今日の大広間はいつもと一味違う。
なんといっても学年度末のパーティーだからだ。夕飯(ゆうはん)はいつもより品数も多く豪華で、どこか新入生歓迎会の時のメニューに似ている気がした。
だが、記憶にある新入生歓迎会と1つ違うのは装飾だ。
スリザリンが7年連続で寮対抗杯を獲得したお祝いというのもあるからだろう。広間は一面、グリーンとシルバーのスリザリンの寮色(カラー)で装飾されていた。スリザリンの蛇が描かれた巨大な横断幕が、ハイテーブルの後ろの壁を覆っている。7年連続ということもあり、どの寮の生徒よりもスリザリン生が1番嬉しそうにはしゃいでいた。私自身、ダフネやミリセント、パンジー達とワイワイ話して盛り上がっていた。
だいたい広間に人が入り終えた頃…突然、大広間の扉が開いた。遅れて姿を現したのは、医務室で入院していたハリーだった。
「みっともないな、遅れて入って来るなんて」
ドラコがクラッブに向かって文句を言っているのを耳にしたが、気にならなかった。ハリーを見た時、数日前の夜にあの隠し扉の奥で起こった出来事が私の瞼の奥に蘇ってきていた。
「さぁ、そろそろ帰ろうかの?」
私の足元に転がる『物体』から目を上げると、そこにいたのは…私の魔眼とは色合いの違うブルーの眼を持つ老人、ホグワーツ校長のアルバス・ダンブルドアだった。
「それよりも、いつからそこにいたのですか?」
「君がハリーに『質問が多い』と言ったところからじゃよ。ワシは透明になる方法があるのでの」
「ほとんど最初からではないですか」
少し微笑んでいるダンブルドアを軽くにらんだ。もう少し早く先生が来ていれば、私は『人殺し』をしなくて済んだのに。
「1人で、しかもハリー達よりずっと短時間でそこまで推論できるとは感心じゃな。
それよりも、君に聞きたいことがあったのじゃよ。君は『賢者の石』を使おうとは考えなかったのかね?」
ジィっと見透かすような目で見てくる校長先生。私も『眼』を発動させたままの青い瞳でジィィッと先生の眼を睨むようにしてみる。
「話を聞いてなかったのですか?私は『賢者の石を安全な場所に避難させよう』と思い、ココに来たんです。
もっと言えば、試験も終わり、暇だったので来ただけです。『石』を使おうなんて考えていませんでした」
「そうじゃ。永遠の命なんて愚かじゃ。まことに愚かな事よ」
繰り返してそう言う校長先生。気絶しているハリーを軽々と抱え上げると、来た道を戻り始める先生。私も彼の半歩後に続いた。
「見たじゃろう?永遠の命にしがみつこうとした者の末路を」
「末路?あぁ、クィレルの後頭部に憑りついていたヴォルデモートのことですか?」
「さよう。君はどう感じたかの?」
この爺さんは質問が多い。だが、校長先生の質問だ。いくら答えるのが面倒だからとはいえ、聞こえないふりわけにはいかないだろう。
「一言でいうなら『哀れ』ですね。
私は死が怖いです。以前、昏睡状態に陥っていた際に私が『』、つまり『死の概念』に触れたからだと思いますが、私は、あそこには戻りたくありません。
ですが、あんな姿になってまで生きていたいとも思えません」
ハリーが倒れる寸前、クィレルが帝王(ヴォルデモート)の命令に従って私より先にハリーを殺そうとしたのだ。私は杖より先にナイフが動いていた。
器(クィレル)を魔眼がうつす『死の線』をなぞるようにして『解体』した際に、……くっつけることが困難なくらいにバラバラな肉片になってしまった彼(クィレル)から飛び出した霞のような存在……
アレを見た時、正直目を疑ってしまった。ハリーの様に、アレの外見や放つオーラに恐怖したわけではない。
『死の線』が見えないどころではなかった。アレ、帝王には『死』そのモノがないのだ。
だが、『死』がないからとはいえ『器(クィレル)』が破壊されてしまったので私やハリーに手出しが出来なくなってしまったみたいだ。そのまま霞となってどこかへ去ってしまった。
帝王は死なない。
でも、あんな霞のようなゴースト以下の存在になってまで生に執着したいとは思わなかった。
もっとも、帝王自身もあの姿が嫌だったから肉体創造のために『石』を手に入れようとしていたみたいだが
だが、考えてみると『石』が約束しているのは『永遠の命』と『黄金の作成』の2つのみ。
『肉体の創造』なんて出来るとは限らないのだ。
帝王はものすごく焦っていたのかもしれない。それこそ藁にもすがる思いで復活を考えていたのだろう。
縛られている『寿命』という縄から抜け出したと思ったら、今度は自分一人では何もできない世界が永延と広がっていたのだ。そんな自分では何もできない世界から抜け出したくて『石』を求めたのかもしれない。
『死』を避けるつもりだったのに、生きていることが逆に苦痛だった時もあったのではないだろうか。でも死ねない、何もできない。
そう考えると、なんとなく帝王が『哀れ』に感じてしまったのだ。
「上々じゃ」
校長先生はニッコリ笑いかけてきた。一体何が『上々』なのだろうか?私は疑問に思ったまま先生を見上げていると、先生が立ち止った。
「覚えておるかの、セレネ?以前病室でワシが君に言った言葉を」
以前言った言葉?
