ある男のガンダム戦記28<姫君らの成長、ジオンの国章を懸けて>宇宙世紀0096.02.23、午前8時03分、双方の戦端が開かれた。そう歴史書は記載する。先手を取ったのはネオ・ジオン軍の総旗艦レウルーラ級大型戦艦の二連装砲メガ粒子砲四門だったという。これに関しては両軍の戦史報告書で一致した見解がなされているから間違いはないだろう。そしてレウルーラ級大型戦艦やサダラーン級大型戦艦と互角なグワンバン級大型戦艦の光学センサーはこれを捉える。「総司令官!! 敵艦隊の発砲を確認!! 砲撃来ます!!」デラーズはその報告をグワンバン級大型戦艦二番艦の『ジーク・ジオン』のCICで聞いて、冷静に命令した。「各艦は戦隊ごとに回避行動を取れ。敵の、ネオ・ジオンを名乗る売国奴の戦法は事前の予測通りである。凸型陣形を更に強固にした釘の様な紡錘陣形で我が軍を突破、サイド3のジオン本国に到達する事である。こちらは左翼を第一艦隊、第五艦隊、右翼をデラーズ・フリート本隊とジオン親衛隊で拘束して両脇から敵艦隊を削る!! 全軍作戦開始!!」赤いジオン艦隊のマークがその命令通りに動き出し、一方で黄緑のネオ・ジオン艦隊のマークもデラーズの読み通りに紡錘陣形を取る。というか、戦力差からそれしかない。他の戦力差、例えば横一文字に正面衝突すればそれだけで壊滅するだろう。圧倒的な物量差で。特に砲撃戦ではその差は致命的なモノとなる。ジオン軍参加艦隊は大きく分けて二つ。デラーズ・フリート40隻、ジオン親衛隊艦隊20隻の右翼部隊60隻。第一艦隊40隻、第五艦隊30隻の左翼部隊70隻。対してネオ・ジオン艦隊は尖兵部隊であるマシュマ―・セロ中佐指揮下の第一任務部隊6隻、援護のキャラ・スーン中佐指揮下の第二任務部隊6隻、オーギュスト・ギダン中佐の第三任務部隊をフォークの尖端としてネオ・ジオン艦隊本隊(シャア総帥直卒部隊、ハマーン摂政護衛部隊)の29隻が入る。最後列に赤い彗星の直卒艦隊。ネオ・ジオンが後世の戦史や世界史の教科書に載るムンゾ戦役に投入した戦闘用艦艇の総数は47隻。タウ・リンの持つ旧地球連邦軍派=エゥーゴ派閥の18隻の艦隊と第四任務部隊22隻、整備中のエンドラ級巡洋艦3隻、ザンジバル級機動巡洋艦6隻の不在は大きかった。「敵艦隊は紡錘陣形を取りつつあり!!」「閣下の予測通りですか。全艦、敵は愚か者だ、当初の想定通りにしか動かんぞ!!」その索敵員の報告に戦闘指揮所、CICで唯一ノーマルスーツを着用してない男、エギーユ・デラーズ大将は思った。(想定通り・・・・後はネオ・ジオン艦隊のMS隊がどれほどの力量であるか、だ)そう思う。確かに艦隊戦では優位だ。だが、『ルウム戦役』、『ア・バオア・クー攻防戦』の様にMSの質は敵の方が勝っている可能性があると情報部は言ってきた。(敵と味方のMS隊。数で押し潰すとは・・・・まるで独立戦争時代の連邦になった気分だ・・・・・妙な気分よな)両艦隊のメガ粒子砲が撃ち放たれて、双方の砲撃戦が強化される。一斉射撃を受けて中破する艦、被弾し、艦列から落伍する艦艇。こうして、ネオ・ジオン艦隊とジオン艦隊は双方ともに正面きっての殴り合いを行い敵艦隊の撃沈を行わんとする。が、ミノフスキー粒子を限界値ギリギリまで散布している事と、各種ダミーバルーンを展開している事、更には多数の対ビーム攪乱幕を散布している事から両軍ともに有効弾は中々出てなかった。それは続々と上がる報告からも分かる。「ムサキ、ムサラ、ティリ回避行動に入ります」「第14戦隊、二番艦被弾、艦列維持の為に第二宇宙ノットにまで減速」「第15戦隊、主砲斉射三連。ですが敵ネオ・ジオン艦隊に目立った損害在りません!!」「ムサルより入電、下方より進撃中のMS隊は敵部隊と遭遇戦に入りつつあり」「ムサミより入電、艦隊上空350kmより敵MS隊の接近を感知、数60機前後、全てギラ・ドーガタイプと推定!!」次々と情報が入る艦橋で冷静に判断するデラーズ。ここで指揮官は迷っても構わないがそれを敵にも味方にも逡巡する姿を見せてはならない。仮に第三者に知られるならば必ず付け入る隙を与える事になるからだ。「MS隊は敵MS隊の迎撃に任せよ。こちらは敵艦隊の突進力を削ぎ落す事だけ考えればよい。そもそも艦隊主砲の総数ではこちらが上である!!また、メガ粒子砲の速射性能は敵を凌駕し、艦隊錬度も互角以上である以上、我が軍に敗北の二文字は無い!!」そう言って士気を鼓舞するデラーズ。伊達にジオン軍の至宝と呼ばれてはいなかった(最良はドズル・ザビと言われている。この点はギレン崇拝者であるデラーズも渋々ながら黙認していた)ただし、今回の会戦、指揮下の部隊にはグレミー・トト・ザビとマリーダ・クルス・ザビという敬愛と畏怖する主君ギレン・ザビの子息と息女がいる。それだけが不確定要素だがあとは問題ないと判断する。数で勝り、錬度で勝り、質で互角であり、敵の動きが想定通りである以上、犠牲は出るが勝利は出来る。(ギレン陛下に歯向かう愚か者どもが・・・・大人しく火星圏に逼塞していれば良かったものを・・・・思い知るが良い)と、そこに敵艦隊がビームを放つ。照合するとレウルーラ級だった。ビームの閃光が、グワンバン級戦艦二番艦の『ジーク・ジオン』の横をかすめる。少し命令を下す必要がある、そう感じた。「各艦は戦隊毎に照準を固定。敵は少数であり、外洋ゆえの数の利を活用する事が出来る事から我が軍が圧倒的な優位な立場にある。恐れるな!! 攻撃を集中させろ!! 砲撃を集中すれば敵艦隊は即座に仕留められる!!」デラーズの命令に、各戦隊司令官が反応しムサイ級、ティベ級の砲撃がエンドラ級に集中する。一隻の狙われた黒色のエンドラ級巡洋艦が堪らず回避行動を取る。そうすれば一度計算した砲撃位置と砲撃時の目標の素点が全て無駄になるが数の差から回避するしかない。と、今度は別の一隻のエンドラ級(こちらは紺色)が数十発のメガ粒子砲の連続直撃を受けて大破、弾薬庫に引火したのか爆沈した。宇宙世紀0096.02.23の会戦、『ムンゾ戦役』最初の撃沈された戦没艦はネオ・ジオン艦隊に発生する。そして、デラーズが思った通り、下方戦線では双方のMS隊が激闘を開始していた。ネオ・ジオンの猛攻を一気に押し返さんとするゼク・アインの部隊がビームライフルを斉射する。それを避けるギラ・ドーガとドライセン、バウ部隊の混合部隊。反撃するギラ・ドーガのビームマシンガンをゲルググと同じ形状のシールドで防ぎきるゼク・アイン。双方ともに訓練度は同じなのか、中々必殺の一撃が出ない。高速で動き回り、背後も取らせない。ビームの光だけが、或はバズーカの軌跡だけが虚しく宙を切り裂く。それはネオ・ジオン艦隊所属のMS隊にとって今まで相手にしてきた民間軍事会社とは全く次元が異なる戦力を敵に回しているのと同じ事だった。そんな中、青いギラ・ドーガが一機のゼク・アインを射程に収める。そのゼク・アインはこちらに気が付いてないのか、夢中でバウを追いかけていた。(新兵か!)ロックオン。慌てて振り向こうとしたゼク・アインに向かって銃口を向ける。射程内であり、もう間に合わないだろう。「頂き!!」言葉と同時に引き金を引き、ビームマシンガンからビームの閃光が放たれる。直撃し、メイン・エンジンが爆発するゼク・アイン。と、直ぐに機体をジグザグ走行に持って来させる。別のゼク・アインが二機、後方から自分に向かってビームライフルを放ったのが分かったからだ。恐らく撃破した小隊の僚機。「敵機を落としても、それで自分が落とされてちゃさ!!」レズンは必死に後方から迫りくる二機のゼク・アインを回避する。「意味ないんだよ!!」それを見たレズン大隊の一部が彼女を援護するべく前方から急速接近、ビームマシンガンをビームライフルモードで斉射、その二機を撃ち落とす。「隊長、ご無事ですか!?」その言葉に今度あたしを抱かせてやろうと思う。アクシズにはそれ位しか娯楽が無いしな。「ああ、無事だ。それより気を抜くんじゃないよ、向こうの方が多いし技量もあたしらと比べてそんなに変わらない!!あたしらがさっきまで戦ってきた捨石の部隊とは大違いだ!! 気を抜くと殺されるぞ!!」ジオン本国を守るための艦隊と言う事でその技量は当然ながら高く(当然だが対ニュー・ディサイズ計画を完遂した、つまり錬度を上げた地球連邦宇宙艦隊と戦えるだけの力量を求められている)、その士気(文字通りの国土防衛。特に16歳以下の士官候補生にはネオ・ジオンは他国の侵略者だと考えている)も高い。また指揮官の質も実はジオン艦隊の方がネオ・ジオン艦隊に比べて勝っている。考えれば分かるのだがジオン軍の指揮官は大半が一年戦争(ジオンの名称ではジオン独立戦争)を生き抜いた生え抜きの将官、佐官、尉官、下士官らが指揮を取り、訓練も行ってきたのに対して、ネオ・ジオンにはそれだけの余裕は無かった。勿論、電子上の訓練は何万回としたが実機や実弾訓練は殆どしてない。その差が表れるのも時間の問題だろう。「ち、各機、下方並び左舷30度からゼク・アイン12機一個中隊を確認、狙いはあたしらだ!!生き残ったら抱いてやるから・・・・精々がんばりな!! 散開しろ!!」ビームライフルを撃って敵部隊を威嚇する。散開する敵機。反撃のビームライフル。一機のギラ・ドーガがそれを回避できず撃破される。直撃するビームを何とかシールドで受け止めるレズンの青いギラ・ドーガ。どうやら敵は指揮官を真っ先に潰すらしいまったく、ザクⅡと同じ緑色の基本色をしたゼク・アインが憎たらしい。「落ちろと・・・・言ったぁぁぁ!!!」ビームマシンガンが虚空を貫く。それに気が付いたゼク・アインは盾を構えてビームの嵐に耐えきる。歯ぎしりしたい気分だ。連中の錬度は決して素人じゃない。寧ろベテランパイロットだ。同じく実戦経験が無いと言っても、こちらとあちらでは意味が異なるのだろう。「くそ、エネルギー切れ・・・・!!」接近するゼク・アインがゼロ距離射程でビームライフルを構える咄嗟にシールドのパンツァー・シュツルムを発射した。これには目の前の急接近したゼク・アインも対応できずに直撃、撃破される。爆散するデブリが機体にぶつかったが最悪な事態は避けれた。戦闘は可能の様だ。「これで二機目か・・・・とにかく、エネルギーパックを交換しないと」戦況は、特に下方戦線と双方が名づけているMS戦は五分五分に持ち込まれつつある。性能面で優越しているギラ・ドーガ隊の奮戦がそれを支えているのは間違いなかった。事実、ゼク・アインの犠牲はギラ・ドーガ部隊に比べて多い。だが、その一方で多数のMS隊がネオ・ジオンの防空網を突破せんとしているのも事実である。そんな中には青と緑のカラーリングをした『ソロモンの悪夢』の駆るガンダムMk5も存在している。「これで四つ!!」ビームライフルでバウと言う名前の機体を撃破する『ソロモンの悪夢』。その狙撃は年齢を取ったにもかかわらずジオン独立戦争以来から衰える事を知らず、正確に敵機を撃ち落とす。今もコクピットブロックをビームの高熱で焼かれたバウが爆散した。「他愛ない。鎧袖一触とはこの事・・・・上か!?」足のペダルをかけ、急制動を行い、Gに耐えつつ、数発のビームを回避するソロモンの悪夢、アナベル・ガトー准将。自分を狙ったと思しき敵部隊はバウが一個小隊に紅のゲルググタイプが一機だ。「ガトー司令、雑魚は我々が!!」フレデリック・ブラウン大尉の駆るガンダムMk5(こちらは普通のジオンカラー=緑)と指揮下のゼク・アイン6機が向かう。向こうもそれを察知したのか、一気に距離を詰める。紅の機体がビームサーベルでゼク・アインの一機をコクピットごと焼き尽くす。こちらも反撃の射撃でバウを一機、仕留める。爆散する双方の機体。だが、ゲルググタイプはゼク・アインを一機仕留めただけで満足はせず、カラーリングが異なるガンダムMk5に向かってきた。それはソロモンの悪夢と呼ばれたエースパイロットに正面から攻撃を仕掛けることを意味する。「ほう、私に向かってくるとはな・・・・いいだろう、相手をしてやる!!」高速機動でビームライフルを牽制で放ちあいながら、距離を詰める紅のゲルググタイプと緑と青のガンダムMk5。ビームサーベルを計ったかのように双方が引き抜く。緑の光刃と紅の光刃が出て双方ともにビームの刃がぶつかり合う。右手から、左手に持ち替えて横なぎに振るゲルググタイプ。それを耐ビームコーティングされたシールドで受け止めて、耐え切るガトーのガンダムMk5。(この機体でなければ性能差で落とされていたか!!)相手は中々のパイロットだが、それ以上では無い、そう判断する。ガトーの乗ったガンダムMk5が一旦距離を置き、その後の急加速でコクピットめがけてビームサーベルを突き立てる。間一髪回避するゲルググだが、ガトーの猛攻は止まらない。そのままメイン・バーニアの左舷を全てカットしてAMBACシステムを活用し、そのまま抜刀術の要領で右から左にビームサーベルを流す様に切りつける。ビームの閃光が横なぎに流れる。まさかそんな方法で機体を動かすとは考えてなかった敵機のパイロットは回避行動がおくれた。それは致命的な瞬間であった。「もらったぁぁぁ!!!!ガトーの叫びが彼女の、ハマーン・カーン親衛隊所属にして下方からの攻撃部隊部隊長のイリア・パゾム中佐の知った、若しくは聞いた人生最期の言葉であった。(やられる!?)そう感じたのもつかの間である。ガンダムMk5のビームサーベルの閃光が、彼女の乗るリ・ゲルグのコクピット周辺を熱で切断。彼女は一瞬で紅の光刃によって蒸発死する。そのまま距離を取ったガトーは止めとしてビームライフルを打ち込む。