3話 異文化交流
「とりあえず、まずは制服だな。
そこの店で買ってこい。その間に我輩は薬問屋に行ってくる」
グリンゴッツから出ると、スネイプ先生は1つの店を指差した。看板には『マダム・マルキンンの洋裁店』と書いてある。
「確かに採寸の間は僕たちは暇だからね。
じゃあ、僕もセブルスについて薬問屋に行ってくるけど、1人で大丈夫かい、セレネ?」
「まったく。
父さんは心配性だな。私はもう11歳だって」
そう言う風に言うと、心配そうだった顔をしたクイールは、一瞬で笑顔になった。
分かりやすい人だ。
何でこの人と、少し陰気な雰囲気が漂うスネイプ先生が友達になれたのだろうか。
まぁ、考えるのは後にして、とりあえず早く制服を買ってしまおう。
「いらっしゃい、お嬢ちゃん。
ホグワーツなの?それならここで全部そろいますよ?」
中から紫色の服を纏ったずんぐりとした体型の魔女が出てきた。
たぶん、この人がマルキンという人物なのだろう。
「はい、今年入学なので制服を一揃え欲しいのですが」
「分かったわ、じゃあ今から採寸をしますわよ」
私はもう1人いた魔女に踏み台の上に立たされて、頭から長いローブを着させられて、ピンでとめ始めた。
辺りを少し見わたしたが、長いローブが置いてある以外は他の洋服店と変わりなかったので暇だった。
そうしているうちに、誰かまた客が来たようだ。
少し顔を動かして見てみると、私と同じくらいの男の子がそこにいた。
「やあ、君も今年入学するのかい?」
男の子が話しかけてきた。どうやら彼も今年入学するらしい。
「まぁそうだね」
「僕の父は隣で教科書を買ってる、母はどこかその先で杖を見ている」
「そうか。私の父さんたちは薬問屋に行くって言ってたな」
「そうなんだ。
これから僕は、2人を引っ張って競技用の箒を見に行くんだ。
1年生が自分の箒をもっちゃいけないなんて、理由が分からないね。
父を脅して一本買わせて、こっそり持ち込んでやる。
君は自分用の箒を持っているのかい?」
男の子が尋ねてきた。
持っているには持っている。掃除用の奴だが……
たぶん、掃除用とは違う『この世界の箒』について聞いているのだろう。
私は、首を小さく横に振った。
「いや」
「クィディッチはやるの?」
「………この世界の競技か?」
「知らないのか?もしかしてマグル生まれかい?」
男の子の目に『嫌悪』の色がチラつき始めた。
……つまりアレか?
生粋の魔法使いってのは非魔法族(マグル)を嫌っている…って感じかな?
白人が黒人や黄色人種を差別するみたいに、この世界にもそういう観念ってあるのかもしれない。
「マグル生まれではないよ。
ただ、両親が幼い時に死んだんだ。だからマグルに育ててもらっている」
魔法使いだったのは父親の方で、母親の方はマグルだったらしいから、私はマグル生まれではない。
すると、その眼から『嫌悪』の色が完全に消えた。
「それは大変だったね」
「そうでもないけど」
そう答えたとき、丁度採寸が終わったらしい。
私は踏み台から降りた。
「君の名前を教えてくれないかい?」
私が勘定を終えた頃、男の子がそう尋ねてきた。
「私か?『セレネ・ゴーント』だ」
「僕は『ドラコ・マルフォイ』。じゃあホグワーツで会おう。たぶんね」
少し気取った感じでそう言うマルフォイ。
あぁいうタイプは金持ちの可能性が高い。私は少し笑って手を振る。
「じゃあね、マルフォイ。ホグワーツで会えたらいいね」
そう言って外に出ると、丁度クイールとスネイプが戻ってきた。
クイールが大きな鍋を抱えている。その中を覗き込んでみると本や薬の材料らしきものなどがが入っていた。
