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No.33595の一覧
[0] 僕が伝説になる必要はない(ドラクエ3っぽい世界観)[かんたろー](2012/08/23 03:27)
[1] 僕が伝説になる必要はない 第二話[かんたろー](2012/07/10 02:06)
[2] 僕が伝説になる必要はない 第三話[かんたろー](2012/08/23 03:28)
[3] 僕が伝説になる必要はない 第四話[かんたろー](2012/12/26 02:32)
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[33595] 僕が伝説になる必要はない 第四話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:da57d23c 前を表示する
Date: 2012/12/26 02:32
 己を知る。これは単純に見えて非常に難解である。それでいて基本である。
 例えば魔法。大気中に存在するありとあらゆる物質(それらが何なのか、ありとあらゆると名しているが実際は複数なのか単数なのかも分かってはいないがともあれそう称されている)と自分の中にある魔力を混ぜ合わせ自然的でない現象を起こす。これが魔法である。メラ、または傷を瞬く間に治療するホイミなど、例外無く同じ方法で発動する。
 この時に、自分の魔力を過大、または過小評価して混ぜる魔力を間違えれば稀に暴走する危険もある。暴走せずとも、本来の効果は発揮され難い。己を知り、自分の力を弁え必要な分だけ魔力を消費できる人間でなければ魔法使いなど名乗るべきでは無いのだ。
 それは魔法に限った事では無く、武道も同じである。武闘家、戦士、勇者や賢者は言うに及ばず。己を知らずして魔道や武道、世界の理を知ろう等とおこがましいにもほどがある。
 当然これらは戦いに身を置く者が心得ておくものである。逆に、戦いに身を置く者ならば常識と言って良いだろう。
 だからこそ、彼女は言う。

「アルル、あんたは分かってないわ。自分ってもんをな」

 彼女──武を極めんとする武闘家シュテンは冷たく言い放った。
 事の始まりはこうだ。ナジミの塔という、勇者を目指し旅立つのならば必ず一度は向かうべきとされる場所に行く為岬の洞窟へと足を進めた一行。当然道中には魔物が襲いかかってくる事もあり、アルルの訓練として彼女一人に戦いを任せていた。
 最初は黙々と剣を振るい、怯えながらも一端の剣士らしく魔物を撃退していたのだが、森を歩いているうちに突然アルルは剣を投げ捨て喚き出したのだ。「私しか戦っていないじゃないか。これでは仲間とは言えないだろう」と。正確にはこのように淡々とした言葉では無かったが、聞くに堪えない暴言の数々で彩られたものだったので要点だけを抜き出す。
 このパーティーのリーダーであり要でもある勇者アスターは彼女を諌めようと身を乗り出したが、それをシュテンが制しアルルに言葉を投げた。それが、前述したものである。

「自分が……分かってない? 分かってないのはそっちでしょ? 必殺技がどうとか言ってるけど、魔物を見る度きゃあきゃあ叫んで戦いにも参加せずに私が危なくなってもフォローにも回らない! 役立たず以下じゃない! 戦えないなら戦えないでいいわよもう、でも一々戦い終わるごとに『さっきのはまあまあやな!』とか『剣の振りがイマイチやな』とかうるっさいのよ!!」
「おいアルル、シュテンは君を思って」
「アスターは黙っててよ!」アルルは仲介をすべく立ち上がったアスターをも睨み、矛先を向ける。「アスターだってそうよ、私はあんたが戦ってる所を見てないわ。偉そうな口ぶりに騙されてたけど、実際あんたって強いの? よくよく考えれば最弱モンスターのスライムを魔王幹部とか言ってたし、実は私より弱いんじゃないかしら? ねえどうなのよ!」

 沈黙が続いた。アルルは息を荒げ充血した目で二人を射抜いている。そこには獣に酷似した色が浮かんでおり、二人の返答いかんではそのもののように飛びかかるように見えた。
 対して二人は、実に落ち付いたものだった。
 シュテンは「しゃあないなあ」と頭を掻き、アスターは疲れたように溜息をついた後、指で自分の顎を撫でていた。

「確かに、あんたの言うようにウチはさっきから……いや、仲間に入れてもろた時から一度も戦ってへん。疑うんも無理ないわ」
「そうでしょ? なんだ分かってるんじゃない、それなら……」アルルが何か言う前に、シュテンは彼女の口を手で押さえ、にやりと笑った。
「それなら、次はウチがやったるわ。とはいえ一匹だけしかやらんけどな」

 一匹だけ、という言葉を聞いてアルルは顔をしかめた。しかし、一匹だけとはいえ戦うのに違いは無い。その戦いぶりを見た後高笑いでもしながら「その程度なの? だったら私の訓練を見るなんて言って怠けてないで一緒に戦うべきね!」と言ってやればいい、彼女はそう考えた。いやにあくどい表情を浮かべながら。ただ一緒に戦ってほしいだけで彼女は酷い顔を浮かべるようになった、一重にこの世界の混沌が生んだ悲劇である。
 そのまま彼らはその場に座り込んだ。日の光が木々の葉に反射し幻想的な彩りとなっている。
 見目麗しいシュテンは目を細めながら空を見上げていた。空、と言っても頭上には枝と葉しかないのだが、きっと彼女はその先を見ているのだろう、そう思える何処か優しい目つきだった。今から己の実力を見せてやろう、そのような気概はまるで見当たらない。
 その様を苛立ちながら見ているのはアルル、足下にあった石ころを蹴とばし樹木に思い切りよく当てている。

「無意味に自然を傷つけるのは感心しないな」とアスターが苦言を呈そうとも気にする素振りは見せなかった。

 さて、アスターだがそんな二人を見つめて小さくため息を零した。仲間とは頼もしくともやはり軋轢を生むこともあるのだと知ったからだ。いっそ一人で旅をすれば面倒が無いなという思考が頭を掠めたが、そのような冷たい行動を取れるアスターではない。結構ギリギリの選択ではあったが。
 空を見るのも飽きたか、シュテンがぐっと伸びをした時、アルルが一つ声を上げた。「来た!」と。
 彼女の指差す方を見やれば、そこには紫色の帽子を被った、おどけた表情の魔物が。足は無くふわふわと腰ほどの高さを浮遊している。
 魔物は獲物を見つけたとのらりくらりとした移動を止め一直線にアスター達に向かって来た。口元は歪み、弱いと決め込んでいる人間を捕食する事のみを考えているようだった。

「来たわよシュテン、あれはゴーストね。動きが速くてなっかなか倒せなかったわ、あんた達も手伝ってくれなかったしね?」どうやらここに来る途中でアルルは幾度かかの魔物と戦っていたらしい、その顔は苦く、彼女がいかに苦戦したのかを物語っていた。
「覚えとるわ。随分しっちゃかめっちゃかな剣の振りやった事もな」