パイロットを失い、オート防衛システムも起動しないリ・ゲルグはそのまま直撃を受けて爆散。パイロットは戦死、敵の防衛線に穴が開いた。「こちらアナベル・ガトー准将である! 敵指揮官機を撃破!! このままの勢いで敵艦隊の下部に取り付く。遅れるな!!」隊長機の敗死に臆することなくビームマシンガンを放つギラ・ドーガを真っ向から一刀両断するガンダムMk5を駆るアナベル・ガトー准将。その勢いに乗せられた部隊の幾つかが突撃を敢行しだす。それは今までの膠着した戦況を覆す程の勢いであり、ネオ・ジオンにとっては戦力の基点であり、部隊の根幹であった指揮官の死を乗り越えるための、つまりは戦力と戦線を再構築する時間が無い事を意味していた。ゼク・アインがビームマシンガンを受けながら爆散する。あるいは、バウがゼク・アインの突きを受けて、もしくは横なぎの一文字切りの軌道をしたビームサーベルを受けて切断される。若しくはギラ・ドーガが必死に回避行動を取るも、数で勝るゼク・アインの猛攻を受けて撃墜された。「更に一機!!」内蔵インコムを使って、後方から狙撃しようとしていた重装備の実弾式ギラ・ドーガを撃破するソロモンの悪夢。生涯現役と言うどこぞのスポーツマン選手の様な目標を掲げるだけあって、その操作テクニックは見事の一言。インコムを必死に落として、何とか接近戦を仕掛けてきたバウのビームサーベルを、機体を右横にずらす事で回避して、バルカンの一斉射撃でバウの頭部モノアイを破壊。そのまま左手に装備していたシールドの尖端部分をバウのコクピットブロックにめり込ませる。「これで終わりだぁぁ!!」その言葉通り、パイロットと駆動系の中枢神経を潰されたその緑のバウは慣性の法則に従い宇宙を漂い出した。と、殺気を感じた。強力なGを無視して、機体を50kmほど急後退させる。その次の瞬間自分のいた場所にビームの雨が降り注ぐ。「う!」と、青いギラ・ドーガが大部隊で、と言っても24機だが、こちらに向かってくる。全機がビームマシンガンモードで弾幕を張る。近場にいた数機のゼク・アインが撃破された。シールドを構え、一時退避するガトーの艦載機部隊。「准将!!」カリウス少佐の通信が聞こえる。「カリウスか、残存部隊はどれくらい残っているか?」右手人差し指のワイヤーを使用した接触通話で内密に聞く。カリウスの乗る機体は、水天の涙紛争時に地球連邦軍に負けまいとして開発されたガーベラ・テトラ改である。この時期にこの機体を投入する時点でジオン公国の余裕の無さが表れている。最も、ゼク・ツヴァイよりも整備性と操縦性に優れ、対弾性と汎用性、信頼性はゼク・アインを超すのでそれほど悪い機体でもないのだが。実際、第五艦隊の部隊とミネバ・ラオ・ザビ護衛の為に本国からグラナダ市に向かった第四艦隊のエース部隊にはこのガーベラ・テトラ改が配備されている。「こちらもかなり食われました。デラーズ閣下の第一師団72機の一個師団中、即座に戦線に投入可能残存戦力は自分と准将を含めて41機です」31機の損失、31名の死。だが悲しいかなそれに慣れているネオ・ジオンとジオンの将兵ら。特にジオン独立戦争を最前線で戦い抜いてきた男達にとって『この程度の犠牲』は覚悟の上であるし、問題は無かった。「よし、その部隊で下方に展開する青色のギラ・ドーガを中心とした部隊を叩く・・・・全機私に続かせろ」そう言ってワイヤーを戻す。続けて、通信装置を強化した『ソロモンの悪夢』の駆る独特のカラーリングをしたガンダムMk5から通信が来た。『第一師団各機、突入する!! 白兵戦用意!!』艦砲射撃を行っている両艦隊から見て艦橋上空、つまり上方では12機のスペース・ウルフ隊、ドーベン・ウルフを基礎兵力とした対艦攻撃部隊が接近してきた。ジオン艦隊防空網の攪乱の為に12機のズサ部隊が一斉に煙幕弾と閃光弾を大量に発射する。「よし!! 目くらましにしては十分!!」ラカン・ダカラン大佐はそう判断すると狼狽えている艦隊を強襲した。宇宙の狼の牙が今まさに研ぎ澄まされる。「まずは護衛の艦から貰った!!」ラカン・ダカラン大佐のドーベン・ウルフから固定式メガ粒子砲が発射された。直撃を受けて沈むティベ級重巡洋艦。それをみて隊列を乱した二隻のムサイ級後期生産型にもラカンは冷静に艦橋を狙って二撃加える。轟沈こそしなかったが、それでも艦橋からMSデッキまで融解したムサイ級は救難信号を発しながら二隻とも戦線を離脱した。「雑魚どもめ・・・・何!?」更に三隻のティベ級と二隻のムサイ級S(後期生産型)型を沈めたラカンの上から艦隊の一斉射撃並みのビームが降り注ぐ。見ると女性のような形をした大型MAが周囲の機体、このドーベン・ウルフの原型機とも言えるガンダムMk5を従えて陣取っていた。そして見えるのはジオンの国章にして、ザビ家の家紋。つまり、あの機体に乗っているのは・・・・・「はははは。これは僥倖。なんたる幸運、まさかこの俺があのザビ家の血筋の一人を絶てるとはなぁ!!マリーダ・クルス・ザビの乗るクイン・マンサか・・・・面白い・・・・そんなデカブツがどこまで戦場で役立つか・・・・拝見してやろう!!」戦闘時であるにも拘らず、ノーマルスーツを着ない程の自信家のラカン・ダカランはそう言って機体を操作する。加速するドーベン・ウルフ。目の前のデカブツ、クイン・マンサに大型メガ粒子砲を撃ち込む。それをIフィールドで防がれる。だが、それも予想通り。「艦隊は後回しだ。後方のギラ・ドーガ連隊とハマーン・カーンに伝えろ、例の小娘が出てきた、とな!!」ミサイルを全弾撃ち尽くし、後方に撤退中の一機のズサに連絡する。幸いな事にズサや艦艇に使われているミサイル、ビームエネルギー、推進剤、冷却剤はパラオ要塞、アクシズ要塞、ペズン要塞でなんとか、かつ、無理矢理補給できた。だが、それ以上の補給拠点が無い。ネオ・ジオン上層部の、というよりも赤い彗星とタウ・リン、摂政ハマーン・カーン三名の結論はこの戦いを除いてあと三度の全力出撃並び敵軍との会戦で兵站は壊滅する事で一致している。無論、中堅指揮官や主計科、補給部隊の面々はこの事実に気が付いていたが口にすると下手をすると反逆者扱いでリンチされかねないので黙っている。愚かな事だ。これで脱走兵が出ないのは自分隊は武装テロリストであり投降しても重罪であると言う事実と投降要請や恭順命令を何度も拒絶してきてしまったと言う過去の過ちがあるからだ。それがどれだけ危険なのかを見抜いているのは、恐らくほんの少数であり、少数であるが故にネオ・ジオン内部では何も出来なかった。因みに戦闘狂であるが馬鹿では無いラカン・ダカランも分かっている。その為になけなしの部隊を使った海賊行為(彼の美学には反する)を行ってきた。そして、タウ・リンとも個人的な伝手を結び、本来二個小隊6機のドーベン・ウルフを一個中隊12機まで増やし、それの戦闘能力を維持するだけの戦闘物資の搬入ルートを確立していた。「さて・・・・お前たちは敵艦隊を狙え。アリサ隊とイム隊、イデア隊はそれぞれの小隊を纏めろ。ネロ、ジャック、俺に続けよ!!」そう言って9機のドーベン・ウルフは艦隊を、残りの3機はクイン・マンサを狙った。「何だと? このクイン・マンサと私を相手にたった3機? たった一個小隊だと!?」虚を突かれたマリーダ。勝ち気な性格で、さっきの胸の拡散メガ粒子砲で4機のズサを撃墜、更には敵のメガ粒子砲を自機のIフィールドが弾いた事が裏目に出る。本来であればクイン・マンサのファンネルを使って艦隊に向かう9機の方を狙うべきだ。敵に接近しなければドーベン・ウルフと言うネオ・ジオンの第四世代重MSにはクイン・マンサを撃破する有効手段は無い。逆に接近してくる3機の方に挑発に乗ってしまえばビームサーベルで撃破される危険性がある。だが、実戦経験が無く、単に男の気を惹きたいが為に戦場に出た感じのあるマリーダ・クルス・ザビにはそこまでの冷静さが無かった。「舐めるんじゃない!! この反逆者どもめ!!!」バーニアを全開にする。急加速したクイン・マンサはその機体を支える為に大加速、それこそ敵のレウルーラ級大型戦艦やロンド・ベルに配備されているラー・カイラム級大型戦艦並みのエンジン出力を持った機体だ。親衛隊使用のゼク・アインやガンダムMk5ではどうしても置いていかれる。「あ、あのバカ娘!!」ジョニー・ライデンは赤と黒でカラーリングされた機体で迷う。マリーダを追うべきか、それともこちらの艦隊に穴をあけるであろうドーベン・ウルフ隊を攻撃するべきか。だが迷ったのも数瞬だけ。戦場での迷いは命取りになるからだ。「ヴィッシュ・ドナヒュー大佐!!」髑髏のマークを入れた盾と何故か砂塵用カラーリングをしたガンダムMk5を駆る『宇宙の迅雷』に連絡する。そう言えば休暇で旅行してきたオーストラリア大陸のエアーズ・ロックで偶然に出会ったホワイト・ディンゴのマスター・P・レイヤー中佐と交友関係を結んだとか。(それで砂塵用の迷彩色を宇宙で使っているのか・・・・こっちは地球に降りるなんて面倒くさいのに・・・・物好きだと思ったが。こんな事が、シャア・アズナブルが反乱を起こすなら俺も一度くらい地球に降りて置けばよかったぜ!!)とにかくだ、いまはあのお転婆お嬢ちゃんのフォローをしなければならない。あれが単なる一兵卒なら無視もできるが最悪な事に政治的には自分達の国家指導者の娘だ。見殺しにすれば必ず報復されるだろう。それくらいなら敵に突っ込んだ方がまだ生き残れる、そう判別した。「こちら親衛隊01のライデンだ。そちらは第一艦隊のMS隊司令官のドナヒュー大佐だな?」悠長に言っている暇は無かった。なにせ距離は開くばかり。しかもこちらは通信中で援護も出来ない。全く手間ばかりかけさせるな、そう言いたいのを何とかこらえる。「こっちらはネオ・ジオンの対艦攻撃部隊の迎撃網作成に忙しい。何だ!? 要件は!?」嬉しい誤算だ。理解が早い上に、既にこちらの想定以上に動いてくれているとは。伊達に独立戦争以来の戦友じゃないな。「なあに、大したことじゃない。こちらの親衛隊のガンダムは全機お嬢様の護衛に向かう。お嬢様の危険な火遊びを止めに行くんでな!!で、だ、俺が持っているゼク・アイン第三種兵装の親衛隊指揮権はアンタに渡すからドーベン・ウルフを中心とした敵機を潰してくれ。おい、ジャコビアス、後は任せた。大佐の指揮下に入れ。フィーリウス、バネッサ、ガイウス、ユーグは俺に続け!!」「ジョニー、お前何を言っている!?」「な!? お、おい、まて!! 意味が分からんぞ!?」二人の抗議の通信が聞こえたが一方的に通信を無視して切る。この間にもクイン・マンサとはかなり距離が離れた。そして見る。(ええいくそ、不味いぞ。あの小娘はサイコミュを使わずに勝てる気でいる!!)確かにサイコミュをここで使えば後に来るであろう、ハマーン・カーンやシャア・アズナブルのニュータイプ部隊との戦いで不利だ。(確かにハマーン・カーンらファンネル相手にはそれが有効だが、それ以前に死んだら元もこうもないだろうに!!それくらい分からないのか!? これだからお嬢様育ちは嫌いなんだ!!)そう感じたジョニー・ライデンは愛機と異名の如き速度で一気に進撃する。目標はジオンの御姫様、マリーダ・クルス・ザビ。目的はその護衛。(あのお嬢さんが死んだら・・・・シーマもただじゃすまないからな・・・・・だから戦場に子供を連れてくるのは嫌いなんだ!!)暗礁宙域080 ムンゾ戦役開始から凡そ15分後。「御頭、発砲光を確認。サイド3の方角です」御頭と呼ばれた男、タウ・リンはそれを聞いてアイマスクを外す。ベッドの固定用ベルトも外す。仮眠室から出た。そのまま宇宙遊泳で艦橋に直結しているテレビ電話に出る。「詳しく・・・・・そうか、なるほどな。赤い彗星らは敵さんと始めたか。よし、で、俺たちの艦隊は予定通りのコースを通って暗礁宙域ギリギリまで来たな?」実はサラミス改が一隻、一年戦争の亡霊艦との接触で中破し、生存していた乗組員全員を別の艦に移動させて自沈したがそれ以外は問題ない。奇跡的な航海であった。最小限の推進剤の消費で、敵が待ち受けている月面の方角から正反対のジオン軍とネオ・ジオン軍とが艦隊戦を行っている方角へと17隻の戦闘艦を隠密裏に動かした。「それでだ、封鎖網を敷いている地球連邦軍に動きは?」最高の期待通りであれば暗礁宙域内部に侵入し、無駄骨をおるだろう。或いは捜索して黄金より貴重と言われる戦場での『時間』を浪費する。次点は敵が初期の位置で包囲網を敷いているだけで動かない事。こちらも『時間』を浪費してくれるのに変わりは無い。だがそう上手く行くとも思ってはいなかった。(ラーレ・アリーは地球連邦のアラビア州出身の数少ない将官で、しかも僅か10名しかいない正規宇宙艦隊の司令官だ。慎重派だと思いたいが・・・・水天の涙以降の連邦軍上層部の人事は正鵠だ。非常に優秀な人員を最も有益な位置と地位に付けている。そう考えれば保身だけの連中とは思えん。戦闘馬鹿のネオ・ジオンとは大違いだろう。まして男社会の軍隊で正規艦隊司令官にまで上り詰めた女・・・・・まったく、味方なら是非とも抱いてみたいもんだが)と、少しだけ現実から妄想へと思いをはせらしていると返事があった。「司令官。先の報告で新たに敵艦隊に動きあり、月面方面から50隻、旗艦がアイリッシュ級戦艦である事からソロモンを出撃した第11艦隊でしょうそれが封鎖線を強化しております。そして件の第三連合艦隊は封鎖地域から移動、ムンゾ会戦宙域と月面宙域の封鎖点を直線と半円で結んだ場合、丁度半円の中間地点にいます」舌打ちしたい気分だ。