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No.33650の一覧
[0] ある男のガンダム戦記 八月下旬にこちらの作品を全部削除します[ヘイケバンザイ](2016/07/27 21:00)
[1] ある男のガンダム戦記 第二話「暗殺の余波」[ヘイケバンザイ](2012/07/10 11:59)
[2] ある男のガンダム戦記 第三話『地球の内情』[ヘイケバンザイ](2012/07/15 19:52)
[3] ある男のガンダム戦記 第四話『ジオンの決断』[ヘイケバンザイ](2012/07/14 10:24)
[5] ある男のガンダム戦記 第五話『開戦への序曲』[ヘイケバンザイ](2013/05/11 22:06)
[6] ある男のガンダム戦記 第六話「狼狽する虚像」[ヘイケバンザイ](2013/04/24 13:34)
[8] ある男のガンダム戦記 第七話「諸君、歴史を作れ」[ヘイケバンザイ](2012/08/02 01:59)
[9] ある男のガンダム戦記 第八話『謀多きこと、かくの如し』[ヘイケバンザイ](2012/08/02 09:55)
[10] ある男のガンダム戦記 第九話『舞台裏の喜劇』[ヘイケバンザイ](2012/08/04 12:21)
[11] ある男のガンダム戦記 第十話『伝説との邂逅』[ヘイケバンザイ](2012/08/06 09:58)
[12] ある男のガンダム戦記 第十一話『しばしの休息と準備』[ヘイケバンザイ](2012/08/07 15:41)
[13] ある男のガンダム戦機 第十二話『眠れる獅子の咆哮』[ヘイケバンザイ](2012/08/09 20:31)
[14] ある男のガンダム戦記 第十三話『暗い情熱の篝火』[ヘイケバンザイ](2012/08/14 13:28)
[15] ある男のガンダム戦記 第十四話『終戦へと続く航路』[ヘイケバンザイ](2012/08/18 10:41)
[17] ある男のガンダム戦記 第十五話『それぞれの決戦の地へ』[ヘイケバンザイ](2012/08/25 16:04)
[18] ある男のガンダム戦記 第十六話『一つの舞曲の終わり』 第一章最終話[ヘイケバンザイ](2013/04/24 22:22)
[19] ある男のガンダム戦記 第十七話『星屑の狭間で』 第二章開始[ヘイケバンザイ](2013/04/24 16:55)
[21] ある男のガンダム戦記 第十八話『狂った愛情、親と子と』[ヘイケバンザイ](2012/11/17 22:22)
[22] ある男のガンダム戦記 第十九話『主演俳優の裏事情』[ヘイケバンザイ](2013/01/02 22:40)
[23] ある男のガンダム戦記 第二十話『旅路と決断を背負う時』[ヘイケバンザイ](2013/04/06 18:29)
[24] ある男のガンダム戦記 第二十一話『水の一滴はやがて大河にならん』 第二章最終話[ヘイケバンザイ](2013/04/24 16:55)
[25] ある男のガンダム戦記 第二十二話『平穏と言われた日々』 第三章開始[ヘイケバンザイ](2013/04/25 16:39)
[26] ある男のガンダム戦記 第二十三話『終焉と言う名を持つ王手への一手』[ヘイケバンザイ](2013/04/30 22:39)
[27] ある男のガンダム戦記 第二十四話『過去を見る者、未来を目指す者、現在を生きる者』[ヘイケバンザイ](2013/05/06 16:20)
[28] ある男のガンダム戦記 第二十五話『手札は配られ、配役は揃う』[ヘイケバンザイ](2013/05/12 16:29)
[29] ある男のガンダム戦記 第二十六話『流血を伴う一手』[ヘイケバンザイ](2013/05/22 10:42)
[30] ある男のガンダム戦記 第二十七話『戦争と言う階段の踊り場にて』[ヘイケバンザイ](2013/05/22 20:23)
[31] ある男のガンダム戦記 第二十八話『姫君らの成長、ジオンの国章を懸けて』[ヘイケバンザイ](2013/05/26 13:31)
[32] ある男のガンダム戦記 第二十九話『冷酷なる神の無慈悲なる一撃』[ヘイケバンザイ](2013/06/02 15:59)
[33] ある男のガンダム戦記 第三十話『叛逆者達の宴、裏切りか忠誠か』[ヘイケバンザイ](2013/06/09 23:53)
[35] ある男のガンダム戦記 第三十一話『明けぬ夜は無くも、闇夜は全てを覆う』[ヘイケバンザイ](2015/07/10 19:15)
[36] ある男のガンダム戦記 最終話 『ある男のガンダム戦記』[ヘイケバンザイ](2013/12/23 18:19)
[37] ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像01 』[ヘイケバンザイ](2014/02/12 19:18)
[38] ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像02 』[ヘイケバンザイ](2014/02/12 19:16)
[39] ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像03 』[ヘイケバンザイ](2015/06/29 13:54)
[40] ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像04 』[ヘイケバンザイ](2015/07/11 10:54)
[41] ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像05 』[ヘイケバンザイ](2015/07/13 13:52)
[42] ある女のガンダム奮闘記、ならび、この作品ついてご報告いたします[ヘイケバンザイ](2016/07/27 21:00)
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[33650] ある男のガンダム戦記 第二十七話『戦争と言う階段の踊り場にて』
Name: ヘイケバンザイ◆0f84f817 ID:6b691826 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/05/22 20:23
ある男のガンダム戦記27

<戦争と言う階段の踊り場にて>




第1艦隊の護送の下、トラック宇宙港を出発したシャトル525便が入港する。ティターンズと地球連邦宇宙軍の本拠地があるグリーン・ノア3に。
そこでアデナウワー・パラヤ外務大臣は思い知る事になる。
ティターンズと言われる組織、地球連邦宇宙軍の本当の軍備、ロンド・ベルの指揮権を握っている者。
一体誰がこの宇宙のほぼ全てを、少なくとも地球連邦宇宙軍とティターンズを掌握下に置いているのか、その事実を。

「リディ君とハサウェイ君らも一緒に来るかね? きっと得難い体験ができるよ? 君らの個人IDでは入れないところに行けるんだ。
特にリディ君は御父様のマーセナス議員に良い土産話が出来るだろう・・・・どうかな?」

そう言ってタクシーに乗ったパラヤ外務大臣。
地球連邦軍の護衛は無い。ここは宇宙に存在する全て人類生存領域の中で最も地球寄りのコロニーサイドであるからだ。
何より、直ぐそこにはティターンズのコロニー・月面方面治安維持部隊司令部とサイド7防衛隊司令部が存在している。
因みに、宇宙艦隊総司令部はグリーン・ノア3では無く、グリーン・ノア00『グリプス』に置かれていた。

「そうですね・・・・・行きます」

と、ハサウェイは彼の、パラヤ大臣の面子を立てて、

「では大臣のお言葉に甘えて。自分も赴任の際に宇宙艦隊司令長官へ意見具申したい事がありますから」

リディは個人的な目的から彼の提案に乗る。因みに娘のクェス・パラヤはグリーン・ノアの政府高官用官舎に軟禁状態である。

(何故大臣はクェス(娘)を連れて来たのだろう?)

これは両名の個人的な疑問だった。
一方で。パラヤ大臣は感じ取る。
この二人はあまり仲が良く無きがした。特にリディ・マーセナス中尉の方が一方的にハサウェイ・ノアを敵視している様にも見えた。

(・・・・・・・気のせいだろうか?)

そう思いつつも、彼らは一旦ホテルのベル・ボーイに荷物を預け、チップを与えると、その足でグリプス要塞群の中心拠点に向かう。そう、あの水天の涙紛争勃発時の最初の戦場となったサイド7・第1バンチ、『グリプス000』へ。

そこは至る場所に政敵だと考えている男の象徴である、武装警察『ティターンズ』と彼の影響下で精鋭化に成功した『地球連邦軍軍旗』が自らの権力を象徴するかのように合成風で靡いていた。
ティターンズと連邦宇宙軍の軍服姿の職員ばかりである。文官はほとんどおらず、まれに居てもティターンズ所属だった。




「シナプス司令長官閣下。各艦隊司令官、各艦隊副司令官、分艦隊司令官、各参謀、副官ら282名、総員揃いました」

シナプスは司会役のマオ准将の言葉に頷く。
一斉に敬礼する黒や灰色の軍服を着た男女の群。着席を促す。最低でも大尉以上、そして最上級将校は自分事、宇宙艦隊司令長官のエイパー・シナプス大将。
地球連邦宇宙軍とティターンズの首脳部が文字通り一堂に会している。

「さて、諸君。君たちもニュースなり軍報なりで詳細は既に知っていると思うが・・・・アクシズに本拠地を持つネオ・ジオン軍の主力が再度の攻撃に出た。
場所はここ、旧ア・バオア・クー宙域に配置されている、我が地球連邦の同盟国であるジオン公国の絶対防衛戦線であるペズン要塞だ」

そう言うと、自分でマウスを動かして星図を拡大投影する。これはリアルタイムである事が画像下のミノフシキー粒子散布下のノイズの入った表示で分かった。
グリプス000の持つ恒星間観測用光学カメラが捉えた映像で、ペズン要塞は今まさに砲撃戦の真っ最中なのが全員に分かる。

(断末魔をあげているわね)

(陥落は時間の問題だな)

(予想以上に民間軍事会社の不良軍人崩れは役だったな)

(さて、後何時間持つかしら?)

(ジオン公国軍はどう動く? それを考えるのが我らの仕事だな)

(地球連邦軍の力を見せつける時が来た・・・・ニューヤーク市で殺された父さんと母さんの敵討ちだ!!)

各々の思惑をよそに会議は進む。如何にネオ・ジオンを名乗った武装勢力、テロリストを掃討するか、それを決める為に。
当然ながら、『あ一号作戦』と『第二次ブリティッシュ作戦』を発令した地球連邦政府並びジオン公国政府は、ネオ・ジオン軍に対して艦隊数でもMS隊の質でも劣る民間軍事会社をここで完全に磨り潰すつもりなのだ。
戦後の治安維持の為に。地球圏の、否、全人類の生存権の安定の確立の為に。そう信じているのだ。ここにいるメンバーは多かれ少なかれ。

「我が軍が策定した『あ一号作戦』は全て問題なく予定通りに進行中である、と言うことですね?」

第12艦隊のラーレ・アリー中将が聞く。この言葉こそがネオ・ジオンの限界を示している。
そうだ、ネオ・ジオン軍のとってはかなりの危険性を伴ったペズン要塞攻略作戦も地球連邦軍から見れば単なる序曲に過ぎなかった。

「ええ、ネオ・ジオンの兵站は限界に近い。ラーレ・アリー中将の発言に問題や疑問を挟む余地は無いかと思います。
全ては我が軍の掌の内にありますな」

ここでパプテマス・シロッコ少将(第13艦隊副司令官)も賛同する。
木星帰りの男、クラックス・ドゥガチ木星連盟総統が派遣した男。
同僚らからはティターンズを掌握している地球圏随一の政治家、ウィリアム・ケンブリッジ長官への木星からの監視者などと胡散臭い目で見られたのも今は昔、最近は漸く信頼のおける同僚として認められるようなっていた。
書類仕事に殺されたと言う事もあるかも知れない。また、三極の一人という微妙な政治バランスが彼の評価を上げたとも言える。

「シロッコ、ラーレ両提督の発言にもあるように全ては順調であります。こちらを」

マオ・リャン准将(ロンド・ベル艦隊第一戦隊司令官)がそう言って、上司であるシナプスの代わりに自分の黒いマウスを動かして星図を変える。
クリックの音と共に画像が切り替わる。
今度は先程とは異なり、新たに新設されて5年半が経過した地球周回軌道上のペタン要塞。これを根拠地とする多数の偵察部隊、正規軍が遠隔カメラで写し出した映像を見せる。
それには多数の敵艦隊の移動も確認されていた。数多の光の群。間違いないだろう。疑う必要もないだろう。
恐らくは・・・・いや、確実にネオ・ジオン軍の艦隊もアクシズ要塞と共にある。
そうマオ・リャン准将は結論付けた。

「敵艦隊の動きはどうなのですか? 司令長官のお考えではネオ・ジオン軍、そのどの部隊が危険だと思われますか?」

そう聞いたのは大佐に昇進したサウス・バニングである。
彼は中佐から大佐へと昇進と同時に地球連邦軍に復帰した。これはティターンズの権限縮小が決まったが故の行動である。
それでも過去の実績は否定する事は無く、ティターンズにいた実績は存在するのでティターンズの経歴は輝かしい歴史として残る。
エリート部隊にいた叩き上げの将校と言う事で全ての士官学校卒業生が頭が上がらないとも言い換えられるだろう。
ラーレ・アリー提督(第12艦隊司令官)やライアン・フォード提督(第1艦隊司令官)、更には傲岸不遜のシロッコ少将でさえも敬意を払う経歴と実績の持ち主である。
事実、一年戦争では激戦区を渡り歩きながらも誰一人部下を死なせなかった強運と実力の持ち主であり、軍内部の若手ではバニング大佐と握手すると絶対に帰還、生還出来ると言う噂があるほどだ。

(非主流派、現場からの叩き上げの俺にしては万々歳だ。
これもシナプス艦長・・・・いや、提督たちと何よりもケンブリッジ長官らのお蔭だな)

この会議の場に居て、ケンブリッジ長官の影響を受けなかった人物は半数以下である。しかも薫陶を受けた大半が何らかの形で昇進、昇格していた。
第13戦隊以前から、つまりはサイド7からホワイトベースを率いたブライト・ノア中将、同じく『白い悪魔』と怖れられたアムロ・レイなどはその代表格であるし、マオ・リャン准将やその夫のユーグ・ローグ大佐、ヤザン・ゲーブル中佐などもそうだ。

「それでは閣下・・・・お願いします」

マオ・リャン准将が一旦、着席する。その言葉に頷くと席を立ちあがり、指揮棒を指す。250名はいる出席者の視線が正面にあるスクリーンに向けられる。
艦隊を表示する青い凸マークを動かして、進撃ルートを策定するエイパー・シナプス大将。

「ヘボン中将らの考えとゴップ内閣官房長官が送り込んでいると言うネオ・ジオン上層部内部のスパイの報告、これに加え彼らの決起理由を考慮すると・・・・敵の最終目的地はここだ」

指示された場所が拡大投影される。
全員の視線が集まる。

「敵の標的はここ、サイド3だ。つまりジオン公国本国の奪取並びその後に彼の地の工業力を利用した第二次一年戦争を仕掛けるのが目的であると思える。
その前提条件がジオン公国最後の資源採掘型軍事要塞である『ペズン要塞』への攻撃だと思われる。橋頭堡として制圧しようと言う訳だ」

コーヒーを口に含む。
自分の言った言葉が全員が理解する時間をわざと作った。
そうする事で部下との意思疎通をしっかりとする。そうする事がネオ・ジオンとの戦いで一人でも多くの部下を生き残らせると信じているから。

「よって、我が軍は本会議終了後に全艦隊乗組員に3交代制、7時間の半舷上陸を許可する。これは作戦参加兵全員に確実にかつ速やかに伝えるように。
その後に3時間の猶予を持って各艦は各宇宙港を出港せよ。
私が乗る超弩級空母『ベクトラ』を総旗艦とした第一連合艦隊、『ミカサ』を旗艦とした第二連合艦隊、『ユーラシア』を旗艦とした第三連合艦隊をゼタン、グリプス、ルナツー、サイド6より出撃させる。
また、宇宙要塞ソロモンにいる『ラーディッシュ』を旗艦とする第四連合艦隊のヘンケン提督指揮下の艦隊はそのまま月面都市グラナダ市に入港し、陸戦部隊を護衛。
我が軍の三個連合艦隊が敵であるネオ・ジオンの機動戦力撃滅までは月面方面軍の管轄下に入り戦力を温存する事とする」