 シュテンは何でもないようにゆっくりと立ち上がりついでにアルルに嫌味に似た言葉をぶつけた。言われた方はさらに表情を曇らせ怒りを募らせる。

「……もうきゃあきゃあ喚いても助けてなんてあげないからね」
「勝手にせえ、そっちこそウチの技を見て腰抜かしても知らんからな」

 言いながら、シュテンは武闘着のズボンの中に手を伸ばした。一瞬脱ぐのか? と考え頭がイカれているのだろうかと邪推したがそうではなかった。彼女は徐にズボンから細長い(一メートル程だろうか)筒状の妙にゴテゴテと金属がへばりついた何かを取り出した。それは、アルルが生きてきた中で見たことが無い代物だった。
 それを掲げた後、シュテンは両手でその細長い筒を持った。先端を迫りくるゴーストに向け、左手を僅かに伸ばし土台を支え右手は筒が弧形に変形している部分を掴み人差し指を筒の本体から小さく飛び出ている棒に掛けた。
 そうしている間にも、魔物はどんどんと近づいている。彼らとの距離は五メートルを切ろうとしている。
 戦うにしろ逃げるにしろ、そろそろ行動を起こすべきだと感じたアルルは少々焦りながらシュテンを睨んだ。
 その時、シュテンはアスター達に聞こえるように、落ち着きながら漏らした。

「指弾、点穴咆哮」

 彼女の右手の人差し指が、ゆっくりと曲がった。
 それから何が起きたのか、アルルにはよく分からなかった。ジュッ、と音を立ててシュテンの持つ筒に火が付いたと理解した瞬間耳を塞ぎたくなる轟音が弾け堪らず座りこんでしまったからだ。
 しかし、彼女も紛いなりに魔物と戦ってきた身、すぐ側に敵が迫る中縮こまっていてはいけないとすぐに立ち上がり剣の柄に手を掛けて立ち上がった。
 ──目の前には、事切れた魔物と悠然としたシュテンの姿が見えた。
 すっ、と筒を下ろした後シュテンはにこやかに笑って見せた。

「驚かしてもうたな、ウチの技の一つ点穴咆哮は距離があっても敵を貫ける便利な技やけど、いかんせん音がでかいんや。耳大丈夫か?」アルルに近づきそっと彼女の耳に手を当てた。

 さっきまでの言葉は何だったのかと疑いたくなるような優しい言動。アルルは次第に自分の顔が赤くなっていくのを感じた。ぼそりと「大丈夫……」と呟くので精一杯だった。

「……あれ、なんだか焦げ臭いっていうか……なんだろこれ、変な臭い……」呆としていたアルルは思った事をそのまま言葉にする。
「ああそれな。点穴咆哮は……その、ウチの気合いをこう、指で突きだす技で、えっと……空気があれよ、焦げるっちゅうか、そんな感じやからそんな臭いが出るんや。いや、女の子が臭いって嫌やろ? せやからあんまり使いとうないねん、うん」
「そうなの……その筒はなんなの?」
「これ!? …………これはやな、ウチの力を抑える為の物で、これが無いとほら、周りの木が燃えてしまうから、つまり重りみたいなもんかな! 自分を縛るアイテムっちゅーわけや!」

 えらくあやふやな説明だが、なんとなく理解したアルルはこくりと頷いた。

「臭い……ねえ、戦いたがらないのは、それが理由?」アルルの問いに、シュテンはうっ、と言葉を詰まらせた。ええと……と困った様子だったので、アスターは彼女の代わりに代弁した。
「違うよアルル、シュテンは嘘をついている」
「嘘?」ふい、と彼に目をやるアルル。
「な、何を言うんやアスター! ウチは嘘なんか付いたことが無いようなあるような!」
「誤魔化すなシュテン! …………怖いんだろ? 自分が」
「えっ? ……怖い? ウチが? 自分を?」反芻するような彼女の言葉にアスターは深く頷いた。

 そう、分かってしまったのだ。彼女の嘘とその裏側に隠れている真意、その悲しさにも。
 知ってしまった、のだ。

「僕も同じだ、僕も怖かった。自分が、他人とはまるで違う自分の力がね」独白するように、アスターは話しだした。「なまじ見た目は普通の人間だから性質が悪かった。どうせなら魔物と同じ化け物であれば良かったとさえ思った。そうだったら、周りも化け物だったら己を恐ろしいとは思わなかっただろうから!」
「アスター……」アルルは何か遠い物を見るような眼をしながら彼の言葉を聞いた。

 一つ、このような場面で思う事では無かろうがアルルは得心がいった。

──僕は仲間にこの力を振るったりしない──君を傷つける事は絶対に、ね──

 そういう意味だったのか。あの言葉は、その意味は。
 アルルは自分を強いとは思っていない。むしろ幼い頃から戦いの訓練を積んでいたにもかかわらずその成長の遅さは折り紙つきだと祖父のお墨付きと言われた事から酷く弱いのではないかと感じている。故に踊り子を目指したのだから。
 そして渇望した事もある。強くあれば、誰よりも強くあれば勇者として認められるほどならば皆々に馬鹿にされず胸を張って生きていく事ができたのに。

「本当は……分かってた、分かってたんだよ。村の皆は優しかったけれど、父さんも母さんも自慢の両親だし本当にそう思ってるけど! でも……皆、怖がってたことくらい分かってた」
「優しい……?」シュテンは自分が迎えそうだった惨事を想像して訝しげに顔を顰めたが、アスターは取り合わない。どころか、彼はシュテンの両肩に手を置き仄かに涙を浮かべながら声を荒げた。
「君もそうなんだろ!? 素手で空気を焼く程の力を持つ君も同じなんだろ!? 自分の力が怖くて堪らないから、だから戦いを避けるんだろ!? ……分かるよ、昔は僕もそうだったんだから、力を使うなんて、ましてや戦うなんて考えるだけでも嫌だった」
「じゃあ何で、魔王を倒す旅に出ようと思ったの?」

 アルルは呟いた。それは問うような声量では無く、ただただ零れ落ちたようなか細い声だったが、アスターはそれを拾い上げた。シュテンから一歩離れ、疑問を持つ少女に向き合った。

「それは……その答えは君だよ、アルル」
「私?」答えが繋がらず、鸚鵡返しに問い返す。しかし、決して聞き逃すまいと耳をすまし体を前に傾けた。もしかしたら、一つの答えが見つかるのではといった期待だった。自分の旅の目的を見つける一つの指針になるのではと思ったのだ。
「正確には君を含めた、君のように優しい人々の為だ。誰かの為に何かをしたい、誰かを救いたい、けれど魔物がそれを邪魔をする。普通の人々を、罪なき人々を恐怖に陥れる! 全ては魔王のせいでだ!」

 言いきった後、自分でも冷静では無いと気付いたか、大きく深呼吸をしてからアスターは幾分落ち着きながら言葉を続ける。

「怖がられる程に大きな力を持った僕なら、恐怖を撒き散らす存在とも対等に戦える、そう思った。君と出会ってそんな自信が生まれたんだよ、アルル」
「アスター……ごめんなさい、そんな、でも私ったら……」

 アルルの頭をよぎるのはついさっきの出来事である。「偉そうな口ぶりに騙されてたけど、実際あんたって強いの? よくよく考えれば最弱モンスターのスライムを魔王幹部とか言ってたし、実は私より弱いんじゃないかしら?」そう言った。彼女は確かにそう言った。彼の苦悩を知らず、熱した頭のまま言いたい事だけを羅列した。
 最低だ、と嫌悪する。アルルは今正に穴があれば入りたい心境であった。
 彼女とて馬鹿では無い、相手が嘘をついているか、場を凌ぐ為の方便を並べているかは少しなら分かる。今まで口では煽て上げて裏では真逆を想う人々を知っているからだ。年若くして、勇者の娘という肩書き故にすり寄り内心唾を吐く有象無象を彼女は腐るほど見てきた。その彼女が思う、彼は何一つ嘘をついていないと。彼ほど真摯な目をしている人間をアルルは知らなかった。
 小さくなって、声にしゃっくりが混じり始めた彼女を見て、アスターは少しおどけるように表情を変えて肩をすくめた。

