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No.33839の一覧
[0] もしも五年前に聖杯戦争が起きていたら【Fate/stay night IF】[迂闊](2012/07/09 19:56)
[1] もしも五年前に聖杯戦争が起きていたら【Fate/stay night IF】ー2[迂闊](2012/09/22 23:53)
[2] もしも五年前に聖杯戦争が起きていたら【Fate/stay night IF】ー3[迂闊](2012/10/20 23:25)
[3] もしも五年前に聖杯戦争が起きていたら【Fate/stay night IF】ー4[迂闊](2012/10/20 23:23)
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[33839] もしも五年前に聖杯戦争が起きていたら【Fate/stay night IF】ー2
Name: 迂闊◆81a9ff2f ID:db90a587 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/22 23:53
 「――――――告げる」

月明かりのみが照らす闇の中、枯れた男の声が鳴り響く。
背筋は伸び、右手は前に。 形は違えどそれは祈りの姿のようで。
何かに祈るように、何かに命ずるように、男は言葉を続ける。

 「―――告げる。
  汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に」 

それは、紛れもなく祈り。
魔術師という、神に祈るなどという言葉とは最も縁遠い存在が、祈る。
神ではなく、別の何か。 己を戦いへと参ずる資格を願い請う、祈り。

 「聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら―――」

とうに枯れ果てたその身でも、何かを成し得るように。
失ってばかりであったその生の最後に、もう二度と何かを失わぬように。
もはや縋りつく奇跡の杯はすらも無いというのに、それでも祈りの声をあげる。

あと一度、己の身と引き換えにしてでも、奇跡を掴み取るために。


□2月1日『2 契約』 


古風な和風家屋の庭にたたずむ、薄暗い土蔵。
小さな窓より差し込む欠けた月以外の光源も無く、静かに眠り続ける道具達に囲まれた空間。
その中央、床に直接描かれた魔法陣の前で、男は祈り続ける。

 「誓いを此処に。
  我は常世総ての善と成る者、
  我は常世総ての悪を敷く者」

全ては、今一度戦いに赴くために。
そのために必要な、起こりうる奇跡を起こすために。
戦争に用いる従者たる武器、サーヴァントを呼び出すために。

 「汝三大の言霊を纏う七天、
  抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

祝詞は、捧げられた。
それは、聖杯戦争への参加を誓う文言。
たった一つの聖杯を、七人の魔術師が従者と共に奪い合う儀式。
その為の従者を呼び出すという、魔術師であるならさして難しくもない魔術行使。

だが……

「やはり……ダメなのか」

男――切嗣は、かろうじて保っていた膝を折る。

魔方陣には、何の気配もない。
魔力の接続によって生じる光も、
召還の余波によって吹き荒れるマナの大嵐も、何も、起こりえない。

「そんなに、僕を拒むというのか……アイリ……」

力なく地に着いていた指を、握りしめる。
すでに三度、召還の儀式をとりおこなった。
触媒として陣の中央に士郎の血を入れた小瓶を置いて二度。
その触媒が原因であると考え、何も無しにもう一度、だが聖杯は応えない。

「僕が裁かれるのは当然だ……だが士郎は、それにイリヤだって……」

前回の戦争に参加した身でありながら、今日まで現れることのない令呪。
才能さえあれば、素人であっても可能であるはずの召喚の、失敗。
どう考えても、聖杯自体が切嗣の参戦を拒んでいるとしか思えない。
聖杯からすれば、前回完成寸前において自らを破壊した相手を拒むなど当然のことかもしれない。
だが、切嗣にはそんな考えは微塵も浮かばない、彼はただ、聖杯の一部となった彼の妻、アイリスフィールの意思であるようにか思えなかった。
幻とはいえ最愛であったはずの自分と娘を殺し見知らぬ世界を選んだ夫が、どことも知れぬ義理の子を救いたい、などという願いを許容するはずもない。

「アイリ……」

弱弱しく、懇願するように呟く切嗣。
涙は流れない、そんなものを流す資格は無いし、元より五年前に流しつくしているのだから。
窓から差し込む月明かりに照らされたその姿は、まるで神に願い己が身を投げ出す隠者のようであった。

