私は驚きの余り目を見開いたまま、固まってしまった。
出来たてのサクサクとしたパイ生地と、朝摘み木苺のジャムの甘酸っぱい味。それと、バニラアイスの濃厚な甘さが本当に良い具合で絡み合っている。
それと、どう表現したらいいのだろうか。懐かしい感覚が、身体中に広がるような……そんな不思議な感じがした。
「味はどう?」
前の席に腰かける中年の魔女が、向日葵のような笑みを浮かべた。即座に私は、コクリと頷く。
「今まで食べたどのパイよりも、ずっと美味しいです。ありがとうございます、アンドロメダ夫人」
「ふふふ、良かった」
アンドロメダ・トンクス夫人は笑みを浮かべながら、パイを頬張る。
……『トンクス』という苗字からわかると思うが、彼女は騎士団員『ニンファドーラ・トンクス』の母親だ。ヴォルデモートの腹心であるベラトリックス・レストレンジやドラコの母親と姉妹だと聞いていただけあって、かなりの美人。髪は明るくて柔らかい褐色で、大きくて親しげな瞳の持ち主だ。
だけど、あのベラトリックスや、ドラコが発しているような『純血主義』や『貴族意識』というたぐいのオーラを発していない。ただ、育ちの良さそうな優しげな雰囲気を纏っている。
私はパイをフォークで器用に食べながら、すまなそうな表情を浮かべる。
「すみません……1日泊まらせて貰っただけではなく、こんな美味しいパイまで……」
すると夫人は、眉をしかめた。ゆっくりと首を横に振り、上品にフォークをテーブルに置いた。
「いいえ、感謝するのは私の方よ。
ドーラ(ニンファドーラ・トンクスの愛称)の家事魔法レベルを上げてくれたのは、貴女でしょう?それに、こんなにおいしい紅茶も淹れてくれたし、溜まっていた家事まで全部片付けてくれたのだから。……『一晩泊まって欲しい』なんてお礼じゃ足りないくらいだわ」
アンドロメダ夫人は、ポットに手を伸ばした。だけど、その手がポットに届く前に、私の手がポットに触る。そして、夫人の空になったティーカップに紅茶を注いだ。湯気と共に、ティーカップに注がれるアールグレイの香りが鼻孔をくすぐる。
「ありがとう」
アンドロメダ夫人はニッコリと笑い、紅茶を啜った。私も、残ったパイを口に運ぶ。……やっぱり美味しい。というか、ここ数年間の食べたモノで1番美味しいかもしれない。いや、それ以前に………
久々に、他人に作ってもらった料理かもしれない。
昨日の夕食と今朝の朝食は、アンドロメダ夫人と協力して作った料理だった。ルーピン先生の家にいる時も、秘密の部屋にいる時も、一人暮らしているトンクスの所でも、私が三食を作っていた。
他人に作ってもらったから、さらに美味しく感じるのだろうか?いや、それだけの理由で、これだけ美味しくなるのか?実は、特殊な料理魔法があったり……いや、魔法で出せる味には思えない深みが舌の上に残っている。では、いったい―――
「味の秘密はね、杖を使ってないからよ」
私の表情から、何を考えているのか悟ったらしい。どことなくトンクスに似た悪戯っぽい笑みを浮かべた夫人は、紅茶に角砂糖をポチャンと落とした。
「杖を使ってない?」
「この木苺パイはね、全てマグルの技法で作られているの」
「それが……秘密なんですか?」
逆に、疑問が膨らんだ。
私だってマグルの方法でパイを作ったことがある。だけど、ここまで美味しくならなかった。
「パイ生地も、木苺のジャムも、……バニラアイスは市販モノだけど、でも、オーブンの火だってマッチ?でつけたの」
なるほど。
薪を使うオーブンで焼いたから、これほど美味しいのか。私が作ったパイは、電子レンジのオーブン機能でチンしたものだ。窯で焼かれたパイと比べたら、その結果は一目瞭然だろう。それに、使用した素材もアンドロメダ夫人が作ってくれたパイの方が遥かに新鮮だ。もちろん、パイ作りの技量の問題もあると思う。ついつい忙しくて、パイ生地を折りたたむ回数を減らしてしまったり、バターをケチってしまったりなど、手を抜いてしまうこともあったから……
これは、負けるのも無理ないかもしれない。
だが―――1つ、腑に落ちないことがある。
