「っくそ、やはり使えないか」
ゲームのスイッチを入れるが、画面は白黒のモザイクがかかるばかりで音は耳障りな雑音。結局、家からゲーム機器はホグワーツに充満する魔力のせいで壊れてしまった。
「セレネ、早く行こう!」
ダフネが、髪をとかし終えたのだろう。鏡の前で立ち上がり私に呼びかけてきた。 私はため息をついてゲームの電源を切ると立ち上がった。
「そういえば、昨日マルフォイ君達が笑ってたけど、何かあったのかな?」
「知らない。アレだろ?ハリーが退学になったかもしれないからじゃないか?
それより、腹減ったな」
そう言いながら大広間に向かう。 すると大広間に入る前の階段にドラコとその取り巻き共がいるのが見えた。どうやら、彼らは食事をすでに終えたらしい。
「ん?セレネとダフネじゃないか。今から朝食かい?」
「まあな。ちょっと遅くはなったが、次は妖精呪文だろ?間に合う間に合う。
で、アンタ達は何してんだ?誰か待ってるのか?」
そう質問した時、ハリーと赤毛の子が駆け足で大広間から出てきた。ハリーはマクゴナガル先生に昨日怒られたばかりだというのに、満面の笑みを浮かべている上に何か細長い包みを持っている。
ハリーに、何か贈り物をする人がいただろうか? ハグリットという線も考えられるが、あれは一体なんなのだろう?
「ねぇ、アレって、あの形って」
ダフネが片手を口に当てて驚いている。 そういえば、あの包みの形ってどこかで見たことがある気がする。どこだったかを思い出そうと記憶を探っていると、ドラコ達が動き出す。
ハリーに近づきハリーの手にする包みをひったくるように手に取った。
まったく…一言かければいいのに。 だから軋轢が生まれてしまうということが何故分からないのだろう?そのことを注意しようかどうしようか迷っているうちに、ドラコの表情が変化した。彼は、少し触っただけでその包みが何か分かったのだろう。妬ましいのと悔しいのとが混じった顔をしたドラコがハリーを睨む。
「今度こそおしまいだな、ポッター。
1年生は箒をもっちゃいけないんだ」
「箒だって?」
思わずおうむ返しに聞いてしまった。
そういわれてみれば、箒のような形をした包み紙だ。私は珍しく目を大きく見開いてハリーを見た。
私が口を開く前に赤毛の子が得意そうに口を開いた。
「ただの箒なんかじゃないぞ。なんたってニンバス2000だぜ。君、家に何持ってるって言ってた?
コメット260かい?」
赤毛の子が嬉しそうにニヤッとハリーに笑いかける。
「コメットって見た目は派手だけどニンバスとは格が違うんだよ」
「君に何が分かる、ウィーズリー。柄の半分も買えないくせに。
君と兄貴たちとで小枝を一本ずつためなきゃならないくせに」
ドラコが噛みつくようにして、ウィーズリーと呼ばれた赤毛の子に話しかける。
これは少し不味いかもしれない。赤毛の子が拳を握ってわなわなと震えはじめた。
その時だった。
「君たち、言い争いじゃないだろうね?」
妖精呪文の授業を担当しているとっても小さな先生…フリットウィック先生がキーキー声で現れた。
先生はドラコの肘くらいの高さしかない。病気だろうか?それとも、人間とは別の種族なのだろうか?
「先生、ポッターの所に箒が送られてきたんですよ」
「いやー、いやー、そうらしいね」
先生はなんとハリーに笑いかけたのだ。
ドラコが引きつった顔をしている。取り巻きの2人もダフネも信じられない!という顔をしていた。たぶん、私もそれに近い顔をしているのだろう。
「マクゴナガル先生が特別措置について話してくれたよ。
ところでポッター、箒は何型かね?」
「ニンバス2000です。
実は、マルフォイのおかげで買っていただきました」
これが私の限界だった。
ハリーが怒りと当惑の入り混じった顔をするドラコを見て、笑いを必死でこらえているのを見るのはうんざりだった。
「何でそう思う……んですか?」
先生の手前、敬語を使う。つい地の言葉で話したら、色々と終わりだ。
「授業中にハリー・ポッターは先生の言いつけをやぶって箒に乗ったんですよ?