「他の学用品も買ってきてくれたの?」
「薬問屋に行くついでにね。凄かったよ、まさに黒魔術で使いそうなものばかりで。
来年は一緒に行こうか」
クイールが好奇心いっぱいな目をしている。
私はうなずいた。コレが最後の機会じゃないのだから、来年行けばいい。
私は『必要なものリスト』をもう一回見た。
「鍋もあるし、教科書もある……薬の材料もあるし、制服の予備もある……望遠鏡は自分の奴を持っていけばいいから……
あとは杖か……そういえばスネイプ先生!ここにフクロウ・猫・ヒキガエルなら持ち込んでいいって書いてあるけど、蛇って持って行って大丈夫ですか?」
「蛇?」
スネイプ先生は眉をしかめた。
クイールがバーナードのことを知らないスネイプ先生に説明をする。
「あぁ、セレネは蛇を飼ってるんだよ。毒蛇だけど躾はいいから大人しい子だよ」
「基本はダメだな。
だが、他の生徒に対して害を及ぼさなければ構わない」
「よかった。
それで、このフクロウってどういう意味ですか?入学案内にも『フクロウ便』って書いてありましたけど…」
「魔法界ではフクロウが手紙を配達する。
そういえば、お前はフクロウをまだ持っていなかったな……」
少し考え込むスネイプ先生。クイールは興味深そうな顔をしている。
「珍しいな、ハトに手紙を持たせるなら聞いたことがあるけど、フクロウに手紙を持たせるなんて。
じゃあ、非魔法族の方法で手紙を出すとそっちにはつかないのか?」
「いや、つくことにはつくが、時間がかかりすぎる。
そうだな、入学祝いとして、我輩が買ってやろう」
なんかありえないことを言い始めたスネイプ先生。
私とクイールの眼は珍しいモノを見るような目をしていたに違いない。
「そこまで驚くことがあるか?
そもそも、そいつの名付け親は我輩だぞ?」
「へぇ…………………
嘘は泥棒の始まりですよ、先生」
「そういえば、そのことをセレネには言ったことがなかったな。
セレネが生まれたとき、すでにセレネの父さんは死んでいたし、母さんの方も虫の息だったんだ。
だから僕が考えることになったんだけど、いいのが思いつかなくてね。
で結局、当時の僕が一番話しやすかったセブルスに頼んだんだ」
そんな秘話があったのか。
まさかこの目の前の男が名付け親だったなんて、少し意外だ。
「まぁ、そういうことだ。
分かったなら行くぞ」
とはいっても、買う前に休憩としてアイスクリーム屋に寄った。
忘れているかもしれないが、今は8月1日。夏真っ盛りだ。どうも暑くてたまらない。
こんな日に真っ黒なローブを着ているスネイプ先生は、大丈夫なのだろうか?
アイスクリームで少し回復したところで、ようやく『イーロップのフクロウ百貨店』というフクロウ専門店に入った。ハッキリ言って臭い。
恐らくは鳥の糞の臭さだろう。
臭いを除くと、店中は薄暗く、宝石のように輝く目があちらこちらでパチクリさせていた。
これまでの人生で初めてこんなにフクロウを見た気がする。
「そうだな……」
私は慎重にフクロウを見ていった。
プライバシーのぎっしり詰まった手紙を運ぶフクロウなのだ。
ちゃんとしたのを買わないとまずい。
そうこうしているうちに、また客が入ってきたようだ。
「ん?スネイプ教授!!」
客は入って来るなり、大きな声で叫んだ。
フクロウたちがびっくりしてバサバサッと羽を動かす。
でも、大声を出さなくても驚いたかもしれない。
だって、入ってきた客は黒い髭モジャの大男だったのだから。
「ハグリットか。そうか……そういうことか……」
ハグリットの横をチラッと見てそう言うスネイプ先生。
私も彼の視線を辿ると
「……ハリー?」
「えっ!?まさかセレネ!!?