「珍しいですね。杖を使わないなんて」
アンドロメダ夫人は、純血主義で有名なブラック家出身だ。いくら、マグル生まれの魔法使いと結ばれたからとはいえ、杖を使わないというのは珍しい。思い起こしてみれば、この家に来てから……料理の時は一切、杖を使っていない。杖を軽く一振りで、家中を何時間も掃除したかのように輝いていたし、洗濯物だって魔法で畳まれていた。
だけど、料理中は一切、魔法を使っていない。
マグルの中で過ごしてきて、マグルの料理方法にも慣れ親しんだ私であっても、料理中に魔法を使う。例えば、火をおこすときとか、魚を捌くときに。
魔法を使った方が何倍も楽だし、上手にできる。何より、調理時間の短縮になるのだ。
「意外よね」
紅茶を飲みながら、微笑むアンドロメダ夫人。夫人はカップをコトリ、とテーブルの上に置くと少し上を向いた。
「私の実家にはね、屋敷しもべ妖精がいたの」
アンドロメダ夫人は優しげな目つきで、ゆっくりと語り始める。その瞳には、懐かしそうな郷愁の色が浮かんでいた。
「だから、料理は彼らがする仕事。ベラもシーシーも…あ、私の姉妹のことよ…料理なんて興味なかったし、しようとも思っていなかった。でもね、私は違ったの。
美味しい料理を食べたら、それを自分でも作ってみたいって。だから、しもべ妖精に料理のコツを教えて貰ったり、料理を手伝ったり……もちろん、そんな私をベラたちは笑ったわ。
『そんな、しもべ妖精の真似なんてして恥ずかしくないのか』ってね」
でもね、と言葉を続けるアンドロメダ夫人。
「料理は楽しくてね、仕方なかったの。だから、恥ずかしくなんてなかったわ。
あぁ、そうそう。1年生の夏休み……ほら、夏休みって杖禁止でしょ?だから、杖を使わずに料理したのよ。そうしたら、すごく大変だったんだけど、その分すごく美味しくてね。本当に『魔法』を使ったんじゃないかってくらい」
「分かるような気がします」
私も微笑み返す。
料理は苦労した分だけ完成した時……物凄く美味しく感じるのだ。私にも経験がある。クイールの誕生日プレゼント代わりに作った『カレーライス』。『カリー』の作り方が書かれた料理本と格闘しながら、玉ねぎを半分泣きながら剥いたのを、今でも覚えている。
舌がヒリヒリ痛むほど辛かったのに、『美味しいよ』と、おかわりしてくれたクイールの顔も。
「だからね、それ以来、料理は出来るだけマグルの技法でやるようにしているの。マグルの料理雑誌で勉強したり、マグル出身の友人にレシピを尋ねたりしてね。
ふふふ、夫と知り合ったのも、お菓子のレシピを尋ねたことがキッカケなのよ」
ころころと笑うアンドロメダ夫人。だけど、その笑顔も『夫』という単語を発した際に、色あせてしまった。
「……夫と言えば、ドーラは何を考えているのかしら?」
夫人は声を潜める。何かを確認するように辺りを見渡した後、私に額を寄せてきた。
「あのねぇ、ドーラの結婚相手を知ってる?」
「トンクス…ニンファドーラの結婚相手と言えば、ルーピン先生でしたっけ」
私は紅茶の飲む手を止めて、眉間にしわを寄せる。
そう、あと数日後にトンクスとルーピン先生が結婚するのだ。意外や意外。年齢も一回り違うし、趣味も性格も合いそうにない。……しいて共通点を上げるのだとすれば『お人好し』『騎士団員』ということくらいだろう。
お世話になった2人だから、出来ればお祝いをしたい。だけれども、私は数時間後にはイギリスから遠い空の上。大したお祝いもできずに去ることになるのだ。……少し後ろめたいが、それは仕方のないこと。言葉で『おめでとう』と伝えたから、良しとしよう。
「そう、そのルーピンという男。どう思う?そんなに……その、魅力的な人なのかしら?」
「まぁ、見た目は魅力的……ではないですね」
ルーピン先生の容姿を思い浮かべ、苦笑を浮かべる。お世辞にも…たとえば、ミリセントがキャーキャー黄色い声を上げるような容姿ではない。継ぎ接ぎだらけのローブや傷だらけのトランクを見れば、一目で金に困っていることが分かる。
その上、満月の夜には『狼人間』になってしまうのだ。……それだけ聞けば、魅力も欠片もない。だけど―――