無論、隠者の前に奇跡など起きないように、切嗣の身にも何も起き得なかったが。



……
………


近頃の殺人事件のせいか、街頭が照らす夜の町には人影すら無い。
ただ、押し入られることに恐怖する家々の明かりが、頼りなく夜を飾りつけている。

「…………」

そんな夜の街を、衛宮切嗣は無言で歩く。
もう着る事など無いと感じていた草臥れた黒のスーツに身を包み、ロングコートにその身を隠すように。
結局、衛宮切嗣は畳の上で死ぬよりも、戦場で倒れるほうが相応しいということだろうか。

(士郎……ちゃんと朝まで眠ってくれるといいが)

今夜の召喚を前に、切嗣は士郎に簡単な眠りの魔術を使用していた。
初歩の魔術でもあるし、本来なら失敗することなど無いが、今の切嗣では完璧な自信など持ちようがない。
士郎が目を覚まし切嗣の不在を知れば、当然のように切嗣を探しに外へでるだろう。 大河の実家である藤村組にも連絡が行くかもしれない。
だが、そういった心配をかけることを省みず、切嗣は外に出る。
全ては、己が戦いに赴く為に。

半ばの諦めと共に、士郎に召喚させるということも、考えた。 
それを避けるために、こうして逃げ出すようにに夜の町を彷徨っているが、それが恐らく無駄だろうどこかで思っている。

(まさか、あの騎士道精神とやらを当てにするしかないなんて、な)

士郎によって呼び出されるサーヴァントは、間違いなく彼の騎士王――アルトリア・ペンドラゴン。
理解したいとも思えないが、あの王の俗に言う高潔な人柄とやらは切嗣にも想像が付きやすい。
衛宮切嗣とは致命的に相性の悪い相手ではあるが、それでも何の力も無い幼子を戦場に出すとなれば主変えにも賛同するだろう。
だがそれは、可能であるなら避けたい事態だ。 切嗣と彼の王とでは破綻が目に見えているというのもあるが、それはどうでもいい。

(士郎、君は何も知らなくていい……)

召喚を行うということは、すなわち士郎に全てを話さなければいけないということだ。
それはつまりあの五年前の大火災も、士郎が全てを失うことになったあの惨劇についても伝えるということだ。
最悪の場合、士郎自身が戦いに参加するなどと言い出しかねない。 それを腕ずくで止められるほどの力は、切嗣には残されていない。
魔術を用いるにしても、魔術を道具と見なし、不要な魔術など収めていない切嗣には、マスター権をどうにかする技能など無い。
変更は士郎自身の意思によって、聖杯より配布されている三画の絶対命令権、令呪によってなされねばならない。

聖杯戦争の監督役である教会の人間ならそういった技能もあるだろうが、彼らは前回はこの地の名門たる遠坂家に肩入れしていた。
今の教会の主が何者かは知る由もないが、頼ろうという発想など、切嗣には生まれなかった。
つまるところ、士郎の不参加は召喚されるであろう彼女の騎士道精神のみが頼りということになる。
それに頼るというのは、切嗣としてはいささか以上に躊躇せざるを得ない事柄であった。



……
………


「……少し、辛いか?」

焦る気持ちを押さえながら普通の成人男性よりも遅い歩みでもって小一時間。 長い石段を前に一人ごちる。
切嗣の住む深山町は冬木市の中では郊外に位置するのだが、そこよりさらに西に進んだ町外れ、そこに一つの山寺・円蔵山柳堂寺が存在する。
この辺り一帯を檀家とする柳堂寺は山中の地形を利用した広大な寺ではあるが、そんな事はどうでもいい。
問題は、この山は内部に聖杯戦争の根源とも言える魔術装置・大聖杯を抱える、冬木市最大の霊地だということだ。
素人のマスターが何処とも知れぬ地でも行える召喚の儀式、場所そのものには大した意味などないのだろうが、それでも万一ということはある。

