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No.33650の一覧
[0] ある男のガンダム戦記 八月下旬にこちらの作品を全部削除します[ヘイケバンザイ](2016/07/27 21:00)
[1] ある男のガンダム戦記 第二話「暗殺の余波」[ヘイケバンザイ](2012/07/10 11:59)
[2] ある男のガンダム戦記 第三話『地球の内情』[ヘイケバンザイ](2012/07/15 19:52)
[3] ある男のガンダム戦記 第四話『ジオンの決断』[ヘイケバンザイ](2012/07/14 10:24)
[5] ある男のガンダム戦記 第五話『開戦への序曲』[ヘイケバンザイ](2013/05/11 22:06)
[6] ある男のガンダム戦記 第六話「狼狽する虚像」[ヘイケバンザイ](2013/04/24 13:34)
[8] ある男のガンダム戦記 第七話「諸君、歴史を作れ」[ヘイケバンザイ](2012/08/02 01:59)
[9] ある男のガンダム戦記 第八話『謀多きこと、かくの如し』[ヘイケバンザイ](2012/08/02 09:55)
[10] ある男のガンダム戦記 第九話『舞台裏の喜劇』[ヘイケバンザイ](2012/08/04 12:21)
[11] ある男のガンダム戦記 第十話『伝説との邂逅』[ヘイケバンザイ](2012/08/06 09:58)
[12] ある男のガンダム戦記 第十一話『しばしの休息と準備』[ヘイケバンザイ](2012/08/07 15:41)
[13] ある男のガンダム戦機 第十二話『眠れる獅子の咆哮』[ヘイケバンザイ](2012/08/09 20:31)
[14] ある男のガンダム戦記 第十三話『暗い情熱の篝火』[ヘイケバンザイ](2012/08/14 13:28)
[15] ある男のガンダム戦記 第十四話『終戦へと続く航路』[ヘイケバンザイ](2012/08/18 10:41)
[17] ある男のガンダム戦記 第十五話『それぞれの決戦の地へ』[ヘイケバンザイ](2012/08/25 16:04)
[18] ある男のガンダム戦記 第十六話『一つの舞曲の終わり』 第一章最終話[ヘイケバンザイ](2013/04/24 22:22)
[19] ある男のガンダム戦記 第十七話『星屑の狭間で』 第二章開始[ヘイケバンザイ](2013/04/24 16:55)
[21] ある男のガンダム戦記 第十八話『狂った愛情、親と子と』[ヘイケバンザイ](2012/11/17 22:22)
[22] ある男のガンダム戦記 第十九話『主演俳優の裏事情』[ヘイケバンザイ](2013/01/02 22:40)
[23] ある男のガンダム戦記 第二十話『旅路と決断を背負う時』[ヘイケバンザイ](2013/04/06 18:29)
[24] ある男のガンダム戦記 第二十一話『水の一滴はやがて大河にならん』 第二章最終話[ヘイケバンザイ](2013/04/24 16:55)
[25] ある男のガンダム戦記 第二十二話『平穏と言われた日々』 第三章開始[ヘイケバンザイ](2013/04/25 16:39)
[26] ある男のガンダム戦記 第二十三話『終焉と言う名を持つ王手への一手』[ヘイケバンザイ](2013/04/30 22:39)
[27] ある男のガンダム戦記 第二十四話『過去を見る者、未来を目指す者、現在を生きる者』[ヘイケバンザイ](2013/05/06 16:20)
[28] ある男のガンダム戦記 第二十五話『手札は配られ、配役は揃う』[ヘイケバンザイ](2013/05/12 16:29)
[29] ある男のガンダム戦記 第二十六話『流血を伴う一手』[ヘイケバンザイ](2013/05/22 10:42)
[30] ある男のガンダム戦記 第二十七話『戦争と言う階段の踊り場にて』[ヘイケバンザイ](2013/05/22 20:23)
[31] ある男のガンダム戦記 第二十八話『姫君らの成長、ジオンの国章を懸けて』[ヘイケバンザイ](2013/05/26 13:31)
[32] ある男のガンダム戦記 第二十九話『冷酷なる神の無慈悲なる一撃』[ヘイケバンザイ](2013/06/02 15:59)
[33] ある男のガンダム戦記 第三十話『叛逆者達の宴、裏切りか忠誠か』[ヘイケバンザイ](2013/06/09 23:53)
[35] ある男のガンダム戦記 第三十一話『明けぬ夜は無くも、闇夜は全てを覆う』[ヘイケバンザイ](2015/07/10 19:15)
[36] ある男のガンダム戦記 最終話 『ある男のガンダム戦記』[ヘイケバンザイ](2013/12/23 18:19)
[37] ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像01 』[ヘイケバンザイ](2014/02/12 19:18)
[38] ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像02 』[ヘイケバンザイ](2014/02/12 19:16)
[39] ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像03 』[ヘイケバンザイ](2015/06/29 13:54)
[40] ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像04 』[ヘイケバンザイ](2015/07/11 10:54)
[41] ある男のガンダム戦記 外伝 『 英雄と共に生きた群雄たちの肖像05 』[ヘイケバンザイ](2015/07/13 13:52)
[42] ある女のガンダム奮闘記、ならび、この作品ついてご報告いたします[ヘイケバンザイ](2016/07/27 21:00)
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[33650] ある男のガンダム戦記 第十一話『しばしの休息と準備』
Name: ヘイケバンザイ◆7f1086f7 ID:7b44a57a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/08/07 15:41
ある男のガンダム戦記11

<しばしの休息と準備>




パプテマス・シロッコ中佐はまだ20代前半と言うのに連邦どころか全人類にとって重要な外惑星開拓船団(木星船団)の副船団長を務めている。しかも中佐だ。
妻だって中佐に昇進したのは30代後半だったのだが、それを遥かに上回る記録の保持者。
何と言うか、その言い難いが異様な雰囲気を持つ男と言うのが私の第一印象だ。勿論、本人にそんな事を伝えるほど私は礼儀知らずじゃないし馬鹿でもない。
そう言えば先程からアメリカ産のビーフステーキを頼んでいるが、使っているのは極東州の味付けソースだ。全然違和感が無い。うん。美味い。

「やはり地球産は美味ですか?」

私は話を食事の話題、地球の環境にシフトする。
地球連邦、いや、地球圏というよりも、木星圏で生まれ育った彼から見ればこのジオンと連邦の戦争は無益に見えるだろう。
木星にまで進出し、木星の資源にまで手を出した筈の人類がいまだに地球圏内部で大いなる世界大戦、事実上の第三次世界大戦を継戦している。
木星まで行った人類が、地球圏と言う名前のゆりかごの中で争う。彼にはどう見えるだろうか?

「地球産、というだけで他のコロニーや木星産の商品に勝ると言うのは幻影だと思いますな。
地球産は確かに素晴らしい。しかしながら、木星の厳しい環境に適応した食事風景や各サイドが独自に放牧するものなどは決して地球に劣らぬものも多いと私は考えます。
そう考えますと、政務次官のお言葉には一種のアンチテーゼを提供する事になりますかな?」

妻がワインを一口飲む。
子供らは楽しそうに窓から放牧された馬や牛などを見ている。

『牛だ』

『ちがうよお兄ちゃん、あれはヤギだ』

『いや馬だってば』

自然をモチーフにしたこのキャルフォルニア基地最大の人工公園が8階建てレストラン展望席に座る自分たちの眼下に広がっていた。
さながら王侯貴族になった様な感触を与える。いや、実際に王侯貴族なのだろう。私は私の我が儘で妻を前線から遠ざけた。妻は長い間軍人として生きてきた。
その誇りを傷つけたのだ。言ってみれば自分の都合で人生を否定した様なものだ。自分勝手だとは思う。それは分かっていた。だけど子供たちと楽しそうにかまっている妻を見てあの時の自分の判断が間違っていたとも思えない。

これでジャブローの面々を批判する権利は無い。寧ろ私は卑怯者で臆病者だ。やはりこんな地位にいて良い人物では無いだろう)

そう自己分析している。
するとステーキを切り分けていたシロッコ中佐が発言した。

「そう言えば奥方はペガサス級の艦長であるとか?
羨ましいですな。新造艦を任される、それだけ信頼されている証拠でしょう」

シロッコ中佐が妻であるリム・ケンブリッジ中佐を褒める。まあ、半分は世辞だろう。そしてその言葉が今は痛い。私の心を抉る。

『貴女の奥さんを私情で前線から外しましたね? それは徴兵逃れをする有力議員の息子や娘と何が違いますか?
他の戦友は今も尚ジオンとの最前線で戦っていると言うのに、自分の妻だけはそこから逃がすのですか? 自分の権限と権力を利用して?』

一瞬だが、そう聞こえた。それが幻聴なのは分かる。疲れているのだ、きっと。

「そう言ってもらえるとありがたい事です。ですが、現在は教官職にあり後輩らの育成に取り組むことになりました。
心苦しいですが前線にはしばらくの間出る事は無いと思います」

妻が説明する。その言葉に一番反応したのは案の定というべきかシロッコ中佐だった。
馬を乗る為に私服に着替えていた5人だが、シロッコ中佐のウィリアム・ケンブリッジを見る目が変わった。
羨望と敬意から、侮蔑の表情へと。それに反応するケンブリッジ夫妻。

「これは失礼。もう一度お聞きしますが・・・・・誰がペガサス級一番艦ペガサスの指揮権を持つのですか?
政務次官殿、お尋ねしたいのですが奥方は前線から外されたのですか? それとも外したのですか?」

シロッコの問いは的確であり、逃げ道はない。自分が自らの逃げ道を塞いでいるのだ。引く事など、出来はしない。
そう考えれば身から出たさびだ。自分は自分を慕ってくれた多くの将兵や戦友を見限って自分と自分の妻の安全だけを手に入れようとした。

「シロッコ中佐、君の想像通りだ。私は碌でもない最低のクズ野郎だよ」

その言葉が個室に響く。
個室には人数分のステーキランチセットと赤ワイン、リンゴジュースが丸テーブルに置いてあった。
香ばしい良い匂いがテラスになっている個室に満ちている。それが地球圏の食糧事情、特に先進諸国で構成された州の特権である。

「いきなり何を言い出すのですか、政務次官殿?」

そうだ。
彼から見ればこんなに早く自分の非を認める高級官僚など見た事が無いだろう。普通はあーだこーだ言って言質を取らせない。
そして。

(これがウィリアム・ケンブリッジ政務次官。
なるほど、噂以上に変わっているな。自分は安全なところで論理武装して部下や兵士を前線に送り込むのが一般的な地球連邦の高級官僚だ。
それがこの御仁は違う。私が今まで見てきた愚劣なるオールドタイプとは違うと言うのか?)

シロッコの考えを余所に、私は独白を、或いは懺悔を続ける。
それは自分の我が儘で傷つけた妻と、その妻の代わりに死ぬであろう人々への哀悼の意もあった。

「中佐。言いたい事があるのでしょう? お前は妻を助ける為に連邦上層部と取引した唾棄すべき卑怯者だ、と。
そう言いたいのではないのですか?」

地球連邦内部の高官同士で裏取引があった事は、地球圏情勢に最も詳しい木星船団船の団員として知っていた。
それが例のザビ家とMSに関すると言う事も。第9次地球周回軌道会戦と言う戦闘の結果であり、ザビ家の末子を捕獲したという大戦果もある。
だから『偶然を装って』その人物に会いに来たのだ。一体どんな人物なのか確かめたくて。

(冷静沈着、戦闘では口を出さず専門家に全て一任する。市民を守る為ならならば単身独裁者の真っただ中にも行く勇気ある行政官。
更には市民を見捨てて逃げ出す連中に対して手を出すほどの激情家でもありながら、小市民生活を求める男。英雄としての地位を嫌う無欲な人物。)

全くもって意味が分からない。ただ、前半部分と兵士たちからの評判を聞けば答えは単純になる。それは物語の主人公、『英雄』という人間。
前線で戦い、守るべきものを命がけで守り、良き父親、良き夫であり、恐怖を抑えて戦場に残って連邦政府高官としての義務を果たす。

(これが地球連邦の英雄でなければ何が英雄だと言うのか? ジャブローのモグラどもか? 冗談にしては悪質すぎるな)

その男が言った。俺は英雄じゃない、卑怯者だと。臆病者だと。断罪してほしいと。自らの非を直ぐに認めたのだ。一切の言い訳なく。

(なるほど・・・・・面白い、面白いぞ。ウィリアム・ケンブリッジ政務次官!!)

