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No.33724の一覧
[0] 【短編集】魔法使いの夜 姉、また帰る[愛媛八朔](2012/07/06 18:39)
[1] 【短編集】魔法使いの夜 月と中華鍋[愛媛八朔](2012/07/06 18:53)
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[33724] 【短編集】魔法使いの夜 姉、また帰る
Name: 愛媛八朔◆c4d84bfc ID:3c9492c4 次を表示する
Date: 2012/07/06 18:39
「魔法使いの夜」と「空の境界」について、原作のネタばれと嘘設定があります。 初出はにじファンです。








「草十郎くん。お願いなんだが、ちょっと青子とキスをしてきてもらえないかな」

 静希草十郎の脳は、彼の耳が何を伝えたのか、にわかに理解できなかった。

「……あの、今何と……?」

 それに対して、目の前の人物は、自然な話の流れをまったく疑っていない風であった。

「うん? 別に理解できないような内容ではないだろう。青子とキスをしてきてもらえないか、と言ったんだ」

「いや、それは理解できましたが、それをする理由がわかりません」

 日が落ちるのが早くなってきた秋の夕刻の緋色の光に染まる閑散とした喫茶店で、細身の体を中華飯店「まっどべあ」の黄色い制服に身を包んだ草十郎は、相手と向き合って座っていた。草十郎たちの座っているテーブルには、ラーメンのどんぶりが三つあり、相手は美味しそうにそのうち一つを口に運んでいる。残り二つはすでに空。空のどんぶりが、草十郎と相手との間に境界でも作るように並んでいる。

 心底理解できないという草十郎に対し、その相手は、やれやれとため息をついた。

「君には以前話したではないか。私は姉として青子のあらゆる権利を奪う義務がある、と。当然、ファーストキスも奪わなければならないだろう?」

 はたして、どこからツッコめばよいのか。そもそも、ツッコミは可能なのか。

「……あの、奪うことが目的なら、橙子さんご自身で奪われたほうが」

 草十郎の相手、蒼崎橙子は、草十郎が居候している久遠寺邸の同居人である蒼崎青子の実の姉だ。今は糊の効いた白いシャツに黒のベスト、黒いタイトスカートをはき、仕事を抜け出してきたOLのような装いをしている。理知的な風貌は教師のような雰囲気もあるが、その目つきの悪さがとんでもないことになっている。出来の悪い学生のレポートをこれから全身全霊をかけて粉砕してやろうというかのような獰猛な喜びと、そんなことに時間を奪われることへの耐え難い苛立ちを同居させたような剣呑きわまる眼差しを草十郎へと向ける。

「それはなかなか良い質問だな。私としても、それはとても魅力的な選択肢なのだが、問題が3点ある。まず、私が人形であること。もう1つは、私が女であること。最後に、私が家族であること。以上の点から、青子は私とのキスをファーストキスには含めず、ノーカウントとしてしまう可能性が高い。それでは青子に大したダメージを与えられない。青子も納得するファーストキスをした後で、それは私の差し金だったと暴露してやるのでなくてはな。君は理解していると思っているが、こういう相手のあることは、独りよがりでは駄目で、相手のことも考えてあげないといけないぞ」

 ツッコミどころが増えた。草十郎はこめかみを押さえそうになる。しかし、とりあえず、話題をキスからは変えたい。

「……橙子さんは、その“人形”を、どこかから操っているのですか?」

 目の前の女性は、どう見ても人間にしか見えない。だが、この人(?)については、その言を無闇に疑うことは、端的に言って危険だ。草十郎にとって理解の範囲外のことだが、その特異さについては骨身にしみている。
 橙子はニヤリと笑う。相変わらず剣呑な目つきだが、機嫌が悪いわけではないらしい。草十郎は、青子も、これほどでもないにしても、邪悪な笑みをすることを知っている。やはり、似たもの姉妹なのか。

「どこかから操っている、と言えばそのとおりだな。ただ、遠隔操作というようなことを考えているならば、それは間違いだ。そんな無駄なことはしない。私はここから、この作られた人形の頭脳によって私を操っている」

 笑みを浮かべたまま、自分の頭を指し示す。ますます訳がわからない。

「そうすると……、あなたは橙子さんの人形で、勝手に動いていて、本人も何処かにいると」

「本人? いや、私は“蒼崎橙子”の完全な人形なんだ。本体にできることは私もできる。そうなると、もう本体というかオリジナルにはあまり意味がない。活動している“蒼崎橙子”は私だけだよ。さっきも言ったように、無駄なことはしない主義なんだ。私は協力して研究を進めるような性格じゃないからな。複数の私が稼動していても研究ははかどらないし、希少な材料をめぐって自分同士が争うような羽目にもなりかねない。それなら1体だけ稼動しておいて、その素体が使い物にならなくなった時に、自動的に記憶だけ別の人形に引き継げばよい」