「と言ってもさ、こう思うようになったのは君と出会って旅をし始めたからだよ。最初はそんな高尚な理由なんかじゃないんだ、ただ僕は……そう、勇者になりたかった。勇気を持つ者になれば、自分を怖がるような臆病者から卒業できるはずだと思ったんだよ……馬鹿みたいだろ?」
「そんな事……!」
「いつかさ、僕は自分の化け物染みた力を超えるほどの、大いなる勇気を持ちたいんだ。その時初めて僕は真実の意味で勇者になれるのかもしれないね」
「そう……なれるよアスター、貴方はきっと」

 無理だったんだな、とアルルは少しの寂寞感を覚えた。勇者を甘くみていたようだった。
 世界から選ばれた勇者とは、魔王を倒す事が出来る唯一の人間とはこういう者を言うのだと知った。恐れるも良い、だがそれに立ち向かう者だけが勇者を名乗れるのだ。その点では、アスターは疑いなく勇者であった。

「ええと……ちょっとええかな?」半ば二人の世界と化しつつある中、シュテンが居心地悪そうに発言した。特別理由など無いのだが、ひっ、と声を上げてアルルは赤面する。次に居心地の悪い思いをするのは彼女の番らしい。
「まあ、うん。アスターの正解やな。ウチも……何? 自分の力が恐ろしいっちゅうかそういうアレやからあんまり力を出したないねん。面倒な奴やと思うやろけど、一緒に旅をさしてもらえんやろか?」
「勿論だよシュテン。大丈夫、僕もその境地を乗り越えたんだから君も必ず戦えるようになるさ。悩みがあれば言ってくれ、僕は君の気持ちが分かるつもりだから」
「私も文句ないわ。ごめんね、疑ったりして……もう我儘言わない、ちゃんと戦う。だから、焦らなくていいからね? シュテン」
「……………………おおきに」

 感動したのか、涙を堪えようとしているのか、シュテンはあちらそちらに目をやり、二人の顔を見ないようにしながら感謝の言葉を送った。関係無い話だが、今彼女の背中は酷く濡れている。汗で。

「さて……次は僕の力を見せる番だね」アスターは二、三肩を回し指を鳴らした。
「い、いいわよもう。貴方の力を信じなくてごめん、私頑張って戦うから!」両手を握り自分の決意を表明するアルルだが、それをアスターは制しつつ答える。
「良いんだ、このままあやふやに終わらせては必ず綻びが生じる。それに、君達なら怖がらず受け入れてくれると信じている。だからこそ僕は自分の力を君達に見せておきたい」
「アスター……」

 一度は止まりかけた涙腺がまた活動を再開したようで、アルルは左手で自分の両眼を拭った。シュテンは頭を掻いていた。小さくなんのこっちゃいと呟いているが方言なのか意味が分からない。恐らくアルルと同じように感動しているのだろう。

「けれど、僕の力は危険だ。近くにいては君達も被害を受けるかもしれない。少し離れるからここにいてくれ」そう言って歩きだしたアスターを止めたのはシュテンだ。ちょっと、と声を掛ける。
「文句言うつもりじゃないけどな、離れてたらあんたが何をしたか分からんのとちゃう?」至極当然のように聞こえるが、どうやら彼女はまだアスターの真価を理解していないようだった。
「──分かるよ。どれだけ離れようともね」

 それだけ言って、アスターは振り向く事無く森の中を一人歩いていった。残るのは女二人だけである。

(……頼むでアルル、色々聞いてくんのは勘弁やでぇ……アスターがおらんと誤魔化しきれんかもしれんし……)

 彼女が思っている事だが、やはり方便がきついので何を言っているのか分からない。

「ねえシュテン……」
「うい!? なにさどうしたんよアルル?」喉の奥から何かとんでもない物が飛び出て来たような声を上げながらシュテンは応える。せわしなく視線が泳いでいるのは魔物を警戒してのことだろう。

 名前を呼んだ後、何も言わずにいるアルル。しばしして妙に感じたシュテンは眉根を上げたが、突如彼女が近寄ってきて両手を握り出した時にはまた「うい!?」と声を出していた。

「ごめんねシュテン! 辛い理由があったのに、力を見せてみろなんて言って! 私嫌な奴よね! ごめんね……」
「罪悪感が半端やない……」
「え?」
「いやいやいやなんでもないねん! ほら、もう謝ってくれたし、そもそもウチなんも怒っとらんし! 気にしたらあかんで!? な!」
「うん……シュテン、優しいね……これからも悪い所あったら指摘してね?」
(コレ持って帰りたいわあ……)

 自分の手を握りながら涙を堪えるアルルに何か良からぬ事を考えている様子のシュテンだが、おそらく大丈夫なはずだ。何がと言われれば何とも言えないが。
 ふんわりと、穏やかな空気流るる中──静寂な森を揺るがす轟音が辺りに響き渡った。

「ういあ!? どどどどないしたん!?」シュテンの「うい!?」は進化したようだ。
「凄い音……まるで火山が噴火したみたい……」アルルは呟いた。

 実際、近くで火山が噴火したのであれば鼓膜が潰れるほどなのだが、そのようにまで感じられるほどの音だったのだ。木々に止まる鳥達は一斉に飛び立ちネズミやウサギといった小動物は必死に地を駆け走っていた。

「……アスターが危ないわ!!」

 はっと気付きアルルはアスターが歩いていった方へ走りだした。恐ろしい力を有しているという事に疑いは無くなったが、だからといって身を案じる必要が無い訳では無い。彼女の顔には焦燥が浮かんでいた。
 それに遅れてシュテンも駆けだす。その際に、ポツリと何事かを呟いた。

「もう弾無くなってもうたなあ……重かったし足に当たるし、邪魔なだけやな」

 そう言って、先程力を見せた時に使用した重り、筒状の何かを地面に落としていった。
 これが何なのか、分かる者は少ない。恐らくシュテンの故郷特産の代物なのだろう。遠い異国の地では火縄銃と呼ばれているとかなんとか。その銃が恐ろしく貴重な物で多量の生産が不可能な代物である事を彼女は知らなかった。





 やがて、少女は辿り着く。上がっていた息は嘘のように静まっていた。それはまた、嘘のような光景を目にしたからだ。
 眼前に広がるは焼け果てた一つの地。木々は倒れ小さな火が揺らめいている。黒煙は立ち昇り獣の気配は疾うに消えていた、この一帯のみ森が死んだのだと感じる。
 さらに奇怪な事は、何か恐ろしいまでの力が発されたのかと思える大きなクレーター。小さな家ならば入りそうな大穴からは土煙と嫌に鼻につく臭いが噴出していた。
 そして、その前に佇む一人の青年。彼はゆっくりと少女──アルルの方に向き直り笑った。