「はっ……はっ……」

半ば以上諦めの境地にありながらも、切嗣は山門に至る長い石段を上る。
息が切れ、視界が歪み、足取りが乱れる。
死を間近に控えた身体を手すりに預けながら、それでも一歩一歩上り続ける。
それは、あるいは神にその身を捧げる、生命最後の儀式のありかたにも見て取れた。

「…………?」

『それ』が、いつからそこに居たのかは、切嗣には定かではない。
恐らくは、切嗣がこの石段を上るよりも前から、そこにあったのだろう。

「これ……は」

女がいた。
恐らくは、女なのだろう。 黒い何かがそこにいた。
石段の端に蹲り、倒れ伏す、黒い長衣を纏った、女がそこにいた。

「…………ぅ」
「……サー、ヴァント?」

疑問系になってしまったのも、無理は無い。
サーヴァントとは、歴史に名を残すような英雄、英傑が死後に信仰へと昇華した存在、英霊を現世へと呼び覚ましたものだ。
直接的な戦闘能力に優れない、キャスター(魔術師)やアサシン(暗殺者)の英霊でも、切嗣のような現代の魔術師では太刀打ちできない存在。
そのサーヴァントが、そうであると思えないほどに、弱りきっていたのだから。

「……ふ……ふ、最後まで……ついてない、わね……」
「……お前は……」

高い、意外なほどに透明な声が漏れる。
彼女が普通の女ではないことは、切嗣でなくとも判っただろう。
どこの国のものとも知れぬフード付きの衣装と、そこからはみ出る薄紫の髪。
そしてその全てに付着した、夥しい量の赤い血液。 
そんな彼女は、切嗣よりもさらに死に近い場所に、居るようだった。

「マスターを、失った、のか?」
「ふ、ふふ……」

自己紹介など必要ない。 最初の言葉だけでお互いの立ち位置は理解できている。
長衣に隠れて細かくは判別できないが、女は何処かに怪我を負っているようではない。
それでも血に塗れ、死に掛かっているということは、その血は彼女のものではなく、それでいて彼女の存在には致命的な相手のもの。
すなわち、彼女のマスターのものとしか考えられない。

「失った、ね……ふふ、ふ……」

女は、何か面白い言葉でも聞いたかのように、嗤いを強くする。
それを受けて、切嗣はかすかに身構える。
見た目からすれば、キャスターかアサシン、あるいはライダー(騎乗兵)というところだろうか。
当人の戦闘能力はそれほど高そうに見えないが、それでも自暴自棄で切嗣に襲い掛かってくるという事も考えられる。

「ええ、確かにこの手で始末したとしても、失った事には変わりない、わね」

だが、彼女は切嗣など見てはいなかった。
彼女はただ、酷く滑稽な事柄だとばかりに、己の現状を口にした。

「愚かな男。
 実力も何も無いのに、自尊心だけは一人前で、それでいて臆病な、男。
 最弱と称されるクラスを引いた事を嘆き、その相手でも自分では足元にも及ばない事に憤り、仕舞いには他の参加者が相果てることを夢見てやり過ごそうとした男。
 あんなのをマスターだなんて、呼びたくもないわね。 だから、殺してあげたのよ」
「…………」

マスター殺し。
主よりも従者のが遥かに優れている聖杯戦争において、当初から危惧されていた事態ではある。
それを防ぐ為に令呪が存在するが、奸智に長けたサーヴァントならば巧妙に主を葬る事も不可能ではないだろう。
彼女の言葉を信じるなら、彼女はキャスター。 戦闘力は低くとも、知識面では最も強力なクラスだ。
前回のキャスターは宝具に特化した狂人だったが、彼女は話を聞く限りは全うに魔術に秀でた存在のようだ。

(キャスター……か)

そこまで考えたところで、静かに切嗣は両手を挙げた。
抵抗の意思が無いことを示すジェスチャーのようにも見えるが、掌の向きが逆だ。

「どういう……あああ、そういうこと。
 …………貴方、正気かしら? 私は今自分のマスターを殺したと言った筈だけど」
「ああ、本気さ。僕としては、お前のようなサーヴァントの方が、理解しやすい」

