「ったく、こんな時に」
私は、トランクにしまってしまった毛布やら断熱布やらをとりだしていた。 今から動物に詳しいという森番・ハグリットのところまでバーナードを持っていかなければならないからだ。
バーナードは最近調子が悪い。バーナード自身は平気だというが、万が一ということがある。帰宅してから動物病院に連れて行くより、少しでも早く動物に詳しい人に見せた方がいいと判断したからだ。まぁ、動物と言ってもバーナードは爬虫類だが、動物には変わりないだろう。
バーナードの入ったケージをしっかり毛布で包むと、寮の外に出る。
外に出た途端、コートを着ているのにもかかわらず思わず身体がブルッと震えてしまった。
月日が流れるのは早いモノで、もうすぐクリスマスだ。
ホグワーツとその周辺は雪化粧でおおわれている。湖はカチカチに凍り、魔法薬学の授業が行われる地下牢では吐く息が白い霧のように立ち上り、誰もが暖かい釜に近づいて暖をとっていた。
あれから特に私の周辺では変わったことはない。
あるとすれば、ハロウィーンの1件でハーマイオニーはハリーやロンと仲良くなれたということだろうか。よく3人で一緒にいることを見かけるようになった。以前はたまに会ったとしても、ハーマイオニーは勉強のことしか話さなかったのだが、ハリーやロンの話を笑顔で話すようになったので、少し胸を下ろすことが出来た。
ハリーもグリフィンドールのシーカーとして活躍をしていた。 スリザリンが負けたのはかなり悔しかったし、完全にグリフィンドール贔屓のリーの実況も気分を害した。が、乗り手が振り落とそうとした箒にしがみついていたハリーは凄いと思った。
ドラコはこのことが気に入らないみたいだ。
私自身、まだ彼ハリーが規則をまげてタダで新品の箒を手に入れたことが理解できない。
まして、ずっと前から『チームに入りたい』『何で一年生は入団できないのか理解できない』と言っていたドラコならなおさらだろう。実際に飛行訓練の時、ハリーと同じくらいドラコも飛べていたのだから。
ドラコと言ったら、彼へのクリスマスプレゼントはどうしようか。
彼だけではない。ダフネやパンジー、ミリセントや最近よく話すセオドール・ノットへのプレゼントもどうしようかと頭を悩ませていた。 ハーマイオニーやネビル達にはマグル関係の菓子でも構わないのだが、『純血主義』、つまりマグル嫌いの彼らにマグルの菓子なんてプレゼントに出来ない。喧嘩を売っているのか?ということになってしまう。
ダイアゴン横丁で何か買おうか、と考えながら角を曲がった時だった。
ドンっと誰かにぶつかってしまった。
「ひゃあっ!」
「すみません!!って、クィレル先生?」
ぶつかってしまったのはクィレル先生だった。
相変わらず変なにおいのするターバンをつけている。後頭部が若干湿っているのが見える。
たぶん赤毛の双子、フレッドとジョージが『今度、雪玉に魔法をかけて、クィレルのターバンの後ろでポンポン跳ね返るようにさせようと思っているんだ』とこの間語っていたのを実行に移したのだろう。
「べ…べつに……か…かまわない。
ん?ミス・ゴーント?そ…その手に…も…持っているのは?」
どもりながら、毛布で完全防寒させてあるバーナードのケージを指差すクィレル先生。 不審物だと思ったのだろうか?
「これは私のペットの蛇、バーナードの入っているケージです。
なんでも腹を壊したみたいで、彼自身は平気だと言い張るんですが、万が一ってことがあるのでハグリットに診せに行くところです」
「へ、蛇!?」
驚いたのか、少し私から離れるクィレル先生。
そんなあからさまに離れられると少し傷つく。でも、蛇なんて飼っている人はそうそういないから驚かれても仕方ないのかもしれない。パンジーやダフネなんて初めてバーナードを見た時は悲鳴を上げて近づかなかった。今も、怖がって近づかないか。
「そ…そうか。き…気を付けてハグリットの所までい…行きたまえ」
「はい」
私は足早にその場を去ろうとした。しかし―――
「ま…待ちなさい!」
去ろうとしたとたんにクィレルが話しかけてきた。
寒いから動いて温まりたいのに、なんのようだろうか?気のせいかもしれないがクィレルの顔色が、少しだけ悪く見えた。
「君…も…もしかして蛇と会話が…で…出来るのかい?」
「はい、出来ますよ?」
さしてためらうことなく返答する。パンジーが言うには、ヘビと話せる人はほんの一握りで、歴史上の人物だとサラザール・スリザリンやヴォルデモ―トくらいしかいないらしい。つまり貴重レアな能力だそうだ。
だが、蛇と話せるというだけで他に何の役に立つというのだろうか?
バーナードと話すのは好きだし、そのおかげで彼の不調にも気が付くことが出来た。が、他に需要がない。ヘビ限定の能力ではなく、どうせなら動物全般と話せる能力だったらいいなと思っていた。
「き…君…嘘ついて…ないね?」
「嘘ついてどうなるんですか?」
「き…君の…ご…ご家族も…は…話せるのかい?」
「知りません。父は私が生まれる前に心臓発作で死んだので。
母親はマグルだと聞いているので話せないと思います」
「そ……そうなんです…か……
あ……えっと………き…君は……孤児院から…来たのですか?」
何かにおびえるように話すクィレル。 そんなにも、蛇語が恐ろしいのだろうか?言葉を選んで話しているみたいだ。
「母の幼馴染のマグルに引き取られて生活していました。
あの、早くハグリットの所に行きたいのですが?」
躊躇いがちにそう聞くと、少しオドオドと何かに悩みこむクィレル。 顔色が物凄く悪く、返答も授業後の質問をするときよりずっと遅い。まるで何かと対話してから返事をしているみたいに。
まさか、日本の有名な漫画みたいにクィレルの中にもう1人のクィレルがいて、そいつと対話してから返答しているとか、か?いや、いくら魔法界とはいえ、それはありえない。
「クィレル先生、少しよろしいですかね?」
向こうの角からスネイプ先生が黒いマントを翻してこっちにやってくる。 これでクィレルから解放され、私は動けるようになったのだった。
結局、ハグリットに診てもらったがバーナードの言うとおり、ただ腹を壊しただけで命に別状はないということだった。
ハグリットは『スリザリン生が俺んとこに来るんは珍しい』と何度も何度も繰り返し不思議そうに言っていた。そんなに他のスリザリン生から嫌われているのだろうか? まぁ、彼の髭ボサボサで不潔っぽい容姿が、基本的にお坊ちゃん・お嬢様育ちの彼らには受け付けないのかもしれない。
そういえば、この日は変わったことがもう1つあった。
バーナードのケージを抱えたまま談話室に戻るために図書館の前を通過した時のこと。
図書館から本を大量に抱えたハーマイオニーやハリー、それからロンが出てくるのを目撃したのだった。
ハーマイオニーだけなら分かるが、滅多に図書館を利用しないハリーやロンが本を大量に抱えて出てくるとは珍しい。 あの全てをハーマイオニーが借りるので、それを運ぶ手伝いだろうか?いや、ハーマイオニーが友人にそんな手伝いを頼むとは思いにくい。
もしかしたら、いつかハーマイオニーが話していた『隠し扉』の向こうに隠されているものについて調べているのかもしれない。
少し気になったので話しかけようかとも思ったが、バーナードを連れて歩いているということと、早く談話室に戻ってパチパチっと燃える暖炉のそばで身体を暖めたいという気持ちが強かったので、話しかけずに談話室へと足を進める私だった。