私は何のことだか分からずに、少し考え込んだ。病室というのだから昏睡状態から目覚めた時の頃だろうか?私はあの時の記憶を順番に紐解いていった。そして思い出した。
夜中にいきなり訪ねてきた老人らしき人物の声を。
私は目をつい丸くしてしまった。あの夜尋ねてきた落ち着いた雰囲気を醸し出していた老人は、目の前にいる先生と同一人物だったのだ。
先生には悪いが、夢だと思っていた。
「『“死”を避けることを考えてはいけない』でしたっけ?」
「そうじゃ」
コクリっとうなずく先生。いつの間にか微笑が薄れ、真剣な表情になっていた。
「『死』を恐れても構わんが、『死』を避けてはいけない、ということじゃな。『死』を避けようとしたものの末路はもうすでに見たじゃろ?
君は、あの者と同じくらい深い闇まで沈む危険性があるのじゃ。だから一層注意しなければならん」
「深い闇、ですか?」
「さようじゃ。約束してくれるかの?」
有無を言わさない先生の視線。私は縦に首を振る。すると先生の表情に微笑が戻ってきた。
そして寮のある地下牢へと続く道の前で別れたのだった。私は無事にベットに戻り、何事もなかったかのように朝を迎えた。
その日、校長先生がハリー、ハーマイオニー、ロンとクィレルの話を朝食の席で話してくれたのだが、何故か私のことについては一言も触れられてなかった。
だが、私は別にかまわなかった。
話に名前を出されたハーマイオニーやロンは全校生徒の注目の的になってしまっていて、ひっきりなしに誰かに話しかけられていた。あれでは休む暇がない。ああいう風に注目されるのはうんざりだ。
だから先生が私の話題に触れてくれなくて本当に良かったと感謝している。
だが先生に対して、心残りが1つだけあった。今思えばあの時に、もう少し質問しておけばよかったと思う。
先生がなんで私の父を捜していたのか。なんで父を帝王が殺したのか。深い闇とはいったいなんなのか。
だが、もう過ぎたことだ。
いつまでも悔やんでいては仕方のないことかもしれない。
「また、1年が過ぎた」
校長先生が話し始めたことで、私の意識は一気に現実に戻ってきた。先生の口調は、あの夜に話した時と同じような朗らかで落ち着いた感じだった。
先生が寮対抗杯の順位の点数を発表する。
1位のスリザリンと4位のグリフィンドールの間には160点の差があった。
一体何をすればこんなに差が出るのだろうか。恐らく、ハリー達が150点を減らしたことが1番の要因になっているのだとは思うが、もし、ハリー達が減らさなくても10点もスリザリンの方が勝っているので、結局はスリザリンの優勝には変わりなかったのだ。
それなのに、学校中からイジメを受けたハリー達。少し可哀そうだと頭の片隅で感じた。
それにしても、みんな幸せそうだ。
ドラコがゴブレットでテーブルを叩いたり、ミリセントが足踏みしたりして全身で喜びを表している。あの引っ込み思案でおとなしいダフネでさえ、満面の笑顔で拍手をしていた。
7年間優勝を逃し続けて苦々しい顔をしている他の寮の人たちには悪いと思った。それに今まで優勝になんて興味がなかったはずなのに、気が付くと私も周りにつられて笑顔で手を叩いていた。
「よしよしスリザリン、よくやった
じゃが、最近の出来事も勘定に入れなければならん」
大広間がシーンとなった。スリザリン生から少し笑みが消えた。なんか嫌な予感がする。校長先生が咳払いをすると、口を開いた。
「駆け込みの点数をあたえよう。
ええーーっと、まずはロナウド・ウィーズリー君。
ここ何年か見なかったような最高のチェスを披露してくれた、50点」
グリフィンドールの歓声は、魔法で夜空を映し出している天井を吹き飛ばしそうなくらい凄かった。
ロンはまるでひどく日焼けしたかのように赤くなっていた。それにしても、チェスで点数って。
おそらく、あの隠し扉の向こうにあった罠の1つ、実寸大の『魔法使いのチェス』のことだろう。
ハーマイオニーから聞いたのだが、あのチェスで勝つためにロンが『犠牲駒』となって敵駒に攻撃されたのだとか……
『犠牲駒』になることは勇気がいった事だろう。もしかしたら…自分が死ぬのかもしれないのだから…
そんなことを考えていると、再び口を開く校長先生。
「次にハーマイオニー・グレンジャー嬢に。