切嗣が見せたのは、手の甲。 正確にはそこに何もないということ。
それはつまり、切嗣はマスターではないということで、キャスターはその意味を正確に理解した。
切嗣は、聖杯戦争について知っているが、現在サーヴァントは居ない。 そしてそれを示すということは、キャスターとの契約を望んでいるということだ。

「僕は、前回の聖杯戦争のマスターだった」
「…それで?」
「前回、最後までは残ったのだけど、聖杯を手にすることは出来なかった。
 ただ、誰も手に入れられないように破壊してしまったのが、まずかったらしい。 
 此度の聖杯戦争で、僕は令呪を授からなかった」

あくまで余裕そうに、肩をすくめながら理由を告げる。
他にもう一つ、切嗣にはキャスターとの契約を望む理由があったが、それを口に出しはしない。
切嗣はあくまで、自分がマスターとして申し分の無い相手であると、キャスターに示すのみ。
非常に危険な相手ではあるが、それでもあの騎士王などとは比べ物にならない程に、ある可能性を感じさせる存在。

「どうする? 僕としては君が望ましいが、それでもまだ他にチャンスが無い訳じゃない。
 君のほうはどうやらそうではないようだけど」
「ふふっ、最低ね……貴方。 私なんかより余程魔女の名に相応しいわよ」

嫌悪に顔を歪めながらも、それでもキャスターは手を伸ばす。
切嗣の見立ての通りキャスターには猶予など幾ばくもなく、この機を逃せば後は消滅するのみだろう。
あるいは未だ名も知らぬ切嗣への意趣返しにこのまま消滅してやろうかという考えも浮かぶが、それを実行したりはしない。
彼女は魔術師として合理的な思考を逃しはしないし、それに幾つかこの契約を望む理由もあった。

契約の祝詞を捧げる。
召喚のそれと半ばまで共通し、最後のみ僅かに異なる文言。
呼べども応えぬ輝ける杯と王にではなく、己が願いに応える魔女へと捧げる祈り。
そう、それは、己の魂と引き換えに呼び出す、悪魔への祈りに似ていた。

 「―――我に従え! ならばこの命運、汝が剣に預けよう……!」

こうして彼を、運命は見捨てなかった。
いや、見逃さなかったというべきだろうか。
黄金の器のようにも見える欠けた月は、ただ静かにその光景を照らしていた。


□interlude - 『1-2』


面白く、なかった。
黒の髪を両側に纏めた少女は、可愛らしい顔を不満げに膨らませながら歩いていた。

「まあまあ、お姉さんはきちんと秩序を示せましたし、民衆に与える座興と考えればいいですよ。
 あのお兄さんはまた来そうですが、他の誰かが無秩序に挑むなんてことはもう無い、そう考えればあれも必要な事でした」

口に出しては居ないが、少女の考えていることなどお見通しということなのだろうか。
隣を歩く金の髪と赤い瞳の少年が、わかっているとばかりに声を掛ける。
二人は別に近所に住んでいるという訳ではなく、ただ少年は少女の知り合いの被保護者であり、少年の言伝でその知り合いの家に向かっている最中なのだ。

「……そんなこと、わかってるわよ」

励まし、或いは諌めの言葉を受けても、少女の機嫌が直ることはない。
そもそも、いま向かっている知り合いというのが、少女にとって出来るのなら会いたくない相手なのだ。
実際、普段は適当に用事を付けて呼び出しをすっぽかしているのだが、今回はとある事情によりそうもいかない。
それが理解出来ているからこそ、少女は尚のこと不機嫌なのだ。

「それでも、気に入らないものは気に入らないのよ。
 何よあいつ、他はなんでもかんでもあんなに下手っぴだってのに、なんで的当てだけあんなに上手いのよ!
 あの転校生が『やったね、お兄ちゃん』とか言って抱きついて、次の瞬間公園中が大拍手よ! 何で公平な勝負なのに私が悪役になってるのよ!」

だからという訳ではないが、少女の怒りはこれからの事ではなく、先ほどの出来事に向いていた。
不愉快であり、不快感しか感じない未来に比べれば、同じ不愉快でもどこか清清しいもののほうがマシであるから。

