「ねぇ、本当に大丈夫?
なんか去年みたいにだんだん表情が怖くなってきてるし、目にクマが出来てるし」
出来たてのオニオンスープを啜っている時、隣に腰を掛けていたダフネが心配そうに尋ねてきた。
「ちょっと本当にマダム・ポンプリーの所に行った方がいいんじゃない?顔色が本当にやばいよ?せっかくのハロウィーンなのに」
いつもは他人の体調のことなんて気にしないミリセントも私の顔を心配そうに見てきた。パンジーもベーコンを飲み込むと、私の方を見てくる。
「まだテストなんて当分先よ。それなのにクマを作るなんて。一体何かあったの?」
パンジーも他人のことを滅多に心配しない(ドラコは例外だが)のに、私の方を心配そうに見てくる。そこまでひどい顔をしているのだろうか?私は、3人を心配させないように無理に笑った。
「大丈夫。気になった本が何冊かあってね。少し夜中まで読みすぎてただけだ」
「本?」
「そう。父さんが誕生日にくれた本で、アーサー王の円卓の騎士、ランスロットの生涯を書いた本と、日漫画なのだが、医師の話だ。」
「ドクター?」
ダフネが首をかしげている。ミリセントは『何それ?』というような表情を浮かべている。まさか、魔法界には病気を治す人がいないのだろうか?パンジーが眉をしかめて私を見てきた。
「ドクターって人を切り刻むマグルの変人でしょ?」
「切り刻むって…。まぁ、確かに主人公は外科医だが、変人というわけではない。その人の症状から、どこの臓器が悪いのか判断して、それから切ってその臓器を治療するから、切り刻むという言い方は違うと思う」
「でも、切るんでしょ?その、人の身体を」
「切らないと手術が出来ないだろ?」
「でも、死なないの?お腹を切るんだよ?」
「痛いって問題じゃないわよ?痛みで逆に死んじゃうわ!」
若干震え気味の青ざめた顔のダフネ。ミリセントも少し青ざめている。どうやら、魔法界には『外科』という概念がないらしい。きっと杖を振ったり、魔法薬で治してしまうのだろう。
「しっかり麻酔、つまり感覚を薬で眠らせてから手術を開始するから、痛みは感じない。それに、しっかり切った後は元通りに縫うから何も問題はない」
「でも、本当に大丈夫なの?」
「痕とか残らないの?完璧に元通りになるの?」
「心の病の場合はどうするのよ?心臓を切るの?」
3人が『あれはどうだ?』『これはどうだ?』と次々に医師についての質問を投げかけてくる。あまり食事中にふさわしい話とは言い難い内容だったが、私は少しホッとしていた。
体調が悪そうに見える原因である2つを、誰にも話したくなかった。
原因の1つは、私の眼に宿る『魔眼』が見せる『死の線』だ。城内に満ち溢れている『魔法』の『死』。相当気を強くしていないと、気がおかしくなってしまいそうなのだ。去年は何とか耐えられたが、これがあと5年以上も続くとなると、正直、退学したい気分になってくる。
だが、こちらの理由より2つ目の理由の方が深刻だ。
その問題の2つ目とは寝不足だ。最近、夜になると妙な声が聞こえるのだ。『八つ裂きにしてやる』だの『殺してやる』だの。なるべく無視するようにしているのだが、なにしろ聞こえる時は夜中に聞こえるので、目が覚めてしまう。八つ裂きにしてやりたいくらい私を殺したいのならば、正々堂々姿を現せばいいのに、目を覚ましてすぐに辺りを見わたすのだが、まったく姿が見当たらない。
しかも、この声は他の人には聞こえないらしい。声を耳にして飛び起きても、同室のダフネ達はすやすやと眠っているのだ。ミリセントのペットの猫も、主人のベットの上で寝息を立てている。
唯一の例外は、蛇のバーナードだ。ケージに入っているバーナードは何か知っているようなそぶりをしているが、何も教えてくれない。
『不審な姿は見ていない』
というだけで、他には何も答えないのだ。絶対に何かを隠している。このあいだ、もう少し問い詰めてみたところ、『畏れ多くて名前が言えない』と言われた。
蛇であるバーナードが畏怖する存在とはいったい何者なのだろう?それ以前に、私とバーナードだけに聞こえる声とはいったい何だろうか?