セレネが何でここにいるの!?」
そこにいたのは、マージョリーさんの甥のいとこで、その甥の家に居候しているやせっぽっちの眼鏡男子、ハリー・ポッターだった。
ここにいるということは、どうやら、ハリーも魔法使いだったらしい。
ありがたいことに彼のいとこ、すなわちマージョリーさんの甥っ子のダドリー、別名・豚3号は、その素質がないらしく、ホグワーツに来ることはないみたいだ。
よかった。アイツが来たら、いろいろと嫌だ。私は心の中でホッと胸をおろす。
差別をするつもりはないが、アレはいやらしい目で嘗め回すように見てくるから嫌だ。
生理的に無理というのはこういうことを言うのだろう。
ハリーは、何回かマージョリーの兄一家と一緒に、マージョリーさんの家に泊まりに来ている。
その時に出会ったのだ。
ダドリーがハリーを蹴り飛ばしているのを私が止めたのが初対面だったと思う。
「ねぇ、セレネは入学届貰ったときどう思った?
それより、なんで最近手紙くれなかったの?僕、とってもさびしかったんだから」
そういえば、昏睡状態に陥る前まで気が向いたらだったが、ハリーに手紙を出したことがあった。
ハリーが『僕には友達がいなくて手紙なんて一度も貰ったことがないんだ……』とあまりにも自虐的にいうのでイラッとしたのがキッカケだったと思う。
「悪いな。実は」
「セレネはあと何を買ってないの?僕は後杖だけなんだけど、セレネもそう?」
「ん……あぁ…そうだけど……」
「よかったら一緒に回らない?いいかな、ハグリット?」
……おいおい……
なに勝手に話を進めているんだい、君は。
しかし、私が突っ込みを入れる前に、話は進んでいく。
「おう、そうだな。いいですかい、スネイプ教授?」
「我輩は……」
「セレネの友達なら構わないよ。大人に囲まれているより、友達と一緒の方が今のセレネにはいいだろうから」
クイールまで何を言ってるのだろうか。
私の意見は無視なのかもしれない。でも、スネイプ先生は嫌そうな顔をしている。
別に、ハリーと一緒って言うのが嫌だってわけじゃない。
ただ、さっきから私の話を全く聞いてくれないから、少し嫌だった。
まぁ、あの家で抑圧された暮らしをしていたんだから、話したいのは仕方ないのかもしれないが。
「ありがとう、スネイプ先生!」
私は、フクロウが入った籠を抱えて礼を言う。
買った種類は『コキンメフクロウ』というヨーロッパからアジアにかけて生息する小柄で焦げ茶色のフクロウだ。黄色の大きなくりくりした目が特徴的で、ギリシャ神話ではアテナが飼っていたフクロウの種類がコキンメフクロウとも言われているとか。
ちなみに、ハリーは白フクロウをハグリットと名乗る人物に買ってもらっていた。
「次は杖だな。
では、我輩はこれで帰るとしよう」
スネイプがそう言うので私たちは驚いてしまった。
「どうしたんだい、セブルス?」
「我輩も暇ではないのでね、クイール。
それにこの人数ではオリバンダーの…つまり杖の店に収まらない。
では、新学期にまた会おう、セレネ。
ハグリット、また後で会おう」
そう言うとさっさと去っていくスネイプ先生。
そんなにハリーが気に入らなかったのだろうか?
「んじゃあ杖だな。杖と言ったらオリバンダーの店がイッチ番だ」
そう言うと、古めかしい店にドタドタと入っていくハグリット。
チリンっと奥の方で鈴が鳴る。
店の中はとっても狭く、椅子が1つだけ置いてあった。
壁には一面、おそらく中には杖が入っているのだろうと思われる箱がズラリっと並んでいる。
まるで図書館みたいだと直感で思った。
「いらっしゃいませ」
柔らかい声がした。
老人が近づいてくる。隣のハリーとクイールとハグリットが跳び上がった。
そこまで驚くことだっただろうか?
ハグリットの座っている椅子がバキボキっと嫌な音を立てる。
店の薄明かりの中で、大きな薄い色の目、が2つの月みたいに輝いている。
というか、さっきから思ってたんだけど、薄暗い店が多い気がするのは気のせいだろうか?
