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No.33839の一覧
[0] もしも五年前に聖杯戦争が起きていたら【Fate/stay night IF】[迂闊](2012/07/09 19:56)
[1] もしも五年前に聖杯戦争が起きていたら【Fate/stay night IF】ー2[迂闊](2012/09/22 23:53)
[2] もしも五年前に聖杯戦争が起きていたら【Fate/stay night IF】ー3[迂闊](2012/10/20 23:25)
[3] もしも五年前に聖杯戦争が起きていたら【Fate/stay night IF】ー4[迂闊](2012/10/20 23:23)
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[33839] もしも五年前に聖杯戦争が起きていたら【Fate/stay night IF】
Name: 迂闊◆81a9ff2f ID:09ce0331 次を表示する
Date: 2012/07/09 19:56

後悔だらけの人生だった。
他人から見ればそうは思われないかもしれないが、彼にはいつだって後悔しかなかった。
後悔を埋めるために強さを得て先に進み、戦いを続けて、得られたのはいつも新しい後悔だけだった。
いくつもの後悔を積み重ねてその全てを覆しうる奇跡を望み、そうして彼の人生に残されたものは後悔だけとなった。
それを覆す方法も、意思も、能力すらも失った男は、後悔を抱えたまま朽ちていくだけの存在となり……皮肉なことに平穏を得た。
だが、

「初めまして、シロウのお父様」

後悔に目を背け、平穏な日常の中でただ死を待つのみであった男の残骸。
その前に平穏な五年分の日々の後悔が現れぬと、どうして言えようか。

「理由があって遠くよりフユキの地に参りました、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと申します」

そうして、一月を待たずして土に返るはずだった男――衛宮切嗣は、その生における最大の後悔へと、対面した。


□2月1日『1 プロローグ』


古めかしい日本家屋の廊下に、日の光が降り注ぐ。
昼を過ぎた一日のうちで最も強烈な陽光とはいえ、それが冬のものとあっては幾分頼りない。
だが、そんな弱々しい日差しすらも耐え難い、とばかりにゆらゆらと歩く男が一人。
ボサボサの頭に、枯れたような肌、諦観のただよう瞳を持ち、作務衣に身を包んだ男。
かつて理想に身を焼き尽くされた愚かな男の抜け殻、名を衛宮切嗣を言った。

「やあ大河ちゃん、早いね」
「もうお昼過ぎですよー、って起きても大丈夫なの切嗣さん?」

彼の肉体は五年前に理想と共に焼き尽くされ、30代の半ばとは思えぬほどに衰えている。
もはや起きていることすら苦痛ではあるが、それでもどうにか青年期の男性らしく日々を過ごす切嗣。
義理の息子が作り置きしておいてくれた食事を取りに居間へと出向いた彼を出迎えたのは、一人の女性だった。
彼女の名は藤村大河。 切嗣とも義理の息子とも血の繋がりはないが、それでも家族の一員と言っていい存在。
出会った頃は後ろで纏めていた茶の髪を背中に流し、幾分か落ち着いた雰囲気を感じさせなくも無いが、それは見た目だけの事。
大学の休暇中に帰ってはきたものの、冬木の虎と呼ばれた女傑っぷりは健在だと、よく義理の息子は切嗣に愚痴っている。
実際、目の前にいる大河は女性というよりは少女と呼んだほうがしっくりくるぐらいのエネルギーを放っているのだ。

「うん、僕は食事は居間で食べたい人間だからね」
「うーん、士郎が大丈夫って言ってたけど、本当なのね」
「はは、心配させてごめんよ、っと今日は鮭か」
「って、やだあたしったら! すぐに並べるから切嗣さんは座っててー!」

