「凄いな。まさか壁をすり抜けられるなんて」
クイールが今しがたすり抜けた壁をマジマジと見ている。去年の9月1日は用事があって私を見送りに来れなかった彼だが、今日は切羽詰った予定がないので見送りに来てくれたのだ。
「それにしても、本当に汽車で学校に行くんだな」
初めてダイアゴン横丁を訪れた時の様に目をキラキラさせて紅色の汽車を眺めるクイール。私達は、煤けた蒸気をプラットホームに吐き出しているホグワーツ特急の横を、カートを押しながら歩いていく。外から中の様子を見て比較的すいている車両を見つけると、一旦クイールと別れ空いているコンパートメントを捜しに行く。
まだ発車時間より少し早いからだろうか。誰もいないコンパートメントはあっさり見つかった。重たいトランクを引きずるようにしてコンパートメントの中に入れると、その上に蛇のバーナードとフクロウのアクベンスが入ったケージを置いておく。
これで、誰かが私のトランクを荒らそうとしても、バーナードたちが何とかしてくれるはずだ。仮にバーナードたちが何もできなかったとしても、バーナードが後で何かあったか教えてくれると思う。盗難の心配はなく、安心してクイールの所へ走って戻ろうとした。
が
少し混んでいたせいだと思う。ドンっと音を立てて誰かとぶつかってしまったのだ。
「すみません」
「大丈夫だよ」
その子は少し変わった感じの子だった。濁り色のブロンドの髪をした子で、なにかを拾おうとしている。
彼女の視線を辿ってみると、そこには1冊の雑誌が落ちていた。何人もの人に踏まれたらしく、靴の痕がいくつもついていて、あまり触れたくない雰囲気を醸し出していた。
それでも少女は雑誌の表紙を軽くポンポンと叩くと大切そうに抱えた。もしかしたら、私とぶつかった拍子に落としてしまったのかもしれない。
「もしかして、ぶつかった時に落としたのか?」
「そうだよ。でも、気にしないで。たぶんラックスパートにやられてたんだと思うから」
「ラックスパート?」
何かの魔法生物だろうか?だが聞き覚えがない。いったいどんな生物だろうか。私が眉をしかめていると、少女はやや得意そうな感じで話してくれた。
「ラックスパートは人の眼には見えないの。そのあたりにふわふわって浮いていて、人の頭にはいってボンヤリさせちゃうんだ」
「へ、へぇ、そうか」
やっぱり聞いたことのない生物だ。そんな不思議な生物がいたとするなら、忘れないと思うのだが。とにかく、後で調べてみよう。私は少女と別れるとクイールの所へ急いだ。
クイールは先程と変わらない場所で、辺りを興味深そうに見わたしている。どうやら私には気が付いてないみたいだ。私が彼に近づこうと小走りで駆けだした時。
「久しぶりだな、ゴーント」
少し偉そうな声が耳に入った。振り返ると、そこにいたのは同級生で同じスリザリン寮のセオドール・ノットだった。もうすでに、しっかりと学校のローブを着ている。
「なんだ、ノットか」
「何だとはなんだ。久しぶりに会ったというのにその反応は」
ピキピキっと額に筋をたてるノット。気のせいかもしれないが、彼のローブは1年使ったというのに真新しい感じがした。もしかしたら買い直したのかもしれない。もともとノットの方が背が私より少し高かったが、今では頭一つ分ほど、ノットの方が高かった。
「このタイミングで話しかけてくる人は、これまでの経験から考えてると、ハリーかと思った」
「ハリー?グリフィンドールのポッターのことか?」
「他にハリーといったら誰がいると思ってるんだ?」
「3つ上の学年に『ハリー・ギボン』という奴がいるぞ、レイブンクローに。それから今年入学してくる奴に『ハリー・キャンティ』という奴がいるらしい」
「誰だよ?」
私が眉間にしわを寄せると、呆れたようにため息をつくノット。腕組みをして私を軽く睨んできた。
「お前がハリー・ポッターと仲良くするのは良くないことだ。お前はスリザリン生だろ?しかも俺の父上が言うには」
「セオドール!」
少ししわがれた、だがハッキリ通る声がノットの言葉を遮った。声のした方向を見ると、そこにいたのは厳格そうな顔をした老齢の男だった。いかにも魔法使いという感じの漆黒のローブを見にまとっている。しっかりとした足取りで私達の方へと歩いてきた。
「まったく、こんな誰が聞いているか分からんところでベラベラしゃべるでない!」
「すみません、父上」
ノットが老年の魔法使いに頭を下げた。『父上』と言っているところから察するに、ノットの父親なのだろう。
「ノット、セオドールのお父様ですか?」
「まぁそう言うものです。貴方がミス・ゴーントかね?」
興味深そうな目でジロジロと私を見てくるノットの父親。穏やかな口調だったが、どこか畏怖の色が含まれていたのは気のせいだろうか?