「悪役になってしまうのは、力有る者の義務というところですよ。
 お兄さんと同様の尊敬と、それを遥かに上回る畏敬を得た。 それでいいじゃないですか」

年長者、あるいは先駆者が後達を諭すように、少年はなだめる。
その言葉に、少女はわずかながらに怒りを静める。

(ホント、コイツは何であの教会にいるのかしらね……)

少年の保護者の名は言峰綺礼と言い、少女にとっては信じがたい事に、教会で神父などをやっている。
神父としては非の打ち所もない人格者であると評判だが、それでも少女はどうにも好きになれない『何か』を感じるのだ。
それに対してこの少年、五年前に起きた災害に際して孤児となり、言峰教会に一時的に引き取られたはずだが、いつの間にかそこに住み着いてしまった。
実の年齢は知らないが、時たま綺礼が長期に渡り教会を離れる際、その留守を完璧以上に守り続けている。
育ての恩といえばそれまでだが、綺礼とそこまで長く居られる人間というのが、少し信じがたい。

(まあ、コイツの事もよくわからないと言えばそれまでなんだけど)

実のところ少女は、少年の名前すら知らない。
気がついた時には知り合っており、その後も何だかんだと有能な腹心扱いしてきたため、気がついた時には聞けなくなっていたのだ。
まあそれを言えば公園で挑んできた少年含みあの場で顔を名前が一致するのは半分にも満たないのだが、さすがに腹心の名前も知らないとは今更言い出せる筈もない。

そんな特に取りとめの無い事を話しながら、二人は深山町から東、未遠川に掛かる冬木大橋を越え、冬木市の中心部である新都へと到達する。
目指す言峰教会は新都の中心地から少し外れた、小高い丘の上にある。
その丘を登る少女の足取りが、少しずつ重たいものになりながらも、数分、小さいながらも立派な教会へとたどり着く。

「ではお姉さん、また今度。 キレイの話はちゃんと聞いてあげてくださいね」
「あ、うん。 じゃあね」

肩を叩きつつ告げて、少年は少女に子供らしい別れを告げる。
正門たる大扉は信徒の為に開かれているのであり、そこで暮らす者の為ではない。
できれば着いてきて欲しいと思いつつも、呼び出しの理由が判っている少女はその言葉を飲み込む。
そう、ここから先は、『普通の人間が』踏み入るべき場所ではない。

「ふぅ……。 来たわよ、綺礼!」

一息、腹に力を込めた後、両の手でしっかりと扉を押す。
精一杯の虚勢と言ってしまえばそれまでだが、最初から気後れしていて渡り合える相手ではない。
用件はわかっているが、その事には触れない。 何故なら、その用件は少女にとっては歓迎しかねるものだから。

「…………?」

返事を待たず、少女は勝手知ったる礼拝堂の中を進む…………わずかに、違和感を覚えながら。
待ち伏せているかと思っていたが、それが無いことに拍子抜けした。 それも、ある。
だが普段どおり、主の相応しくない名前に恥じぬように掃き清められた礼拝堂に、何か妙なものを感じる。
それが何であるのか、少女にはわからない。 彼女はただ、首を僅かに傾げるのみ。

「来たか、凛」
「……っ! 性格悪いわよ、あんた」

その違和感は、聞きなれた男の声により霧散する。
低く、重厚でありながら、聞くものをどこか不安にさせる太い声。
そちらに顔を向けずとも判る、少女――遠坂凛にとっては見慣れた黒衣の男。
金髪の少年の保護者であり、不愉快ではあるが凛の後見人でもある、言峰教会の主、言峰綺礼。
彼はいつものように年齢よりも五歳は上に見える顔に、薄い笑みを浮かべながら凛を出迎えた。

「さて、わざわざ足を運んだ。 ということは遂に納得してくれたのかな?」
「まさか、逆よ逆。 正式に参加することを決めたからここに来たのよ」

言っている本人が欠片も信じていない言葉を綺礼が口にし、負けじと凛が返す。
元より凛は綺礼の元には極力近寄りたいと思っていないが、今はそれに加えて一つの争点が存在している。
凛は可愛らしい顔に精一杯の敵意と真剣さを載せながら綺礼を睨み付け、綺礼はそれを子猫の威嚇であるとばかりに受け止める。