「おお、そうじゃそうじゃ
まもなくお会いできると思ってましたよ、ポッターさん」
ニッコリとハリーの方を見て笑う(たぶん)オリバンダーさん。
「お母さんと同じ目をしていなさる。あの子がここに来て、最初の杖を買っていったのがほんの昨日のことのようじゃ。あの杖は~~」
永遠とハリーの両親に関する杖の説明が続く。
この人は自分が売った杖のすべてを覚えているらしい。
それで、そのままハリーの杖選びが始まってしまった。
杖から花火のようなものが飛び出し、ハリーの杖が決まったところで、私は咳ばらいをした。
そこでようやく、私の存在に気が付いたみたいだ。
「おや、もう1人杖をお求めになるかたがいらっしゃったとは」
「いえいえ、いいんですよ」
ここで文句は言わない。
もし、言ってしまったせいで性能の悪い杖を買わされたらたまったものではない。
なにせ、一生使い続けることになるのかもしれないのだから、自分に合った杖を購入しないと。
「貴方のお名前は?」
「セレネ・ゴーントです」
「ゴーント?」
ピタリと動きを止めるオリバンダー。
私を見る目が変わる。なんか興味深いモノを見るような感じだ。
「そうか…デイヴィ・ゴーントにも春が来ていたのか」
「もしかして、父を知っているのですか?」
デイヴィ・ゴーントとは私が母親の腹の中にいた時に死んだ父親の名前だ。
オリバンダーはこっくりとうなずく。
「彼の杖もココの杖ですよ。
シイの木に不死鳥の尾羽、24㎝で少々脆い」
そう言って懐かしそうに話すオリバンダーだったが、目は私に向けられていた。
「それから、貴方の祖父君もここの杖をお持ちでした。
その頃は私も勤め始めたばかりだったのでよく覚えています。
サカキにドラゴンの心臓の琴線、頑固で33㎝もする杖でした」
「祖父も…知っているんですか?」
「それから貴方の叔父となる人物もですが、これは言わないほうが貴方のためになるでしょう」
チラリと一瞬だけ彼の目がハリーの方を見るのを私は見逃さなかった。
ハリーのどの部分を見たのかは分からなかったが。
「では、貴方の杖ですね」
こうして、ようやく私の杖選びが始まったのだが、中々合うのがないみたいだ。
何度も『難しい』と繰りかえすオリバンダー。
「では、これはどうです?
沙羅の木にセストラルの毛、29㎝」
沙羅の木?聞いたことのない樹だ。
しかもセストラルってなんだ?一角獣(ユニコーン)やドラゴンなら聞いたことがあったけど。
とりあえず、その杖を手に取ると、急に指先が暖かくなった。
思いっきり振ってみると、無数の白い花びらが現れ宙を舞って消えていった。
ハリーの時の様にクイールは目を大きく見開いていたが、ハグリットは笑って手を叩いただけだった。
ちなみに、ハリーは、やはり珍しいのだろう。夢中で手を叩いていた。
オリバンダーも夢中で手を叩いていた。
「素晴らしい!!実に不思議で素晴らしい!!!
まさか貴方の杖になるとは」
「何かいわくつきの杖なんですか?」
「この杖は元々はそちらの方の額に傷を残した魔法使いのモノになる予定だった杖なのです。
しかし、この『沙羅の木』から作られたということが気に入らなかったらしく、あの人はその杖ではなく、イチイの杖を選ばれたのです」
ハリーの額の傷って魔法使いの手によるものだったのか。自動車事故って聞いてたんだけど。
ちなみに、ハリーはなんとも言えない顔をしている。ハグリットの方は少し青い顔になっていた。
「今日はありがとう、父さん」
ハリー達と別れた後、帰りの車の中で私は父さんに礼を言った。
「礼なんて言う必要ないって。
だって、家族だろ?」
そう言うとクイールは笑った。
「それにしても、沙羅の木か」
「父さんは知ってるの?」
「東洋史には詳しいからね。
たしか、シャカという仏教の神の化身が死んだときに咲いていた花だそうだ」
縁起が悪いと一瞬思ったが、ある意味自分に合っているかもしれない。
そっと今は黒い両目に触れた。
これは私が少し念じるだけで青く染まる、『死』を知覚できる眼に早変わりするのだ。
『死』を知覚できる私にはぴったりの杖かもしれない。
それにしても、ハリーの額に傷をつけた魔法使いとは、いったい誰なのだろうか?