「そうか、クラムは世界的に有名なクィディッチ選手なのか」
私はノットと一緒に、大理石で出来た階段の中腹辺りに腰を掛けていた。別に『クラム』について誰に聞いてもよかった。だが、あんなに盛り上がっていたダフネ達には尋ねにくい空気が漂っている。だから、感情に流されにくいノットに尋ねたのだった。
「なんというか、セレネでも知らないことがあるんだな」
珍しいモノを見るような目で私を見てくるノット。私は小さなため息をついた。
「クィディッチには、興味ない」
「まぁ、それじゃあ知らないよな。マグル育ちだし」
「そんなことより、スリザリンからは誰かエントリーしたのか?」
丁度、私達が眺めている玄関ホールの中心に恭しく安置されているゴブレットに視線を戻す。
そのゴブレットはただのゴブレットではない。黄金のゴブレットで、その縁から溢れんばかりの青白い炎が踊っている。あのゴブレットの中に『出身校・名前』を書いた紙を入れた生徒の中から1校につき1人『代表選手』が選ばれるのだ。ゴブレットに名前を入れた時点で、魔法契約によってその人物は拘束され、代表選手に選ばれた暁には、最後まで試合を戦い抜く義務が発生するのだという。つまり、腕の骨がなくなっても、足を切断しないといけない状況になっても。棄権することは出来ずに、最後まで戦わないといけないのだそうだ。
そんな危険な大会に出場しようと思う人の気がしれない。そこまでして、1000ガリオンが欲しいのだろうか?
「朝早くにワリントン先輩がいれたそうだ。ほら、寮対抗試合だとチェイサー、チームの得点王。…だが、お世辞にもココの出来はいいとはいえないから、選ばれないと思うぞ」
そう言ってコンコンっと頭を叩くノット。私は少し眉間にしわを寄せる。
「いくら先輩が馬鹿でも、そう言うのは失礼だと思うぞ。確かに、頭の良し悪しで代表選手が決まるのなら心配ないが、先輩の他にホグワーツ代表選手候補がいなかったら、話が違う。たとえ、頭が悪かったとしても彼がホグワーツの代表になるのだから」
「「…そういうセレネも失礼なんじゃないか?」」
背後で笑う声がする。振り返るとウィーズリーの双子、フレッドとジョージがいた。2人ともやけに興奮している。グリフィンドール生があまり好きではないノットは顔をしかめていたが、彼に構わず話し続けた双子。
「他にもいるぜ、代表選手候補は」
「ワリントンだけだと思ったら大間違い」
そういって私の眼の前で、小さな小瓶を振る。小瓶の中には半透明の液体が入っている。
「まさか、『老け薬』か?」
私の記憶の中の双子は6年生。誕生日は4月。まだ16歳のはずだ。だから、エントリーする資格はない。恐らくこの双子は『老け薬』を使用することで、自分の歳を数ヶ月分だけ年をとり、17歳になろうという考えなのだろう。
「「ご名答!」」
ニヤリっと笑う双子。私はつい、呆れた口調になってしまった。
「本当に騙せるのか?」
「平気平気。ゴブレットさえ騙せればOKだ!」
物凄い速度で、時折スキップをしながら階段を駆け下りる双子。遠くから見ても勝ち誇ったような表情を浮かべている。
「アイツら、騙せると思うか?」
「無理だろ」
ノットの問いに即答した。
「ゴブレットの周りに書いてある『年齢線』は、あのダンブルドアが直々に作成したものだ。そう簡単には破れない」
ゴブレットの周り半径1メートルほどに書かれている金の境界線。それはダンブルドアが『年齢制限』を設けるために作成した『年齢線』だ。17歳以上の魔法使い(又は魔女)ではないと、その線の内側に入ることは出来ない。だから、その弱点を克服するために、双子は『老け薬』を飲むことを決意したのだろう。ただ、その弱点に気が付かないダンブルドアではない。必ず、なにかしらの対策を考えているはずだ。
「それじゃ、いくぞ!」
薬を飲み終えたフレッドの声が、玄関ホール中に響く。深呼吸を幾度かしてから、思い切って線を飛び越えるフレッド。だが、私の予想に反して何も起こらない。安心した表情のジョージも飛び込んだ時だ。
ジュッという何かが焼けるような音がしたと思うと、双子は2人とも黄金の円の外に放り出された。見えない砲丸投げの選手が2人を押し出したかのように、2人は思いっきり地面に尻もちをつく。
痛そうにする双子だったが、次の瞬間。ポンッと場違いな音が響き渡ったと同時に、双子にダンブルドア先生そっくりの白い顎鬚が生えてきたのだ。これには双子は驚きのあまり、呆然と相方の顔を眺め続けていることしか出来ていなかった。