「凛、兄弟子として最後の忠告だ。 今回は諦めたまえ」
「っ!」

だが次の瞬間、綺礼は凛もここ数年記憶に無いほどに真剣な顔つきになり、告げた。
その言葉に気圧される凛。 強がっていても、両者の力関係にはまだ大きな差がある。
凛の師、父親である遠坂時臣に師事する以前から一人前であった綺礼と、未だ成人にも遠い凛。
兄妹弟子であり、後見人という立場をも上乗せし、綺礼は凛に忠告する。

「……令呪は私の手に現れたわ。 私は遠坂の魔術師として、聖杯戦争に参加する義務がある」
「それは君の手柄ではない。 君の先祖が結んだ盟約による権利、いわば七光りにすぎんよ」

手袋を脱ぎ捨て、手の甲にある重なった円のような赤い痣を見せ付けるが、綺礼は取り合わない。
少女の手にあるのは紛れもなく聖杯戦争の参加資格たる令呪であるが、それが実力によるもの、とは凛自身が信じ切れていない。
遠坂の家は聖杯戦争という仕組みを作り出した『始まりの御三家』の一つであり、それゆえに聖杯戦争への優先参加権が与えられている。
当主であった時臣無き今、遠坂家の魔術師は凛しかおらず、それゆえに与えられたものにすぎないと、綺礼は切り捨てる。

「参加を決めたとは言っても、未だサーヴァントを持たぬ身。 今から取りやめても何の不都合もあるまい」
「……召喚の儀式は、今晩にだってやれるわ」

責め立てるのではなく、ただ事実のみを淡々と告げる。
凛自身も、その程度のことは最初から理解出来ているのだ。
彼女はただ、己の意地を拙い理論で武装しているにすぎない。

「……君の令呪は、お父上のものによく似ている」
「?」
「そう、時臣師でさえも、命を落としたのだぞ」
「っ!!」

と、そこで綺礼は関係なさそうな言葉を発する。
父親に似ていると言われた事への戸惑いと喜びで僅かに弛緩した凛に、特大の一撃を打ち込む。
ある意味禁句となっていた事実を、その名とともに、口にした。

「非の打ち所の無い魔術師であった時臣師は、考えうる限り最強のサーヴァントを従えて聖杯戦争へと臨まれた。
 だがそんな時臣師でさえも聖杯に届かず、非才な私はその死を見届ける事しかできなかった。
 そんな戦場で、この国の法はおろか魔術の世界でおいても成人にも満たないお前が、何をする」
「…………」

綺礼はいつもの薄い笑みに顔を戻し、諭すように言葉を紡ぐ。
凛は、言葉どころか顔を上げることもできない。

「遠坂の魔術師と言ったな凛よ。 だが魔術師とは、根源を目指す者。
 その為の法を綿々と紡ぎ続けてきた、家門の歴史そのものを背負う存在だ。
 お前が死ねば、時臣師の、遠坂六代の悲願は全て無かったものになる。
 それを守るのは、遠坂以前に魔術師として最低限の義務だ。 それをお前は破る気か」

兄弟子とはいえ、本来は魔術師の敵対者である、教会の神父に魔術師について諭される。
これほどの屈辱もそうはあるまい。 ましてや、その全てが正しいとなればだ。

「…………ょ」
「む?」
「それでも、よ!」

だが、凛は折れない。
伏せていた顔は綺礼を正面から見つめ、その瞳には決意の色を込め。

「聖杯を手にするのは、遠坂の魔術師としての義務!
 私は、遠坂の魔術師として全ての義務を果たすのよ!」

自分は、死にはしない。
遠坂の名に恥じぬ魔術師として、必ず聖杯を手に入れると。
遠坂凛が、遠坂時臣の名を出されて、尻尾を巻いて逃げることなど出来ないと。

「ふむ…………」
「…………」

綺礼は、その言葉を聞きながらも特に表情は変えない。
元より、大人しく聞き入れるような妹弟子だとも思ってはいないだろうが、それでも平静すぎる表情だ。
その態度に凛は思わず身構えるが、それはある意味では遅すぎた。