尤もそんな事をすれば士気を下げるか部下の不安だけを大きくするので出来ないしやらないが。それにしても嫌な女だな。或いは宇宙艦隊司令長官のエイパー・シナプスか? どちらにせよ忌々しい事に変わりは無いか。(・・・・半円の中心地帯か・・・・それだとこちらがどちらに動いても側面を付ける。が・・・・月面方面の戦力の低下も無視できないだろう。そうしたら日和見主義の月市民の世論を敵に回す筈。どうやって・・・・・いや待てよ。なるほどね、正面戦力の不備や月面奇襲の危険性を直接月市民に説いたのか。あのミネバ・ラオ・ザビの演説を利用したか。或いは最初から仕組んでいたか。どれにせよえげつねぇな。で、馬鹿な月に住む大衆たちはネオ・ジオンを叩けと騒ぎだし、絶対民主制の地球連邦政府は月面方面軍を動かす大義名分を得た。だから月面方面軍の指揮下にあるヘンケン・ベッケナー少将の第11艦隊を動かせたか。こっちが暗礁宙域から抜け出してネオ・ジオン艦隊の援護に行く事を見抜いていた・・・・)だが。タウ・リンは傲岸不遜に笑う。少しでも部下たちを安心させてやるために。例え自分の思い描いていた作戦が上手くいかなくても。「そいつは大変だが・・・・・まだ中間地点だと言う事はどんなに足を速めても2時間はタイムロスがある。敵さんの第三連合艦隊らは150隻を超す大艦隊故に、そして連邦軍や俺たちのサラミス級やマゼラン級とは異なり航続距離が短いムサイ級の為に一度補給をする必要があるジオン艦隊というお荷物を抱える。が故に、だ」独語は終わり、次は命令。「よーし、計画通りいけるな。ならば・・・・艦長、各艦にレーザー通信。20分後に暗礁宙域を突破する。・・・・・・・・・・・予想では交戦中のネオ・ジオン艦隊は最悪な事態に陥るだろうかなら」最悪な事態。それはそう遠くない将来に現れるだろう。「さてと、作戦参謀、眠りこけている連中を全員を起こせ、休憩は終わりだ。でるぜ!!」同時刻、宇宙世紀0096.02.23.08時10分ごろ。月面都市グラナダ市地球連邦軍月面方面軍高級士官専用官舎。数時間前に、最愛の男性を相手に女の子から女になったばかりの人物が起き上がった。彼女はシャワーを浴びている男の背中にそっと我が身を寄せる。同じく少年から大人へとなる儀式を通過した男の背中。男性特有のにおい。あの伯父たちとも父とも、今は亡き母とも、従兄妹らとも違った関係を持つ人物。その背中。初めて見た家族以外の男性の背中。「・・・・・オードリー?」ただシャワーを浴び続けていたバナージの両肩に自分の胸を押し付ける。それに反応するバナージ。今さらである。あれだけ激しく愛し合ったのに、だ。「バナージ・・・・・」甘い吐息を耳にかける。「!?」それに反応するバナージ。思わず振り返りそうになり、背中に当たる二つの柔らかい感触がそれを止めた。理性と言うよりも本能が本能を打ち負かしたと言うべきだった。「・・・・・痛かった」小さな声で拗ねた声で言う。「え!?」それが何意味するか位バナージにも分かる。「それに・・・・激しすぎ」そうだ、腰が砕けるかと思った。快楽で死ぬかと思った。本当に男の本能は女の前で野獣として現れると死んだ母のゼナが言ったが本当だった。(・・・・・・もう一度・・・・・したいな)今が戦時中で、現在の戦況では従姉妹らが最前線で戦っていると言うのにこんな言葉を吐ける自分が憎くて・・・・・・そして愛おしい。これが背徳だからか、或は別の理由があるのか? とにかくそう思ってしまう。それでも不思議とまだ乙女だったころの様な不潔感は感じない。「あ、その、いや・・・・ご」変な所で鈍いんだ。意外な一面を見せる男、バナージ・リンクスの横顔を見る。シャワーの水で、黄色の髪に水滴が滴り落ちる。漸くここまで来た。来れたと言うのか。恐らく父親は激怒するだろう。或いは大泣きするだろう。若しくは唖然とするだろう。(でも良い。それを受け止めるのは私だけじゃない。私とバナージの二人なのだ。だから嬉しいし、怖くない。それに若しかしたらすごく喜んでくれるかもしれない。お母さんが死んでから凄く過保護に育ててくれた人だから)ずっと背中に自分の女性の象徴を当てているオードリーは言った。バナージが顔を赤くしているのを知りながら。「痛かったのよ・・・・あんなに血が出るとは思ってなかった・・・・・責任、ちゃんと取ってくれる?」微笑みかける。そんな中、バナージは思う。凄くどうでも良い事を。或いは人をこれを現実逃避というかもしれない。(オードリーのお父さんって本当にドズル・ザビなんだろうか? 絶対に違う気がする。ガルマ・ザビって言われた方が納得できるあ、百万歩譲ってもギレン・ザビは無いな。オードリーはお父さんに似なくて本当に良かったよ。仮に父親に似ていたら全人類の損失だね)と、何気に失礼極まりない事を思った。だが、気を付けた方が良い。そう言う事に関しては女性の感と言うのは良く働く。男よりも何万倍も直感が良いだの。そして嘘を見抜く能力では絶対に勝てない。それを身を持って体験する事になるバナージ・リンクス。「・・・・バナージ、今何気に失礼なこと思ったでしょ?」シャワーの湯気に隠れているが何故か汗が出る。「!!」そっと右手をバナージの額に当てる。それを、汗を確認できたオードリー・バーン。冷たい左手で彼の空いている左手を握りしめる。シャワーの温水が自分達にかかる。「やっぱり・・・・大方、私が御父様に、ジオンの猛将ドズル・ザビに似なくて良かったとか思ったのですね?」鋭い。慌てて言い訳をしようとして振り返り、そこで漸く気が付いた。こうやって温水シャワーを使っているシャワー室にいると言う事はお互いに生まれたままの姿でいると言う事。つまり、裸体をさらけ出している。オードリーもバナージも。「あ!」「え? きゃあ!!」お互いの言葉がハモる。慌ててシャワーを止めようとして、その拍子に足払いをかけてしまいオードリーが倒れてきた。数時間前、少女から女性になった人、あるいは女性にした人が自分の上に裸のまま倒れ込む。気まずい。一言で言うならそれ。「あの・・・・」「ええと・・・・・」何も言えない二人。シャワーのお湯だけがオードリーの髪と自分の体にかかるがそれが余計にオードリーの妖艶さを出す。髪から滴る水、ベッドの上で女神だよと称したオードリーの生まれたままの姿。そんな中で、数時間前と似たような姿勢の二人。膠着状態。とにかく何とかしないといけないとは思うが、では、どうやって何を何とすれば良いかなどつい先ほどまで互いに初めて同士だった男女が分かる筈もない。背中をシャワー室の壁に背凭れたバナージの上に、オードリーという女性の体と体重が乗せられる。(まあいいか)(まあいいでしょ)バナージとオードリーが互いに温もりを確認している時だった。いつこのシャワーを止めるか迷っていたいた時。『バナージ、バナージ、時間、時間、時間』『ミネバ、ミネバ、時間、時間、時間』切っ掛けはジュドー・アーシタとカミーユ・ビダンが作ってくれたハロだった。そして父親のドズルが何故か気に入っているミネバ用の赤紫のハロである。因みにドズルが気に入ったのは自分が握りつぶせないサイズの小型玩具だったからだ。この間も兄ギレンの執務室に置いてあった、ギレン・ザビの私物であるイギリス製万年筆を握り潰して給料から天引き賠償させられたくらいである。『ドズル、貴様は軍用ペン以外触るな。特に私の私物は繊細な職人芸が多いのだから絶対に触るなよ』と注意されたばかりらしい。こういう時のアラーム程恥ずかしいものは無い。赤い顔をした二人は取り敢えずバスタオルで体を拭く為にシャワーを止める。その瞬間、オードリーと向き合ったバナージは理性を総動員したが、オードリーの方は逆に流れに身を任せた。「!?」「ん」オードリーからバナージに口づけを交わす。それも数十秒の濃厚な。本当に。「・・・・・・・・・バナージ・・・・・ありがとう」オードリーのか細い声。そして彼女は用意された下着と軍服に着替えるべくシャワー室を出る。そしてバナージも気が付いていた。オードリーの手がまだ震えていた事も、愛し合っていた時もずっと何かに怯えるように自分に縋りついていた事も思い出す。(怖がっている・・・・・そうだ・・・・・怖がっているんだ!! 俺がしっかりしなきゃいけない!!)着替えるオードリーの、いや、ミネバ・ラオ・ザビの背中を見ながらバナージは決めた。自分が彼女を支えるのだ、その為には全て利用しよう。自分とは半分しか血の繋がらない現在政治犯として収容されているアルベルト兄さんも、カーディアス・ビストという5歳の頃から会ってはいないビスト財団の長も。そして。「・・・・あの事件を利用して・・・・・地球連邦最大の英雄ティターンズ長官、ウィリアム・ケンブリッジ。彼を使う」固い決意のもとに、今一人の青年が動き出した。すぐそばに置いてあるオードリー用の、いや、ミネバ・ラオ・ザビ専門の衛星通信電話を作動させて。同時刻、宇宙世紀0096.02.23.06時17分(会戦勃発の約二時間前)地球連邦軍第三連合艦隊の総旗艦でもある第12艦隊旗艦『ユーラシア』にレーザー通信が入る。入れてきたのはザンジバル改級機動巡洋艦、第三艦隊旗艦『ケルゲレン』のユーリ・ケラーネ中将だった。「ラーレ・アリー中将、ユーリ・ケラーネ中将から通信が入っていますが?」その言葉にショートヘアーで、主教上の教義を守るために素肌をマスクで隠しているムスリムの中将は分かったと答えた。彼女は副官に一度自分の部屋で連絡をしなおすからその準備をする事とその旨を伝えるようにと命令。命令は粛々と実行される。それから数分後。「・・・・何かしら?」インカムと拡声器を使って音声通話をする。咽喉の震えをそのまま利用するからそれだけで彼女の意向が伝わる。「掻い摘んで言う。俺たちの艦隊はジオン本国に急行する。それで良いか?」既に作戦の破綻と隠された目的は明らかだった。地球連邦宇宙軍の総力を挙げた『あ一号作戦』には実は各連合艦隊司令官以上の上層部しか知らされてないもうひとつの隠された目的がある。それは仮想敵国ジオン公国軍の軍備をネオ・ジオンにぶつける事でその実力を計測し、これを合法的に削減するという裏の目的があった。何も民間軍事会社だけが地球連邦にとって危険人物や危険組織では無い。ネオ・ジオンという共通の敵対勢力が無くなれば適度な敵対国として準加盟国の『中華』とジオン公国の双方が残る。これを悟ったユーリ・ケラーネ中将。その片方を出来る限り削ってしまうと言うのは理に適っているし、自分達が連邦軍の立場なら寧ろ歓迎するだろう。だが、それもあくまで自分達が部外者であるか地球連邦軍である場合。この場合、敵艦隊、つまりネオ・ジオンはサイド3=故郷を目指して進軍しており、ユーリ・ケラーネの指揮下にはこれを阻止するだけの戦力が存在している。しかもだ、暗礁宙域に逃げ込んだ敵は地球連邦軍の凡そ5分の1程度の弱小戦力。ならば自分らが動いても問題は無いだろう。「このケルゲレンを旗艦とした部隊はジオン軍総司令部の命令に従って友軍部隊救援に向かわせてもらいたい・・・・まさか駄目とかは言わねぇよな?」一対一の対応。だから何とでも言える。殺気も若干だが込める。それにネオ・ジオンという共通の敵がいるからジオンと地球連邦は手を組んでいるのだ。これでもしもネオ・ジオンが存在しなかったら、地球連邦とジオン公国は単なる仮想敵国同士で終わっていただろう。それに地球連邦の魑魅魍魎と言う言葉でさえ最近は生温い様な気がする連邦政府の上層部がジオン軍戦削減の好機を見逃すか?そんな疑問を持つ。「・・・・・・あんたは信頼しているが・・・・・こっちにも立場がある。アンタと同じでな。それで・・・・・返答は?」場合によっては自分の命と地位を捨てて艦隊を独断専行させて動かす覚悟。部下たちの故郷であるジオン本国を蹂躙されたくない、そんな言葉が、光景が、思いが彼を、ユーリ・ケラーネを追い立てる。だが返事は意外だった。「そうですか、その点でしたら問題ありません。第三艦隊と第四艦隊はそのままデラーズ大将指揮下の部隊の援軍として救援に向かってください。いまから全速で行けば会戦終盤には援軍として決定的な局面に間に合うと思われます。航路図に関してはこちらのデータを渡します。一応、御不満や御懸念がお有りでしたらそちらのデータと照合の上、お進みください。暗礁宙域に籠もった敵艦隊はこちらで対応します」そう言って自分のPCから『ユーラシア』のメインPCにある航路データを第三艦隊旗艦『ケルゲレン』に送信する。「・・・・・・・」意外な顔をするジオンの将官。それを見て笑った。顔を覆う布越しだが、そんな中でも、確かに目の前の女性提督は笑ったのをユーリ・ケラーネ中将は確認した。「武運長久をお祈りします、ユーリ・ケラーネ中将殿」敬礼して通信を切る。そして即座にアリー中将は別の場所、艦橋下のCIC繋がる内線電話で連絡をする「副司令官を呼びなさい。第三連合艦隊からジオン軍を分派します・・・・計画通りですね、シナプス提督」0096の2月23日6時27分。戦闘開の約二時間前、この時、ジオン第三艦隊とジオン第四艦隊は最大船速でムンゾ宙域に向かう。そのムンゾ戦役と後世に伝わる戦いは更なる激しさを増している。ネオ・ジオン所属のバウがビームを放ち、ジオン軍のゼク・アインを斜めに貫通する。「やっ!?」その一瞬の隙を狙ってゼク・アインの一機がビームサーベルで後方からバーニアのあるランドセルごとコクピットを串刺しにする。かたや、エンドラ級に多数の対艦ミサイルが殺到。