結局、理由が分からないままこの日も夕方を迎えた。
妙にウキウキしているダフネ達。
考えてみると、去年はハロウィーンの夕食に参加することができなかったのだ、パンジーの悪戯のせいで。
ちなみに、今年もパンジーがニヤニヤした顔で『Trick or treat』と言われた。だが、何度も同じミスをする私ではない。
グリフィンドールの双子、フレッドとジョージに調達してもらった『百味ビーンズ』を持っていたので、それを渡して悪戯を回避できた。パンジーは悔しそうに顔をゆがめていたが、また去年と同じ目にあったらたまったものではない。
もっとも、トロールと遭遇するとは思えないが。
初めて参加したホグワーツのハロウィーンの夕食は、新入生歓迎会とも学期末パーティーとも違う豪華さだった。
巨大なかぼちゃ型の提灯がいくつも宙に浮かび、生きたコウモリがとんでいる。
テーブルには、野菜がないことが気になった。だが、ハロウィーンらしく、手の込んだ豪華な菓子がずらりとテーブルの上に並んでいた。
「別に私を嵌められなかったからって、そんなに落ち込まなくてもいいんじゃないか?」
どことなくご機嫌斜めのパンジーに言うと、パンジーは不快そうに首を横に振った。心なしか、パンジーのフォークを握る手に力が入ったように見えた。
「セレネさぁ、あんたは、ゴーントの一族なんでしょ?もう少し付き合う人間を考えたらどう?ハーマイオニー・グレンジャーみたいな汚れたマグルと付き合ってたら、人間が汚れるわ」
「パンジー、何度も行ったと思うが、付き合う人間は私が決める。アンタはハーマイオニーがマグル生まれだから軽視しているのだと思うけど、彼女はそこそこに出来た人だ。頭の回転は速いし、思考能力も応用力もある。人の心も分かってくれる。
唯一の欠点は、完璧主義のところと、ロックハートに熱を上げていることくらいだ」
何事も完璧にこなそうとするのは悪いことではないと思うが、50回に1回の割合で損をすることになると思う。世の中には完璧にならない事なんて沢山あるのだから。それから、ロックハートに熱を上げているところが欠点だと思う。
汽車の中で彼の魅力について延々と話されたことは今でも思い出すと憂鬱な気分になる。
授業を受ける前からあまり好きになれない先生だとは思っていたが、実際に授業を受けてみて、そして終わった後に『わざと手を出さなかった』と言われてからは、完全に『嫌い』の分類にカテゴリーされていた。
もし自主性をみたかったとしても、他にも方法があるだろうに、あれだと放任だ。絶対に自分で何とかできると驕っていたに違いない。
「そういえば、なんだ?ゴーントの一族って有名だったのか?」
ずっと前にノットが『あとで”魔法使いの家系図”を調べろ』と言っていた気がする。夏休みが明けて急に言われるようになったことを考えると、どうやら『ゴーント』という名字は親たちに馴染みのある名前なのかもしれない。
「私もドラコに聞いただけだから、よく知らないけど…有名な一族みたいよ。後で調べてみたら?
それよりも、ポッターのことどう思う?」
「ハリーか?」
私は一旦食べる手を止めた。宙に浮かぶカボチャ型提灯を眺めながら口を開く。
「気が付いたらいつも目立っている人」
ハリーはいつも目立っている。
ハリーが言うには、ダドリーに虐められていたせいで、ある意味、彼の通っていたマグルの学校内で有名だったらしい。それに、帝王(ヴォルデモート)を(ハリーにその時の記憶はないけど)倒したということで魔法界では有名、というより英雄扱いだ。
先学期はクィディッチという魔法のスポーツに規則を曲げて参戦し、大活躍していた。
それから、いまだに納得できないが、滑り込みの60点を校長先生から貰い、グリフィンドールの優勝に貢献している。
それに噂では、サイン入りの写真をくばっているのだとか……
まぁ、サインの話は直接見たことがないので嘘(デマ)だと思う。
今も教職員テーブルで、苦々しい顔をしているスプラウト先生に対し、何やら得意げに話しているロックハートならしそうなことだけど、ハリーはそういうことはしないと思う。
それに、彼は目立ちたくて目立っているのでは、(たぶん)ないと思うが、まぁ、嘘でもそのような話がまことしやかに流れるということは、ハリーがそれだけ目立っているということをあらわしていると思う。
「たしかに目立っているわね、ポッターは。
でも、次のクィディッチの試合では『負け犬』として有名になるはずよ!
