Side:シリウス・ブラック
――――からんっ――――
路地裏の方で、何か金属の落ちる音が聞こえてきた。……一体、何が起きたのだろう?俺は歩みを止めて、音がした方向へ足を進めてみることにした。
今日も、犬の姿でロンドンの町をパトロールしている。
ヴォルデモートが魔法省を乗っ取り、ハリー・ロン・ハーマイオニーも行方不明。不死鳥の騎士団本部であり我が家『グリーモールド・プレス』に幽閉されていた俺の手も必要になるくらい、状況は切羽詰まっていた。
ロンドンは、言わずと知れたイギリス最大の都市。
つまり、1番マグルが住んでいる土地であり、死喰い人達がマグル狩りをしに来る場所である。もちろん、そんなことがあってはならない。
だから、マグルに魔法をかけようとする死喰い人達を、俺が事前に察知し阻止しているのだ。もう、今月に入ってから4回も阻止に成功した。。……まぁ、当然のことだから、誰も誉めてくれないんだけどさ。
きっと、今回も死喰い人のマグル狩りなのだろう。
ただのマグル同士のいざこざであったとしても、路地裏で喧嘩なんて見逃せないからな。そんな面白そうな……いや、そんな危ないことをやらせるわけにはいかない。
俺は気を引き締めると、犬の姿のままで路地裏を覗きこんだ。
日が傾き始めているとはいえ、時間的にはまだ昼。それなのに、やはり路地裏。どことなく暗くて沈んだ雰囲気漂っている。
だが、その中で一際映える一団が目に留まった。
まず、眼に入ったのは地面に転がるハルバード。
ハルバードと並ぶように、倒れ込む女性。
そしてその先には、雪を思わす髪をした小さな女の子。
倒れ込む女性の顔の当たりにしゃがみ込むと、
「リズ、しっかりして!リズ!!」
と叫んでいる。だが、『リズ』と呼ばれた女性はピクリとも動かない。その2人に近づくのは、長身の2人組。白銀の長髪に杖を携えたルシウス・マルフォイと、にんまりと張り付けられたような笑みを浮かべるシルバー・ウィルクス……両者とも、かなり大物死喰い人だ。
こんなところで『マグル狩り』を行うのは、基本的に下っ端死喰い人だ。何故、幹部クラスの死喰い人がいるのだろうか?……暇つぶし、レジャー感覚と考えればいいのだろうか?いずれにせよ、気を引き締めなければ―――
「……イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。一緒に来てもらおう」
一緒に来てもらう?
頭の上に疑問符が浮かんだ。
……死喰い人は『マグル』を『害虫』としか認識していない。だから、害虫を殺す感覚で『マグル狩り』を楽しんでいたはずだ。それなのに、なぜ『一緒に来てもらう』必要があるのだろうか?
少女に、なにか特殊な能力でも宿っていると考えるのが普通だが……どこからどう見ても、可愛らしい普通の少女にしか見えなかった。杖を持っている気配もない。唯一の武器と思われるハルバードは、折られてしまっている。……というか、今どきハルバードを持ち歩いている奴の方が、魔法使いより貴重だと思う。
「アンタ達なんか、キリツグとキャッ!」
「大人しくしようね、イリヤちゃん」
シルバーが、『イリヤ』と呼ばれた少女の口をふさぐ。
俺は考えるより先に、行動に移していた。素早く人間に戻り、杖を真っ直ぐシルバーに向ける。
「『レラシオ―放せ!』」
杖先から放たれた黄色い閃光が、瞬く間に路地裏を奔った。
「ってぇ!!」
突然現れた閃光は、シルバーの腕に見事命中した。
シルバーの手が開かれ、イリヤと呼ばれていた少女は地面に落とされた。がくんっと膝をついたイリヤは、よろよろと立ち上がりながら、慌ててシルバーから離れようと足を踏み出す。
「っち、来い」
ルシウス・マルフォイが、逃げるイリヤを捕まえようと手を伸ばす。だが、
