信じてくれるよね?」
ハリーの声が後ろから聞こえる。私は一旦足を止めると、振り返った。
「さっきも言っただろ。私達(・・)は自分から立候補していない、とな。気をつけなよ、命を狙われてるんだから」
ハリーの返事を待たないで、さっと地下牢に続く道に入る。肌寒い廊下を小走りで進みながら、粗く削られた石壁に向かって合言葉を唱え、寮に入る。
その途端、大音響が私の耳を直撃した。
何が起こったのかを把握する前に10人余りの手が伸び、私をガッチリと捕まえて談話室に引っ張り込む。振り払おうとしたが、私をつかんでいるのは、私より2倍ほど体格のいい年上の男子生徒達だ。腕力で敵うわけがない。抵抗も出来ないまま、拍手喝采・大歓声・口笛を吹きならしているスリザリン生全員の前に立たされた。
「名前を入れたなら、なんで教えてくれなかったんだ?」
全く見知らぬスリザリン生が半ば当惑し、半ば感心した顔で声を張り上げている。
「先輩、先輩なら絶対に参加できると思いました!!」
アステリアが叫びながら、私に抱き着こうとしてきたので、横に避けてかわす。彼女が地面に激突する前に、ワリントンが私の肩を叩いてきた。
「俺が出られなくても、少なくともスリザリンから代表選手が出るんだな」
「どうやったの、セレネ!?」
同級生の中でも体格がいいミリセントが、年上の生徒をかき分けて私に近づいてくる。
だが、彼女が話しかけてくる前に、他の体格のいい生徒が私の前に立つ。
「御馳走があるから、何か食べろよ」
「ほら、バタービールがあるぞ!」
「どうやって代表選手に立候補したんだ?」
皆が口々に、私が口をはさむ隙がないくらい話しかけてきた。最初は、その言葉の嵐が一瞬でも途切れる時を待っていたのだが、途切れる気配がない。
「なぁ、どうやって入れたんだ?」
名前の知らない年上の男子生徒が馴れ馴れしく肩に手を回してきたとき…それが私の我慢の限界だった。
『黙れ』
肩に回っている手を乱暴に離しながら蛇語で言うと、一気に静まり返る。ジロリ…と眼鏡越しに私を囲んでいるスリザリン生を睨んだ。
「本来参加資格のない私が、無理矢理参加しようとして何のメリットがあるんだ?
こんな感じで騒がれて変に有名人になることを、私が想像できなかったと思うのか?
使い道も思い浮かばない名誉や1000ガリオンを手に入れるためだけに、命を無駄にするような競技に参加する必要が何処にある?いや、何処にもない」
周りを囲んでいるスリザリン生の表情に変化が現れた。最初は『セレネは自分で試合に名乗りを上げたのだ』と思っていた感じの表情から『やっぱり……違うよな』という表情に変わってきていた。
私はスリザリン寮の中で、有名人だ。ここにいる生徒のほぼ全員が…私が『スリザリンの末裔』だということを知っている。だが、それが他寮に漏れなかったのは、私が有名になって目立つことが嫌だというのを知っているからだ。
モットーとして『平穏に暮らす』を公言している私が、自分から名乗りを上げるわけないと、スリザリン生の誰もが信じていたのだ、と思う。
「なら、誰が先輩の名前をゴブレットに…?」
アステリアが最初に沈黙を破った。額に青いあざが出来ている。だが本人は、さほど気にしていないみたいだ。
「大方、闇の帝王の手先だろう。ハリー・ポッターの名前も一緒に出てきたことも考えるとなおさらだ。
これを機に、宿敵のハリーを殺し、ついでに『自分のみがスリザリンの末裔』ということにするために、私も殺そうとして入れたに違いない」
「まさか!でも『例のアノ人』って消滅したんじゃ…」
背の高い人に囲まれているので、姿は見えない。だが、ダフネが困惑する声が耳に入ってきた。
「なら、なんでハリーは1年生の時に点数を貰えたんだ?それは、本当に彼が帝王を目撃したからだ」
再びシンと沈まりかえる談話室。
「セレネの言う通りかもしれないな」
ドラコが人混みをかき分けて近づいてきた。正確に言えば、クラッブとゴイルが人混みをかき分けて、その2人に挟まれる感じでドラコが私の近くまで来た、という現し方が正しい。
「父上の腕にある『あの人』への忠誠の証。つまり『闇の印』がハッキリと色つき始めているそうだ。父上は『あの人』が段々と力を取り戻し始めていると、考えている」
ドラコの話を聞き、スリザリン生の多くの顔が半分恐怖、そして半分期待の表情に染まった。
「で、どうするんだ、セレネ。『あの人』相手にどうやって戦うんだ?」
「そうだな……とりあえず保留だ。まずは誰が私の名前をゴブレットに入れたのかを探らないといけない」
「分かりました!それ、私も手伝います!!
だって、課題は人の助けを借りてはいけないけど、『あの人』の部下を捜すことは課題と直接関係ないですし!」
アステリアが手を真っ直ぐ高く挙げた。それを皮切りに、次々とスリザリン生が先程とは違い、私を気遣い、応援するような声で話しかけてきた。
「頑張れよ、ゴーント」
「お前なら『あの人』に負けないかもしれないぞ!」
「生き残れよ」
「怪しい人を見かけたらすぐに知らせるぜ!」
どの人の声も、温かく感じられた。今までも、この寮は他の寮生が考えるみたいに冷たい雰囲気ではないと思っていた。だが、これほどまでに自分に協力的だとは考えたことがなかった。
だが、そんなスリザリン寮でも……談話室に入った最初は私の話を聞いてくれる人がいなかったのだ。蛇語で脅すような形で話を聞かせることが出来た。それをするとは思えない、ハリーは大丈夫だろうか?
ハーマイオニーは冷静に物事を見ることができるので、ハリーの味方になってくれると思うが…彼の親友のロン・ウィーズリーはどうだろう?
いつもハリーの『おまけ』として見られていた彼は、ハリーに嫉妬して、ハリーを信じない可能性が高い。
寝室への道を進みながら、天井から差し込む月明かりが急に消えて、辺りを照らしているのは壁にかかっているランプだけになった。おそらく雲が月を覆い隠したに違いない。
それにしても、誰が『あの人』に繋がっているのだろうか?明日からは忙しくなりそうだ。