買ったばかりの教科書をめくっていると、コンコンっと窓を叩く音がした。
そこには1羽の茶色と白のフクロウがネズミを加えてとまっている。
私は窓を開けると少し微笑んだ。
「アクベンスでかしたな」
スネイプ先生に貰ったコキンメフクロウのアクベンスはホーホーッと嬉しそうに鳴いた。彼が捕えてきたまだ息のあるネズミをゴム手袋でつかむと、バーナードの水槽ガラスケースに入れる。
『俺は鳥が嫌いだって何回言ったら気が済むんだ?』
バーナードがネズミを丸呑みにしながら、不満そうにつぶやく。
『仕方ないだろ?フクロウがいた方が魔法界では便利らしいからな』
『まぁいいか。
それより、今日はもう寝た方がいいぞ。明日だろ?』
そうだ、明日だ。
明日で1ヶ月、つまり明日が9月1日。ここをたつ日だ。
私はもう一度トランクの中を確認した。
この1ヶ月の間、私は特にこれといって何もしなかった。
教科書に書いてある魔法の術を試したりしたが、それを試すのは夜部屋に帰ってからだった。
ただ、いつもの夏休みの様に家の仕事をして、バカンスから帰ってきた友達のフィーナやラルフと一緒に遊びに行ったり、マージョリーさんのとこで犬の世話という名の小遣い稼ぎをしたりしていた。
フィーナ達は、てっきり自分と同じ学校に進学するモノだとばかり思っていたのでショックを受けたらしい。魔法学校だとは言わなかったが、外国の寄宿学校と言っておいた。
ちなみに、余談なのだがマージョリーさんはバカンスの間に貝にあたって腹を壊していたらしい。
少し意外だ。てっきり体型からしてそんなことは起きないだろう思っていたのに。
豚でも腹を壊すことがあるらしい。
まぁ、災難だったが金持ちこそくだらないことを気にするというのか、私にちゃんと土産も買ってきてくれた。
ワイト島で発見された貝の化石だそうだ。掌くらいの大きさのある化石だから結構高かったに違いないと思う。
ちなみに、この人にも進学先を聞かれたが、『ホグワーツという外国の寄宿学校だ』と言ったところ、彼女の甥っ子の豚3号が、イギリスでも有名な金持ちの行く学校『スメルティングズ』に通うことをさんざん自慢され、ハリーが、どこぞの更生施設に入れられるということも教えてくれた。
ハリーもホグワーツに行くのだと教えてあげてもいいのだが、説明が面倒なので黙って相槌をうつ。
すると、彼女は機嫌をよくしたのか、『アンタをダッダーちゃんの嫁に薦めても構わない』と言ってきたので、『私じゃ釣り合いません』っと丁重にお断りをしてきた。
あんな豚に嫁ぐくらいなら、生涯独身を貫いたほうがましだ。
「本当に大丈夫かい?イジメとか有ったらすぐに連絡をよこすんだぞ?
それから、男と2人っきりにならないこと。それから……」
「心配してくれてありがとう父さん。
私は大丈夫だから、もう行かないと父さんの方が間に合わないよ?」
私はクイールに微笑んだ。
今日はこれからロンドンで教員の会議があるみたいで、それに出席しないといけないクイールは、キング・クロス駅までは送ってくれたが、もうすぐにでも出発しないと間に合わないのだ。
クイールは心配そうな顔を崩さない。
「分かってるか?いいか、男は狼なんだぞ?
特に発情期の男というのは、肥えた兎を見るとすぐさまとびかかるような連中ばかりで……」
「大丈夫だって!!