「いやよ!!」
伸ばされた手を、イリヤは交わした。そしてそのまま、転びそうになりながらも必死にリズが倒れている場所まで引き返す。俺はイリヤが比較的安全な場所にいることを、目で確認する確認すると、死喰い人2人組に目を戻した。
「…シリウス・ブラックか」
「久しぶりだな、ルシウス・マルフォイ、シルバー・ウィルクス。
さて、こちらの質問に答えてもらうか。何故、この御嬢さんを誘拐しようとしていたんだ?」
杖を構えながら、低い声で尋ねる。すると、ルシウスは鼻で笑った。
「わが君の計画のためだ。君には関係ないことなのだよ、シリウス・ブラック」
次の瞬間、ルシウスとシルバーの杖先から赤い閃光が奔った。
「『プロテゴ‐守れ』!」
俺は杖を振るうと、透明な盾が閃光を四散させる。しかし、畳みかけるように死喰い人達は失神呪文やら妨害呪文をかぶせてくる。
「っく、」
畳みかけるように襲い掛かる呪文。いくら詠唱有の盾魔法であったとしても、これは耐え切れない。杖を握る腕が、じんじんっと痛みを訴えかけてくる。
「早く逃げろよ、ガキ!」
いつまでたっても、イリヤは地面に転がる女の横から離れようとしない。この自衛不能な2人を護りながら、大物死喰い人と戦わなければならないのだ。これは、非常にキツイ。
だから、逃げて欲しかったのに――――――
「いや!リズを置いて逃げられるわけないじゃない」
震えのないハッキリとした声。俺は思わず少しだけ、イリヤの方を振り返った。
意志の強い赤い瞳を、向け続けている。その瞳は、テコでも動かない、と訴えかけているようだった。
「っち」
軽く舌打ちをする。
イリヤの小さな体格では、とてもじゃないが大人の女性を担いで逃げられると思えない。
つまり、俺が手を貸してやらなければならないということだ。だけど、目の前には敵が、それも2人。奴らを倒さない限り、2人は路地裏から逃げることが出来ないのだ。
それが出来るのは現状、俺だけ。
「後で覚えとけよ、糞ガキ!」
戦いは久しぶりだけどな、嫌いじゃないけどな、物凄く血がはしゃぐけどな!だけど辛いんだぞ。人を護りながら戦うっていうのは。
「『ステューピファイ―麻痺せよ』!」
奴らの杖から噴出される魔法の威力が、一段と強まる。腕にかかる負担も、それに伴い倍増。盾はピキピキッと嫌な音を立てはじめた。
「っくそ」
本当に、護るって大変だ。
もちろん、過去にも戦いで『守った』ことがある。それは、ほんの数年前の出来事だ。
以前、魔法省で死喰い人達と戦った時は、『ハリーを護る』という名目があった。だがな、俺はそれ以上に戦いを楽しんでいた。今なら分かる。
俺は、ジェームズと一緒に戦っているような気分になってたんだ。
護るべき対象のハリーが敵に立ち向かう姿に、すでに亡き親友の面影を重ねていた。
あの戦いは、ハリーを助けるという皮を被った、日ごろの鬱憤晴らしだった。……そうだ、馬鹿だな、俺。こんな遊び半分の名付け親だから、連れて行ってもらえなかったんだ。肝心な時に、頼りにされなかったんだ。
「だけど、俺だって大人だ」
ただの自己満足に過ぎないけど、でも頼りにされて欲しい。
ハリーの悩みを聞くことが出来ないような、ダメな大人だ。だからこそ、俺は今、大人になろう。少なくとも、誰かを本当に守ることが出来る大人に。
「護ってやるさ、こいつらをな!」
俺は口元に笑みを浮かべる。そして、『盾』を維持することを放棄した。
もちろん、放棄するといっても、2,3秒は『盾』としての効果を維持し続ける。だから、その2,3秒が勝負だ。
策戦はいたって簡単だ。