つまり艦隊戦力で動員されるのは第一連合艦隊と第二連合艦隊、第三連合艦隊310隻と言う事。これに改装空母部隊と護衛の偵察艦隊が100隻程加わる。
この時点でネオ・ジオン軍を圧倒するだけの戦力を与えられている地球連邦軍であり、それに気が付いているのか、ネオ・ジオンは速攻に全てを賭けた。サイド3奪取と言う電撃作戦に全てを賭ける。

「彼らがサイド3を占領すれば奪還作戦は『あ二号作戦』へと移行する。そうなれば最終的な勝利は我々に来るとしても犠牲は大きくなるだろう
最悪の場合、『リーアの和約』を我が軍が放棄してサイド3宙域内部で戦う必要もあるからな」

シナプス提督の、いや、宇宙艦隊司令長官の言いたい事は皆が分かった。

『コロニー市民、スペースノイドの民である民間人数億人を戦渦と戦火に巻き込まない事が優先される』

この為にこそ、ネオ・ジオンの機動戦力である宇宙艦隊を完全に叩きのめす。
その為には早い段階で敵機動戦力である宇宙艦隊を撃破する必要がある、そう言う事だ。
その後も会議は進んだが、途中で民間軍事会社では無い偵察部隊、正規偵察艦隊である第2独立戦隊から敵要塞発見という報告が司令部要員に渡される。
それを持ってくる。

「どうした?」

ブライト・ノア中将が入ってきた副官に聞く。因みに彼は最近になってブライトの副官となったタクナ・新堂・アンダースン少尉だった。

「報告します。本日09時18分32秒において、ネオ・ジオン艦隊偵察部隊と接敵、これと交戦せずに最大船速にて一時退避。
敵艦隊も撤退。なお、核パルスエンジン4基の熱源と光源を無人偵察艇が視認、方角B-2です。速度は第7宇宙ノット。確認した陰からアクシズ要塞本体と推定。以上です」

そう言って下がる。
これで決まったな。そう言う雰囲気が会議室に流れ出した。事実、決まったも同然である。
彼らが、ネオ・ジオンが先ず望むのはカミカゼ特別攻撃隊の宇宙版であるような大規模な艦隊決戦では無く、ジオン本国の掌握の様だ。
ウィリアム・ケンブリッジ長官が最大限に懸念していたアクシズを地球に落とす、若しくは各地のスペースコロニーへ衝突させる、月面都市のどれかにピンポイント爆撃で落下させるなどと言う非人道的で最悪の方法を取る事は無かったようだ。
まあ、この方法を使った時は徹底的な戦略兵器の使用でアクシズ要塞そのものを民間人だろうが軍人崩れのテロリスト集団だろうが関係なく叩き潰す予定の『あ三号作戦』が発令、実行される予定である。

(・・・・彼らにも最後の理性があると信じたい。いくら私でも大量殺戮者の汚名は被らなくてよいなら被りたくないな。
最悪の最悪を想定した『あ三号作戦』・・・・・これが実行されない事を神に祈ろう)

コーヒーの入ったマグカップを置く。ブレンドコーヒーが空になる。
従卒が代わりのカフェ・オレを持ってきた。

「よろしい。諸君、先のアンダーソン少尉の報告は聞いたな?
どうやら『あ一号作戦』を第三段階に移行する様だ。
フォード提督、ナンジョウ提督、アリー提督、ワッケイン提督、ブライト提督、出撃準備に入れ。各員の奮闘と無事の帰還を切に望む。以上!」

こうして地球連邦軍の三個連合艦隊は核兵器を搭載したまま発進準備を開始する。
第一段階は敵兵力の消耗、第二段階は敵艦隊戦力の殲滅。そして。
そして・・・・地球連邦軍の最終目標はネオ・ジオンの本拠地である宇宙要塞アクシズ、ここの完全なる制圧であった。

「ハ! それでは総員解散。24時間後には全艦隊出港だ。遅れるなよ」

ブライト・ノア中将の激励と共に一斉に立ち上がり敬礼する。それに一人一人答礼するエイパー・シナプス大将。
そこには死地に向かわせる事への複雑な思いが詰まっていたのを私、ブライト・ノアは感じたと息子に述べている。
この宇宙艦隊司令長官の為なら死ねると思ったのは恐らくブライト・ノア中将だけではあるまい。
そして、彼ら彼女ら上級指揮官全員に個人メッセージの直筆の手紙が送られた事を驚く。それはウィリアム・ケンブリッジ長官個人からの激励の言葉だった。

『私にはただ一言こうとしか言えない。政治業者のありきたりな点数稼ぎだと笑ってくれても構わない。だが一年戦争以来の友人である君にはこう伝えたい。
軽蔑されても良い。死んでしまった後にただあの時何故こうしなかったのかと後悔するだけよりも遥かにましだ。ブライト・ノア候補生。生きてもう一度会おう。
地球で最高級の日本食と日本酒を用意して待っている。君たちともう一度あって馬鹿騒ぎをしたい。あのアウステルリッツ作戦前夜の様に』

など、それぞれバラバラだった。
フォード中将、クランシー中将、オオタ中将、ナンジョウ中将、ヘンケン少将らにも送られたこれらのメッセージ。
所謂『ケンブリッジ・ファミリー』が、初代であるウィリアム・ケンブリッジの代で瓦解しなかったのはこの露骨であり、政敵からは単なる人気取りとも言われた言葉がある。

だが現実はどうだったのだろうか?

確かに彼だけがこの『あ一号作戦』で安全な地球のニューヤーク市の地下シェルターで勤務しているのは間違いない。

だがたった数通の手紙、それだけであれだけの人間が彼を信じていただろうか? 彼に期待しただろうか?
彼を認めただろうか? 彼に何かを望んだだろうか? 何かを投影しただろうか? 彼の為に命を賭けれただろうか?

彼は実戦経験者。しかもあの地球連邦史上最大の大敗である『ルウム戦役』からの生存者、経験者で妻に至っては一年戦争の終戦まで前線にいたという。
そんな人間が単なる人気取りの為にメッセージを作るだろうか。しかも直筆で貴重な時間を費いやして。
この点から、彼、ウィリアム・ケンブリッジが単なる自派閥形成を目論む政治業者と見る人間と、前線の危険性を理解しているが故に部下を案じる上司と見る二つの派閥が政界、軍部に存在した。
そして、この事実だが、新型機であるジェガン隊の完全なる充足や満足のいく訓練、新型MS『Zシリーズ』の配備はウィリアム・ケンブリッジらが主導したからこそだと言う事を前線部隊は特に知っている。
これをどう捉えるか、人気取り政策か、軍閥化の為のやり方か、それとも本気の安否を気遣う心構えなのかは人それぞれである。

「やれやれ・・・・・あの人らしい・・・・・?」

と、タクナ少尉がシナプス宇宙艦隊司令長官と共に来た。どうやら厄介ごとらしい。
そう見当を付けるブライト・ノア中将、ロンド・ベル艦隊司令官。

「ブライト中将、来てくれ。シロッコ少将も一緒に、な」




セジル少尉の駆るギラ・ズールのビームマシンガンが一機のジム改を破壊する。
穴だらけになったジム改の後ろからジム・コマンドがビームガンを放つも、それを回避して更にビームの嵐を叩きつける。

(女を抱くように・・・・ふわりと・・・・優しく!!)

整備長の言葉通りに残ったビームで後退しようとしていたジム・コマンドを撃ち落とした。
ペズン要塞に取り付きつつある友軍のMS隊。
対地球連邦軍の新型MS『Z計画』用の機体であるバウ部隊がイリア・パゾム中佐指揮のもと、岩盤に上陸する。
援護のビームで固定式有線ミサイル発射装置を破壊、直ぐに後進した。盾を構えてデブリを防御する。

「こちらシャア総帥親衛隊002、敵機撃破。ビームエネルギー充電の為に、これより一時帰投します」

ミノフスキー粒子が濃いとはいえ、完全に包囲下に置かれたペズン要塞。故に有線通信もでき程の余裕がある。逆に言えば敵は既に死に体だった。
その数少ない生き残りの固定砲台からの蟷螂の斧の様な反撃を粉砕し、また目の前にいたサラミス改級巡洋艦をシュツルム・ファストで共同撃沈する。

「やった!!」

「落ちろよ、この裏切り者め!!」

「ジーク・ジオン!!」

同僚らの声が拾える。それだけ戦闘濃度が薄くなったのだろうか?
メインモニターで確認すると、そのサラミス改は艦橋を破壊され、カタパルトに着艦しようとしたジムⅡが誘爆、そのサラミスは漂流する事になる。
続けて接近してきた、いや、明らかに逃げ出してきたジム改を後方から一刀両断でビーム・アックスを使い撃破。これで7機だ。

(地球連邦軍って・・・・・こんなに脆いのか? それになんで故郷の防衛ラインにジオン本国の艦隊がいないんだ?)

心に若干の疑問を持つも帰投する彼の上方200kmを、ネオ・ジオン艦隊のペズン攻略部隊の一斉射撃とミサイル攻撃で更にペズンが抉られる。
残った艦隊が脱出を試みるも三方向から包囲され、撃沈されていく。
なまじ生き残っている部隊に脱出路がある。だから彼らに希望を持たせ・・・・殺していくのだ。兵法にもあるだろう。

「完全なる囲みは敵を死兵と変化させる。故に逃げ道を作って置くべし・・・・・か。さすが赤い彗星。ネオ・ジオンの総帥だ」

ジオン本国のギレン・ザビ独裁体制に嫌気がさし、若者らしい情熱でネオ・ジオンに志願した独立戦争の辛さを言葉でしか知らない学生兵士らしい感想だった。
まあ、その言葉通り、撤退しだした敵軍をあの『ヌーベル・エゥーゴ』とタウ・リン特別査察官の指揮する艦隊が追撃していく。
青色の親衛隊使用機は間違いなく、タウ・リン指揮下の部隊を指しており、全員がエゥーゴ強硬派の構成員で旧地球連邦軍。
旗艦となっている戦艦も、一年戦争(ジオン独立戦争)の最後の戦いであった『ア・バオア・クー攻防戦』で放棄されたバーミンガム級戦艦『パシフィック』の改装型であり、名前も『ヌーベル・エゥーゴ』だった。
その親衛隊使用のギラ・ズールが一気に敵艦艇三隻を葬る。悲鳴の様な救援要請が敵から出ている様だが容赦がない。
それは指揮官機であるシナンジュを駆るタウ・リンも同様だった。
既に9機のジム・コマンド、ジム改、ジムⅡの混合部隊を個別に撃破している。一年戦争以来のパイロットは彼を『青い巨星の再来』と呼んでいた。

「あの旧地球連邦軍の人たちもやるな・・・・エゥーゴにしておくのはもったいない・・・・あ、着艦許可が出た・・・・こちら002、これよりレウ・ルーラに着艦します」

そう言って攻撃軍旗艦のレウ・ルーラに帰還する。周辺には総帥派のムサカ級重巡洋艦17隻が展開していた。
今回の攻撃部隊は多き分別して二つ。

マシュマー・セロ中佐指揮下の『対ペズン要塞攻略部隊』

イリア・パゾム中佐指揮下の『対ペズン駐留艦隊攻撃部隊』

タウ・リン特別査察官(准将相当に当たる)『対ペズン駐留軍脱出部隊の追撃部隊』

最後に予備兵力であるシャア・アズナブル総帥直卒の『ネオ・ジオン総帥親衛隊』

この四つである。これはアクシズ本土に残っているハマーン・カーン摂政親衛隊とサルベージした旧式艦隊らを除く、ネオ・ジオンにある戦力の全てだった。
半壊し、内部から火が出るペズン要塞。ネオ・ジオンはまたもや勝利したのだ。
そしてこの勝利こそ、僕たちネオ・ジオンの理想達成と正義の証、そう信じる者は多かった。特に前線を勝利しか知らない若者たちに。アクシズしか知らない視野の狭い人々に。
それが戦略上の勝利に繋がっているかどうかと言う肝心な事を考えもせずに。




全艦隊の出港準備の為、サイド6経由で月の重力圏を利用したスイングバイを使う為に計算に追われる航宙科と補給物資の搬入に追われる主計科。
それ以外はブリーフィングをするか、家族と交信したりする、メッセージを送るか、戦中の兵士が良く言う『魂の掃除』をする為に歓楽街に行くかなどをする。
そんな中、ブライト・ノア中将はパプテマス・シロッコ少将と宇宙艦隊司令長官のエイパー・シナプス大将と共に来客を受けた。
しかも驚いたのは最初に宇宙艦隊司令長官室に入室してきたのは自分の息子だった。
茶色のスーツを着て、青いネクタイをしめた息子。

「ハサウェイ!? 何故お前がここに!?」

「ん? たしか君はブライト君のご子息のハサウェイ・ノア君ではないかな?」

「おや、何故君がここに?」

ブライトが、シナプスが、シロッコが驚く。
彼は確か地球にいる筈では無かったのか、或は本作戦の為にケンブリッジ長官の計らいで家族三人と共にグリーン・ノア3に先刻到着する予定だった筈。
それが何故この場に来ているのかが不思議である。
しかも、だ、彼らに取ってはあまり歓迎したくないお客様を連れて、である。

「父さん。あ、シロッコ少将とシナプス提督もご無沙汰しております」

そう言って一礼する。こういう素直な人間はどんな組織でも持て囃されるし、受け入れられやすいものであろう。そう思う。

「いや、気にしなくてよい。ところでハサウェイ君、きつい言い方だが君を呼んだ覚えはないが? 誰の許可を得てここまで来たのだ?」

シナプス提督が聞く。そうだ、ここは上級指揮官でもさらに上級将校でしか入室を許可されないエリアだった。

(警備の衛兵やセキュリティーブロックの暗証番号付きの扉だって100ではきかんぞ?)

シナプスの疑問も当然である。一般の提督室にさえ入るにはある一定以上の許可書が必要なのだ。
特に最重要エリアの一角である宇宙艦隊司令長官の執務室に入ってくる以上、明らかに誰かの後押しがある筈。

「そ、それは・・・・」

ハサウェイ・ノアが口ごもると、別の人物、ベージュのスーツにベスト、黒いネクタイをした男が入ってくる。
先程見た通り、何故ここにいるかと問い詰めたい人物の筆頭である。

「いや、彼は悪くない。彼とリディ中尉は私の護衛役と案内役で来てもらった」

そう言って入ってきたのはアデナウワー・パラヤ外務大臣だった。
自分達、そう、彼を筆頭に嫌っているティターンズの指導者で政界と軍に強いシンパを持つウィリアム・ケンブリッジ長官の最有力候補、『ケンブリッジ・ファミリー』の中に来るとは余程の案件を持ってきたのだろう。
このケンブリッジ嫌いの筆頭格は。

(厄介な!)