内心の悦びを表にせず、彼は、シロッコは普通に驚いたと言う演技と共に食事を進める。
無論、用意されたカルフォルニア産白ワインで口を濯ぎながら。

「これは驚きました。ケンブリッジ政務次官は、内務省政務次官と言うご自身の立場と言うのを不当に低く見積もっているようですな」

先ずは挑発。これに乗って来るかどうかで、相手の本音が分かる。
挑発されてムキになり同じ事に固執したり、必死で論破しようとしたり、或いは動揺を隠せないような展開になるなら相手にするだけ無駄だ。

(さてどうでるか?)

再び口にワインを持って行くシロッコ。楽しい。実に楽しい食事会だ。態々ここまで来た甲斐がこれだけでもあると言うモノだ。
そこで妻の方のケンブリッジ中佐が答えた。

「夫は卑怯者です。それは断言できますし、私が保証しましょう」

妻は実に清々しく先の軍法会議での司法取引を語った。これがばれれば二人ともタダでは済まないだろうに。
それでも彼女は一点の曇りもなく、自らの行為に一切の躊躇もなく己の行動を語る。夫の行動を擁護する。ただただ信じているのだろうか? 
自らの半身の行動を。実にすばらしい女性だ。権力欲で動く俗物ばかりの男どもとは格が違う。やはり人類の未来は女性が担うべきだ。そしてそれをサポートするのが私の役目。

「夫は軍人としては最低でしょう。何故なら私事で部下を軍務から引き離したのですから。本来なら軍法会議です。
ですが中佐。ここが重要ですが、私の夫は軍人ではありません。彼は文官であり、文民統制を行うべき地球連邦政府の政府官僚なのです。
文官が決めた事に軍は従うと言う大原則を守るのであれば、夫の行為の理由はともかく、是非は問題にならないと思いますが?」

ワイングラスを置く。シロッコがサイコロ状に切り分けられたステーキを頬張る。
話は続いた。

「夫は確かに過ちを犯しました。それはそうです。しかし、功なくして犯した指揮権の乱用ではありません。
ルウム戦役後半の戦い、ルウム撤退戦での完勝と4機のザクの鹵獲に亡命政権らの保護。第9次地球周回軌道会戦での完勝に加えたガルマ・ザビの捕縛。
確かに運が良かったのは否めません。いえ、運が良すぎたでしょう。それでも運も実力の内と言う諺があります。
私たちはその運を味方に引き入れて戦いに勝った。そしてその結果がスパイ容疑での拘禁。しかも連邦政府の失態を糊塗する為の生け贄扱い」

夫が私の前に肉の刺さったフォークを持ってきた。
思わず何をするのよ、と言いかけたがだ、直ぐに気が付いた。これ以上は言えない。言ってはならない。そういう事だ。夫であるウィリアムが引き継ぐ。

「と、まあ、妻が言うからかなり脚色されているのだろうけど、私はこうして生き残った。
そして本当に生き残ってしまった以上、やれる事はやりたい。
私は流されて出世した。誰もが誤解しているが、私自身、気が付いたら政務次官だ。もうこれ以上『上』は殆ど無い。だから今度は流されない。
シロッコ中佐、私は決めたのだよ。這い蹲ってやる。石に噛り付いてやる。泥水啜ってやる。そして絶対に私は私の家族を守る」

そして改めて言い直す。強い意志をこめて。

「私は英雄なんかごめんだ。新しい時代の幕開けとか、歴史の主人公、教科書に載る英雄の地位なんてもの一切合財興味はないんだ。これは本当だ。
私はね、私の家族が、そして生まれてくれれば非常にうれしい私の孫が平和に暮らせる世界を欲しているだけだ。それ以外は要らない。くれてやると言われても拒否させてもらおう。
その為ならば、多少の事はやってみようと言う気になった。卑怯な事もね。だから中佐、精々気を付けるよ。これ以上妙な方向に勘違いされない様に、ね」

煙にまかれたな。
シロッコはそう思った。本来なら彼の本心を暴きたかったのだが臆病者だと言いながら最後には戦うと言い切るその姿勢。
嫌いでは無い。そしてもっと見て見たい。純粋にここまで表裏もない人物も初めてだ。
連邦政府の俗物どもはこの男を第一級の危険人物、年齢に似合わない老練な政治家、有能すぎる官僚として警戒しているが、私事パプテマス・シロッコにはそれ以上に小市民としての彼の姿が眩しい。

(何故誰も気が付かないのだ? この男の真価は政治家候補の政治力でも官僚としての手腕でも、ルウム戦役後半の撤退戦で見せた用兵学でもない。
いつの間にか人を惹きつけ、その者の歩んできた道を変えてしまう引力とでも言うべき心の強さだ。連邦の俗物はそれが分かって無い)

彼の懸念はどうなるのか?
ニュータイプ(天才)による少数による大多数の統治を目指すシロッコは興味がわく。

(自分はこの男から何を奪い、何を獲れるのだろうか?)

多くの男が、或いは女性が、勘違いするウィリアム・ケンブリッジという人間に、シロッコは持論をぶつけて見たくなった。

「ところでケンブリッジ政務次官、ケンブリッジ中佐、ニュータイプという言葉をご存知ですか?」

ジオン・ズム・ダイクンが提唱した新しい人類、第6感(らしきもの)が発達した人間、見えないものを見える人、分かり合える存在、など色々な解釈がある。この解釈は百花繚乱だ。
と、夫妻はその解釈を口に出して上げてみる。確かにあっているだろう。だが、漠然としたものでしかない。
シロッコも流石にここまでは、ニュータイプには来てないのかと思った。そして安堵した。

(!? 私が安堵しただと!?)

そう、彼は安堵した。俗人であり俗物とみなしていたアースノイドの夫妻が先ほどまで自分を凌駕していた事実に気が付いて酷く驚いた。
そして脅威を感じた。
この二人から感じるのはオールドタイプの気配だがプレッシャーはニュータイプ候補生のサラ・ザビアロフなどとは比較にならない程強い。

(この二人は、いや、この男の方はやはり危険だ。
天才たる私に危機感や安堵感をもたらせるなど。それはこの男の思考や人格が私と同じと言う事を物語っている)

またもや厄介な人間に、厄介な評価を付けられたウィリアム・ケンブリッジ。
彼の本音は家族と幸せに暮らす事だけなのだが、誰も気が付かない。虚像が虚像を生み出し、誇張が誇張を呼び込んでいる状況なのだ。

「ではシロッコ中佐はニュータイプの時代が来ると?」

長い長い論議。子供らは暇なのか母親と一緒に映画館コーナーにいって極東州のアニメを観に行ってしまった。
何故か自分だけ残って食事が片付けられたテーブルで木星船団のNo2と話し合う。
内容は、ニュータイプとは何か、ニュータイプによる新しい統治体制が来るであろうか否か、そう言う話だ。

「と、こんな感じですかな。木星圏ではこういうニュータイプ論調が多い。スペースノイドも地球から巣立った事でニュータイプになれる。
この様な考え方に対して政務次官はどうお考えですか?
我々人類はニュータイプになり、やがてオールドタイプという存在は無くなるというのが一部のニュータイプ至上主義者の考えですが、そのような時代は来ると思いですか?」

一旦、私は最後のカルフォルニア赤ワインを飲み干す。
そしてシロッコ中佐が、この妄言に近い事を本気で言っているのか、それとも冗談で言っているのか判断し、冗談と捉えた。
少なくとも、目の前のパプテマス・シロッコという男は冗談、話の種の一つとして持ち込んだと言う事にしてもらおう。

(私の心の平穏の為にも)

クーラーの効いた涼しい部屋。見るともう17時だ。そろそろ区切りをつけて帰らなければ。
両親も心配しているだろうし、シロッコ中佐も軍務がある筈だ。私も明日は仕事なのだからな。

「ニュータイプが仮に存在したとして、それがオールドタイプを駆逐すると言う発想が既にニュータイプ思想では無く単なる選民思想ですね。
そもそも曖昧な定義の果てに生まれるニュータイプ程、悲しい存在は無いのではないでしょうか?
ニュータイプの為に戦うニュータイプ。では、そのニュータイプとはなんなのか? 
宇宙に住む者、つまりスペースノイドの事でしょうか? アースノイドやルナリアンは含まれないのでしょうか?
或いはスペースノイドから更に限定された者の事ですか? もしくはテレパシーなり何かを感じられる超能力者?
そのいずれにせよ、絶対多数なのはオールドタイプ、このオールドタイプにはアースノイドもスペースノイドもルナリアンも入るのでしょ?
それならばニュータイプによるオールドタイプ支配と言う考え方は余計に悲劇しか生まないと私は思います」

無言だったシロッコが口を開いた。
双方ともに料理もワインも片付けられて、もう水しかない。それを口に持って行くケンブリッジ。シロッコは腕を組んで聞いている。

「悲劇とは?」

私、ウィリアム・ケンブリッジはこの人物(シロッコ中佐)の今の心底不思議そうな発言を聞いて彼への印象に一つ加える事が出来た。言い方は悪いが。
歴史を知らない馬鹿だった、と。或いは理想主義しか見れない夢想家であるとも。

「オールドタイプと言う大多数による少数民族の圧迫、弾圧、民族浄化。歴史上何度も何度も繰り返されてきた虐殺と言う惨劇の繰り返しになる。そしてそれに抵抗するニュータイプ。
少なくとも、オールドタイプとニュータイプの人口比が6対4程度まで来ない限りニュータイプの統治が行われる事は無いでしょう。
特にニュータイプの定義が曖昧であればあるほど、ニュータイプ内部でも分裂してしまう。それはそれはとても悲劇だ。或いは悲劇を通り越して喜劇扱いされるかもしれません」

椅子から立つ。
もう時間だ。帰らねば。妻と子らがいる場所に。

「中佐、私は今の話をしていて改めて思いました。ニュータイプ思想は新たなる差別と弾圧を生むだけの道具になるのではないか、と。
・・・・・・・・・・・・・・・もちろん、そんな時代が来ない事を私は願っています」




宇宙世紀0080.04.05、地球連邦軍は遂に特別選抜州であるイスラエル領の半分を喪失した。
特別中立都市であるイェルサレム(他にはヴァチカン、メッカ、メディナなどがある)を放棄。ここにアラビア州はサウジアラビアまで戦線を後退させ、実質の中近東全体の支配権も失う。
中近東全域で行われた大規模反攻作戦、「明けの明星」作戦はジオン軍のドム・トローペンを中心としたノイエン・ビッター少将指揮下の第2軍により粉砕された。
中近東に展開していた28万名の陸上兵力中、22万名を戦死或いは捕虜とされる大損害を負う。ここに戦争の長期化は決した。

その最中、一人の青年士官が中立都市にして最大級のスパイ合戦が繰り返されている都市テル・アヴィヴで一杯のウィスキーを飲んでいた。
アイリッシュ・ウィスキーの苦みとコクのある味が口元に広がる。
夏服を着た、市街地戦迷彩式。サングラス、懐の拳銃ホルダーにはガバメントと呼ばれたアメリカ合衆国の拳銃。明らかに堅気では無い。

「お隣、よろしい?」

そこに一人の妙齢の女が腰かける。
バーカウンターに白ワインを一杯頼む。ついでに傍らの明らかに軍人としか見えない青年にも何か食べ物をと頼む。

「どうぞ、ミス」

男はそのままテレビを見続ける。サッカーの試合はやはり本場の地球圏が凄い。パスワークで一気にイタリアの選手が切り込む。
と、そのTV画面が突如歪んだ。ざーという昔ながらの音と共に画像が強制的に遮断される。
最近よくある電波障害なのか、と周りの客やジャズを演奏していたバンドの面々が達観しているとジオン軍の軍旗が画面一面に映し出された。
次に登場したのは多数の儀仗兵を後ろに従えた、この戦争の当事国の主であった。