盾が維持されている間に、リズとかいう女を握りしめているイリヤの身体の一部を、つかめばいい。そうしたら、すぐさま『姿くらまし』だ。ロンドンから離れた場所へ逃げれば、少なくとも『今は』死喰い人に襲われなくて済む。あとで、『ろくに戦わずに尻尾を巻いて逃げた』とか言われるかもしれねぇけどな。でも、これは人を救うためなのだ。……決して、『逃げた』のではない。避難だ。
「『レラシオ―放せ』」
バシッという音とともに、せっかく触れかけていた指と指が一気に離れる。
俺はそのまま壁に、背中から叩き付けられた。頭と背骨に強い衝撃を感じる。それは、握りしめていた杖を手放してしまいたくなるくらいの痛みだった。必死に杖を握りしめているけれども、視界が揺れ、どこからともなく銀砂がちらちらと飛び始めていた。
上手く視界が、定まらない。
「逃げようとしたッスか?無駄なことを……今、ロンドン全域に『姿くらまし防止呪文』を張っているんッスよ?馬鹿犬ッスね、ほんと」
俺の顔を覗き込み、面白そうに笑うシルバー。
まったく、こいつは何を考えているのかまるで分らん。だが、俺をバカにしてるってことは分かる。この男は、確実に俺を『格下』として扱い、侮っている。つまり―――
「っは。馬鹿は、てめぇ、だよ」
動かしづらい指を、必死に動かす。杖をほんの少しだけ上げ、杖先を顎の当たりに向けた。
「『エヴァーテ・スタティム―宙を踊れ』」
「なっ!?」
シルバーは驚愕の色を浮かべたまま、一気に向こう側の壁まで吹き飛んだ。いや、吹き飛んだように見えた。
なぜなら、俺の視界からシルバーが消えただけだから。どうなったのか分からない。だけど、何かにぶつかる音は聞こえた。だからきっと、壁に激突したのだろう。
呪文による痛みと、壁に勢いよく叩き付けられた痛みは、相当なモノだと思う。少なくとも壁の痛みは、現在進行形で経験しているからな。
「……白目をむいて気絶か。……だから、お前は手ぬるい。こういう時は、迷わず殺せ」
呆れたような声を出すルシウス。
マントを翻し、俺に近づいてくるのが、黒く幕を閉じはじめた視界に見えだした。冷たい目で見下ろすルシウス・マルフォイは、まっすぐ俺に杖を向ける。 命を救ってくれる頼みの杖は、棒っきれの様に地面を転がっている。身体は激しすぎる痛みのせいで、いうことを聞いてくれない。先程から、指一本も動くことが出来ないのだ。
「さらばだ、シリウス・ブラック」
脳裏に浮かぶのは、護りきれなかったイリヤの顔。
我が子の様に大切な、ハリーの顔。
そして―――――――一緒に悪戯を相談し合った親友:ジェームズの顔。
「『アバタ・ケタブラ』」
緑の光が、視界いっぱいに満ちる。
あぁ、俺は死ぬんだ。
最期に考えたことは、それだけ。
強烈すぎる痛みを感じることはなかった。何故なら、俺の視界は眠りに落ちるよりも簡単に、真っ暗な幕を下ろしたのだから――――――
「―――、」
「――――!?――!」
どこからか、声が聞こえる。
騒がしい……死後の世界とは、ここまで騒がしいところなのだろうか。
そう思うと、温かい力に包まれたような感覚と共に、不思議と身体に力が満ちてきた。
「死の呪文は私が防いだから、貴女は死んでないわ。それに、治癒をしたから、動けるはずよ」
すっかり軽くなった瞼を開ける。
すると、そこに広がっていたのは『死後の世界』とは思えない場所……つまり、路地裏だった。シルバーとルシウスがいて、奥に倒れたリズとイリヤがいて。その2人を守護するように立っていたのは―――イリヤとよく似た貴婦人だった。
白銀の髪を風になびかせ、凛と澄ました笑みを浮かべている。
「娘を……イリヤを護ってくれてありがとう。それから、リズのことも」
ちょっと誤算があって、離れ離れになっちゃったのよ。と言いながら貴婦人は俺に手を伸ばした。俺は彼女の手を取り、立ち上がる。
「貴方はシリウス・ブラックね、セレネから聞いているわ」