「はい、セレネ・ゴーントと申します」
「そうですか、そうですか。倅(せがれ)が世話になっています」
急にノットの父親が軽く頭を下げてきた。本当に軽く下げたので、辺りの人はそのことに気が付いていないようだ。
「いや、こちらこそ世話になっています」
こちらも軽く頭を下げると、少しノットの父親はたじろいた。まさか頭を下げられるなんて、という顔をしているノットの父親。なぜそんなに驚いた顔をするのか分からない……まさか……
「おい、ノット。もしかしてお前、私がスリザリンの末裔だとかなんとか言う、ふざけた噂を話したんじゃないんだろうな?」
ボソッと、ノット父の親には聞こえないくらいの声で隣にいるノットに話しかけた。ノットはしかめっ面のまま口を開いた。
「俺はその噂を口にしてない」
「なら、なんでアンタの父さんは私にあんな態度を取ってるんだ?」
「それはだな……」
「セレネの友達かい?」
ノットが話そうとしたとき、クイールが微笑を浮かべて近づいてくる。まずい。ノットはマグルを認めない主義、純血主義だ。ノット自身が純血主義なら、ノットの父親も純血主義だろう。クイールにひどいことを言いそうな気がした。
「まぁ、友達と言ったら友達だな。セオドール・ノットっていう同僚の男子だ」
「そうか、セオドール君か。それで、こちらの方が彼のお父さんだね?セレネがいつもお世話になってます。僕はセレネの養父(ちちおや)のクイール・ホワイトと申します」
ノットの父親より、少しだけ深いお辞儀をするクイール。クイールがマグルだと知っているノットは不快そうに目を細めたのだが、ノットの父親はクイールがマグルだと知らなかったのかもしれない。お辞儀をされて少し得意そうな感じだった。
「クイールさんですか。いやはやこちらこそ倅が世話になっております。
まさかホワイト家の人だったとは。ホワイト家ということは、レイブンクロー出身ですか?」
ノットの父親は、どうやらクイールを魔法使いだと勘違いしているらしい。
それにしても、ホワイト家という魔法使いの家柄があったとは。生粋のマグルであるクイールは苦笑いをした。
「あぁ……いえ、実は僕は一度もホグワーツに行ったことがないんです。そちらの言葉でいうと…マグルですから」
「なんと!」
これ以上ないというくらい目を丸くさせるノットの父親。
「いやはや……まさかゴーントの血をひくものがマグルに育てられるとは……
そういえば、あのお方もマグルに育てられたと聞いたしな。これは運命なのか?」
なにかよく分からないが、眼に怪しげな光を浮かべながらうんうんとうなずいている。クイールも私も何のことだかわからなかった。ノットは何のことだか察しがついたらしく、納得した顔をしていた。
隣にいるノットに先程と同じ音量の声で尋ねてみることにする。
「おい、どういう意味だ?」
「お前もいずれわかる」
「分かるって、どういうことだ?」
「さぁな。ちょっと『魔法使いの血筋』を調べれば分かる。さっさと新学期になったら図書室に行って調べて来い」
「調べて来いって、命令口調かよ。
まどろっこしいこと言わないで、さっさと教えr」
『ホグワーツ特急~ホグワーツ特急~あと5分で発車いたします』
ホームにアナウンスが流れた。まさかもうそんなに時間がたっていたとは。クイールが私の肩をポンッと叩く。
「そろそろ汽車に戻った方がいいんじゃないかい?」
「あ、そうだな、父さん」
「元気でやるんだぞ。何かあったらすぐにアクベンスを飛ばすんだ」
「それ、去年も聞いた。何かあったらすぐにスネイプ先生に言うか、父さんに連絡するから大丈夫だ」
そう言って私はクイールに少し笑いかけた。クイールは安心したような顔をするが、ちらりとノットの方を見てからまた私の方に笑いかけた。
「いいかい、セレネ。なんどもいうけど男は狼なんだぞ。男関係で何かあったら『すぐに』僕に連絡するんだぞ」
「分かってるけど、なんで今ノットの方を見たんだ?しかもほんの少し殺気を感じたような…」
「気のせいだ。早く行ってきなさい、セレネ」
顔は笑っているのに眼が全然笑っていないクイール。こういう時に質問するとろくなことがない。私は曖昧に笑うとクイールに背を向けた。
「じゃあ行ってくるな、父さん。先に行くぞ、ノット」
トランクをまだ持ったままのノットを置いて、さっさと先程とって置いた席に戻るセレネ。だが、誰もいなかったはずのコンパートメントには、すでに他の人物がいた。
「ほら、ネビル!蛇(バーナード)がいるから、ここはセレネのいるコンパートメントだと言ったとおりでしょ?」
「本当にハーマイオニーの言うとおりだね!
あの、セレネ、他に空いてないんだ。一緒に座ってもいい?」
そこにいたのはハーマイオニーとネビルだった。先程のノットとは違い、2人とも最後にあった時とあまり変わっていない。それはさておき、本当は1人でのんびりと汽車の旅を楽しみたかったのだが、そこそこに仲のよい2人を追い出すことは気が引ける。私は小さなため息をついた。
「まぁいいけど、またカエルを逃がすなよ、ネビル」
「大丈夫だよ、しっかり握ってるから」
両手にしっかりヒキガエルを握りしめているネビル。ちなみにハーマイオニーはギルデロイ・ロックハートが書いた本……『グールお化けとクールな散策』を後生大事に抱えていた。
「てっきりハーマイオニーはハリーや赤毛の子と一緒にいると思った」
私は席に腰を下ろすと、ふと感じたことを話した。ハーマイオニーの顔が曇った。
「それが、私も探したんだけれど見つからないのよ。
ハリーはあの後、無事に助け出されてロンの家に泊まってるから……たぶん一緒にいると思うんだけど」
「まぁ、気にしなくても、この汽車のどっかにいるだろ」
「そうね」
ハーマイオニーとネビルは少し不安そうな顔をしていた。
窓の外をのぞく。すると、人ごみの中をかき分けて、慌てて汽車に乗り込む赤毛の少年…と少女が見えた。その中に見覚えのある双子がいたところから考えると、おそらくウィーズリー家だろう。
その中にロンの姿が見えなかったのと、ウィーズリー家と一緒に行動しているというハリーの姿が見えないのが少し気になった。
だが、汽車が音を立てて発車するとハーマイオニーが、ロックハートの魅力について、私とネビルが思わず引いてしまうくらい熱弁をし始めたので、意識からとんでしまった。
ハリーとロンの姿が見当たらなかったことを………