回避行動が間に合わなかったのか、その大半が撃墜されず命中。大爆発を起こして轟沈する。一方、双方から見た上方戦線では。「この!! 落ちろ!!」三機一個小隊のコンビネーションをするドーベン・ウルフに翻弄されるマリーダ・クルス・ザビのクイン・マンサがあった。地球連邦との技術協定で配備された、両手の追加武装として内蔵された三連装ビームガトリングガンから対艦用のビームの光線をばら撒きながらドーベン・ウルフ三機を迎撃するクイン・マンサ。だが、気が付いているのか?本来であればファンネルを射出して一気にケリをつける事こそ彼女の最もやるべきところ。それをしない、いや、出来ない。そこまで思考が追い付かない。「何故だ!? 何故当たらない!? あたしはニュータイプなんだぞ!?」何だかんだと言っても蝶よ花よと育てられたジオン公国の王族の姫君である。そして実戦経験など無く、いつの間にか護衛の親衛隊とも完全に切り離されてしまった。これに気が付かない。気が付けない。さらにはファンネルを使うには冷静さが必要であり、その冷静さも無くなっていた。「落ちろ!! 落ちろ!! 落ちろぉぉぉ!!!!」埒があかないと見たクイン・マンサは一気に距離を詰めだした。目標は敵隊長機と思えるドーベン・ウルフ。「あああああ!!!!」大型ビームサーベルが、ムサイ級巡洋艦やサラミス級巡洋艦を一撃で切り裂ける大型ビームサーベルを振る。『長かったが・・・・・漸く釣れたな!! ザビ家の小娘!!!』と、通信が、いや、相手の思考が聞こえた。このミノフスキー粒子濃度で敵の通信など拾える筈が無いのだから。ビームサーベルで敵を切り裂こうとした瞬間に胸元のメガ粒子砲が発射された。収束していたビームは放たれ、濁流となってクイン・マンサの胸部に向かう。他の二機もいつ用意したのか、360mmバズーカ砲、つまりジャイアント・バズを構えていた。そして敵の隊長機と呼吸を合わせて、その弾丸を全弾一斉に発射する。(不味い!! 直撃コース!!)慌てて両手を使って防御する。が、当然の如く回避行動は間に合わなかった。直撃を受けるマリーダのクイン・マンサ。「きゃぁああああああ」両腕に直撃弾。その衝撃でエア・バッグが飛び出る。それらによって思いっきりコクピットをシェイクする。その一撃が、彼女の怒りを呼び出した。「このぉぉぉぉ!!」だが、更に敵は狡猾であり、予備兵装として用意していた大型360mmジャイアント・バズを頭部に三発撃ち込んだ。流石に装甲は破壊できなかったが、それでもコクピットに到達する衝撃までを吸収する事は出来ない。ノーマルスーツ越しでも、リニア・シート越しでも耐えきれなかった衝撃が彼女をおそい、そのまま目の前のコンソールパネルに腹部を直撃。さらに座席から跳ね飛ばされ、そのまま、ヘルメット越しに360度メインモニターに衝突。「う・・・・」軽い脳震盪をも起こす。そして少し頭を振った時に気が付いた、目の前に大型メガ粒子砲を構えた敵MSが三機、明らかにIフィールド内部にまで接近させている。頭部に照準を、つまり自分のいるコクピットに照準を付けている。三機とも。『ははは、所詮は小娘。箱庭で育てられたお嬢様には戦場では生きていけんな・・・・これで死ねェ!!!』間違いない、サイコミュが受信した相手の殺意、相手のパイロットの言葉だ。(このまま私は死ぬのか!?)途端にゾクッとした感情、恐怖が体中にまとわりつく。嫌だ死にたくない!! (助けてジュドー!!!)咄嗟に叫んだ。「ジュドー!! 死にたくない!! そ、そうだ!! ファ、ファンネル!!!」慌ててファンネルを射出するが遅い。この至近距離で、Iフィールドの圏内、つまり耐ビーム防御が不可能な状況で目の前の敵パイロットが引き金を引くのと自分の思考でファンネルを使い三機のドーベン・ウルフを落とすのが間に合うはずもない。『今さらそれかね・・・・・遅いわ!!』閃光が走った。宇宙世紀0096.02.23 8時30分。地球連邦政府首相官邸街ヘキサゴン。ティターンズ政庁。スーツを着た、正確には着る事を許された男がいた。目の前にはサイド3製だと言う仕立服の黒いストライプダブルボタンのスーツを着こなしている男が座っていた。全身黒だがシャツは青色、そしてネクタイは紫に細い灰色のストライプ。胸には政府閣僚を示す地球連邦の国旗と閣僚専用バッチ。自分以外の全員には思い思いの飲み物と軽い軽食が用意されている。(なるほど、コンドルハウスと呼ばれているティターンズ政庁は不夜城だと聞いたが本当だったか。ご苦労な事だ)スーツを着ている男と自分はほぼ同年齢。だが片方は豪華な机に肘をかけ、豪華な椅子に腰かけている。自分は対照的に後ろを准将の階級を付けたエコーズの最高司令官が監視していた。(確か・・・・ダグザ・マックール准将だったな。わざわざ拳銃を突き付けているとはこちらもご苦労な事だ。そんな事をしなくても逃げはしないのに、な)そして右側には女性秘書官の一人にして法務部門の長であるセイラ・マスが青いスーツ姿で、右側には黒い襟付きのスーツを着たあの時の男、マイッツァー・ロナ首席補佐官が、そして目前の男の隣には椅子に腰かけて、足を組んでいるフリージャーナリストと白いスーツに青いネクタイ姿で有名なカイ・シデンがいる。更にはたった今、自分の後ろのドアが開かれ、ジャミトフ・ハイマン国務大臣とリム・ケンブリッジ地球連邦情報部国内治安情報部門の部門長(ブラックマン)が入ってきた。二人が指定された席に座る事で立っているのは自分と監視役の軍人、たしか、ダグザ・マックール准将とか言った男のみ。「さて、私がウィリアム・ケンブリッジです。座ったままですが・・・・ご容赦を」そう言って挨拶する。だが一体何の用だ?落ち目のビスト財団に、いや、その落ち目のビスト財団の原因となるインダストリー7強襲作戦を事前に『知っていた』事で大きく躍進したロナ家という飼い犬の飼い主が何の様なのだ?そして、その事実を、核兵器使用に民間人殺戮とラプラスの箱の秘密をパプテマス・シロッコがジン・ケンブリッジにリークした事でケンブリッジ家は今や地球圏トップ10のG10の一員の死命を制する事になる。『ジン君、例のロナ首席補佐官の手に入れた地球連邦建国時の秘密と核兵器使用と言うアキレス腱、それに民間人への発砲と言う証拠を欲っしたくはないかね?』シロッコ少将の甘い味がする蜜の罠。そう、それはラプラスの箱と言う名前の極秘情報に地球連邦軍の一部がコロニーに対して史上初めての核攻撃を行ったと言う事実の共有。こうして。地球連邦の極右政党集団が同じ政治家であるマーセナスらリベラル派を爆殺し、その後に地球連邦政府を動かして大弾圧とでもいうべき事を行ってきた事を証明する事実と証拠をジン・ケンブリッジは知った。いや、握った。新たなる箱の主となった。そう言い代えても良かった。(あれが小学校で習ったあのラプラス事件の真相だったのか・・・・全くこれだから政治家は碌でもないな。だが利用させてもらう。メアリーとツルギ、そして先月生まれてきたエリザベスと妻らのメイ、ユウキ、それにケンブリッジ家の未来を守る為にも!!)ジン・ケンブリッジはそう決意する。そして核兵器使用やラプラス事件の真実を知っていると言う事実、作戦に関与した最高責任者がマイッツァー・ロナであった事がシロッコによって発覚。これをフェアント技官がロナ首席補佐官に伝える事で、ケンブリッジ家の派閥から逃げられないようにした。そう、それを暴露される危険性を消去する為にブッホ・コンツッェルはジン・ケンブリッジを株主であり財務顧問として受け入れたのだ。こうして、今や宇宙開発事業ではジオニックや没落しているAE社に、勃興するウェリントン、ハービック、ヤシマ・カンパニーなどと対等に渡り合える政財界の怪物、不死身の男マイッツァー・ロナとブッホ・コンッツェルのアキレス腱を切る事が出来る情報をジン・ケンブリッジは手に入れた。また、その才覚を使って彼はケンブリッジ家の権威と権限を盤石な存在と化さんと蠢動しており、それを後押しする『ケンブリッジ・ファミリー』によってこれもある程度は成功していた。事実上、ラプラスの箱はケンブリッジ家が握ったと言っても良かった。まあ、既にそんな存在など必要ない程に彼らの主、不本意ながら皇帝陛下扱いのウィリアム・ケンブリッジは地球連邦でも最大級の権力者であるが。「改めて言うまでもないと思うが・・・・私がカーディアス・ビストだ。君らに失脚されて今は政治犯扱いだが・・・・それで何か用かね?」この言葉に反応した者は全員だがその反応はまさに10人10色である。ロナ首席補佐官は怒りを、マス法曹担当官は呆れ顔、カイ・シデンは面白そうな顔でメモ帳とペンを用意し、ダグザ准将は無反応である。因みにティターンズ長官であるウィリアム・ケンブリッジは涼しい顔でPCを開く。「これは先程、月面都市から私宛に送られてきたメッセージです・・・・この少年に見覚えはありますよね?」そう言って、携帯PCを反対向きに動かして彼に映像を見せる。そこには自分の後妻の息子、バナージ・ビストが映し出されていた。しかもその後ろにはザビ家の紋章が入ったレイピアらしき剣が飾ってある。「それでは皆にも改めて最初から聞いてもらいましょう・・・・よろしいかな?」そう言ったのは後ろで九谷焼の茶碗に日本茶を入れているジャミトフ・ハイマン国務大臣。毎度思うが自分の執務室でやって欲しい。まあ、もうすぐこの部屋からも引っ越すのだから仕方ないか。黙るカーディアス・ビスト。全員が静かに聞こうとする。「・・・・・」無言は肯定と捉えますぞ。そう言ってジャミトフは促す。思わず本性が、被っていた仮面の奥にある本当の素顔のケンブリッジが現れた。「はぁ・・・・・少しは私の立場と言う者を考えてください・・・・全く。では流します」一瞬だけ溜め息をつく。一体全体、ムンゾ自治共和国に向かってから何万回の溜め息をついた事やら。テーブルのリモコンで室内の照明を若干暗くする。『オードリー・バーン、いえ、ミネバ・ラオ・ザビの事を知っていますね。俺はバナージ・リンクスです。ウィリアム・ケンブリッジ長官、貴方がこれを読む事を願って通信を送りました。父親の残したビスト財団の一員でAE社の幹部だったマーサ・ビスト・カーヴァインから知らされた事実、ビスト財団本部のあったインダストリー7で核兵器を使っていた事を俺は現場証人として暴露する。それに俺もあの時あのコロニーにいましたから。それはIDを見れば分かる。だから要求する。あの時の卑劣な行為を暴露されたくなければ俺に協力しろ。また、この通信はジオン公国のザビ家の極秘周波数を使って送った。その理由も知りたければ俺に・・・・・いや、オードリーの未来に協力しろ!! それが受けれいれられない場合は差し違えてやる・・・・・・・・以上です、返信をお待ちしております』何だ、この通信は?子供じみているのも大概に・・・・・いや、まて、マーサにインダストリー7だと?「ミスター・ビスト、貴方の息子は大したものですね。この私、ウィリアム・ケンブリッジを脅している。それもたった一人の少女の為に。このオードリーという少女が想定している人物なら恐らくミネバ・ラオ・ザビでしょうか。あの月市民を奮い立たせた少女と彼が何故どこでつながったかも知りたい事象ですが兎に角それは置いて置きましょう。彼の勇気は大したものだ。ただし、要求、それを認めるかどうかは・・・・・我々次第、いえ、貴方次第ですが」貴様は一体何を言いたいのだ?それが分からない。そしてウィリアム・ケンブリッジは極めて静かに何の抑制も無くアクセントがかけた機械の様な口調で述べた。「インダストリー7の件、つまり息子さんの口封じをしてくださいますか?」ウィリアム・ケンブリッジの簡潔な問い。確かにあの事件は民間コロニーを破壊した。それも『リーアの和約』『南極条約』に違反してまで行われた。ティターンズ所属でもある第13艦隊が民間人(いくら銃やMSで武装していたとはいえ)を殺し、あまつさえ、地球連邦憲章で保障されている私的財産所有の権利を一方的に無視して核攻撃でコロニー一基を葬り去った。これはティターンズ最大級の失態であり、地球連邦政府の一部はウィリアム・ケンブリッジを懲らしめる目的で謝罪会見もさせられた(たしかにあのコロニー核攻撃と殺戮はあのウィリアム・ケンブリッジらしくない失態。末端の暴走を止められなかった事件。しかも禁忌である核兵器の使用許可を勝ち取ったとはいえ、本当に使うとは第13艦隊の誰も、いやゴールドマンでさえ思ってはいなかっただろうに)いわば、アキレス腱だ。発射命令は首相直属であるとして緘口令を敷いた事と、コロニーの捜査中にビスト財団が生物兵器を作っていた、それらの一部が既に蔓延しだしていたと言う理由で住民を無理矢理納得させた事で何とか事なきを得ている。が、この真実をマーサ・ビスト・カーヴァインが、インダストリー7襲撃の狙い、本来の目的と言う情報、襲撃理由を息子のバナージに何らかの方法で伝えていたのなら・・・・それはウィリアム・ケンブリッジ派閥にとって最大級の毒薬だ。(つまりこうだ、ティターンズ長官の目の前の男には弱点がある一つ、自分達の派閥の為に核兵器を使用した男がいる。二つ、その男はティターンズ三極の一人であり、誰も止める事は無かったし、ウィリアム・ケンブリッジの監督不届きでもあったと言う事実。三つ、事実隠蔽の為の情報統制を警察機構が行った事。四つ、連邦憲章を無視した行動に出ていた事、民間人を一方的に殺戮していた事。それだけの事とも言えるし、大事とも捉えられる)それらの事を踏まえて、目の前の男と息子のバナージが言った言葉を考えれば結論は少なかった。