もっとも、実は切嗣自身は噂にたがわぬ姿というものを目にした事は無い。
義理の息子、士郎と道場で鍛えているときに多少の大人げなさを感じなくもないが、姉ぶった少女というのはあんなものだろう。
食事を並べる動作に多少の荒っぽさを感じなくもないが、元気がないよりはいいだろう。
大河の厚意に甘えつつ、手を合わせてから箸を取る切嗣。 
士郎は何も言わないが、最近の白米は食べやすいように柔らかめに炊かれている。
あれやこれやと世話を焼きたがる大河に茶と蜜柑を進め席に着かせ、大学での近況などに耳を傾ける。
大河はやたらと切嗣に喋りたがるが、切嗣としても大河の話を聞くのは嫌いではない。
士郎と二人の食事に文句などないが、やはり女性がいると華がある。 咲きすぎではあるが。

「ふう、ご馳走さまでした」

箸を置き、手を合わせる。 用意してくれた士郎と、目の前の大河に対して。
片付けもやるという大河をやんわりと断りつつ、皿を流しに運ぶ。
たかだか数百グラムの重さを手に強く感じるが、それでもまだ少しは大丈夫だろう。

「それにしても士郎も薄情よねー、ご飯だけ用意してどっかに行っちゃうなんてさ」
「はは、僕としては世話をしてくれるよりも外で遊んでくれた方が嬉しいよ、男の子は元気が一番さ」
「んー、それは確かにそーなんですけどー」
「大河ちゃんだって、弟分には家事よりも運動をしていてほしいだろう?」
「むー」

ぶー、と口を3の字にしつつ、卓袱台に耳をつける大河。
活発なのはいいが、敬愛する切嗣を放っておかれるのも困る。
実際のところあの弟分がそんな無碍な扱いなどできる筈も無いことは理解しているが、それはそれでなんとなく面白くない。

「でもほんの十分くらいの差だったのに……男には逃げちゃいけない事があるんだー、だなんて大げさな」
「少し前から仲良くしている子がいるみたいなんだ。 天敵みたいに言ってるけど、その子の事を喋る時は顔が輝いているね」
「あー、悪魔みたいな相手と決闘の待ち合わせとか言ってたわねー、詳しく聞いたら女の子らしいから悪魔とか言うなって矯正しといたけど」
「へぇ、女の子だったのか。 かわいい子だといいけどなぁ」
「あー、切嗣さん何考えてるの! 大体女の子とか言ってもあれですからね、士郎に痣作っちゃうような悪魔なんですからね!」

二回に分けてようやく流しに食器を運び終わる。
流しの上には何種類かの容器が並んではいるが、切嗣は石鹸と食器用洗剤以外は触る事を禁止されている。
スポンジを手に取り、蛇口を捻る。

「痣? 朝見た時はそんなもの見えなかったけどなぁ」
「あー、ええ。 顔じゃなくって手の甲に大っきなのがあったんですよー。 一体どうすればあんなとこに痣が出来るのやら」
「……っ!?」

ガシャン
僅かな、動揺。
水気が多かった事もあり、切嗣の手から茶碗が零れ落ちる。
幸いな事にシンクに落ちたので傷は付いていないが。

「って切嗣さん大丈夫ー? やっぱり私がやろーか?」
「い、いや大丈夫だよ」

内心の動揺を表に出さないようにしつつ、大慌てで片付けを続ける。
そのような事がある筈が無い。 思考の大部分で否定しながらも、悪い予感が消えない。

「で、その痣っていうのはどういうのだったんだい?」
「んーと、右手の甲に筆で書いたみたいにまっすぐに赤いのが出来てて。 
 本人は全く身に覚えが無いとか痛くもないとか言ってたけど一応包帯を巻いておきましたよ」
「…………そうかい、それは、ありがとう」

片付けを終えて、居間に戻る。
知らず、顔が強張っている。

「って何か怖い顔してますけど、何か心当たりでもあるんですか、切嗣さん?」
「あ、ハハ……いやまさか。 ただ士郎が僕に隠してたことがショックなだけだよ」

万に一つも無いであろう最悪の予感を強引に振り払い、適当に大河を誤魔化す。
予感を振り払おうとリモコンに手を伸ばし……すぐさま後悔することになる。

『では次のニュースです。 昨夜未明、冬木市○○町で△△さんの一家が殺害された事件で……』
「あー、これ怖いですよねー。 少し前に起きた事件と同一犯じゃないか、なんてテレビは無責任に煽っちゃって」
「昨夜、未明…………同一犯だって?」
「あ、テレビがそう言っているだけですよ。 一部じゃあ五年前の再来だー、なんて」