「怖いかい?」

 青年──アスターの問いにアルルは何も答えられなかった。
 怖くない、と心では叫んでいたのだ。ただそれが口に出る事は無い。心底からくる恐怖に抗えなかったからだ。
 彼女とて伊達に勇者の名を冠されていたのではない、これまでに戦いの演習として様々な魔法を目にしてきた。それは、メラから始まりヒャド、バギ、ホイミといった多様な呪文を王宮魔道師から見せられたから。
 だが……このような力を有する魔法など見たことが無い。近いと言えば爆裂呪文イオが近いだろうか? 大気中の空気を圧縮させ魔力にて爆散させる言葉にすれば簡単な呪文、その実扱いの難しさから王宮が擁する魔道師以外覚えようとはしない高度な呪文。
 しかして、それほどの魔法でもこの凄惨な光景を作り出すには足りない、足りな過ぎる。なれば、一体目の前の賢者は何を為したのか。
 このような場にて、アルルは一つ得心がいった。自分達を遠ざけた理由は彼が言った通りだ、ただ“危険だから”。ぼんやりと彼の力を見物しようとしていれば、多少離れていようがその余波により軽傷を負うかもしれない。それ以上に、このような力を目の当たりにすればその場で腰が抜けたかもしれない、総括して彼は傷ついただろう。怖がる自分達仲間の姿を見て悲しんだだろう。今正に、アルルが答えを返さない事で俯いている彼がその答えである。

「怖い……だろうね。全く自分で自分が嫌になるよ、村を出る時にはさらに強くなりたいと願っていたのに、今ではまた自分の力が恐ろしい。なんて、勝手な人間なんだろうね僕は」
「ち、違うの……違うの!!」

 何が違うのかを伝える事すら出来ず、アルルは悔しさから奥歯を強く噛みしめた。

「良いんだアルル、僕自身怖いんだから無理しないで良いよ。そう言ってくれるだけで嬉しいから」

 そのままアスターは立ち竦んでいるアルルの横を通り抜けて、後からやってきたシュテンに「先を急ごう」と促した。
 眼前の景色とふるふると拳を握りしめているアルルの姿を見てシュテンは小さく「えっ……」と零した後、彼女に何と声を掛けたらいいのか分からず、「……行くで?」としか言えなかった。とはいえ、声を掛けられた少女は背中を押される様に歩き出したので彼女の行動は間違っていなかったのだろう。
 アスターとアルルが前を歩く中、自分もそれについていこうとして、最後にアスターが為したのであろう木々が倒れ爆心地のようになった光景を目にし、感嘆の溜息を吐いた後、ポツリと呟いた。

「無意味に自然を傷つけるのは感心しないんとちゃうんかい……」

 方便がきついから何を言っているのか分からないと、さっきから言ってるじゃないか。
 彼らの旅は続く……












 
 僕が伝説になる必要はない
 第四話 勇者達の戦い!(前編)












 後述した出来事の後、そう時間がかからずに目的の場所を見つけた。海に程近い、潮の香りが漂う場所に岬の洞窟は存在した。
 見た所、人が通った形跡のある、魔物も存在しようが決して人の手が加わっていない訳では無い少々矛盾した場所だった。
 洞窟、と言うが実際一行が目にしているのは階段である。シュテンが言うには、階段を降りた先に洞窟が広がり、そこを越えるとナジミの塔という場所に辿り着けるのだとか。

「つまり、地下から海を渡るという事かい?」
「んまあそういうこっちゃな。大した距離はあらへんし、船で行こうと思えば行けるんやろけど海は魔物がぎょうさんおるし、この道を通るんがセオリーなんや」
「そうなのか……しかし海の下に通路があるなんて知らなかった。その通路は海の重みに負けて潰れたりしないのかい?」
「んん、昔はそういう事もあったみたいやな。せやけど昨今の建築技法と魔法の発達は並やない。特にここアリアハンは攻撃呪文においては他国に比べて一歩劣っとるけど、“こういう生活の知恵”的なアレンジ魔法は際立っとる。世界中でアリアハン製の家具なんかがバカ売れしとるのはそういう理由やな」
「へえ、アリアハンは他国との貿易も盛んなんだね」
「一概にそうとは言えん……というか鎖国一歩手前くらいやな、貿易依存度は低い、ウチの故郷とどっこいやね。碌々アリアハンの製品は出回らん。数少ないからこそバカ売れしとるっちゅうなんとも妙な現象が起きとるわ、なんやったか……希少品やないな、ブランドとでもいうんかな? まあええわ、話が逸れたけど結論は安心してええよってことや」
「ふうん……貿易にも詳しいとは流石シュテン、長い旅をしてきたんだろうね」
「家柄ってのが正しい答えやけどな……」ぼそりとシュテンは呟いたが、その声を聞いた者はいなかった。
「でも徒歩で行けるのは助かるわよね、船を借りる値段も馬鹿に出来ないし、あんまり持ち合わせも無いし……」

 ほお、と感心した様子のアスターに、シュテンは気が乗ったように話を続けていた。知識はあれど外の世界を知らないアスターはどのようなことでも真摯に興味深く聞きいる所がある。そういった人間に己が知識を分け与えるのは、与える側としても楽しいようだった。
 対してアルルは一人話から外れ、小さな疑問を抱いた。その内容を上機嫌に話しているシュテンにぶつける。

「話の最中にごめん、ねえシュテン? 貴女ってどれくらいお金を持っているの?」
「えっ、なんや急に。まさかカツアゲか!?」
「おいアルル、いくらなんでも仲間からお金をせびるのは良くないぞ」
「違うわよ! これから先旅をするにもお金は必要でしょ? パーティー全員のお金を足していくらあるのか計算しておかないと宿にも泊まれなくなっちゃうわよ!」仲間から疑いの目を向けられたアルルは慌てて訳を説明する。その内容は道理的な事柄だった。
「なんやそういう事かいな。無いで」ひらひらと手を振りながら明るく言う。
「うん、私達もほとんど持ってないわ、でも宿一泊分のお金でもあれば大分助かるのよ」
「あはは、だから無いて言うてるやん、おもろいなあアルルは」

 からからと笑いながらシュテンはアルルの頭を撫でた。その身長差のせいで二人は姉妹のようだった。日の光に照らされ笑う彼女らを見てアスターは顔を綻ばせた。
 二人の空気に合わせてアルルもけらけらと笑う。その後くるりと後ろを向いて膝を抱えほろりと涙を溢したのだった。

「笑い事じゃないのにな、笑い事じゃないのになぁ……」
「おいおいアルル、知っているかい? お金なんてね、ちょっとで良いんだ。お金は人を腐らせると村長が言っていたしね」
「そやでアルル? まあアスターの村の村長は金の為に追い剥ぎ紛いの事やらかしとるけど」
「それで思い出したけど、あのねシュテン? お金が無いならどうして宿屋に泊ろうとしたの?」
「喰い逃げならぬ寝逃げって奴やな。まさか捕まるとは思わんかったが」そうやって生きてきたんよ、と笑う彼女に一片の曇りも無かった。
「……助けなくて良かったのかも」アルルは呟いた。