「こう、言っているが。 君はどう思うかね?」
「不可能とは言いません。 私とて未だ未熟な身、己の勝利を確信する理由などありませんから」
「えっ!?」

綺礼が、何事でもないかのように、凛ではない誰かへと語り掛ける。
その誰かは、凛が今の今まで存在にすら気づかなかった誰かは、綺礼の横手にある柱の隅から日常会話のように答える。

「あと五年、いえ三年もあれば良い魔術師となるでしょう。 それでも負ける気はしませんが」
「概ね同感だが、戦闘面で君と比べるのは少々酷というものだろう。
 ああ凛、紹介が遅れてすまない。 彼女はバゼット・フラガ・マクレミッツ。
 魔術協会を通じ此度の聖杯戦争へ参加することになった、優秀な魔術師にして、封印指定の執行者だよ」
「バゼットです、宜しく凛さん。
 綺礼とは以前に僅かばかりの縁があり、同じ協会に属する魔術師として貴女と引き合わせて頂きました」

(どんな縁よ!!)

何の言葉も返せず、ただ綺礼とバゼットをにらみつけながら、凛は心の中で呟く。 心臓は早鐘のように脈打ち、背には冷たい汗が流れている。

無表情な赤い短髪に耳には特徴的な雫状の飾り、紺のスーツと黒手袋に身を包んだすらりとした人物。 
ともすれば男のようにも見えるが、左頬に泣き黒子のある端正な顔つきが、彼女が男装の麗人であると告げている。
封印指定の執行者、それは魔術師にとっては聖堂教会の代行者と並ぶ、最大の疫病神に他ならない。
封印指定という、魔術師にとっては最高の名誉かつ最悪の厄介事を、実力を持って執り行う死神。
すなわち力尽くで、封印指定という余人には執り行えない魔術を用いれるという実力者を、倒し得る存在だ。
それが、魔術師全ての天敵であるはずの代行者である言峰綺礼と知り合いなどと、悪い冗談としか思えない。

「さて凛、わかっているだろうが、バゼットにその気があればお前の聖杯戦争はここで終わっていた。
 時臣師に従っていた頃の私にも及ぶ戦闘能力に加え、既にサーヴァントすら召喚し終えている。
 未だ未熟の身にありながら召喚すら済ませぬお前とは、雲泥の差というものだな」
「う……」

綺礼の言葉に、凛は何の反論も口に出来ない。
凛がこの場を訪れてから今まで、全てにおいて綺礼は正しい。
拙い理論も、幼い義務感も、せめてもの激情すらも悉く粉砕された。 

「…………」
「まだ、聞かぬか」

それでも凛は敗北を認めない。
もはや凛にあるのはちっぽけな意地だけだ。
ただ敗北だけは認めまいと、顔を伏せずに目に力を込め、綺礼の顔を正面から見続ける意思の力。

「おいおい、そのくらいにしといてやれよ」
「きゃあ!?」

それに意味があったのかなかったのかはわからないが、少なくとも一つの事象が起こりはした。
突如として聞こえた男の声とともに凛の頭の上に大きな手が乗せられ、彼女は思わず年相応の声を上げる

「ランサー、挨拶も無しに少女を驚かすのは趣味が悪いですよ」
「んー? 気に入ったガキを撫でるなんざ当然の事だろ、この嬢ちゃんはマスターと同じくらいいい女になるぜ。
 俺はランサーだ、短い間だろうがマスター共々よろしくな、嬢ちゃん」

咄嗟に振り払おうとするが、どういうわけか叶わず、軽快な声と共に毎日櫛を入れている頭をわしわしとされてしまう。
頭を撫でられるのなど五年ぶりだが、凛の記憶にはついぞありえないほど力の入った乱暴な手つきであった。