そんな奴らは撃退できるから」
そう言ってクイールを安心させようとする。
クイールは、しばらくブツブツと何か言っていたが、最後に大きなため息をついた。
「はぁ、そうだな。そこらの男よりセレネは強いからな。
でも、困ったことがあったらすぐにアクベンスを使うんだぞ?それからセブルスに相談するように!!」
そう言うと、車を発進させるクイール。
私は彼が去ったのを見届けると、駅の構内に入っていった。
『おいおい、いきなり迷ったのか?』
シューシューと面白そうに口にするバーナード。
まったく、こんなところで話しかけないでほしい。『蛇と話している可哀そうな子』って周りから認識されてしまう。
私はジロッとバーナードをにらんで返した。
……切符に書いてあるのは9と4分の3番線……
だが、そんなのあるはずがない。
しっかり『どこをどう行けばいいか』書いてほしい。
でも、文句を言っても仕方ない。
私と同じ魔法使いに聞くしか方法はないかもしれない。
9番線と10番線の辺りに付くと、運よく同じようにトランクが積まれたカートを押している家族がいた。
私より2つくらい年上に見えるアフリカ系ドレッド頭の少年だった。
「あの……もしかして、ホグワーツの生徒ですか?」
カートを押しながら話しかけると、少年が振り返って笑いかけてきた。
「そうだけど……あっ!もしかして、1年生で入り口が分からないとか!?」
結構陽気な感じの人だ。楽しそうに笑っている。
「ほら、そこの9番線と10番線の間の柱。あそこが我らの目指すホームにつながっているところさ」
「そうですか、ありがとうございます」
「いいっていいって。
それより、君のそのケースに入ってるのって……ヘビ?」
興味深そうにバーナードを見てくる少年。欲しいのか?珍しい人がいるものだ。
「私のペットのバーナードです。
躾は出来てますから噛みつくことはないですよ……こいつをイラつかせない限り」
「へぇ、面白いモノを見せてもらったな。
そうだ!面白いモノを見せてもらった礼だけど、これあげるよ!」
少年は腕に抱えた箱を渡してきた。
……なんかゴソゴソと音がするのが気になるが……
「ありがとう」
と言って箱を開くと、中から長い毛むくじゃらの肢がにょきにょきっと現れたのだ!!
思わず袖の下に隠し持っていたナイフを取り出し、殺そうとすると……
「ストップ!!殺すのはタンマ!!」
少年が笑いながら止めてきたので、ナイフを下ろす。
どうやらこの少年は私を驚かせたかったらしい。
「久々に一本取られたな」
「いや~まさか本気で殺そうとする人がいるなんて。
というより、いつもそこにナイフ隠しているの?」
タランチュラの入った箱を改めて自分で持つ少年。
「護身用って感じかな?世の中色々と物騒なので」
「いやいや…ナイフ隠し持ってる方が物騒だろ。
でも、おもしろいね!君なんて名前?俺はリー・ジョーダン。3年生のグリフィンドール生」
グリフィンドール?
あぁ、そういえば父さんが買ってくれた本『ホグワーツの歴史』に書いてあった寮の1つだった気がする。
「私は今年入学のセレネ・ゴーントって言います」
「セレネか。べつに敬語は使わなくていいよ。
どの寮に入るか決まってるの?決まってないならグリフィンドールに入ったらどう?
セレネみたいな面白い子なら大歓迎さ!!」
というより、寮って自分の行きたい寮に入れるとは限らないと思うが。
「どこに入るかまだわかりませんよ。
でも、どの寮に入ってもよろしくお願いします」
「おう!じゃあ俺は友達待ってるし、こいつで他にも誰か驚かせたいからさ」
そう言うと、彼は柱の向こうに消えて行った。
少し間をおいてから私も柱目がけて歩く。
柱の向こうに広がっていたのはもう1つの駅だった。
紅色の蒸気機関車が、乗客でごったがえすプラットホームに停車している。
ホームの上には『ホグワーツ特急11時発』と書いてあった。
ちゃんとホームに辿りつけたみたいだ。
リーって子のことを信用していなかったわけではないが、こうしてちゃんと辿りつけてほっとした。
さてと……空いている席を探すか。
まだまだ時間はある。早く空いてる席を見つけて、のんびり本でも読んでいよう。
そんなことを考えつつ、私はカートを押しながら人の溢れるホームを歩き始めたのだった。
席は案外、簡単に見つけられた。
トランクからお気に入りの本を取り出し、めくり始める。
そうしているうちに、汽笛が鳴る音がホームに響き渡った。
それと同時に汽車が滑り出したので、私は本から顔を上げて外を眺める。
母親や父親が、各々の子供に手を振る。赤毛の女の子が半べその泣き笑いで、汽車を追いかけてくる。
だが、もちろん追いつけるわけもなく、途中で立ち止って手を振っていた。
汽車がカーブを曲がると駅が見えなくなる。家々が窓の外を飛ぶように過ぎていくのをぼんやりと眺めていた。
これから1年は、今までいた『日常』には戻れない。
この先には、新しい『日常』が待っている。
嬉しいのかと問われたら、違うと答えるだろう。
だが、行きたくないのかと問われても、違うと答える自分がいる。
1番…今の私に当てはまる言葉……それは……
「ここ空いてる?他の所はどこもいっぱいなの」
ガラリっとコンパートメントが開いたので私の思考は一旦中断する。
入ってきたのは栗色の髪をした女の子だった。
「別にかまわないけど」
「ありがとう。助かったわ」
そう言うとニッコリ笑って私の前の座席に座る少女。
「私は、ハーマイオニー・グレンジャー。あなたの名前は?」
「セレネ・ゴーント。
こっちはバーナードとアクベンス」
「蛇……飼ってるの?」
恐る恐るケージに入ったバーナードを見るハーマイオニー。
ちなみにバーナードはぐっすりと眠っている。
「躾が行き届いてるから、噛みつきはしないよ」
「そう……なら安心ね」
少しホッとした様子でバーナードから視線を外すハーマイオニー。
私は肩肘をついて、ぼんやりロンドンの町並みから牧草地帯に風景が変わるのを眺めていた。
「あなたはどこの寮に行きたいの?