 素晴らしいコミュニケーションである。素晴らしいパーティーである。

「大体お金なんて魔物を倒せば入るじゃないか」アスターは笑いながら言った。しかし、それに訝しげな目を向けたのは仲間の二人である。彼女らは目を細くして口を開いた。
「何言うとるんやアスター、魔物を倒したからて金なんか入るかいな」
「そうよ、村の依頼で魔物を倒して報酬を受けとるならあり得るけど……いや、経験した事無いかららしいとしか言えないけど、そうよねシュテン?」
「うん、ウチも魔物退治の依頼なんか引き受けた事無いから分からんけどな?」

 と、アスターと仲間の間で齟齬が生まれる。彼は首を傾げ何を言ってるんだ? と言いたそうにしていた。

「魔物を倒したらゴールドを落とすんじゃないのかい?」
「なんやそのビックリ現象。魔物を倒したら残るんは死骸やろ? ……ああ、たまにアイテムを持ってる魔物がおるからそれを拾う事はあるな。けど魔物がゴールドなんか持ってる訳ないし」
「? 何でだい?」

 アスターの問いに肩を竦ませながらシュテンは答える。呆れているような動作だが、その実目は柔らかく垂れているのでやはり彼女は誰かに何かを教えるのが好きなのだろう。

「そら人間の通貨なんか持ってたって魔物からしたら使い道なんかないやろ? あいつらかて知能が無いわけやないんやし、魔物にとってはゴミ同然のゴールドを持ち歩く趣味は無いわ。ま、例外もあるけどな」
「踊る宝石だったっけ? 確か宝石やゴールドを主食にする魔物もいるのよね」
「そうそう、アルルは物知りやな」
「家の事情でね、勉強だけは人並み以上にやらされたから」褒められたのが嬉しかったのかアルルは頬を掻いて照れていた。
「そうなのか…………はっ!?」

 また新たに知識を得たアスターは考え込むように俯くと、すぐさまに顔を上げた。そこには焦り、困惑といったものが浮かんでいる。

「じゃ、じゃあ僕達はどうやってお金を稼げばいいんだ!」
「だから私はそれを言ってるのよ!!」
「仕方ない……適当な町に着いた時にでも金策を開始しよう」
「金策?」アルルは半分睨んでいるような眼でアスターを見遣った。
「ああ、これは内緒なんだけどね、勇者は勝手に人の家に押し入って壺の中身を貰ったりタンスの中の物を頂戴できるんだ!」ばっ、と両手を上げて宣言するアスター。ちょうかわいい。
「へえ、そうなんだ。ところでアスター、その魔物がお金を落とすとか人の家に押し入って云々とか、誰から聞いたの?」
「僕の幼馴染からだが?」
「その人が言った事全部忘れなさい、今すぐに。それら諸々全部嘘だから。断言できるわ」
「なん……だと? 僕は、僕はまたあいつに騙されたのか!?」
「あー、アスター騙されやすそうやもんなあ。いらん盾とか鎧とか買わされそうや」
「盾や鎧なんか買った事は無い!! 聖水ならいくつか買った事はあるけど」
「それ多分ただの井戸水よ」
「なん……だと? 僕は、僕は六歳の頃から騙され続けていたというのか!? あいつの誕生日の贈り物は毎年必ず聖水だったというのに!」

 僕は手作りの人形や銀細工の首飾りを渡していたというのに!! と慟哭の嘆きを発するアスターに仲間達は涙を禁じえなかったという……





 半刻に満たない程の時間を費やし、彼らが出した結論は新たな町に着いた時懐が侘しければ魔物退治等の依頼を引き受け金を得ようという、この世界における冒険者達の一般的な方法を取る事とした。勿論洞窟等で宝を見つければそれも無くなるだろうが。早々宝の類など見つかるものでは無いというシュテンの言からそれも期待薄と言える。
 それからさらに十分。アルルは剣を磨きアスターは来る魔物との戦いに備え瞑想、シュテンは近くの森で生っていた果実を齧っていた。渋かったそうな。

「さて……進むとしよう。何と言ってもこれから先に進むのは外ではなく中、魔物はびこる洞窟だ。油断しないように」気を張った表情で告げるアスターに二人は頷く。

 彼は当然に、アルルも洞窟という密閉空間で魔物と戦った経験は無い。室内での戦闘を想定した訓練は幾度か行ったがその成績は芳しくあらず、暗闇自体に恐怖感を得る彼女にとって相当に辛い戦いとなるのが予測出来た。

「ナジミの塔は冒険者の心得程度の場所らしいし、そう気合いを入れる所でも無いんだろうけど、私は初心者だしね。いざとなったら手を貸してね二人とも」
「勿論や。せやけどウチの技は洞窟なんかでは効果を発揮しづらいからな、期待せんとってや」
「そうなの……あれ、武闘家ってそんなんだっけ? むしろ狭い所でも力を発揮できるのが強みじゃなかったっけ?」
「ははは、狭い常識は重荷やでアルル」

 多少誤魔化された感があるが、アルルはそうなんだとだけ言って洞窟に体を向けた。一行は先に進む。
 石の階段は足音を響かせる。苔の臭いが蔓延しており皆顔を顰めたが、やがては慣れ始める。等間隔に壁に松明が備えられており視界が悪いという事は無かった。やはり人の手がかかっていると思わせる作りがちらほらと点在していて、洞窟に入る前よりも緊張感はぐっと薄れていた。それでも魔物の襲撃に備え視界は淀み無く動かされていたが。
 やがて、洞窟内に潮の臭いがまぎれ始めた。鼻を揺らしそれを確認したアスターはもう海の下を歩いているのか、と考えた。正確にはまだ陸地の地下を歩いているのだが、境目が近いのは確かである。
 あってはならぬ事だと自分を戒めるが、内心アスターはわくわくと目を光らせている。今まで経験した事の無い空間に足を踏み入れているのが楽しいのだろう、村を出ぬ者からすれば、海の下を通るなど作り話のようなものなのだ、無理からぬ事である。潮の香りと共に湿気が増え始めた事も相まり、彼の歩調は些か軽くなる。踊るようだ、というのは言い過ぎだろうが。

「? 楽しそうねアスター」その様子を見て不思議そうにアルルが問うた。かくいう彼女も新たな経験に少し浮かれている節があり、声の調子が微妙に高かった。
「うん……いけないとは思うんだけどね、やはり未知というのは魅力だよ」未知との遭遇というのは、彼の様な賢者にとって酷く喜ばしいことのようだ。
「ははは、気持ちは分かるけどな、気い抜いたらあかんで? 外よりも魔物が多いのは確かなんやから」

 と、シュテンは言ったがここに入ってしばしの時が流れそれなりに進んだ筈だが魔物と遭遇する事が全く無かった。最初は体力温存の為にも助かるな、と考えていたがあまりの長閑さにここは本当にナジミの塔へ繋がる洞窟なのだろうかと疑い始める。アルルは案内してくれたシュテンに気を遣い口に出す事は無かったが。
 実際シュテン自身も妙を感じていたのだろう、首を傾げていた。

「おいシュテン、まるで魔物がいないぞ? もしかしたら場所を間違えたんじゃないか? もしそうなら酷い無駄足だ」アスターは気を遣わなかった。勇者である。
「いや……おかしいなあ? ウチも話に聞いてるだけやけど、こんなにモンスターがおらんのは異常や……」
「冬眠中とか?」魔物に会わない事が嬉しいのか、アルルは暢気に答えた。