なのに、なんで彼は怒られることなく、罰されることもなく、規則をまげて箒を手に入れることが出来たのですか?」
先生は困ったような顔をした。
私を傷つけないように言葉を選んで話してくれようとしているみたいだった。
「ミス・ゴーント。
私が実際に現場を見たわけではないし、マクゴナガル先生からは『特別措置でポッターをシーカーにする』ということと、彼の腕前の素晴らしさしか聞いていないのだよ。
それに、校長先生が許可を出して決定していることなのだ。だからこの決定を覆すことは出来ない」
すまなそうにそう言うと、先生は授業の準備のため、短い脚を必死で動かしてどこかへ行ってしまった。
「なんでそんなに厳しい顔をするんだい、セレネ?」
ハリーは何で私が怒っているか分からないみたいだった。
当惑を浮かべながらも目がニヤついている。
私は息を吸うと元の口調に戻した。ダフネを先に大広間に行かせるとハリーに向き直った。
「ハリー、どういうことだ?
というか、そもそも君はマクゴナガル先生に叱られに行ったんじゃなかったのかい?」
「違うよ」
ハリーは首を横に振るって何があったかを話してくれた。
その時のことを思い出したのだろう…喜びを隠しきれない口調で、マクゴナガル先生がグリフィンドールのシーカーに任命してくれたことを話す。
私の隣にいるドラコは眉間に物凄い深いしわを寄せていた。
「だから、僕に箒が送られてきたのはマルフォイのおかげなんだ。
もし、マルフォイがネビルの『思い出し玉』をかすめていなかったら、僕はチームには入れなかったし」
「ふざけてるのか?」
「えっ?」
きっとハリーは私もその説明で納得すると思ったのだろう。
驚いて固まってしまっている。さてと、では何と言おうか。
「つまり、大元を正せば君は、ネビルのおかげ…っと言っているんだな?」
「えっと………」
「ネビルが玉を落とさなければ、アンタに箒が送られてくることはなかった」
「何が言いたいんだい?」
赤毛の子が前に一歩出てきた。私はその子を軽くにらむ。
「つまり、君たちは『ネビルが箒から落ちた』ということに感謝している」
「そ…そんなことないって!」
「いや、そんなことあるさ。
確かにドラコも人様のものを投げたのは悪いし、それをキャッチしたハリーは凄いと思う。
でも、そうはしゃぐことによって傷つく人がいるってことを忘れないでほしい。
それから……あまり浮かれない方がいい」
私は大広間の方をちらっと見た。
すると丁度ハーマイオニーが一段一段階段を踏むしめてのぼってくるところだった。 彼女の視線は、けしからんといわんばかりにまっすぐハリーの箒に向けられている。 あとは、彼女にまかせるとしよう。
「あまり浮かれない方がいいって、どういうこと、セレネ?
さっきの『ネビルが傷つく』ってこと?」
「それもあるが……
あのマクゴナガル先生が無料でアンタに箒を送ったんだ。
普通なら他の生徒に気を使って授業後に直接渡したりとか談話室にこっそり持っていったりとか手はあるはずなのに、それをしないで生徒の眼に付く普通の郵便の時間に送ったということは、先生自身我を忘れているってこと。
それだけ期待されているってことだ。
その期待を裏切ったら………まぁ、言わなくても分かると思うから言わないけどな。
私は早く朝食を食べないといけないし。
それから、ドラコももう少し立ち振る舞いに気を付けた方がいい。
あの時に、先生の言いつけを最初に破ったのはアンタだからな。いくら頭に来たからとはいえ行動に移すのが早すぎるぞ」
私は彼らの返事も聞かずに、まっすぐ大広間へと駆け下りて行く。
もうほとんど料理は残っていなかったが、いつも私が食べているソーセージとシリアルをダフネが確保してくれていた。やはり、持つべきものは友人だ。
私はダフネに礼を言うと、柔らかくてもっちりとしたソーセージを口にする。
「悪いな、ダフネ。あと少しで朝食の時間が終わるのに、つき合わせちゃって」
「ううん。いいの。 それにしてもよかった」
何が良かったのだろうか? ハリーが退学にならなくて、か?いや、それはない。彼女とハリーの接点がまずない。 私が不思議そうな顔をしているのが分かったのだろう。ダフネはあたりをキョロキョロと見わたした後、こっそり私に耳打ちをした。
「なんだか分からないけど、セレネの眼の色が赤くなっていた気がして……
たぶん、光の当たり具合だと思うけど」
「赤、だって?」
いったいどういうことだろうか? 蒼なら分かる。『眼』を使ったときは目が蒼く輝くからだ。
だが、赤というのが分からない。
ダフネは光の影響だと言っているけど、本当にそうなのだろうか?
私はその日1日、そのことばかり考えていたので授業に集中することが難しかった。