『地球連邦市民の諸君、私はギレン・ザビ総帥である。私はここに重大な発表を行わければならない。
地球連邦政府の諸君も承知の通り、我がジオン公国の戦争目的は独立達成と言う正義の戦いである。
しかしながら、先のアラビア半島攻防戦や地球降下作戦、第1次、第2次地中海海戦での敗北にも関わらず連邦政府は未だ交渉のテーブルにつこうとしない。驚きと共に怒りを覚える行為である!
これは連邦政府が本来守るべき民を守らず、自らは安全なジャブローに籠もって市民を扇動している証拠であろう。
さて連邦市民の諸君、ここに我がジオン公国は改めて重大な発表をしよう。
真のジオン公国国民はこの戦争の長期化を憂いており、連邦市民諸君と同様に早期終戦、独立達成を望んでいるのだ!!
更に我がジオンは南極条約に基づいた捕虜、各占領地域の治安維持を行っている。これは地球連邦に対して我がジオンの誠意を知って貰う為である。
にも関わらず!! 頑迷なる現地球連邦政府は戦争の継続を選択した。これは愚劣なる地球連邦のその愚劣さそのものだ!!
私、ギレン・ザビは地球に住む全ての市民に問い質したい。ここに至って打倒されるのは本来誰であるのか、と!
地球の南米にある連邦軍本部ジャブローと言う安全な場所に居る腐った現連邦政権上層部こそ我らジオンと連邦の共通の敵なのだ!!
地球連邦の市民諸君、いまこそ立てよ市民。ジオンは諸君らの・・・・』

と、そこで演説が強制的に終了され、テロップが流れる。

『善良なる地球連邦市民は独裁者の戯言に耳を傾けてはいけません。最後の戦いまで我々は団結します、そして共に肩を組んでこの戦争に勝利しましょう。
その為には全ての連邦市民がこの戦争に協力する必要があります。ジオンのスパイを見つけた場合は最寄りの連邦軍までご連絡を』

連邦政府も躍起になって火消しをしているが間に合ってないな。
そういうささやきが聞こえる。もともとこの地域の州構成国であるイスラエル政府とパレスチナ自治政府は歴史的な大対立がある。自治政府の中にはジオンの地球侵攻作戦を歓迎する動きや風潮もあるのだ。
これで長引いたユダヤ支配から父母の大地を取り戻せると言うパレスチナ過激派と今こそ祖国防衛の為に裏切り者を潰すべきというユダヤ過激派の双方がぶつかり合い、ジオンでさえこの地の内陸部には纏まった戦力を展開してない。泥沼化を恐れている。

(これもギレン・ザビの狙い通りか。
宇宙世紀30年代に没落していくアメリカ合衆国を見限り、地球連邦政府に直接影響力を持つようになったイスラエルを分断する事で継戦派と終戦派を生み出す。全く大した戦略家だ)

この中近東の『約束の地』は数十年ぶりに大乱へと突入していた。
各地でテロが相次ぐ。それは反地球連邦であり、反ジオン公国であり、反ユダヤであり、反アラブであり、反パレスチナ、反ムスリムと実に様々だ。
そんな中の、紅いスーツ姿の女。この暑い中一人でバーに入ってきた風に装うが、青年士官は気が付いていた。
何人もの護衛役が一緒にバーに入って来た事を。

(つまりは自分が雇った護衛は始末したか。なるほど、手の込んだ事だ)

その女は自分に貸しを作りたいのか、いろいろと注文してくれるらしい。危険な感じがするが良い匂いの女だ。男なら抱きたい女の候補になるだろう。

「ねぇ大尉。貴方がこんな場所で飲んでいるのは御身の為、かしら?」

そう言ってきた。猫のような甘い声で、突然の発言だが何が言いたいのかも分かる。
だが、分かったが分かったと馬鹿正直に言って良いものでは無い。まして相手の正体が分からない以上は。

「仰る意味が良く分かりませんね、ミス。
それに私と貴女は今日初めてお会いしたはずですが。それをここまで良くされるとは誘われていると思ってよろしいかな?」

そう言ってサングラスを外して右手を隣の女性の肩に置く。
女性は更に背をもたらせる。女性特有の良い匂い、シャンプーの匂いが鼻につく。どうやらハニートラップを仕掛けてきた様だ。

「誘ってはいませんよ、シャア・アズナブル大尉」

そう言ってその女性は離れる。
その一瞬の瞬間に自分の懐にメモリーディスクと名刺をケースごと入れた。何事も無かったかのように一度距離を取る二人。

「そのままお聞きを・・・・・ダグラス・ローデン准将とアンリ・シュレッサー准将、それにマハラジャ・カーン中将が大尉の擁護に回ります。
しかる時機が到来した後にしかる地位に大尉を戻します。もちろん、階級もそれに合ったものになるでしょう」

そう言いつつ、彼女は紅のスーツの胸元のボタンを外す。傍から見たら商売の為に男性を誘っているようにしか見えない。
これが謹慎中では無かったら自分も疑わずにこの女性の誘いに乗っただろう。
だが、ドズル中将から干され、サスロ・ザビとギレン・ザビの監視下にある地球攻撃軍に編入された時からこの手の危険性は避けるべきだった。
それに今はララァがいる。下手に女性に手を出して彼女を裏切る気にもなれない。ニュータイプ同士という以前に一人の女性と一人の男性として。

(ララァは私の母となる女性だ。それを裏切る事は出来ないな)

と、紅のスーツを着た白人の女がグラス片手にまたもやしな垂れる。
肩と肩が接触し、むき出しの腕からスーツ越しの女の体温が伝わってくる。全く手慣れた女だと大尉と呼ばれた男は思った。
アイリッシュ・ウィスキーを一杯口に含む。

「ふふ、大人の女はお嫌いですか・・・・・キャスバル様?」

辛うじて聞き取れる声。
甘い囁きの裏にあったのは毒。
古代から言うではないか、綺麗なバラには棘がある、と。そして棘に刺された姫君は永い眠りにつく、と。童話でもあったろう。

「!?」

驚きを堪えた。この時の自制心の強さは自分でも驚嘆に値する。この時に無駄な事を言って他の連中に正体を悟られる訳にはいかないのだから。

「ダグラス准将とアンリ准将、それに月面都市群総督のマハラジャ提督の支援があるのと無いのとでは大尉の目的の達成方法にも大きな差が出ると思われます。
先程渡した先に是非ご連絡を。全身全霊をかけてお相手しますわ、赤い彗星」

にやりと笑う彼女の胸元に、下着と女性特有の豊満な合間に5000テラ札を入れる。

「楽しませてくれたお礼です、ミス・・・・」

そう言えば名前を聞いてなかった。それを思い出したシャアは彼女に敢えて名前を聞く。儀式の様なものだ。
お互いがお互いを知っていると言う儀式。それに利用される気はない。黙って神輿になる気もない。自分は自分だ。
ザビ家に復讐するのは自分の権利であり義務だ。誰にも譲らない。誰にも、だ。
その為には何でも利用しよう。その後の事など知った事ではないが、な。

「ジェーン・コンティと言います、若旦那様」

そう言って優雅に彼女は椅子から降りる。
金髪の長い髪を靡かせて紅のスーツを着た女性は砂塵舞う街の奥に消えて行った。




宇宙世紀0080.04.06。南半球が夏から秋へと変わる季節。
地球連邦政府がある南米のジャブロー。大規模な軍の空輸計画が立案、開始された。
北米のフロリダ、カナダを経由し、統一ヨーロッパ州アイルランドのベルファスト基地に120万の大軍とそれを支える物資数1000万トンを数か月かけて空輸するというのだ。
更にジャブロー守備の南米・中米の合同艦隊である第12海上艦隊と直轄領と特別選抜州出身者で構成された第15海上艦隊も護衛に出す。
目的地はニューヤーク海上港。ここに連邦海軍二個艦隊と北米州の第1海上艦隊(空母機動艦隊)を中心とした部隊を派遣する。
この報告をレビル将軍は自分の執務室、ではなく、地球連邦安全保障会議の会議室でエルラン中将、ゴップ大将、ブレックス・フォーラ准将とキングダム首相ら内閣の面々と共に聞いた。

「レビル将軍、貴官を、ルウム敗戦の責任を免責してまで連邦軍最高司令官に就任させたのは勝つためだ」

これで何度目だろう。
ヨハン・イブラヒム・レビルはうんざりした。
地球に帰って来たと思ったら労いの言葉でもなく第一が本当に勝てるのか?
だった。確かにルウム戦役ではジオンに大敗したがいきなり勝ってるのか、勝てるのか、は無いだろうに。

(軍人に聞く言葉では無いでしょうな。全く)

そう思ったが、彼ら後が無い連邦政府の力が無いと自分もまたジオンに復仇戦を挑む事が出来ない。だからエルランを通じて連邦内部を説得したのだ。

『ジオンに兵なし』

『今こそ反撃の時、地球が無傷である限り連邦政府も連邦軍も負ける事は無い』

その説得は功をそうした。自分でも予想以上の成果を上げた。精々連邦軍の一司令官かと思っていたら連邦軍総司令官に就任したのだから。
地球連邦政府、というよりキングダム内閣府は連邦成立史上初めての戦争の敗北者と言う汚名を甘受できないが為にジオンとの徹底抗戦を主張してくれた。
他にもいろいろ理由があるのだろうが、それで十分だ。今のところは。
私自身にとっても。ルウム戦役で敗北したと言う自らの恥辱を雪ぐ好機をくれた、ジオン公国の愚か者であるデギン・ソド・ザビに感謝している。とてもとても感謝している。本当だ。

「それなのにルウムでの負けを取り戻すどころか、ヨーロッパの過半を、我々の大地をジオンを名乗るスペースノイド共に奪われたわ!!
今残っているのはフランス北部、ベルギー、オランダ、リヒテンシュタイン、イギリス、アイルランドのみよ。どうしてくれるの!?」

この中で唯一女性である首席補佐官の一人がヒステックに叫ぶ。野次を飛ばすだけなら誰でも出来るのだがそれが分かっているのやら。
あの時、MSを経済面から脅威と断じたウィリアム・ケンブリッジ君の様な優秀さを求めるのは酷だろうか? だが、彼女は当時の彼と同じ役職であろうに。
エルラン中将がその責任は後で論じるべきだ、と言っているが焼け石に水か。それに彼女のいう事は別の意味で正しい。

「そもそも地中海経済圏と大西洋経済圏の二つが崩壊した今、戦争の長期化は北米州を中心とした太平洋経済圏の連中を利するのみ。
何としてもヨーロッパ全域とオデッサ資源地域の早期奪還を行わなければなりません。それが分かっているのですか!?」

机まで叩くとは。カルシウム不足だな。良くない傾向だ。
後で首相にそれとなく彼女を遠ざける様に頼むか。私好みでは無いしな。

「しかし首席補佐官殿、我が連邦軍の現有戦力でオデッサ奪還は不可能です。あと二か月は待ってもらわないと。
ジオンの新型MSドムの改良型やグフ、ザクなどもおります。陸戦型ジムや陸戦型ガンダム、陸戦用ジム、通常型ジムらの生産、配備、移送がひと段落する8月、いえ、7月中旬まではお待ちください」

エルランが実に良識的な事を言ってくれる。
一度行われ、海上で捕捉撃滅された大陸反攻作戦の頓挫はこちらにとっても失態だった。
本来であればもっと時間をかけて行うべき作戦を、かつてのナチス・ドイツ並みの電撃戦で欧州全土を席巻するジオン公国軍の地球攻撃軍の動きに連邦政府と一部の軍部が焦った。

(戦場で焦るとは命取りになるのだがな。全く、無能共が。度し難いな)

本来であれば十分な艦隊の護衛を付ける筈が、第13海上艦隊しか護衛につけられず、艦隊と共に大西洋に沈められた。タイタニック作戦とジオンが揶揄した輸送作戦であった。
この喪失劇から第一次大戦以来の海上護衛の重要さを再認識するという、殆ど戦訓らしい戦訓を得る事も無く敗北しただけの戦。
もっともレビル将軍個人としてはこの時点では関与してなかったので問題は無かったのだが。問題があったのは強引な軍事への介入を行ったキングダム首相だった。

「しかし!」

またもや首席補佐官の女性がヒステリックに叫ぶ。叫んだところでジオンが軍縮してくれる筈もないし、叫んで勝てるならルウム戦役は叫べる人数の差から我が軍の大勝利に終わっただったろう。
地球連邦安全保障会議に出てくる面々は変わらない。
首相と内務大臣、二人の首席補佐官、ゴップ大将、エルラン中将、私、そして最近副官の様な立場として動いてくれるブレックス准将。
総勢8名。他にもたくさん居たのだが各州の横やりや責任問題の追及で失脚している。よくもまあこれだけ内部抗争していてジオンに勝てると思っているものよな。

「まあまあ、みなさん落ちついて下さい」

青いまま黙っている首相や何事かを考えている能面の内務大臣、息を整える女性首席補佐官とうんざり気味の首席補佐官。
ブレックス君が取りなす。どうやら落ち着いた様だ。まったく、これだから最近の若い者は。まあ、ケンブリッジ君の様な例外も存在するが。