 煙草の節約にもなる、と食後の一服とばかりに愛用の煙草を取り出すが、高校生の前であることに遠慮してか火はつけない。それが破格の配慮であることを知るのは後になってのことだった。

「だから、私を何とかしようと思ったら、ここにいる私と、何処かにあるスペアを同時に始末しなければならない。まあ、君に戦闘能力があるのは知っているし、君に懐いているベオウルフの力を借りれば、この私だけなら始末するのは十分可能だろう。だが、それは“蒼崎橙子”にとっては問題にならない」

 ここで彼女は、なぜかとても優しい笑みになった。この姉妹が、こういう笑みをするときは不吉の前兆だ。

「私の依頼を断るということは、この“蒼崎橙子”を敵にまわすということだよ」

 草十郎は、はっきりと渋面になった。

 もともと、嫌な予感はあった。自分の名前を指名されて出前を依頼される、なんてことは今までになかったことだ。指定された喫茶店に着いたとき、待っていた人影を見た瞬間に、何もかも投げ出して逃げてしまえばよかった。それなのに、この人物がこの街にいるはずがない、という理性が足を止めてしまった。逃げる機を失った以上、腹をくくるしかない。そう教えたのも、この人だ。
 出前で持ってきたラーメンを、草十郎も食べるように勧められたが、それは固辞した。しかし、やはりそんなことで矛先が鈍るような生易しい相手ではなかった。

 その依頼内容を、努めて冷静に検討する。

“やあ、蒼崎。頼みがあるんだが、キスをしてもらえないだろうか。橙子さんに頼まれたんだ”

 ……はい死んだ。10回中10回死ぬ。その凄惨な死に様に、内臓がひっくり返りそうになる。このうえない“DEAD END”が力いっぱい踊っている。

「……橙子さん、無理です。この依頼には成算がありません。それに、話のあやであっても、人を始末するなんて言わないでください」

 草十郎に向けられた視線には、あきらかに“この童貞が”みたいなものが含まれていた気がするが、その視線の主は別の言葉を口にする。

「乱破、素破、それに草とも言う。平たく言って忍者だな。彼らの任務は単独で行われるものも多い。しかしそれは孤立を意味しない。そもそも、組織に所属し、組織の命で動かなければ、兵器として意味がないからな。兵器の性能としての孤立は、兵器の本質ではない。ナンバーがふられ、組織に位置づけられたはずの君は、しかし、本質として孤立しすぎていた。少なくとも、私を人形と知った上で、自然と他者として受け入れる程度にはね。兵器の性能として孤立を求められない環境であれば、もっと早くに排除されただろう。そして、山を下り使命を失った」

 彼女は目を閉じて続ける。

「私も、ある意味、使命を失った身であったから、勝手に自分を君に重ねてみていたところがある。自分ついでに言うならば、私の理想は仙人でね。確たる理由があるわけではなく、ただ憧れているだけなのだが、これは、自分がそうなれないことがわかっていることの裏返しかもしれない。そして、君も浮世離れしているが仙人というわけではなさそうだ」

 残念ながらね。と、まったく残念そうでもなく言う。

「唯識論的に言えば、我々に可能なことは識ることだけだ。そして私はあれを識った。私の使命は、魔法を見たことで満たされた。だが、心残りもできた。君も見ただろう、未来の青子を。髪を真っ赤に染めて不良になっているなど、姉として残念でならない」

 心底、嘆息しているようだ。しかし、蒼崎だったら、不良じゃなくてパンクだ、と反論するんじゃないだろうか。

「それに、なにより、あの格好の男っ気のなさは無残としか言いようがない」

 そこまで言いますか。

 草十郎はため息とともに問いを吐き出した。

「他に、条件はありますか」

「いや、無いな」

「報酬は」

「君の命だ。せいぜい健闘を祈る」

 この姉妹は……。草十郎は再度、深く深くため息をつく。

 蒼崎橙子は眼鏡をかけると、ラーメンを食べ始める前の温かく愛嬌のある笑顔で別れを告げた。

「じゃあね、また会いましょう。青子をよろしくね」

---

 草十郎はこの依頼を、無期限で延期することにした。相手が期限について条件を出さなかった以上、依頼を裏切っているわけではない。相手もそれはわかっていたことだろう。
 仕事が片付かないのは気持ち悪いが、こればかりは仕方がない。いつか依頼を果たすときが来るのか。それとも、初めての犠牲者に逆戻りなのか。

「修行が必要だな」

 そう結論を出し、草十郎は青子に殺されかけたときのことを少し懐かしく感じた。



おわり


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