 結局そのままに三人は歩き続け、途中途中で開けられた宝箱を見つけつつ、ただの一回も戦う事無くナジミの塔内部に入る為の階段を見つけたのだった。最早、これはただの観光と化していた。彼らの心中もほぼ同じだろう。
 この階段を上ればナジミの塔やで! と妙な空気を払拭すべく空元気に言うシュテンの言葉を二人は信用できなかったが、実際階段を登りきれば何かしらの建物の中に出たのだ、信用せざるを得ない。それは薄橙色の壁に『ナジミの塔』と刻まれていた事で確信へと変わる。
 得心のいかぬまま、アスターは付近を見回した。外から日の光が入る構造なのか、松明だけが光源だった洞窟とは比べ物にならぬほど明るく、そして広かった。遠目にしかしていないが、アリアハンの城に届くほど大きいのでは? と推察する。実際はそこまでではないが。
 しかして、頭上を見上げるに、ぶち抜きの天井は最上階までの距離を教えてくれる。目測だが塔と言うには少々物足りぬ程度の高さしかないようだった。精々四階か五階だろう。その分一階一階の天井の高さは六メートルを超えるが、それでも塔と言うよりは灯台に近い作りなのだろう。実際ナジミの塔は灯台として使われた過去がある。他国との貿易が衰えてきたことにより違う使い方、冒険者の為の力試しにシフトしたのだ。

「にしても、魔物がいないわね」流石に塔内部にも魔物の気配が無いのは妙だと、アルルは顔を顰めた。恐ろしい魔物の出現を期待した訳ではないが、雑魚の魔物もいないとなると不安の方が強まるのか。
「これじゃ、まるで強くなる事なんて出来ないね。勇者を目指すならここを目指せとは一体何なのか」

 最も戸惑っているのはシュテンである。ここがナジミの塔であることは間違いない。だが、魔物が一匹もいないのはあり得ない。人聞きでしかない情報だったが、町や村等、人の気配の濃い所以外で魔物が生息しない地域など存在しないことは身に染みて分かっているからだ。その上、

「……魔物がおらんかった、って訳でも無いみたいやしな……」

 彼女が見ているのは床に落ちた黒い物体。激臭ではないが、無臭でもない。それは魔物のフンだった。じろじろとそれを見ているシュテンに、アスターは底冷えするような悪寒を覚えた。

「シュテン……腹が減ったのかい?」
「へ?」急に投げかけられた質問にシュテンはほけ、とした顔で呟いた。勇者は一度体中をまさぐり、深い溜息をついた。
「申し訳ないんだけど、今僕は食べものを持っていないんだ。だから君を助ける事は出来ない……けれど、それだけはやめてほしい。もしそれが君の好物だというならば、僕は君と旅を続けるのは拒否したい」
「いやいや、話が見えへん。何が言いたいねんアスター」

 じっ、と見つめられたアスターは俯き──それは決して照れくさいとかそういった感情ではなく──意を決したように口を開けた。

「……だって、拾い食いしようとしてたんだろ? それを」
「はあ!?」
「えええええええぇぇぇぇぇぇ!!!???」

 シュテンの声を掻き消すはアルルの叫び声。一足に飛び下がりアスターを盾にするようにシュテンから距離を空けた。彼女の行動は一人の武闘家をいたく傷付けた。曰く、なんでやねん。

「ちゃうわい! なんでこんな若い身空で食糞を趣味にせなあかんねん! しかも魔物の糞て!」
「や、やっぱり人間のなら良いんだね……?」ふるふると唇を震わせながら言うアスターの顔色は真っ青である。勇者とて、魔王や魔物を恐れる事は無いがディープな変態には拒否感を覚えるのだ。
「なんでそうなる!? ああいやウチの言い方が悪かった、ウチはな、魔物の糞ならあかんとかじゃなくて、排泄物に一切の興味を持ってへんねん!」
「嘘は駄目だよシュテン、もし君の言い分が本当なら、何故君は今そんなに焦っているんだい? 図星を突かれたから慌てて弁解しようとしている……そうなんだろう?」
「しゅ、シュテン……頼りがいのある、優しい人だと思ってた……ごめんなさい」
「落ち着けアルル、落ち着くんや、よくよくウチとそこのボケとの会話を思い出したらええんや、どっちが無茶言うてるかアルルなら分かるはずや、あんたは賢い子やからそうやろ? 後何で謝る? 何でそいつの後ろに隠れるんや? お姉ちゃんの目を見て答えて欲しいなー?」掌をこちらに向けて敵意は無いよ、とアピールするシュテン。効果はあまり無いようだが。
「目を合わせちゃ駄目だよアルル、もしかしたらその瞬間に自分のあれを僕達の口に突っ込もうとするかもしれない」
「ぶっ殺すぞ糞ガキ!!!」
「ほら、今糞って言ったじゃないか」
「ああああああああほんまにガキやったああああぁぁぁぁ!!!!!」

 冷静であり聡明な答えの帰結を突き付けられ哀れにもシュテンは狂ったように地団駄を踏んだ。長い髪を振り乱し掻き毟った為幽鬼のような風貌となっている。それがなお一層仲間達の恐怖を煽る結果になろうとは。
 それから水かけ論に発展した彼女らの言い合いはしばし続き、決着がついたのはそろそろ日が落ち始めるかもしれないな、という時間帯になってからだった。

「──つまり、君が魔物の糞を見ていたのは決して食そうとしていたのではなく、魔物がいた形跡があった事を確認、そしてそれならば何故ここに魔物がいないのかを不可思議に感じていたからだ、という訳だね?」
「………………………………………そうや」

 疲れ切ったのか、シュテンは床に座り込みながら頷いた。その反応にようやくアルルも震えるのを止めてその場に尻餅を着くことができたのだった。震えるというのは中々に体力を使う行為である。疲れはピークに向かおうとしていた。
 二人の様子を見た後、窓代わりになっている壁の穴から外の様子を見たアスターはやれやれ、と呟いてから、

「なら早くそう言っておくれよシュテン。酷く時間を使ってしまった、これじゃ今日中に次の町まで行こうと思ってた計画がパーじゃないか」
「おどれが勇者やと……? 認めん、ウチは認めんからなぁ……!」

 己が失態を認めず、悪態をつくシュテンに呆れを見せたアスターだが、この程度で切り捨てることはない。彼は億万の優しさを有しているのだから。その為これ以上彼女を責め立てる事も無かった。紳士イズアスター。アスターイズ紳士。
 勇者の優しさを垣間見せる場面だったが、状況は変わらない。このまま妙を疑った所で何も変わらないと、当初の目的通りナジミの塔を登り始めた。そもそも登る必要があるのかどうかもあやふやであるが塔と言えばなんとなく登るものだろうと推測した。螺旋の階段を上り、途中魔物に出くわす事も無く一行はのんびりと散策するように攻略する。何度もアルルが欠伸を漏らすことがあったがそれを咎める者もいない。アスターも「朴訥とした内装だなあ」とのんびりとした会話を続けていた。
 やがて、すっかりと太陽が赤く染まり山向こうに姿を消そうとし始める頃合いには最上階へと辿り着いたのだった。そして、眼の前には両開きの扉が。それはつまりこの塔を攻略し終えたのだという証だった。