なんたって、愛しのドラコがスリザリンのシーカーになった上に、チーム全員の箒は最新型のニンバス2001になったんだから!」
あぁ、またその話か。
私は遠い眼をしてしまったが、顔を赤らめて話しはじめるパンジーは気が付いていないだろう。
実は、今学期からドラコがクィディッチのスリザリンチームに、ハリーと同じシーカーというポジションで入ったのだった。ドラコは1年生の時から、ずっとクィディッチのチームに入りたくて仕方なかったのを知っている。実際に初心者の私から見ても、飛び方がそこそこに上手いように見えた。
それなのに、規則があるので入隊できない。だから、規則をまげて1年生なのにチームに入れたハリーがずっと羨ましかったのだ。余程、チームに入れたことが嬉しかったのだろう。口を開けば必ず、自分がチームに入ったことを言うのだ。
そのことを、パンジーもドラコと同じように物凄く喜んでいて、口を開けば『ドラコがチームに入った』というのだった。
「セレネはドラコの初陣に来るよな?」
「初陣か。まぁ行く。他にすることなさそうだしな。気を抜かないで最期までプレイするといいな」
「言われなくても分かってると思うわ!」
少しムスっとしたパンジーだったが、どことなく嬉しそうな雰囲気だった。
校長先生のお開きの合図とともに、他のスリザリン生に交じって談話室に戻るための通路を進む。
久しぶりにバランスの悪い食事をしてしまったが、たまにはいいだろう。山のように豪華で高級そうな菓子を食べて、少し幸せだった。
「今年はトロールが来なくてよかった」
お腹いっぱいになったダフネが、幸せそうな顔をしてそうつぶやく。
「トロールが来ても、ロックハート様がいるから大丈夫よ、ダフネ」
ミリセントが恍惚とした顔をしていう。ダフネもうんうんっとうなずいている。ちなみにパンジーは、斜め後ろを歩くドラコが話すクィディッチの話に聞きほれていた。
『血のにおいがする……血の臭いがするぞ!』
「はっ!?」
私は思わずあたりをキョロキョロと見わたしてしまった。どこからか、いつもは夜中に聞こえる声が耳に入ってきた。ざわざわペチャクチャうるさい人ごみにいるのに、はっきりと聞き取れるとは一体どういうことだろう。
「どうしたんだ?」
隣を歩いていたノットが周囲を見わたす私が気になったのだろう。話した方がいいのだろうか?いや、誰にも聞こえない声が聞こえたのだ。きっと頭がおかしいと思われるにちがいない。
言おうか言わない方がいいのか、どちらにしようか迷っている時だった。
ピタリと騒がしかった楽しげなざわめきが、止まった。しんっと静まり返る廊下。
ドラコが、私やノット…そして他の人たちを押しのけて前に出ようとしていた。
一体何が起きているのか、普段の私なら面倒なことに巻き込まれない様にじっとしているのが常だったが、もしかしたら先程聞こえた妙な声に関係しているのかもしれないと思うと、前で何が起こっているのか気になって仕方がなかった。周囲の人に軽く頭を下げながら人垣を押しのけて最前列に出る。
何かに突き動かされるように最前列に出ると、禍禍しい文字が眼に入った。
その文字は、壁に何かが書かれて光っていた。高さ30センチほどのところに血を思わすような真紅のペンキで書かれた文字は、松明に照らされてチラチラと光っている。
≪秘密の部屋は開かれたり 継承者の敵よ、気をつけよ≫
そう書いてある下には水たまりが広がっていた。そこに管理人のフィルチの飼い猫…ミセス・ノリスが松明の腕木に尻尾を絡ませるようにしてぶら下がっているのだ。
その先には、ハーマイオニー・ハリー・ロンの3人の姿が視えた。彼ら自身も驚いたのだろう。状況が理解できないらしく、真っ青な顔をしていた。
「継承者の敵は気をつけろ!次はお前たちの番だぞ、『穢れた血』め!」
静けさを破るように叫ぶドラコ。
一体何が起こっているだろうか?『秘密の部屋』とは何か?ドラコが言った『穢れた血』とはどういう意味か……
なぜ、ミセス・ノリスは硬直しているのだろうか?
疑問が次から次へと湧き出てくる。先程までの少し幸せな気分が吹き飛ばされた。
大きな嵐が来る、そんな予感がした。