番外編のバジリスク:アルファルド視点です。
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校庭はすでに真っ暗でした。明かりと言えば、遠くに見える城の窓から洩れる光くらいです。今日は、久々に外に出て食事をしようと思っていました。初代の主であるサラザール様が、サラザール様の子孫様のために用意された『秘密の部屋』で生活をしています。ですが、そこから一歩も出ないという生活を送っているわけではありません。私だって、あんな狭くて、薄暗くて、じめじめしたところに、ずぅ~~~~っといたくないです。
第一に、飽きますし、やることだってありません。いくつかサラザール様が用意してくださった玩具がありました。サラザール様は私が退屈しないように、色々と工夫を施してくださいました。ですが、あの何も知らないガキが―――失礼、先代の主が全て壊してしまったので、暇をつぶせる道具がないんです。もちろん、私は反対しましたよ。でも、あの主が全く聞き耳を持ってくれなかったんです。本当に、いつか裏切ってやろうと何度思ったことか。
だから、こうして夜中に城を抜け出して、星を眺めながら食事をする時があるのです。リフレッシュになるんですよ。外の空気は『秘密の部屋』なんかより、ずっと澄んでいますし。それに、外の空気の方が甘く感じるんです。なんか最近は校庭やら湖の近辺やらに、得体のしれない怪物がウヨウヨしていますが、私自身には何の危害も及ぼさないので、無視することにしてます。今代の主が言うには、確か『でぃめんたー』という怪物らしいです。ちなみに、今代の主は、その怪物のせいで城から出られなくなってしまったみたいです。だけど、私にとっては好都合です。
だって、ずっと私は人と話していなかったんですよ?
先学期のジニーとか言う赤毛のお子様は、話になりませんでしたし。また会うはめになってしまった先代の主は、あの1年間、私を完全に『道具』として見ていましたからね。仕事…つまり、『ハリー・ポッター抹殺計画』についてしか話したことがありませんでした。もちろん50年前は、先代の主とも色々と話したかもしれません。ですが、私は50年も眠っていたんですよ。細かい記憶は忘れてしまいました。まぁ、それだけ、どうでもいい会話だったんでしょう。
新しい主との会話は、そこまで面白いモノだといえるとは思えません。主は主で、ずっと本と睨みあっています。それに、元々無口に近い主との話もそこまで弾みません。ですが、話し相手がいるというだけでも、暇つぶしにはなります。リフレッシュにもなります。本音を言うのであれば、時間があるときに玩具か何かを作ってほしいのですが、それは我儘だと思います。私は主に文句は言わないようにしていますから。
主が女性で嬉しかったです。だって、ガールズトークなるモノを楽しめると思っていたのですから。でも、実際は全くそう言うことがなくて、ショックに思っていることに関しても、私は文句を言いません。
主は主ですから。
根暗で陰気野郎でも主は主ですから。先代の俺様主義の主よりずっとマトモですから!!
――少し愚痴を言いすぎてしまったようですね――
雲が切れ、その合間から満月が顔を出し始めました。遠くで何やら狼の遠吠えが聞こえた気がしましたが、気のせいでしょうか?私の姿は月明かりを浴びてしまっています。夜の闇が晴れ、私の姿が遠くからでも分かるくらい明るくなってしまいました。ですが、誰も私に気が付くものなどいないでしょう。
誰もこんな時間に、窓を覗く者などいませんし。
だいたい、こんな夜中に私の姿を見たとしても、『夢でも見たんだろ』で終わるに決まっています。どう考えても、私のような巨大な蛇が、そこら辺をウロウロしているとは誰も思わないはずですから。
さてと、食事に入るとしましょうか。おや、さっそく食事を見つけました。
私は身体が大きいので、通常の蛇よりたくさんの小動物や鳥を食さなければなりません。私は、見つけた小動物目がけて進み始めました。草むらの中をコソコソかけている小動物、おそらくネズミでしょうか。でも、なんというか、ネズミにしては薄汚くて不味そうでした。オマケに微かに人の臭いもします。ですが、腹の足しにはなるでしょう。私は一口でそれを飲み込みました。やはり不味かったです。バタバタと喉の奥で暴れまわっているのを感じながら、新たな餌を捜しに進み始めます。次に見つけた肥えた鳥は、先程の不味さを帳消しにするくらい美味しかったです。鳥といっても、馬と鳥が合わさったような不思議な生き物でした。
直前まで人が乗っていたのかもしれません。少し人の匂いが残っています。もっとも、私が鳥を襲う前に、乗っていた人は逃げたみたいです。
途中、自分を傷つけながら暴れまわる狼人間を見つけました。ですが、今日は狼人間を食す気分ではありません。それ以前に今代の主が、人間を食することを禁じているからです。荒れ狂う狼人間を横目で見ながら、私は得物を探します。そして、この後も何匹かの小動物を食していき、そこそこに腹も膨れたところで城に戻りました。
次の日ですが、主は私の元を訪れてくれませんでした。昨日でテストが終わり、訪ねて来てくれるはずだったのですが。何かあったのでしょうか?私は、こっそり医務室の方へと進みました。
談話室にいるという可能性もあります。ですが、まずは医務室です。もしかしたら気分を悪くなされて倒れてしまったという可能性がありますから。案の定、私の予想は当たっていたようです。
主は規則的な寝息を立てながら、ベッドの上に横たわっていました。全く、いつも身体を無理して使っているから、こんなことになるんですよ。特に休んでいる様子も見られませんし、毎回脳をフルに使っていますしね。倒れて当然です。
これで少しは休みを取るようにするでしょう。
まったく。一体、どうして私の主は何かしらの問題がある人ばかりなのでしょうか?初代主であるサラザール様も、協調性のない方でしたし。ついでに言うなら顔もイマイチでした。いざという時はやってくれるんですけどね。
先代の主も、顔こそイケメンでしたが、この方も協調性のない人でした。まったく。『死』を恐れることは大切ですが、避けることを考えるとは馬鹿げたこと。愚か者の考えです。
今代の主には、今のところ協調性があるように思えます。ですが、脳を働かせすぎです。身体もろくに休ませていませんしね。考えすぎですよ。もう少し、年頃の娘らしく生活してもよいモノを。これはスリザリンの家系なのでしょうか?