(ふん、俗物が・・・・わざわざ地球から税金の無駄使いの為にきたか)

(何でハサウェイが彼と一緒なんだ!? これはしっかりと問い詰めないと・・・・)

それは三人の内心の叫び。そしてブライトは動く。
息子であるハサウェイ・ノアへ。

「ハサウェイ、ちょっと来なさい」

そう言ってブライト中将は息子を連れだした。
無言でお茶を入れるシナプス。
現在、地球連邦政界で情報面からジャミトフ・ハイマンと手を組んでいる、この間議長に選出された地球連邦議会議長のグリーン・ワイアット退役大将からの個人的な差し入れ、南インド州産の紅茶だ。
ブレンドした紅茶で、ティーポットにお湯を入れる。お茶を作るのはシナプスなりの気遣い。これで親子面談を一瞬だがさせてやる。




「ハサウェイ、何故お前だけここにいる? 母さんとチェーミンは・・・・二人はどうした? まだ地球なのか? それならなぜお前だけが宇宙に来た?」

取り敢えず、部屋の外で息子に質問するブライト。
息子の返答は自分の予想通りであり、思わず愚痴りたくなった。
息子曰く、

『母さんとチェーミンはシャトルに乗れなかった。さっき来た外務大臣の政府閣僚特権でチケットを二枚取られたんだ。でも一枚は余ったから僕だけ宇宙に戻る事になって。
そしたら、クェスをホテルの部屋に閉じ込めたパラヤ大臣が何か直談判をしたいリディ中尉と一緒に案内してほしいからと言われて連れて来られた。
多分、僕がいた方が何かと親ウィリアム・ケンブリッジ長官派閥の多いグリプスでも良い思いが出来ると思ったんじゃないかとおもうんだけど・・・・下衆の勘繰りかな?』

との事。

「そ、そうか。それでお前だけが宇宙に来たのか・・・・ええい・・・時間が無いと言うのに・・・・ウィリアムさんにも確認しないと・・・・・すまんが父さんは一度部屋に戻る。
ホテルの場所は後でメールを使って送るか、この隣の部屋に待機してなさい。出撃まではまだ22時間ある。話くらいはできるだろう」

そういってそのまま戻ろうとするブライトだが、ハサウェイは二通の手紙を渡した。
いつも通り受け取る。直筆の手紙だ。

「これは・・・・・いつものか?」

「いつものだよ」

全く、さてと、魑魅魍魎のいる部屋に戻るか。




「そうだ・・・・今言った理由で艦隊の出撃を停止して欲しい。政府の特命を受けているんだ」

部屋に入るとシナプス宇宙艦隊司令長官に詰め寄るパラヤ外務大臣の姿があった。
片方は必死に、もう片方は困惑、第三者であるシロッコ少将は呆れ顔である。滑稽に見えるのだろう。事実、自分にもパラヤ大臣の姿が連邦政府高官の一閣僚とは思えなかった。

(・・・・特命? 何の事だ? この時期に艦隊の出撃を遅らせるほどの特命をあの強硬派のゴールドマン首相が出したのか?)

その疑問は即座に解決される。

「パラヤ外務大臣、その特命は誰が出したのですか? 首相閣下ですか? それとも地球連邦安全保障会議の閣議決定があるのですか?
或いは地球連邦安全保障法の定める緊急戦時特別命令のどれかに該当するのですか?」

シナプス宇宙艦隊司令長官の言う事は正論である。
そもそも宇宙艦隊を初めてとした地球連邦軍への指揮命令系統の頂点は地球連邦首相であり、次に地球連邦安全保障会議(FSC)の閣議決定が来て、この次に戦時特別命令の一環として緊急時の際は国防大臣に命令系統の委譲が来る。
それを終えてもまだ命令系統が機能しない時、この非常事態には臨時にティターンズ長官が全軍の総指揮権を持つ。
ただし、これは臨時命令である事から命令発令後10日以内に地球連邦議会の出席議員中3分の2の賛成が必要。賛同無き場合は、命令はその時点で撤回される。
そしてこれを踏まえた上で、地球連邦軍統合幕僚本部本部長へ、次に宇宙艦隊司令長官、地球北半球方面軍司令長官、地球南半球方面軍司令長官、地球連邦海軍総司令官の4名いずれかに軍権が与えられ、更に下って宇宙では各艦隊司令官、根拠地警備隊、コロニー駐留艦隊、地球では各地の方面軍司令官、州政府直轄の各州軍へと命令系統が下って行く。
つまり、現在のシナプス宇宙艦隊司令長官に命令をするには地球連邦首相の非常事態宣言発令(これは0096.02.15で宣言済み)による戦時特別命令かFSCの閣議決定が必要なのだ。
そのいずれも無い現状で、しかも既にFSCの閣議で決まった『あ一号作戦』を外務大臣と言う専門外の男が命令し撤回するよう要請しても、それを受け入れ止めに入る事など宇宙艦隊司令長官といえども、出来はしない。

(いや、違うな、してはならないのだ。それが文民統制の地球連邦の原則なのだから)

ブライトはシナプスの沈黙を正確に理解した。
そして沈黙が数秒間、空間を支配する。用意された水の氷が溶けてガラスに接触する音がした。

「・・・・・・・」

ソファーに腰かけて黙る外務大臣に追撃したのは、シナプス大将の右後ろで立っていたシロッコ少将だった。
この間、もう一人の中尉は直立不動のまま待機している。

「・・・・・黙られては困りますなぁ。外務大臣閣下は誤解されているようですが・・・ここにいる我々三名は皆前線で命を懸けて戦うのです。
その為の準備もありますし、現在半舷上陸中の部下たちの何名か、或は何百名、若しくは何千名かは確実に戻って来れない。
ならば最後になるかも知れない休暇を・・・・その邪魔を大臣の愚にもつかない個人的な功名心から潰してして欲しくは無いものだ・・・・・違いますかな? パラヤ外務大臣閣下殿?」

シロッコの言葉に彼の握りこぶしが恥辱で震えたのをブライトは見た。
確かに正論だった。だが、後半部分は頂けない。
わざわざそこで彼が敵視しているケンブリッジ長官の名前を事実上出す必要性は無かった筈。やり過ぎだ!! 思わずそう叫びそうになる。

「それにです、先ほど宇宙艦隊司令長官の言われた通り、我々は法に則った文民統制が原則の地球連邦軍であり、治安維持の為の武装組織であるティターンズであります。
パラヤ大臣・・・・大臣は先程の言で我が軍に地球連邦の法を犯せと仰った、その様に捉えても良い言動でしたが・・・・違いましたかな? 私の聞き間違いでしょうか?」

嫌味な言い方だな。確かに正論だが、これでは警戒されるし嫌われる。
余程自分自身に自信が無いと言えないだろう。或いは無関心かのどちらかを。

(シロッコ少将といい、彼らといい・・・全く、一体どうして俺の周りにはこんな連中が集まりだしているんだ?)

一年戦争の修羅場から何もかも変わりだした気がする、そう感じたブライト・ノア中将。
次期宇宙艦隊司令長官とも言われる男の憂鬱だった。まあ、これもいわゆるケンブリッジ効果の一つなのかもしれない。

「ついでにお聞きしますが・・・・今回の作戦で消費される予算総額を大臣閣下はご存知でしょうな?
あの財務大臣閣下が許可を出した限界値ギリギリの裁量です。お幾らになっているか・・・・お分かりの上でお聞きしておりますか?」

詰め寄るシロッコ。こうして自分が詰問する事でシナプス提督を、シロッコ少将が詰め寄る事で間接的ながら宇宙艦隊司令長官の立場を擁護している。
或いは、その後ろにいると言われているウィリアム・ケンブリッジ長官、それ自身を。

「それは・・・・」

言葉に詰まったパラヤ大臣。ここには数名しかいない。
ブライト・ノア中将、パプテマス・シロッコ少将、エイパー・シナプス大将、リディ・マーセナス中尉、そしてアデナウワー・パラヤ外務大臣だ。
当然ながら一介の中尉が最高機密の一角である軍事予算の総額など知っている訳が無いのでこれは純粋にパラヤ大臣の力量となる。
そう、『力量』だ。
専門分野の事だけに深く特化していれば良いのは官僚(軍人が典型例)だけであり、政治家は広く深く、それが無理でも広く浅くは知らなくてはならない。
それさえもわからないのか、という侮蔑の視線を向けるパプテマス・シロッコ少将。
木星船団第1船団船団長を率いていた事から、ある意味で政治将校でもあるシロッコ少将には目の前の人物の狼狽え振りが我慢ならないのだった。

「4兆3500億テラです。今年度の軍事予算の総額が17兆テラ前後だったことを考えると一度の作戦に対しては最大級の出費ですな。
これに加えて戦闘で発生する各種物資の消費や遺族への年金、負傷兵への保障費用も含めますとざっとこの倍は必要経費として計上されるでしょう。
それだけの予算を動かしたジャミトフ国務大臣、ロベルタ財務大臣、ケンブリッジ長官、バウアー内務大臣、オクサナー国防大臣、ゴップ官房長官、そして首相閣下。
彼らの承諾も無く本作戦を中止する事は出来ません。よろしいでしょうか?」

それは少将から大臣への命令になっていた。明らかに。
命令されて屈辱に身を震わせる。否、明らかに自分を見下している男に対して怒りを覚えるパラヤ大臣。

「・・・・・だ、大臣の命令でもか!?」

机を叩く。だがそれでビクつく様な将校では無い。生憎と此処にいる尉官の男性以外は全員が実戦経験を持ったプロフェッショナルだ。
この程度怒りや殺気でびくつく様ではあの戦争を生き抜く事など出来はしなかった。

「改めて申し上げましょうか、パラヤ外務大臣。
我が軍の最高責任者であるゴールドマン首相閣下の命令が既に下され、『あ一号作戦』参加の艦隊は全艦艇が出撃準備に入った、これが事実です。
変えたければ閣議で変える必要があるのですよ。我々の権限では作戦を遂行する事は出来ても止める事は出来ませんので。よろしいでしょうか?」

事実である。宇宙艦隊司令部にある権限は『あ一号作戦』をはじめとした『あ号作戦』系統の作戦の実行と指揮命令権であり、これの撤回・中止では無い。
それを言われれば黙るしかないのだ。

(ジャミトフにゴップ・・・・それにあの忌々しいケンブリッジめ!!)

何故この時期になってまでパラヤが宇宙に行けなかったのか、それは単純である。
彼らから見た『戦争屋』、アクシズ制圧を掲げる強硬派の連中が自分達の計画の邪魔をされたくなかったからだ。

(あの戦争屋どもが!!)

が、本音は違う。今後100年の人類の発展の為には地球連邦の軍備を見せつける事と宇宙開拓の新ステージに当たる惑星開発の為の各種技術の収奪が必要だと地球連邦政府は考えていた。
しかしながら当然の事として、その技術らを一から作るのは出来なくはないが時間がかかる。
ならば火星圏で20年以上も活動で来たアクシズ要塞の各種データを入手する事には大きな価値がある。そう判断されたのだ。
ゴップ官房長官しか知らないネオ・ジオン内部上層部にいるスパイが送ってきた概略の冷凍睡眠データとその被検体の生体データ。
更には今なお、万単位で眠らされている人々に加え、噂では地球連邦憲章違反として電子上での理論研究以外は禁止されているクローン技術の、特に『ヒト・クローン』技術があると聞く。
また火星圏のデータも存在する筈だ。どこをどう通れば一番近い航路で火星に到達できるのか、逆に危険な場所はどこなのか。
それらを手に入れられる可能性を見出した地球連邦政府上層部は『アクシズ要塞奪取』を決定した。

『パラヤに好き勝手やらせてその計画を邪魔されては堪らん』

というのが、ジャミトフ・ハイマンを中心とした武闘派の考えであり、これは『コロニー落とし』や『隕石落とし』の可能性を危険視したケンブリッジら中道派とゴールドマン首相の意見が一致する。

『とにかく、奴の出発は妨害する』

という何とも小学生の様な妨害工作で彼の出発を妨害していた。
だが、それを連邦政府閣僚特権の一つで、一年戦争の英雄の家族とはいえ一民間人からチケットを奪い取ると言う方法で宇宙に上がるとは思ってもいなかった。

『ええい、してやられた!』

この報告を聞いた時のジャミトフ・ハイマン国務長官の第一声がこれだったと、同席していた後輩にしてティターンズ長官のウィリアム・ケンブリッジは、後に妻のリム・ケンブリッジに語っている。
とにかく、宇宙に上がり、交渉の為に安全を確保するべく連邦軍を動かさないという密約をネオ・ジオンと結んでいたパラヤ大臣だったが、その目論見は大きく外れた。
既に万単位で一方的な奇襲攻撃で戦友が戦死した事もあって地球連邦宇宙軍内部の意見は硬化。『ネオ・ジオン討伐』という意見に傾いた。
実際、この戦いが終われば軍縮は必然であり、自分が出世するにはこの戦いが最後の機会であると捉える実戦経験の無い佐官や尉官が多かった事もある。
また、逆に一年戦争以来の玄人実戦部隊は自分達の老後を考えて、軍事費抑制の為や或いは孫や子供らの未来の為にも要らぬテロリストを掃討したかった。
彼らの脳裏には『水天の涙紛争』時の『ニューヤーク市攻撃』が鮮烈に刻まれていた。
これらの意見が合致し、更に敵の3倍近い数と、ジオン公国の援軍がある事から実戦部隊を初めとした地球連邦の軍部は非常に好戦的。
これを止められるのは現在、政治的には地球連邦首相のレイニー・ゴールドマンか、事実上の地球連邦宇宙軍総司令官とでも言うべき影響力を持つティターンズ長官ウィリアム・ケンブリッジしかいない。それを踏まえてシロッコは言った。

「首相やティターンズ長官、内閣官房長官、国防大臣らならともかく・・・・外務大臣閣下の力量では大いに不足ですな」

シロッコの最後の言葉が全てを物語っている。
そして彼は更に言う。述べる。

「大臣にはグリプス要塞で観光でもして頂きましょう。
私の副官でもあるサラ・ザビアロフ少尉を特別に案内役として外務大臣の従卒役にしましょう。確か・・・・大臣には年頃のご息女がいたとか・・・・彼女ならご息女相手も問題ありませんな。
なに、このネオ・ジオン討伐作戦、その艦隊戦は一度始まれば2日と持たずにネオ・ジオンの敗北で決着がつきますから」

事実である。正面きっての艦隊戦では絶対にネオ・ジオンは勝てない。それは相手も、目の前の男も、あのジオン公国の独裁者らも理解している筈だ。
だからこそ、サイド1という自分達ネオ・ジオンの支持者が少なく、ソロモン要塞、月面都市群、サイド6など正規艦隊の駐留艦隊も無いコロニーサイドへと奇襲攻撃を仕掛けて全軍の士気を上げた。
まあ、この奇襲攻撃で多数の戦死者を出したジオンと連邦も同時に士気が上がってしまい、警戒感を増やしたから意味が無いかも知れないが。
その後は暗礁宙域に閉じこもり、使い捨ての民間軍事会社の偵察艦隊を刈り上げる事に夢中で大量の物資を消費した。
これにどれだけのネオ・ジオン軍の軍人は気がついただだろう?
あの作戦の第一段階と第二段階にはアクシズの所在地確認と同時にネオ・ジオン軍全体の物資の浪費をさせる意図があったという事実に。

「とりあえずは暇な衛兵を呼びましょう。何かあれば彼らに言ってください。
地球への帰還、各サイド、月面都市群、ソロモン要塞、ジオン公国へのご訪問はご自由に。ただし、安全は保障しません。
艦隊の護衛も付けません。各地の艦隊は『あ一号作戦』の偵察に使います。ネオ・ジオンがどこをうろついているか分かりませんからね。ああ、言い忘れておりました。
このネオ・ジオンの軍事活動による経済的な停滞の打開も対ネオ・ジオン掃討作戦の要因です。
宇宙海賊と何ら変わらないネオ・ジオン軍を野放しにしていてはせっかく再建され軌道に乗った『地球=コロニー=月=ジオン』の巨大経済圏を破壊されますので」