「性格は魅力的だと思いますよ」
「性格は?」
アンドロメダ夫人は、聞き飽きたとでも言わんばかりの表情を浮かべていた。
「とっても繊細だけど優しい人なんでしょ。だけどね、優しいだけでは生きていけないのよ」
夫人は、疲れたように首を横に振る。
「マグル生まれのテッドとの結婚でも、風当たりは強かったわ。でも、私はあの人を愛している。だから、乗り越えられたの。だけど、だけど……相手は『狼男』なのよ。風当たりが強いどころの話ではないわ。ドーラは、ドーラは」
『社会からつまはじきにされてしまった』
そう呟いた夫人の言葉は、すすり泣く声にいつの間にか変わっている。最後の方は、押し殺したような、絞り出すような、悲痛に満ちた声に。
「……」
私は何も答えることが出来なかった。
ルーピン先生の人柄は良く知っている。あぁ、先生は優しい。どことなくクイールを思い起こさせるような、柔らかな優しさの持ち主だ。もし先生がもう少し若かったら、もし私と同年代の男だったら、惚れていたかもしれない。
だけれども、『なんであんな男と愛娘が!』という夫人の嘆きも分かるような気がする。
障害を持った人と結婚するなんて、醜聞で世間体に悪い。
マグルの世界でも、身体的障害や特定の病を持った人との結婚は忌避される傾向が強いし、その先に続く道は非常に困難極まりないモノだと聞く。少し福祉が充実し始めたマグル界でさえ、それが健常者以外との結婚に関する認識なのだ。
まして魔法界は、中世に近い生活水準。石を投げられたり、罵詈雑言を浴びせられたり、魔法省から受けられるべき恩恵を受けられなかったり、勝手に犯罪者に仕立て上げられたり……
だから、夫人の嘆きが分かってしまうのだ。
「私には、分かりません」
だけど、私は『分からない』と答えていた。
「でも、例え私が反対しても、貴女が反対しても、だれが反対しても、ニンファドーラ・トンクスが私たちの言葉に耳を貸すと思いますか?」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
私の知るニンファドーラ・トンクスは、悪く言えば非常に強情だ。一度決めたことは、なんとしてでも成し遂げる強い意志を持った人。だからこそ、私は彼女を信頼することが出来たのだ。
…アンドロメダ夫人の抱いてる未来に関する不安感の解消になっていない。
だけれども、これでいい。夫人の抱く問題は『トンクス家』の問題。トンクスと夫人が話し合って決めることであって、他人が勝手に介入していいものではないのだ。
「…そうね、そうですわね。あの娘に何を言っても、聞かないか」
夫人は未だに顔を歪めていたが、どこか納得したような、憑き物が落ちたかのような表情を浮かべていた。
「ごめんなさいね、セレネさん。貴女にこんな話をしてしまって」
「いいえ、別にかまいません」
そう言いながら、紅茶を飲む。とっくに冷え切ってしまっていたけど、使っている茶葉が良いのだろう。まだまだ飲める味だった。
「そういえば、ヒースロークウコウへ行く時間は大丈夫なの?」
ふと思い出したかのように、夫人が囁いた。
「『ヒースロー空港』ですか?」
ちらりと、柱時計に視線を走らせる。私の腕時計は、水に落ちて壊れてしまったのだ。
そう、あれは独り暮らし中のトンクスの家での出来事だ。……蜘蛛の巣が張り巡らされた風呂掃除の最終段階として、一度水を溜めていた時のこと。帰宅したニンファドーラ・トンクスに押され、水を溜めた浴槽へダイブしてしまうはめになったのだ。
……あまり思い出したくない。
柱時計が指す時間は《2時30分》。飛行機が離陸する時間は4時ジャスト。……離陸時間の1時間前までに、出国カウンターでチェックインをするらしいから、3時には『ヒースロー空港』に着いていたい。クイールと一緒に何回か訪れたことのある場所だが、あそこは世界最大級の空港。広い上に、いつ行っても混雑している。だから、いつも迷いそうになる