「……塔を登り切った兵、か」アルルが言った言葉を思い出し、遠い目をしながらぼそっと呟くアスター。
「う……嘘じゃないわよ? ルイーダさんが言ってたもん、お爺ちゃんも言ってたんだから」

 とはいえ、彼がそう言いたくなるのも無理はない。兵も何も、老朽化している部分があるため子供の遊び場として最適とは言わないまでも、立入禁止になる事も無い平和な塔だったのだから。ピクニックも良いなあ、なんて考えが浮かぶくらいには。
 虱潰しに塔内部を見回ったものの、魔物は愚か宝の一つも落ちてはいなかった。こういった、洞窟や塔、魔物のはびこる場所には(ここははびこっていなかったが)宝箱が置かれているという話を知っていたアスターはかなりの期待を寄せていた。中身がどうとかではなく単純に彼の冒険心を刺激していたのだ。
 そのはずが宝箱なんて空き箱しか見ていない。もしかして世の中の宝箱には全て中身が無いのではないかとさえ思えてきた。

「……というか、もしかして洞窟等には宝箱が置かれているというのも僕の間違いなんだろうか? また騙されたのか僕は?」自問するアスターに、シュテンが否を唱えた。
「いや、魔物の多い場所なんかでは宝があるっちゅうのは確かやで? 過去に息絶えた冒険者達の遺物を魔物達が一か所に集めてるっちゅう話や」
「魔物達が?」今一つ話の内容に理解が出来ずアスターは疑問を上げた。
「そや。ま、単純に人間が己の財産を隠してるって場合もあるらしいし、一概にそうとは言えんけど」
「いや、何で魔物が人間の遺物を集めるのかが分からないよ。それこそ魔物にとってゴミみたいな物なんじゃないか?」ゴールドの話を思い出してアスターは異を唱える。それに続いてアルルも声を上げた。
「そうよね、まるでモンスターが死んだ人間のお墓を作ってるみたい」彼女の言葉に、シュテンは指を鳴らし「おもろい考えやな」と笑った。
「それが正解とは言えんけど、その説を唱えてる人間もおる。人間の身でありながら自分達に戦いを挑み散っていった者達への敬意として、簡易ながらも魔物なりに人間の墓標を作っているってな」
「死んだ人間の遺物を一か所に集めるのが墓標? 理解できなくはないけど、随分変わってるね」
「それを言うなら、魔物が人間に敬意を払って……の方が変わった考えでしょ。まさかシュテン、そんなトンデモ説を信じてるの?」

 アルルの問いに、まさか! と笑う。その後「けどな?」と前置きした後話を続けた。

「この説を唱えた人間が問題やねん。到底無視できる人物じゃないんよ──ダーマの神官、それも大神官フォズの言となればありえへんと一蹴できんと思わんか?」
「へえ……え!? フォズ大神官が!?」
「え、有名な人なのかい?」



 ──フォズ大神官。
 第二の聖域ダーマ神殿の最大権力者の名を冠するまだ年若い女性神官の事である。曰く、生後間もなく人の言葉を理解し回復呪文及び魔法の最難関とされる蘇生呪文を物心つく頃にマスター、神のみが記す事が出来る悟りの書の写しを完成させたのは十に満たなかったとか。莫大な魔力量を持ちあらゆる呪文を扱えるだろう素養を持ちながら決して他を傷つける呪文を覚えなかった現代の聖女のことである。彼女の言葉は恐ろしい影響力を持ち中国程度ならば国王すら跪く。
 さらには、このようなエピソードがある。フォズ大神官の成人(十五歳)の儀の前日、突如神殿内に緑色の空を駆るドラゴンが現われた事がある。神官達の抵抗空しく、ドラゴンはフォズの前に姿を出し、灼熱の炎にて彼女の体を焼き尽くすという事態が起こった。炭屑となり朽ち果てた彼女を見てその場にいた人々は絶望し膝を折ったのだ。誰もが涙を流し、自害を決意した。
 その時である、神殿内に光が溢れ──光が晴れた時には、火傷の痕一つ無い一人の聖女と、その女性に仕えるように頭を垂れているドラゴンがいた。
 誰もが信じられなかった、眼の前の光景を。
 誰もが信じた、彼女こそ神の代理であると。
 聖女は人々を見遣り、一つの言葉を残した。

『我、神の御加護ある限り朽ちる事無し』

 ここに、一人の神が誕生した。



「──という人なの! あってはいけない事だけど、精霊神ルビスよりもフォズ大神官こそが神だと疑わない人がいるほどの御方なの! 知らないなんて言ったら眼の色変えて襲ってくる人がいるくらいよ!」
「わ、分かったよ。アルルはそのフォズさんを尊敬してるんだね」
「フォズ大神官よ! 尊敬とかそれ以前! 大多数の人間は私くらいに敬ってるの! 常識なのよ!」
「ははは、ルビス信徒なら知ってて損は無い人物やで? 勇者やったら覚えとき、アスター」

 怒髪天を衝く勢いで言い寄るアルルとは相対的にへらへらと笑っているシュテン、勢い良く頷いているアスターはもう標的から外れたのか、アルルはシュテンにも矛先を向けた。

「シュテン、貴方もどうでもいいって顔だけど?」
「いやいやそんな事無いでー。それよりアルル、大多数がどうとか言うとるけど、あんたは普通よりも大神官を好んどるみたいやけど?」
「む……まあ、好きかな? だ、だってやっぱりあんなに色んな逸話と言うか、良い話ばっかり聞こえてくるんだから尊敬しちゃうでしょ?」

 特に恐縮する理由も無いのだが、意味も無く不順に慕っていると思われるのを嫌い、後半は声が小さくなってしまった。
 それも、シュテンが笑いながら零した言葉で声を荒げる事となるが。

「ミーハーやな、アルルは」
「な……!」
「良い噂ばっかり聞こえてくるんは、良い噂ばっかり流してるからかもしれんで?」

 その挑発としか取れない言葉にアルルが掌を壁に叩きつけた。その目は、今日シュテンの強さを疑った時よりもさらに強い敵意を秘めていた。いや、秘めてはいないのか、ただ睨んでいる。対してシュテンが何処吹く風という様子も前回と同じである。
 睨みあいは続き、ハッと鼻で笑うのはアルルであった。余裕を見せたつもりか、傍目からには酷くハリボテな余裕だったが。

「そっか、あれでしょ? つまんないわよシュテン」あえて“何を”を抜かした言葉で相手の反応を待ったが、相手は特にこれと言った返しを出さず、また口を開く。「大衆に好かれている者を嫌う、自分の個性尊重主義って奴? そんなの、独りよがりと変わらないんだから」

 言うなあ、と喉で笑うシュテン。くつくつという音は妙に寒々しく感じられた。

「大衆に逆らうんもアホくさいけど、大衆に流されるんも悪癖とちゃうか? ……ま、その方が楽やわな」
「ぐっ、何よシュテン! まさかフォズ大神官の事を……」
「嫌いやで。吐き気するくらい。くびり殺したいくらいに。奇跡かなんか知らんけど、そのまんま炭屑になって欲しかったと願うくらいに」
「────え」