そう言って形だけの敬礼をして部屋を去るシロッコ少将。
怒りを抑えて立ち上がったアデナウワー・パラヤ大臣。

「失礼する!!」

パラヤ大臣も怒りと屈辱に身を震わせながら退室した。
残ったのはエイパー・シナプス大将とブライト・ノア中将にリディ・マーセナス中尉。

「やれやれ・・・・少しは年寄を労わって欲しいな・・・・ん?
そこの・・・・中尉か・・・・・君は・・・・まだ何か要件があるのかね?」

10分に満たない会見だったがシナプス大将は呆れていた。
そうだろう、あそこまで言う必要はないし、もっと大人の対応をすべきだった。あれがパプテマス・シロッコ少将の悪い癖だ。
認める人間は認めるが、認めない人間はとことん認めず、他人を見下す癖がある。というか確実に見下している。
そう考えると頭が痛い。だが、非常に優秀なのはわかる。実務でも実戦でも、だ。それに兵士からの人望もある。

(自分を生きて返してくれるならどんな性格だろうと兵士にとっては信頼できる名将だからな・・・・それを踏まえればシロッコ少将の普段の言動も大胆不敵に見えるだけ。
故に前線のMSパイロットに受けが良い。
狙ってやっているのなら大した人物だし、反乱鎮圧でもメッサーラと言う自分の機体を駆使して闘う闘将タイプの指揮官。
艦隊司令官の私とは大違いだ。まあ、それ故に艦隊戦では癖が強すぎて次の一手が読みやすいのだがな)

シナプス大将がそう評価していると目の前の若者も切り出した。

「司令長官閣下!! 自分を今回の討伐作戦に加えてください!!」

何を言っているのかサッパリわからん。
これがこの時の、その瞬間のシナプス、ブライト、両提督の正直な感想である。

「私はまず君の姓名と官職さえ知らないのだが・・・・君は誰だ?」

宇宙艦隊司令長官にとって一介の中尉など余程の腕前を持たない限り一兵士に過ぎない。冷酷な言い方をすれば、だ。
第一、 それは軍人となった人間全員が通る洗礼。
あの一年戦争中のアムロ・レイとて、エルラン中将らはそれほど特別扱いしなかった。

何故か? 
それはする必要性を認めなかったからだ。

後世の歴史家が『ウィリアム・ケンブリッジの復讐』或いは『ケンブリッジ家勃興の契機』と呼ぶリム・ケンブリッジの召集令状でもレビル将軍はたかが一大佐とその家族の事など気にも留めなかった。
結果としてそれが彼、ウィリアム・ケンブリッジの造反を招き、ゴップ、マーセナス、ブライアンらの独自のルートによる終戦協定締結へと繋がった。
そして件のレビル将軍はその死後、欠席軍事裁判における軍籍剥奪へと繋がったのだから簡単には言えないだろうが。

「リディ・マーセナス中尉であります。この度、Z計画の一環として開発されているグリーン・ノア4のリ・ガズィのテストパイロットに配属されました」

それで?
それがどうした?

二人の将官の目はそう問い詰める。
そうだ、だからどうしたのだ?
自分の人事に文句があるなら人事課に言えば良い。わざわざここに来る必要があったのか?
そう視線で問い詰める二人。
だが、若い子の中尉にはそれが気が付かない。

「自分は家柄で差別されたくはありません。自分が出した転属要請を軍上層部が父への顔色伺いで潰した事も知っております。
自分は新型機のテストパイロットではなく実戦部隊への配属を希望しておりました!!
しかし・・・・父親の影響でその様な扱いをされては・・・・私的な人事評価をされては迷惑であり!?」

ドン。机を全力で叩いたシナプス宇宙艦隊司令長官。コーヒーカップがガチャガチャとこすれる。
思わずブライト中将が手に持っていたドリンクのペットボトルを落とした。
怒気を放っている。あの一年戦争以来の上官であり敬愛していた戦友がここまで怒りを放つとは。

「思い上がりも甚だしいぞ中尉!! 貴様は自分が何を言っているのか分かっているのか!?」

彼は続ける。歴戦の提督、地球連邦軍最良の提督の言葉には重みがあり、実戦経験豊富な筈の自分、ブライト・ノア中将でさえ飲み込まれる。
ましてや実戦経験どころか碌な社会人経験も無いような、無さそうな若造では一年戦争以来、いや、それ以前から宇宙空間で前線勤務をし、叩き上げで地球連邦宇宙軍の実戦部隊最高司令官にまで来た男の怒気は勝てないだろう。

「貴様は自分の意見が正規のルートで通らない事を知って、それを認めたくないからここに来た、そうだな?
なるほど、人事課は君を殺して自分達に責任や圧力が来るのが嫌だと思ったか、それは筋が通る理屈だ。君の様な目立ちたがり屋の若者にはありがちだな。理解できる。
本当は前線で戦いたい。まあ、それも分からなくはない。若者の特権でもある。
だが中尉!!」

そして言う。相手が竦み上がっているのも分かっていて。

「君は地球連邦軍でも最上級将校の一人である私に、あまつさえ外務大臣と共に正規の手続きを取らずに自分の意見を直訴するとは何事だ!!
その行為自体が既に自分は特別だと言う特権意識があると何でわからん!?
それでよくも人事課の面々を罵倒できたな!!
君は君が思う程特別では無いし、君が思う程気にされてない訳でもない!!
先ず問題があると考えたならば・・・・・家柄で差別されたと考えたならば正規の手続きを取ってから人事課にその旨を申し立てよ!!!」

ティターンズにせよ、地球連邦軍にせよ、正規の人事評価・人事課のルートを通して辞令が下る。それは確かに父親などの影響力は考慮される。
当たり前だ。人間が作った組織であり、運営するのも人間である以上、その決定権を持つ最たる存在の人間が完全な機械の如く動ける筈もない。
ならば、だ。確実に恣意的な、私的な感情が入る。これは私立公立の各学校の推薦入試や各加盟国の地方・国家公務員試験、一般企業の採用試験でもそうである。
むしろ恣意的な、私的な感情を一切除外した組織があるなら見てみたいモノだ。

「それともだ・・・君はまさか絶対公平に組織は運営され、自分の思い通りになると思ってこの巨大官僚機構である地球連邦軍に入隊したのか?」

さっきまでの怒気を抑え、シナプスは今度は冷徹に聞く。
答えられないリディ・マーセナス中尉。

「そ、それは・・・・その」

組織と言う以上、意に反する事もするし、自分とは違う考えの持ち主の下で働く事も、望まぬ部署に転属となる事も多々ある。と言うか此方が絶対多数派。
やりたい事をやる為に何十年も積み重ねる人間の方が多く、その大半は途中で容赦なく淘汰される。
それをこの目の前の中尉は理解してない。

「ハッキリ言おう、君の考えは小学生にも満たない子供が欲しい玩具を強請る行為と何ら変わらんよ。
君は自分の両親がマーセナス家の一員であり北米州出身の地球連邦議会議員の一族で・・・・しかも先代の首相閣下であった。
故にどこかで君はこう思っているのではないか? 
自分は特別だ、自分が選ばれないのは家柄の所為だ。だから家柄さえなければ何でも思い通りになる、と」

違うのかね?

シナプス大将の辛辣な言い方。だがその理由を知っている。
ブライトの部下にも居たのだ。自分を特別視していた馬鹿が。
そいつは一年戦争でいろんな経験をして今では一端の人間になったがあの当時は傲慢な自分が特別だと思い込んでいた男だった。
その名前を『アムロ・レイ』と言う。ガンダムで脱走した事もあった。
もしも最後の戦いで、『ア・バオア・クー攻防戦』で目の前で友人のハヤト・コバヤシが死に、良き先輩だったスレッガー・ロウ大尉(死後昇進)が自身の命の盾にならなければ彼は変わらなかっただろう。
それだけは分かる。その後の『水天の涙紛争』後に間接的に経歴や人柄をジオン軍の人事部から知ったエリク・ブランケらやマレット・サンギーヌらも同じだった。
アムロは気が付いた、彼らは気が付かなかった。

(自分は特別だと言う傲慢さが死に至る・・・・それが戦場だと言う事を彼らは気が付かなかった。
そして、目の前のマーセナス中尉も気が付いてない。これは危険な兆候だ・・・・彼だけでなく周りも巻き込んで殺す・・・・だからここまで司令長官はお怒りなのか)

その差が今に出ている。だから逆にテロに走ったカツ・コバヤシもそう言う意味では犠牲者かも知れない。

『自分こそ特別である』

そう信じた結果が、戦死だ。
その現実を知っているからこそ敢えてシナプス大将は辛く当たるのだ。
彼とて若者が自分より先に死ぬのを喜んでみている訳では無いのだから。

「・・・・・・・・リ・ガズィのテストパイロットを任せられると言う事は操縦技術面に関しては正統な評価が下されたと言う事だ。
仮に私が人事の最高責任者なら使えないと判断したパイロットに主力機であり象徴の機体、Zガンダムの簡易量産型試作機を渡す事はしない。
そう言う意味では君の言う父親の呪縛は無いと思う。そしてテストパイロットの危険性や重要性を認知できないなら・・・・」

青い顔をするリディ・マーセナス中尉にエイパー・シナプス大将は冷徹に言った。

「今すぐにパイロット職をやめろ。ここで辞表を書け。私が即座に受領する。
私は艦隊司令官として何度か・・・・いや、何十もの実戦を見てきたが、MSの実戦への登場から、つまりルウム戦役以降からパイロットの戦死率は高い。非常に、な。非常に、だ。
そして歴史上の事実として言うが、君も士官学校で習った筈だな?
不良個所を洗いざらしする為の航空機系兵器テストを行うテストパイロットの死亡率も十分高い。実戦配備された機体と試作機は前提条件が全て違うのだから。
故に、だ。君が生き残る確率を上げる義務がある上官として、まずは『忠告』という形で言おう」

続いて出たのは今までとは違って穏やか口調。
親が子を宥めるような口調。彼なりの優しさ。若者に死んでほしくないと言うシナプスの親心。

「ならばこそ、リディ・マーセナス中尉、貴官は貴官に与えられた任務を全うせよ。
私がこの地球連邦宇宙軍宇宙艦隊司令長官という地位にいるのもそれこそ君と同じような歳に配属された軍用シャトルの航宙士から経歴を一つ一つ重ねたからだ。
決して焦る事は無い。それにだ、年配者として言うが親は必ず自分より先に老いる。そして何時までも雛鳥でいる事は出来ん」

何かを耐える中尉。怒りか? 恥か? 屈辱か? それは分からないし、分からなければ分からないで結構だとも思う。
シナプス大将のその言葉は一年戦争で失った自身の息子らへの手向けだったのか?
後にブライトはシナプスと個人的な打ち合わせをしたときにのそう思った。

「私が言いたい事はそれだけだ。中尉が前線に出たいのなら止めはせんから人事課に出頭して転属書を提出したまえ。
それが通るか通らないかについてだが・・・・私は一切関与しない。弁護も擁護も否定もしない。他の提督らがどうこうするとも思えんがな。
そして仮に通ったとしても君の乗機が申請した機体になるとは限らん。現在のロンド・ベルや第13艦隊等には余っている機体は少ない。
下手をすれば偵察艦隊所属のハイザックの可能性もある。それが現実だ。いいかね?」

他に何も無ければ退出したまえ。
無言でそう言うシナプス大将。
敬礼してさるマーセナス中尉。
溜め息ひとつをする。肩をもむシナプス大将。

「やれやれ・・・・最近の若者は我慢を知らんな。全く持って困った事だ」

全くだ。あれなら一年戦争のアムロらの方がまだましだ。
噂には聞いていたがマーセナス首相は代々子育てに失敗している家系というのは本当らしい。
ハサウェイとチェーミンはそうならないようにしないと。少しはウィリアムさんを見習ってほしいものだが・・・・あの様子では当分は無理だな。

「シナプス提督も何かと面倒を見ますね。
あれがシナプス司令長官でなければ見限ってさっさと前線に放り込むか、有無を言わさずに後方勤務でしょうに」

親心というか親切な方だ。その言葉にあの若者は気が付けただろうか?

「さてな、実際に言われなければ傲慢な自分と言うのは気が付かないモノさ。
私だってそうだった。あの航海実習で直属の上官らに殴られるまでは、ね。
それにだ、一年戦争時代の君ほど苦労している訳では無いよ。各提督は優秀だししっかりと御互いを支え合ってくれている」

なるほど。それでか。

「シロッコ少将も、ですか?」

ああ、彼もだ。

宇宙世紀0096.02.18
この日にエイパー・シナプスを宇宙艦隊司令長官に任命していた事はネオ・ジオンとの戦いにおいて当時の地球連邦が打てた最良の一手であると言われた。



宇宙世紀0096.02.20、最後まで抵抗、脱出を試みた部隊が壊滅。ペズン要塞の民間軍事会社の面々はネオ・ジオンに参加する事を条件に身の安全を保障された。
逆らった者はエア・ロックから問答無用で宇宙に放り出されたという。
何はともあれ・・・・ペズン要塞はネオ・ジオン軍の支配下にはいった。各地には戦闘で破壊されたMS隊の残骸や戦艦、巡洋艦だった存在が宇宙を舞う。
そんな中で、タウ・リンは気が付く。ネオ・ジオン軍にとって致命傷とでもいうべき事態に陥っている事を。
アクシズ要塞の総司令部に召集された幹部たちの前でタウ・リンは沈痛な表情で述べた。

「弾薬と推進剤の消耗が激しすぎる。早い段階で工業地帯を手に入れないと戦えなくなる。
さっき部下たちと一緒にここの武器庫を見たが連邦製の武器弾薬ばかりでネオ・ジオンの規格に合う奴が少なすぎる」

事実だった。ネオ・ジオンとは言っても所詮は辺境の一要塞にすぎず、水天の涙紛争時の様な大企業の支援も無ければ、ジオン独立戦争時に様な工業基盤を持ったコロニーサイドの後押しも無い。
あるのは蓄積した物資、ただそれだけ。考えれば分かる事だ、いずれは枯渇する。地球連邦軍とは何もかも違う。しかも地球連邦とジオン公国が締結した『地球圏共通規格制度』を導入してない。
ここまで前提条件が違う以上、ネオ・ジオンに残されたのはサイド3を道連れにした特攻作戦か、サイド3占領後の長期自給体制の確立かのどちらかしか無くなった。
そしてそのいずれを選択するにせよ。彼らネオ・ジオンは徹底抗戦の構えを見せる嘗ての祖国、祖国に救うダニだと指導部が断言するザビ家の私兵集団と化したジオン軍を突破する必要があった。
展開するジオン第一艦隊、第五艦隊、デラーズ・フリート、ジオン親衛隊艦隊の四個艦隊とネオ・ジオン軍の総力はほぼ互角。
これにサイド6から急行するジオン第三艦隊と本国予備兵力のジオン軍の第二艦隊とミネバ・ラオ・ザビ護衛の為にグラナダ市に訪問中の第四艦隊が参列すれば総数でもネオ・ジオン軍を上回る。
質もマラサイやゼク・アインなどはネオ・ジオン軍のギラ・ドーガやギラ・ズールと互角であるか若干不利という程度であり、時間をかければ地球連邦軍のブレックス・フォーラー中将指揮下の月面方面軍四個艦隊が、さらにはソロモン要塞を出撃した第10艦隊とサイド6駐留軍の第11艦隊が動くだろう。

「なあ赤い彗星。これを見な。お前もだぜ、ハマーン・カーン摂政殿?」

画像を映す。その艦隊数を見た部下たちから、同志たちから呻き声があちらこちらから聞こえてくる。
それだけの威圧感が画像越しとはいえあった。

「既にルナツー、ア・バオア・クー、グリプス、ソロモンからは艦隊の出港が確認された。これは貧弱なこちらの偵察網でも確認できる。
つまりだ、逆に言えばそれだけの大艦隊がこっちに向かってきていると言う事になる。そう言う事だな? それは分かるな?」

確認するタウ・リン。
今までの戦闘で破壊できた機体を調べたところその殆どがジム改やジム・コマンドなど一年戦争時代の機体に、少数のジムⅡ.
つまりは簡単である。これらの機体の大半はネオ・ジオン軍の戦力と物資を消耗させる為に使い捨てとして配備された囮だった。
パイロットや乗組員も民間軍事会社であり、決して正規の軍人では無かった。事実、捕虜の一部、彼らは地球連邦憎しで自分達に協力すると言ってきている。

「民間軍事会社を利用した大規模な囮作戦。では哨戒網に使われた艦隊も同様だと?」

ハマーン・カーン大佐が聞く。
周囲には親衛隊の参謀や副官、ハマーン派のマシュマー・セロとキャラ・スーンがいた。
どこか眼光が鋭い。まるで嫌な事を言うな、ハマーン様を敬えという視線だ。

(これだから戦勝しか知らない奴は・・・・現実を知れ、馬鹿が。何事にも真実に基づいて行動する事が大切なんだよ!)

