「嘘だろ?」
思わず口に出してしまい、慌てて誰かに聞かれていないかどうかあたりを見わたす。だが、誰も私の独り言には気が付いていないみたいだ。ホッと胸を下ろした。
私が今、受けている授業は『魔法史』の授業。ホグワーツの教師の中で唯一ゴーストのビンズ先生が教えている教科で、いつも先生が一本調子でノートを読み上げるだけで終わる授業だ。いつも5分と経たない間に、クラス全員が催眠術にかかったようにボーっとなってしまう。先生はそれすら気に留めず、淡々と講義を続けるのだ。
今も私の隣に座っているミリセントは涎を垂らして寝入っているし、さらにその向こう側に座るパンジーは窓の外をぼんやり眺めていた。基本的に真面目なノットとダフネでさえ、黒板の文字を眺めているみたいだが、目が死んでいる。本来は授業中に別のことをやっていてはいけないのだが、みんな放心状態で先生も絶対に注意してこない。先生の声をBGMとして聞き流していれば、他のことをやるには最適な時間だった。
私はもう一度、48年前の『卒業生名簿』と『生粋の貴族―魔法族家系図』を見比べるため目を落とす。
50年前前後の『卒業生名簿』の中で、『T.M.リドル』に当てはまる生徒はただ一人。『トム・マールヴォロ・リドル』しかいなかった。『トム』という名はありふれた名前だから気に止まらなかった。だが、それよりも私が気になったのは、彼のミドルネーム『マールヴォロ』という名だった。
これは、私が自分の血筋『ゴーント家』を調べてた時に出てきた私の曽祖父の名前と同じだ。『マールヴォロ』何て言う名前は、あまり聞いたことがない。私の覚え間違いかもしれないので、以前ノットに借りた『生粋の貴族―魔法族家系図』という古本で、もう一度『ゴーント』の血筋を調べ直していたところだった。
調べ直してみると、やはり私の曽祖父の名前は『マールヴォロ』。『マールヴォロ』という名はそうそういない。もしかすると『トム・マールヴォロ・リドル』という人物と、私は血縁関係なのではないだろうか?名簿に彼の所属寮は『スリザリン』と記されてあることからも、その可能性は高まる。だが、家系図には『トム』の名はどこにも記されていない。
ちなみに、私の父である『ディヴィ・ゴーント』の名は、『マールヴォロ・ゴーント』の娘の『メローピー・ゴーント』と息子の『モーフィン・ゴーント』の間に記されている。
だが、どこにも『トム・リドル』の名はない。家系図をさかのぼっても『マールヴォロ』の名は1つだけしか見つからなかった。一体この『トム・マールヴォロ・リドル』という人物は何者なのだろうか?誰だかは分からないが『マールヴォロ』と関係があるのかもしれない事から考えると、認知されない子であり、彼も私と同じ『スリザリンの継承者』だったのかもしれない。トム・リドルが在学していた時期を考えると、もしかしたら、50年前に『秘密の部屋』を開けたのはトムなのかもしれない。
だが、トムの足取りをつかむことは出来なかった。彼は卒業後『ボージン&バーンクス』という店に就職したらしいが、すぐに退職しているのだ。それから、彼がどこに行ったのか分からない。きっと、死んだか、遠い異国で妻と仲良く暮らしている可能性もある。
最近、私は少し考え直して『秘密の部屋』について調べている。
この間、さらに『偽』スリザリンの継承者のせいで、マグル出身の犠牲者が2人増えた。1人はレイブンクローの監督生、そしてもう1人は『ハーマイオニー』だった。さらに学校運営理事会で『ダンブルドア』の辞任が可決され、この危険な空気に学校がおおわれている時期に、ダンブルドアが学校を去ってしまったのだ。