「とにかく、連邦軍としては宇宙世紀0080.08.07下旬に反攻作戦を行う予定です。それまではブリュッセルを中心とした地域を保持しつつ、各ヨーロッパ地区へ高高度無差別空爆に、オデッサ鉱山・工業地域の奪還を前提にヨーロッパ方面軍を動かします。
地中海方面、中近東はオデッサの後、という事でお願いします。また北米州にも空輸、海路護衛を任せておきます。戦略機動は彼らの得意分野ですからな」




宇宙世紀0080.06.03.地球降下から約二か月。ホワイトベースは度重なるジオン公国軍の追撃を尽く撃退し、単艦では考えられない戦果を挙げた。
アムロ・レイの乗るガンダム(NT-1アレックス)を中心に、スレッガー小隊やセイラ・マス曹長の乗るRX-78-2らはジオンの勢力圏を横断。100を超す敵軍を撃破した。
その戦果たるや確たるものである。

「ようやく味方の勢力圏内か」

ホワイトベースはシャア・アズナブルの攻撃でルーマニア北部地域に降下した。正確には降下させられたと言い換えて良い。
地球連邦の新造艦とはいえ、敵地のど真ん中に降下させられた時、艦長代行のブライト・ノア中尉は血の気を失い、自室で吐いた。その絶望さ故に。
が、マ・クベ中将はこの時期を地中海戦線の安定化と中近東全域の支配権確立、非連邦加盟国(枢軸国)との補給線確保、各構成国の分断、ロシア極東軍の寸断の為に戦力を費やした為、組織だった追撃はさほどではなかった。
それでもランバ・ラルが乗った新型機、恐らくグフの発展型である『イフリート』と呼ばれる機体を使った『青き巨星』の追撃、ドム三機で構成された『黒い三連星』との遭遇戦、撤退中の『闇夜のフェンリル隊』との遭遇戦など多くの苦難に出会った。
それでも漸くここまで、オランダ領内にまで来た。すでにフライマンタ戦闘爆撃機36機が護衛についてくれている。

「艦長。先行する第203航空隊より連絡がありました。
貴官らの勇戦に敬意を表する。なお、アルステルダム基地到着後は我らの秘蔵を奢る、です」

オペレーター席で見習士官用の赤い制服を着たセイラ・マス曹長が答える。今は緊急事態では無いので彼女が通信を担当している。
彼女自身もRX-78-2ガンダムのパイロットとしてホワイトベースを守ってくれた。ランバ・ラル戦と言う非常事態にはザクを1機撃破している。それが彼女の初陣。性能差に助けられたがそれでも凄いものだ。

(ホワイトベースが全て避難民と徴用兵士だけで連邦勢力圏に行けと言われた時は死んだと思ったが・・・・なんだろうな、この奇跡的な人員は。
それに急成長するアムロ、スレッガー小隊を構成するスレッガー少尉らも良くやってくれた。パイロットの犠牲なしとはそれが凄い戦果だ)

他にもカイやハヤトら民間出身のエースパイロット(実際はドップやマゼラ・アタックばかりだが)、ルウム戦役を戦い生き残ったスレッガー小隊らも連邦広報部の格好の宣伝の的である。
どうやら、あの『黒い三連星』と『青き巨星』を撃破、戦死させた事が大々的に連邦軍全体に知れ渡っているらしい。

(これはひょっとしなくても英雄として迎えられるのか?)

ブライト・ノア大尉(数々の功績により戦時昇進済み)は高鳴る鼓動を抑えきれなった。
実際、連邦軍が援軍らしい援軍を送った時点でアムロ・レイの撃墜スコアは50を超えており、ガンダムアレックスの活躍と共にジオン軍全体に知れ渡っていた。

『連邦の白い悪魔』、ここにあり、と。

そうだからこそ、連邦軍もなけなしの援軍をホワイトベース救援部隊として送った。
あの時は嬉しかった。自分たちは見捨てられていた訳では無い、そう感じた。そう信じられた。
戦車80台、戦闘爆撃機48機、制空戦闘機36機、戦闘ヘリ24機になけなしのビッグ・トレーまで。
まさにヨーロッパ方面軍全軍で迎え入れた。
しかもこの時、ジオン軍の一部であり精鋭部隊の闇夜のフェンリル隊がそのビッグ・トレーを強襲し、多数の護衛部隊が壊滅。
ビッグ・トレー自らも壊滅寸前に追い詰められたが、ホワイトベースと、ガンダムをはじめとしたホワイトベースの艦載機はそれをほぼ独力で撃退している。
この時のジオン軍はグフ・カスタムと呼ばれるグフの改良型やドムの改良型、ザクS型で全てが固められていた。にもかかわらず、MSで一日の長がある筈のジオン軍に対してホワイトベース隊は自軍艦載機を一機も失う事無く撃退したのだ。
これで地球連邦ヨーロッパ方面軍の心象と心証は大きく高まった。

『ホワイトベースとガンダム(白い悪魔)こそ救世主である』。

と。
ただブライト大尉が思った通り、この時点で(サイド7から成り行きで)ガンダムNT-1アレックスに乗っただけの、学徒兵でさえなかったアムロ・レイ少尉(戦時昇進)の成長は異常である。
精神的なモノは、何故だかわからないが敵である筈のランバ・ラルが鍛えたようだ。それにスレッガー小隊と模擬戦闘も繰り返した。が、それでもこの技量の向上は妙だ。正直言って恐ろしいものさえ感じる。

(まさか例のニュータイプとでも言うのだろうか? そう言えばアムロもセイラも妙な事を言っていた。見えない筈の敵のパイロットの意思や次の動きが分かる、と。
ならばこれは一度検査をしてみてはどうかと二人に提案して見ようか? 
流石に軍の医療訓練でもニュータイプの判別なんて無かったからな。何かの精神異常であれば早めに除隊を検討させた方が二人の為だ)

と、急に青いものが見えてきた。

「ブライト、どうやら大西洋よ」

そう思っているといつの間にか海が見える。ミライ・ヤシマ准尉が操舵席から伝えてくれる。艦橋からは先導するフライマンタ隊と大西洋が見えた。
ここでフライマンタ戦闘爆撃隊が一斉に編隊を二つに分裂させ、ターンをして交差する。恐らく歓迎してくれているのだ。

「ああ、ミライ。ようやくたどり着いた」

こうして彼の役目は一先ずにしろだが、終わった。




4月上旬。地球連邦軍がザビ家の末子、ガルマ・ザビを捕虜にしたという報告は両軍の暗黙の合意により徹底して規制をかけられた。
これが知れれば両軍ともに意図しない戦線の拡大を引き起こすからだ。
そして連邦軍への懲罰部隊(ガルマ・ザビ奪還部隊)として送り込んだランバ・ラル隊、黒い三連星、闇夜のフェンリル隊が相次いで敗死、戦死、敗退した事を受け、ジオン軍はガルマ・ザビ奪還作戦を中止した。
この吉報に、連邦軍上層部や連邦政府、特に北米州は色めき立つ。特別の外交カードが向こうから転がり込んだのだから。
これは大きい。そしてその功績があった連邦軍の第14独立艦隊の将兵全員が昇進する事になった。
もっとも口止め料でもある。事実、捕縛したパイロットは脱走を図り銃殺され死んだと公的には伝えられた。
という理由から、彼らの昇進の理由はジオン軍の新型MS、MS-14Sゲルググ指揮官機を捕縛したという点であると説明される。

「おめでとう、カムナ君」

「おめでとうございます、カムナ大尉」

「おめでとうでやす、兄貴」

大尉に昇進したカムナ・タチバナは小隊の同僚からの祝杯を受けた。勿論その前に彼らを祝う事を忘れない。
昇進の功績は全員が平等だとしたが、なかでも直接自分の手でゲルググを回収したカムナ・タチバナ大尉は地球連邦栄誉勲章までもらっていた。
もちろん、これが口止め料であり、極東州の方面軍司令官として辣腕を揮う親父の影響である事も分かっているがそれでも彼らにとっては誇りに思える事だ。

「ああ、何というか奇跡的と言えば良いのか分からないが・・・・・ありがとう」

これは本音。
軍服姿で集まったカムナ・タチバナ大尉の個室で開かれるささやかなパーティ。これと同じ事がレイヤー大尉やヒィーリ大尉らの個室でも行われている筈だ。
取り敢えず今はこの勝利を祝おう。全員があのルウム撤退戦から生き残り、その後の第9次地球周回軌道会戦でも生き残った。
他の独立艦隊や偵察艦隊の損耗率が50%から酷い時は100%という最悪の数値をマークし続ける中での全員生還、だ。この奇跡に今は感謝しようではないか。

「レイヤー大尉らとも後で合流するんでしょ?」

同期生としての口調に戻ったシャーリー・ラムゼイ中尉が聞いてくる。噂によるとファング2のレオン中尉が好みだそうだ。
まあ、詳しくは聞けないので聞かない事にしているのだが。
嘘を言う必要もないので、ビールの缶を一本あけながら頷く。摘みの枝豆の塩分が効いていて美味い。

「そうだ。小耳にはさんだんですが、兄貴の親父さんもキャルフォルニア基地に来るとか?」

そっちは初耳だ。あの極東州方面軍司令官に就任した親父が故郷の日本を離れて態々北米に来る? 何故? またぞろ嫌味を言いに来るのか? 指揮官の義務を自覚しろとわざわざ言いに来るのだろうか?

『カムナ。お前は自分の立場を自覚しろ。兵士には兵士の、指揮官には指揮官の務めがあるのだ。
良いか、お前は私の言う通りに歩めば良いのだ。それを忘れるな。これ以上勝手な事をして私の手を煩わせるな』

父親の声が木霊する。

その父親だが、実は既にキャルフォルニア基地に到着していた。
そのまま中将の権限を利用して宇宙港に停泊中のペガサスに入る。タチバナ中将の連れには珍しい人物がいた。
ペガサス艦長のリム・ケンブリッジに、その夫、地球連邦内務省政務次官のウィリアム・ケンブリッジだ。
もっとも彼も無期限休職中の様なもので暇つぶしという面があるのだが。
ペガサスの中は最低限の将兵しかいない、
その中を、中将と大佐の階級を持つ軍服の人間に黒い高級スーツと薄い青色のシャツ、茶色の革靴を履き、連邦政府高官のバッチとカフリンクスを付けた男。
案内役を頼まれた将兵は内心ガチガチであった。そのまま司令官室まで彼ら3人を連れてくる。

「失礼します!」

掛け声とともにドアを開ける。
中にはつい先日に大佐から准将に昇進した将官がいた。名前はエイパー・シナプス。
負け続きの連邦宇宙軍の中で唯一と言って良い程、勝ち星を挙げている司令官だ。
4月上旬の第9次地球周回軌道会戦やその前に発生したサイド7防衛戦でも赤い彗星を退けている。

「ケンブリッジ艦長、ケンブリッジ政務次官、タチバナ極東州方面軍司令官をお連れしました。入室許可をお願いします!」

いつも以上にしゃちほこばった従卒を笑いながら下がらせるシナプス准将。
何度も言うが彼らの挙げた功績、『ガルマ・ザビ』ルウム方面軍大佐の捕縛は北米州にとって最良のカードだった。
これがガルマ・ザビの戦死だと、ギレン氏の事だ。逆にジオン軍全体の士気高揚につながり、仇討ちとしてザビ家の戦意を高めるだけだっただろう。
だが、北米で生きているとなると話は別だ。
今は軍の特別官舎に軟禁中だが、生きている限り、父親デギン・ソド・ザビが彼を公的に見捨てない限り、か、彼は外交カードの一枚として存在し続ける。
しかも公的に見捨てればそれはそれで連邦政府にとって新たな手をうつ好機となる。

『実の息子さえ見捨てる薄情な家系。兵士も確実に見捨てられるだろう』

とでも言えばよい。宣伝戦で勝利する良い題材になる。
もっとも、今日集まったのはその為では無い。もっと身内の事を話す為だ。

「久しぶりですな、中将」

シナプス准将が敬礼する。それに笑いながらタチバナ中将も答える。

「なに、あまり礼式に則りすぎたものも考えものだ。少し気楽にいこう」

そうして全員が司令官室用の来客用ソファーに座る。
一人かけ使用のソファーにはタチバナ中将が。その右側の三人使用のソファーにはシナプス准将が。その向こうにはケンブリッジ夫妻が。