大河がテレビの文句を続けるが、切嗣の耳には届かない。
確かに数日前にも一家惨殺事件が起きていた。 痛ましい事だとは思ったがその時はただの事件だと聞き流していた。
だが、警察の捜査にも関わらず何の進展も見せず、今また同じような事件が冬木市で起きた。

『現場からは犯人の指紋はおろか足跡すら発見できず、痕跡をたどる事は困難と』
「……嫌な、事件だね」
「全くですねー、まあこんな時は逆に人の多い場所の方が安全かと思って士郎の外出は許しましたけど」

その後も食い入るようにニュースを見続けたが、結局切嗣の不安を解消してくれるような情報は流れなかった。


□interlude - 『1-1』


少年にとって、その現実はあまりにも受け入れ難いものであった。
共産主義者でも自由主義者でもないしその意味すら知らない少年ではあるが、それでも彼には理想があった。
皆が皆、平和に笑って暮らせる場所、それが欲しかったというのに。

――どうしてこのような状況に至ったのか、実のところその全てを少年は把握してはいなかった。
ただ、気が付いた時にはもうどうしようもないくらいに世界は歪んでいて。
それをどうにかできるだけの力量を持つ者の手に、委ねざるを得なかった。
そうして始まったのは、暴君による治世。
時には力で、時には女の武器で、確実かつ磐石に世界を構築する王。
一見すれば公平で、だがその法とは王の下にあるものでしかない、歪んだ世界。
だからこそ少年は、王へと挑んだ。
王の法によって救われることの無い小数を救う、そんな存在として――

「公園はみんなのものなんだよ!」

赤い髪の少年が吼える。
赤というよりは鉄錆色とでも言うべき髪色に、どこかに浮世感のある黄土の瞳。
まだあどけなさの残る幼顔に精一杯の真剣さを込めながら、少年、衛宮士郎は宿敵と向かい合う。

「そう、その通りね。 でも、だからこそ遊ぶのにも秩序が必要なのよ」

対峙するのは黒い髪を両サイドに纏めた気の強そうな少女。
はっきりとした意思の輝く緑の瞳に、満面に自信を蓄えた可愛らしい顔。
小さな世界(公園)とはいえ其を統べる王は、その法をもって王権に挑む賊と対峙する。



……
………


「勝負あり、ですね。 お姉さんの勝利です」
「ふん、まあこんなものね」
「くっ……」

戦いはすみやかに終わった。

士郎に味方はいない。
自由気ままに遊びたい、という意思は持っているものの、それでも士郎とともに少女に歯向かおうとするものなどいない。
多少の不自由さを享受したとしても、仁義無き縄張り争いを繰り広げる理不尽さにくらべれば遥かにマシだから。
そして、女の子に手を上げるなどもっての他という思考の士郎にとって、少女の土俵である舌戦に挑むなど死地と同義語でしかなかった。
戦力の差ははっきりしている。 
強い、王はあまりにも強い。
滑り台の上に陣取り、金髪の腹心と百の配下を従えた王は、タイガーよりもなお可愛く、冬木の虎よりもなお理不尽だ。
士郎は、理不尽な現実の前に膝を折ろうとする寸前であった。

「あきらめちゃうの?」

だが、その士郎を押しとどめる声があった。
高く澄んだ、まだ幼児期のものとすら思える、透明な声が。

「戦っていたんでしょ、正義の味方として。 それをあきらめちゃうの?」

正義の味方なんて、そんな風に名乗った事は無かった。
そういうものがとても素晴らしいものだと思い、そうなりたいと思っていても、口にした事はなかった。
だが、こうして見知らぬ少女の口から零れたその言葉に、惹かれた。 焦がれた。
衛宮士郎は、正義の味方になりたいのだと、そう理解できたほどに。

