≪SIDE:ハリー≫
この数か月に起こった事件のせいで、いつにもまして人がいないホグワーツのクリスマス。その日、僕とロンとハーマイオニーは、『ポリジュース薬』の最後の仕上げに入っていた。
ポリジュース薬っていうのは、飲んでから1時間だけ、変身したい人と同じ外見になれるって薬だとハーマイオニーが教えてくれた。僕達はこれを使い、スリザリンの談話室に入ってマルフォイに、一連の事件の真相を問いただそうと考えたんだ。
どう考えても『スリザリンの継承者』はマルフォイしか考えられない。あいつは一族代々魔法族のみの家柄『純血』だって公言してるし、マグル出身のハーマイオニーのことを『穢れた血』といって馬鹿にしてるんだから。しかも、奴の父親はヴォルデモートに仕えていた闇の魔法使い『死喰い人』の筆頭格だったみたいだし、『スリザリンの継承者』はマルフォイしかいない。
最近、物凄くマルフォイの奴は不機嫌だ。理由はもちろん、ほとんど学校中の生徒が、僕を『スリザリンの継承者』扱いするからに決まってるとロンが言っていた。僕がマルフォイの悪行を横取りしていると考えているに違いない。僕としてはいい迷惑だ。なんで、みんな気が付かないんだろう…
ポリジュース薬の最後の仕上げ、変身したい相手の髪の毛を手に入れることに成功した。あとは飲むだけだ。ちなみに、僕とロンはマルフォイの子分のクラッブとゴイルに変身することになった。ハーマイオニーが計画した作戦で彼らを眠らせた後、髪の毛を調達する。
ゴイルのエキスなんて飲みたくないけど、マルフォイの口から真相を聞き出すためなら仕方ない。
ちなみに、ハーマイオニーはスリザリンの女子、ミリセント・ブルストロードという生徒の髪の毛を調達したらしい。どんな女子なのかは知らないが、大柄でブスだとロンは言っていた。
ブルストロードは今、ホグワーツにいないから『スリザリン生には“帰ってきちゃった”と言えばいい』とハーマイオニーは考えているみたいだ。
勇気を振り絞って鼻をつまんでポリジュース薬を飲む。僕は思わず両手を口に当てて吐き出しそうになった。例えるなら、煮込みすぎたキャベツっていうのだろうか。いや、もっと酷い。
余りの不味さに身体が拒否反応を示すのと並行するように、身体に変化が起こり始めた。
息がまず詰まりそうになり、身体全体がどっと溶けていく気持ち悪い感じがした。身体が少し縮み、手がみるみる間に膨れ上がっていく。ハーマイオニーがこっそり調達してきたブカブカのローブが、ピッタリになった頃、僕は完全にゴイルの容姿になったみたいだ。
「2人とも大丈夫?」
ロンがいる隣の個室から、クラッブの声が聞こえる。
「あぁ」
僕は返事をする。でも、僕の口から出たのはゴイルの唸るような低音の声だった。僕は個室から出て先に個室から出ていたクラッブの姿をしたロンと対面した。どっからどう見てもクラッブ。今目の前で起こっていることが少し信じられなかった。
それにしても、ハーマイオニーは何で出てこないんだろ?何か起きてしまったのだろうか…
心配して声をかけようとしたとき、個室の中から金きり声が聞こえてきた。
「私、行けそうにない!早く行って!1時間しか持たないのよ!!」
確かに、ハーマイオニーが言う通り…実行できる時間は少ない。とりあえず、ハーマイオニーの言う通りに僕たちはトイレから出て、スリザリンの談話室に急いだ。
でも、スリザリンの談話室ってどこなんだろう?ロンに尋ねようとしたけど、僕と同じ疑問をロンも持っていたらしい。まさか、あんな不味い薬を飲んだのに、何もしないまま終わりになってしまうのか?