いや、一つだけだった。「・・・・・・・・・息子を・・・・・・バナージを私の手で殺せと、そう言うのだな?」思った以上に掠れた声しか出ない。だがそうなのだろう。目の前に座る男にも守るべき者達がいる以上、それを、バナージの死を望む。彼だって一つの組織の長であり、政財界と官軍双方では絶大な支持と人気と派閥を持つ男だ。彼にだって守らなければならないしがらみがあるだが、それでも・・・・・息子を殺せと言うのは流石に認められない。親として最低限の、違う、絶対にやってはいけない事だ。(息子の為に生きる事、息子を生かす事はあっても、自分の為に息子を殺してはならん。これはアルベルトの件で深く知った。あの子の心の闇を育てたのは私だ。だから・・・・同じ過ちは繰り返せない。例えそれがどんなに困難な道であろうとも)とんとんと机を叩いていたウィリアムは徐にPCのページを変える。5000万テラの報奨金、今後三十年間の衣食住の地球連邦政府保証、安全確保、望みであればアルベルト・ビストの釈放とジオン公国への国籍移行と住居確保を許可する。そうプリントしたA4用紙をプリンターで印刷して直接手渡してきた。(無表情だな・・・・一体何を考えている?)何も言わない、誰も何もしゃべらない事にかなりの不安を抱えながらもカーディアス・ビストは言った。言うしかない。「なるほど、実の親による息子殺しの対価を払う、それは当然だ、そういう訳か?私の釈放、財産の返却、さらに居住地域を制限するがそれでも生活の保障・・・・そんな所か?」何も言わない男。これが、この能面のような男があのウィリアム・ケンブリッジなのか? 初めて会った時は単なる臆病な官僚の一人だったのに。なんなんだ、この威圧感と風格、そして畏怖を感じる恐ろしさは!!「・・・・・・・・」無言でさらに一枚の紙を渡す。それは印刷された紙だが、紙質が違った、連邦政府の正式な命令書である事が記されている。記名欄にはゴップ内閣官房長官、ジャミトフ国務大臣、オクサナー国防大臣、ケンブリッジ、武装警察であるティターンズ長官の四名の名前が直筆で書かれていた。内容は先程手渡された紙よりも若干良くなっている。(そうか・・・・・アルベルトが私に反抗した時点で・・・・・いや、あの子が、バナージが私の元をミリアと共に去って行った時点で既に退路は無かった、無くなったのだな)回答を、返答を、YESかNOかその二択だけを求めている。此処にいるのはケンブリッジの最も信頼のおける人間たち。彼をここまで導いたジャミトフに、自分達ビスト財団に引導を渡したロナ首席補佐官。そして法務担当のセイラ・マス。そして彼が、ウィリアム・ケンブリッジがまだ無名の一官僚だったころから護衛していた戦友のダグザ・マックール准将。だが、私には出来なかった。息子殺しだけは出来ない。それだけは出来なかった。「・・・・・息子は殺さん。殺したければ自分の手で殺すが良い、ウィリアム・ケンブリッジ。私はもう二度と部下や息子を裏切る事をしない」そう言い切った。閃光が走った。そして三機のガンダムMk5が自分の盾になったのが何故か分かった。一瞬だったのに、その三機の親衛隊使用のガンダムがビームの光を我が身を盾にして命を捨てて自分を助けてくれたことを知る。「え?」死んだと思った。恐怖で顔をぐしゃぐしゃにしている。そして先程の敵機の攻撃を受けた衝撃で鼻血も出ている。ヘルメットの中にはコンソールにぶつかった衝撃で吐き出した吐血が付着していた。「だ、だれ!?」その三機のガンダムMk5から返答は無い。当然だ。盾を構える暇も無く、マゼラン級戦艦の正面装甲を貫通するだけのメガ粒子砲の直撃を受けたのだ。生きている筈が無かった。何せ三機とも上半身が無くなっているのだ。コクピットブロックもこの世から消滅した。『ユーグ!! フィーリウス!! ガイウス!!』その言葉に呼び戻される。親衛隊のジョニー・ライデンだ。どこか軽薄な感じの明るい男の声が今は怖い。目の前の敵と同じくらいに、いやそれ以上に怖い声だった。紅と黒のガンダムMk5が一機のドーベン・ウルフを射程圏に収める。発砲。回避。発砲、回避。そして、正面からでは無く、ドーベン・ウルフの左側面から隠密裏に展開したインコムで射撃。ドーベン・ウルフの右足を撃ち抜くと、そのまま接近してビームサーベルで右肩から左足に向かって斜めに両断した。『これで一つ!! バネッサ!! 何をぼさっとしてる!! 馬鹿な御姫様を後退させろ!!!』通信で気が付いた。ファンネルが起動しない。何度命令しても宇宙を漂うだけ。連中が、三機の、いや今は二機に減った敵の撤退間際に放ったメガ粒子砲の直撃がジオン公国版の、連邦製とは違う劣化コピー故に衝撃に脆いサイコ・フレームを破壊したらしい。他にも多数のミサイルやバズーカの弾丸、デブリの直撃を受けていたのかアラートが、機体の各部損傷を示す危険警報が鳴っている。出ている。(ああ・・・・・私の所為か? 私の所為であの三人は死んだのか? ユーグもフィーリウスもガイウスも私の大切な親衛隊の・・・・仲間だったのに)なんで今頃になって後悔するのだろう。怒りよりも虚脱感が支配する。思わず、機体のコンソールから手を離してしまう。途端に強烈な吐き気が、死んだ三人の最後の気持ちが増幅されてコクピット内部に満たされる事になった。それは彼女、マリーダ・クルス・ザビの体中を蟲が這いずり回る様な怖気を含んだ気持ち悪さで駆け上がる。「なんだ・・・・これ・・・・うう・・・・すごく・・・・気持ち・・・・悪い」何とかヘルメットの中で吐き出すのだけは止めたが、それでも、コクピット内部の専用吐瀉物回収マスクに吐血と共に吐き出す。一方で更に親衛隊のゼク・アインが9機到着した事で戦況はこちらに傾いた。これを知った敵の部隊長は頃合いと見て撤退する。それは見事な引き際である。この時点でジョニー・ライデンは知る由もないが、残った9機のスペース・ウルフ隊事、ドーベン・ウルフは7隻のムサイ級軽巡洋艦後期生産型と2隻のティベ級重巡洋艦を損失機0で撃沈、自分達の撤退に成功していた。この為に第五艦隊は大きく戦力を削られ、敵艦隊との砲撃戦で撃ち負け始めている。そんな中、身勝手な御姫様の御守りを命じられていたジョニー・ライデンは前面のモニターに拳を打ちつけている。「くそったれ!! これだから権力者の娘って!!」聞こえれば死刑もありそうな発言だが、それが事実。彼の望みは単純だった。それは部下と共に生きて母艦に帰る事。それは独立戦争最後の戦いでシン・マツナガが戦死した事により強固となった彼の人生訓。それが馬鹿な挑発に乗った馬鹿の行為で三人も同僚を死なせた馬鹿女。しかも死んだ一人はジオン独立戦争以来ずっと自分を慕ってくれていた男だ。その子供を、ユーグを少年から男にしてやったのも自分だったのに!!「ユーグ・・・・・畜生!!!!」ビームライフルで撤退する敵機を威嚇しながら、こちらも退却する。ワイヤーをクイン・マンサの頭部、コクピットブロックに打ち込む。接触回線を開く為だ。「聞こえるな、そこのバカ娘!!」聞こえる。朦朧とする意識の中、サイコミュの逆流で人の死を感じ取った繊細な少女は思い知らされた。自分は戦争を甘く見ていた。甘く見過ぎていた。本当なら前線になど出るべきでは無かった。自分には自分にしかやれない立場がある。自分が前線に出なければあの三人が殺される事も無かった筈だ。そう言うどす黒い感情、カミーユ・ビダンやアムロ・レイならばこう言うだろう、死者に足を引っ張られる感情がマリーダの心の中で渦巻く。「あ、ああ」そう返すのがやっと。「一度母艦に帰投する。それ位は出来るな!? ええい、五月蝿い!!」そう言いながらも更に敵機を落とす。ビームの直撃を受けて爆散するドライセン。真紅の稲妻の異名は伊達では無い。「・・・・・・・・・・分かった・・・・・・任せる・・・・・・・護衛の任を頼んだ」完全に意気消沈したクイン・マンサとマリーダ・クルス・ザビはそのまま後退した。一方でラカン・ダカランも補給の為に後退。ジオン軍、ネオ・ジオン軍双方とも上方戦線では膠着状態に陥る。攻撃の決定打が無くなったと言っても良い。一方で艦隊下方戦線と呼ばれている戦況は混迷と混沌と化していた。それはマシュマー・セロとキャラ・スーンという二人の強化人間が操る二機のNZ-666『クシャトリヤ』の存在である。多数のサイコミュ兵器であるファンネルが弾幕を形成し、接近しようとしている対艦攻撃部隊のゼク・ツヴァイを落とす。なまじ実弾武装が多いため、数発の攻撃で携帯弾薬に誘爆、そのまま撃破される。これはゼク・ツヴァイがその前身となったゼク・アイン以上にスペック・カタログ重視の機体であった事を物語っており、逆に同じような機体性能のガーベラ・テトラ改やガンダムMk5の方が活躍していた。機体性能が勝敗を分けるのがMS戦の常識だ。が、だからと言って機体スペックだけ考えた設計した機体が本当に実戦で有効かどうかは分からない、という良い見本である。死んで逝く将兵には慰めにもならないが。逆にガーベラ・テトラ改などは直ぐに後進し、ファンネルの攻撃をかわす。サイコミュとファンネルのビームによる弾幕をオールドタイプのエースが回避する位の俊敏性を持った機体だった。それに、咄嗟の反応や直感について行けるだけの機体性能があるのだ。どこか動く武器庫と化しているゼク・ツヴァイとは違い。「これで12機目!!」ビームライフルでズサの正面装甲を貫通させるアナベル・ガトー。傍らの緑のガーベラ・テトラ改はビームマシンガンでガルスJと呼ばれる機体を下部から上部にかけて穴だらけにする。ビームマシンガンとビームライフルを使って戦線を突破してきた機体だが、肝心の敵艦隊、ネオ・ジオン旗艦には取り付けない。それは二機のクシャトリヤという機体、そしてハマーン・カーンの駆る白とピンクのMSN-06Sシナンジュが戦場を縦横無尽に乱舞しているからだ。これに加えて地に落ちたと言われているが戦術家としてはまだまだ優秀な赤い彗星のサポートが加わる。この結果、ネオ・ジオン軍の攻撃を受けたゼク・ツヴァイ部隊120機中、50機以上が撃墜され、30機近くが後退する羽目になった。因みにゼク・アインは撃破数を含めても40機前後であり、図らずもゼク・アインの方がゼク・ツヴァイよりも良い機体(高性能と言う意味では無く)であると分かった。戦場の皮肉であろう。尚、ガーベラ・テトラ改のカリウス少佐と、ガンダムMk5のアナベル・ガトー准将がそこにいるのは単に殿部隊であるに過ぎないからだ。それでも数で勝るジオン艦隊はドロスを中心に第二波を発進。直援機の一部も攻撃部隊の護衛に出し、200機近い部隊を下方戦線に送り込もうとしている。「各機、一旦第二波の部隊と入れ替われ。こちらもエネルギー補給の為に後退するぞ!!」ガトーの激で何とか撤退戦を成功させるジオン軍だが、白いシナンジュの機動性で更に7機のゼク・ツヴァイがこれを駆るハマーン・カーンによって撃墜されていた。正鵠無比な、そして無慈悲な射撃に、圧倒的機動性と強化ビームアックスによる一撃離脱。モノアイからコクピットブロック、股間部分まで一刀両断する唐竹割をするかと思えば、後ろから迫りくるビームサーベルの刃に対して、シナンジュを若干後方にのけぞらせる事で華麗に回避し、そのまま右手のビームライフルでゼク・アインのコクピットを撃つ抜く。爆発すると同時にそれを利用し、今度は混乱する生き残りにビームを撃ち込んで行く白とピンクのシナンジュ。ガトーも味方救援の為に相手をしたいが何分エネルギーが足りない。特にビームライフルは残り三発しか撃てず、あの戦闘機動を行える機体をビームサーベルだけで落とせると思う程にガトーは、ソロモンの悪夢と呼ばれる男は傲慢では無かった。「死んで行った英霊たちの無念、必ずや晴らす・・・・が、今は臥薪嘗胆の念を覚悟しなければ!!」そう言って一度、自分の母艦であり総旗艦の『ジーク・ジオン』に戻る。敵もMS隊による急激な艦艇の損失艦こそ出てないが、砲撃戦で既に6隻のエンドラ級を完全に損失しており、更に3隻が大破離脱していた。シャア・アズナブル総帥直卒の親衛隊艦隊のムサカ級も4番艦が轟沈、その余波で3番艦と5番艦が中破した。この会戦、ムンゾ戦役の特徴にあるが、砲撃戦では数に勝るジオン公国の方がネオ・ジオンを圧倒してきたのである。だが、MS戦では意外な事にネオ・ジオンのヤクト・ドーガ部隊、シナンジュ、クシャトリヤ二機の活躍で不利になった。ネオ・ジオン艦隊に接近するゼク・アインやゼク・ツヴァイをハマーン・カーンは直卒部隊で次々と撃破。その効果は大きく、第一次攻撃隊の過半数が失われていた。まあ、これは想定内であるが、それでも最悪の想定の話であった。「デラーズ閣下・・・・その、よろしいのでしょうか?」案ずる副参謀長の声。たしか彼は実戦経験が無い。あの大激戦だった『ア・バオア・クー攻防戦』や唯一の敗戦である(と、デラーズらジオン上層部は思っている)、レビルによる『チェンバロ作戦』とソーラ・システムを使用された後の地獄の様な『ソロモン撤退戦』を知らない。だからこの損耗率、損失率の高さに不安になるのだろう。だが、まだいける。「案ずるな、現にこちらはドロスが健在であり、旗艦ジーク・ジオンもグワンバンもある。クイン・マンサも再出撃さえ出来れば上方戦線から敵艦隊を強襲可能だ。考えてみれば分かるだろう・・・・副参謀長。敵艦隊に後は無い。そして、一度MS隊に懐に入られた宇宙艦隊は脆い。