「ちょっと、貴女転校生? 別に挨拶しろとは言わないけど、普通に遊びたいならそいつのバカはあんまり聞かないほうがいいわよ」

突如として現れた来訪者に、王は手袋を付けたままの手でもって問いを投げかける。
悪辣ではあるが狭量ではない彼女としては、わずかながらの打算と善意でもって、少女に忠告する。

「ううん、私はお兄ちゃんと遊ぶ」
「はぁ? どういうことよ」
「だからぁ、私はお兄ちゃんと遊ぶ、応援する。
 貴女の言う事が但しいのはわかるけど、それでもお兄ちゃんの言う事も正しいの、だから私はお兄ちゃんの味方をするね」

理解できない、という顔で王は再びまじまじと少女を眺める。
士郎も、その時初めてその少女の顔を眼にする。
長い、雪のような銀の髪と、赤い瞳と、紫で統一された長い衣服。
士郎たちよりも幾分か年下であろうその面貌は、王に勝るとも劣らぬ可愛らしさ。
忽然とした現われ方とあいまって、士郎にはまるで雪の精か何かのようにすら思えた。

「ほら、お兄ちゃん。 男の子なんでしょ、女の子を待たせるものじゃないわよ」
「ああ、そう、だな」

士郎は、立ち上がる。
別に誰かに理解して欲しかったわけではないが、それでも誰かが見ていてくれる事は、嬉しかった。
その事が励みとなり、力となった。
だから、士郎は立ち上がる。

「ふん、まあいいわ。 再び返り討ちにしてあげる!」
「あはは、その意気ですよ、お姉さん。 裁くに値する賊は、手ずから誅するものです」

無邪気な笑みを浮かべる金髪の腹心の声援を受け、王も気勢を新たにする。
法を布く王と、理不尽に挑む正義の味方。
その戦いが、再び幕を切って落とされた。



……
………


まあ、結果的には士郎に勝ち目などなかった訳だが。
言葉の勝負は差がありすぎると銀の少女は訴えたが、かといって殴り合いなど出来る筈もないので急遽行われた十番勝負。
かけっこは愚か腕相撲すらも敗北した士郎は、辛うじて的当てのみ勝利を拾えただけの惨敗。
この分では殴り合いでも勝ち目など無かったのだろう、おそらくは。

「負けちゃったね」
「ああ、折角応援してくれたってのに、すまない」
「ううん、いいの。 ……格好良かったよ、お兄ちゃん」

勝敗そのものはさほど気にした風でもなく、少女は士郎に微笑みかける。
実際のところ、10番勝負は盛りに盛り上がった。
最初は連敗する士郎をあざ笑い、哀れむ空気ではあったが、それでも最後まで諦めない士郎には、いつしか声援が投げかけられた。
それどころか、無慈悲な王に対する不満のようなものさえ感じられたのだ、これは実質の勝利と言ってもいいだろう。
全ては、この少女が齎したものだ。

「ありがとうな、俺は衛宮士郎、君は?」
「私は、イリヤ。 本当はもっと長いんだけどイリヤでいいよ、し…ロウ?」
「違う、それじゃ死蝋だ、士郎だよ、シロウ」
「シ…ろぅ、シェロ……シロウ、うん、こうかな、日本語って難しいね」

なんとなく自由解散の流れとなった公園で、今更ながらに士郎は自己紹介をする。
たどたどしく士郎の名を口に乗せる少女は微笑ましい。

「そういえば、右手の包帯が解けてるよ、シロウ」
「ん、あれ? 本当だ」

出掛けに姉貴分に指摘されていた事実を、少女に指摘されて思い出す。
元々痛みもないので忘れていたどころか勝負の際に思いっきり使用していたが、そういえば右手には妙な痣が出来ていたのだった。