「誤魔化そうとしても無駄じゃよ」
面白がっているような声がする。そこにいたのはダンブルドアだった。目をキラキラさせて双子の髭を見ている。
「あの双子を見て思い出したんだが、ハッフルパフから『セドリック・ディゴリー』がエントリーするんだと。グリフィンドールからは『アンジェリーナ・ジョンソン』。2人とも寮対抗試合のクィディッチ選手だ」
口元がかすかに笑っているノットが、思い出したかのように言う。
「スポーツ選手の割合が高いな」
思わずつぶやく。まるでオリンピックみたいだ。命がけの。体力がないと、勝ち残れないというのが前提にあるからかもしれない。いくら魔力があり、才能があっても、体力がないと無事に勝ち残れない可能性が『大』だということは、子供でもわかるだろう。
「少し、嫌な予感がするな」
そろそろ夕食の時間なので、私達は立ち上がって大広間へと歩みを進める。私の呟きを聞き取ったのか、ノットが眉を上げた。
「どうしてだ?」
「今日は、ハロウィーンだからだ」
こちらにニタァーっと笑いかけているくり抜きカボチャを見た。ノットも納得したような表情を浮かべる。ここ数年、ハロウィーンの日には毎年何かが起こっている。
1年目はトロールの襲来
2年目はバジリスクのアルファルドが猫のミセス・ノリスを石化した
そして去年…3年目は、本当は無罪だけど大量殺人鬼だと思われているシリウス・ブラックが侵入した。
このように毎年何か事件が起こっているのだ。今年の『三校対抗試合』の『代表選手』を決める…という時点で1つの事件のような感じもするが、先程から感じる悪寒は何なのだろう。なんか、とんでもないことが起こりそうな気がする。
「さすがに4年連続はないだろ」
席に着くと、金の皿に盛られていた出来たてのパンプキンシチューを、なみなみとよそるノット。私の気にしすぎだといいのだが。私はカボチャで出来たスコーンに手を伸ばしながら、チラリと教職員用のテーブルを見る。ダンブルドアも、マダム・マクシームも、カルカロフも、他の先生方もみんな緊張と期待が入り混じったような表情を浮かべている。
その中で2人、異質の男がいた。教員という空気を全く纏っていない2人組。恐らくは、『三校対抗試合』を監督するために派遣された第3者、つまり魔法省の役人だろう。
鼻が折れ曲がっていて太っている男は、生徒の誰にということもなく、笑いかけウィンクをしている。気さくな感じの男だとも思える。だが、この状況で、何も考えていないのではないか?とも思えてた。
もう一人の男は、痩せ気味で無表情だった。うんざりしたような感じで淡々とサラダを口に運んでいる。あの異様な痩せ方は、病気のように見えた。不自然なくらい頬がこけて青ざめ、目が落ち窪み、クマが出来ている。
「どうしたの、セレネ?バグマンさんとクラウチさんが気になるの?」
私の視線を辿ったダフネが、パンプキンパイを頬張る手を止める。そうか、バグマンとクラウチという名前なのか。それにしても、クラウチという名前は、どこかで見たことがある気がする。どこだかは思い出せないが。
「―さて、ゴブレットは、ほぼ決定したようじゃのぉ」
いつの間にか玄関ホールのゴブレットがダンブルドア先生の前に移動していた。大広間にいるすべての人の視線が、静かに燃えるゴブレットに集まった。ダンブルドアがゆっくり手を伸ばすと、ゴブレットの炎が青から紫色に近い赤へと様変わりする。火花が飛び散り、一気にメラメラと宙を舐めるかのように燃え上がった。その炎の舌先から焦げた紙が1枚、ダンブルドア先生の手の中にハラリと落ちていく。炎の色は青白い色に戻り、静かにゴブレットは燃え続ける。
「ダームストラングの代表選手は…『ビクトール・クラム』」
老人とは思えない力強い声で読み上げる先生。大広間中が拍手の嵐、歓声の渦に包まれる。
「やっぱり、彼だと思ったわ」
うっとりと蕩けた目をしたミリセントが、スリザリン寮のテーブルの奥の方で立ち上がったクラムの後を追っている。彼は右に曲がり、教職員テーブルに沿って歩き、その後ろの扉から、隣の部屋へと姿を消した。クラムが私たちの前から姿を消した頃、再びゴブレットの炎が赤く染まる。炎に巻き上げられるように、焦げた紙が飛びだし、先生の手に収まった。
「ボーバトンの代表選手は……『フラー・デラクール』」