「セレネ……セレネ・ゴーントの知り合い、なのか?」
俺が問うと、貴婦人はニッコリと微笑みを浮かべた。どことなくすべてを包み込む慈母のような貴婦人と、あの得体のしれないスリザリン生『セレネ・ゴーント』が繋がっているとは思えないのだ。
「ええ、あの子のことはよく知ってるわ。
……さてと、傷が癒えたとはいえ疲れていると思うから、貴方はイリヤ達の所にいてくれるかしら?あの長髪は、私が倒しておくから」
優しげな微笑みを浮かべたまま、貴婦人はルシウスと向き合った。
ルシウスは眉を顰めながら、杖先を貴婦人に迷いなく向ける。
「そこの娘と似た容姿……アイリスフィール・フォン・アインツベルンで間違いないな」
「えぇ、その通りよ。死喰い人さん」
毅然のある表情を向けた貴婦人…改め、アイリスフィールは、袖口から『何か』を抜き放った。一瞬、杖を抜いたのかと思ったが、それは杖とはかけ離れたものだった。
それは、『戦闘』の二文字を全く連想させない頼りなさげな品物。彼女の白魚を思わす5本の指の間に広げたのは、細く柔軟な針金の束だった。
「お、おい!やめろ、そんなもので戦えると―――」
思ってるのか、と続ける前に、アイリスフィールは静かな微笑を俺に向けた。
「大丈夫よ、戦えるわ」
言葉を失う俺とルシウスの前で、アイリスフィールは針金を握り直した。すると、なんと自在に針金の束が解けたではないか。それも、気持ちよいほどするりと自然に。
解けた針金は、まるで生き物であるかのように、アイリスフィールの手の中で脈打ち始める。
「お母様は、負けないよ」
イリヤが小さく呟いた。彼女の瞳には、アイリスフィールが勝つと信じる『ナニか』が宿っている。俺は、いつでも魔法を放てるように構えながら、アイリスフィールを見守ることに決めた。
「『Shape ist leben‐形態よ、生命を宿せ!』」
可憐な声で宣言すると、銀の光を反射させながら針金が動き始めた。縦横に輪を描き、複雑な輪郭を作り上げていく。互いに絡まり、束ね合い、まるで籠でも編むかのように複雑な立体物へと変化していく―――
「なっ、なんだ…それは!?」
基本的に冷静沈着なルシウスが、驚いてこれ以上ないというくらい目を丸くさせている。俺も、唖然と変わりゆく針金細工を見つめていた。
アイリスフィールの頭上で形成されていく、猛々しい翼とくちばし、そして鋭利なかぎ爪を持つ2本の脚。そう、それは針金で作られた巨大な鷹だった。いや、違う。
「『Kyeeeeee!』」
『生命』が宿った針金細工の鷹だ。
まるで金属の刃が軋るかと思わす甲高い鳴き声をあげた鷹は、アイリスフィールの手から飛び立つ。
魔法の閃光にも負けず劣らぬ速さで、針金の鷹はルシウス・マルフォイへと迫った。だが、それをただ茫然と構えるルシウスではない。颯爽と杖を振り、防御壁と作り出す。透明な盾に激突した鷹は、痛そうに鳴きながら空へと旋回し、再びルシウスへ狙いを定めた。
両脚の鉤爪で、ルシウスの頭辺りを掴みにかかろうと、降下してくる。
「『ステューピファイ』!」
ルシウスの杖から放たれた赤い閃光は、白銀の鷹の腹辺りに命中した。
「「なっ!?」」
俺とルシウスの声が、被る。
閃光が直撃するのと同時に、鷹は元通りの針金に戻ったのだ。だが、ただの針金ではない。意志を持ったツタの様に、杖を握る右手に絡みついた。ルシウスは慌てて取り外そうと左手を伸ばすが、針金の先端がくるくるっと動き、左手も巻き込む。
つい数瞬前まで鷹の姿を保っていた針金は、今度は手錠の様にルシウスの両手を拘束していた。
「っく、こんな針金など――!!」
無理やり解こうと、力を込めるルシウス。薄暗い路地裏でも目立つ青白い顔が、視たことがないくらい赤く染まる。それだけ力を込めているのにもかかわらず、一向に針金は緩まない。いや、緩むどころか―――