「私が巻きなおしてあげるね」
「いや、いいよ。 これぐらい自分で出来る」
「いいからいいから。 赤くって、なんか微妙に綺麗な痣だね、シロウ」
「んー、どうやって出来たのかよく覚えて無いんだけどな」

士郎の右手を取り、痣に手を触れながらも丁寧に包帯を巻き上げるイリヤ。
年下とはいえ女の子の手に触れた事で士郎の頬が僅かに赤く染まるが、そのことにイリヤは気づかない。
彼女はじっとその痣を見ながら、まるで何かを隠すかのように、笑みを強めたのだった。


□interlude out


「へぇ、イリヤの名前ってそんなに長いのか、よくスラスラと言えるな」
「ふふ、シロウはイリヤって呼んでいいよ、特別にね」

ちょこんとスカートの裾を摘み、可愛らしくお辞儀をした少女と、それに驚く士郎。
言葉が、無い。
大河が切嗣の様子が微妙におかしいと感じつつも、用事もあってか帰宅して後、切嗣は不安な時間を過ごしていた。
無理をすれば迎えに行けないことはないが、もしそれで何もなければ士郎にどれだけの心配を掛けることか。
そのような事を悩みつつ、やはり出かけようと思った矢先の帰宅。
安堵とともに玄関に向かった切嗣の眼前には、想像すらしなかった光景が広がっていたのだから。

「へー、これがシロウのお家なんだ。 ニホンの家って本当に木と土で出来てるんだね」
「ああ、まあこういう家は最近珍しいんだけどな。
 っとただいまじいさん。 いきなりで悪いんだけどこの子はイリヤ、今度この辺りに引っ越して来たらしいんだ。
 見ての通り外国の子でウチみたいな日本家屋は珍しいらしいから見せてあげたいんだけど」
「…………っ」

言葉が、無い。
何の障害も無く、無邪気に会話する義理の息子と……実の娘。 
そんな、ありえない筈の光景が。
ありえてくれたのならどんなに幸福で、

「イ………」
「どうしたの、『シロウのお父さま』 顔色が悪そうだけど?」

だからこそあってはならない光景がそこにはあったのだから。

「あ、ほんとだ。 大丈夫か爺さん? 何ならまた別の日にしてもらうけど」
「うん、残念だけど仕方ないかな? 私ならいつまでも待ってられるよ?」

無邪気に、微笑む。
いつか見たその時のまま、両親の帰りを待つ娘のように。
『待っている』と。

「い、いや、大丈夫だ。 上がってもらいなさい」

断れる筈が、無かった。
例え死の床に伏していたとしても、帰らせるなどという事はありえない。
衛宮切嗣が、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンを無碍に扱うなどという事はありえない。

「シロウ、確か道場に大河ちゃんから頂いたお菓子が供えてあったろう、折角だから出してあげなさい」
「ん、ああそれはいいな、めずらしく気が利いてるな、爺さん」

切嗣の提案に何の疑問も抱かず、士郎は案内してきたイリヤを置いて居間を離れる。
これで…………何の気を利かせる必要も無くなった。

「爺さん、なんて呼ばせてるんだ、キリツグ」
「あ、ああ。 僕が呼ばせた訳じゃないんだけど、いつの間にかね」
「ふふ、仕方ないんじゃないかな。 だってキリツグは本当にお爺さんみたいだもん。
 そんなんじゃあお母様が悲しむよ、旦那様にはカッコいいところを見せて貰わないとね」

無邪気に、笑う。
記憶の中にある表情そのままに、僅かに成長させて。
無邪気なだけだったはずの幼女の笑みは、いつの間にか少女の微笑みへと変化していた。

「イリヤ、君は」
「イリヤスフィール」

その微笑みが、凍りつく。
緩まった口元も頬もそのままに、ただ瞳の奥底のみが冬の吹雪へと。
切嗣を拒絶した冬の森を感じさせる冷たさをもって。

「シロウは特別だって、そう言ったよね。 いきなり愛称で呼ぶなんてレディに対して失礼なんじゃないかな」
「あ、ああ、そうだったね。 …………ごめん」
「ふふ、いいよ。 だってイリヤの友達のお父様だもの、礼を逸した事は見逃してあげる」

イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、衛宮切嗣を拒絶する。
貼り付けたような微笑みで、感情を見せぬ天使のような表情で。
その奥に秘めたありとあらゆる感情を表に出さぬまま、五年越しに再会した実の父親を拒絶する。

「…………」

だから、切嗣は何も言えなくなった。
元々娘に対して強く出れる父親ではなかったが、それ以上に彼にはイリヤに負い目がある。
イリヤの側から拒絶された以上、衛宮切嗣が口に出せる言葉など、存在するはずもない。
ただ、イリヤの視線からは逃げぬように努力しつつ、沈黙を守るのみ。

「あ、士郎に会ったのは偶然だよ? 話に聞いていただけ。
 でも一目でわかっちゃったな、キリツグにそっくりだもんねあの子、顔以外」
「……ああ、僕としては少し、複雑なんだけどね」

にこやかに続けるイリヤだが、その言葉の一つ一つに見えぬ棘が生えている。
血のつながりが無いというだけで、実の子より父に近い、義理の息子。
実の娘を捨てて、どことも知れぬ子を育てる男親。
そして、母の面影はあれど、父親に似たところの無い娘。

「でもびっくりしたなぁ。 たまたま義理の家族に会えるなんてね。
 両親なんていなくてもちゃんと成長してるって事をお父様に見せに来ただけなのに。
 折角の晴れの舞台ですもの。 一応お父様にも立派な姿を見せておこうかな、ってね」
「イリヤ」
「…………」
「……ス、フィール……」

弁解の言葉も、謝罪するべき事柄も、山ほどある。
だが、その全てを吹き飛ばす真冬の冷たさを、イリヤは放ち続けている。
だから、切嗣は最も問うべき事を問う事にした。

「……聖杯戦争は、60年周期の筈だ」
「うん、本来はね。 でも誰かさんが願いを叶えずに聖杯を破壊したから、随分と早まったみたい」

イリヤスフィールの父親としてではなく、魔術師・衛宮切嗣として口を開ける事柄へと。
アインツベルンの城から出る事の無い筈の娘が、こうして冬木の地まで出向いて来得る事態を。
もはや忌まわしさしか感じられない、その魔術儀式の名を、問うた。

「……馬鹿なっ!!」
「そんな事言われても事実は事実だからしょうがないでしょ。
 大聖杯は起動し、既に四騎のサーヴァントが現界を果たしている。
 前哨戦とかも起きているみたいだよ? イリヤはここに来たのが初めてだけど」

あの地獄が、災厄が、再び巻き起ころうとしている。
しかもその戦いに、己が命よりも大事であった娘が参加するというのだ。
そして、もう一人。

「そのついでに、裏切り者の様子も見に行ってもいいって言われたのだけど……まさかそこに他のマスター候補までいるとは思わなかったかな」
「…………っ」

その地獄から救い出せた唯一の存在、衛宮士郎までもが巻き込まれるというのか。
嫌な予感は、最悪の形でもって当たってしまった。
せめてイリヤに確認される前であれば何らかの手を施せたかもしれないが、今となっては手遅れだ。
イリヤに、あるいは他のマスターにも視認されてしまっているかもしれない。
子供だからと、候補にすぎないからと見逃してくれる相手など、いるはずもない。

「イリヤ、おねがいだ! 士郎だけは」
「これってお母様の導きかな? たとえ本物じゃなくても家族を殺すような人に、罰を与えるための」
「それは、だけど……僕は、イリヤを、アイリを」
「その名前を呼ばないで!!」