私はグリフィンドールに行きたいわ。いろんな人に聞いたんだけど、絶対にそこが1番いいみたい。
レイブンクローも悪くないかもね」
「寮か。
別にどこでも構わないかな。まぁ、平穏に暮らせればそれでいいさ」
「平穏……それが1番かもしれないわね」
そう言って、どこがおかしいのかクスクス笑うハーマイオニー。
少しイラッとしたが、彼女の笑いからは悪意を感じなかったので放って置くことにした。
それからハーマイオニーは、自分がマグル生まれで両親は魔法使いではないということ。手紙が届いたときは物凄く驚いたということ。でも、それと同時にとっても嬉しかったということを話し始めた。
私は相槌を打ちながらその話を聞く。
この子はしゃべりたくて仕方がないのだろう。
もしかしたら、話せる同年代の子が今までいなかったのかもしれない。
予習をしっかり取り組んで、教科書を丸覚えするなんて、よっぽど勉強熱心な子しかやらないだろう。
いや、違う。
熱心だったんじゃない。熱心にならざるを得なかったのかもしれない。
両親が共働きというのだから、中々かまってもらえなかったのだろう。
テストでいい点をとることで、両親にかまってもらおうとしたのが、勉強を熱心にし始めたキッカケなのかもしれない。
それで、元々才能があったからそれは成功し、両親に褒めてもらえた。
でも、それだとコミニュケーション能力が育たない。
『がり勉』と言われ、周囲…同年代の子との溝は深まってしまう。
両親も徐々に『私の娘なのだから100点が取れて当たり前』と思うようになってしまう。
両親にも、同年代の子にもかまってもらえない。つまり、孤独。
だから、もっと勉強に没頭して現実を忘れようとする。
そうしている間に、いつのまにやら勉強がくせになってしまったのかもしれない。
もっとも推論でしかないが。
「どうしたの、難しい顔して?」
ハーマイオニーが心配そうに覗き込んでくる。
私は慌てずに笑みを浮かべた。
「ん?あぁ、平気平気。
さっさと制服に着替えてしまおうかって思っただけ」
ということで、制服に着替える私達。
着替え終わって一息ついた辺りで、また戸が開いた。
そこに立っていたのは、人のよさそうなオバサン魔女だった。カートを押している。
そう言えばもう昼頃だ。
私は財布から銅貨を何枚か取り出しながらカートを覗き込む。
一応、昼飯は持ってきてあるが、ここで売っているのは魔法界のモノだ。
珍しいモノがあるのかもしれない。
案の定、そこで売っていたのは魔法界の菓子だった。 ハーマイオニーと一緒に、オバサンにお勧めを聞きながら、いくつかの菓子を買う。
「珍しいわね……絵が動いてる」
蛙チョコレートについてきた『マーリン』のカードをしげしげと眺めるハーマイオニー。
「チョコにも魔法がかかってたし。
セレネは不思議に思わないの?私と同じで、手紙が来るまで別の学校に進学する予定だったのでしょ?」
カードにそこまで興味を示さない私を不思議そうに見るハーマイオニー。
私は持ってきたサンドイッチの最後のひとかけらを口に押し込んだところだった。
しばらくモグモグと噛んで、飲み込んでから話し始める。
「それより、なんで車内販売で菓子以外のモノが売ってなかったのか気になったな。
昼時だから、車内販売で軽食を販売していてもいいと思うのに。飲み物だって『かぼちゃジュース』しかなかったし。
一応、ビタミンAは取れるけど」
キョトンっとしているハーマイオニー。
「セレネって珍しいことを考えるのね」
「そう?ちょっと疑問に思っただけなんだけど?」
「この状況でそんなことは考えないわ、普通。」
「そうか?