「ではシナプス、貴様の昇進を祝って乾杯と行こうか」

タチバナ中将が私物の鞄から、これまた私物の日本酒を2本出す。
シナプス准将も四つのグラスと共に冷蔵庫から氷をだした。それを見てタチバナ中将が日本酒をグラスに注ぐ。透明な液が重力にひかれる。

「やれやれ。タチバナ、貴様が海軍を選び、42年の第5次台湾海峡事変で功績を立てて出世してからこうして飲む機会はめっきり減ったな。
偶には同期会に参加しろ。仕事を優先するのは良いが、優先しすぎるのはお前の悪い癖だぞ。
同期の連中もいつまでも生きてはいない。ルウムやオデッサ、ヨーロッパで戦死した連中も多いしな」

実はこの二人、シナプスとタチバナは同期生である。
海軍を選んだタチバナと宇宙軍を選んだシナプスだがフィーリングが合うのか昔は良く一緒にいた。所謂、昔でいう所の「俺、貴様」の仲である。

「ああ・・・・・失ってみて初めてその重みを実感したよ。シナプスも知っているだろう。あのカニンガムが死んだのだ。
他にも一杯死んだ。俺が地球で宇宙を見上げているその瞬間に」

日本酒特有の匂いがする。少ししんみりとした雰囲気になったが、それを慌ててタチバナ中将が消し飛ばす。

「いかんな。ああ、ケンブリッジ君。君たちも飲みたまえ。生きている人間にはそれくらいしか出来ないのだから。
今日は大いに騒ごうではないか。嫌とは言わさんぞ?」

そう言って飲ませる。これが日本でもかなり高価な冷酒であるのは先ほど聞いた。
全員が夕食を食べ終えた後とはいえ、これでは物足りないと思ったウィリアムがPXで購入してきた多数のジャンクフードやチーズなどを紙皿に取り分ける。

「おや、気が利きますな。流石は未来の首相ですかな?」

シナプス准将が面白半分にからかい、妻がそれに悪乗りする。
そんな雑談の中。

「なあ・・・・・シナプス・・・・・あの子は役に立ったか?」

日本酒の2本目も空にして、シナプス准将が秘蔵のウィスキーと自分たちが持ってきたベルギービールを飲みながらタチバナ中将が問う。

(ああ、そうか。これが聞きたくて態々4人で飲み会をするなんて言い出したのか)

ウィリアムはビールに口をつけながら思った。
彼、ニシナ・タチバナもまた父親なのだ。自分もあの戦場で一番に思った事は長女のマナと長男のジンにもう会えなくなるという恐怖だった。
そう考えると辛かっただろうな。タチバナ中将は軍人家系の出身だ。だからこそ愚痴を、恐怖を言う相手がいなかったのだろう。
答えたのはリムだった。

「ご子息のカムナ・タチバナ大尉は良いパイロットであり、良い指揮官です。それは艦長の私が保証します」

その言葉を聞きたかっただろう。傍目にも安堵の溜め息をしたのが分かった。少し酒臭いがそれは全員だろうから構わない。

「そうか。あいつはまだ指揮官としての義務と兵士としての義務を理解してない。だから困っていたのだが。
少しはこれで成長してくれるとありがたいものだ。私もいつまでも現役で、いや、生きてはいられない。それを子供に知れと言うのは酷なのは分かるが知ってほしいものだよ」

正直言ってカムナらが後方の教官職勤務になった事はホッとしている。あの子らは前線に出る必要が無くなったのだ。
それはタチバナ中将らしくない言葉だった。

「親は死ぬのだ。その時までに子供に何を教えられるのかな? 私は何としてもあの子にタチバナの家訓と軍人の本質を教えたい。
あの子がいつか結婚し、子供を持ち、父親になった時。決して恥じる事の無い立派な軍人になっていて欲しい。
もしもカムナが軍人以外の別の道を選んだのならそれを応援しよう。それも分かっている。だが、軍人としての道を選ぶのならば私の言う事を忘れないで欲しいものだ」




次の日。宇宙世紀0080.04.09.
私、ウィリアム・ケンブリッジは高速機『スカイ・ワン』の機上の人になった。
思えば、(何故か知らないが)、この機体を預けられたのが全ての元凶の気がする。現地の時間帯は既に午後になるかならないかの時間だ。
ご飯のサンドウィッチを食べ、コーヒーを飲む。実に健康的だ。あの思い出したくもないルナツーの独房生活から一変してこの生活。
次は冗談抜きに最前線に送られそうだよ。でなければアル・カポネの様に刑務所に行くのか? 政府との裏取引以来、自分は碌な想像が出来ない。

「閣下はこれから北米州大統領のブライアン氏にお会いします。その際の服装はいつものアルマーニのスーツで結構ですが連邦政府役人を示すカフリンクスだけは付けてください」

ミス.レイチェル少佐が私に頼む。
今回は新型ガンダムである『アレックス』とプロトタイプガンダム双方の性能を間近で見た自分の意見が知りたいと言う名目だ。
しかし私はその名目を信用しない。そんな事は寸断され気味とはいえ一枚の情報メモリーディスクを郵送すれば事足りる。
それをしないと言う事はもっと面倒な事なのだろう。家族を、ジンとマナの二人を妻に預けて良かったと思えるほどには。

「お子さんの事をお考えですか?」

支給された緑茶に手を付けつつ、ミス.レイチェルが尋ねてきた。どうやら本当に良く顔に出る性格らしい。直さないとまたぞろ厄介ごとを押し付けられそうだ。
今回も顔に出たのだろうか? それとも別の要因があったのか? 知りたい様な知りたくないような。

「・・・・・・そうだね。二人とも大きくなった。特にお兄ちゃんである事を自覚したのかジンはとても賢く成長したよ。
嬉しいような、寂しいような複雑な気分だ。あんなに一緒だったのに・・・・・気が付けばもうこんなに違う。男親とはこんな心境なのかな?」

答えなど求めない独白。今年で40代後半になる彼と29歳の才女では人生経験が全く異なるのだ。応対するのが無理だろう。
そう思っていると機長からアナウンスが入る。まもなく当機は着陸します。シートベルトを着用してください、と。

「さて、鬼が出るか蛇が出るか。
宇宙世紀以前から続くこの政治の魔都ワシントンで俺は一体何をさせられるのかな・・・・ハッキリ言ってどうせ碌なモノじゃないし、言うまでもなく無理難題なんだろうけど」

幸い、このボヤキは誰にも聞かれる事は無く『スカイ・ワン』はワシントン国際空港の特別機専用ポートに着陸した。
飛行時間は凡そ4時間半であった。流石、宇宙空間での使用に耐えるだけの事はあるなと私は場違いにも感心した。

「こちらです」

ミス.レイチェルが私を案内する。
私の荷物も彼女の荷物もアタッシュケースとボストンバッグ一つずつだけなので(他は政府の官給品が宿舎に置いてある)非常に身軽だ。
タクシーは日本産の電動自動車。この点(自動車産業)で、祖国アメリカは完全に後れを取った。もう挽回は不可能だろう。彼ら極東州とは50年程差があると言われているし。
つまりだ、20世紀末の大燃費、大型車路線は失敗したのだ。
今、アメリカが何とか世界一位の地位にあるのは空を支配して、宇宙にも支配権を伸ばしたからに過ぎない。いや、宇宙開発が一番の影響を持っていたが。
地上の鉄道網、船舶、車は極東州の三カ国が首位を奪っている。あの三カ国経済特区とでも呼ぶ地域は尋常では無い程の経済力を持って祖国アメリカに追い付いた。
追い付いてないのは軍事力だけであるとも言われている。逆に言えば軍事力を北米州や地球連邦軍に依存したからこそ現在の地位を得たのだった。

「政務次官は目的地到着までこちらの書類に目を通してください」

そう思っていると現在の新聞や報道から大まかな情勢を分析した紙が手渡される。それ程厚くもないが簡単に読み終える程薄くもない。
まあまあといった程度の紙である。良く見たらタクシーの運転手の隣にダグザ少佐が乗り込んでいた。
黒いスーツの上下に白いシャツ、紺のネクタイに無線機付きのサングラスだった為気が付かなかった。

「あれ、ダグザ大尉、いや少佐?」

彼が振り返る。

「はは、時間のお蔭で昇進できました。
それにしてもお久しぶりですな、政務次官。キャルフォルニア基地での休暇はどうでしたか?」

久しぶりに会った彼は少し角が取れていた。とても親しみやすくなっていたのでちょっと話し込んでしまう。
ふと後ろを見ると二台の軍用ジープが付かず離れずの距離を保ちながら私たちを追ってくる。きっと護衛だろう。
そう聞くとその通りです、とダグザ少佐から返事が来た。また談笑する。

「・・・・・お読みになりましたか、政務次官」

おほん。ミス.レイチェルがわざと咳をして注意を逸らす。私は慌てて書類を読み込む。
だが、読んでいて嫌になってきた。それは我が連邦政府が如何に無計画な戦争計画を立ててこの戦いに臨んだかを物語っているのだから。
これは情報部が編集したとはいえ、民間向けの情報から導き出された書類の筈。それがこうも酷いとは思いもしなかった。
ならば現実はもっと酷いのだろう。私が相手にするのはそう言った最悪の状況のようだ。そう気を引き締めて白い館を中心とした特別な地区へ私は向かった。

(私達、地球連邦は勝てる筈の戦争を内部抗争や派閥争いで失いつつあるのか。死んでいった将兵、市民全員への冒涜だ)

そして日付が変わり0080年4月10日。
私はしっかりと自前のアルマーニスーツを着て白い館に午前9時30分ちょうどに大統領執務室の控室に到着した。
警備の兵士がボディーチェックをする。私はずっと前から支給されていた連邦軍の軍用拳銃を警備に渡して部屋に行く。
控室に入って20分ほど。私の前に驚くべき人物が座った。

「ブレックス准将!?」

「久しぶりだね、ウィリアム君」

人の良さそうな准将はにっこりと笑いながら私の空になったコップにコーヒーを注ぐ。
ホットコーヒーの熱い湯気が部屋と心に沁みる。
と、控室と廊下を結ぶ分厚いドアが開いた。

「なんだ・・・・・ウィリアムもブレックスももう来ていたのか」

そこから入ってきたのはジャミトフ先輩だった。二人の有力な准将の唐突な登場に思わず立ち上がり頭を下げる。

「ウィリアム君、頭を上げてくれ」

「ウィリアム、何をしているのだ? お前が頭を下げる必要がどこにある?」

そう言われて漸く頭を上げた。そして次の瞬間、二人が頭を下げた。

「!?」

驚いて声も出ない。
ぐらりと視線が揺らぎ、後ろ向きに倒れて控室のソファーに倒れ込む。

「あ、あの、一体どうしたのですか? 何故お二人が頭を下げるのですか?」

時間にして僅か5秒ほど。三人しか室内に居なかったのでこの光景を他に見た者は誰もいない。しかし、それでも驚愕だった。
この二人に謝られる様なことなどあっただろうか? いったい俺は何をしたのだろうか?
そう思っているとブレックス准将が徐に切り出した。君を政府の馬鹿共から助けるのが遅れた、申し訳なかった。すまない、と。
それで理解した。あの事か。ルナツーでの尋問と暴力といじめからの解放に骨を折ってくれたのは目の前の二人だったのか。不覚だ。気が付かなかった。

「こ、困ります。あれは連邦政府の決定でありまして・・・・そ、それを軍人である貴方方が覆しては文民統制の原則に触れますから。
むしろ私の方が助けて頂いたことに礼を述べるべきなのです。
本当にありがとうございました。そしてお手数をおかけして申し訳ありませんでした。」

しどろもどろに弁護する自分の姿を見て何とか笑みを浮かべるブレックス准将。ジャミトフ先輩は逆に眼光鋭くした。

(あれ? また何か地雷を踏んだかな?)

ジャミトフはこの期に及んでなお文民統制の原則を守ろうとするウィリアム・ケンブリッジに潔さと同時に危うさを感じる。

(ウィリアム・・・・・仮に彼の正義が両立出来ない場合、彼は何を選ぶのだろうか?)