瞬間、イリヤの顔色が変わると共に、切嗣は何かによって言葉を奪われた。
懇願にすぎないとはいえ、それでも己の命程度ならは差し出す覚悟を。
弁解などできる筈もなく、それでも己の内にある言葉を。
その全てを、少女は憤激でもって拒絶した。

(サー、ヴァン……ト)

一瞬遅れて、切嗣は己の肉体を襲った衝撃の正体を理解する。
切嗣の肉体は、巨大な灰色の手によって、空中に持ち上げられていたのだ。
握り締められているせいで身体が動かせず、全貌は把握できないが、成人男性の胴体を片手で握りしめられる生物など、普通ではない。
触れている手から感じられるのは濃密な魔力の塊であり、それは間違いなく聖杯戦争に呼び出されたサーヴァントに他ならない。
そして、サーヴァントを連れているということは、イリヤこそが今代のアインツベルンのマスターである、ということだ。

「他所の家の人が愛称で呼ぶのは失礼だって、言ったよね。
 それに、キリツグがお母様の名前を口に出すなんて、許さない」

可愛らしい顔の全てに怒りを込めて。
愛らしささえ感じられる表情に精一杯の憎しみを乗せて。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは初めて、父親へと感情を露にした。

「そう、裏切り者に、部外者に口を出す権利なんて無い。
 私は、聖杯戦争に勝ち抜くためにフユキに来たのだもの」
「イリ……ヤ、それじゃあ、やはり……」
「うん、当然でしょう、キリツグ」

切嗣の苦悩を最大限に感じているためか、最早呼び名などに注意せず、続ける。
灰色の従者を従えた雪の少女は、たった一人の聴客に一例すると、まるで舞台に上がる役者のように、口を開いた。

「私はイリヤスフィール・フォンアインツベルン。
 ユーブスタクハイトの手によりアイルスフィール・フォン・アインツベルンより鋳造された、黄金の杯の系譜。
 始まりの御三家、アインツベルンのマスターとして聖杯戦争を勝ち抜き、アインツベルンの悲願を達成する者」

かつて、衛宮切嗣とアイリスフィール・フォンアインツベルンが最も恐れた事態を。
何を犠牲にしてでも回避したかった、事柄を。
その愛らしい唇から、述べた。

「此度の、第五回目の聖杯戦争における、聖杯の器。 その完成形」

再びスカートを摘み、一礼し、従者を下がらせる。
魔力供給を解かれたサーヴァントの腕は溶けるように消え、その痕跡すら見受けられない。
支えるもののなくなった切嗣は空中から畳の上に落下し咳き込むが、そんなものなど舞台には関係ない。

「シロウは良い子だし、殺したくないんだけど。 仕方ないよね、聖杯を得るためには何でも犠牲にしないと」

ふと、慌しい足音が聞こえる。
切嗣の落下した物音を聞いて、この家にいるもう一人の人物が駆け込んでくるのだろう。
イリヤは、あくまで知り合いの肉親を心配する娘として、切嗣に駆け寄る。

「今ここで潰しちゃうのは簡単だけど、チャンスを上げるね。 
 あと三騎、できるだけ早く呼び出さないと、シロウが死んじゃうよ?」

イリヤにはここで戦う意思は無いし、切嗣も士郎を関わらせる意思などない。
彼女は、誘っているのだ。 最早戦える肉体ではない実の父を、戦場へと。
かつて強く愛し、今はそれ以上に憎しみ焦がれる男を、己の手で打ち滅ぼすために。

「待っててねキリツグ。 シロウだけは、私がこの手で引き裂いてあげるから」

――そうして父親は、五年ぶりに娘の本当の笑顔を目にしたのだった。



えーと、初めて投稿させて頂きます。
タイトルそのまま、色々あって五年早く第五次聖杯戦争が起きていたら、というお話です。
一応続きは書いています。 完結できたら、いいなぁ。

作法とかよくわからないのですがこんな感じでいいのだろうか……。

※追記(7/09) 誤字修正、並びにコメントで指摘されました聖杯戦争の周期について訂正しました。


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