レイブンクローの席についていた美少女が、優雅に立ち上がる。シルバーブロンドの豊かな髪をさっと振って後ろに流し、滑るように進み始めた。なんか、あまり好きにはなれないタイプだ。『私が選ばれるのは当然よ』というオーラが滲み出ている。それなのに、男子共は…そのオーラに気が付かないみたいだ。
クラッブやゴイルは、ボケ――っと鼻の下を伸ばしてフラーに見入っている。いや、彼らだけではない。普段真面目そうな男子生徒でさえ、顔を赤らめフラーに視線を向けている。
「見てよ、がっかりしてるわ」
パンジーが残されたボーバトン生の方を顎で指す。
「がっかり、というレベルではないと思うぞ?」
思わずそうつぶやいていしまうくらい、選ばれなかったボーバトン生達は、落ち込んでいた。中にはワッと泣きだしたり、腕に顔をうずくめて、しゃっくりあげている子もいた。あの人たちは、それだけ本気だったということだ。1000ガリオンを手に入れるためだけに、わざわざ故郷を離れ、遠くて寒い見知らぬ土地まで来た。それが今、到着してから3日も経っていないのに、骨折り損と化したことが受け入れられないのは、当然かもしれない。
私は泣いている子から目を離すと、再び激しく燃えているゴブレットに注目する。興奮で張りつめた沈黙が、肌に食い込むみたいだ。…次は私達、ホグワーツの代表選手。
ワリントン先輩が代表選手になることは……まずないと思うから、グリフィンドールのアンジェリーナという人か、ハッフルパフのセドリックという人がなるのだろう。最後、3枚目の紙が溢れ出る炎の中から飛び上がりダンブルドア先生の手に収まると、あれほどまで燃え上がっていた炎が消えた。先生が力強い声で焦げた紙を読み上げる。
「ホグワーツの代表選手は……『セドリック・ディゴリー』」
まるで大統領就任式か?と思われるくらいの歓声が大広間を包み込む。ハッフルパフ生が総立ちになり、叫び、嬉しそうに足を踏み鳴らした。セドリックと思われる青年がニッコリと笑いながら立ち上がる。
煩いとは思ったが、不思議と嫌な感じはしない。ハッフルパフ生は『全てを受け入れる寛大な心』の持ち主が選ばれる寮。…その一方で、『他の寮に入れなかった生徒の集まる劣等生の寮』というイメージが強い。4寮の中で最も影が薄い分、ここでようやく注目を浴びることが出来る!っと思うと、嬉しくてたまらないのだろう。そんな彼らを見ていると、こちらまで嬉しくなってきそうだ。だが…
「…眠い…」
満腹になったことで眠くなってきた。早く寮に戻りたい。恐らく、この後は『選ばれなかった人たちは、代表選手を応援しよう』といった類の話をするのだろう。
「結構、結構。さて、これで3人の代表選手が決まった。選ばれなかった生徒も含め、皆うちそろって、あらんかぎりの力を振り絞り、代表選手たちを応援してくれることを信じている。選手に声援を送ることで、みんなが本当の意味で貢献でき―――」
いつまで話が続くのかと思っていたら、突然、言葉が切れた。不自然な静寂に大広間が包まれる。
「セ、セレネ。あれ…」
ダフネが、手で口を覆ってゴブレットを凝視している。ダフネだけではない。私を含めた全校生徒が『炎のゴブレット』に目を向けていた。
1度、火が消えたはずの『炎のゴブレット』に再び赤い火が激しく燃え上がっていた。何が起こったのだろう?っと考える前に、火花がほとばしり、炎が空中を舐めるように燃え上がり始める。
眼がおかしくなったのかもしれないと思い、眼鏡をさらに押し上げ腕で目をゴシゴシと擦る。そして眼鏡を元の位置に戻して見てみると、燃え上がっていた火は消えていた。
だが、代わりに…ダンブルドアが、手に持っている何を凝視している。
長い長い沈黙が大広間を支配する。ダンブルドアが珍しく、困惑した表情を浮かべていた。彼にも何が起きたか分からないみたいだ。
今日はハロウィーン。
今年も何か、『異常事態』が起こってしまったようだ。それに巻き込まれないといいが。
先生の口が開くのを、全生徒が注目している。先生は咳払いをすると、手に持っている何かを読み上げた。
「『ハリー・ポッター』『セレネ・ゴーント』」
重なっている2枚の紙に書かれている名前を読み上げるダンブルドア。またしてもハリーが事件に巻き込まれてしまったみたいだ。アイツには疫病神でも憑りついているのでないだろうか?お祓いに行った方がいいと、今度進めてみよう。いや、それ以前に…
私は、思わず間抜けな声を上げそうになってしまった。
何故、私の名前も呼ばれたんだ?
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10月12日 一部改訂