『姿くらまし』を使用し一瞬で辿り着けるとはいえ、私が現れる予定の場所は駐車場のトイレ。いくらなんでも、出国カウンターの前に『姿くらまし』すること何て出来ないのだ。
「そうですね、ゆとりを持って行動したいので、そろそろ出ます。どんなに遅くても3時にはチェックインを済ませたいので」
私が答えると、夫人の顔はサァッと一気に青ざめる。一体、どうしたのだろうか。どこかで失言でもしたかと口を開いたとき、夫人は悲鳴に近い叫び声をあげた。
「大変!あの時計は30分遅れているのよ!」
「嘘だろ!」
音を立てて、椅子から立ち上がる。『行儀が悪い』とチラリと考えたが、今はそれどころではない。……30分遅れているということは……つまり、本当の時間は《3時》。
「すみません、もう行きます!『アクシオ‐来い』」
間に合うかどうかなんて、考えている時間なんてない。
呪文を唱え杖を軽く振り上げると、部屋の隅に置いておいたボストンバックが飛び込んできた。
『な、なんですか急に!?』
鞄の中からアルファルドの声が聞こえてくる。だが、答える時間も惜しい。ボストンバックの中を軽く覗き込み、最低限必要なモノが入っているかどうか確かめながら、杖でティーカップや皿を台所へ片づける。
「忘れ物はないかしら?」
「大丈夫です、夫人」
私は財布や杖、そしてナイフといった最低限必要なモノを常に身に着けている。何か忘れてしまった場合は、現地で買い直せばいい。私は椅子に腰かけたままの夫人を振り返ると、頭を下げた。
「ありがとうございました。ニンファドーラやルーピン先生にも『ありがとう』とお伝えくださると嬉しいです」
それでは、と去ろうとする私を、夫人は手で制した。
「待って。これ、少ないけど」
そう言って握らされたのは、小さな巾着袋。紐をほどいて中を開けてみると、そこには大粒の宝石が5,6粒も入っていた。私は、思わず目を見開く。そして慌ててソレを夫人の方へ押しかえした。
「これは、受け取れません」
「いえ、受け取って欲しいの。これは、私の我儘に付き合ってくれたお礼なのだから」
我儘と言っても、私は夫人の話を聴いただけだ。こんな高価なモノを、受け取れるわけがないではないか。反論しようと口を開いた。だが、有無を言わさぬ雰囲気を醸し出す夫人の表情を見て、口を閉ざす。
たぶん、私がいくら言葉を並べても、首を横に振らないだろう。……そのあたりの頑固さというか強情さというかが、どことなくトンクスに似ている気がした。
「…では、受け取らせていただきます」
さっと頭を下げる。そして私は、パチンという音とともに『姿くらまし』をした。
空に飛び立つ飛行機を、ぼんやりと眺める。
『行ってしまいましたか?』
『……あぁ』
どんどん遠く飛び上がっていく鉄の鳥を、眺め続けていた。もともと、アレは私が乗るはずだった飛行機だ。
そう、今から1時間前。私は人混みに巻き込まれなかなか前に進むことが出来なかった。やっとの思いで、出国カウンターに到着したのは、チェックイン終了時間を3分も過ぎていたのだ。
だから、仕方なく次の日本行きの便で出国することになった。≪6時締切≫のチェックインは済ませてしまった。だから、離陸時間の《7時》まで……つまり、今から約3時間も待たなければいけないのだ。夕暮れの空高く小さく、小さく遠ざかっていく飛行機を見上げながら、ため息をつきたくなってくる。というか、ため息をつきたい。
『あと3時間、いったい何をするのでしょうか?土産物コーナー巡りも、さすがに飽きてくる頃だと思いますが』
『あぁ、さすがに飽きた。』
チェックインを断られ、次の便を手配してからの約1時間、私はずっと空港の土産物売り場を物色していた。いくら世界最大級の空港とはいえ、1時間も土産物売り場を巡っていたら飽きがくるのは当然だ。
こうして、次々に出国していく飛行機を眺めて時間を潰すという手がある。だが、ああして飛び立っていく飛行機を見ていると、なんだか取り残されたみたいで憂鬱な気持ちになっていくのだ。
では、喫茶店にでも入って軽食を取ろうかという案もあるが、生憎と夫人が作ってくれたアップルパイのお蔭で腹は膨れている。しばらくの間、何も食べることが出来そうにない。