だが、言ってやるしかあるまい。この中で全盛期の地球連邦政府や地球連邦と言う国家の底力を知っているのは自分だけだろうから。
ヌーベル・エゥーゴを指導して反地球連邦政府運動の武力闘争を繰り広げた手腕は伊達では無い事をこいつらに教えてやる必要がある

「はん、そう睨みなさんな。
まあ間違いはないね。俺たちはサイド1の奇襲成功で有頂天になった所をまんまと出し抜かれていた訳だ。
こっちの映像を見な。これが連中が索敵に使った部隊。どいつもこいつも二級か三級の部隊に加えて大半がゴロツキと変わらん民間軍事会社の社員で運営されていた。
それを踏まえればおのずから連邦軍とジオン本国の、ザビ家の私兵集団の意図が分かるよな?」

此処まで言われたら余程の馬鹿では無い限り分かるだろう。
地球連邦軍の意図が。そして自分達が何をしていたのか。

「け、敵は来るぞ。そう遠くない将来に・・・・・後は時間だな・・・・敵の主力部隊が進撃を開始したのは間違いない。
ならば俺たちがジオン本国に到達するのが早いか・・・・それとも月面にでも隕石落とし作戦に切り替えてしまうのか? 
それもありだが・・・・いや四個艦隊を突破するんだ。ジオン本国攻略作戦に費やす労力と苦労は一緒だろうな。そんなに大差あるとは思えん。
或いは地球連邦軍と決戦をするか・・・・この三択だ。どれをとっても完勝しない限り未来は無いって事だけは共通事項だ。なんとも輝かしいね。ジーク・ジオン様様だ」

タウ・リンの言葉はネオ・ジオン軍の幹部らに重くのしかかる。
その一方でジオン公国から第四艦隊が出港し、月のグラナダ市、地球連邦宇宙軍月面方面軍月面鎮守府(事実上の対ジオン公国抑止力軍)へと少女らが訪れた。

宇宙世紀0096.02.21である。
使者の名前をミネバ・ラオ・ザビ。この国家緊急事態の危機に際して『あ一号作戦』から除外されている月面方面軍の四個正規艦隊を動かすべく、そして中立を保っている月市民の心を動かすべく来訪した。
月に住む人間が25億人を突破している以上、また、フォン・ブラウン市やグラナダ市に匹敵する新月面都市群であるガリレオ市、アルテミス市、カグヤ市の建設をジオン資本と連邦資本が共同で行っている事からこの方法は有効と考えられた。
そう、ジオン公国王族による月市民の扇動である。
本来ならギレン・ザビが動くべきだったが既にジオン本国が戦場となる可能性がある以上、敵前逃亡と言われる行動は出来ない。
そこで、シーマ・ガラハウ中将に第四艦隊を預けて、自身の姪であるミネバ・ラオ・ザビを送る事にした。
ギレン・ザビ第二代ジオン公国公王の息子、グレミー・トト・ザビは第一艦隊の、娘のマリーダ・クルス・ザビはジオン親衛隊艦隊の司令官として出撃準備に入っている。
またドズル・ザビは国民の避難誘導と緊急時の本土決戦の総指揮を取るべくズム・シティからバンチを丸ごと改造した巨大CICとなっているガーディアン・バンチに向かった。
サスロ・ザビはこの事態の経済面でのダメージを最小限にする為にジオン公国議会議長のマ・クベやジオン公国首相のレオポルド・フィーゼラーらと協議中である。
そしてグラナダ市で、ミネバ・ラオ・ザビは『地球連邦には味方する』、だが『ジオンには援軍を出さない』と言う事で最初から一致していた月面都市群の政財界の重鎮ではなく、月面都市に住む全ての民に直接訴えようとしていた。




月面都市グラナダ市グラナダ放送局にある『連邦放送』の月面都市グラナダ支局。
その放送局の無数のカメラが設置された舞台裏で。
親衛隊の護衛の下にいる少女。まだあどけない、女とは到底言えない少女は震えていた。

「・・・・・・バナージ」

ミネバが、いや、この場合はオードリー・バーンだろうか?
彼女が震える声で、擦れる声で自分に縋る。
考えてみればこの子は自分と同い年。こんな重圧、下手をすれば月面市民25億人、サイド3に住む7億人の32億人の人生を決める立場に立つ人物じゃないだろう。

「・・・・・・・オードリー」

その瞳が震える。泣き出しそうな、緊張のあまりに青い顔をファンデーションで誤魔化す親衛隊の女性士官たち。

(大人の都合で!! オードリーだってまだ子供でしょうに!!)

だが、そんな事は関係ないと彼女らは『ミネバ・ラオ・ザビ』を化粧する。舞台に上げる為に。自分達の都合の為に。
事前に用意されたジオン公国の女性用軍服、それも大佐の軍服に袖を通したミネバの、オードリーの顔はそれでも青かった。

(怖い! 私・・・・・怖くてたまらない!!)

恐怖で、自分がこれからするであろう結果を想像して足が震えているのが分かる。
そうだろう、誰だって32億人と言う膨大な人を戦場に送りたくない。まして目の前の人間はまだ少女なんだ。

「え? バ、バナージ?」

と、バナージ・リンクスは、ビスト財団のバナージ・ビストではなく、ミネバ・ラオ・ザビでは無いオードリー・バーンという女の子としての両手を握る。

「オードリー・・・・俺が一緒だ。君の側には俺がいる」

「!!」

驚くオードリー・バーン。彼にとっては目の前の少女はミネバ・ラオ・ザビではなく、オードリー・バーンだった。それ以外の何物でもない。
そうだ、俺にとっての彼女はオードリー・バーンであり、ミネバ・ラオ・ザビでは無いのだ。そう考える。そうする。そう信じる。

「俺はね、ミネバ・ラオ・ザビの愛人でも構わない。オードリー・バーンという女の子の隣に立っていられるなら愛人でも愛妾でも良い。
或いは去れと言うなら去る。だけどさ、少しはオードリーの肩の荷を分けてくれないか?
俺はそんなに頼りない? ずっと一緒だったけど・・・・そんなに情けない男かな?」

首を横に振る事で否定するミネバ・ラオ・ザビ、若しくはオードリー・バーン。
両手を握ってくれているバナージの体温が、心臓の鼓動が伝わってくる。
それが何とも心地よかった。先ほどまでの緊張感が無くなっていく。どうしてだろうかと思ったら単純だった。

(そうか・・・・・好きな人が・・・・・バナージが隣にいるからだ)

それが理由。
古来より、いや、若しかして人が命を懸ける最大の理由の一つであったかもしれない。
それが彼らの、オードリー・バーンとバナージ・リンクスの戦う理由。

「バナージ」

「ん?」

そう言って多くの護衛達の前で目をつむった。
これが何を意味するか分からない程、バナージ・リンクスは鈍くは無かった。

「本気なんだね?」

無言で承諾するオードリー・バーン。この時の彼女はミネバ・ラオ・ザビではなく、一人の10代の女の子、若者であるオードリー・バーンだった。

「本気じゃなきゃ・・・・私のファーストキスをあげないわ」

その言葉に唇が重なる。
影が重なる。
それを敢えて止めない親衛隊。大人として分かっていたのだ。親衛隊としてでは無く、大人としてミネバ・ラオ・ザビがどの様な重圧をこれから受けていくのか、それを。
だから好きな人と一緒にいる時くらいは居させてやろう、キスの一つや二つくらいは見逃そう。
そう考えた。

「・・・・・・・・ありがとう・・・・・・わたし・・・・・・・行くわ・・・・・バナージがいるから・・・・・行ってこれる」

そして舞台は変わる。一つの演劇の幕は上がる。
先程までの恋する乙女の顔とは打って変わり、国家の指導者階級として凛々しい表情で部隊の演台に立ったミネバ・ラオ・ザビは演説する。

「私、ザビ家の一員であるミネバ・ラオ・ザビはこの月に住む全ての民に聞きたい。貴方方はどう選択し、何を望むのか、と」

その言葉が月面都市の面々を抉る。

「我々はあくまで同じ宇宙に住む民であり、地球連邦との盟友であり、同志である。それを私、ミネバ・ラオ・ザビはザビ家とジオン公国国民を代表して感謝し尚且つ嬉しく思う。
・・・・・現在、ネオ・ジオン軍とキャスバル・レム・ダイクンを名乗る不届き者がジオン本国に向けて無法にも軍を派遣している事は周知の事実であろう。
にも拘らず、月市民の反応は何故こうも冷淡なのであるか!? 月市民はネオ・ジオンを名乗った武装勢力がサイド1で何をしたかをもう忘れたのか!?」

ミネバは右手を大きく左から右に水平に流して、その後、演台を両手で叩いた。
更に演説は続く。伯父ギレン・ザビの指導の賜物である。
伊達に伯父は一年戦争、ジオン独立戦争を総帥として指導し、ジオン公国を地球連邦と唯一対等な国家にまで育て上げてはいなかった。

「月市民の方々よ、仮に私の故郷であるジオン本国が陥落すれば地政学的に次に狙われるのはここグラナダ市である事は明白な事。
軍でもなく国家でもないネオ・ジオン軍が大量破壊兵器や質量弾攻撃を行い、それを100%の確率で防ぎきる事が出来ない以上、月面都市グラナダの壊滅、崩壊の危険性は常に伴う。
或いはかつてのジオン独立戦争で我が部下、エギーユ・デラーズが一瞬のうちに月面全域を掌握した様な電撃戦もあり得る。
地球連邦軍の駐留艦隊が絶対に勝利すると言う保証はどこにあるのか!?
何故、諸君ら月市民はこの事態を対岸の火事だと思っているのか!?
これは決して対岸の火事では無い。自分らが住む家の、その隣家で燃え上がった火事であると何故気が付かないのか!!」

ジオン公国7億の民の為にも彼らは動くしかない。動かせればよい。月面方面軍のブレックス・フォーラーも艦隊保全の名目で出港さえしてくれればそれで良かった。

(お父さまが言っていた。実際に戦わなくても戦力はあるだけで意味がある、と)

月軌道防衛の任務も含んだ地球連邦軍月面方面軍四個艦隊だが、月の衛星軌道にさえ迎撃陣を敷いてくれればそれだけでジオン本国を狙うネオ・ジオン軍への大規模な牽制となるのは明らか。
だが、その大前提としては艦隊の防衛圏外への出港をここにいる月市民らに認めさせなければならない。
誰だって我が身が一番かわいいものだ。我が身を犠牲に出来る程の信頼関係を持つ者や、それが出来た人物を人は尊敬するのはそう言う裏事情あっての事だ。
そしてこの17歳になる少女は同い年のバナージ・リンクスの力を借りて、月に住む市民約25億人を死地に追いやろうとしていた。
それが如何に罪深い事かを聡明な彼女は理解していた。自分が咎人になりつつあると言う現実を。

「私、ミネバ・ラオ・ザビは祖国ジオン公国の王族、公女の一人として、高貴なる義務を持つ一人の人間として月市民に問おう!!
我々ジオンと共に戦い、地球連邦と共に立ち上がり、ネオ・ジオンを名乗っている無法者らを外洋で殲滅するか?
それとも所詮は対岸の火事だと考えて貴方方の隣人であり友人でもあるジオン本国がネオ・ジオンを名乗る叛逆者に蹂躙されるのを黙って見ているか!?
私は貴方方に問う!! 私の姉と兄は戦地へと向かう。父と伯父らはジオン本国と心中するつもりである!!
仮にジオン本国が落ちた時、次に狙われるのはここグラナダ市である可能性は極めて高い・・・・いや、確実にここである!!
グラナダ市に廃棄コロニーを落とし、月面経済を崩壊させる事で地球連邦経済を混乱に追い込む。それこそネオ・ジオンを名乗る者達の狙いなのだ!!」

まあ、その、ギレン・ザビが描いたネオ・ジオンへの言いがかかりもここまで来ると立派である。嘘も方便とはよく言ったものよ。
本気で『コロニー落とし』をするつもりなら確かに、一年戦争時代と戦後から10年以上続いた拡張工事によって月の裏側市にある総人口5億人を突破した都市グラナダは格好の標的。
もしもグラナダ市が壊滅すれば確実に地球連邦の地球=宇宙経済圏は大打撃を受けるだろう。
無論、ネオ・ジオンの方が先に壊滅するだろうが、それでも月面都市グラナダへの『コロニー落とし』とグラナダ市消滅に伴う大規模な経済混乱、いや、大恐慌。
その結果、地球圏経済が復興するには30年の歳月はかかると言うのが地球連邦政府の政府中央シンク・タンクの地球連邦経済諮問会議の結論である。

「故に私、ミネバ・ラオ・ザビは貴方方一人一人の勇気ある決断を欲している!! 私達ジオンの民と共に立ってほしい。
漸くにも手に入れて安定してきた新秩序を、ジオン独立戦争の戦後に出来た新たなる秩序を崩壊へと導かんとするネオ・ジオンの暴挙を止める為に。
私の様な政治に利用される哀れな人間を減らす為に、そして、大量殺戮を目論むネオ・ジオンの狂気を阻止する為に!!
サイド1の惨劇を繰り返さない為にも!! 月に居る全ての民よ、私達ジオンと連邦と共に歩もう!!
我らジオンと連邦と月の未来の為に!! 今後にある輝かしい四半世紀の繁栄の為に!! 月に住む25億人の生存権確立の為に!!」

そう言って儀礼用のレイピアを高々と掲げる。そこにはジオンの国章が刻印されており、しかも欧州の鍛冶師に特注で造らせた剣。
ギレン・ザビが個人的に集めている各地の名刀・名剣の一つだった。持っている右手に隠れて見えないが柄にはギレン・ザビと彫ってある。
その後ろ姿を舞台裏から見てバナージは思った。ミネバが、オードリーは泣いている、と。
自分が人を扇動して、人を支配下に置いて、そして人を殺させる為に戦場に追いやろうとしているその事実に。それしか出来ない自分に。

(・・・・・・・オードリー)

自分の右手と左手の爪が皮膚を引き裂いて血を流している事に気が付いただろうか?
バナージはそれ位に怒っていた。何も出来ない自分に、こんな重圧を押し付ける現実に。

(オードリー・バーンという女の子として生きる事を許されず、ミネバ・ラオ・ザビとして生きる事しか許されない。
俺は誰にこの怒りをぶつけたらいいんだ!? 俺自身にか!? オードリー・バーンという悲劇のヒロインにか!?
それともミネバ・ラオ・ザビという政治家の娘にか!? 或いは彼女を利用する全ての存在になのか!?)