たぶん、父さんが栄養とかにうるさかったから、ついつい考えるのかもしれないな」
「親の影響を子供が受けるっていうからね」
ハーマイオニーはそう言うと、また『蛙チョコレート』の包みを開けている。
あぁ、そうだ。クイールは今日から家に帰っても1人なのだ。
もう、バーナードもいないし
あとで、この珍しい菓子を少し送ろうかなっと考えていた時だった。
ガラリっとコンパートメントの戸が開き、半べそをかいた丸顔の少年が立っていた。
「あの……ヒキガエル見なかった?僕から逃げてばかりなんだ」
「ヒキガエル?みなかったけど」
「まさか………なわけないか」
恐る恐るバーナードの水槽を見て、ほっと息をつく。
ケージの蓋はしまったままで、バーナードもすやすやと眠ったままだった。
ヒキガエルを食べた様子はない。
「いつからいないの?」
「汽車に乗る前もいなくなっちゃって……でも、それは婆ちゃんが見つけてくれたからよかったんだけど、乗ってからしばらくしたらいなくなっちゃったんだ」
「なら、探すか」
私が立ち上がると、ネビルがキョトンっとした顔をした。
続いてハーマイオニーも立ち上がる。
「ヒキガエルでいいのよね?」
「そうだけど、なんで手伝ってくれるの?」
おいおい。誰も今まで手伝う連中がいなかったのかい。
まぁ、仕方ないと言ったら仕方ないのかもしれないが。
「困ってる人がいたら助けるのが当たり前でしょ?
私は、ハーマイオニー・グレンジャー。この子はセレネ・ゴーント。アナタの名前は?」
「僕はネビル。ネビル・ロングボトムっていうんだ。
ありがとう、ハーマイオニーとセレネ!」
顔を真っ赤にしてそう言うネビル。
私達は三手にわかれて探すことにした。
「先に制服に着替えておいてよかったな」
思わず呟いて窓の外に目を向ける。
窓から差し込んでくる光は、車両を蜜色に染める時間帯だった。
あと、少しでホグワーツへとたどり着くのだろう。
それなのに、トレバーという名の蛙は全く見つからない。本当にバーナードが食べてしまったのではないか?
そう思い、バーナードを無理矢理起こして聞いてみたのだが、答えは『否』だった。
その時、次に調べようとしたコンパートメントから悲鳴が聞こえてきた。
私は何かあったのだろうかと思い、勢いよく開ける。
「どうしたんだ?…………ってハリーにマルフォイ?」
菓子とその包み紙が床に散らばるコンパートメント。そこにいた5人の少年のうち、2人は見覚えのある少年だった。
「セレネ?」
「なにがあったの?喧嘩?」
体格のいい少年の指から血がにじんでる指をかばっていた。
口元に赤い何かを滴らせているネズミを赤毛の少年が持った少年が、隣に立っていた。恐らく、赤毛の少年が持っているネズミが体格のいい少年の指を噛んだのだろう。
「なに。僕たちの所のお菓子がなくなったんで、貰おうとしたらゴイルの指にウィーズリーのネズミが噛みついたんだ」
マルフォイが落ち着きを払った感じで言う。すると、ハリーがムッとした表情を浮かべ言い返す。
「僕たちのお菓子を無理矢理取ろうとしたんだ」
どうやら、この2人は凄く仲が悪いらしい。火花が飛び散っている。
首を突っ込むんじゃなかった。少し後悔し、心の中でため息をつく。
どうやったら円満に済ませることが出来るだろうか。少し悩んだ結果、ハリーは嫌な思いをするかもしれないが、1つしか解決案が思い浮かばなかった。
「ハリー、少し菓子を分けたら?」
「えっ……?」
ハリーがありえない!!っと言う顔をして、赤毛の少年は髪と同じくらい顔を赤くさせた。
赤毛の少年は、拳をわなわな震わせて私を思いっ切り睨んだ。
「なんでアイツらが悪いのに、僕たちがお菓子を分けないといけないんだ!?」
「マルフォイ達は菓子が欲しかったんだろ?なら分けてやればいいじゃん。こんな量を一度に食べたら具合が悪くなる。
あ、だが、マルフォイ達も悪いと思う。人にものを頼む態度ってものを少し考えた方がいい。
高圧的態度で臨んでいると、いつか痛い目にあう。
これからは気をつけなよ。私はヒキガエル探さないといけないから」
勝ち誇った顔をしていたマルフォイの表情が、少し歪む。
誰もが何か言いたそうだったが、面倒なのでさっさとコンパートメントから離れる私。
しばらくして、何かもめ合う声と、本日二回目の悲鳴が聞こえたが無視する。
例のコンパートメントから去ろうとする途中で、騒ぎを聞きつけたハーマイオニーとすれ違った。
「今、悲鳴聞こえなかった?」
「聞こえたけど、たいしたことじゃないから放って置いていいと思うけど」
そう伝えると、少し考え込むハーマイオニーだった。
「でも、心配だから見てくるわ」
だが、ハーマイオニーは、そう口にすると、ハリー達の居るコンパートメントの方に走っていった。
汽車がどんどん速度を落としている。
窓の外の山や森が薄紫色の空の下に沈んでいた。
ホグワーツはもうすぐだ。