火に囲まれながら冷静な論理を用いて対処したことをたたえ、グリフィンドールに50点」
ハーマイオニーがうれし泣きをしているみたいだった。腕に顔をうずめている。グリフィンドール生たちは我を忘れて、まるで自分たちが1位になったかのように狂喜していた。
ちなみに、スリザリン生は声が出ないみたいだ。さっきまで浮かべていた笑顔が凍りついている人が多い。
最後の罠、火に囲まれながら論理的思考能力を試される罠を解いたことを先生は言っているのだろう。
一応、私にも解けると思うが、面倒だったので私は強行突破してしまった。それを考えずに短時間で解いたハーマイオニーは凄いと少し感心してしまった。
「次にハリー・ポッター君」
大広間が水をうったかのようにシーンと静まり返った。
「その完璧な精神力と、並外れた勇気を称え、グリフィンドールに60点を与える」
耳をつんざくような大騒音だった。私は思わず耳をふさいだ。そして同時に耳を疑ってしまった。
並外れた勇気というのはなんとなくわかる。1人で『賢者の石』を護ろうと考えていたのだ。それを実行に移すには、かなりの勇気が必要だ。
完璧な精神力というのもなんとなくわかる。
気絶する前に額を押さえていたところを見る限り、帝王を前にして、呪いの傷が強烈に痛み始めたのだろう。痛みで気絶するというのは良くある話だ。その痛みさえなければ、気絶することはなかっただろう。魔法界で名前を呼ぶことすら恐れられている人を前に、立っていられたことが、まず精神力の高さに繋がってくるのかもしれない。
だが、60点というのが分からない。
ハリーは実際には何もしていないのだ。ハーマイオニーやロンと違って何もしていない。なのに彼らより10点多いのは何故なのだろう?
「勇気にもいろいろある」
また校長先生が口を開いた。
私達はまたシン――となった。スリザリン生の中には『もう終わった…』っと脱力するものがチラホラみられたが、大半は『最後まであきらめない!まだ俺たちが1位なんだ』という顔をしていた。
……勇気にもいろいろある……
流れ的に私かもしれない、とも思ったが、あの先生のグリフィンドールの方に向けられた笑顔から察するに、私ではないのだろう。
「敵に立ち向かうことより、味方に立ち向かう方が勇気がいることじゃ。
よってわしは、ネビル・ロングボトムに10点を与えたい」
もし、大広間の外に誰かいたとするならば、なかで爆発でも起こったのか?と思うに違いない。
それほど大きな歓声がグリフィンドールから湧きあがった。いや、グリフィンドールだけではない。レイブンクローやハッフルパフからも大歓声が沸きあがった。よほど、スリザリンがトップから滑り落ちたことが嬉しいのだろう。嵐のような大歓声だった。
一方のスリザリン生はみんな唖然としている。
何人か悔しくて泣いているスリザリン生もいた。斜め前に座っているドラコは『全身金縛り』を受けたかのように固まってしまうくらいショックを受けていた。ダフネのいつも薄いピンク色に染まっている顔からは色がなくなり、パンジーは終始下を向いていた。
「さて、グリフィンドールが優勝したので、装飾を変えなければならんのう」
ダンブルドアが手を叩き、グリーンとシルバーで彩られていた大広間が、レッドとゴールドのグリフィンドールをイメージした装飾に変わっていく。それと呼応するように1段と盛り上がる歓声。
寮対抗なんて興味がないと思っていた。あの場で私の名前も呼ばれていたら、その後の質問攻めでヘキヘキとしていたのは目に見えている。
だからこれでよかったのだ。
それに、スネイプ先生がこっそり教えてくれたのだが、どうやら全科目で1番いい成績を私はとったらしい。それだけで十分嬉しい。寮内でも『スリザリンの末裔』だの変な噂が飛んでいる。これ以上、有名になることなんて御免だ。だからこれでいいのだ。
そう思っていた。でも――――――
周りから孤立して静まり返るスリザリン生たちを見ていると、チラリチラリと、『いい気味だ』という目でこちらを見てくる他寮の生徒たちを見ていると。
沸々とアツいモノが胸の奥から押し上げてきたのだった。
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賢者の石編はこれで終わります。