自分でも訳が分からない感情の渦が巻き起こる中で、一人の少年が叫んだ。
それは用意されたサクラでは無かった。少なくとも彼女の演説に感化された少年だった。
良く見るとまだ15歳にもなっては無い。

「ジーク・ジオン!!」

その言葉は一気に波となって会場全体に響き渡る。
大人も、子供も、女も、男も、老いた人物も、若人も関係なく

「ジーク・ジオン!!」

「ジーク・ジオン!!」

「ジーク・ジオン!!」

「ジーク・ジオン!!」

「ジーク・ジオン!!」

「ジーク・ジオン!!」

「ジーク・ジオン!!」

「ジーク・ジオン!!」

「ジーク・ジオン!!」

月面都市に存在するジオン派につられて連邦派や中立派の人々も支援する。それは月全土へと広まった。
ミネバ・ラオ・ザビを支持する。当然だろう。彼女ら彼らに取って、ここまで分かり易いアイドルは存在しない。
自分達と共に戦おうと言うのが17歳の美少女であるのだから。
それに作り物の笑顔で手を振り答え、そのまま軍用マントをはためかせながら舞台を降りて颯爽と戻る。
だがバナージは気が付いた。その颯爽とした握る拳は震えていた事に、目が少し赤くなっていた事に。当然ではないか。
伯父のギレン・ザビとは何もかも違う穏やかな、叔父ガルマ・ザビに近い性格の娘であるミネバ・ラオ・ザビは優しい娘なのだ。
それがたった今、自らの言葉で25億人と言う大人口を戦場にやる事を決めた、殺す事を、殺される事を決めたのだから。

(くそったれ!! 絶対だ!! 絶対にオードリーは俺が守る! 俺はあきらめないぞ・・・・・必ずオードリーもミネバも守る!! 必ず!!!)

彼、バナージ・リンクスは、数年前にティターンズが軍事力で強制的に奪い取ったビスト財団の力を後に継承。
バナージ・リンクス・ビストという名前でジオン独立戦争時代の副首相であったオレグ・サリージオン公国副総帥の弟子、政治家秘書となる。
その後は数年の時を得て、ジオン親衛隊の政務官としてミネバ・ラオ・ザビの公私に渡って支えるのだが、それはまた別の話。

「バナージ!」

誰もいないよう人払いした部屋で自分に抱きつく少女。
オードリー・バーンという偽名を持った、ミネバ・ラオ・ザビは泣きながら言った。

『私が殺す。私が殺した。私がみんなを引き離した・・・・私が殺すんだ!!』

と。
そう言って泣き続けるオードリーをただ抱きしめるしかなかった。
これを聞いて泣きやむまで抱いていたバナージは一言だけ言う。

『安心してくれ・・・・オードリーでもミネバでも構わない・・・・君には俺がいる。ずっと側にいるから』

『優しくしてくれると・・・・・嬉しい』

そうして二人の影が重なった。




宇宙世紀0096.02.21
全艦隊とMS隊の補給を完了したネオ・ジオン軍は旧連邦軍将兵で構成される厄介者扱いのエゥーゴ派艦隊を先遣部隊として出撃させる。
作戦目的は索敵で、その目標は地球連邦軍の第一連合艦隊。
実はネオ・ジオンは各個撃破作戦を展開するべく包囲網敷く中で最も貧弱なソロモン方面で合流する第三連合艦隊を叩こうとしたが、それは地球連邦軍の宇宙艦隊司令部とエイパー・シナプス大将も読んでいた。
事実であるが、第三連合艦隊は最も早く出撃しており、彼らは迂回路を通って第12艦隊と合流する経路を通っている。それはアクシズ要塞から見て最も遠方に位置する部隊となった。
仮に最遠方の第三連合艦隊を全力攻撃すれば、残りの二個連合艦隊で側面から攻撃され包囲殲滅される。或いはデラーズ・フリートを中心とした艦隊にアクシズ要塞本体を奪われる。
ならば最も近い状況で艦隊を展開しているジオン軍と連邦軍の丁度楔にあたる部隊を叩き、その勢いでジオン本国にアクシズ要塞ごとなだれ込むしかない。
ネオ・ジオン決起作戦時の序盤と同様に速攻をかけて、MS隊同士の乱戦に持ち込めば勝機はあると考えたのだ。
だが、そのためには旧エゥーゴ派、つまり、自分達純粋なアクシズの民では無い地球連邦軍脱退・脱走派を何とかする必要があると思った。

(赤い彗星も地に落ちてるな・・・・・部下共の統制も取れないとは・・・・いわば、死んで来いと言う訳だ)

そう、タウ・リンらエゥーゴ派は悟った。
だが悟ったが見限っても他に行く場所は無い。だから命令には従う。

「いいだろう、ジオン人じゃない俺たち旧連邦軍軍人らが危険な索敵に出かけてやる・・・・その代わり、連邦軍かジオン軍の艦隊と接触した後は好きにさせてもらうぜ」

そう言ったタウ・リンを追い出したアクシズ要塞の面々。
タウ・リンには彼なりの思惑があって出たのだが、それはまた別の話。
そして、地球軌道にある宇宙港兼要塞のペタン基地から出撃した地球連邦軍の独立部隊、第4独立戦隊が敵の先遣部隊を確認、撤収をかける。
急追しようとしたがネオ・ジオン派は推進剤の心とも無さと、敵主力艦隊の位置の不明瞭さ、各地の偵察艦隊の戦力の不明確さ(すべて集めれば偵察部隊と言えどもサラミス改級巡洋艦60隻にはなる)がネオ・ジオンの攻勢に待ったをかける。
これがネオ・ジオン軍にとっては最悪の結末なのは知ってはいる。
彼らネオ・ジオンに取って自ら積極的な攻勢に出ない事は即ち、『圧倒的』と言う言葉でさえ不足な、寧ろ『絶対的』という言葉で言い表せるほど戦力差がある敵に主導権を渡すと言う事。
それを知らない筈はない。だが、この時期のネオ・ジオン軍の最大の敵は連邦軍でも嘗ての祖国のジオン本国に展開するデラーズ・フリートらでも無く、物資不足だった。
緒戦から続いた戦いに連戦連勝していると言えば聞こえが良い。
だが、その実態は大量の戦闘用物資の大消費だったのだ。既に艦隊を遠隔地にまで展開するだけの能力が無くなりつつある。
故に、彼らはたった4隻の、しかもハイザックしか所有しない第4独立戦隊を各個撃破できずに詳細な報告を第一連合艦隊らに伝わる事となる。
それはタウ・リンの指揮下の艦隊にも伝わる。攻撃するかと言う部下の進言は退ける。

「ふん、どうやら赤い彗星らは見つかったな。予定より遅かったが・・・・まあ良い」

タウ・リンはサルベージしたバーミンガム級戦艦『パシフィック』の改装艦である『ヌーベル・エゥーゴ』の艦載機用デッキで愛機の調整をしながら報告を聞いた。
恐らく敵の大軍が攻めてくるだろう。目標は間違いなくこちらではなく、本体、つまりあのハマーン・カーンとシャア・アズナブルの指揮下の連合艦隊だ。

「タウ・リン司令官、報告します、こちらのサラミス06がつい今しがた敵艦隊らしき存在をK-22の地点で発見しました。
数は・・・・・凡そ100隻。ドゴス・ギア級戦艦を中心とした部隊が50隻、信じられない位に巨大な空母らしき存在を中心とした艦隊が50隻です」

そうか、で、報告してきた船は?

「撃沈されたようで・・・・連絡途絶しました・・・・・無念です」

さてと、ならば仕方ないな。

「落ち込むな。まだ勝負は決まっちゃいない。それよりもだ、参謀共らを集めて置け。
こちらの戦力、暗礁宙域、敵艦隊の予想進路を確認をする。おい、その端末を寄越せ」

無重力を流れるタッチパネル式の情報端末。
操作してこちらの戦力を把握する。

「バーミンガム級戦艦の改装艦が1隻、マゼラン改級が4隻、コロンブス改級改装空母が7隻、サラミス改級巡洋艦が16隻の合計28か。
一武装勢力と見れば大した数だが・・・・これでは正面きっての攻撃は自殺行為だな・・・・まあ、ならばやりようはある。そんなに心配するな」

そう言ってタッチパネル式の携帯端末を部下に投げ返す。
指揮下の機体はビスト財団の女とAE社の伝手に、地球連邦との裏取引で手に入れた素材を使ったから全てギラ・ズールだ。
この点では優遇されている。もっとも、『ヌーベル・エゥーゴ』以外は親衛隊装備では無く通常装備のギラ・ズールだが。
それ程の精強部隊を単に出身が地球圏の別のコロニー、旧地球連邦軍であると言う点で冷遇するアクシズの民に未来はあるのだろうか?

「俺は艦橋に上がる。シナンジュとギラ・ズール親衛隊装備機は対艦用ビーム砲でいつでも出せる用意をしろ。
他のギラ・ズールはビームマシンガン装備。敵機の迎撃を主任務とする。
後方のシャア総帥親衛隊艦隊とハマーン摂政親衛隊艦隊に、ネオ・ジオン第一任務部隊、第二任務部隊、第三任務部隊、第四任務部隊に連絡しろ。
一度全艦隊を補給艦隊と共にアクシズ要塞から離脱させろ、とな。そして俺たちは遅滞戦術に入るぞ」

絶望的な戦力差でも足掻く。だがこの男は何故こうも足掻くのだろうか?
まるで足掻いて、足掻いて、足掻きまくる事に意味が、意義があるように見える。そう部下の一人は思った。
格好をつけて任務部隊と言っても、エンドラ級6隻で編成された部隊が3つあるだけで、増産されたムサカ級17隻と総旗艦レウ・ルーラは全てシャア・アズナブル総帥指揮下に。MS隊はレウ・ルーラのみギラ・ズール親衛隊装備、後はギラ・ドーガ。
サダラーンと護衛の10隻のエンドラ級はハマーン・カーン摂政指揮下に。こちらは全てギラ・ドーガで占めている。
残りはムサイ砲撃戦強化型が20隻前後とチベ級重巡洋艦が5隻、これに初期生産型サラミスが10隻前後の第四任務部隊があるだけ。
しかも第四任務部隊は一年戦争以前か戦時中の旧式艦艇で共食い整備の対象でもある

「? 遅滞戦術と言いますと?」

にやりと笑う。

「ベトナム戦争や大祖国戦争と呼ばれた独ソ戦のパルチザンが使った方法を知っているか? あれの宇宙版をやるのさ」

そう言って彼は星図を出す。持っていたレーザーポインターでさした地点はここ。
未だに最大級の激戦区だと言われた第一次ルウム戦役の残骸が多数漂っている最大級の危険宙域であり、大艦隊の航行は不可能な宙域だった。

「隠れるには絶好の場所ですね」

「ああ、ここなら連邦軍も侵入してこねぇだろう」

何せ、未だに稼働している核融合炉の熱源反応や多数の宇宙ゴミの移動反応で質量レーダーも、磁気探知機も、熱探知機も使えない。目を使った光学探知だって不可能だ。
オマケにミノフスキー粒子濃度も高く、一度ここに誘い込まれたら大打撃は覚悟しなければならない。少なくとも遭遇戦による消耗戦と言う悪夢が起きるのは間違いない。

「ここだ、ここに誘い込む・・・・事は出来ないだろうが、100隻もいるんだ。少しは嫌がらせ位は出来るだろう。それで連中の足を止める。
後は・・・・・あのジオン十字勲章の英雄である赤い彗星殿が何とかしてくれるさ」

その言葉に動き出す男達、女達。

(まあ、どう出るかお手並み拝見と行こうか・・・・・地球連邦軍最良の提督エイパー・シナプス大将閣下どの?)




「敵艦隊、暗礁宙域に侵入・・・・見失います!! 無人偵察艇撃沈されました!! 交信途絶!!」

その報告は想定通り。戦力の絶対数に劣るネオ・ジオン側が正面決戦を仕掛けて来る筈はない。
必ずゲリラ作戦が展開できる場所に布陣する筈だ。ならば、こちらもそれに対応するだけ。

「慌てるな。通信参謀、作戦参謀、魚は網にかかっただけだ。そう第三連合艦隊、並び、ジオン第四艦隊と第三艦隊に伝えろ」

ブライト中将が通信士のトーレス曹長らに命令する。
ベクトラの惑星間航行用通信システムを使えば従来のミノフスキー粒子戦闘標準濃度の二倍でも通信が可能である。
伊達に地球連邦軍宇宙艦隊総旗艦などという名称を地球連邦首相から直々に名づけられてない。

「第三連合艦隊並びジオン艦隊より入電。我、これより網をかける、以上です」

連中の、ネオ・ジオンの当初の目論見通り、地球連邦艦隊の後背を襲うならば地の利がある暗礁宙域を脱出しなければならない。
逆にだ、各個撃破を恐れてそのまま暗礁宙域に閉じこもっているなら結構。彼らの帰還する場所を武力制圧した後に悠々自適にネオ・ジオン残党軍をソーラ・システムやハイパー・メガ粒子砲などの兵士らが言うMAP兵器で掃討すれば良い。
トーレス曹長らが返信を送っている間に艦隊はネオ・ジオン軍本隊を見つけるべく無人偵察艇を更に各艦が射出する。
その数はおよそ1万機。物量戦と言う言葉がこれ程まで似合う軍隊も珍しい。
第二次世界大戦時の旧ソビエト連邦軍や現在でも地球連邦加盟国で最有力国家のアメリカ合衆国の様な徹底した物量戦である。索敵を重視するのは第二次世界大戦の戦勝国のアメリカ合衆国時代から続く伝統かも知れない。

「さてと、敵は自ら穴蔵に入った以上、後は第三連合艦隊らに監視を任せればよい。出てくれば物量で押し潰せばよいだけの話だ。
それで、ブライト君、他の部隊・・・・ネオ・ジオン軍の本隊もしくは有力な艦隊は見つけたのか?」

総司令官専用シートから聞くシナプス大将。それに答えたのはベクトラ艦長のメラン准将だった。

「はい、ブライト司令に代わり報告します。現在のところ幾つかの航跡を確認。敵はアクシズ要塞を一旦離れて外洋での決戦を目論んでいます。
各艦隊と各サイド、各要塞、月面都市と我々の現在位置を出します・・・・敵艦隊本隊の現在位置はここです。20分前の映像ですからそれ程移動はしてないと考えます」

モニターには各艦隊の現在位置と、ジオン軍の所在地、そしてネオ・ジオン艦隊の主力の位置が記されていた。

(嫌な位置だな・・・・・どれも狙える)

ブライト・ノア中将は誰にも悟られぬように眉をしかめる。ネオ・ジオン艦隊が全速を出せば、全ての艦隊に等距離かつほぼ同じ時間帯で強襲をかけられる。
これならば戦力を分散した、或は分散させた敵を彼の全力を持って叩き潰すと言う戦術上の常識にして定石を満たしている。
まあ、この状態で他の手(連邦軍、ティターンズ、ジオン軍の作戦参加部隊全軍の集結を待って、その艦隊に艦隊特攻をするなど)を考えるほど彼らも間抜けでは無いと言う事だろう。
それに最後に確認した敵軍の発光信号はネオ・ジオン主力艦隊も確認したのだろうし。

(なるほど、まんざら馬鹿でもないな。さてと、ならば定石通りにネオ・ジオンは第一連合艦隊と合流する第二連合艦隊を狙うか?
いや、こちらの第一連合艦隊には対艦攻撃部隊のZプラスが配備されている事はネオ・ジオンも情報収集で知っているだろう。
何せ、軍縮と外交の事情からジオン公国相手に公表されていたのだから。問題はそれを知ってもなお、我が連邦軍の精鋭である我々を攻撃するかどうかだ。
仮に我々地球連邦軍を撃破しても、こちらには最悪月面方面軍四個艦隊と合流、反撃する『あ五号作戦』を実行すると言う手段がある。
それを考えれば・・・・数で劣るデラーズ・フリートらジオン本国の艦隊か?)