クラッブの姿をしたロンがどうするかウンウン唸りながら考えていた。はっきりいって、クラッブが何か考えているそぶりをしている姿は気味悪かった。クラッブもゴイルも何か考えて行動しているところって見たことない。
「とりあえず、スリザリン生って朝食の時、いつも地下牢の入り口から出てくるよな?」
ロンはそう言って地下牢の方を指差す。僕もうなずいて、そこでスリザリン生がやってくるのを見張ることにした。
運は僕たちに向いているのかもしれない。隠れた直後に、スリザリン生のセレネ・ゴーントが本を抱えて、僕たちが隠れているところの側を通りかかったのだ。僕とロンは互いに目で合図をすると、セレネの方に歩いていった。
セレネは僕たちに気が付いたみたいだ。重そうな本を抱えたまま、僕たちの方を向く。
「おい、クラッブとゴイル。さっきドラコが探してたぞ。なにか見せたいものがあるんだって」
「見せたいもの?」
僕は、顔をしかめた。セレネが不快な表情を浮かべたままコクリとうなずく。
「私も見させてもらったが、面白いものではないな」
顔をしかめたまま歩き出すセレネ。そして吐き捨てる様に呟いた。
「むしろ、不愉快だな」
すたすたと歩き去ろうとするセレネを、僕とロンは慌てて追いかけた。
「談話室に戻るの?」
「当たり前だろ?図書室から本を借りるという目的を、果たしたんだからな」
セレネは『何をいまさら』とでもいうような表情を浮かべる。そして、その表情のまま地下牢の方へ歩き出した。僕たちも彼女についていく。
そういえば、セレネと話したのは久しぶりな気がする。何時以来だろう?もしかして、今学期に入ってから初めて会話を交わしたかもしれない。
セレネは僕の初めての友達だ。ダドリーに苛められたとき助けてくれたし、スリザリン生なのにマグル生まれのハーマイオニーや出来そこないのネビルを軽蔑しないし、ハーマイオニーに匹敵するくらい頭がいいし…
でも、ロンは『気をつけろ』と忠告してくる。『アイツは何を考えているか分からない。いつも無表情だ。マルフォイじゃなかったら、あいつが“スリザリンの継承者”だ』と。僕は考え過ぎだと思うんだけど…
そんなことを考えていると、けだるそうに、湿ったむき出しの石が並ぶ壁に向かって、何かセレネは呟いていた。何をしているんだろう、と思ったが、次の瞬間壁に隠された石の扉が、スルスルと開いた。
どうやら、合言葉をつぶやいていたみたいだ。
その中に広がっていたのは、細長い談話室。粗く削られた石壁の、どことなく陰湿な感じの談話室だ。
ちなみに、グリフィンドールの談話室は深紅で統一されている部屋で、暖炉がいつも元気よく燃え上っている。スリザリンの談話室も暖炉はついているけど、陰湿な感じが充満している。作りは壁に立派な彫りが施されていて、金がかかっているのはわかるけど……何か全体的に冷たい感じがした。
こんな所ではくつろげない…
「ドラコ、まだその新聞を読んでいるのか?」
ため息をつくセレネ。彼女の視線の先には、深緑のソファの上に腰を掛けて日刊預言者新聞を、ふんぞり返って読んでいるマルフォイの姿があった。
「なんでだ?笑えるじゃないか?」
そういって僕たちの鼻先に新聞を突き付けるマルフォイ。僕は、それを急いで読む。
思わず新聞を握りしめそうになる衝動に駆られたが、なんとか無理に笑ってみせロンに渡した。
だって、その新聞には……
ロンのパパが、マグルの車に魔法をかけたせいで金貨50ガリオンの罰金を支払わされたことが書かれてある記事だったから。
「どうだ?おかしいだろう?」
マルフォイの問いかけに、僕は、ワンテンポ遅れて、沈んだ声で笑った。
「アーサー・ウィーズリーはあれほどマグルびいきなんだから、杖を真っ二つにへし折ってマグルの仲間に入ればいいのに」
マルフォイが蔑むように言う。『ロンのパパを馬鹿にするな!!』と叫んで殴り掛かりたかったが、そうしたら今までの計画が全て水の泡になってしまう。僕は何とか残った理性を総動員させて、我を保っていた。怒りで顔が歪んでいくのが自分でもわかる。隣に腰を掛けているロンの顔は、異常なほど怒りで赤く染まっていて、ぷるぷると震えていた。
「ドラコ、マグルの仲間になればいいのにとか口にしない方がいい。なんでそこまでマグルを嫌うのかが私にはわからない。だが、魔法使いは、マグルと結婚してなかったらとっくに全滅しているぞ」
そう言うセレネは、少し怒っているようにも見えた。
それにしても、純血主義ではないなんて、スリザリン生には珍しい発想だ。なんで、セレネはスリザリンなんかに入ったんだろう。組み分け帽子がボケたのだろうか?彼女こそ、グリフィンドールやレイブンクローにふさわしいのに…。
セレネの発言は、いつものことなんだろう。マルフォイも呆れた感じでセレネに答えていた。
「何度も言っているだろ?マグルは穢れた者なんだって。僕たち魔法使いの高貴さを理解できない愚か者なんだ」
「私の父さんは、愚か者じゃなかったけどな。むしろ人格者だ」
「でも、君の方が君の育ての親よりずっと…比べものにならないくらい高貴な出自じゃないか。もう少し、君の出自を意識して行動したらどうだ?」
セレネは、マルフォイを睨んだ。滅多なことで怒らないセレネが、怒っている。僕に対して言われている事ではないのに、血の気がサァッと引いてしまった。
「私の出自のことは軽々と口にしないで貰いたい」
セレネは、バンッと大きな音を立ててテーブルの上に借りてきた本を叩きつけた。その古びた本の表紙には、はげかけた文字で『“純血”魔法使いの出身地集』と書かれてあった。
その音と剣幕に怯えた表情を見せるマルフォイ。いつもの僕なら、マルフォイを笑い飛ばしたくなるだろう。だけど…いまは、そんな気分じゃなかった。
セレネが叩きつけた本の題名は『純血』に関する本。
先程まで、純血主義を否定していたはずなのに、これじゃあ滅茶苦茶だ。その矛盾にセレネは気が付いていないのだろうか?