これは宇宙世紀の戦闘の常識である」まあ、言い返せばあの強化人間部隊、ニュータイプ部隊を攻撃に回させず、ネオ・ジオン艦隊の防衛に釘付けする為に大部隊を送り込んでいるのだ。これもデラーズらの作戦の一環である。敵のサイコミュ兵器を封じるために絶対多数の味方を攻撃で送り込む。そして10対1などというとんでもない戦力差を作る。流石のファンネル搭載機も数が10対1、20対1では劣勢を免れない。ただ、それでも『劣勢を免れない』という程度で済む時点でネオ・ジオンの強化人間技術の恐ろしさがある。「それにだ、こちらには予備兵力としてコンスコン中将とユーリ・ケラーネ中将の第四艦隊、第三艦隊の二つが向かっている。そうすればさらに増援部隊の60隻の艦隊に250機以上のマラサイが敵艦隊後方から襲う事が出来る!!」デラーズはその言葉だけは全員に聞こえるようにワザと大声で発言した。増援が来るのか? 損総司令官の言葉に艦橋内部に安堵や喜色の顔が出る。「そうだ、後は時間さえ稼ぐのだ。よろしい、諸君、義務を果たせ!!売国奴に鉄槌を下すのだ!! 第三次攻撃部隊の編成を急がせろ!!」そう言って艦橋から命令を下す。一方で、第一艦隊旗艦『グワンバン』の艦橋ではグレミーが艦隊を運営しているカーティス中将に戦況報告を聞いていた。カーティス中将は、一度戦闘指揮を参謀長に任せて青を基調色とした独特のザビ家、中将軍服(ドズル・ザビと同じデザイン)を着た彼の下に行く。「グレミー中将、戦況は膠着状態です。デラーズ総司令官は第三次攻撃隊を発艦させるつもりです。上方は膠着状態。下方も同様。・・・・・・マリーダ・クルス・ザビ大佐はグワジンに帰還。あと、第五艦隊のノルド・ランゲル中将が一時後退許可を求めています。恐らく例のドーベン・ウルフ隊の猛攻で艦隊を再編する必要があるのでしょう」そう、あの9機の猛攻は凄まじかった。艦隊戦力の30%を撃沈、15%を大破させて戦線離脱させた。事実上、第五艦隊は編成上から消滅してしまったのだ。それでも祖国防衛と言う気概と彼の個人的な忠誠心と義務感から艦隊再編を行うランゲル中将。残存部隊でもグワジン級1隻とティベ級重巡洋艦7隻、ムサイ級軽巡洋艦後期生産型が10隻ある。これは現在熾烈な砲撃戦を行っているネオ・ジオンのハマーン・カーン摂政親衛隊指揮下の部隊と同数であり、エンドラ級が一発あたりの砲撃力強化の為に速射性能と砲の数を減らした結果、優位に立っていた。ビーム同士の屈曲故か、その圧倒的な砲撃力でネオ・ジオン艦隊は艦隊戦にだけに関して言えば完全に撃ち負けていると言える。ならば一時戦力を再編するべく後退、即座に反攻を行うべきと判断した。「そうか・・・・それでだ、クイン・マンサの損傷の方は?」ほう?その言葉にウォルター・カーティス中将は目の前のお坊ちゃんを若干だがまたもや見直した。戦場で私欲に走る上官ほど軽蔑される、忌避される存在はいないが、彼は妹の安否よりも先に戦線全体の事を考えて『マリーダ・クルス・ザビ(エルピー・プル)』という個人ではなく、部隊としての『クイン・マンサ』の事を聞いてきた。それは士気を下げないと言う事でもあり非常に良い事だ。と、艦橋付近にいたゼク・ツヴァイが敵のサダラーン級大型戦艦のメガ粒子砲の流れ弾で溶解、爆発する。「緊急回避!! 総員、デブリの衝突に備えよ!!」艦長になったドレン少佐(水天の涙紛争の結果行われた司法取引)が対応する。伊達に『叛逆者』である赤い彗星シャア・アズナブルと共にジオン独立戦争を乗り切った訳ではなかったし、その後も嫌々ながらもグワダンの副長でいた訳では無かった。その操艦技術は大したものと言える。職人芸とも言い換えて良い。「クイン・マンサの損傷はサイコミュの損害が予想以上に大きく、どうやら再出撃に難航しているようです・・・・・特に・・・・・パイロットが」努めて冷静な声を出したつもりだが出せただろうか?「?」怪訝な顔をするグレミー・トト・ザビ。彼はニュータイプだがその能力は『C-』という最低ランクに近い。そう考えてみれば仕方ない。『SS』ランクを出している妹のマリーダ・クルス・ザビ(高校で使っている偽名はエルピー・プル)とは大きく違い、それ程サイコミュの知識がある訳でもない。それはウォルター・カーティスも同様だったが、答えなければならない。「く、失礼します。二個戦隊ずつに別れて敵エンドラ級へ砲火を手中させろ。第五艦隊の落伍艦を救助する様に後方のパゾグ部隊に通達。補給と同時に生存者の救援作業を急がせろ、とな」艦隊全体の砲撃優先順位が変わる。今まではハマーン・カーンの母艦であるサダラーン級を沈める為に一点集中射撃を行っていたのが、この命令で変わった。サダラーン級では無く付近の護衛艦であるエンドラ級を沈めるべく第一艦隊が動き出す。40隻、いや、6隻沈んだから34隻であるが、その砲火は確実にエンドラ級を仕留めた。濃い紫色のエンドラと灰色のエンドラの二隻が沈む。「・・・・それではクイン・マンサは使えないのだな?」あくまで妹では無く、兵器として考えるのは司令官の素質。右手が強く握りしめられている状態から見て、彼、グレミー・トト・ザビが妹の事を無視している訳でも、死んでも良いと思っている訳で無いのは分かる。(妹君を案じておられるのは分かるが・・・・それを隠せと言うのはこの年齢の若者には酷な事だろう)だからグレミー・トト・ザビの内心が分かるのだ。が、仮にも中将に当たる人間がそれを理由に艦隊を私的に動かしては困る。それが指揮官の義務であり出来ないのなら指揮官にはなれないし、なるべきでは無いのだ。仮にそのような指揮官がいれば自分の感情で部下を道連れにする。それは水天の涙紛争時のマレット・サンギーヌやエリク・ブランケと同じ過ちだ。しかも中将クラスなら艦隊指揮官であり、その犠牲者の規模を数十倍に拡大する過ちだ。「どうやらパイロットにも問題がある様で。現在、上方戦線はゼク・アインとゼク・ツヴァイ部隊が抑えております。敵のニュータイプ部隊はこちらの徹底した物量戦で艦隊直援に回されている事から動きはありません、そうだな、ドレン艦長」亡命者であるドレンが頷く。「は、現在敵のクシャトリヤと呼ばれる四枚羽の小型MAとヤクト・ドーガと呼ぶべき4機の機体は全て敵の赤いくそったれ、失礼しました、敵総帥艦隊直援に回っており攻撃に転じておりません。また、こちらのMS隊ですが既に第二次攻撃部隊が30機以上失われております。ですが第一次攻撃隊と予備部隊を再編した第三次攻撃隊150機を投入します。敵は一旦補給をしなければなりませんが・・・・その隙を与えずに各個撃破します」なるほど、消耗戦闘を強いるか。グレミー・トト・ザビはそれを聞いて黙って思った。ならば勝利は決まったも同然。確かに第五艦隊の大半を叩かれ、少なくないMS隊を損失したがジオンの国力を考えれば回復は可能であるし、それにネオ・ジオンを単独で掃討したとあれば仮にアクシズ要塞を地球連邦に奪われても何とでもなる。外交交渉では敵艦隊殲滅の方が遥かに世論受けするだろう。地球連邦らにも格好の言い訳になる。「よろしい、カーティス司令官、これからも艦隊指揮を頼む。敵はそろそろ限界の筈だから」「御意に」・・・・・・・・・それと、グレミー中将。「?」カーティスはグレミーだけに聞こえるように耳越し伝えた。マリーダ・クルス・ザビの状況を。「・・・・・・・・・何・・・・・・・・マリーダの状況はそんなに不味いのか?」誰にも聞かれない様に、そして全員の視線が戦場に向けられている一瞬の間。そして一瞬だが彼が腰を浮かせかけた。慌てて何事も無い様に誤魔化して立ち上がって激を出す。『敵は後一撃で崩壊する!! 怯むな!! ジオンの勇士たちよ、正義は我らにあり!! 全軍攻勢に転じろ!!!』そして座りなおして聞く。今度こそ務めて冷静に。カーティスも静かに冷静に語った。「マリーダ様は臓器のダメージがあり吐血したとの事で、先ほどの極秘通信によれば戦闘参加は危険です。あと、サイコ・フレームでしたか? あれのサイコミュの影響なのか・・・・かなり精神的に参っているようです」つまり?「一種の錯乱状態、新兵が陥るショックシェル状態でしょう・・・・詳しくは守り役のスベロア・ジンネマン大尉に聞くしかありません。今の状況は・・・・・どうしたか!?」艦橋が揺れた。「敵艦隊の砲撃で被弾。なれども損傷は軽微なり。戦闘航行に支障なし!!」それを聞いたドレンが動く。伊達に叩き上げで、しかもアクシズからの投降組にも拘らずこの『グワンバン』の艦長をやって無い。「損害ブロック周辺の隔壁閉鎖!! 冷却剤散布!! 衛生兵たちは負傷者の救助作業を急げ!!回避行動、取り舵20、一番、二番、三番の各主砲は二秒間隔で敵艦隊にメガ粒子砲を発射。目標はエンドラ級だ!! 初弾から当てて見せろ!!」ドレン少佐が必死に艦を保持する。「グレミー中将・・・・今の状況ではマリーダ様の現状をそれ以上確かめる術はありません・・・・・遺憾ながら」地球、北半球、北米大陸、ニューヤーク市、首都首相官邸街『ヘキサゴン』その側にあるティターンズ政庁の長官執務室で被告扱いのカーディアス・ビストを尋問しているウィリアム・ケンブリッジら。「・・・・・・たとえ自分が死んでも・・・・・・息子は殺さない、と?」そう言うウィリアム・ケンブリッジ。その視線は冷たい。或いは試しているのか?「そうだ。それにエコーズはティターズの裏仕事を兼任してきた部隊である以上、隠蔽工作は完璧な筈だ。地球連邦のブッホ・コンツェルの影響下にある各種マス・メディアは我々ビスト財団がエゥーゴ支持勢力だったことを暴露し、地球で細菌兵器を利用したバイオ・テロを計画していたと言っている。実際はそちらの武力侵攻と民間人虐殺の証拠隠滅の為に使われた欺瞞情報だろう。だが、ケンブリッジ長官も命令した事から理解しているように、そうであっても大衆は正義の味方の言う事は信じる、信じたがる、都合の悪い事実は目を背けたがる、耳をふさぎたくなる・・・・・そうだな、カイ・シデン君?ならばティターンズの人望と、エゥーゴの危険性に、息子のアルベルトが行った送金記録の暴露を考えるに、地球圏に住む民衆は何を信じるか・・・・それは分かるだろう?」聞いてない、そんなセリフを辛うじて飲み込むウィリアム。実際、バイオ・ハザードでっち上げの件、インダストリー7襲撃の真相は巧妙にこの数年間、マイッツァー・ロナが世論誘導で正当化して来たので問題は無かった。狂信者ではあるが知的頭脳犯でもあるマイッツァー・ロナ。彼は分かっていた。潔癖症だった当時のウィリアム・ケンブリッジ長官にこの事実を聞かれる訳にはいかなかったと言う事を。これは妻のリム・ケンブリッジも同感で、彼に来るであろう報告書をフェアント、シロッコ、リム、ロナの四人で事前に握りつぶしていた。夫の精神面の均衡を保つために。これはジン・ケンブリッジとジャミトフ・ハイマンの説得で首相職を上り詰める事を決めるまでの不安定な時期に要らぬ動揺を避けたいと言う思惑で一致した行動の結果でもあった。「・・・・・・・・・そうですか、それはこちらの不手際になりますね」能面のような顔だ。ガイフォークスのマスクを被った復讐者とは彼の様な人物を指すのだろうか?だが一体何が目的だ?カーディアス・ビストはそれだけが気がかりだった。「あの通信はジオン公国ザビ家の特別秘話通信で送られてきた。つまり、あれは間違いなくジオン側も傍受していると言う事ですね。そして、現在彼、バナージ・リンクスは月面方面軍の憲兵隊によってホテルに軟禁状態にある。これが現実です。私がその気になれば彼を殺して・・・・・全ては単なる事故と片付けてしまっても良い。いや、その方が後腐れも無くて良いのかもしれない」この男!!「事故として片づける」、「後腐れない」という言葉に一瞬で理性が無くなった。思わず殴り掛かる。それをダグザ准将が後ろから軍隊格闘技術で地面に叩きつける。ガハ!!胸を強打するカーディアス・ビスト。それを冷徹に見ていたウィリアム・ケンブリッジは徐に立ち上がるとカーディアス・ビストの右手を掴んで彼を立ち上げた。(殺す気か!?)そう思った。だが予想は大きく外れた。「大丈夫ですか?」先程とは打って変わった優しい声。今までの声が絶対零度のロシア地域のシベリア・ツンドラの気候ならこちらは春の日差しの様な温かさを持った声である。(な、なんだ? 何故こんな優しい声を出す? 今ここで息子を殺そうとしたではないか?)そんな思いをして自分は言う。「どういう心境の変化だ? 貴方にとって私は政敵で、不要な情報を、インダストリー7崩壊の真実を知っている政治犯では無いのか?」混乱する。何が理由だ? 何が望みだ? 何を持って自分をここまで追い込む? これ程の恨みをこの男から買っていたのか?そう思ったが意外な回答が来た。「カーディアス・ビスト殿、貴方は自分の息子を見捨てなかった。自分が殺されるのを覚悟で私に向かってきた。そして、息子を守るために行動した父親、その一点に置いて私は貴方を信頼したい」「何?」思わず声に出す。それにも関係せずに話し続ける。話し方は優しく、だが、老練な政治家の面影を見せながら。少しずつ自分から選択肢を奪い取りながら。「バナージ・リンクスがここまで動いたのは若さでしょう。ですが、それ故に眩しくも危険である。だから大人が彼の手を引く必要がある、違いますか?正直言って、これを受信したのがマイク大尉でなかったら今頃月面都市のグラナダ市ではエコーズとジオン親衛隊が銃撃戦をしていたでしょうね。双方の面子と言う下らないモノをかけて。