『ハグリット』が『容疑者』として魔法使いの牢獄『アズカバン』に送られた。だが、まさか彼が『スリザリンの継承者』だと本気で考える人は少なかった。見た目は巨大で髭も髪もボサボサの彼は、不潔で怖いイメージがあるが、実は裏表ない人物なのだ。去年、バーナードの体調が悪くなった際に世話になった時も、ちゃんとどうすればいいか的確なアドバイスをくれた。『まさか、スリザリン生が俺んとこに来るなんて』という驚きを隠さないで。
もし彼が『マグル生まれ』を襲ったとしていたら、絶対に最後までその事実を隠し通すことが出来ないと思う。絶対に顔に出る。
事態を重くとらえた副校長も務めるマクゴナガル先生は、教室への移動の際は先生が必ず1人引率し、トイレに行く時も、必ず先生に付き添ってもらわなければならない校則を定めたのだ。友達の『ハーマイオニー』が襲われ石になったので、『秘密の部屋』について『T.M.リドル』の行方を調べることと、期末試験の勉強を両立させながら調べていた。
『ハリー』を狙っているのであろう『偽』スリザリンの継承者が、なんで『ハーマイオニー』を狙ったのかが私にはわからなかった。なぜなら、彼女が石になったことで『ポッターが、どうして親友ともいえる彼女を石にしたのだろう?』『彼はスリザリンの継承者ではないのだろうか?』という声が、ささやかれるようになっていたからだ。
これだと『ハリーに罪をなすりつける』ということが、うまくいかなくなるのではないだろうか?他に目的があるのかもしれないと、考えて『秘密の部屋』についても調べようと思ったのだった。
だが、手掛かりは『怪物はバジリスクで移動手段はパイプ』だということと『前回開かれたときに1人の生徒が死んだ』だけだ。もし、死んだ生徒が…未練を残して学校に留まっていたとするならば……
この学校で私の知る限り、生徒のゴーストは女子トイレに住まう『嘆きのマートル』しか思いつかない。彼女に話を聞きに行きたいのだが、トイレに行くときは先生についてきてもらわないといけないので、話しかけることは出来ない。
だから今は、これ以上進展するのが困難である可能性が高い『秘密の部屋』探しより、『トム・リドル』について、テスト勉強と並行させてやって調べている。
しかし、これ以上掘っても何も出てこないみたいだ。
前もって借りて置いた『監督生名簿』『主席名簿』『ホグワーツ功労賞受賞者名簿』などに名前を残す『リドル』は、どうやら優秀な生徒であったことが分かる。しかし、それ以上のことは分からなかった。
『功労賞』を受賞したとは記されてあるが、なんで受賞したかがどこにも記されていないのだ。
もしかしたら50年前という年から察するに、『秘密の部屋』について何かしたのかもしれないが……
私は時計をチラリと見る。時間は授業終了まで5分を切ったところだった。
仕方ない、今日はこれでいったん切り上げるか。そう思い、最後にもう一度だけ本に目を落とす。
そういえば、少し前にレイブンクローのシルバーが『T.M.リドルは君も知っている人』みたいなことを言っていた気がする。だが、私には思い当たる節なんてない。記憶の隅々までさがしても、『トム・マールヴォロ・リドル』なんていう不思議な名前の人物とは会ったことがないのだ。
パズルみたいに『トム・リドル』という名前を並び替えた人物に会ったことがあるのだろうか。ぼんやりとした頭に、そんな発想が浮かんできた。まさか、そんなことないだろうが、暇だし一応考えてみる。昔、読んだ『アルセーヌ・ルパン』でも、大泥棒のルパンが名前をアナグラムにして、変装してたし。本名が『トム・マールヴォロ・リドル』で、彼のペンネームを私は知っているみたいな感じなのかも。
そうして考え始めて、何十分も経過した。もうすぐ授業終了のチャイムが鳴るだろう。私は未だに名前を並び替えながら試行錯誤していた。どのスペルを入れ替えても、私の知っている名前は思い浮かばない。ノートに書かれている思いついた名前を見直したが、収穫はなさそうだ。そして思わず、ため息をついたときだ。何かのスイッチを入れたかのように、脳内を電気が走った。