「なんでその本を借りたんだい?」
僕は真相を確かめたくて、セレネに尋ねる。セレネは少し眉間にしわを寄せて僕を見た。
「ゴーントの家がどこにあったか調べるためだ。珍しいな、ゴイルが私に質問するなんて……」
「気になったから聞いただけだ」
僕は、慌てずに言い返す。セレネは少し訝しげに僕とロンを見ていたが、興味を亡くしたように本をペラペラめくり始めた。
ゴーントって有名な一族なのだろうか?マルフォイが『高貴』って言うくらいなんだから、『マルフォイ家』と並ぶかそれ以上の魔法使いの純血の家系なんだろうけど。
僕がそう考えていると、ロンがハッとした表情を浮かべた。そして、何かにせかされるように口を開く。
「セレネ、君が『スリザリンの継承者』なのかい?」
恐る恐る僕が聞く。すると、セレネはジロッとイラついた目をロンに向けてきた。
「あのなぁ…そういった噂は本気にしないで欲しいと何回言ったら分かるんだ?」
「だが、『継承者』というのは事実だろ?」
マルフォイが新聞を畳みながら話す。チラリっと隣に座るロンの方を見ると、いつになくポカン…っと口を開けていて、いつもより間抜けそうなクラッブの顔がそこにあった。セレネは小さなため息をついた。
「…まぁな。この間調べてみたらそうだったし。
だがな、今回の事件は私とは何の関係もない。そもそもだ、その事実を知ったのはつい3日前だ。ジャスティンとゴーストが襲われた後だぞ?」
セレネが嘘を言っているようには見えなかった。心のどこかで安心した僕だったが、隣のロンはそうでもなかったみたいだ。警戒するように少しセレネから距離をとっている。
「…それから…私はこの事件には、今のところ…かかわらないつもりだ」
そう言うと、パラパラと無気力な感じで本をめくるゴーント。それを聞いたマルフォイもロンも驚いた顔をしている。きっと、僕も同じような表情を浮かべているのかもしれない。でも…どうして…?