自分が懇意にしている他の議員は大なり小なり自分の野心を優先させてきた。その結果がスペースノイドの言う地球連邦政府と連邦議員との癒着問題なのだが。それは一先ず置いておこう。
しかし、このウィリアムは別だ。彼は官僚としての出世さえ望んでいなかった。望んだのはたった一人の女。妻であるリム・ケンブリッジを手に入れる事だけ。

(ある意味で映画の様な、騎士道を具現化した、生まれて来る時代と場所を間違えた男がこのウィリアム・ケンブリッジなのだろう
我ながら厄介でかわいい後輩を持ったものだ。見捨てる気にならないのはそれ故か、この愚直さの為なのかな?)

ジャミトフ・ハイマン准将はそう思った。だからまだ彼を彼らの計画に加える訳にはいかない。自主的に彼が加わる日を待つ。

(ウィリアムが計画に加わるのはあくまで彼個人の判断。それを尊重しなければな。
何、北米州の州総代表でもあるブライアン大統領は彼を買っている上、州軍や連邦政府内部、連邦軍内部にも彼の心情的なシンパは多い。
このままならウィリアムが望むと望まずと関係なく、彼は我々と共同歩調を取るだろう。同じ理想を掲げる者として。同志として。
家族を守る、その為に現地球連邦政権と裏取引をしたのだ。既に禁断の果実を食べた人間に抑制は最早不可能だからな)

ジャミトフはひとまず、所用があると言って軍帽を被り直して部屋をでる。その際に銀のアタッシュケースも持ち出す。
軍内部の機密情報が入っているのだ。私はこの後に知らされるが、ジャミトフ先輩が持ち出したのはRX-78NT-1の戦闘データ。
後に、ジオンのエース部隊、ランバ・ラル隊を敗滅させ黒い三連星を戦死に追いやり、ヨーロッパ方面軍に蛇蝎の如く嫌われていた闇夜のフェンリル隊を壊滅寸前に追い込むホワイトベース隊のサイド7と地球周回軌道上での戦闘データだった。
どういった経緯か分からないが北米州はその極秘データを手に入れたのだ。独自のルートを使って。連邦が完全に内部分裂をしている証左である。
これを元に、北米州の無傷の工業地帯を利用して陸戦型ガンダムの量産体制を確立するのがジャミトフ先輩の今の仕事。
もっとも、その機体の大半は北米州軍に編入されるので、実際のヨーロッパ反攻作戦(私は既に取引された生け贄なのでかなり詳細を知らされていた。きっとまた犠牲のヒツジにする気だな、くそったれ!)には通常のジム部隊やジムの改良型が動員される。

「ところでウィリアム君」

ブレックス准将が話しかけてきた。
彼の服装はもう春になると言うのにコートを着ている。髭も豊かだ。自分が完全に髭をそり、髪も短髪にしているのとは大違いだな。自分の格好はローマ人の顔をイメージしてもらうと分かりやすい。
そう思っている。そう言えば黒人とアジア系のハーフの影響なのか、自分はどちらかと言うと彼らとは違いアジア系の肌に黒人の体格をしている。
オリンピックにでも出られそうだとは学生時代によく言われたものだ。実際陸上マラソンではかなりの好成績を出していた。まあ、一番好きなのは読書なんだけどね。

「何でしょうか?」

と聞き直しつつも、コーヒーをポットから出してブレックス准将の前に置く。
自分は砂糖とミルクをたっぷり入れる超甘党なのだが、あの体験入隊以来止めている。次にやったら確実に飲んだもの全て吐いて死ぬだろうからだ。
それは嫌だ。かっこ悪すぎる。いくら臆病者で軟弱者で、家族を安全な場所に送る為に蠢動した卑怯者でも最低限の矜持はある。と、思いたい。

「いや、君はかつてジオン・ズム・ダイクンが唱えたニュータイプについてどう思っているのかと思ってな。
現在の戦争はアースノイド対スペースノイドではなく、ジオン公国対地球連邦だ。しかもこれに第三国として非連邦加盟国が加わる。
そう考えればこの戦争は単なる利権争いだ。独立と言う利権とコロニー全体の支配権と言う利権を争う二つの陣営。
その中には、特にザビ家のギレン・ザビはニュータイプ理論について単なる方便としか考えて無い様だ。だが、それは違うと私は思う」

ああもう。またその話か。
これは教条主義的で厄介なんだよな。と言うかスペースノイドの開明派のブレックス准将でさえニュータイプ主義の虜になっていたとは。
予想外だ。普通、ニュータイプ主義はもっと若い、あのシロッコ中佐の様な人物が唱えるものだろうに。それともこれも何かの試験だろうか? あ、逆にブレックス准将程の人物だからこそ虜になったのか?

「ニュータイプ、ですか?」

頷くブレックス。どうやらあの時の事を言い直さなければならないらしい。
だから私は呼び出しが来るまで持論を展開した。ニュータイプが仮に発生したとしてもそれは少数にとどまり、弾圧や差別の対象になる。
ニュータイプ国家の建国はジオン公国以上に認められないだろう。
今のパレスチナやクルド人問題、バスク地方に中華地方の少数民族弾圧問題などの根深さを連邦政府が忘れる筈がない。
仮に少数民族であるニュータイプの国家建設を認めたら他の地域の少数民族(スペインのバスク人などもそうだが)の独立問題に発展する。
それはジオンと言うある種の隔離された5億人という大人口を誇るコロニー国家の独立問題以上にデリケートな問題だ。
この問題を蒸し返す気概のある連邦政府が登場するとは思えない、そう言って私は話を締めくくる。

「以上の点から、私は、ニュータイプとは概念的な問題として捉えても、決して表に、政治問題として出して良いとは思えません。
ニュータイプに囚われてしまえば大局を誤るでしょう。それは政治家として避けなければならないと・・・・」

と、ドアがノックされた。まるで聞かれていたように一人の女性が入ってくる。
彼女は自分の名前をアリス・ミラーと名乗った。
彼女は連邦軍の大尉である。表向きは。だが、私は知っている。この女性が別のアルバイト、いや本業を持つ事を。

「どうぞ、ブライアン大統領閣下がお待ちです」

そう言って私は大統領執務室に案内された。




ジオン公国はガルマ・ザビ捕縛の報告に揺れた。
宇宙世紀0080.04の最大のニュースであり、もっとも秘蔵されたニュースである。
この情報規制の為、アングラ放送のメンバーの何人かが永遠にこの世からサヨナラした程、ザビ家は徹底した情報管制を行った。
因みに最初の報告は最も単純で疑いないものだった。

『ガルマ・ザビ大佐、第9次地球周回軌道会戦にて戦死』

である。
この報告を聞いた時、父親デギンは、使者の眼前で公王としての立場を忘れただ茫然と杖を落とし、椅子に倒れ込んだ。
それはたまたまその場に居合わせたギレンの目にも見えた。
ギレンはいつかこうなるのではないかと思っていたのである程度の対応が出来たのだが、父親は根拠の無い楽観論に支配されていたのか、ガルマの死を受け入れられなかった。

「・・・・・・ガルマ・・・・・・そんな」

彼は、デギン公王はそうとだけ呟いた。
それから1週間後。ウィリアム・ケンブリッジから詳細を知ったブライアン大統領は極秘にサイド6リーアのアリス・ミラー大尉に連絡する。
ジオン公国のザビ家と接触する様に命令した。
その日から更に10日後。

因みにランバ・ラル隊がザンジバル級とMS-08TXイフリートとグフB型4機、ザクⅡJ型4機を用意して地球に降り立った日がその5日前。

ドズル・ザビの半ば私情の命令で行われたホワイトベース討伐作戦が失敗した日から更に15日後。
ウォルター・カーティス大佐(ルウム方面軍司令官、ガルマ・ザビの後任)、シーマ・ガラハウ中佐を経由してかの報告がサイド3のギレンの下にもたらされた。

『ガルマ・ザビ生存』

その報告に感極まったのがドズルであった。ドズルがガルマを溺愛しているのはザビ家の中では常識以前の事。
そうであるからこそ、ギレンもまたこの報告をザビ家内部では一番先にドズルへとした。余談だが、ドズルは全軍の総司令官としてサイド3で指揮を取っている。
ちなみに司令官の内訳はこの通りになる。

ソロモン要塞司令官、ユーリ・ハスラー少将。
ア・バオア・クー司令官、トワニング准将。
グラナダ基地司令官並び月面総督、マハラジャ・カーン中将。
ルウム方面軍司令官、ウォルター・カーティス大佐。
ジオン本国守備軍司令官、ノルド・ランゲル少将。

第一艦隊(本国軍) ドズル・ザビ中将直卒。
第二艦隊(ア・バオア・クー方面軍) ノルド・ランゲル少将。
第三艦隊(本国軍) コンスコン少将。
第四艦隊(ルウム方面軍) ウォルター・カーティス大佐。
第五艦隊(ソロモン方面軍) ユーリ・ハスラー少将。
第六艦隊(月面方面艦隊) ヘルベルト・フォン・カスペン大佐
ジオン親衛隊艦隊(本国軍・戦略予備) エギーユ・デラーズ少将
ジオン軍総参謀長 ラコック少将(ドズルの強い要請により二階級特進)




「兄貴!! ガルマが生きているとは本当か!?」

この報告を聞いたドズルは執務を放り投げてここまで来た。
全く、本来の義務と業務はどうしたのだと言いたいが取り敢えず黙っていよう。厄介な事になるだろうからな。

「ああ。私の持つ連邦との極秘ルートから直接送られてきた。見ろ、これがその写真だ。
セシリアに調べさせたが偽造写真の可能性は無い。本物だ」

そう言って数枚の写真をドズルに見せる。
それを見て人目をはばからず泣き出すドズル。泣き崩れる弟に、別の弟が声をかける。
サスロだ。こちらもガルマ生存は喜んでいる。だが、サスロも政治家だ。それ故に現状を理解して単純に喜んではいない。
ガルマが居るのは北米のキャルフォルニア基地だ。
ジャブローに移送しないのは予想通り北米州(アメリカ合衆国)と南米(地球連邦政府現政権)の内部対立が激化している証拠だろう。
だからウィリアム・ケンブリッジが手に入れた最高級の外交カードを独自に切って来たのだ。ジャブローに内緒で。

(いや、あえてジャブローには知らせてあるかもしれない。尤も宇宙艦隊再建の為に余力が無く、本来の政治基盤である統一ヨーロッパ州の過半を失った現政権が北米州の切り捨てに走る事もない。
と言う事は・・・・・やはりガルマ生存は事実。そしてそのガルマがある限りこちらに譲歩を強いるつもりか)

サスロが何事かを言ってドズルを慰める。
ドズルも忸怩たる思いがあったのだろう。シャア・アズナブルを大尉に降格させて地球に左遷するだけでは感情を抑えるのに無理があった。
そうであるが故にジオン軍の特別な部隊や独立部隊であるランバ・ラル隊やフェンリル隊をぶつけたのだ。

「ところでドズルよ」

ギレンが弟に問う。ギレンにも言いたい事があるのだ。それはドズルが独断で行った木馬追撃命令。
これはギレンも預かり知らぬ事だ。まあ、独裁者の激務を考えればそう言う事もあるだろうが。それでもこの報告は看過できない。

「なんだ兄貴?」

口元が引きつっている。言いたい事が一体何かの想像はついたらしい。
サスロも同感なのか、ギレンが何か言う前に後を引き継いだ。
この点は国内統治で阿吽の呼吸をする兄弟だけの事はある。

「この報告の詳細・・・・言い訳を聞きたい。
ダイクン派のランバ・ラルを木馬にぶつけて連邦軍に粛清させたのはお前らしくない手腕だったがまあ良い。上出来だ。これで厄介なダイクン派を一人消した。
その際にイフリート1機、グフB型3機、ザクⅡJ型3機を失ったのも仕方がない。ザンジバル級だけでもマ・クベ中将が回収したのは僥倖だろう。
特にこの連邦の白い悪魔。パイロットの成長が異常だと言うのも肯ける。だが・・・・・この後の報告は何だ?
ドム3機に黒い三連星が戦死、フェンリル隊のグフ・カスタム4機に、ドム・トローペン2機、ドワッジ1機、ザクⅡS型2機を大破或いは中破させられる。
ふむ、フェンリルは良くも死者が出なかったモノだ。指揮官が優秀だったのと、両軍ともに撤退戦の最中だったからなのか?
更に地球侵攻軍のドップが30機ほど、ドダイが15機ほど、マゼラ・アタックが34台、ザクⅠが6機、ザクⅡC型が7機、グフA型5機、ザクⅡJ型12機!?
ドズル!! 何だこの損害は!! これが立った一隻の艦が我が軍に与えた損害なのか!?」