≪TOM-MARVOLO-RIDDLE≫
(トム・マールヴォロ・リドル)
その下には、いくつもいくつも私が考えたアナグラムが並んでいる。私はたった今、思いついたアナグラムを一番下に走り書きした。
≪I AM LORD VOLDEMORT≫
(私はヴォルデモート卿だ)
自分で書いたその文字を見た時、脳裏に先学期末に起こった出来事が蘇ってきた。
クィレルのターバンの下に隠されていた、ギラギラと光る赤い目を持ったロウの様に白い顔。『死』から逃避し『生』に執着し続けた者の末路たる姿が。
『生徒は至急、それぞれの寮に戻りなさい。教師は全員、大至急、職員室の前まで来てください』
授業終了のチャイムの代わりに、魔法で拡大された、切羽詰った様子を隠しきれないマクゴナガル先生の声で、私を含めた全員の意識が現実に戻ってきた。
「一体何が起こったんだろう?」
魔法史の教科書をしまいながらダフネが不安そうに眉を寄せる。
「また誰かが襲われたんじゃないの。それよりも、もうすぐ魔法史のテストなのにまた寝ちゃったわ。セレネ、悪いけどノート貸して」
ミリセントが大きな欠伸をして、私の方に手を伸ばしす。
「悪い、今日はノートとってないんだ」
関係ない本と、今回の時間中全く開かなかった魔法史の教科書を鞄にしまいながら答えた。ダフネもミリセントも、ぐぅっと伸びをしていたパンジーも目を大きく見開いた。
「セレネが授業をさぼってたの!?」
「たまにはいいだろ、たまには。一回くらい聞かなくても、前後の流れで『魔法史』は分かる」
「さすがセレネ!じゃあ談話室に戻ったら前回までのノートを見せてよ。その中からテストに出そうなところを教えて欲しいんだけど?」
「たまには自力でテストに望んだらどうだ、パンジー」
と言いながらノートを取り出そうと鞄を探る。だが、ノートは鞄の中に入っていなかった。なんか最近、モノを教室に忘れることが多い。疲れているのだろうか?
「悪い、ノートを取りに戻る」
そう言ってダフネ達の反応も見ずに、私は回れ右をすると走り出した。
ノートは誰もいない教室に置き忘れてあった。それを鞄にしっかり入れると、談話室への道を急ぐ。早く談話室に戻りたいので、抜け道になっているタペストリーをめくり、道のりを短縮することにした。だが、ここで見てはいけないモノを見てしまった。
抜け道を潜り抜けた向こうの人気のない廊下の壁に、真っ赤な文字が光っていたのだ。ハロウィーンのときに書かれた文字のすぐ下に、日の光に照らされてチラチラ光る真っ赤な文字を。
≪彼女の白骨は永遠に『秘密の部屋』に横たわるであろう ジニー・ウィーズリー≫
私は記されている名前を見て、目を疑ってしまった。
『ジニー』という名は知らないが、『ウィーズリー』といえばロンと同じ名字だ。『ウィーズリー家』は『生粋の貴族―魔法族家系図』にも載っている純血の家系のはずだ。なぜ、『マグル出身者』ではなく『純血』である彼女が攫われたのだろうか。
私は軽くその場で舌打ちをした。
幸か不幸か、今私がいるところは、『嘆きのマートル』が住んでいる女子トイレのすぐそばだ。暗くて血の文字だけが赤々と光る廊下には、人っ子一人見当たらない。
私は袖の下にナイフがしまってあることを確認すると、女子トイレの中に足を踏み入れた。この先に待っている『偽スリザリンの継承者』を懲らしめたくなった。私の所有物…バジリスクを勝手に人殺しの道具に使い、『継承者』の名を地に陥れる。私は、『継承者』何ていう肩書に愛着を持っていない。だが、こうなってくると勝手に他人が穢すなというムカムカした思いが強くなってくる。
だから、少し懲らしめてこないと。
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8月30日…一部改訂