サラザール様も歳にあわない低レベルの喧嘩をグリフィンドールとしていましたし、先代も年齢にあわない思考を持っていましたしね。
さて、しばらく医務室の側のパイプの中にいましたが、飽きてきました。また、夜になってから見舞いに来るとしましょう。そう思い、パイプの中を戻っていきました。どの人も、辛いテストが終わったことが嬉しいのでしょう。楽しげな声で友人たちと話す声が、壁の向こう側から聞こえてきます。中には主を心配する声も混ざっていて、少しホッとしました。主に友人がいて本当によかったです。先代なんて友人がいませんでしたから。
初代ですか?友人は、数えるほどしかいませんでしたね。多くて3人でしたっけ。今代の主の友人は何人いるのでしょう。あまり多いような気はしませんが、初代よりはいると信じています。
そして、夜中。満月よりも微かにかけた月が天の頂点に差し掛かる頃、私は再び医務室に向かいました。
婦長は、寝入っているみたいですね。医務室にいるのは、主だけです。わざわざ私が来たというのに、まだ眠っています。なんだか、イラッとします。ここまで来るのって、結構大変なんですよ。身体がようやく通れるくらいの狭いパイプを通らないといけませんし。
私は思わずため息をつきました。帰ろうかなっと思った時のことです。
『…アルファルド、か?』
主の口が動いたのです。眼はしっかりと閉じられていますが。私も固い瞼をを閉じました。
『はい。目を開けても大丈夫ですよ、主』
主がモゾモゾと動く気配がしました。そっと私の顔に触れるのは、主の柔らかくて小さな手。
『まったく、少しは身体を大切にしてくださいね』
『…そうだな、ありがとう』
主は私から手を離しました。主の声に、覇気を感じることが出来ませんでした。いつも落ち着いた雰囲気の声の持ち主なのですが、その声にハリがありません。
『主、どうかなさいましたか?普段より少し、声色が悪いですが』
そう言うと、主が驚いた気配が伝わってきました。
『そうか?』
『そうですよ。悪い夢でも見たのですか?』
主から漂ってくる空気が若干変化しました。驚いた空気から、少しさびしそうな。そんな感じの空気に。
『あぁ、そうだな。悪夢を見た』
『悪夢ですか』
悪夢という言葉は、適当に言ったのですが、当たりだったようですね。少し驚いてしまいました。
『どのような悪夢をご覧になったのですか?』
『…忘れた。でも、とてつもなく嫌な悪夢だってってことは覚えている。…心配させて悪かったな、アルファルド』
別に、そこまで心配はしていません。なんていったって、私の主がそう簡単に死ぬ御方には視えませんし。しかし、こう労いの言葉をかけてもらえると、少しうれしいです。今まで、言われたことは、ありませんでしたから。
『また1,2ヶ月くらい会えなくなるが、くれぐれも人を襲わないようにな』
『分かっています。主も身体に気を付けてください』
私はペロンと長い舌を使い主の手をなめると、医務室から出ました。もうしばらくしたら、誰とも話せない時間がやって来ます。ですが、それはたったの1,2ヶ月。今までの永い眠りと比べてみたら、どうってことありません。逆にほとんど人がいないので、のんびりできる期間になります。
去年は、もちろん人の気配を確認してからですが、昼間っからクィディッチの試合が行われる競技場で、日向ぼっこをして過ごしたことがありました。だから、意外とのんびり身体を伸ばして生活できる期間なのです。暇には違いありませんが…別にかまいません。
9月に主から、この2ヶ月どうやって過ごしたかを聞くことを楽しみにするとしましょう。
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今回で『アズカバン編』が終了です。
バジリスクが生き残ったことで、とある出来事が変化しました。次回からは、『炎のゴブレット編』が始まります。
これからも、寺町朱穂をよろしくお願いします!!