 アルルは絶句する。無理もないだろう。
 この時代に置いて決して逆らってはならぬ、敵意を見せてはならない対象が大きく分けて三つある。
 一つは何処にあるのかも分からぬエルフ族の里。
 エルフとは力も無い性格も温厚な脆弱な種族とされていた。ほんの十数年前までは。
 その昔レイアムランドという国があった。そこは火を用い火を操り火を敬う蛮族の集う国だった。彼らは火の神を讃え火の神を讃えるからこそルビスを否定した。それ故に滅びた。滅ぼされたのだ、エルフという脆弱な種族に。
 エルフは弱い、だが自然の力を操れた。水を怒らせ風を荒く木を刃に炎を巻いた。僅か数十のエルフが大国をも怯えさせたレイアムランドを徹底的に砕いた、今やレイアムランドは極寒の地となり人の生きる地では無くなった。故に、人々はエルフをある種魔物よりも恐れたのだ。
 次に、二つ目。大国サマンオサである。かつてオルテガと同じく勇者と呼ばれた男サイモンの故郷である。かつてよりサマンオサは暴力的で小国を潰し暴圧的な外交を良しとしていたが、昨今その傾向はさらに強まっていた。今では同じ大国のポルトガに牽制をかけているとか。戦争の火切って落とされようとしているらしい。微かにもサマンオサを悪し様に言う事あらばその国は終わると言われている。
 そして三つ目が、聖域を謳う地域、ダーマに加えランシールである。神に最も近い第一の聖域ランシール、神が最も愛する第二の聖域ダーマ。その二つの聖域は神の名を有している。僅かにでも貶す者がいるならばダーマ、ランシールの神官ではなく、それらを敬い慕う信者達が許さない。むしろ上二つよりも身近に信者がいるだろうこの世界において一番敵に回してはならない、回す発言をしてはならない対象である。
 その発言を、今呆気なくシュテンは放ったのだ。嫌いどころか、敵意を持つどころか、憎悪を含ませた言葉を。

「え、あ……なん、で?」自分なりに熱心な信徒であると自負していたアルルはシュテンに怒りを持つ前に、ただただ何故という言葉しか浮かべなかった。
「なんで? ……まあそやな、神の代理人かなんか知らんけど、いきなり自分の親貶されたらむかつくやろ? 自分の国を穢れた地とか抜かされたら腹立つやん。しかも言うた人物に同調してバカ共が口々に自分の周りの物全てをクサしてきよる訳や……結構堪らんで? あれは」

 つまりはそういうこっちゃ、と締めくくりシュテンは目を閉じた。心なしか、彼女の手は震えているようだった。
 彼女が何を言っているのか、混乱した頭では理解の出来ないアルルは何かを言わなくてはならぬという不明な強迫観念に押され口を開いた。開こうと、した。

「なんと失礼な老人か! くされ爺め失礼する!」
「二度と来るな糞坊主!!」

 いつのまに扉の中に入っていたのか、言い合いに夢中になり気付かなかった二人はアスターによって唐突に開かれた扉と怒鳴りあう声に驚きアルルは口を閉ざし壁にもたれて目を瞑っていたシュテンは足を滑らせ強く尻を打った。
 それらを気にする事無く、アスターは目を吊り上げながら唾を吐く勢いで話し始めた。

「実に話の分からん爺だったよ! なんて奴だ、守銭奴甚だしい!!」
「イタタ……何? 何を話とったんよ?」打った尻を擦りながら立ち上がるシュテン。手の震えは、もう治まっていた。
「訊いておくれよシュテン、アルル。この扉の中には一人の老人が椅子に座り優雅なアフタヌーンティーを楽しんでいたんだ。正直、それだけで万死に値する。そう思わないか?」
「いや、何で?」アルルの問いかけにアスターは両手を広げて抗議した。
「僕達が延々と歩き足が痛い思いをしながら塔を登ってきたというのに、僕達の目的である爺は優雅な午後を楽しんでいるんだよ? あまりに不条理じゃないか」

 アルルは不条理はどちらの方だ、と言いたげだがそんな事は無いだろう。恐らくアスターの素晴らしひ考えに感動しているのだろう。うん。

「まあそれは置いといてだ。爺はよくここまで来たな、その努力に報いて良い物をやろうと大仰に、さあ今から素晴らしい物を与えるぞと言わんばかりに部屋の奥に置いてあった棚から何かを取り出したんだ、何だったと思う?」答えてごらん、と指先をシュテンに向けた。彼女は戸惑いながら答えを模索する。
「ええと……なんやろな。棚に入るくらいのもんやから……魔法の実とかか?」

 彼女が言う魔法の実とは、太古の昔精霊神ルビスが作り上げた樹木、それに生っていた果実の事である。当然ミイラ化したような見た目であり、熟した直後のような効果は無いが、それでも食べれば食した人間の力を底上げしてくれるという非常に希少な品である。
 シュテンの予想を聞いて、アスターはぶーっ! と口を3の字の形に変えつつ前傾姿勢になりながら両手を交差させた。理由は分からぬが、シュテンが舌打ちをする。小さく○ねっ! と言っていた。

「答えはこれだよ、これ! こんなちんけな鍵一つだよ? 馬鹿にしているとしか思えない。しかもどこの鍵だと聞けば答えは『大概じゃ』だってさ。ボケもここに極まれりだよ!」

 彼が出した左手の指先には小さな銅製の鍵が揺れている。鍵の根元が錆びているのか、光が鈍かった。それを見て、アルルは僅かに失望の念を見せた。アスターは彼女の反応を見逃さない。

「がっかりだろうアルル、僕もがっかりした。普通にむかついた。こんな物はいらないから金を寄こせと詰め寄った。当然の主張だ、それを言えばあのボケ爺何を言ったと思う? 『お前のような若造にはこの鍵の価値は分からんか』とこう来たよ。あまりの苛立ちと正義と友愛の名の下に僕は七十本程老人の髪の毛を燃やしてやった」ふん、と誇らしげに鼻息を漏らす勇者アスター。彼は正義と友愛を背負い戦いを続けている。後光が射す日も近い。
「半分以上強盗よね、やってること」アルルは肩を竦めながら、言う。
「……は、」

 シュテンは、何かを落とすように一音だけ漏らし、そして──

「あははははははは!!!」

 お腹を押さえて、けらけらと笑い続けた。ついさっきまでの剣呑な雰囲気はあらず、本当に楽しそうに笑ったのだ。

「……ぷっ……あはははははは!!!」

 それに釣られるようにアルルもまた笑いだした。二人は知らず距離を縮め、仲睦まじく笑い合う。そこに不和は無い。
 ただ、それを見て訝しそうに眉根を寄せるのはアスター、何故笑っているのか分からず、杖を脇に挟み両手を組んだまま笑い収まらぬ二人を見遣っているのだった。
 そうして、ようやく言葉を発せられるようになった頃、シュテンは長い腕をアスターの首に絡ませた。その姿は友人にするそれだった。

「そっか。勇者か。似合わんけど、妙ちきりんやけど……そっか!」
「? 何を言ってるのか分からないぞシュテン」
「分からんでええよ。分からんでええ」

 アスターの疑問は、氷解しないままだった。


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