デラーズ・フリート。表面上は地球連邦軍と戦えるが、連邦軍の地球連邦軍本部の作戦本部は継戦能力に対して非常に懐疑的であると言うのが統一見解だ。
特にゼク・ツヴァイの整備性の悪さは、一年戦争時代のアクト・ザクなどを初めとした例のペズン計画以来の伝統とでもいうべきものであり、数回の出撃で交戦能力や継戦能力を喪失するのではないかと危惧されている。
まあ、今回の場合はネオ・ジオン相手に数回も戦闘する必要があるとも思えないし、一年戦争末期の『ア・バオア・クー攻防戦』の様な大規模消耗戦をするとも思えない。
もしくは一週間戦争とルウム戦役の様な連続した艦隊戦なども無いだろう。
また、ジオン軍もこの失態に遅まきながら気が付いたのか、デラーズ・フリート艦隊旗艦の『ジーク・ジオン』にはベテラン整備兵を多数入れ、更にはこの『ベクトラ』を除けば戦闘用艦艇としては地球圏最大級の『ドロス』を渡していた。
これは極秘情報であり、それを知っているのはドズル・ザビらジオン公国軍上層部とデラーズ・フリートの艦隊構成員のみである。

「よかろう・・・・ブライト中将」

は!
シナプス提督の威厳を持った発言に艦橋要員全員が反応する。

「艦隊はこのまま進軍する。第二連合艦隊と合流予定地点のP-000に敵影が無いかどうかを確認せよ。また各艦載機は偵察小隊を組んで偵察準備。
直援部隊はいつでも発艦できる様に。恐らく敵は・・・・デラーズ・フリートを狙うが・・・・念には念を入れる。以上だ」

敬礼して去る。参謀らも一斉に動き出す。この命令が地球連邦軍を救ったと言うのだからやはり実戦から叩き上げで宇宙艦隊司令長官になったエイパー・シナプス大将の直感は正しかった。
彼自身は一度も受けた事は無いし、誰も指摘も想像もしなかったが若しかしたらエイパー・シナプスも直感で敵の動きを察知するという意味では軍事定義上のニュータイプになるのかも知れない。
ニュータイプ兵士の象徴であるサイコミュ兵器を使えなくとも、だが。

「全艦隊に通達、合流まであと3時間だ。先発した第二連合艦隊は輪形陣を取って待機中である。
また、合流する際には『あ一号作戦』の基本計画に則り、ロンド・ベル艦隊を中心に左翼を第1艦隊、右翼を第2艦隊、前衛を第13艦隊が担当する。
合流時が一番危険である!! 各員、戦闘終了までは気を抜くな!! トラファルガー海戦の英雄、ネルソン提督では無いが己の義務を全うせよ!!」




さて、出口を蓋を去れた感じのタウ・リンだがそれ程焦ってはいなかった。

「司令官、どうやら敵はこちらの出口を封鎖しました・・・・どうします?」

宇宙船では珍しい、というか、希少価値が高すぎる喫煙室で大衆タバコを吸っていたタウ・リンは部下の問いにこう答えた。

「慌てるな・・・・敵さんは戦力分断の愚をおかせねぇ。と言う事はだ、今、航宙科と機関科の連中が航法プログラムを組んでいる。
外からは見えなくても、中からは意外にこの暗礁宙域が幅広い事はお前だって分かるだろう?」

言外に脱出して連邦軍第三連合艦隊の裏をかくつもりだと言っている。まあ、それで裏をかけるほど敵が間抜けかは不明だが。
そう言ってタバコを一本投げる。それに電子ライターで火をつける部下。

「そりゃあ・・・・そうですがね・・・・まあ、いざとなったらあの赤い彗星が何とかするでしょ? 自分で蒔いた種だ。
ハマーン・カーン摂政殿とナナイ・ミゲルとかいうパラオ要塞総督と言う女二人、いや、息子を生んだ奥さんもいれたら三人と毎夜情交しているらしいが・・・・それ位は期待できますかな?」

と、衝撃が来た。
艦が大きく揺れる。思わず攻撃かと思う。

「艦橋!! 今のは何の衝撃だ?」

部下の一人が艦橋に聞く。敵のミサイル攻撃か、ビームの直撃か、或はMS隊の実弾攻撃だろうか?
だが事実は意外だった。

「デブリです。一年戦争時代のムサイ級巡洋艦の装甲版が衝突。やはりミノフスキー粒子がなくてもここは危険です。
一度艦隊を隕石群の中に接舷し片方からのデブリ飛来を防ぎたいと思いますが・・・・・よろしいですか?」

自分らが一番信用している艦長の声だ。『ヌーベル・エゥーゴ』と『エゥーゴ派』の結束は固い。それにタウ・リンには何か得体の知れない隠し玉があると言う。
それが希望でもあるし、自滅願望がある気がする赤い彗星やハマーン・カーンとかいう世間知らずの小娘よりも良い。
選択肢もそれ程ある訳ではないから、目の前の男を信頼するしかないだろう。

「それで構わん。艦隊の運用に関しては俺は素人だ。だからこの命を預ける。お前たちに任せたぞ」

そう言って通信を切る。艦が制動をかける。更に反転してそのまま艦隊が手近な隕石や残骸をワイヤーガンで固定し即席の防壁を築いた。
それは地球連邦軍第三連合艦隊と月とサイド6から増援部隊として到着した第三艦隊、第四艦隊からも確認できた。
だが、手は出さない。第三艦隊と第四艦隊はマラサイが主体の部隊で、数こそ互角以上だが暗礁宙域の戦闘訓練など数回しかしてない。
それに艦隊の援護射撃もし難い、或は不可能な状況下で部下を突入させる気も無い。それがジオンと連邦の暫定最高司令官となったラーレ・アリー中将の考えだった。

『警戒し、敵が出てくるのを待ちなさい。さもなければ敵は物資を消費して自滅するしかないのだから。
馬鹿みたいに敵の土俵に上がって殺しあう事は無い。勝手に宇宙ゴミにぶつけさせて自滅させなさい』

そう命令する。地球連邦軍とネオ・ジオンの『ヌーベル・エゥーゴ』を旗艦としたタウ・リン派はこうして膠着状態に陥った。
奇しくもエイパー・シナプス大将とタウ・リン特別査察官の双方の思惑通りに。




同時刻、地球のヘキサゴン、地球連邦政府首相官邸では定例会が終了し、全員が解散していた。いなかったのは数名だがいつも全員が出席する訳でもないから特に問題は無い。
まあ、首相か官房長官が出席しなかったら大問題だがこの二人は毎回しっかりと定時出勤し、定時で退社しているから問題は無かった。

「やあジャミトフ君」

内閣官房長官のゴップが声をかけてくる。イギリス製の黒にストライプが入った仕立服を着たゴップ内閣官房長官。
相手はジャミトフ・ハイマンで、彼はティターンズの長官時代から着用している愛用の黒マントと黒を基調色にした白い胸元の海軍の制服の様な襟付きスーツがトレードマークである。
が、その今なお70近い老人とは思えない眼光と思考の鋭さから周りを、政敵らを警戒させる。『禿鷹ジャミトフ・ハイマン』とは『政界の死神』と組んでいる事もあって非常に有名である。
特にゴップとジャミトフの秘書官らは彼、ゴップ官房長官が右手を挙げて歩いてくるときは内密に話がしたいと言う事を暗示しているのを知っているのでさりげなく、首相官邸の空いている一室の扉を開けた。
中を確認し、無人である事を視認する。そして会議室で用意された凍らされたペットボトルの水を持って二人は部屋に入る。

「さて、中々いい部屋だね。ロココ調の部屋と言うのか・・・・迎賓室の様だな」

そう言いながら携帯灰皿を取り出し、中米州のキューバ共和国産の葉巻をカッターで切り落とす。

「官房長官。私は禁煙主義者ですが?」

ジャミトフも恐れない。因みに、地球連邦政府内部の序列ではNo1は当然だがレイニー・ゴールドマン首相、次にNo2は目の前の御仁が来る。
他はそれぞれの会議の重要度によって変わる。例えば対ネオ・ジオン政策ではティターンズ長官のウィリアム・ケンブリッジが対テロ問題と言う事でNo3に、財務関係では財務大臣のアリシア・ロベルタ・ロザリタ大臣がNo3に、加盟国内部の内部調整とコロニー問題は自分がやる。
そして万一No1の首相とNo2の内閣官房長官が倒れた、執務を執り行えない場合は内務大臣が地球連邦議会総選挙とその後の地球連邦首相選抜、内閣組閣までの執務を執り行う。

「うん? ああ、そうだな・・・・まあ大目に見てくれたまえ。換気扇は・・・・これか」

そう言って連邦軍に入隊した時に自費で購入した職人が作った極東州のジッポライターを使って火をつける。
美味そうに煙を吸っては吐くゴップ長官を見て思った。

(そんな肺がんになる様な馬鹿高いだけの高級品の何が良いのやら・・・・理解できん)

その風貌や手腕から誤解されがちだが、彼、ジャミトフ・ハイマンは物凄い禁欲主義である。古代の哲学者もかくやと言うばかり。

「さてと・・・・あまり沢山時間を使っていると他の閣僚との調整に手間取るが・・・・単刀直入に聞こうか。パラヤ外務大臣の拘束と軟禁に成功したかね?」

何?

「ゴップ官房長官・・・・・仰る意味が分かりかねますが?」

一体どこでその情報を知ったのか? まさに政界のモグラである。普段は土の中だがその地中では生態系の頂点に立つ存在。
ウィリアム・ケンブリッジの非才さを一番に見抜き、0060年代の動乱期に、彼をサイド3に送っただけの事はある。
もしも別の誰かが、自分の後輩のウィリアム以外がサイド3に派遣されていたら、或は彼が派遣されてなかったら、もしくは戦時中のキングダム政権下で生贄の仔羊にされていたら歴史は大きく変わっただろう。
自分もここまで地球連邦政府の一員となれたかどうかも分からないし、あそこまでスペースノイドとアースノイドが歩み寄るとも思えない。

「いやね、私の伝手で君がパラヤ大臣を拘束する様にティターンズと連邦軍憲兵に圧力をかけたと聞いたんだ」

誤魔化すしかないか、そう判断する。

「はて? 何の事ですかな?」

もっともそれが無駄な事は分かる。目の前の御仁は地球連邦内部でも最良で最大の個人情報網を保有している男なのだから。
だが、だからと言って無条件で乗る事も屈伏する必要もない。そう思っていると先に動いたのはゴップだった。

「腹芸をしている暇は互いにないと思うがね? 君も知っての通りだがシロッコ少将は優秀だが癖が強すぎだ。
保険をかけるのは人生の常識だが、保険をかけ過ぎて財布をパンクさせては意味が無いだろう?
そう言う意味では彼も存外に若いな。私が君とこうして裏取引する可能性を考慮しているのかね? まあ、少しはしているだろうがこれを利用して同盟関係を構築するとは考えてはいないようだ。
ふふ・・・・・木星帰りのエリート将官と言ってもまだまだ若いな・・・・未熟だよ」

また一服する。一応、自分には気を使っているのか自分と反対方向に煙を流す。

「さてと、ロナ君、アルギス君、シロッコ君の三人のいずれもティターンズ第三代長官職を継がさないと言うのは既に知っている。
その上で、誰を継がせるかもだいたい想像はつく。君という先例があるのだからな。そしてロンド・ベル艦隊の司令官は・・・・まあ、何人か候補がいるか」

情報通はどの時代でも、どの組織でも重宝されるがその通りだ。
それにしてもウィリアムの個人的な考えまでこうも適確に読み切るとは・・・・恐るべき男だ。伊達に連邦政府官房長官や地球連邦軍のトップである統合幕僚本部本部長を10年も担当した訳ではないか。

「やれやれ、そこまで知っているのなら白状しましょう。
確かにグリプスにいるパプテマス・シロッコ少将に命令して厄介な交渉などを考えていたアデナウワー・パラヤ大臣を拘禁したのは私ですよ。
まあ、ティターンズ長官のケンブリッジには悪いですがこれでパラヤ大臣は確実にケンブリッジ長官を敵視します」

と、先ほどの言葉を忘れたのか、またもや葉巻を吸いだすゴップ。今度はこちらに向かって煙を吐く。
思わず距離を更に取る国務大臣のジャミトフ・ハイマン。

「そうか・・・・パラヤ君をケンブリッジ君の対抗馬として利用する気なのだな?
確かに一党独裁制度が腐敗の温故になるのは時代と人間性の必然だ。故にいつでも叩き潰せるが、それでも叩き潰さない程度には煩いハエが必要。
それが・・・・アデナウワー・パラヤ君らかね?」

頷く。相変らずゴップ退役大将の吐き出す葉巻の煙を嫌がりながら。

「そうです。その為にも地球連邦議会を一度総解散して議員を入れ替える必要があります」

実はウィリアム・ケンブリッジには地球連邦政府の一員だが地球連邦議会の議席を持ってない。意外かもしれないが彼は内閣と連動した内閣と議会が相互に責任を持つ間接議院制民主主義から見て異端児である。
これはカイ・シデンの自筆の政府批難書である『シデン・レポート』でも何度も指摘されていた。それこそ毎月の定例報告の第一報を飾る位に。
幾ら首相に任免権がある地球連邦政府閣僚の一員とはいえ、地球連邦議会の、つまりは地球連邦市民の選挙の洗礼を受けてない人物がティターンズと言う地球連邦軍の精鋭部隊を指揮している。

『これは文民統制の原則に反するのではないか? 或いは独裁政治の前触れでは無いか?』

彼、カイ・シデンは自筆・自費出版の電子新聞でそう指摘している。
これが大きな社会問題になって無いのはウィリアム・ケンブリッジ、彼の人となりを知る彼の信望者(一部では狂信者扱い)のマイッツァー・ロナが自分の会社、ブッホ・コンツェッルを使ってメディア工作を行い、政界ではハイマン家ら親ケンブリッジ派閥が議会・財界工作を行った結果に過ぎない。

「はい、次期首相になるケンブリッジ派閥は強大になる。北米州を中心とした太平洋経済圏とインド洋経済圏、更に戦災復興で借りがある統一ヨーロッパ州、アラビア州、北部アフリカ州が加わります。
また、スペースコロニーでも最大級の工業地域、ジャブローに匹敵するグリプス工業地帯とその民政を司る準加盟国扱いのサイド7、中立地帯として準加盟国、自治国となったサイド6、更には宇宙利権に敏感な大企業に、ライバル企業を潰してくれたジオン財界とザビ家支配下のジオン公国に木星連盟が味方に付くでしょうな」

危険だな。考えてみればここまで巨大な権限を持ったのはただ二人だけだろう。
彼を嫌い、将来の後輩たちの政敵候補だと考えていた一年戦争時代のアヴァロン・キングダム前々首相と現在の非常事態宣言を出している現地球連邦政府首相のレイニー・ゴールドマンだけだ。
しかも両名とも戦時下での非常事態に対しての権限だったのだが、恐らくウィリアム・ケンブリッジに与えられるのは平時下での権限。
その意味を正確に理解したゴップ官房長官。

「地球連邦政府始まって以来の初めての有色人種の首相にして最大の権力者になるか。ティターンズと軍部の後ろ盾もあるし、市民からの支持ゆえに大財閥の影響力も考えなくてよい。
彼個人も資産家であり選挙資金は自前で用意できる。
それに『ラーフ・システム』や火星地球化計画、木星航路と交易の拡大はどれも巨大な需要を見込める・・・・彼の計画は財界にとっても政界にとっても金の鶏と金の卵と言う訳か」