そしてマイク大尉とレオン警視が咄嗟に『こちらの件は長官、上にあげるからとりあえずは黙っていろ、何もするな、絶対に動くな』と放送を受信した各部隊に言った事でこの事実は少数の人間しか知らない。後の人間は単なる怪電波だと思っている。そうでしょう? こんな少年がティターンズ長官を脅す。単なる異常者扱いだ・・・・・或いは最近は少なくなったエゥーゴ支持者かも知れない、ですかね」それはそうかもしれない。実際、他にも受信したが、それよりもサイド6のリーア・メディアらが中継するムンゾ戦役の方に関心が寄せられており、この怪電波は即座に人々の記憶から消える。一部の政府高官を除いて。そこで黙っていたリム・ケンブリッジが発言した。白い女性用スーツに白いスラックスだ。胸のバッチはティターンズの物、左手には最愛の伴侶から貰った純銀製の結婚指輪。「カーディアス・ビスト、貴方の知識を私たちと貴方の息子に分け与えなさい。それが新たなる盟約です。命令し確認するぞ、カーディアス・ビスト。貴方方ビスト財団がおよそ1世紀の長きにわたって隠し持っていたラプラスの箱などは最早必要ない。この現状で、ジオンと言うスペースノイドの国家が存在し、非加盟国も消えた上、惑星開拓時代到来を目指す地球連邦を根底から覆す為の力など存在する意味は無い。寧ろ害悪以外の何だと言うか?地球連邦亡き後のヴィジョンを持たないモノに破壊だけできる力を与える必要はない。そうでしょう?」地球連邦主導の惑星開拓計画。それが彼らの本当の狙い。ティターンズが、いや、目の前のウィリアム・ケンブリッジが担うであろう次期政権の掲げる100年計画の目的。それはビスト財団が宇宙世紀元年のラプラス事件を隠す事で手に入れた繁栄とはまた別の繁栄の道。何と困難で、そして希望にあふれているだろ?(かつて第一次世界大戦で敗戦を喫しても尚、宇宙を夢見たドイツの科学者たち、あのフォン・ブライン博士らや空を飛ぶことに生涯を捧げようとしたライト兄弟はこんな目を、目の前の男の様な覇気と野望と希望を併せ持った目を持っていたのか?)ただ相手と視線を合わせる。(そうだ、目の前の男は数十年前に一度だけあった臆病でなあなあの甲斐性無い一人幾らの一官僚ではなくなっていた。人類が持った偉大なる、そして最も大きな夢を現実化する為に動き出した男。本当の男。もしくはこれがジオン・ズム・ダイクンの定義したニュータイプ?・・・・・いや、違う、それとは違う、歴史上に偉業を成し遂げる人物、『英雄』という存在かなにかなのか?)人類史の中で、歴史に度々まるで図ったかのように出現する、神の采配か悪魔の悪戯の如く登場して、良くも悪くも全人類を変えてきた存在の一人なのだろうか?でなければあれだけの人間が、マーセナスが、ブライアンが支援し、ジャミトフやゴップらが裏で手を組み、癖が強く地球圏に嫉妬していた木星圏の総統らを味方につけ、アースノイドであり更には生粋のエリート地球連邦官僚でありながら数多のスペースノイド達の支持を取り付け、月面開拓以来中立を至上主義とする月面都市群を味方になど出来はしない。(私達・・・・ビストの一族とは大違いだ・・・・・・・過去にばかり囚われ、一度も飛ぼうとしなかった鳥と、何度も何度も転びながらも這い上がってきた人間の赤ん坊。そうだったな、彼は、ウィリアム・ケンブリッジはジオン・ズム・ダイクンが言う様なニュータイプ論を真っ向から否定した稀有な人物だ人が人を分かり合えるのは当然で、それは環境に左右されない。そして分かり合えるからこそ分かり合えないのだ、と。適応する環境を理由に人が人を分かり合えるというなら人類は4000年以上も平和と戦争を繰り返してない、そう言っていた)かつての0090の秋の講演会でカイ・シデンは問うた。『ウィリアム・ケンブリッジ長官、貴方はジオン・ズム・ダイクンが提唱したニュータイプについてはどう思いますか?』と。この時のウィリアム・ケンブリッジはこう述べた。『ニュータイプとは宇宙に人類が進出した事で、人間が相互の意思を互いに無意識に理解し、相手の事を尊重できる進化した人類と言う事を前提に話を進めるのなら私はそれを単なる妄想だと思います。ジオン・ズム・ダイクンの言葉を徹底的に理解すればニュータイプではなければ人と人は分かり合えないという事では無いでしょうか?では逆に皆さんに聞きます。オールドタイプである私と私の妻は分かり合ってはいないと何故言いきれるのですか?私は妻を愛しています。そして妻も私を愛しています。勿論ですが喧嘩もすれば仲違いもします・・・・・が・・・・それが人間でしょう。分かり合える、頷くだけでお茶を持って来てくれる事があれば、必死にアピールしても面接試験に受からない事もある。言葉も態度も手紙もその他のありとあらゆる行為を、何かを使っても分かり合えない事がある。それが人間だと思っております。勿論、異論がありましょう。私の意見など意味が分からない、納得できないと言う方がいるのは当然です。ですが、だからこそ人間なのです』『それで・・・・・ならばその続きをお聞きしたいのですが?』『はい、カイ・シデンさんもご存知の様にオン・ズム・ダイクンは語りました。宇宙に出たスペースノイドはニュータイプとなり争いは全て無くなる、それが分からないから地球にしがみつく、と。これは学生時代の論文のテーマでした。あの頃の私はその考えに影響されて宇宙開拓省に入った。でも長い人生経験を経験して考えが漸く纏まりつつある。ニュータイプになったから全てが分かると言うのなら、宇宙世紀も90年以上が過ぎた今になってもまだ戦争が絶えないという事実に説明がつかない。そうでしょう?だから私はこう考えたのです』『と言いますと?』『ニュータイプが戦争をなくすのではない、『人間』が、『ヒト』が、それぞれの意思で戦争を無くしていく、或は止めるのです。若しくは始めるのでしょう。古代の各帝国の各領域の統一もニュータイプだったから出来たのではない、互いに無条件で理解できるエスパーの様な存在で相手を理解できたから平和な時代を築いたのではない。ただ、お互いの意思を持って行動した結果が幾つかの平和な時代であり、多くの戦乱の時代です。カイ・シデンさんはニュータイプに対してどう思いを抱きなのかは敢えて聞きません。ですが、私は、宇宙に出たからニュータイプになれる。ニュータイプになったから戦争が無くなると言うのは現実を知らない夢想家の戯言でしかないと思います。真のニュータイプとはなんなのか、それは誰にもわかりません。そして分からない以上、我々は『ヒト』として、『人間』として生きるしかないのです』ニュータイプ否定論。それはジオン・ズム・ダイクン登場による宇宙世紀移民者の持つ最大の禁忌を犯した。当然の事ながら、ニュータイプの存在に全てが立脚していたネオ・ジオンは彼、ウィリアム・ケンブリッジの暗殺を企て、カツ・コバヤシらがその実行犯になった。また、ケンブリッジ家に対しても報復攻撃が行われたがそれも失敗した。だが、それこそニュータイプの存在は幻想でしかないと言う事をウィリアム・ケンブリッジ個人に強く植え付けた。ある歴史家はこう記述する。『ウィリアム・ケンブリッジ最大の特徴はあのギレン・ザビやゴップ内閣官房長官でさえ逃れる事が出来なかったジオン・ズム・ダイクンのニュータイプ思想と言う呪縛から完全に逃れた事、ここにある。彼はニュータイプという存在を完全に政治的なプロパガンダとしか見なかった。それだからこそ、オールドタイプと呼ばれるべき絶対多数の人間の支持を獲得し、冷静で冷徹なる各政界、各財界、軍部の支持を集める事が出来のだ』そして回想を終えたのか、カーディアス・ビストは現実に戻される。いつの間にか目の間に立った女性に、どうやったのか、まだ50代に見える女に言われる「私たちと共に来るか、もう一度子供を捨てるか、選びなさい」そういって差しのべられた手を、カーディアス・ビストは躊躇いながらも手に取った。宇宙世紀0096.02.23の9時14分、老練な経済界の重鎮にして連邦政府の暗部を知っていたカーディアス・ビストが『ケンブリッジ・ファミリー』の軍門に屈した。「それで・・・・・私は何をすれば良い?」一度、決めた以上は彼に付き従うまで。そう心に決意する。漸くほっとしたのか、肩の力を抜いて背凭れに体重を乗せるウィリアム・ケンブリッジ。(疲れた・・・・どうもこう言った交渉は苦手だ。相手の足元を見て、それを、今回は実の息子の命を利用するという行為は嫌いで苦手だ)それでも威厳を崩さずに『命令』する。「カーディアス・ビストさん、貴方にはパラヤ大臣とは別の第三極の政党を作り、それを裏で操って貰います。これは現内閣の大半が同意している事です。私を最大与党として、それに対抗する二つの弱小野党。その一角です。ただし、発言する事、提案する政策は真面目にかつ正確に。恐らく最大与党を形成する『ケンブリッジ・ファミリー』に、つまりは私に大衆は迎合します、その方が楽ですから。政治を一部の政治業者に任せるのは民主共和制の悪い癖ですがこればかりは人が楽をしたがる生きる生き物である以上仕方ない。古代ギリシアで民主共和制が出来て以来の伝統でもある。またマス・メディアの大半は臭い物には蓋をして事実を歪曲する。これも彼らが経済と言う怪物の隷属化にある以上仕方ない。ですから現実を変えろと言う無茶を言う気は全くありません。こちらの証人役に来てもらったカイ・シデンさんの様な正義感と信念を持ったマス・メディアなど少数派です。これはどんな世界にでも言えますか。ならばその嫌な事、大衆が嫌う、古代中国の格言にある『耳が痛い諌言にして、口に苦い良薬』になって貰いましょう。その為に・・・・核となるメンバーを貴方が探しておいて欲しい」つまり・・・・「そうですね、道化をやって欲しい。それと・・・・これは個人的なお願いですが・・・・もう一度、バナージ君の父親をやってあげてくれませんか?彼が結婚式であのオードリー・バーンと名乗ったミネバ・ラオ・ザビの傍らを歩く時に父親不在では悲しいでしょ?」これは余計でしたかな? そういって初めてウィリアム・ケンブリッジは心の底をカーディアス・ビストに見せた。そう、本当の優しい心を。クイン・マンサが着艦する。メガ粒子砲の直撃を受け、ジャイアント・バズを総計で17発の直撃を受けたにしても外装はほぼ無傷。流石はジオンの鬼才であったギニアス・サハリン技術中将(0092没、死後昇進。蛇足だが最後の最後まで妹との和解は無かった)の機体である。だがパイロットはそうはいかない。地球連邦内部に潜入したスパイと世紀の外交交渉、技術交換で手に入れたサイコ・フレームの試作品は彼女の脳波に大きな悪影響を及ぼした。いわば幻覚の類を見せているのだ。「いやぁぁぁあああああ!!!!」暴れるマリーダを取り押さえる親衛隊の面々。だが、これで彼女を傷つけたら自分達の首が飛ぶ。物理的にも。だから取り押さえられなかった。そしてヘルメットを投げつけて、そしてまた吐血する彼女に対して、一人の女士官が、大尉の階級章を付けた親衛隊の尉官が来た。(良くもガイウスとフィーリウス様を!! この小娘が!!!)そしてクイン・マンサのパイロットでもあり、自分が守るように命令されていた直属の上官を、ザビ家直系のマリーダ・クルス・ザビ大佐の首根っこを殺意を持って絞め殺そうとした瞬間、大佐の階級を付けた男に後ろへと投げ飛ばされる。「こんのぉぉぉバカ娘がぁぁぁ!!!!」格納庫、いや、コクピット内部だけだったが、怒りの咆哮が響き渡った。バチンという音がした。マリーダの頬を全力でぶった。更にもう一度、今度は左から右へと握り拳で殴りつけた。バキという鈍い音がした。そのままドカンという接触音もする。第一撃の平手の時とは違い、成年男子の正面からの拳の一撃で顔を殴られ吹き飛び、コクピットの後方に背をぶつけるマリーダ。それを見たバネッサ大尉。溜飲が下がる思いだった。そして気が付いた。目の前の大佐はたった今、死刑執行書にサインした事を。(え! 不味い!! 大佐!?)そうだ、あのザビ家直系の令嬢に手を挙げて、ジオン公国で生きていられる筈が無い。ここは平等を掲げる民主共和制国家の地球連邦では無いのだから。(しかも此処はジオン公国のジオン親衛隊艦隊の旗艦。数多のザビ家シンパはいるし、謀殺に見せかけて彼を殺すなどギレン公王の心酔者であるエギーユ・デラーズ大将なら簡単にするだろう。まして戦況はややこちらに優位だ。ならばいくら大佐でエースパイロットであっても切り捨てられるのではないか?)そう思うと、冷静になると先程までの自分の行動の浅はかさに気が付かされた。そうか、私は彼に救われたのだ大佐に。それを実感する。「起きろ、小娘!! お前の所為でユーグも!! フィーリウスも!! ガイウスも!! 三人とも死んだ!! お前が突出しなければあいつらは死ななかった!!!ファンネルをもっと早くに使っていなければ結果は違った筈だ!!! そもそもお前の好奇心でクイン・マンサが出撃さえしなければあの三人とあの三人を待つ人間、親しい人間は悲しまなくて済んだよ!!それを知れ!! お前の妙な焦りの所為で、俺たちは戦友を殺したんだ!!いいか、あの三人は敵に殺されたんじゃない!!! マリーダ・クルス・ザビ、貴様が殺したんだ!!!」その言葉に衝撃を受ける。仮にドーベン・ウルフの三機を追わなければ、戦力を分断されなければ、或いは親衛隊と速度を合わせて追撃していれば一対三という劣勢に陥る事も、三人が自分のミスで自分の盾となって敵機に落とされる事も無かった、そう言っている。そしてそれは真実でもある。(わ、私が、私が殺したんだ!!)