「珍しいな。君のことだから、すぐに『偽物』を探し出そうとすると思ったんだが」
「…今回の事件の狙いが、前にドラコが教えてくれた『マグル殺し』だったら積極的に調べていたと思うがな。マグル出身者の犠牲者が出る前に動く事をしただろう。私も『マグルに育てられた』ということで狙われる危険性があるから。だが…『偽物』の目的は違う」
「違う?」
僕は思わず身を乗り出すようにして聞いた。セレネは本から顔を上げないで、面倒そうに口を開く。
「本当にマグルを殺したいのであれば、とっとと前回『部屋』が開かれた50年前の様に殺せばいい。
だが、今回は殺そうと思って動いた形跡がない。それに、狙われた面々から考える限り…偏りがありすぎる」
「偏り?」
「管理人のフィルチとハリーが言い争いをした次の日に、フィルチの飼い猫が襲われた。
クリービーが嫌がるハリーに構わず写真を撮り続けたその日の夜に、クリービーは襲われた。
決闘クラブでジャスティンとハリーが、いざこざを起こした次の日に、ジャスティンは襲われた」
「つまり、君はハリー・ポッターが『偽継承者』だと?」
ロンが口を挟む。どことなく『こいつ馬鹿じゃないか?』と言っているみたいにも聞こえた。僕は胃が落ち込むような気がした。まさか、セレネまで僕を『継承者』だと考えていたなんて…
だけど、セレネは相変わらず本に目を落としたままだ。
「まさか。私が言いたいのは、ハリーが狙われているってことだ。その『偽物』にな」
パラリッと音を立ててページをめくるゴーント。
「恐らく、ハリーに関係した……奴の言葉を借りれば……『継承者の敵』を狙って襲っている。
そうすることで、ハリーを『継承者』に仕立て上げようとしているんじゃないか?そして、最後には、おそらく学期末辺りにハリーを襲って殺し、事件は永久に闇の中というシナリオだ。
もし、狙われているのがハリーじゃなくて他の誰か。たとえば、アンタ達だったりしたら、他の先生に伝えたりして保護対策を取ってもらうと思う。
でも、狙われているのはハリーだ。そうとなれば話は変わる。
ダンブルドア先生は彼に特別目をかけている。ハリーが狙われているということは、すでに気が付いているはずだ。きっと本人が知らない間に保護対策を施されている可能性がかなり高い」
パタンっと本を閉じて欠伸をするゴーント。
その時、つんつんっとロンがつついてきた。
みるとクラッブの髪が、どんどんロンそっくりの燃えるような赤髪に変わっていくところだったのだ。そう言われてみれば、今来ているぴったりだった服が、だんだんブカブカに戻ってきている気がする。
僕たちは打ち合わせ通りに、そろって腹を押さえると
「「胃薬が必要だ」」と叫んで一目散で、マルフォイとセレネに背を向け、ハーマイオニーが待つトイレへと駆け戻った。
どんどんブカブカになっていくローブを、たくし上げながら廊下を全力疾走する。ドタバタと階段を駆けのぼり、やっとの思いでいつも作業をしていたトイレに転がり込んだ。
僕は、ゼィゼィ…っと荒い呼吸を繰り返しながら、もうすっかり元に戻ったロンに話しかけられた。
「まぁ、全くの時間の無駄にはならなかったよな」
「うん…」
僕は少し落ち込んでいた。真犯人は分からなかったけど、セレネがスリザリンの『真』の継承者で、『偽』の継承者に僕が狙われているなんて…信じることが出来なかった。
そんな僕を励ますように、肩をロンは叩いてくれた。
「まさか、『スリザリンの継承者』は『セレネ・ゴーント』で、でも今回の騒ぎはハリーを嵌めようとしている『偽物』の仕業だったなんて。
でも『スリザリン生』のいうことなんてアテにならないよな。アイツが見栄を張るために嘘をついていたかもしれないし。しかも、しゃべり方がなんか変にクールぶっていたし。
まぁ、もし本当だったとしたら嵌められない様に気を付ければいいだろ?それに、ゴーントの話だとダンブルドアが、たぶん保護対策をハリーにしているって言ってたし。
ハリーは心配しないで今まで通り生活していいと思う」
「うん…そうだね」
僕は、ポツリとつぶやいた。
ロンは、「とりあえずさっきの驚くべき結果を報告しよう」と言うと、少し弾んだ様子でハーマイオニーがいる個室の戸をだんだんっと叩いた。
「帰って!」
「どうしたんだい?まだブルストロードの鼻でもつけてるのか?」
ロンが冗談交じりでそう言う。だが、彼女に反応がない。
「僕たちは君に話さないといけないことが山ほどあるんだ!」
ギィィッ……っとハーマイオニーが入っているトイレの個室の扉が開いた。すると、トイレに住み着いているゴースト『嘆きのマートル』が物凄くうれしそうにしている。
僕とロンはなんと声をかければいいのか分からなかった。思わず僕は後ろの手洗い台にはまりそうになってしまうほど驚いてしまった。
「あれ、ね…ネコの毛だったの!ミ、ミリセント・ブルストロードは猫を飼っていたに、ち、違いないわ!それに、このせ、煎じ薬は動物変身には使っちゃいけないの!」
泣きわめくハーマイオニーの顔は黒い毛で覆われ、目は鋭い黄色に変わっていたし、髪の毛の中からどう見ても三角耳が突き出していた。
この後、ハーマイオニーをかばうような感じで、僕たちは保健室に行ったのであった。