『到着が遅れるという連絡も、日本になさったのですよね』
『とっくにしたよ。……チェックインも終わったし、“姿くらまし”でもして外の本屋にでも行ってくるか』
『……私が暇なんですけど』
鞄の中にいるアルファルドが、むすっとした声で反論する。だが、その反論は聞かなかったことにしよう。そう思い、たった今、遥か上空へと飛びたった飛行機から目を離した。
その時のことだ。
低くて鈍い音がしたかと思うと、先程目を離したばかりの飛行機が赤い炎に包まれた。まるでベテルギウスのごとく輝いた飛行機は、あっという間に幾本もの流れ星へと姿を変える。轟音と共に分解され、散り散りになっていく飛行機を、私は茫然と眺めることしかできなかった。
それから数秒と待たずに、あちらこちらで湧き上がるのは、貫くような悲鳴。その悲鳴と一緒に流れるのは、待機中の飛行機が響かす爆発音。怯え逃げ惑い、泣き叫ぶ人々。必死に落ち着かせようとアナウンスが流れるのだが、そのアナウンスも冷静な声とは程遠いい。かえって、人々の恐怖を増長させていく。
『何が起こったのですか!?』
外の異変を察知したのだろう。アルファルドが、緊迫した声で問いかけてくる。私は首を横に振ると
『分からない、とりあえず面倒事に巻き込まれる前に逃げるぞ』
この状況だと、7時の便もその後の便も出そうにない。
この場に残って、下手に事情聴衆を受けるのは御免だ。もちろん、ただのマグル相手なので杖を一振りすれば面倒事から逃げられる……が、嫌な予感がする。さっさと、この場から逃げることにしよう。
そう思い、『姿くらまし』をしようとする。だが
「できない、だと?」
まるで、何か大きな力に押さえつけられているかのように、『姿くらまし』が出来ないのだ。私は左手でベルトに挟んだ杖を引き抜き、鞄に右手を入れナイフを探る。混乱して出口に殺到する人々の流れから抜け出し、人気のない方へと歩みを進めた。
『どこへ行くつもりですか、主!マグルの人混みに紛れて逃げた方が得策だと思いますよ』
『“姿くらまし防止呪文”を使われたということは、魔法使い又は魔女を閉じ込めるためだろ。つまり、この状況で狙われているのは私の可能性が高い』
抗議するアルファルドに対して、私は反論する。
『それにマグルを、巻き込んでみろ。下手したら、シリウス・ブラックの二の舞だ』
『……また、アズカバンまで行くのは辛い道のりですから、逮捕されないで欲しいですね。………主、数十メートル先の角に多数の魔法使いがいる気配がします』
真剣な声で、アルファルドは告げる。私は緊張感を高め、鞄の奥底にしまいこんでいた銃を足のホルスターに収めた。そして、ゆっくりと角を曲がる。
「『姿くらまし防止呪文』で、私を閉じ込めたのはアンタ達か?」
そこにいた人物たちは、大方予想通りのメンバーだった。……少しだけ安心した。こいつらなら気兼ねなく倒すことが出来る。
「ご名答」
パンパンと称賛するかのように、先頭にいた男が手を叩く。だけど、男の表情からは『称賛』の色が全く見えない。むしろ、私を小馬鹿にしているような表情だった。
「いやぁ、マグルの英国首相が搭乗したヒコーキの爆破に成功しただけじゃなくて、まさか『小鰯を投げて、クジラを釣る』って言葉があるらしいっすけど、この場合は『マグルで継承者を釣る』ッスかね」
多数の死喰い人を引き連れたシルバー・ウィルクスは、不敵な笑みを浮かべる。その後ろにいた死喰い人達の大半は、目深いローブを被っているので誰が誰だかは分からない。だが、何人かはシルバーの言葉に賛同して笑ったのは分かった。
「なるほど、あの飛行機に乗ってたのは、英国首相だったってことか」
だが、なんでこいつらがイギリス首相を狙う?いくつか理由を考えることが出来るが、そんなこと私には関係がない。私が今、やらないといけないことは1つだけ。
「私の行動を邪魔した責任を、しっかり償ってもらうか」
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5月7日:一部訂正