涙が出てきた、それをみたジョニー・ライデン大佐、真紅の稲妻は更にもう一撃、平手で右頬を殴りつける。「泣くな!! あんたは味方殺しのクソッタレの役立たずだ。それは変わらん!! 言い直す気も無い!!でもな!! マリーダ・クルス・ザビはザビ家の長女で、ジオン公国っていう国家を運営して国民を導く立場と責任があるんだよ!!!単なる軍人の俺と違ってな!!! そして最低でも今のアンタは・・・・俺は納得できないが!! アンタはこの艦隊の最高責任者なんだ!!!それが兵士たちの、アンタが責任を持つような人間たちの士気を下げるような事をするな!!!そうやってまた誰かが死ぬんだぞ!! 分かったな!!! いや、理解しろ!!!!」MS隊の換装作業などでその声はクイン・マンサのコクピット内部にいたバネッサ大尉と親衛隊の二人、モニカ・キャディラック中佐、エルヴィン・キャディラック中尉、そしてジョニー・ライデン大佐だけにしか聞こえない。仮にこの内の中が誰かが密告すればそれだけでライデン大佐は重罪として軍事法廷やジオン特別法廷などで重い処罰を受けるだろう、いや、下手をしたら処刑されるかもしれない。「・・・・・・・ライデン大佐、怒りは分かるが・・・・・こちらにも立場がある。そこまでにしてもらおう」そこには守り役としてギレン・ザビが抜擢した男がいた。太ってはいるがジオン独立戦争を緒戦も緒戦の一週間戦争から戦い抜いた男。大尉の親衛隊軍服を着た男、父親ギレンの代わりにマリーダを育ててきた男。マリーダがマスターと呼ぶ父親代わりの家庭教師のジンネマン大尉が居た。そして、彼はマリーダの今回の出撃に最後まで反対した為、自分が、マリーダ・クルス・ザビがジオン本国に置いてきた筈の男。「マ、マスター? 何でここに・・・・サイド3に・・・・いるんじゃなか・・・・」だが、いつもは温かい視線は冷たかった。それ以上言えなくなる。「マリーダ様、私も大佐と同意見です。これより、マリーダ様を軟禁させて貰います。キャディラック中佐、キャディラック中尉、両名は彼女の護衛兼監視に付け。全ての責任はこの俺が取る、それと少しだけマリーダ様と二人だけにしてもらえますかな?」そう言ってマリーダと自分以外の全員をコクピットから追い出す。不満顔のライデンとバネッサ。困惑顔のキャディラック姉弟。ライデンに言う。「少しだけだ、こいつにはこの戦いが終わって生きて帰ったら言ってやりたい事が山の様にある。だがその前に・・・・少しだけ時間をくれ。頼む。」そう言い残して。「ち・・・・・・・分かった、分かったよ、分かりましたよ!! 外で待つ。行くぞ」そう言ってジョニー・ライデンは外に出る。出た瞬間、コクピット内部に置いた集音スマート・レコーダを起動させた。無論だがマリーダを除く全員、気が付いていた。インカムを作動させる四人。それを知っているジンネマン大尉。「・・・・・・・マリーダ」ペチンという音がした。頬を叩くジンネマン大尉。そして持ってきた濡らしたハンカチでマリーダの顔を拭く。化粧が落ちるが知った事では無い。それにこれは贔屓目に見てもマリーダは化粧をしなくても十分綺麗だ。流石は令嬢セシリア・アイリーンの娘だけの事はある。「少しは実戦と言う恐怖を知ったか? この愚か者が・・・・味方殺しという意味が理解できたか?」泣きながら頷く少女。「そうか・・・・・ああは言ったが・・・・良く生きて帰ってきた・・・・・本当によく帰ってきた。ありがとう」「え?」その言葉は意外だったのだろう、マリーダを驚かせる。さっきまで叱っていた顔とは違う、いつもの優しいマスターの顔だった。「気にするな、とは言えんが・・・・戦場での生き死には運でもある。そして死んだ奴は二度と会えん・・・・・そう言う意味ではお前さんは良く生きて帰ってきた。親父さんのギレン公王も内心はホッとしているだろう・・・・それは俺が保証するさ・・・・・マリィ」第二の父親。マリーダは愛情が欲しかった。父親であるギレン・ザビは尊敬していた。兄は崇拝してそれで満足していたが自分はどこかでもっと普通の父親らしい優しさを求めていた。もっと、従姉妹であるミネバの父親、叔父でもあるドズル上級大将がミネバに注ぐような父親の愛情を欲しかった。だが、これが自分の父なりの自分への愛情というのも理解していた。だから必死になった。必死に期待に応えるべく努力して結果を出した。そうすればあの冷徹冷酷と国民から誤解されている父も笑ってくれたから。だけど、やはり父親独特のあの冷徹さは男である兄には理解できても、尊敬できても、女の自分には兄程の敬愛を抱く事が真似ができなかった。何処かやはり怖かった。それをキャプテンは、師匠は、マスターは抱きしめてくれる!!「マスター!! あたし・・・・あたし!!」マスターはよせ、そう小学校の卒業式の日に教えたろうに。そうジンネマンが言って整えていた髪をクシャクシャにして撫でる。「だって怖かった!! 死ぬと思ったら、死ななくて、それなのに死んだ人の意思が入ってきた!! そしたら、そうしたら何も考えられなくなって!!だから、だから!! 怖くて怖くて、それで、漸く・・・・そして帰って来たと思ったら私の所為でみんな死んだと言われて、やっぱり私が悪かった・・・・悪かったんだ!!!」うぁぁぁぁ。そう泣き叫ぶ少女を優しく抱きしめる。キシリア暗殺事件後の暴動で死んだ、妊娠していた妻と生まれて来る筈の娘が居たらきっとこうしたと思いながら。「いいんだ、仕方ないんだ。誰だっていつかは納得する。いつかはお前を許す。それが戦争だ。俺もそうして来たし、あいつらだって本当は分かっている。理解している。戦争だ。殺す為に出撃する以上、殺される事が覚悟の上なのは当然で、誰が死んでも、何が理由で死んでも文句は言えない。本気で味方を、或いは敵を憎みはしない。だけどな、マリィ、お前の罪を本当に心から許せるのはお前自身しかいない。お前はお前が殺した三人の人生を覚えて置け。そして生きろ。忘れない事がお前の罪であり罰であり・・・・許しとなる・・・・いいな?」クイン・マンサのコクピット外で中の話を聞いていた四人はそっと、場所を離れた。オレンジの髪をした泣き崩れるザビ家の王女とその守り役、第二の父親の時間を少しでも確保する為に。「・・・・・私・・・・・変わる・・・・・必ず」マリーダ・クルス・ザビが大人になった瞬間だと後の人々は言った。そのころ、第三連合艦隊から分離行動をしたジオンの二個艦隊は遂にムンゾ戦役の戦場宙域に到着せんとする。「各マラサイ部隊、発進用意。対サイコミュ防御戦闘用意。ビーム攪乱幕スタンバイ。第四艦隊は対艦攻撃装備で、第三艦隊は敵MSの迎撃機を落とす様に!!」「第四艦隊、全艦攻撃態勢。マラサイ出撃だ、急げよ。多少の距離の遠さも構わん。どうせ宇宙でのMS戦闘は接近戦がメインなのだからな」第三艦隊司令官のケラーネ中将とミネバ・ラオ・ザビ護衛の為に月面に残る為に指揮権をシーマ・ガラハウ中将から委譲され第四艦隊司令官に着任したコンスコン中将の命令で艦隊からMS隊が発進する。だが、まだ距離はある。しかし、ネオ・ジオン軍の後背を取りつつあることに変わりは無く、この事実は対峙するネオ・ジオン艦隊も自分達ジオン軍も認識した。「王手だ、反逆者よ」デラーズはそう『ジーク・ジオン』のCICで両手を組んで言った宇宙世紀0096.02.23の9時36分、戦況変わりつつあった。第三艦隊と第四艦隊が紡錘陣形を取りV字陣形で迎撃するジオン艦隊を強行突破せんとするネオ・ジオン艦隊の後方を遮断するべく出現した。そして、これを確認するエギーユ・デラーズ大将。「ようやく勝ったな、ダグラス」「ああ、これで決まりだな、ウォルター」ウォルター・カーティスとダグラス・ローデンが勝利を確信した。敵艦隊は突破力を失い、後背には我がジオン軍の増援部隊、更には補給も無い。ネオ・ジオンの総帥親衛隊艦隊のみは健在だが、その他の部隊は大損害を受けている筈だ。勿論、相対したジオン第五艦隊は編成上から消滅。艦載機も372機中、214機を損失していた。だが、そこまでだ。ネオ・ジオンに最早継戦能力も包囲網を突破する事も出来ない。「宇宙のカンネーの戦いとなったか」カンネーの戦い。古代地中海世界の時代に世界史に名前を刻んだ名将であるハンニバル・バルカが成功させた包囲殲滅戦闘。あえて敵主力の攻勢を正面から受け止め、その間に機動戦力を側面に回り込ませ、敵軍を四方から包囲する戦法。包囲戦の代表例となる。ギリシアのアレキサンダー大王ら古来より名将が名将たる由縁を持つ作戦を宇宙空間でエギーユ・デラーズは成し遂げた。一方でハマーン・カーンもシャア・アズナブルも自分達の作戦が失敗し、後は殲滅されると言う事に気が付く。この瞬間、ギレン・ザビを国家元首とするジオン公国軍とシャア・アズナブルを指導者と仰ぐネオ・ジオンの艦隊決戦、その勝敗は決した・・・・・ジオン軍の勝利と言う形・・・・・・・その筈だった。宇宙世紀0096.02.23、9時55分。デラーズ・フリートは追撃戦を行うべく攻撃態勢に入った。後は敵を押し潰すだけ。アクシズ要塞は補給と戦力比から占領できないかも知れないがそれでも戦略目標であるジオン本国の安全は確保できる。そう考えていたデラーズ。だが、好事魔が多しとはよく言ったものよ。「デラーズ閣下!!! た、大変です!!! 緊急連絡です!!!」総旗艦『ジーク・ジオン』で通信参謀から緊急通信が入る。「何か?」副官が冷静に聞いたが、次の瞬間、艦橋の空気が凍った。「ほ、本国の第4防空圏にネオ・ジオン、いえ、エゥーゴ艦隊出現、ただいま本土守備隊が迎撃に向かうも壊滅せり。現在、ガーディアン・バンチならびズム・シティに向け艦砲射撃を実施中、全艦隊は直ちに作戦を中断し、戦線を放棄、後退し、ジオン本国防衛に向かわれたし、以上です!!」宇宙世紀0096.02.23の9時57分、ジオン艦隊は損害を度外視した後退を開始。一方でこの報告を聞いた第四艦隊と第三艦隊も非常事態を考え、月面のミネバ・ラオ・ザビ護衛と亡命政権樹立を視野にいれて月軌道に撤収。そして、その立役者となったのはなんと死んで来いと言われたも同然のタウ・リン指揮下の部隊だった。彼は自軍の艦隊を無駄な戦力になったと見せかけて敵の裏の裏をかき、ジオン本国を奇襲した。ジオン軍の艦隊は後続部隊としてムンゾ戦役の戦場に向かっているか、ミネバ・ラオ・ザビ護衛の為に月に居るか、それともネオ・ジオン本隊の後背を狙うべく暗礁宙域を迂回すると考えたタウ・リン。そして、その考えは見事に的中。最も手薄になった頃合いを見て、一年戦争で地球連邦のレビル派閥とキングダム派が総力を挙げながらもがMS一機どころかそれを光学センサーで視認する事さえ出来なかったジオン本国、サイド3を攻撃した。「やりましたね司令官!! ジオン本国奇襲作戦、まさかこうも上手くいくとは・・・・・」副官の言葉を旗艦である『ヌーベル・エゥーゴ』で聞く。艦橋に詰めているメンバーの面々は尊敬の眼差しを向けている。「ミノフスキー粒子を散布してなかった以上、連中はただの加速した隕石だと思っていたからな。だから大した迎撃もしなかったし、メガ粒子砲の最大射程で取り敢えず当てるだけが狙いと言う事も敵と戦ってこれを撃ち倒す戦闘を基本とする生粋の軍人には考えられなかっただろう」タウ・リンはそう言う。彼は暗礁宙域でワイヤーガンを使い、デブリに偽装した後、地球連邦軍第三連合艦隊の目を欺いて最大船速でサイド3に向かった。その後、敢えてミノフスキー粒子を散布せずに突入、同航戦もせずに一過性の砲撃戦を強行している。これは完全にジオン本国守備隊の虚を突き、止めに本来本国守備に要る筈の第二艦隊をムンゾ会戦に送ってしまった為、迎撃網に完全に穴が開いていた。「最初に言っただろ? ベトナム戦争や独ソ戦のゲリラ、パルチザンの真似をするって。つまりだ、連中が偽装した民間人、この場合は隕石か、そのどこにでもある存在に化けて敵に近づくのさ。そして地球連邦軍は『リーアの和約』でジオン本国の絶対国防圏に侵入する際には事前協議が必要っていう盲点を突く」なるほど。確かに連邦軍の100隻以上の艦隊がジオン本国に入国する訳にもジオン本国宙域で戦闘する訳にもいかない。「そして連邦とジオンが協議するそんな時間は作らせない、一過性の攻撃はこれが理由だしそれで十分だ。何も馬鹿正直に戦場へ援護に行くだけが援護じゃない。赤い彗星が余程の愚か者じゃなきゃあ、これを契機に兵を引かせるだろうしな。敵は馬鹿正直にこっちに直線距離で向かうだろうが、俺たちは連邦製の艦艇という特徴、つまり航続距離の長さを利用してこれを回避する。で、敵のいない宙域を通って悠々とアクシズに凱旋すれば良い。何のために補給物資をアナハイムの女から手に入れておいたと思う?」流石と言う視線が来る。「さあ、派手に撃ちまくれ!! 目標、敵軍事中枢のガーディアン・バンチとザビ家の中心地ズム・シティ。撃て!」最後の一撃を放つべく矢を番えたその瞬間、この絶妙にして最悪のタイミングで入った急報がまさかのジオン本土襲撃。まさに寝耳に水の最大限の衝撃。おもわず立ち上がるエギーユ・デラーズ。「本土が攻撃だと!? ええぃ!! ギレン総帥は 総帥はどうなされたのか!?」思わず、かつての名称で呼ぶデラーズ。そして直ぐに別の通信士が続報を伝える。「大変です!! 公王府にビーム砲が直撃との連絡在り!! ギレン公王陛下ら政府首脳部が行方不明との報告が入りました!!」「ガーディアン・バンチとの通信回線開きません!! ズム・シティとも連絡途絶!!!」デラーズから血の気が引いた。