ゴップの独語。

「そうですな、だからこそ鎖が必要です。望むと望まぬと絶対多数の権力者を暴走させる訳にはいきません。
例えケンブリッジ長官がそれを望まなくとも他の俗物がそれを望むのは目に見えている。
或いは暴走する・・・・末端の暴走を阻止できないのは『水天の涙紛争』のジオン軍を見れば分かります・
それに対抗する為には見える形での敵、政党としての野党が必要です。それも自分の感情だけで巨大権力者に対抗できるある種の理想的な馬鹿に率いられた声だけはデカい弱小野党が」

水を口に含む。
氷のシャーべットが最近できた口内炎に当たって痛かった。
そんな内情などお構いなしにゴップは言う。

「やれやれ、同僚を馬鹿扱いとはね。まあ、パラヤ君の様なタイプは一度敵に回すと最後まで恣意的に動いて敵対するだろう。
そして反ケンブリッジ派閥を形成する。それが君の狙いだったか。非常に扱いやすい、弱くも無視できない野党が出来る訳だ。
民主主義らしいな。いや、これは一年戦争時代のギレン・ザビがジオン公国国民のガス抜きに使った手段と一緒だな・・・・参考にしたのかね?」

頷くジャミトフ・ハイマン国務長官。

「敵を知り己を知れば百戦危うからず、です」

なるほど。

「だから敢えてシロッコ少将と言うケンブリッジ派閥の中でも出世頭の一人、有力者にパラヤ君を軟禁させたわけか。
彼の劣等感を刺激して、その敵意が確実にケンブリッジ君らに向けられるように。
そして、そうであるが故に、君はこの対ネオ・ジオン戦争とでも言うべき戦い、『あ一号作戦』とその後始末が終わった時点での地球連邦議会の解散と総選挙を提案した・・・・というところか」

そう言ってゴップは窓を見る。
既に夜のとばりが下りており、サーチライトの明かりとアッシマーの夜間飛行部隊が上空を警戒している飛行機雲がある。
自分も水を飲みきると、そのまま空いたペットボトルをゴミ箱に入れた。

「後はご想像にお任せしましょう。それでは執務がありますので・・・・・お先にでは失礼します」

一礼するジャミトフ。
右手を挙げて返礼するゴップ。携帯電話を取りだしてSPに連絡する。

「ああ、夜道は危険だ。護衛を付け給え・・・・SP、ジャミトフ・ハイマン大臣がご帰宅する。最後まで気を抜くな」

そう言って彼が帰ったあと考える。

「漸くか・・・・・宇宙世紀元年に入った時、人類存続の為にコロニーをつくった地球連邦。その後は各種遺伝子改良植物プラントで地球環境の人工的な保持と維持を目論んだ。
だが、敵がいない状況下では内部の統制は大きく揺らぐ・・・・その為に地球連邦は非加盟国を敵にしたがそれでも圧倒的な人口差と制空権、制海権、制宙権の三つに最先端科学技術と宇宙鉱物資源の独占が地球連邦を傲慢にしてきた。
その綻びがジオン独立運動に繋がった。あの未曽有の一年戦争と言う第三次世界大戦を引き起こした。
だが、彼が・・・・・ティターンズを提唱したジャミトフ・ハイマンの考える通り、これを、地球連邦と言う有史以来最大級の国家を統制し人類の生存圏を維持発展させるにはある種の強権を持った人物が定期的に必要という論調は理解できる。
特に戦後の世界は戦前に比べて大きく変わったと言える。それは仕方ない」

そこで一息つく。暖炉式の温風が温かかった。北半球は今は冬なのだ。季節の無い宇宙とは違う。
ましてデータには季節がずっと春で固定されているアクシズ要塞やパラオ要塞とは大きく異なるのだ。

「大衆が望む強力な権力を与えられた理想に燃える英雄・・・・・だがそれは劇薬でしかない。それ以上にもそれ以下にもなれない存在だ。
ユリウス・カエサルやオダ・ノブナガ、ナポレオン・ボナパルト、始皇帝らの例を見ても大規模な改革とその指導者への反発は常に伴う。
暗殺と言う形で。或いは改革を放棄した暴君による圧政としての形で。もしくは別の何か。
ならばこそ、危険になれない人物を探し出して指導者に据える。そして、それから地球連邦政府100年の方針を定める。一種の生贄だな。
そんな事が、そんな都合のよいゲームの主人公や勇者の様な人間を見つけ出す事が可能かどうかと疑問に・・・・いや否定的に思ったが。
・・・・・まさかその可能性を持った人物を現実に見つけ出せたとは・・・・・そしてその見つけ出した人間が・・・・・私だったとはな」

ゴップは三本目の葉巻に火をつけて思った。

(あの様な密命を受けた時は正気かと思ったが・・・・・・・だから人生は面白い・・・・・まあ、神の悪戯か、出来過ぎな気もするがね。それでも・・・・幸運だと思う事にしようか。
仮にこれが悪魔の囁きであっても最早、我々には止める術はないのだから)

と。




宇宙世紀0096.02.23

ジオン公国軍全軍に警戒命令から第一戦闘態勢への移行命令が軍総司令部のドズル・ザビ上級大将からでた。
敵であるネオ・ジオン艦隊は全速で絶対国防圏のNフィールドに侵入した事を偵察艦隊が確認。
その後、視認した艦隊は撤退戦を行うも、ティベ級2隻とムサイ級後期生産型4隻構成された二個偵察艦隊は激戦の末に壊滅。
やはりもうゲルググMではネオ・ジオンのドライセン部隊には対抗できないのだ。それを知らしめられた。
そしてジオン公国公王府と軍総司令部は正式に例の迎撃作戦を発動する。

『第二次ブリッティシュ作戦』

そう名付けられた作戦が遂に発令される。
そうした中で、総旗艦であるグワンバン級大型戦艦二番艦『ジーク・ジオン』では。
立体投影機を使ってMS隊総隊長のアナベル・ガトー准将を傍らに、エギーユ・デラーズ大将が士気を鼓舞するべく、全艦隊の乗組員たちの前に自身の姿を虚空に写し出させる。

『全艦隊の将兵に告ぐ。私は艦隊総司令官のエギーユ・デラーズである。これより我が軍はジオン公国の存亡を賭けて国家の威信と忠義心、国民への義務を果たすべくジオンの戦士としての誇りを持って戦いに臨む!!
だが、諸君。ネオ・ジオンを名乗った者どもに臆する事とも手御心を加えることも必要ない!!
何故ならば彼はネオ・ジオンの名前をかたり、国父ジオン・ズム・ダイクンの名を穢す売国奴だからだ!!!
我が同志諸君、ジオンの戦友諸君!! 
顧みよ、何故我がジオン公国が存続しているのかを!! 
顧みよ、一体どうやってジオン独立戦争を戦い抜いたのかを!!
我々は現公王陛下であるギレン・ザビ陛下の指導の下、一致団結して地球連邦と言う巨大にして宿命の敵を正々堂々と打ち破ったのだ!!
だが、私は日々思い続けた!! あのア・バオア・クー攻防戦前夜に敵前逃亡した旧ダイクン派、旧キシリア派を名乗る売国奴の戦力があれば一体どれだけの将兵が死なずに済んだのだろうか、と!!
その敵前逃亡者が、今やネオ・ジオンを名乗った売国奴が!! 
破廉恥にも我々の故郷を武器を持って襲おうとしている!!
それは許されざる行為である!! 
ネオ・ジオンを同胞と思って躊躇する事は必要ない!! そして敢えて言おう!! 最早、我が軍団に同胞だからと言って加減する様な躊躇いの吐息を漏らす者はおらん!!!
今、真の若人の熱き血潮を我が血として、ここに私は改めてネオ・ジオン艦隊に対して宣戦布告と断罪を宣言する!!
我らデラーズ・フリート、第一艦隊、第五艦隊、ジオン親衛隊艦隊は全艦隊を持って敵艦隊を殲滅する!!
そしてこの場にはグレミー殿下とマリーダ殿下が参戦して下さる。これこそ、我がジオンの勝利の輝きである!!
我々は勝利する。ネオ・ジオンを名乗った卑劣なる臆病者にして敵前逃亡者でもある売国奴らには屈しない!! 最後の一兵まで戦い抜く!! 繰り返し心に聞こえる、祖国の名誉の為に、ジーク・ジオン!!!』

『ジーク・ジオン!!!』

『ジーク・ジオン!!!』

『ジーク・ジオン!!!』

『ジーク・ジオン!!!』

『ジーク・ジオン!!!』

『ジーク・ジオン!!!』

艦隊は熱狂に包まれる。ギレン支持者が既に国民の7割に達する現時点のジオン公国では当然の事だった。
その放送を聞いて顔をしかめたダグラス・ローデン准将だがそれでも自らの故郷を守るべく動く。

「ジオン親衛隊艦隊展開。所定の位置に入れ・・・・ん? マリーダ様はどちらだ?」

先ほどまで艦橋にいたマリーダ・クルス・ザビというお荷物の姿が見えない。
そこに副官が嫌な報告を持ってきた。

「准将閣下、マリーダ様はクイン・マンサのあるカタパルトデッキに居ます。通信回線を開きましょうか?」

と。眩暈がした。
あの御転婆お嬢様はまさか戦場に、最前線に行く気ではないのかと思った。
そして嫌な予感こそよく当たる。

「通信回線を繋げ」

そう言って、クイン・マンサのコクピットで最終調整をしているマリーダ・クルス・ザビの姿を見る。
紫を基準とした新型ノーマルスーツを着ているのが気になる。

「殿下はそこで一体・・・・・何を・・・・しているのですか?」

ダグラス・ローデンは頭痛がしてきた。
そして戻ってきた言葉は予想通り。

「出撃準備だ。戦闘訓練も実弾訓練もサイコミュ兵器の稼働訓練もしてきた。負けはしない。生き残る」

止めるべきか?
だが、下手に止めても。

「・・・・・・・・・絶対に最前線には出ないで下さい。
通信士、ジョニー・ライデン大佐とジャコビアス・ノード中佐、ユーグ・ライトニング少佐、フィーリウス・ストリーム少佐、バネッサ・バーミリオン大尉、ガイウス・ゼメラ大尉に繋げ」

通信を繋げたのはジオン親衛隊最強であり、地球連邦軍から与えられた新型機ORX-013『ガンダムMk5』のみで構成された部隊の構成員だ。
機体の塗装は濃紺と黒では無く、ザクⅡF型か、各エースパイロット独自の塗装。
これだけのガンダムMk5がジオン軍に用意したのは単に書類上のミスである。地球連邦軍はガンダムMk4のデータから後継機を開発。
それらを各部隊に配備する大規模な軍拡を考えた。だが、それはロベルタ財務大臣の徹底した横槍で崩壊した。
そこまでは予定調和だった。問題は一部の馬鹿が企業と癒着して先約したガンダムMk5、凡そ20機分の発注済みの機体だ。
大企業が潰れる事は無いが、技術で生きる中小企業にとっては死活問題。とりあえず馬鹿共を逮捕する事で連邦政府は禊ぎを行い、完成した機体はジオン公国に友好関係促進の名目で輸出。
その高性能ぶりを知ったジオン上層部はエース部隊に優先配備するといういつもの通りに行動して、今に至る。
それがジオン親衛隊がガンダムMk5を所有する理由だった。
そして『Z計画』で使い道の無くなった機体をジオン公国に売りつける事で幾分か資金を回収しようとした軍と外務省の失点回復も関係している。
他にはケン・ビーダシュタット中佐、ヴィッシュ・ドナヒュー大佐、アナベル・ガトー准将が乗る。

『地球連邦軍製にしては見事!!』

というのがガトー准将の言である。
また、アナベル・ガトー機、ジョニー・ライデン機、ジャコビアス・ノード機、ヴィッシュ・ドナヒュー機とケン・ビーダシュタット機体は通信システムが大幅に強化されおり、護衛部隊であるユーグ・ライトニング少佐、フィーリウス・ストリーム少佐、バネッサ・バーミリオン大尉、ガイウス・ゼメラ大尉の特別小隊とは違った。
また、他にもザビ親衛隊仕様とでも言うべきゼク・アインらも第三種兵装で待機中である。

「・・・・・マリーダ様も出られるのですな?」

確認。

「そうだ、止めても出る。これは父ギレンの勅命でもある。反論は許さん」

自分はそんなことは一つも聞いてないぞ! 
思わずそう思ったが自分が旧ダイクン派である事とギレン・ザビの性格からあり得そうだ。

「ならば約束してください。死なない、生きて戻る、どれ程恥じる様な事をしても、です。貴女が死ねば他の誰かも責任をとって無駄に死ぬ事になるのですからな」

きつい言い方だがそれくらい言わなければならない。
仮にギレンが何かを考えて、或は娘を殺したと言って粛清を行う可能性があるのだから。
ただ、あの独裁者は冷徹な部分と無常観があるのでそれをするかどうかは微妙な問題であるが。

「・・・・・・・・・・・・・・わかっている」

では。

「殿下の護衛部隊に、彼らに繋ぎます」

一旦、クイン・マンサと連絡を切る。

「私だ・・・・・君ら親衛隊のエリート部隊には酷な任務だが我が身を盾にしてもマリーダ様をお守りしろ、これは命令だ・・・・・・・・・・・・無茶な命令である事は重々承知の上だ・・・・・すまん」

そういって敬礼をする親衛隊隊員らに返礼し、電話を切る。
一方でマリーダは思った。

「あの時のウィリアム小父様相手のお誘いははお遊びだったけど・・・・ジュドーの横にはルー・ルカがいる。
あの女が戦場でジュドーを守るなら私は彼女より戦果を挙げて・・・・それでジュドーの心を射止めて見せる!!」

そう独語するマリーダ。パイロット用ノーマルスーツを最終確認する。サイコミュの最終調整に入る整備員ら。
故にその言葉は誰にも聞かれなかった。

ザビ家と言う独裁者の一族の気まぐれに付き合わせる人々の苦悩。
それは第一艦隊を指揮するウォルター・カーティス中将も同様だった。

「グレミー殿下、作戦行動に入ります。初弾は恐らくドロスが撃ちますが・・・・その後は艦隊戦に突入します・・・・指揮権は自分に預けてもらってよろしいですね?」

確認するカーティス中将。
答えるグレミー・トト・ザビ中将。
そもそも同じ艦隊に同格の中将がいる事自体が厄介なのだが・・・・これも独裁国家の弊害と言えば仕方がない。
少し諦め顔のウォルター・カーティス中将だった。

「任せる。素人の私は口を出さんから、第五艦隊、第一艦隊、マリーダ、デラーズの部隊と連携してネオ・ジオンを名乗った反逆者を叩け・・・・・マナ、お前の為に勝って見せるさ」

と、動きがあった。
敵艦隊が、ネオ・ジオン軍が紡錘陣形を形成して発砲してきた。

「敵艦隊の発砲を確認した!! 観測員、索敵員、敵艦隊との距離は!?」

「凡そ、4000km!!」

一年戦争、ジオン独立戦争以来進化してきた技術が牙を向く。

「味方艦隊も順次発砲!!」

「対ビーム攪乱幕展開、回避運動」

「よし、第五艦隊も反撃する、全艦主砲斉射!! 目標敵艦隊旗艦、レウ・ルーラ級大型戦艦!!」

「MS隊の発艦を確認、こちらの砲撃ラインの上下から侵入を図る模様!!」

「直援機迎撃に入れ・・・・・マリーダ様のクイン・マンサは?」

「護衛と共に今出ます!!」




「重い・・・・苦しい・・・・ええい、弱気になるな・・・・マリーダ・クルス・ザビ、クイン・マンサ、出撃する!!」

バイザーを下す。MS隊が一斉に出撃する。
こうして役者は揃った。

ネオ・ジオンとジオン。道を違えた者達が今まさに戦う。
戦争はさらなる局面に移行する。後にムンゾ戦役と呼ばれる戦いの始まりであった。


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