「シリウス・ブラック!イリヤの眼を塞いで!」
アイリスフィールが叫ぶ前に、俺の身体は動いていた。
これから起きることを予期し、咄嗟に両手でイリヤの視界を塞ぐ。そして、タイミングを見計らったかのように、視界を塞いだ途端
「ぐわぁっぁぁあ!!」
路地裏を反響する悲鳴とともに、汚れたアスファルトの上に落ちるのは、杖を握りしめた両腕。
路地に舞い散る多量の鮮血。路地に映える赤色は、白銀の針金とルシウスの白い髪を染めていく。
苦悩の色を刻みながらも、それでもどことなく優雅さを保っていたルシウスの表情が、これ以上ないくらい醜く歪む。その変わり果てた形相を見ているだけで、痛みを想像してしまい、こちらが狂いそうだ。
「お前……」
「シリウス・ブラック、ありがとう」
額に汗をにじませながら、アイリスフィールは微笑んだ。だが、心から湧き上がるような微笑みではない。それは、どこか無理して笑っているような苦しげな笑みだった。
「…『ステューピファイ』」
失神呪文を、苦しみのた打ち回るルシウスに放つ。杖を握る両腕を切断された以上、ルシウスに身を護るすべはない。避けることも出来ずに、ルシウスは路地に伏せることになった。
「とりあえず、こいつから情報を聞き出すか。おい、嬢ちゃんはこっちを見るんじゃねぇぞ」
血の海に倒れるルシウスとは逆方向に、イリヤの身体を向けさせながら囁いた。
「それにしても『姿くらまし』が使えないなんて、面倒だな。
……で、アンタ達はなんで狙われてたんだよ。なんつーか、見たことのない魔法だったが」
イリヤの目隠しをしていた手を離しながら、アイリスフィールに視線を向ける。
だが、アイリスフィールは何か悩んでいるみたいだ。何か、話したくない事情があるのだろう。まぁ、だから死喰い人に狙われたのかもしれないが。
「そうね……貴方たちと少し情報を共有するのも、悪くないかもしれないわね。でも―――」
だが、この次の言葉は貴婦人の口から発せられることがなかった。
アイリスフィールは真っ赤な閃光に包まれ、そのまま静かに路地に倒れ込む。彼女自身、何が起こったのか分からなかったらしいし、俺にも何が起こったのか分からない。一瞬の気の緩みが張り詰める前に、俺の背中にも何か強烈な痛みが走った。
それと同時に、真っ赤に染まる視界。
ぐらり、と傾く身体。
言葉に言い表せないような強烈な痛みに呼応するように、薄れゆく意識。幕を下ろすように暗くなる視界の中、
「ふんっ、ルシウスもシルバーも手を抜くなんて、情けないったらありゃしない!」
聞き覚えのある声が、俺の意識をつなぎとめた。
最後の力を振り絞り、閉じようとする瞼を無理やりこじ開け続ける。
「まったく!ほら、ラバスタン。アンタはルシウスとシルバーの意識だけでも蘇生させな」
すらりと長い脚、そして黒々とした魔女そのものといった衣装。
そう、気に食わない俺の従姉…ベラトリックス・レストレンジ。シルバーをヴォルデモートの左腕と称するなら、こいつは右腕だ。
どうする?
痛みで気を失う一歩手前。
杖は握っているが、相手はベラトリックス・レストレンジ。……いや、彼女だけなら何とかなったかもしれないが、会話から察するに、彼女の弟:ラバスタンもいるのだろう。
……いや、俺はここで諦めるのか?
このまま気絶して、連れ去られようとするアイリスフィールたちを見捨てるのか?
おいおい、それじゃあ文字通り『負け犬』だ。
口元に力なく浮かぶ苦笑。
痛みで気絶する前に、最後の悪あがきぐらいしてやろう。
ここで立たなきゃ……オトコじゃない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
7月16日:一部改訂