「ランサー、まだ決まったわけではありませんよ」
「だってよ、この嬢ちゃん入ってきた時には俺たちの気配を何となくだが感じてたぜ?
 今回の場合はそこの野郎の声かけたタイミングが意地悪すぎだ。 違和感を理解する前にそこから意識を逸らしやがって。
 まあそういうの事もあるとは覚えておくべきだが、ギリギリ合格点。 マスターもそう思うだろ?」
「そうですね、確固たる参加の意思を見せた上で、私たちを僅かでも察するのが、協力者として最低限の基準。
 あらかじめ綺礼と示し合わせていた条件は、問題無く果たせたというべきでしょう」

どうにか振り解こうとする凛を楽しげにあしらいながら、ランサーと呼ばれた男、いやサーヴァントはバゼットに返す。
バゼットは、幾分かランサーに不満げではありながらも、その言葉を趣向するが、どちらも凛の目には入らない。
ランサーに抵抗しつつも、凛の脳裏を占めていたのは、たった一つの事柄。

「そう怖い顔をするな凛。 これは、せめてもの親心だと思ってくれたまえ」
「……親心?」

そう言いながら笑みを強める、兄弟子や後見人と認めたく無い男の、最低最悪な精神性についてのみ。
ようするにこの男は、凛の参加を既に決定事項とし他者にも協力を頼みながらも、その関門の難度を考えうる限りの方策でもって上げにかかったのだ。
その嫌がらせによって凛が参加を取りやめ、事前の根回しやら監督役としての公平性といった諸々が全て犠牲になったとしても構わないとの心積もりで。

「長い付き合いだ、お前が言っても聞かないことくらいわかっていたとも。
 悩んでいた最中に彼女から連絡を貰ってね、旧知の誼で妹弟子への協力を請うたところ、条件付きだが了承して貰えた。
 彼女は戦闘に秀でた魔術師としての、言ってみれば箔付けとしてこの戦争に参加しており、聖杯に託す望みは持ち合わせていない。
 地の利に長けたセカンドオーナーであり、実力性格ともに事前に知ることの出来る協力者が出来るというのは、彼女としても望むところだ。
 無論、最終的にはお互いのサーヴァントでもって雌雄を決する必要はあるだろうが、それでも君が無為に命を落とす危険は格段に減るだろう」
「ああ、そう。 ありがたすぎて涙が出るわね」

そして何よりも、凛としてはこの協力関係を受けるしかない、という事だ。
己が未熟であるとは凛自身がわかっているし、バゼットの戦闘能力は到底抗えるものではないとも察せる。
ランサー(槍兵)のサーヴァントも、軽薄そうな言動とは裏腹に非常に高い能力を所持しているようだ。
サーヴァントだけならあるいは上回る可能性も無いでもないが、その能力にのみ頼り聖杯を得るなど凛の自尊心が許さない。

「難しい事言ってんなぁ。 大人なんてのは決心付けたガキの背中押してやりゃあいいんだよ。
 俺が初めて戦場出たのは嬢ちゃんよりも幼い頃だし、逆にそれくらいのガキと戦った事もある、戦いってのはそういうもんだろ」
「貴方と一緒にするのが間違いです、ランサー。
 協力関係そのものは承知しましたが、それでも綺礼の言葉の正しさは貴女にもわかりますね、凛さん」
「ええ、わかっているわよ。 宜しく、バゼットさん」

凛をからかうのに飽きたのか、ランサーが瞬時にバゼットの隣にまで移動する。
軽薄そうな表情だが、それでも隠しきれぬ精悍さと獰猛さを持った赤い瞳に、後ろで纏めた青い髪。
動きを妨げぬような造りでありながらも全身を包む、同じく青の鎧に、バゼットのものと同型に見える雫状の耳飾り。
お互いがお互いを認め合った理想的な主従に対し、凛は並びうるものを何一つ持っていない。
それでも、凛はあくまで対等であるように、応える。 それが遠坂凛が遠坂凛たる矜持なのだから。

「…………」

握手があるわけでもなく、話し合いはそこで終わる。
その光景を無言で見つめ続ける言峰綺礼は、ただ僅かに笑みを深くしたのだった。


□interlude out

前回は書き忘れましたが、誤字、脱字、妙な点等ございましたら遠慮なく指摘お願いしますー。


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