ジオン国内の生産を管轄し、地球との補給線を維持しなければならないサスロやギレンにとってもこれは異常な損害だ。
この戦闘結果で連邦軍はガンダムとホワイトベースを最精鋭部隊と位置付けている。ジオン軍前線部隊も同数での戦闘は避けている。
更に『連邦の白い悪魔』とまで呼ばれるガンダム。

「流石の俺でも始末に負えんぞ! 前線からの補給要請で我が国の兵站は壊滅寸前だ!!」

そう言ってサスロは吐き捨てる。

「サ、サスロ兄貴。そ、それは、その、ええと、木馬の搭載MS全てがビーム兵器装備で、その、件のガンダム二機の装甲も対ジャイアント・バズ装甲と言うべき異常さが」

なるほど、ドズルの言いたい事は分かる。
確かにビーム兵器を全機が装備していた上に防御力で圧倒されていたら強敵だ。だが、それでもこの戦果は異常だろう。軍事に疎い自分でさえそう思うのだ。
実は奇跡的に人的損失無かったフェンリル隊だが、彼らは弾薬切れで後退した時に急追したガンダムアレックスに撃破された。
だからフェンリル隊の犠牲はカウントしなくても良いかも知れないが、それでもここまで戦い抜いてこれたのは正直に見て悪夢だ。
全体を見て、細部にこだわる事の無いギレン・ザビでさえこの報告書に目を留めたのだから、この戦果の巨大さが生々しく印象に残った証拠だ。『木馬、恐るべし』。

「あ、兄貴、それで、その、ガルマはどうする?」

何とか話題を逸らすべく動いたドズルにギレンは言った。

「しばらくはそのままだ。我が軍に北米へ侵攻する能力も意思もない。
北米には政治的圧力をかけるに止める。よって現有戦力で統一ヨーロッパ州とアラビア州、北アフリカ州を脱落させる地球侵攻作戦を継続する。
それに連邦軍がもう一度宇宙に上がってくるのは間違いない。ドズル、ルウム戦役の勝利をもう一度、だ。
その為の準備を始める。それが、宇宙での再決戦を勝利で終わらせてはじめてガルマを奪還する事が出来る。
今は下手に北米と言う厄介な巣を突くよりもウィリアムに、ケンブリッジ政務次官らに預けた方が安全だろう」

北米州侵攻は不可能。確かにその通りだ。ドズルからしてもその判断は分かる。
公人としても軍人としても。私人としては納得できないがそれでもザビ家の一員。無理な事は無理と判断する事は出来る。
だからしぶしぶながらも頷いた。
それにこの写真を見る限り幽閉先は一流ホテルの一室。しかもサイド6リーアにて接触したのはアメリカのCIA局員の高官。
と言う事は、今の時点でガルマは安全なのだろう。

(ギレン兄貴は政治面で人を欺くことはあっても根拠の無い事を言う人間では無い。
それは兄弟だし、長い付き合いだから分かる。それに兄貴は薄情ではあるし冷徹でもあるが必要以上に冷酷じゃない)

だから兄貴が大丈夫だと判断したなら大丈夫だ。信用できる。信頼できる。
自分を納得させたドズルだが、そこへサスロ兄が冷や水を浴びせる。

「それとな、ドズル。軍事の責任者としてお前が親父にガルマの生存報告と軍事的にも政治的にも奪還は不可能だと伝えるんだぞ。良いな」

次の瞬間、ムンクの叫びが総帥執務室に響いた。




地球連邦政府は対応に追われていた。まずガルマ・ザビ引き渡しを北米州が道中の安全を理由に拒否した。これなど挑発以外の何物でもない。
実際、キャルフォルニア基地航空隊はジャブローからの特別機にスクランブル発進させる暴挙に出ていた。勿論、ただの事故として処理されたが。
その上ヨーロッパ反攻作戦『D-day』こと『アウステルリッツ作戦』への正規空母派遣も拒絶している。海軍戦力は非加盟国軍に向けるべきであると言って。
これは重大な反逆行為だ。そう言ってジャブローの連邦政府はブライアン大統領らを詰問したが、尽くのらりくらりと回避されてしまう。

『我々、北米州最高裁判所は同じ地球連邦市民としてケンブリッジ政務次官の人権侵害問題を訴追する。
これに、連邦憲法に反した人権侵害行為を行う現政権を信用できない』

そういう事だ。連邦政府にとっては大変な事態である。北米州全体が現政権へのデモ活動、抗議活動を行っている。
その結果、連邦政府は兵士不足に陥った。特に連邦軍として海軍、空軍の主力を維持していた筈のアメリカ合衆国と日本の脱落は致命的である。
アジア州もオセアニア州もこの極東と北米の造反劇に呼応して艦隊の派遣を渋っている。
それでもキングダム首相は強引に連邦政府非常事態宣言による非常事態勧告0001を発令して第15海上艦隊と第16海上艦隊を抽出。
護衛部隊と合流して第1連合艦隊を編成し、ヨーロッパ半島における大陸反攻作戦『アウステルリッツ』を発動せんとしていた。
その状況下。エルラン中将がレビル将軍の執務室を訪れる。




「レビル将軍、やはり連邦政府は頼りになりません。ここは貴方が連邦の頂点に立つべきではないのですかな?」

案に引退しろとこの男は言うのだろうか?

現在、連邦軍総司令官を務めるレビルは作戦部長のエルラン中将を見る。
彼らはジャブローの総司令官専用執務室にいる。この執務室の特徴として大型TVが壁にあり、この画面に連邦、ジオン両軍の戦力が映し出されている。
いわば、小型の作戦指揮所になっているのだ。しかも机もタッチパネル式の大型テーブルでモニターとしても情報端末としても使用できる。
そこで先程のエルラン中将の発言に戻る。
連邦政府はウィリアム・ケンブリッジと言う一人の政務次官の扱いに失敗した為、北米州を中心とした太平洋経済圏の各州と関係を悪化してしまった。
何とか自分ら軍部が関係改善を取りなしているが、それでも関係悪化は免れなかった。
ジオン公国との戦争中にもかかわらず、地球侵攻まで受けている癖に北米州キャルフォルニア基地と南米連邦軍本部ジャブローは半ば冷戦状態である。

「そうかね? キングダム首相はこの悪化した状況で良く連邦を纏めている様だが?」

そう言いつつ、用意したビール(アイルランド産の黒ビール)をエルランに渡す。
肩をすくめるエルラン。そもそもこの言葉をレビル本人が信じてない。
レビルにとっても、エルラン中将の特殊部隊とデギン公王の好意によって連邦軍へ帰ってきたのは良かったが連邦政府の混乱ぶりは相当なものだった。
まず、子飼いだったジョン・コーウェンはV作戦から外されつつある。サイド3で一緒に仕事をしたゴドウィン准将も、再建される第4艦隊司令官としてジャブローの統合幕僚本部から近々飛ばされるだろう。

(ゴップ大将の差し金か。戦争継続派を一掃して早期講和を行い、地球経済再生を目指す。確かにゴップ大将の立場を考えれば理解はできるが。
だが、それもルウムで敗れた私の立場では納得が出来ない。
私とて好きで戦争を続けている訳では無いが、ルウムで散った10万の将兵の為にもこの戦争を勝利で終わらせなければならないのだ)

エルランはまだ何事かを言いたいようだがそれを無視する。
エルラン中将は作戦本部の本部長。自分は地球連邦軍の総司令官である。どちらが偉いかは明白だ。
仕方ない、そういう感じでエルランは話題を変える。その前に今では占領下にあるドイツ産ビールを新たに開けて飲む。

「分かりました、なんとか戦力をベルファスト基地やブリュッセル基地、アムステルダム基地へ派遣しましょう。それで将軍、海上戦力は如何しますか?
まずアジア艦隊、オセアニア艦隊、南米艦隊、中米艦隊、アフリカ連合艦隊にヨーロッパの残存艦隊を含めて五個艦隊が使えます。
しかし、共産軍の南下の可能性やミノフスキー粒子散布下での戦闘力の低下を考えると我が軍の北米州と極東州の艦隊は動かせませんが?」

そう、目下最大の問題はそれだ。
海軍力の低下。本来であれば海軍はジオンを圧倒しているのだが水陸両用MS技術を持たない連邦はルウム戦役と同じ状況下に置かれている。
ルウム戦役でMSに有効打を与えられなかった様に、水陸両用MSにも有効な部隊が今現在連邦軍には存在しない。
高速潜水艦より早く、小型潜水艦よりも小さく、魚雷並みの機動性能と戦艦並みの火力を持つ水陸両用MS。更にそれを受け取ったシリア軍とイラン軍、中華軍と北朝鮮軍はそれぞれの近海の制海権を奪取した。
此方の方が余程脅威である、そう言うのが連邦の北米州の持論であり、その強大な経済圏で連邦を支える唯一の州の公式見解に歯向かう事が出来る者も少ない。
それに一方的な言い方ではあるが確かに一理ある。

(正規空母は使えない。仕方ないな、ジャブローの航空部隊で代用するしかないか)

宇宙での利権は中央政権、つまり地球連邦政府が握っているのだが地球上の各地の利権は各州政府が個別に握っていた。
この事がジオン軍による地球侵攻作戦とそれに続いた欧州、地中海沿岸の失陥が大問題となって連邦政府やキングダム内閣府を揺さぶっている。

「海軍と海上艦隊の方は仕方ない。それに・・・・・本命はこれだよ」

そう言ってタッチパネルを動かす。手慣れたものだ。
旧世紀には考えられなかったものだが宇宙世紀ではこれが常識なのだ。ただし、ミノフスキー粒子が散布されてないという前提条件がこの戦争で付け加えられたが。
画面に新たに映し出されるのは再建途上の宇宙艦隊である。
ゴップ大将が後ろ盾になり、ゴドウィン准将とティアンム中将がその実行面の中心人物として動いているビンソン建艦計画。
これこそレビルの切り札。
連邦領内で最大限の鉱物資源を貯蓄しているジャブロー地域に、連邦直轄領や特別選抜州、中央アフリカ州、南アフリカ州からの強引な資源徴収で艦隊約300隻の建造とジム・コマンドやジムを中心としたMS隊の配備は何とかなる。

「エルラン君、君にも働いてもらうぞ。このまま戦い続ければジオンに押し負けすると言う印象を連邦市民に与える。
そうなる前に、連邦は健在だと言う事を示さなければならない。その為のこれらだ」




宇宙世紀0080.04.23、現地時刻午後6時20分。極東州の首都キョート郊外の軍事施設に二隻の艦が着陸した。
ペガサス級の最新鋭艦「トロイホース」である。艦載機は全てRX-78(G)と呼ばれる陸戦型ガンダム。
他にも同型艦である「グレイファントム」も到着。双方とも10機以上の新型MSを搭載している。明らかに極東州の裏工作の結果だ。
北米州は極東州の友諠に答える為、最新型MS陸戦型ガンダム第一陣を派兵した。それも大気圏外からの降下と言うデモンストレーション付きである。

「あれが・・・・・ガンダム」

オオバ首相はそれをキョートの首相官邸から見ていた。
降下した二隻の新造ペガサス級は見事な編隊飛行をして御所の上空を優雅に横断してコーベの地球連邦空軍基地に入港した。
それを知った時、あの密談が動き出した事を彼女は悟る。北米州は本気で戦後の覇権確立を望んでいるのだ。冗談ではなかったのだな。
もっともあれだけの裏工作をして冗談であればそちらの方が余程困るのだが。

「これで我が軍の主力艦隊と主力MS部隊を日本列島、台湾、朝鮮半島、インドシナ半島に配備するという大統領閣下の密約を信じて頂けますか?」

この場にはもう一人女性がいる。紺のスーツを着た女性だ。名前はアリス・ミラー。連邦軍諜報部大尉。
しかし、それは表向きの姿に過ぎない。

「分かっておりますわ、ホワイトマン部長代行殿、いえ、アリス・ミラー大尉」

そう、彼女は謎とされているホワイトマン部長。その一部。
そもそもホワイトマンとはアメリカ合衆国のCIA局員のトップ10を指す暗号名。これはジオンも連邦情報局も察知してない極秘情報。
そして彼女は若干30歳でその実行メンバーに抜擢された。いや、正式には孤児として施設に引き取られた時から徹底的に教育を受けた諜報戦のエキスパート。
そして現ブライアン大統領の義理の娘。外交と諜報の専門家である。
来客用のソファーに座って足を組んでいるミラー大尉。黒いストッキング越しにも徹底した訓練を受けて来た事を分かる足だ。
用意された抹茶を飲む。その姿が微妙に様になって無いので笑いが込み上げてきそう。

「結構ですね、ミラー大尉。これだけの戦力に、ハワイ基地から派遣されるMS120機。しかも新型機と言って良い陸戦型ジムとやらで編成された部隊、ですか。
これこそ我が州全体が求めていたモノです。それで・・・・・例の約束ですね?」

黙ってうなずくミラー大尉。彼女の耳には自動翻訳機があるが、きっと録音機器の間違いだろう。
少なくともワザと日本語が分からない振りをしているのは間違いない。
先程彼女を秘書に案内させたときの事、ありがとうと言わせたら彼女は僅かだが頷いたのだ。確かに確認した。小さくだが確実に頷いたその姿を。
もっともそれ自体が偽装かも知れないけど、そこまで疑えば流石に疑う事が前提の政治も動かなくなり、何も出来なくなる。

「はい。大統領は求めています。例の契約を遂行する事を」




レビル将軍の派閥のトップは彼自身だ。
その下、レビル派として、No2に宇宙艦隊司令長官に昇進したティアンム中将が、技術面ではV作戦の指揮を取っているコーウェン少将、実戦面ではワッケイン少将とゴドウィン准将がいる。政治面ではブレックス准将だ。
これを支援しているのが軍制服組頂点にいる統合幕僚本部本部長のゴップ大将と彼を補佐する作戦本部長のエルラン中将である。
しかし後者二人はレビル将軍への協力者であって信望者では無い。
それにV作戦でジオンMSの脅威を肌身で感じるコーウェン少将は、戦争継続派と影で言われているレビル派閥から徐々に距離を取りつつあり、ブレックス准将はレビル将軍と対立しているコリニー大将の腹心扱いのジャミトフ・ハイマン准将と連携してウィリアム・ケンブリッジ政務次官を救助したと言う事からレビル将軍本人に若干警戒されている。ジャミトフ・ハイマンやジーン・コリニーのスパイではないのか、と。
その件のゴップ大将は考えていた。これ以上の戦争継続をどう考えるか、と言う事を。

(レビル君は勝つまでこの戦争を止めないだろう。自身の汚辱を雪ぎ、かつての秩序を取り戻すか、それも一つの方法ではあるが・・・・それしか見ないと言うのはいかんな)

彼は旧世紀、20世紀の名作SF映画を映画館で見ながら考える。
周りには誰もいない。みな思い思いの場所に座っている上、自由席の映画館で自分から何事かを真剣に考えている軍の制服組トップの横には座らないだろう。

(戦争は相手がある。ジオンとて最初から連邦を滅亡させる気で始めた訳では無い。事実、南極での条約締結や早期終戦を望んだのは向こう側だった。
それを破ったのが現在の政府であり、その連邦政府を煽ったのはレビル君だ。彼は一体デギン公王とどんな密約をしたのやら。
まさか本当に連邦政府へ戦争継続を頼まれたわけではあるまい。恐らくデギン公王からレビル君に終戦工作の要請があったのだ。それをレビル君は破った。
ふむ、と言う事はジオン内部でも何か動きはありそうだ。今は小休止状態だがジオンか我が軍かどちらかの準備が整った時が動く時だな)

ジオン軍も連邦軍も今は戦力の移動と集中、更には全軍の再編が最重要課題。

(我が連邦側の狙いはオデッサ地域の奪還と地中海経済圏の再建。ジオンは持久戦による連邦経済の崩壊とそれに伴う講和成立かな。
歴史と言う観客から見て、永遠に厄介者だな、あのキングダム首相は。彼の政治基盤回復の為に一体全体何十万人の家族を悲しませるのやら)

ヨーロッパ奪還作戦「アウステルリッツ」の総兵力は140万を予定している。これはジオン軍の約2.5倍。
しかもこちらが戦力を集中して、つまり城壁を打ち破る破城槌として、或いは鉄板に穴をあけるドリルの如く戦力を集中する。一方でジオンは薄く広く戦力を配備するしかない。

(前線のユーリ・ケラーネ少将やノイエン・ビッター少将らは有能だが数の暴力には勝てまい。古来より数の暴力に敗れた名将は多いのだから)

大陸反攻作戦の概略。現在、反レビル将軍として貧乏くじを引かされたイーサン・ライヤー大佐らが確保しているフランス沿岸のカレーからブリュッセル近郊、アムステルダム基地のラインに兵力を展開させて一気にオデッサを目指す。
作戦期間一月と半月。それ以上は連邦の戦時経済が持たない。そして、レビル将軍自身は更に野心的な事を考えている様だ。

(まったく、本気なのかねぇ。この『チェンバロ作戦』に『星一号作戦』とは。
ソロモン要塞攻略作戦とその後のジオン本国強襲作戦。
確かに発動時期が宇宙世紀0080.9月中旬以降なら可能だろう。ルウム戦役で壊滅した宇宙艦隊も6個艦隊は再建されている。
だが・・・・オデッサ地域が奪還できない場合も強行するというのはやりすぎではないのか? そして首相もそれを認めている。オデッサで勝っても負けても良い様に)

映画では少数の戦闘機が要塞に侵入、その要塞の核融合炉に向かって攻撃を開始した。ふとゴップは寒気がした。

(レビル君はまさかこの映画の様な展開を本気で信じているのか?)

少数による多数の撃破が有名なのはそれが神業であり殆ど、いや、確実にあり得ないからこそ称賛されるのだ。それに地球での地盤を固めないで宇宙での反攻作戦を立案するなどエルラン君もエルラン君だ。

(首相は追い詰められた。もともと名誉職として餞別的な意味合いがあったのだ。それがこの大戦争を継続する事になった。
国家非常事態宣言の発令で誰かに投げる事も出来なくなった。今思えばあれが彼の最大の失策だな)

国家非常事態宣言により副首都ダカールから以前の首都、旧国連本部ビルのあるニューヤークに疎開した地球連邦議会の権限は制約されている。連邦議会が権限を制約された為、連邦政府首相の力は確かに強い。
しかし、それ以上に戦時内閣としての脆弱さを晒してしまっている。これが各州の反発や侮りに繋がり、要らぬ野心を持たせている。
特に北米州だ。北米州の覇権主義者であるブライアン大統領らはキングダム内閣弱体化を絶好の機会として連邦中央政権の権限縮小に、いや、アメリカ合衆国の復権に向けて動き出している。

(まあ、ジオンは国力に乏しい。
レビル君が主導する『チェンバロ作戦』の成功でソロモン要塞が落ちれば和平交渉にのるだろう。それに北米州が再び連邦を指導するのも悪くない
我々はいつまでも軟弱な政府による政権運営や、この戦後の統治を迎える訳にはいかないのだからな)

ふと映画の方に視線を見るとエンドロールが流れる。
いかんな、好きな映画だったのだが見落としてしまった。そう思ったが、もう休憩時間は終わる。
ゴップ大将は塩味のスナック菓子とドリンクをゴミ箱に捨てると、手を洗い、軍から支給された帽子を被って鞄を持って宿舎に帰る。

(まあ、馬鹿と鋏は使いようだな。それにだ、何事も上手くいかないものさ、エルラン君、レビル君)




ジオン公国首都、ズム・シティ。
ザビ家の私邸に久しぶりにザビ家全員が集まった。食事が出されるが全員が無言。
それが終わり、侍女たちが食事を片付ける。そして全員が退出する。この際、ミネバとゼナも退出した。
残ったのはドズル、サスロ、ギレン、デギンの四人。
サスロ以外は全員が軍服であり、サスロ自身は愛用のゼニア製品のスーツ姿である。

「さて、解散する前に一言ある。聞け、連邦軍が動いた」

長男のギレンが喋る。
デギンは黙ったままだ。自分が犯した失敗、レビル釈放とそのレビルの裏切りの為なのか公的な行事以外では兎角、無気力が目立つ。

「兄貴、それは本当か?」

「というと?」

ドズルとサスロが紅茶に手を付けながら長兄に聞く。デギンは考え事をしているのか公王席に座ったままだ。時たま傍らの手紙を開く。
ガルマ・ザビがヴィデオ・レターと共に地球から送ってくる手紙だ。ガルマをもう一度抱きしめる。その覚悟の表れとして絶えず持ち歩いている手紙だ。

「連邦内部のスパイが手に入れた情報だ。狙いはオデッサ、そして、ソロモン要塞」

オデッサは予想がつく。現政権の政治基盤奪還と言う意味と資源地域確保と言う二重の意味があるのだから奪還作戦を立案するのは理に適している。
しかしながら宇宙のソロモン要塞攻略作戦とはどういう事だ?
連邦軍の戦力は地球と宇宙の二正面作戦を行える、そこまで回復していると考えて良いのだろうか?

「レビルの狙いはルウムでの恥辱を雪ぐこと事。その為の二正面作戦と言うのがスパイの報告だ。信じて良かろう」

と言う事は、連邦軍は本気で宇宙反攻作戦を開始するのだ。
サスロは直ぐに携帯端末を取り出し、何事かを(恐らくスケジュール)調整する。地球への大規模な増援にはサハリン家の当主とその部下らを送る事が内定しているがは止めたほうが良さそうだ。特に今回のMS隊は全てが地球戦闘使用なのだから。

「ドズル、地球はマ・クベ中将に任せるとして・・・・・・問題はソロモンだ」

今現在のジオンの主力部隊はジオン本国にいる。ソロモン要塞はどちらかと言えば手薄だ。直ぐにでも増援を出さなければならない。
ソロモンが落ちれば占領下のサイド1、サイド4が奪還される(連邦軍から見れば解放する)だろう。だが地球とルウム方面軍、月面方面軍の戦力を削る訳にはいかない。こちらに攻めてくる可能性も0でない以上、備えは必要だ。占領したサイド2とサイド5、資源供給地帯である月面都市群の守備もしなければならない。
つまりジオンとしては戦前に想定した最悪場面、多正面作戦になったのだ。

「うう。言い難いが本国の艦隊とア・バオア・クーの艦隊を総動員するしかないか。だがそれで足りるだろうか?」

ドズルが呻いた時、ギレンは笑った。

「安心しろドズル。勝つための策はある」

というギレン。目の前の紅茶を飲み干す。カップと受け皿がぶつかる陶器特有の音がした。
その言葉にサスロがハッと気が付く。
ドズルはまだ分からない。せっかくの防御側の利点、要塞と言う地の利を捨てると言う兄の考えが。

「ギレン兄貴、何をする気だ?」

ギレンは鷹揚に頷いた。そして不敵に笑う。
彼の頭の中のスケジュール通りなら、また、レビル脱走時の様な事を、父が妙な真似をしないならこの作戦は上手くいく筈だ。
そもそもソロモン要塞は軍事要塞であり、あくまで軍事的な要所にしか過ぎない。不要であれば、或いは重荷であるならば容赦なく切り捨てるだけだ。

「ドズル、ソロモンを放棄する」




宇宙世紀0080.6月、地球上の小競り合いという戦争の梅雨は開け、戦争は漸く本格的な夏を迎えつつあった。
マッドアングラー隊を結成したシャア・アズナブル中佐はジブラルタル要塞を拠点に、地中海から大西洋に出て通商破壊作戦を仕掛ける。
従来の潜水艦による通商破壊作戦とは異なり、対潜攻撃機や対潜ヘリを落とせるズゴック、ズゴックE、ハイ・ゴッグを配備したマッドアングラー隊は大きな戦果を挙げていた。

(さて、これで駒はそろった。ダグラス・ローデン、アンリ・シュレッサー、マハラジャ・カーンの影響で復権できた。
それにジオン本国内部にも反ザビ家の勢力があると分かった以上、利用させてもらおう。ダイクン派の件は・・・・全てが終わってから考えれば良いな)

赤い彗星のどす黒い復讐は続く。

一方、木星船団が木星へと出港する前に木星帰りの男、パプテマス・シロッコ中佐は一人の准将と面会。
その准将の名前はブレックス・フォーラ。月市民出身の男であり、ある目的の為に彼と面会する。




宇宙世紀0080.07.25

地球連邦ヨーロッパ方面軍はライヤー大佐指揮下のコジマ大隊を尖兵としたMS隊に進撃を命令。
パリ方面、ベルリン方面へ軍を前進させる。
地球連邦軍は様々な問題を抱えながらも大規模反攻作戦、『アウステルリッツ』作戦が開始した。


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